鋼 1
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「??????!!!」

歓声が彼の背を叩いていた。

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

手には血がこびりついている。否、最早それは彼の手では無かった。

「おまえが、鋼だ」

人影が近づいて来る。

奇妙に歪んだ遠近法で、その姿を視界の端に止め。彼はゆっくり意識を失った―――。

 

暗転。

 

それからどれ程の時間が流れたのだろうか。

「鋼、起きろ」

彼は、鋼は目を覚ました。

ベッドの傍らに立つ男には見覚えがあった。“お仲間”だ。

「ああ、終わったのか」

「そうだ。おまえが”新しい鋼”だ」

「すると相手は」

「ああ。死んだ」

分かっていたこととはいえ、胸の奥で罪悪感が首をもたげる。

戦った相手は良い戦士だった。こんな所で命を落とさなければ立派な士官になったことであろう。

 

 

彼は右手を回し具合を見る。動きは悪くも良くもない。いつも通りだ。

「鋼。戴冠式まで迫っている。支度をしろ」

二ドルディーオの声に思い出す。思考のるつぼで迷っている暇等無い。

 

彼はこれから国王を殺さねばならないのだから。

 

彼にはもう名前が無い。

彼は鋼となったのだ。

鋼に名前等無い。

鋼は

 

鋼だ。

 

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ある小国に「鋼」と呼ばれる兵器があった。

「鋼」とは人に儀式を施すことで作られる化け物だそうだ。

小国が長く周辺国からの侵略から逃れて来たのもこの「鋼」を保有していたからだと言われている。

実際彼は「鋼」の戦闘を見たことが無いが恐ろしく強いとは話しに聞いている。

時折小国は「外」に「鋼」になりたがるものを募集した。

「鋼」は製法こそ門外不出であったが何故か「鋼」に「なる」人間は公募で選ばれた。

参加してみれば納得である。野生の獣と歴戦の猛者との殺し合いに進んで参加する頭の逝かれた人間等そうそう集まらないのであろう。

彼は姿を現さぬ得体の知れぬ王を厭った雇い主の命で王に近づくため「鋼」の試験に参加し、見事「鋼」と成り果てた。

 

鋼の階級を近燐の国で例えるなら騎士が妥当であろうか。

彼がこの称号を手にするため、100の獣と7の人の命が失われた。

すなわち彼は107を殺した。

その代償すら安いものだろうと彼の上司は言った。

命の値段を、奴はどうつけたのだろう…否、考えるまでもないことか。おそらくは「奴自身の役に立つか」それが基準なのだろう。

 

 

気絶している間に儀式は済んだらしく、現在進行形で彼から感情が失われているらしい。

儀式に参加する前に説明を受けた。

元々、感情があったのかはよく分からなかったが今なら分かる。

刻一刻と、彼の人間性は喰われていった。

 

湯を浴び、飾りのついた黒衣に袖を通す。

鋼の正装らしい。

何の感慨もない。

何も浮かばない。

二ドルディーオが扉の向こうから予定を読み上げる。

彼はただ「ああ」とだけ返した。

 

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戴冠式しか外に出ない小国の王を、何故奴は恐れるのか。

大陸の半分を手中に収めてなお、奴の欲と恐怖は際限を知らない。

 

その部屋は奥まった構造の城の更に奥にあった。

 

壁は黒く塗りつぶされ、椅子もテーブルも黒い。

部屋の中心の蝋燭だけが存在感を持っていた。

司祭服の男が歩み寄った。

「御主が”今回の”鋼か」

鋼は首肯で答える。

「ふむ」

二ドルディーオは外に出るよう促されしぶしぶ通路を戻っていく。

人間だった頃なら嫌悪感や不安を抱いたかもしれないが、今は何もない。

手に枷が嵌められる。鋼は薄れる意識を再覚醒させ強度を測る。外すのには些か骨が折れそうだ。

彼は片膝をついて部屋の隅に控えた。

やがて鑞が半分程解けた頃、カチャカチャと壁が動いた。

王の登場か

 

大きく壁が開き、壮年の男が現れた。

王だ。

しかし、写真の姿より頬は痩け、目はぎょろりと見開かれている。

王は鋼を視界におさめると喉の奥からか細い悲鳴を漏らした。

「はが…ねか」

「是に」

王は奥の椅子にかけた。

続いて何か大きなものが運び出された。

召使いらしき運搬係は顔に布をかけている。

「こ、これが、つぎの」

王は鋼を見ずに震える指先をそれに向けた。

 

少女。

青い、少女。

青い髪の少女。

舌を噛まぬよう口に轡を嵌められ、四肢を板に縫い止められた全裸の少女。

 

司祭は粛々と告げる。

「戴冠式を始める」

 

奇妙な空気に満ちた、異質な空間だった。

 

司祭は少女の腕に儀礼用の小さな短剣を突き立てる。

一本…二本…太い血管を外し、少女が失血で死なぬよう繊細な動作で作業の様に刃を入れる。

しかし刺された箇所からは細い血の筋が垂れ、少女の細い足を伝い下に置かれた杯に落下する。

これは、少女から血を搾り取る儀式。

 

麻酔をされていたのか当初少女には意識が無い様に見えたが、一本目の段階で眼を開いた。

 

透き通るような、青

 

ああ、青い鳥はこんな色をしているのだろうか。

 

鋼は瞳を奪われる。

刃が突き立てられる度、少女は苦悶の声を押し殺され身を捩り涙をこぼす。

鋼の心臓が、奇妙な音を立てた。

 

少女を運んで来た召使いが貧相な王に説明をしている。

「これが次代の『瑠璃』でございます」

「これが」

王が血走った眼で少女を見つめる。口角がつり上がる。下卑た笑みが浮かぶ。

 

やめろ

 

王が小鳥に近づく。

 

鋼には心が無い。

 

やめろ

 

王の手が小鳥に伸びる。

 

鋼には感情が無い。

 

やめろ

 

王の指が少女の片目を

 

鋼は人から作られる兵器。人をやめたもの。

 

やめろ

 

鋼は

 

なんだこれは

 

鋼は狼狽えた。

組織に組してから久しく忘れていた。否、今まで生きて来て泥を啜ったときですら感じたことの無い強く深く暗い感情。

憤怒

これをもってしても、鋼には心が無いというのか。

鋼は手のひらをみつめた。

鋼の身体には紋が刻まれる。

確かに黒い墨で入れられたそれは鋼の証。

押しつぶすように手を握る。

拭えぬ嫌悪感。

沸き上がる激情。

燃えたぎる殺意。

 

司祭が剣を刺す手を止めていた。

王の行動が予想外だったようだ。

 

「美しい」

 

手のひらに握られた赤黒く彩られた白く青い球。

それを手に王は子供の様にはしゃいでいる。

 

何が面白いというのか。

何がおかしいというのか。

何が何が何が何が何が

 

王は愉しそうだった。「愉快で愉快で堪らない」とその青く、しかし少女とは違い濁りくすんだ色の瞳は輝いている。

 

「殺してしまうのなら、眼は要らぬだろう。両方外してしまえ」

 

鋼の世界から音が消える。

遠くからいけませんという司祭の声が聞こえたような気がした。

 

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こがね に みと を

あかがね に ひえん を

しろがね に あわゆき を

はがね に るり を

 

さずけましょう

 

鈴の音。

 

誰かが歌を歌っていた。

美しい澄んだ高音が耳朶を打つ。

しかし至福の時間はすぐに終わった。

 

気づくと鋼は部屋の中心に立ち尽くしていた。

足下には王と司祭と召使い、だったもの

肉片と汁と、衣服のぐちゃぐちゃになったもの。

おそらく鋼が殺したのだろう。記憶は欠落しているが。

元々殺すつもりだったのだ。問題は、ない

何かが音を立てた。鋼は振り向く。

残った片眼を見開いた少女が鋼を見つめている。

鋼は少女に近づく。

少女の口に嵌められた轡を外す。

口元はよだれと血でべとべとになっている。

 

そして、「鋼」は「瑠璃」に口づけた。

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「鋼」

赤い部屋。大きな椅子に男がかけていた。

彼は手の中の写真を見ながらブランデーのグラスに口を付ける。

「さあ、楽しい逃亡劇の始まりだ」

男は口角だけを歪めて笑った。

 

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鋼の口内に鉄錆の味が広がる。

「ふ……」

少女が鋼の舌を噛んでいた。力一杯。

鋼は唇を離す。

互いに言葉は無い。

少女は鋼を睨んでいる。片方の眼で。青い、美しい眼で。

無言の抗議には取り合わず、鋼は少女の腕を板から剥がしにかかる。

しかし、しっかりと打付けられた楔は無理に引き抜けば少女の命を奪いかねない。

鋼は当座対処法は無いと見ると少女を板ごと抱え上げた。

「君は瑠璃というのか」

少女は口をつぐんでいる。

ここで鋼はようやく気づいた。

少女の首に違和感がある。

少女は、喉を潰されていた。

 

瑠璃とはなんなのだろう。

何故少女は血を抜かれていたのだろう。

黒い通路を歩く。

しかし、様子がおかしい。あれだけ部屋をぼろぼろにしたというのに誰もやって来ない。

部屋の前にも衛兵がいたはずだが…。

通路にも縦横無尽に傷が走っている。

どれほどの時間意識を失っていたのか、暴れていたのか分からないが本当にこれを自分がやったというのだろうか。

通路を抜けると

 

そこには何もなかった

 

何も

 

「どうして…」

城の、黒い通路と黒い部屋を除く全てのものが消失していた。

広い空き地の周りに森がある。

「二ドルディーオ…」

鋼の指が震える。

証拠等無い。全て消失したのだから。

しかし、おそらく“これ”は全て鋼がやったのだろう。

数百の城に控えていた人間、動物。そのすべてを殺し、城を更地に返したのか。

馬鹿げている。

 

しかし生き残っているのは己と、板に?付られた瀕死の少女だけ。

認めるしか無い。納得するしか無い。

 

少女が呻きを漏らした。

度重なる出血と体温の低下。

彼女の身体には限界が近いのかもしれない。

 

城下の医者には行けない。

鋼は空を仰いだ。

 

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城が森の中に立てられていたのは暁光だった。

城で使う木材を切り出すための山小屋が少し離れた所に建てられていたのだ。

 

鋼は少女に刺さっていた楔と刃を引き抜き、小屋にあった治療道具で止血していく。

手首と足首の傷は深い。いずれ医者には見せなければならないだろうし、当分は歩くことも物を持つことも困難だろう。

止血が終わり、椅子に座らせると少女は震える腕を上げた。

きつく縛り固めた指は動かない。しかし不器用にその手は鋼の頬を撫でようとしている様に見えた。

「ありがとう。瑠璃」

鋼は少女を瑠璃と呼ぶことにした。

他の呼び名を知らないし、彼女は喋れない。何よりその名前は彼女にとても似合っている気がした。

瑠璃に小屋で見つけたシャツを着せ、簡易ベッドに寝かせる。

保存食も勧めたが少し水を飲んで瑠璃は眠ってしまった。

 

何のために瑠璃は殺されそうになっていたのか。

戴冠式の筈なのに次の王が部屋にいなかったのは何故なのか。

謎は尽きない。ただ分かるのは鋼は長くこの国にいられない。

それだけは確かだ。

国王達の死骸は間もなく発見されるだろうし、二ドルディーオの消息も絶たれたのだ。組織は鋼に追っ手を放つだろう。

逃げなければならない。

瑠璃も置いては行けない。

怪我の治療も必要だし目的は分からないが殺されそうになっていたのだ。守らなくては。

 

守らなくては。

 

胸中で反芻して驚嘆する。

こんな感情があったのか、と。

目が覚めてから心から何かが流れ出していった筈だった。

しかし今はあの虚無感は無い。

理由は分からない。

ただ、胸の暖かさに安堵と不安を覚えながら鋼は眼を閉じた。

 

説明
魔王でません。ファンタジーです。
ドンパチやりますしなんかかいていてグロテスクになって来てしまったので、すみません。またグロ注意です。
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コメント
ありがとうございます。のんびりやっていこうと思うのでどうぞよろしくお願いいたします。(ぽんたろ)
兵器になった鋼と瀕死の瑠璃、切ない出会いですね。瑠璃が何者なのかとても気になります。いつもながら流れるような文章で引き込まれます。(生駒万憲(いこまかずのり))
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