ゆる色びより第1話Scene5
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   Scene5 これが最初の日

 

 

 昨日とは打って変わっての雲ひとつない晴天だった。

 

 私の席まで日差しは届いてこないけど、教室を包み込む春の陽気が心地いい。誰かの話し声が子守唄のように聞こえて、まどろみの中で私はゆっくりと船を漕いで――

 

「起きなさいっ、ゆいゆい!」

 

「ふぁいっ!?」

 

 反射的に返事をして、机に頬ずりしていた顔を起こす。見ればそこに呆れ顔で腕を組む春流美ちゃんが立っていた。

 

 ――はい、二日連続で寝てました。雨だろうと晴れだろうと、私には特に関係無いようです。

 

「まったくもう。ふゆりんは先に行ってるわよ」

 

 言って、指をさす方向に、そろりそろりと忍び足で窓際に向かう冬莉ちゃんの姿があった。冬莉ちゃんは目標まで近づくと、弁当袋をカバンから取り出しておもむろに立ち上がろうとする少女に――

 

「あっきゅんっ♪」

 

「ひゃっ!?」

 

 ――後ろから抱きついた。そうして、立ち上がれないようにする。

 

「えっ? えっ!?」

 

「そのくらいにしたら、ふゆりん。あっきーが混乱してるわよ」

 

「はーい」

 

 冬莉ちゃんは少し残念そうではあるが、素直に彼女への縛めをを解いた。

 

「あ、あの?」

 

「ねえねえ、あっきゅん。お昼ごはん食べよ。それとも昨日の猫さんの所に行くとこだった?」

 

 冬莉ちゃんがお昼ごはんを一緒しようと誘う。私たちの手には一様に弁当袋が握られていた。冬莉ちゃんは何故かパンパンに膨れ上がったトートバッグも肩に下げていたけど。

 

「う、ううん。今は落ち着けるようにしておきたいから。……あっきゅん?」

 

「なら一緒しない、あっきー。もしかして、誰かと約束をしていたのかしら?」

 

「違うけど。……あっきー?」

 

 彼女は不思議そうに二人の顔を眺めていた。視線に気づいた春流美ちゃんが、何を考えているかを悟った。

 

「あだ名よ。友達だもの、親しみを込めて呼びたいじゃない?」

 

 ふふっ、と満足気な笑みを零した。春流美ちゃんも冬莉ちゃんも仲良しの友達にあだ名つけるの好きだもんなぁ。

 

 ――私の場合は。

 

「……と、友達」

 

 彼女は戸惑った様子で小さく呟いた。そんな彼女に私は笑顔で答える。

 

「そうだよ。一緒にお話しして、一緒に授業さぼって、一緒に先生に怒られて、いつが始まりかなんて分からないけど、友達だから一緒なんだよ。だから、これからもずっと一緒にいよう。ね、秋ちゃん」

 

「…………うん」

 

 表情を隠すように俯いた彼女、秋ちゃんは小さく頷いてくれた。これでもっと仲良くなれる、そう思った私はすごく嬉しくなった。

 

「それにしても、ゆかっちの今の発言、まるでプロポーズの台詞みたいに聞こえたよ」

 

「ちょっと冬莉ちゃん何言ってるの!」

 

 そう言いながらも、自分の言葉を思い出して少し恥ずかしくなった。言われてみれば、ちょっとかっこつけ過ぎた感じが否めない気がする。

 

 ――ゴトッ。

 

「……ゆいゆい」

 

 わざとらしく大きな音がするように弁当袋を机に置いた春流美ちゃんが神妙な顔で言う。ど、どうしたの?

 

「ゆいゆいは、わたしのことなんてもうどうだっていいのね!?」

 

「いきなり何を口走ってるの!? 私達の関係性に、幼馴染み以外の何を求めているのっ!?」

 

「そりゃ、ね……」

 

「わざとらしく言い淀んだり、顔を赤らめて変な空気を作ろうとしないで!」

 

「まさか二人がそんな仲だったとは、ボク驚きだよ」

 

「冬莉ちゃんは、絶対違うって分かって言ってるでしょっ!?」

 

「あの、橡さん」

 

「いや秋ちゃん、この二人の冗談だから。本当にそんなんじゃないんだからね」

 

「えっ、ううん、そうじゃなくて」

 

 秋ちゃんの落ち着いた喋り方に、私も冷静になっていく。ふと横を見ると、寸前まで私をからかっていた二人がもう平然とした様子で秋ちゃんの次の言葉を待っていた。……まったくもう。

 

「えっと、橡さん」

 

「結夏でいいよ。あだ名で呼びたかったらそれでもいいし。秋ちゃんが一番呼びたい風に呼んで」

 

 ちょっとだけ考えた秋ちゃんは、おずおずと、でも一人ずつ順に顔を見ながらはっきりと口にする。

 

「なら、ゆ、結夏」

 

「うん」

 

「は、春流美」

 

「ええ」

 

「ふ、冬莉」

 

「ん!」

 

 秋ちゃんはもう一度私達の顔を見てから、頬を緩め、息を吐くように、言葉を零した。

 

「……うち、すごい嬉しいわー」

 

 

 …………

 

 秋ちゃんの笑顔が初めて見れたことが今日一番喜ばしくて、それは正直な私の気持ち。なんだけど、それとは別に引っかかる点が一つある。

 

『……うち?』

 

「……っ!」

 

 私たちが口を揃えて疑問を言うと、秋ちゃんは慌てて口を押さえた。それから、黙りこくってしまったので、とりあえず私たちも座ることにした。ごはん食べるスペースも欲しかったから、誰もいない机を一つと人数分の椅子を近くから拝借して座る。

 

 秋ちゃんが口を開くのを待っていると、やがて秋ちゃんがポツリポツリと喋り始めた。

 

「……私。ううん、うちな、小学生のころにこっち来るまで生まれの京都におったんよ。ほんでな、喋り方がちゃうと皆から変な風に見られてもうて。だから、誰かと話すんが苦手になって……」

 

 どうやら秋ちゃんがいつも物静かだったり、気付いたら教室からいなかったりしていたのには、そういった理由があるからだったみたいだ。話する時にちょくちょく言葉に詰まってたのもそのためか。

 

 ……そういえば、昨日も所々で訛りが出てたような気もする。

 

「…………」

 

 言い終わってから秋ちゃんはずっと机に目をやっていた。多感な子供のころの思い出というのもあって、私たちが思う以上に気にしているようだ。

 

 なんとか元気づけてあげないと。

 

「そんなに深く考えなくてもいいと思うよ」

 

「……え?」

 

「だってね、無理に口調を変えると喋り辛いでしょ」

 

「うん。まあ、そやけど」

 

「それにほら、秋ちゃんの、うちって一人称は京都で普通に使われてるじゃない。でも冬莉ちゃんなんて自分のことをボクって呼んでるんだよ」

 

「そういう風に引き合いに出されても困るんだけどさ。しょうがないでしょ、子供のころからボクって言ってるんだから」

 

「……確かにそうかも知れへんなー」

 

 秋ちゃんは神妙な顔で頷いていた。

 

「ちょ、あっきゅん。ここでそこまで納得されるのは不本意なんですけど」

 

「春流美ちゃんなんて、少し大人っぽくなったからって年上のお姉さんみたいな喋り方するんだよっ」

 

「わたしの場合、悪口言われてるのかしら、それとも褒められてるのかしら?」

 

「それにだって、京都弁って秋ちゃんの雰囲気に合ってるし、なんか可愛いから変じゃないよ」

 

「か、かわええ?」

 

「あぁ、それは確かに言えてるわね」

 

「うん、ボクもそう思うよっ」

 

 春流美ちゃんと冬莉ちゃんが賛同すると、見る見るうちに秋ちゃんの顔が赤く染まっていった。訛りが口下手の原因なんだろうけど、元々が極度の恥かしがり屋みたい。

 

「……おおきに。やっぱりまだ恥かしいんやけど、皆が良く言うてくれたから。うち、これからは自分らしく喋ることにするえ」

 

 そう言って、秋ちゃんが柔らかな笑みを作ったのを見て、私たちは一安心した。

 

 くうぅぅぅ……

 

 誰かは分からないけどお腹のなる音。話が一段落した所で、お腹が空いていたことを思い出した。

 

「ボクお腹空いたよぅ」

 

 冬莉ちゃんが子供のように泣き言を言う。それに異論なんてあるわけもなく、私たちはいそいそとお弁当を広げる。話し込んでたから昼休憩も残り少ないから、早く食べないとね。

 

「?」

 

 箸を持ち、両手を合わせて、いただきますと言おうとしたところで妙な音が耳に入る。

 

 ガサゴソ

 

 ……ガサゴソ? ひょっと目を向けると、膝の上に乗せた膨れたトートバッグを漁る冬莉ちゃんがいた。

 

「何してるの、冬莉ちゃん?」

 

「えっ、だってお腹空いたんだもん」

 

 冬莉ちゃんはバッグから取り出したパンを嬉しそうに頬張った。本当にいい顔で食べるよなぁ。

 

「お腹空いた? でも、冬莉ちゃんお弁当持ってたよね、ってあれぇえ!?」

 

 いつも通り巨大な冬莉ちゃんの弁当箱は、すでに空となり、机の角に追いやられていた。……い、いったいいつの間に?

 

「マジシャン顔負けのイリュージョンね」

 

 春流美ちゃんが楽しそうに評価を下していた。秋ちゃんはというと、箸を持ったまま絶句している。この間にも冬莉ちゃんはパンの袋を何個も空けてるし……。

 

「あっ、そんな変なもの見るような顔してー。これくらい普通だもん」

 

 私の顔をジト目で睨んでは拗ねる冬莉ちゃん。そ、そんな顔してたかなぁ。そうだったらごめんねだけど、やっぱり食べ過ぎだと思うよ。

 

「それにしても、食べた物は一体全体その体のどこに消えてるのかしら?」

 

 もっともな疑問だよね。たぶん永遠の謎なんだろうけど。

 

「んー? あっきゅん、どうしたの? もしかしてパン食べたいの? はい、どーぞ」

 

 未だに呆然とする秋ちゃんの視線をどう勘違いしたのか、冬莉ちゃんは笑顔でパンを差し出す。

 

「えっ、えと」

 

「どーぞ」

 

「うん。……ありがと」

 

 困惑しながらも秋ちゃんは受け取った。口元に小さく笑みの形を作っている。どんな物でも、友達からのプレゼントだから嬉しいのかも。

 

 ――とまあ、昼休みはこんな感じでワイワイと和やかに過ぎていったわけでして。やっぱり仲良しなメンバーで駄弁るのって楽しいよね。

 

 その後も授業後の短い休憩時間にも集まったりして。 なんでなんだろうね、十分足らずの時間しかないのにわざわざ集まって、取りとめの無い話をして、それがたまらなく楽しくて。

 

 ううん、本当は分かってる。

 

 友達だから。

 

 ただそれだけで楽しいの。そうだからこそこんなに笑顔でいられるの。

 

 そうそう、帰り際のことなんだけど、誘おうと思っていた秋ちゃんから一緒に帰ろう、って言って来てくれたの。緊張していたのかおずおずとした様子だったけど、はっきりとそう言ってくれたんだ。とても嬉しかったし、これからもっと打ち解けていきたいなって心底思ったの。

 

 秋ちゃんと初めて言葉を交わして、友達になるに至ったここ数日のあらましが大体こんな風。

 

 考えてみると、いったいどれくらい親しくなったら友達になれるのかな? いつ、私たちは友達だ、って言えるのかな? そんな事は考えてもよく分かんない。本当に気付いたらなっているものなんだと私は思う。

 

 秋ちゃんに、私たちは友達だって言ったのは確かに今日だけど、今日友達になったとは思ってないよ。もっと前から友達だって思ってるし。

 

 冬莉ちゃんは入学当初は教室中を行ったり来たりしてたのに(今も一つ所に落ち着いてるかと言われたら違うけど)、気付いたら私たちと一緒にいる時間が一番長くなってる。けど、行動を一緒にする以前からも友達なんだよね。

 

 春流美ちゃんに至っては、……えっとぉ。記憶が古すぎてどう出会ったか思い出せないよ。ごめん、春流美ちゃん。というか、春流美ちゃんもたぶん覚えてないよね?

 

 えっと、話が逸れちゃったかも。と、とにかく、結局いつから友達なのかなんて分かんないんだけど。それでも。それでも分かることはあるの。

 

 春流美ちゃん、冬莉ちゃん、秋ちゃん。こんな風に親しみを込めて呼んだ初めての日。

 

 春流美ちゃんは小学校の頃のいつか、冬莉ちゃんは入学式の日、秋ちゃんは今日。

 

 ――だから私たちと秋ちゃんにとってこれが、最初の日。

説明
第1話のラストです。途中間が空きまくっていたので、次はもっと早くアップできるようにしたいです。

次→http://www.tinami.com/view/698921
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