うそつきはどろぼうのはじまり 49
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かつて夜域が存在した頃、イル・ファンは夜の都と呼ばれていた。

宵闇の中、星と淡い灯りだけが浮かび上がらせる町の姿は非常に幻惑的で、夜景を観に訪れる旅行者も数多くいた。

太陽の昇る時間が増えた現在でも、やはり夜の美しさは変わりない。数多の街灯に照らされた絢爛は、いつだって闇を和らげる。その漆黒で塗り潰された空間の中で蠢く、ありとあらゆる胎動を打ち消してくれる。

雨は夜明け前に上がった。まだ少しぬかるむ表通りを、男は壁伝いに進む。

ワイバーンの天幕はローエンとレイアから聞いていた。先の旅でさんざん町中を探索した甲斐あって、男は迷うことなく兵舎の裏手に辿り着いた。

「遅い」

天幕を開くと、いきなり一喝された。びりびりと鼓膜を揺るがす、魔物の鼻息がひどく懐かしい。

男は耳鳴りの止まぬ耳元を叩きつつ、顰め面でワイバーンに歩み寄った。

「遅いって、お前な。こっちは死にかけてたんだぞ。少しは労わってくれたっていいだろうが!」

「それは我とて同じことよ。貴様が豪雨の中意識を失い、操りを疎かにしたせいで、我は翼に雷を受け、挙句飛竜の群れに突っ込み深手を負った。馴染みの薬師の住まう都が近かったから良かったものの、何という体たらく。何という無様な乗り手よ」

鋭い歯をむき出しに、噛み付かんばかりに顔面を寄せられて、流石のアルヴィンも首を縮めた。

「わ、悪かった。悪かったってば」

一気に罵倒して溜飲が下がったのか、ワイバーンはすいと目を細め、首を垂れる。その首をぽんぽんと撫でながらこちらに笑顔を向けたのはローエンだった。

「先ほど、クルスニクの槍を搭載していると思しき艦が、こちらへ向かっているとの情報が入りました。また、既に向われたドロッセルお嬢様から式場を教えて頂いたのですが、驚くべきことに空軍保有の機体名でありました」

ワイバーンの背に鞍を置いていた男が振り返る。

「輸送機の上で式だと!?」

何考えてやがるんだ、と吐き捨てる男に、ローエンは冷静に告げる。

「おそらく、クルスニクの槍をリーゼ・マクシアで起動させるのと式自体の日程を合わせたのでしょう。飛行機の上での合流ならば、リーゼ・マクシア人がエレンピオス国土に侵入する危険性は、格段に低くなります。挙式の会場に軍艦を用いたのは、槍と増幅器、そして被験者を同乗させるためでしょう。マナの提供者は、増幅器の側にいる必要がありますから」

「つまり輸送機に、エリーは乗ってるってことだな?」

「はい。搭乗されている艦はすぐ分かると思います。クルスニクの槍は大きく、目立ちますから」

それはそうだろう。かつて目にしたことのある、古代賢者の名を冠した兵器は見上げるほどに多角、巨大であった。

男は頷き、手綱を引きながら飛竜を天幕の外に出した。久方振りに見る星空に、ワイバーンが心地良さそうに低く鳴く。

「なあ、ローエン」

鞍の上の人となったアルヴィンは、ふと眼下の宰相を呼んだ。

「なんでしょう?」

「なんでこんなに、色々手を貸してくれるんだ?」

すると老軍師は莞爾と笑ってこう言った。

「仲間だからです」

「・・・あんた、そんなキャラだったっけ?」

男は思わず鼻の脇を掻いてしまう。それではまるで、あの栗毛の少女が乗り移ったようではないか。

「ひどいですな、半分は本当ですよ」

「じゃあ、残りのもう半分は?」

含みのある言い方に釣られて、男は思わず訊ねていた。夜明けを待つ暗がりの中、遠い街灯の明かりを受けた老人の笑みが深くなる。

「あなたに、私と同じ思いをして欲しくない。それだけです」

男は息を呑む。眼下に佇む白髪の軍師が、かつて友と呼んだ先代皇帝の妹君と恋仲であったことを、アルヴィンは今更のように思い出していた。

「私とキャシーは、不慮の事件で離れ離れになってしまった。私は二十年もの間、行方を探しましたが、記憶をなくした彼女は新たなる人生を歩んでいた。けれども、あなたは私とは違う。確かに記憶はないかもしれない。だがエリーゼさんの居場所は知れているんです。それなのに一度として救出を試みず、赴かなかったとなれば、あなたは間違いなく後悔する。生涯、癒えない傷となって残る。私には、それが分かる」

「ローエン・・・」

「どうか手を伸べて差し上げてください。彼女は、あなたの母君ではない。生きる術を知る、強い方です。そして叶うならば、どうかお二人で戻ってこられることを、このローエン・J・イルベルトは強く望みます」

東の空に、一つの光が昇った。眩しいばかりの光は天を貫き、大地を染めた。星々が消え、灰色の雲が東雲色に輝き出す。

藍色から紫、薄紅、そして橙へ次々と移りゆく大空に、飛影が落ちた。大きな翼と長い尾は見る見る間に小さくなり、やがて小さな点となって東の方へと消えた。

朝焼けの空の眩しさに目を細めつつ、ローエンが呟く。

「いってらっしゃい」

自分の出番はここまでである。後は彼の問題だ。幼少時の傷が元で大人になりきれなかった男であるが、随分成長したものだと思う。出会った頃は面倒なこと、特に信頼を寄せられることから逃げている節があった。その危なっかしさを危惧したローエンなど、かつて精霊の主にこっそり相談を持ちかけたくらいである。

だが、彼は変わった。何とか変わろうと、もがいている。その思いが真摯なだけに、周囲は手を貸す気になってしまう。大丈夫、何とかなると励ますことも、不甲斐無いと叱咤することも、こうしてあれこれ世話を焼いて、背中を押すことも、言われてみればただのお節介だ。

してあげられることは、全部やったと思う。後は彼自身に掛かっている。過去を克服できるのは、己しかいないのだから。

「宰相閣下」

物思いに耽っていた老軍師を目覚めさせたのは、背後からの呼びかけてだった。

振り返ると文官が書類を手に立っている。ああそうか、いないのであったなと他人事のようにローエンは思った。

「朝早くから申し訳ありません。こちらの書状の件なのですが、陛下の裁量はいかがすれば・・・」

「分かりました。執務室で伺いましょう」

早速指示を仰ぎにきた侍従を、ローエンは主のいないオルダ宮に誘った。

現在、ガイアス王はリーゼ・マクシアを留守にしている。

 

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