そらもよう 第2話 |
猫も微睡むような暑い夏の午後。
私は昼の食事をとる為に、日陰を目指してあちこちを転々としていた。
が、大体おいしい場所はすでに埋まっているのが常。
結果、舟を係留している所まで戻ってきてしまった。
「仕方ない、か…」
うだるような暑さに辟易しながら。まあしようがないが。
風があるだけ、まだいい。
私は舟の近くの低い壁に張り付くように座り、麻袋に入れた昼飯に手を伸ばした。
と、見慣れた琥珀色の髪が近くを通り過ぎた。
私は息を呑む。
が、やがて月のような光をたたえた髪の持ち主はこちらへやって来た。
どうやら、発見されてしまったらしい。
「キナリ、昼ご飯一緒してもいいかなあ?」
少し、不思議に思えた。
彼が、ひとりなのは珍しい感じがする。
それに、シエナ、だったか。
彼を慕うあの少年、いや少女をむげに置き去りにするようには、私には見えなかった。
私の微妙な表情を見たのか、彼は困ったようにくしゃり、と笑う。
「あの子は、まあ、事情あって今いなくて。今友達らしいけど、別の子が代わりやってくれてて。梓黄の奴がつききりなんだ」
ーそれに、俺はロウとは話が合わないしー
そう呟き、彼は私の隣に何気なく座った。
そして茶色の、中くらいの紙袋から彼は昼ご飯を取りだした。
それは。
明らかに昼というより、午後のお茶に相応しいようなメニュー。
私は一瞬でいままでの彼と出逢った状況を記憶と照らし合わせ、ある結論を導き出した。
彼がいつもふらふらしている理由。
多分、いや、8割方は当たっているはずだった。
私はおそるおそる問いかけた。
「まさかそれ3食ってわけないよね」
「そうだけど」
あっさりすぎた。しかも即答。
おまけに、キナリにもあげる、と半分に千切って渡してきた。まだ口はつけていないものだが。
…彼の秘密が色々バレたら別の意味でもまずいのではないか。とくに、こないだシエナに喧嘩を売っていた、ロウなどには。もっとも、ロウ自身は自覚していないようだが。
無防備すぎる所に若干呆れながら、私は彼の常食、アーモンドパイを食べた。
「…美味しい」
思わず零れ落ちた言葉。
しかし、それが始まりだとは、私はまだ知らず。
「でしょう?それで、」
その後私は彼の語りに散々つき合わされる事になる。
「…はあ」
「いやーごめんね、キナリ、ついつい」
「いや…とりあえず案内するから」
とっぷり日が暮れて。一通り語り終わったタイミングを見計らい、私はいきつけの喫茶店へ彼を案内する事にした。
その店は、私の古い知り合いから紹介された店で、下は喫茶店、上はアパートである。
オーナーはハクという青年で、東の異国から来たらしかった。旅の途中だったが、この街に惚れ込み、誰も住んでいなかった民家を買い取って、改築したのだと本人から聞いた。
Azure Cafeという、その店は、街でも古い界隈、旧市街地にあった。
登りはとりわけ坂がきつい。私は彼の歩幅にあわせながら、ゆっくり階段をのぼっていった。
夕日が海に沈む。この街でよく柵代わりに使われる植物も赤く染まっていた。
しかし名前は知らない。
「長い事ここにいるのにな」
私はひとり、呟いた。
知らず知らずに殻にこもり、空を仰ぎ見てばかりだった自分。
変わってゆく景色の中で、自分だけ変わらない気がしていた。
あの日。
彼と出会って私の世界は広くなった、気がした。
でも。
知らないことは、まだ多いのかもしれない。
と、静寂を破るようにして、騒がしい足音が私の思考を貫いた。
あかね色に染まる海の潮風を纏い、黒髪の少年が一気に階段を駆け上がってきた。
「あ、キナリさん!お久しぶりですっ!」
元気そうな少年、ルメの姿にほっとする。
次に少年の口から飛び出した言葉は意外なものだった。
「隊長さん、でしたっけ。梓黄さんが探してましたよ、あ、キナリさん、隊長さんと知り合いなんですか?」
偶然か、必然か。
訂正。
…世界は意外に狭かった。
「さっき言ってたシエナの友人って、ルメ?」
彼は苦笑しながら頷いた。
「そうだねえ、こら、今朝もいったけど、言葉使いには気をつけなさい」
「はあい」
ルメは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「2人こそ仲いいじゃないすか、恋人みたい〜」
ただの反撃。
「…」
「…」
私は顔を空へひょいと向け、ちらっと彼女を見る。
冷や汗をかいた私と違い、楽しそうに彼女はルメを見ていた。
「まあ、明日は石版運びだから、全員駆り出されるから、よろしく頼むよ!ルメくん」
ぽんぽんと頭をたたかれ、ルメは抗議した。
「だから、子供扱いしないで下さい、隊長!」
今日だけのはずなのに、と嘆くルメを横目に、私は空と同じ色、喫茶店のあかねの壁を見つめて、苦笑した。
はたして、彼女は鈍いのか、勘が鋭いのか。
私は知ることがまだ、かなわない。
道のりは、遥かに遠いようだ。
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