神無月の饗宴
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 おびただしい数のヘビやカエル、ミミズ、トカゲ、ムカデ、ヤスデといった生き物が

空から落ちてきている。大きな岩にもたれて坐り込んでいる私の上にも容赦なく降りか

かってくる。それでも、もう動くことはおろか手を動かす気力もない。いつもなら見か

けただけでも大騒ぎしているというのに。

 

 そういえば、同じような場面を読んだことがある。たしか・・・村上春樹の『海辺の

カフカ』だ。小学校の遠足で小学生たちは不思議な世界に踏み込み、すぐに帰還できた

のだが、ひとりだけ戻って来れず数日間そこにいた。その子が中年になって無意識の中

でそういった生き物を街中に空から降らせた、というもの・・・それはしかし、小説の

中の作られた出来事。

 

 今、私が直面している出来事は夢でも作り事でもない。おぞましい生き物が私の頭に、

からだに、足の上に落ちてきて、もぞもぞと動きまわっているのだ。

 からだは疲れ切っていて少しも動かせない。目も開けていられないほどだが、意識だ

けはまだ興奮が冷めず、眠りに落ちることもできないでいる。

 

 

 私は双子の弟の健とともに、車で出雲に向かっていた。

 

 私たちは奈良の((大神|おおみわ))神社をお預かりする家に生まれ、10月8日が20回目の誕生

日だった。神社のしきたりでは、20歳になる月には出雲に参ることになっているらしい。

そこでいろいろな儀式を受けるのだとか。

 大神神社は、標高467メートルの円錐状をした三輪山を御神体として、大物主神を

お祭りしている。大物主神は稲作豊穣、疫病除けそして酒造りの神であり、本体は蛇。

水神とも雷神ともいわれていて、時には崇り神ともなる。出雲の大国主神の国造りを手

伝ったとか、大国主神そのものだとか、いわれている。

 

 

 家を朝の9時に出発して、健と交替しながら車を転がしてきた。

 米子自動車道から9号線に入り、山陰自動車道の仏経山トンネルに入った。

 オレンジの光に包まれた長いトンネルを抜けると、非常に濃い霧がかかっていた。少

しスピードを落としてそのまま道なりに走っていたのだが、いつのまにか地道に入って

いた。

 道に迷うはずはないのだが、心細くなって助手席で眠っている健を起こした。

「たける、起きて」

「ん? どうした?」

「道に迷ったかも・・・」

「道に迷ったァ? そんなはずないやろ、カーナビ付いてるし、ずーっと一本道で行け

るはずやでェ・・それにしてもえらい霧やなァ」

「あれェ? 行き止まりやろか」

 

 車を止めて外に出た。下は土。右手には山がせまり、左手に大きな川がゆったりと流

れている。健は携帯電話をポケットから取り出してプッシュした。

「チェッ、つながらん、圏外や」

「このままバックで戻らんとしゃあないな、たけるのほうが運転うまいさかい、やって」

「なんややまと、えらそうに運転は任せとけ、ゆうとって」

「そやかて見通し悪いし、道幅も狭いんやもん、な、交代しよ」

 

 私の名は倭。健とは双子にもかかわらず仲がよろしくない。

 高校も同じ学校に通った。私は剣道を始め、健は弓道部に入った。ふたりとも国体に

出ているほどの腕前だ。高校を卒業すると、私は道場に通って剣道を続けるつもりでい

た。ところが母に反対されたのだ。お決まりのお茶とお花、お料理などの習い事を勧め

られた。健は弓道の道場通いを認められているというのに!

 学校の休みの日には、私は巫女、健は神主のまねごとをして家業を手伝ってきた。健

はこのまま神主として後をついでいけるが、私の将来の見通しは何にもない。

 双子として同じように育てられ、同じように勉強してきたのに、女の子の立場って弱

い。そういった差別を理不尽に思い、かといって私が神主になれるでもない。巫女は未

婚の女性が勤めるものと決まっている。結婚したらもうできなくなる。そういったくや

しさ、将来への不安と不満が入り混じって、両親に当たるだけでなく、健をも避けるよ

うになっていた。健もいつしか私を見なくなってしまった。

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 車に戻ろうとした時、急に暗くなり大粒の雨が降り出した。それはすぐに、バケツを

ひっくり返したような豪雨となった。川の水はみるみる増水していく。霧がハレ雨は

10分ほどで止んだが、車には戻れず大きく張り出した岩の下に避難していた。川は激

しく逆巻いていた。

 

 車を置いているあたりを見ても車は見当たらず、代わりにとんでもないものが目に入

った。

 

「たける、あれなんや」

「やまと、あれなんや」

 ふたりは同時に同じ言葉を発していた。

 

 遠くに見えたそれは、蛇の頭のようなものが山の頂を越えて動いているのだ。それが

5つ、いや6つ?・・・8つ! どうなっているのか全く理解できない。それらはこち

らに近づいているようにみえる。

「早よ車に戻ろ」

 ふたりは同時にそう言って駆け出そうとした時、雷鳴と共にイナビカリがすぐ近くの

岩山に落ちた。

「ヒエーッ」

 頭を手で隠しうつむいてしゃがんだ。

 岩山のかけらが飛んできた。数十秒そうしていただろうか

「やまと、見ろよこれ」

 恐る恐る顔を上げた。

 雷が落ちた岩山の一部が削られていた。岩山の中は空洞で、そこに何かがある。

 8つの4斗樽が目に入る。そして近づいてよく見ると、2振りの刀剣と2張りの弓と

矢が数本、まとめて置かれていた。

 

 健が刀剣を手にした途端に健の装いが変わった。

「た、たける・・・その格好・・・」

「え? あれ、変わっとおる、なんやこれ」

 今まで着ていた長そでシャツとチノパンの姿が、腰でしぼられた白い色の筒袖のかぶ

り物と、太ももは膨らみ膝から下がスリムになっている白いズボンに変わっている。

 私も刀剣を持って空中にかざしてみた。すると私も健と同じ姿になった。まるで大黒

様が身に着けているものと同じだ。スニーカーが木の靴になっている。底はギザギザが

入り、周囲は薄い木の皮のようである。履き心地は悪くない。どちらかといえばぴった

りで、動きやすい。

「たける・・・夢ちゃうやろか、いっぺんたたいてみて」

とつき出したほっぺに健の平手打ち。

 パシーン!

「いたい! おもいっきりたたくことないやろ」

「夢とちゃうんや、ちゅうことはあのけったいな・・・ヤマタノオロチみたいなんと闘

え、ちゅうことか!?」

 

 私は靴の具合をみるためにピョンと跳ねたつもりが、ピョ〜ンと高くジャンプした。

「すごい! すごい跳躍力や、たける、あそこから飛んだら飛べるかもしれんで」

と小高くなっているところを指差した。ピョ〜ンピョ〜ン跳びはねていた健はすぐさま

そこへ駆けて行った。

「よっしゃ、飛ぶで」

 しかし飛べないことが分かった。そのまま足で着地し、勢いで尻もちをついている。

「いったあー」

とお尻をさする健。

 

「たける、悠長にしとる場合ちゃうやん、あれ・・・ヤマタノオロチ・・・だいぶ近づ

いて来て、こっち睨んどる」

「やまと、それ酒やで、須佐之男命がヤマタノオロチ退治の時に飲まして酔わしたやろ、

多分同じ事ヤレ、ちゅうんや」

「誰がそんな事させとるんや、なんでうちらがせんならん!」

「ごちゃごちゃゆうてる暇ない」

と、樽のふたを開けるとプーンと酒の匂い。

「これを、ほれ、あそこの広いとこにまとめて置こ、ヤマタノオロチは酒好きやよって、

樽に頭突っ込んでるうちにこの弓で撃ったらええ」

「ちょっと待って」

と言い、草叢に入って草の蔓を切り、背中まである髪を束ねて蔓をぐるぐる巻きつけて

くくった。束ねた髪の先もくくりつけた。

 

 ふたりがかりで8つの酒樽を岩山の空洞から下ろし、広々したすすき原まで押して行

った。怪力になったのか、ひとりで軽々と押して行けた。

 刀剣を腰紐に差し、弓矢を肩から背中に負い、ふたりは反対方向に走って弓を構えた。

 

 私は剣道をしていたが弓の心得もある。神社の娘として破魔矢を放つことがあったか

らである。子供の頃から的を射る練習をさせられてきた。高校のクラブも弓道部に入っ

て腕に磨きをかけることを期待されていたのだが、親への反発から剣道を選んだ。どう

も武道からは離れられなかったようである。

 

 来た! 頭が・・・大きい。近くで見る頭は・・・畳4枚分あるにちがいない。口は

大きく裂け長い髭がある。目は赤く、人の頭ほどの大きさをしている。首は鱗に覆われ、

胴部は・・・胴部は遠くにあって見えない。

 

 最初に来た頭が舌を出し入れしながら酒樽の酒を飲みだした。

 別の頭も降りてきた。

 遅れて到達した6つの頭が押し合いをし、首をからませ酒樽の取り合いをしている。

 

 シュッ

 健の放った矢が酒を飲んでいた頭の額を射た。

 ヤッタァ! と ふたりしてガッツポーズ。

 首をひねりながら空中高くもたげたかと思うと、ドサーッと地面を打った。

 すかさず別の頭が隙間に突っ込み、酒樽に舌を出し入れし始めた。

 

 私も弓に矢をつがえて放った。それはちょうど頭をもたげたところで、矢は首に立っ

た。赤い目が向けられ、私をとらえた。

 次の矢で、額に狙いをつけた。が、頭は私のすぐ目の前にあって口が大きく開けられ、

牙が・・私の体と同じぐらいの大きさの牙が・・・

 私は弓矢を放り出して向きを変え、逃げるところを横向きにくわえられ、空高く持ち

上げられた。

「きゃーっ、いやあ、いやァ、離せ―っ」

 

「やまとぉ―、刀を使えェー」

 健の声がはるか下から聞こえた。駆け寄ってきた健の後ろに大きな頭が見えた。

「たけるゥー、うしろ うしろぉ〜」

 手足をばたつかせながらオロチの口から逃れようとして、はたと気が付いた。

 ここで口から出たら真っ逆さまや、どうしよ・・・

 

 健には私の声が届いていたようである。矢をオロチの額に立てていた。我が弟ながら

アッパレである。が、それでオロチの首が死ぬわけではないようだ。

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 私をくわえたオロチは舌を牙の間からチロチロ出し入れして、まるで私を味わってい

るような。

 どうやらすぐに飲み込んだり、すりつぶしたりする様子はない。口の中に入ったら上

顎をこの剣で突き刺すことに決めて、しばらく周りの様子を眺めることにした。

 

 横倒しになった空の樽。まだ酒が残っているらしい2つの樽を5つの頭が取りあって

いる。5つの頭、いや首が絡み合い押しのけようと、上に持ちあがったり地面にこすれ

たりしている。

 動きまわる標的には、健の腕では歯が立たないようだ。

 オロチの胴体に目を向けた。今は高い位置にあるので、それはよく見えた。

 山並みのように連なって見えているあれがそうだと思う。8つの首が集まっていると

ころ。そこから下方に向けて目を移していくと、草原のようになっているところがそよ

そよと風にゆらいでいるようだ。目を凝らして見ると地面? 体の表面? が動いてい

る。あそこを狙えばオロチを倒すことができるんとちゃうやろか。

 

 酒にありつけなかった頭がこちらを見ている。食べ物として私を見ているにちがいな

い。何かの拍子にこんな高い所から落ちたらからだはぺしゃんこになって即死だ。

 

 オロチの口の中を片手で探ってみた。少し体をずらす。見つけた! 牙だろう。それ

に腕を巻きつけて体を引き寄せた。ずるっと口の中に入り込むことができた。

 オロチの舌が私を探している。口の中を上に下にとまさぐっている。足で押し返した。

牙にしがみついて何度も何度も。腰に差していた剣を引き抜いて、舌を払う。

 次に襲ってきた瞬間舌に飛び乗って、右手で剣を持ち上顎部を突き上げた。舌は私を

押し退けようと動きまわっているが、両手で剣を押し上げそしてぶら下がると私の体重

でそれは抜け、舌の上に落ちた。飲み込まれそうになったが頭がのたうっているのだろ

う、前後左右によろけながらも牙の所まで戻り再びしがみついた。 履いていた靴はオ

ロチの舌の上を移動するのに適していたようだ。

 

 開いている口から外をのぞいた。

 健も弓を捨て、剣でオロチに対している。

 私を口に含んだオロチは頭を地に付け、のたうっている。

 口の中で転げないように・・・剣をしっかり握って・・・絶好の瞬間を待って口から

飛び出した。

 

 

「たける!」

「おう、やまと、無事やったんか」

「たける、オロチの胴体や、多分心臓やと思う。脈打ってるとこ見つけた」

「おぅ、そやけどシャリバテや、力出ん、もうしんどいわ」

「いったんあの岩山のとこに戻ろ、おにぎりがあったように思う」

「ほんまか、もうしんぼたまらん」

 

 あった! 大皿に盛られたおにぎりが。

 両手に持ってむしゃぶりついた。塩が少し効き過ぎていたが、今はおいしい。やかん

に入ったお茶もあった。やかんの口から直接飲む。なぜそのようなものが用意されてい

るのかを考えることもなく。

 やっと一息ついた。

「しゃけか たらこ入りのおにぎりはないんかいな」

「なに罰当たりなことゆうてんの、おにぎりにありつけただけ上等や」

「そやけどなんでオレらが闘わなあかん? ちょっとぐらい注文つけてもええやんけ」

「ほんなら、かつおぶしのんが欲しい、醤油付けといてや、って誰が聞いてくれるんや」

 

「ほれほれ、また来よったで」

「たける、うちがあいつら引き付けてるから、走って胴体に剣突き立てて来て」

「逆やろ、あいつら引き付けてるには敏捷性がいるんや。やまとがつかまってるうちに

要領を得た。やまとが走れ! 時間かかってもええ。その間ずっと相手になっとくさか

い」

「分かった。危ななったら逃げてや」

 私は健と固く握手し視線を交わした。体がふれあうなんて何年ぶりやろ、視線を合わ

せるのは何カ月ぶりやろ、と思った。

 

 私は見つからないように、山の裾や木の陰に入って移動した。

 健は落ちていた弓矢を拾い上げ、再び額を狙って撃ち始めたようである。

 私は走った。あの山に向かって。波打つ胴体、そよぐ草原。

 もう少しのところで振り返ると、1つの頭がこっちに向いた。向かって来る。急いだ。

胴体には杉、ヒノキが生えていて、苔むしている。またまたこの靴が役立っているよう

だ。木の枝に手をかけて攀じ登った。

 刃を下に両手で剣の柄を握り、目の高さからおもいっきりそこへ突き立てた。深く深

く・・・そして手前にそのまま引き寄せる。抉る。全身を使って抉る。

 再び振り返った。オロチの頭が上下左右ぶつかりあいながら、空高く伸び上がったか

と思うと地面に叩きつけられたかのようになって、のた打ちまわっていた。

 やがて動かなくなったのを確信して、剣を引き抜いた。

 その瞬間切り口から噴き上がり、それらが舞い落ちてきたのである。私は力尽き、そ

こにあった岩にもたれて坐り込んだ。ばらけた髪が顔をおおっていた。

 

 おびただしい数のヘビやカエル、ミミズ、トカゲ、ムカデ、ヤスデといった生き物が

空から落ちてきているのである。大きな岩にもたれて坐り込んでいる私の上にも容赦な

く降りかかってくる。それでも、もう動くことはおろか手を動かす気力もない。いつも

なら見かけただけでも大騒ぎしているというのに。

 おぞましい生き物が私の頭に、からだに、足の上に落ちてきて、もぞもぞと動きまわ

っているのだ。

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 木目がぼんやりと見えた。

 気を失っていたようである。

 しばらく木目を見つめていた。

 やがて、ここは建物の中で天井を眺めているのだと気付いた。布団に寝ているようで

ある。

 そっと顔を右に、そして左に動かした。左側の布団に健が寝ていた。

 上体を起こして周囲に目を配る。からだにはまだあの衣装を纏ったままだ。靴は脱が

されていた。刀剣が枕元に置かれている。

 私はそっと健を揺すって名を呼んだ。よほど疲れているらしくて、目を覚ましそうに

もない。

 その時、障子が開けられ縁側からの光がわずかに差し込んできた。

 

「お目覚めですか。さ、これを召し上がれ、精がつきますよ」

 ほのかにお酒の匂い。甘酒をお盆にのせて現れた巫女に問いかけた。

「ここはどこでしょうか。私たちはどうしてここに?」

 巫女は語り出した。

 ここは出雲の((大社|おおやしろ))でございます。わたくしはここにお仕えする巫女。兄は神官をし

ており、兄妹でお守りしてまいりました。

 こちらでは10月は神在り月と申しまして、全国から八百万の神様方がお集まりにな

られます。

 今年は例年になくお社が賑やかでございました。鈴がコロコロと鳴り響いたり、草が

まるで笑いさざめいているかのように音を立てて揺らいでいるのです。

 わたくしは夢の中で神様の託宣を承ることができます。

 昨夜、いえ今朝になりますね、大物主神が御姿をお見せになり、こう申されたのです。

 

『本年の宴は大盛況であった。神々は大いに喜んでいた。今回の演じ物はワシの当番で

な、22年前から計画を立て準備をしておったのじゃ。これで当分酒の肴として話題に

上るわい。その間は崇りをなす神はいない、いやあ安穏安穏』

 そしてこうおっしゃるではありませんか。

『実は斐伊川のほとりにその主人公たちが疲れ果てて眠り込んでいるので、介抱してや

ってはくれぬか』

 

 斐伊川というのは昔、八岐大蛇が退治された時にできた川。わたくしはどのあたりに

なるか目星をつけて参りましたところ、あなた方が眠り込んでおられた。兄と共に車に

お乗せして、お連れしたわけでございます。

 さ、このようなおにぎりしかございませぬがお召し上がりなさいませ。

 

 

 神棚に供えられていた皿を下げて勧めてくれた。

私は礼を述べ、あまりの空腹におにぎりをありがたく頂いた。

 塩の効いた温かいおにぎりを。

 

 コッコッ  コッコッ

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 コツコツ  コツコツ

 

という音が遠くに聞こえ、次第に近づいてきた。健の声も聞こえてきた。車のウィンド

ウを下ろしているらしい。

 ウィンドウ?

 ハッとなって目を開けると、年配の巫女が覗き込んでいる。

 

「どうなされました、大丈夫ですか? 昨夜から車をここに泊めて寝ておられたようで

すが・・・」

「えっ? えぇ・・・」

 健と顔を見合わせた。なにがどうなっているのかさっぱりつかめない。

 巫女は私の手に視線を留めた。

 

「あなたはもしや神様のご神託をお受けになられたのではありませんか? そのおにぎ

りは今朝お供えしたおにぎりなのでは・・・」

「よく分からないんです。なぜおにぎりを持ってるのかも・・・大神神社から参った者

ですが」

「毎年何人も神社関係の方が来られていますが、神様とお話しされたのは32年ぶりで

すね。私以来ですよ。神様はいたずら好きですから・・・よろしければ朝餉をご用意し

ますよ」

「えっ、いえ、いえいえありがとうございます。あのっ、もう少しここに居させてほし

いんですが」

「それは構いません、まだ時間も早いことですし、ごゆるりとなされませ。そうそう、

あなたは今後神様とコンタクトをとる力を持たれたのですよ」

 

 私は運転席にいる健と再び顔を見合わせた。家から着て来た服を着ている。スニーカ

ーを履いている。そして手にはおにぎりを持っていた。

 おにぎりをかじった。塩の効いた温かみの残っているおにぎりだった。

 涙がにじんできて、おにぎりの上にこぼれた。

 

 

 私たちは斐伊川のほとりに車を止めて、外に出た。

 広々とした川は大きく曲がりくねりながらゆったりと、日本海の方角に向かって流れ

ていた。

 

「たける、たとえ結婚しても大神神社で御神体である三輪山をお守りし、大物主神様に

お仕えしていくことに決めた!」

「そややまと、一緒に神社を盛りたてていこうや」

 

 悠々と流れる川にはいくつもの砂州があり、それらは蛇の鱗を思わせる大きな模様を

描いていた。

説明
奈良県大神神社の双子、倭と健が20歳となった10月、
習わしとして出雲大社へ向かう途中、不思議な経験をする。
(本文より)
「誰がそんなことさせとるんや、なんでうちらがせんならん!」
「ごちゃごちゃゆうてる暇ない」
と、樽のふたを開けるとプーンと酒の匂い。
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