けいおん!大切なモノを見つける方法 プロローグ
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 プロローグ

 

 

 

 

 

 それは目に見えないけれど、暖かくて、優しくて、持っているだけで幸せな気持ちになれる、そんな夢のような。それでいて、ありふれていて誰しもが持っている。そんな大切なモノ。んなモンあるワケねーだろって人も、もうとっくの昔から持ってるよって人も、そんなん探してるヒマあったら勉強か仕事しろって人も。

 ちょっとだけ心を優しくして、俺の長話に付き合ってくれると嬉しいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、父さん」

 

 俺がそう声をかけると父さんは、どしたん?と視線を変えずに返事をした。カチャリと父さんが洗い終わった食器を俺に渡してくる。

 

「やっぱり俺………あの高校入るのヤメる」

 

 俺は台所で父さんの隣に立ち、食器を拭きながら、ずいぶん前から腹に仕舞っていた気持ちを捻り出す。父さんは何も言わず、ただ食器を洗い続ける。

 

「新しい家のいっちゃん近いトコの普通の高校でいいよ、情けないけど授業料免除取り消しになっちゃったし。通学に時間食われんのヤダしなー」

 

 俺は努めておどけた風に言った。自分に対して気を遣って欲しくないからだが、それを聞いた父さんは少し困った様に食器を洗う手を止め、そうか、とだけ言った。

 

「そ、それに俺さ、姉ちゃんとかの大学での話聞いてると自分も大学まで行きたくなっちゃってさ、……それにさっ」

 

 言えば言うほど父さんに気を遣わせてしまっているのが良く分かる。父さんはあたふたしている俺の方を向き、顔を上げた。

 ………いつもケラケラと明るい親。そんな人がひどく悲しそうな顔をして、俺を見ていた。正確には俺のギプスがまだ取れていない右足を。

 

「……無理すんなや、オマエの好きなようにやったらええんやぞ?」

 

 15年間俺はこの声を聞いて育ってきた。この方言丸出しの温かい声を聞くとホッとするはずなのだが、どうしてだかこの時の俺の耳には機械みたいに平坦な音に聞こえた。ムリしてないよマジで大丈夫だから、という自分の声もまるでロボットみたいだ。

 

「今1番ツライんはオマエやろぉが。ホンマに……そんな顔して」

 

 そんな顔ってどんな顔だよ、と窓に映った自分の顔を見る。そこにはあとひと押しされたら泣きベソをかき出すガキの顔が映っていた。

 ………俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が初めてバスッケットボールをついたのは幼稚園を卒業してハナたらしながら小学校に入学したばかりの頃だった。バスケを始めた理由はしょーもなく、確か姉ちゃんに遊んでもらいたい、とかなんかそんな感じだったと思う。4つ上の姉は当時小学校のバスケクラブに入っており、ロクに構ってくれなかった、だから俺もとガキ丸出しの考えで姉ちゃんにくっついてクラブに入った。

 そこからは一直線だった。日が暮れるまで友達と茶色いボールをダムダムついて、学校や公園で毎日遊んだ。姉ちゃんは中学に入ると同時に吹奏楽部に入部しバスケをやめてしまい、少し寂しく思ったが自分までやめるなんて発想は1ミリも浮かばなかった。そのうち学校のクラブだけでなくミニバスのチームにも入り、この頃にはもう完全にバスケの魅力に取り憑かれており、小遣いのほとんどをバッシュ代に当ててハイペースで履き潰していた。

 中学に上がると当然のようにバスケ部に入り、生活の中心が部活になっていた。在学していた中学校のバスケ部が全国区なことも拍車をかける一因になっていたと思う。

 中3の夏にはウチのチームは全国大会で3位にもなった。これは奇跡としか言いようがないが、俺はMVPとは別に選ばれる特別賞―――ベスト5のひとりに選ばれ、いくつかの高校からスカウトも受けた。そのうちの一校が偶然父親の転勤先に近かったので、その推薦の話に飛びついたのだ。長年のチームメイトたちとお別れすることは滅茶苦茶寂しかったが、男手ひとつで俺を育ててくれた父さんに負担は掛けたくなかった。

 

 それでも俺は幸せだった。高校生になっても大好きなバスケができる。そしてもっと上手くなって、夢のまた夢だけど田臥選手みたいにアメリカに行ってNBAプレイヤーになりたいと人生の目標にしていた。

 本当の本当に幸せだった。ずっとこんなささやかで汗臭いモンだけどおれにとっては最高な幸せが続くと信じて疑わなかった。

 

 そんなモン、一発の出来事でブッ壊れるということをおれは知らなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交通事故だった。

 雪がしんしんと降る冬のことだった。

 

 新しい家と新しい学校、春に引っ越す予定の新しい町に俺は家族と一緒に下見に来ていた。新居の様子を見に行く父親と妹と別れて、これから入学する予定の高校を見学しに行く最中のことだった。

 俺が浮かれていて不注意だったのかもしれないし、車の運転手が急いでいたからかもしれないし、路面が少し凍結していたからかもしれないし、他にも原因があったからかもしれない。

 

 俺は右足首を前輪後輪合わせて2回、ワゴン車にガッツリ轢かれた。

 後日のお医者さんの言葉は今でも夢に出てくる。

 

『本当の本当に残念だけど、キミはもう今までのように走ったり飛んだり、できないんだ。最悪、車椅子生活かもしれないな』

 

 多分こういう風にハッキリと患者に言うことが医者の仕事のひとつなんだろうと後々分かったが、その時の俺はその医者をブン殴ってやることしか頭になかったんだろうな。

 

 

 

 こうして全てが終わった。

 大げさでもなく比喩表現でも何でもなく、全部終わってしまった。

 高校の推薦や授業料免除の話は当然なくなり、他の高校のスカウトの電話もパッタリこなくなった。

 そして何より、バスケができなくなってしまった。ドリブルもシュートもパスも。みんなと一緒にコートに立ってゲロ吐くまでラントレしたり鬼みたいな監督にマジで怒られたり試合に勝って喜んだり試合に負けて落ち込んだり、笑い合ったりすることがもう一生できないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………俺もう寝るな、父さん」

 

 俺はこれ以上いると本当に泣き出しそうになったので、オヤスミと言って部屋に戻ろうとした。

 立てかけてあった松葉杖を手に取り、台所を出たところで後ろから父さんの声がした。

 

「見つかるぞ」

 

 足を止めずに耳を傾ける。

 

「バスケみたいな大切なモノが、オマエにもいつかきっと見つかるて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は部屋に戻るとベッドに顔から倒れこんだ。松葉杖を床に放り投げ、ゆっくりと天井を眺める。

 ………バスケみたいな大切なモノ?

 

「んなモンあるワケねぇだろ」

 

 そう口にした瞬間目頭が熱くなり、涙で天井がぐにゃりと歪む。喉から漏れてくる嗚咽を噛み殺しながら、布団をかぶる。

 明日なんて一生来なけりゃいいと、俺はガキみたいに布団の中で丸まりながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

説明
勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。
Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。

よかったらお付き合いください。
首を長くしてご感想等お待ちしております。
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