康太と愛子と決戦バレンタイン温泉旅行 その1
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この間の話

 

「俺は、愛子のことが好きなんだぁああああぁっ!!」

 

「ボクは……私は康太くんのことが世界で一番好きだよ」

 

 クリスマスを契機に康太と愛子は付き合うようになった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ボクって康太くんと付き合っているんだよね?」

「はぁ?」

 木下優子が教室の自席でカバーを掛けたBL小説を嗜んでいると級友の工藤愛子に突然声を掛けられた。日課を邪魔された優子はちょっと不機嫌になっている。

 一方で愛子は許可も取らずに優子の席に突っ伏すと力なくだらけている。

「それは何? 彼氏のいないアタシへのモテ自慢? それとも宣戦布告なの?」

 優子は愛子を白い目で睨んだ。

「そうじゃなくてボクは本当に悩んでいるの。ブーブー」

 愛子は突っ伏したまま唇を尖らせている。

「恋の悩みならアタシの方が深いわよ。愛子みたいに彼氏持ちじゃないんだから」

 優子には生まれてこの方17年、彼氏がいた試しがない。

 優子にも好きな少年はいる。リアルに。二次元じゃなくて。

 その少年の名は吉井明久という。成績最低のF組に在籍する一言で言えばバカ。形容詞を付け足せば大バカな少年。

 では、成績優秀品行方正で学校を代表する優等生として注目されている優子が何故明久に惚れたのか?

それを話せば長くなるのでごく簡単にまとめてしまうと、明久が題材になっているBL同人誌を読み漁っている内に本人にも興味が出たから。

気が付けば優子は立派な恋する乙女になっていた。

それから現在まで優子なりに明久に対して一生懸命アプローチを掛けているつもりだった。主に腕力を用いて。隠し味に暴力を用いて。

けれど結果はまるで伴わない。

愛しの明久は島田葉月という小学生少女に囲われてしまっている。2人はクリスマスを機に色々あって名目上彼氏彼女の仲となっている。

しかし明久の方にロリコンの気はなく、葉月との交際をおままごとの延長にしか考えていない。特に本気で付き合っていると考えている訳ではない。

けれど、葉月の方は違う。あの幼い少女は本気で明久を落とす気に違いなかった。

ずるずるしていては、いつ明久が葉月の毒牙に掛かるかわからない。

そんなこんなで優子は恋の悩みをここの所ずっと抱えているのだった。

 

「で、どうしたって言うの? 土屋くんと喧嘩でもしたの?」

 愛子から返事が来ない。図星なのかもしれないと考え更に探りを入れてみることにする。

「胸が小さいから土屋くんに嫌われたとか?」

「優子にだけは胸の大きさをネタにからかわれたくないよ」

 愛子はムッとして返した。

「言ってくれるじゃないの」

 返された優子もまたムッとしていた。

 この2人A組の女子の中で最も胸が小さかった。F組の美波と合わせてトップナシ3として文月学園中で有名だった。

 もっともその名を呼んだ男子生徒は悉く惨殺されたので現在使用されてはいないが。

「それにああ見えても康太くんは紳士なの。胸の大きさに執着したりなんかしないの」

 愛子が頬を膨らましながら反論する。

「それは土屋くんが無差別にエロいからだと思うわよ」

 優子の頬もプクッと膨らんでいる。

「康太くんは本当に紳士なの。付き合ってるのにボクの胸、全然触ろうとしないんだもん」

「それは土屋くんのエロ指数が高過ぎて愛子の胸を触ったら鼻血の海に沈むからでしょ」

 愛子の頬が更にプクッと膨れた。が、すぐにしぼんだ。

「付き合って1ヶ月半以上になるのに康太くんさぁ……ボクに何にもして来ないんだよ」

「彼氏が真面目なのは良いことじゃないよ? 土屋くんが愛子のことをちゃんと大事にしてくれている証じゃない」

 優子はリア充爆発しろと言いたそうな瞳で愛子を見た。

「そういうレベルじゃないのっ!」

 愛子は机から起き上がりながら吼えた。

「康太くん、付き合ってからボクに全然何もして来ないの」

「デートの時に手も握ってくれないって訳? それは確かに小学生以下のお付き合いよね」

 優子が軽く息を吐き出した。

「そうじゃなくて、デートもまともにしてくれないの!」

 愛子は手で机を二度叩いた。

「えっ? そうなの」

「正確には康太くん、ボクと2人きりっで会ってくれないの。遊びに行く時はいっつも誰か他の人がいてさ……」

 愛子が唇を尖らせながら凹んだ。

「そう言えば初詣の時も、スケートやった時も、異種格闘技戦やった時も、節分の時も土屋くんと愛子はみんなと一緒に参加していたもんね」

 優子はクリスマス以降の行事を思い出しながら愛子の話を検証してみせた。

「優子が空気読めずに付いて来て3人でお出掛けってなった時もあったけれどね。しかも2回も」

 愛子がジト目で睨む。

「ま、まあ、それはあれよ。愛子と土屋くんがちゃんと健全なお付き合いをしているのか確かめるのがアタシの役目だということで……」

 優子が焦った声を出す。

「優子はお邪魔虫……。でも、あれで良かったんだ。2人きりだと康太くん遊びに行ってくれなかっただろうし」

 愛子は再び落ち込んだ。

 

 

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「ボクって2人きりだと間がもたないつまらない女の子って思われてるのかなあ?」

 愛子が頭を抱えて悩んでいる。

「アタシは保健体育ネタで盛り上がっている愛子と土屋くん以上に白熱した会話を繰り広げた男女を知らないわよ」

 愛子と康太の保健体育バトルは2年生の召喚戦争の中で最も白熱したバトルとして知られていた。その場外乱闘と言える保健体育ネタ口論バトルもひたすらに熱かった。2人に口を挟める者が皆無なぐらいに。

「そう言えば付き合ってからボク……康太くんと一度も保健体育の話をしたことがないよ」

 愛子が嘆く。

「じゃあ、何の話しているの?」

「だから、2人でいても話題が全然ないの」

 愛子の話を聞いていると段々と問題の所在地が見えて来た。

「これだったら……付き合う前の方が楽しかったなあ」

 愛子が思い切り凹んだ。スルメのように体を伸ばして。

「じゃあ、付き合うのやめたら?」

 優子は何気なく言ってみた。

「そんなの絶対に嫌だよっ! やっと恋人同士になれたのに!」

 愛子は勢いよく立ち上がって優子の言葉を否定した。

「愛子は土屋くんのことが好きな訳ね?」

「す、好きだよ。大好きだよ」

 愛子の頬が赤くなる。

「土屋くんのことを愛しているのね?」

「うん……将来、結婚したいぐらい愛しているもん」

 愛子の首から上が全て真っ赤に染まった。

「あ〜ご馳走さま。もうお腹いっぱいよ」

 優子はお腹を手で押さえる。

「ちょっと、ここまでボクに言わせておいてその反応は酷いんじゃないかな?」

 愛子の抗議の声を聞きながら優子は立ち上がる。

「愛子の話から土屋くんが恋愛に対してやたらと身構えちゃう人だってことは理解したわ」

 優子はゆっくりと歩き出す。愛子も後ろから付いて来る。

「身構えちゃう?」

「そう。上辺を取り繕っても肩が凝るだけで長続きするわけがないのにね」

「優子の学校生活全般がそうなんじゃないの?」

「今はアタシのことはどうでも良いのよ」

 優子が愛子を見ながら吼える。

「とにかく土屋くんには恋愛は自然体でいた方が良いってことを知ってもらわないと」

「でも、好きな人の為に努力してもっと素敵な自分になろうとするって大切なんじゃないの? 自分を磨かないと男も女も相手に捨てられるってよく聞くし」

 口には出さないものの愛子も康太の為に自分を一生懸命変えようと努力している。

 保健体育の話題を出さないのも、彼女が猥談好き少女では康太が可哀想だと思っているから。

「努力の方向性が問題よ。土屋くんは愛子の為に努力してるんじゃなくて、間違った自分の恋愛像の為に気取ってるだけ」

「吉井くんへの恋心でいつも暴走しかしない優子に言われたら康太くんも可哀想だよ」

 彼氏を非難されて愛子の不満が優子に向けられる。愛子自身にも耳の痛い言葉だった。

「だったら愛子が土屋くんを変えてあげれば良いだけでしょう」

「それは……ううう。優子は意地悪だよぉ〜」

 愛子が優子に抱きつく。

「仕方ない。助け舟を出してあげるわよ」

 鬱陶しいと嘆きつつ優子は愛子を引きずったまま1人の少女の元へとやって来た。

 

「高校生にして既に生涯の伴侶を得ている恋愛の達人、坂本翔子代表に頼みたいことがあるの」

 優子はA組代表霧島翔子に話し掛けた。わざわざ“坂本”翔子と呼んだ点に優子の計算が大きく篭められている。

 手作りの雄二人形をデレデレしながら抱きしめていた翔子はパッと表情を引き締めて優子を見た。優子の作戦は効果的面だった。

「……私は霧島グループの全ての力を動員して優子に協力すると約束する。で、何?」

 優子は翔子の返答を聞いてニヤリとほくそえんだ。

「うわぁ。これ絶対、優子が良くないことを考えている顔だよぉ」

 愛子が引いている。だが、そんな愛子を無視して優子は話を切り出した。

「今度のバレンタイン前の週末に霧島グループが持っている温泉に私たちを招待して欲しいのよ」

「……温泉?」

「そう。温泉こそが会長の恋をより実り多きものにし、土屋くんの間違った恋愛観を是正し、私が葉月ちゃんから明久くんを奪い返す為の必勝の陣よ」

 優子はとても艶々した表情を見せた。

「うわぁ。優子が自分の利益しか考えていない臭いがプンプンするよぉ」

 愛子は優子のプランに不安を感じずにいられなかった。だが、優子の言葉にツボを刺激された翔子は目を輝かせていた。

「……わかった。万難を排してみんなを招待する」

「じゃあ、詳細に関して話し合いましょうか。ウフフフフフフフフ」

「悪人が、悪人がここにいるよぉ〜っ!」

 こうして愛子の切実な恋の悩みは優子の野望に利用されることになった。

 

 

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康太と愛子と決戦バレンタイン温泉旅行 その1

 

 

 いきなりだけど、僕は命の危機に晒されている。

「明久くんっ! 私と一緒に温泉に行きませんかっ!」

「アキっ! 瑞希じゃなくてウチと一緒に温泉旅行に行くわよっ!」

 繰り返すけど、僕は命の危機に晒されている。

 なんと僕はクラスメイトの女子2人に同時に温泉旅行に誘われてしまっている。

 これ以上の命の危機を僕はいまだかつて知らない。

 だって誰が聞いたって羨ましいだろうこの話。FFF団のみんなが黙っている筈がない。

この間のクリスマスに全員が死んでしまった筈だけどみんなもう復活を果たしてしまった。

クリスマスとバレンタインデーの間には2ヶ月も間がないからだ。

嫉妬だけをエネルギーにして彼らは何度でも蘇る。そして、同じ愚行を何度でも繰り返す。

だからそんな彼らに捕まった僕の運命ももう決まっていた。

「判決。吉井明久は有罪。死刑」

「異議なし」×43

 ほらっ。言わないこっちゃない。

 発言機会も与えられないまま死刑宣告をされてしまったじゃないか。

 そして今の僕はグルグルに縛られて十字架に磔にされている。

 足元には燃えやすいように薪や雑誌が積み重ねられていく。

 後はもう火をつけるだけ。

 それだけで僕の人生は終焉を迎える。

 まったく、こんなわかり易い命の危機を迎えちゃうなんて僕も運がないよ。

「さて、罪人吉井明久よ。最期に何か言い残すことがあるか?」

 FFF団の正装束に着替え終わった須川くんが咎人である僕に遺言を尋ねる。

 僕としても美少女2人に温泉旅行に誘われるという大罪を犯してしまった以上、死ぬ程度の覚悟は出来ている。

 だから僕が言いたいのは命乞いのセリフじゃない。僕は、真実が知りたいんだ。

「あのさ、どうして2人は急に僕を温泉旅行に誘おうと思った訳?」

 2人の体がビクッと震えた。

 そしてギクシャクしながら手をじたばたと動かし始めた。

 うん、怪しい。

「じ、実は翔子ちゃんにバレンタインデーに当たる週末に温泉旅行に来ないかと誘われまして」

「そうなのよ。ウチも霧島さんのお父さんの会社が経営する温泉旅館に誘われてしまった訳なのよ」

 2人はどうやら霧島さんに温泉旅行に誘われたらしい。

 霧島さんはお金持ちだし、そういう誘いがあっても何らおかしくない。

 でも、だからこそ変な点が出て来る。

「だったら、女の子同士で旅行に行って来れば良いんじゃないかな?」

 霧島さんも女の子同士の旅行ということで2人を誘ったんじゃないかと思う。

 女の子同士の親睦会に男の僕が加わるのは無粋というものだと思う。

 まあ、女の子と一緒に旅行、しかも温泉というキーワード付きには非常に心揺さぶられるのも確かだけど。

「ちっ、違うのよっ!」

「違うんですっ!」

 2人はまた大げさなリアクションを見せた。

 リアクション大王な2人ではあるけれど、今日は特に驚き方が激しい。

 怪し過ぎる。

 

「あのさ、ちゃんと事情を話してくれると嬉しいんだけど」

 姫路さんも美波も僕の大切な“友達”だ。一生変わることがない大事な“友達”なのだからちゃんと話してくれると嬉しい。

「何か今、とてもグサッと来る単語を明久くんが心の中で使った気がしますぅ」

「ウチの想いがいつまで経っても伝わらないことを示唆するような怖い単語がぁ」

「何で2人とも滝の涙を流してるのっ!?」

 女の子って本当によくわからない。

「あの、とにかく温泉旅行についてもうちょっと詳しく事情を説明してくれると嬉しいのだけど」

 ほらっ。もたもたしていると須川くんが僕を火刑に処してしまうから。

「実は今回翔子ちゃんに招待してもらった温泉旅行、参加には条件があるんです」

「条件?」

 霧島さんが雄二以外に条件を提示するなんて珍しいこともあるもんだなあ。

「霧島さんったら……男女のペアでなくちゃ参加できないって条件を出して来たのよ〜〜っ!」

 姫路さんと美波が涙ながらに語った理由。

 それは男女ペアによる参加が義務付けられていることだった。

「なるほど。霧島さんが自然と雄二と一緒に温泉旅行に参加できるようにセッティングしているのか」

 雄二は霧島さんの何が気に入らないのか知らないけれど、まだ交際を認めていない。

 誰がどう見ても2人はお似合いの夫婦だと言うのに。

「ちょっと待ってくれっ!? 俺はまだ翔子から温泉旅行の話なんて一言も聞いていな……ぎゃぁああああああぁっ!?」

 屋上で昼寝していた筈の雄二がF組に連れて来られて火刑に処せられた。

 まあそれは別にどうでも良い。雄二を焼いた炎が僕の所まで延焼しなければ問題ない。

 問題は別にある。

 やっぱり何か変だ。霧島さんぽくないやり方な気がする。

 いつも真っ直ぐに雄二に愛情を表現して周りを気にしない彼女らしくない。

 何か、誰かが良からぬ入れ知恵をしているんじゃないか。

 そんな気がしてならない。

 でも今は霧島さんの事情を詮索している場合じゃない。

「事情はわかったけれど……何で誘う相手が僕なの?」

 僕は姫路さんと美波の“友達”だ。だから誘い易いのはわかる。

 でも、こういうお泊り旅行っていうのは何ていうかやっぱり特別な異性と行くもんじゃないだろうか?

 ”友達”の僕じゃなくて好きな男とっ!

「明久くんがまた心の中で酷いことを言っている気がしますぅ〜〜っ!」

「アキはそんなにウチらが嫌いなのっ!?」

「何で泣かれるの? 何で泣かれるのか僕には全然わからないよ!?」

 おかしい。最大限に2人のことを気遣っている筈なのに?

「その、何で僕を誘おうと思ったのか言ってくれると嬉しいのだけど?」

 女の子は僕には謎過ぎる。

「だ、だだだ、だってよ。誘おうにもアキしかいなかったんだから仕方ないじゃないのよぉ」

「そ、そそそ、そうですよぉ〜。明久くんしかいなかったんですから仕方ないんですよぉ」

 2人は息の合ったワルツを踊りながら激しく動揺している。驚き役というのは様々な教養を会得していないといけないのだとしみじみと思い知らされる。

「だって、坂本は当然霧島さんと参加するでしょ」

「土屋くんも彼女の愛子ちゃんと参加する筈です」

「そうしたら文月学園の男は後もうアキしかいないじゃないのよっ!」

「そうです。この学園の男の子はもう明久くんしかいないんですっ!」

 あっ。FFF団のみんなが黒装束の上から滝の涙を流している。

 美波たちにとって彼らの存在って何なんだろう?

「そういう訳で明久くん。私と温泉旅行に行って下さいっ!」

「何を言っているのよ、瑞希。アキはウチと温泉に行くのよっ!」

 激しく火花を散らしながら睨み合う姫路さんと美波。

 確かに男が僕しかいないという仮定をするなら、僕と行けなければ温泉旅行には参加出来なくなる。

 そうか。

 美波たちは温泉に行くのをとても楽しみにしているんだ。

 だから“友達”である僕と一緒に行こうと一生懸命なんだ。

 謎は全て解けた。

「うっうっうっ。明久くんの勘違いがどんどん強固なものになっている気がしますぅ〜」

「もう勘違いだろうが何でもいいわ。一緒に旅行に行ってしまえばこっちのものよ」

 2人はまた滝の涙を流している。それでも睨み合いをやめない。

 彼女たちにとって温泉がそれだけ大切なものであるということだ。

 でも、彼女たちは大きな見落としをしている。

 そしてその見落としは彼女たちを救ってあげられるものである。

 僕はそれを告げることにした。

「秀吉はさ……本当は女の子だけど、戸籍上は男で登録されているんだから旅行相手に選べると思うよ」

 男が僕と秀吉の2人になれば万事解決。

 これで姫路さんも美波も旅行に参加することができる。

 こんな解決方法を思い付くなんて僕ってば本当に頭がいいなあ。

 

「残念だけどそれは無理よ、明久くん」

 教室の扉が開いて馬に乗った美少女が入って来た。

「君は……木下優子さんっ!」

 入って来たのはA組が誇る品行方正な万能少女、拳王木下優子さんだった。

 そして優子さんがまたがり馬としているのは……

「ひっ、秀吉っ!?」

 僕の心のオアシス、F組の清涼剤、文月学園ナンバーワン美少女の木下秀吉だった。

「弟は私と一緒に温泉旅行に行くの。だから姫路さんたちとは一緒に旅行に参加できないわ」

「あ、姉上に無理矢理旅行に行けと命令されて。姉上の暴力には逆らい難く軍門に屈したしだ……ブッ!?」

「黙りなさい。この駄馬が」

 拳王は如何にも拳王だった。暴力により秀吉を沈黙させる。

 でもこれで2人はますます僕を賭けて争わなければいけないことになった。

 温泉に行きたいが為にっ!

「元々木下くんの存在なんかどうでも良いんです」

「そうね。木下がいようがいまいが何のプラスにもならないわっ!」

「お主ら、その言い方はちょっと酷いのじゃ」

「だからアタシの許可なく人語を喋るんじゃないわよ」

 無慈悲に暴力を振るわれる秀吉。

 だが、そんな秀吉を全く気に掛けることなく対立の炎を燃やす姫路さんと美波。

 誰か、僕の大切な“友達”の2人を不毛な戦いの渦から救って下さいっ!

 

「心配は要らないのですよ、バカなお兄ちゃん」

 そして迷える僕の前に天使様が舞い降りた。

「バカなお兄ちゃんと一緒に温泉旅行に行くのは、クリスマス以来の恋人である葉月なのですよ」

 教室に入ってきたのは美波の妹にして、名目上僕と恋人同士ということになっている葉月ちゃんだった。

「お姉ちゃんも綺麗なお姉ちゃんもまさか恋人である葉月を差し置いてバカなお兄ちゃんとの温泉旅行なんて言い出せない筈なのです」

 小学生とは思えない圧倒的なプレッシャーを葉月ちゃんから感じる。

「そ、それは」

「妹の癖にいつの間にこんなプレッシャーを会得したと言うの?」

 あれほど激しく睨み合っていた姫路さんたちの動きが止まった。

「この拳王の前で随分なプレッシャーを放ってくれるじゃない」

 優子さんも額から汗を流しながら葉月ちゃんを睨んでいる。

「愛の力が葉月を幾らでも強くしてくれるのです」

 葉月ちゃんは天真爛漫という名の強烈な笑顔で周囲を焼き尽くす。

「バカなお兄ちゃん。さあ、葉月と一緒に温泉旅行に行きましょうなのです」

 葉月ちゃんがその小さな手を伸ばしてきた。

 考える。僕は誰と温泉に行くべきか?

 姫路さんか? 美波か? 葉月ちゃんか?

 誰と行くのが後々厄介ごとにならないのか?

 

 考えるまでもなかった。

 

「葉月ちゃん。僕と一緒に温泉に行こうっ!」

 姫路さんと行っても美波と行っても誘わなかった方は角が立つ。

 最悪”友情”に傷が付きかねない。

 よって葉月ちゃんを誘うのが最も妥当なのだ。

「恋人の葉月を選んでくれるのですね。ありがとうなのです♪」

 葉月ちゃんは再び天真爛漫な微笑みを見せてくれた。

 この笑顔を見れただけでも葉月ちゃんを選んで良かったと思う。

 2人には悪いけれど、やっぱりこの温泉旅行と”友達”の僕のことで争って欲しくない。

 だから本当に申し訳ないけれど、ここは喧嘩両成敗ということで。

「そう。アキはウチより葉月を選ぶんだ」

「やっぱり明久くんは、そう、なんですね」

 美波は俯きながら灯油を僕の足下に並々と注いでいる。

 姫路さんは赤々と火が灯っている松明を掲げている。

 あれっ?

 この展開は僕が思い描いていたものと異なるよ。

「幼女と温泉に行くのはそれはそれで羨ましいので判決死刑」

「異議なし」×45

 今度は姫路さんと美波も賛同者に回った。

「さよなら、明久くん」

「さよなら、アキ」

 そして松明が磔にされている僕の足下にくべられた。

 僕を焼き尽かさんとする業火が昇ってくる。

 まあ、遅かれ早かれこうなるとは思っていた。

 結果自体は仕方ない。

 代わりに気になったのは

「ムッツリーニが楽しんでいる顔を最近全然見たことがないなあ」

 窓の外をずっと眺めて話に全く乗って来なかったムッツリーニの憂鬱そうな顔だった。

 

 工藤さんと上手くいってないのかなあ?

 

 

 そんなことを考えながら僕の体はメラメラと燃えていったのだった。

 

 

 続く

 

 

 

 

説明
何の計画性もない連載することを強いられているんだ

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コメント
mtms さま 出番がある限り何度も死んで何度も生き返る役割ですね彼らは(枡久野恭(ますくのきょー))
tkさまへ それはきっとこのシリーズにおける問題点がむっつりーにのヘタレにしかないからでしょうね。明久はよく死にます(枡久野恭(ますくのきょー))
FFF団はそのうち金髪アロハに匹敵する再生能力を手に入れるかもしれない(mtms)
ムッツリーニと愛子嬢が主役のハズなのに、優子さんと明久君が目立っているとはこれいかに。その辺は次回以降で、という事なのでしょうか。…あ、異議なしの人数、46人にしといてください。(tk)
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