うそつきはどろぼうのはじまり 53 |
現実の残酷さに、エリーゼは顔を覆って泣いていた。
夕焼けの空に魔物の姿はもうない。もう二度と、彼に会うことは叶わない。たった一日だけの出会いが、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
「アルフレド様・・・」
その名を口にする度、心は揺れた。始めはリーゼ・マクシア人に興味を持ったからだった。遠い異国からバランを訪ねてきた人は、背の高い男だった。従兄弟という話だったが、あまり似ていない。髪や目の色もそうだが、何より雰囲気が違いすぎた。バランが徹底的に室内型であるのに対し、男からは明らかに野外の香りがしていた。
現代のエレンピオスは自然が枯渇しつつある。だから緑と土、そして青い空の匂いを漂わせる男にエリーゼは俄然興味が沸いた。リーゼ・マクシアは豊かな土地であることは周知の事実だ。その出身者からなら園芸に助言を貰えるかもしれないと、彼女は帰宅途中の男を中庭に誘った。
男によると、彼女ががむしゃらに育てていた花はプリンセシアと言うらしい。おそらく通名なのだろうが、名前が分かっただけでも収穫だった。何せそれまでは、名前も知らず未知の植物を育てていたのだから。
彼女は緑地化政策の一環として植生研究の補助をしていた。とりあえず園芸品種と思しき種子が発見されたので、育ててみてはどうかと渡されたのが、件の花だったのである。
プリンセシアは確かに美しい花だった。薄紅色の大輪は、数本束ねるだけで様になる。香りもほんほりと甘く、優しい。風が吹けばたちまちかき消されてしまいそうなほどに淡い。
男は言った。自分にこの花の謂れを教えてくれた人のことを語った。遠い過去を振り返るように、忘れたくても忘れられない記憶を辿るように。
大切な人だったのだ、ということはエリーゼにも良くわかった。男はその人のことをとても大事にしていて、けれども過去形で語らざるを得なくなってしまった人。
エリーゼは、顔も名も知らぬその人に嫉妬した。もう少し話を聞きだしたかったが、出立の時は迫っていた。
魔物を呼び寄せた男の立ち去り方は鮮やかだった。短くも誠意ある別れの言葉に、エリーゼは思わず男の名を呼んだ。
「さようなら、アル・・・フレド、様」
言いながら眉間に皺が寄る。違和感だ。自分は男の名前に違和感を覚えている。
偽名というわけではないだろう。バランがこの名を呼び、そして男もこれに反応していた。だから男の名であることは確実なのに、口にすると何故かしっくり来ない。
「アルフレド様・・・。・・・?」
他人が言い、またそれを耳にした時には何の疑問も感じられない。自分が言った時だけひどく違和感がある。
「アル、フレド・・・様・・・」
何故だろう。何度呟いても納得できない。納得できない上に、ひどく胸が痛む。
出立の際、幸せかと訪ねてきた男。その顔は、少しだけ、憂いを帯びてはいなかったか。
(どうして、あんな悲しい顔を・・・)
大切な人を失って悲しみに沈んでいることはよく分かった。だがその憐憫は、本来自分に向けるものではないはずだ。なのに男は彼女を見る時、痛みを堪えるような表情を浮かべていた。
「アルフレド様・・・」
エリーゼは違和感が残るまま、何度もその名を呟いた。呟く度に心は疼き、揺れた。バランを呼んでもこんな風にはならないのに、どうして彼だとこんなにも動揺するのだろう。たった五文字の固有名詞だけで、こんなにも胸が締め付けられるのだろう。
涙が頬を伝った。エリーゼは顔を覆う。何が哀しくて泣いているのか、自分でも分からなかった。
(アルフレド様・・・わたし・・・)
心の中で呼びかけても、答えは返らない。彼女は伝う涙を拭いもせず、茜に染まる空を見上げた。
数多の尖塔が逆光を浴びている。夕日を背にしたその光景は、一枚の影絵のようだ。
そんな見事な夕焼けも、彼女の心を晴らすことは出来なかった。全てを捨て、何もかもを放り出してしまいたくなる。人目も憚らず、大声で叫びたくてたまらない。
だが彼女は、涙を乱暴に拭いた。いい加減部屋に戻らないとまずい。研究所の廊下を重い足取りで引き返す。泣いたせいで瞳が痛い。白目は赤く充血しているだろうし、瞼は腫れているだろう。
この顔を見て、バランは何事かと思うだろう。研究所内は往来が多い。男と一緒にいたことは、恐らく他の職員にも目撃されている。男を庇う、何かうまい言い訳はないものだろうか。
彼女は、ふ、と笑みを零した。こんな時でも、妙に理性が働く自分が可笑しかった。
幸いなことにバランは相変わらず研究室に篭りっぱなしだった。この様子だと、また食事を彼女一人で取ることになりそうである。どうやら泣き腫らした目を見られずに済みそうだった。
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