戦姫絶唱シンフォギア 〜騎狼の絶咆〜 4節
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4節 「Besucher」

 

 

 

 

  男は戦場を駆け抜けた

 

 

 

 手に持った白銀の銃を煌めかせ、男は深紅の血に塗れ

 

 白く輝いた光は紅に堕ち、紅きその瞳には闇が映る

 

 虚無に堕ちた内なるものを、取り戻そうともしない

 

 彼の者が欲するは、ただ1つ―――

 

 

 

 

 

  狼は荒野で((咆|ほ))え続けた

 

 

 

 得るものなど無い、失うばかりの旅路

 

 血に飢えた獣の行く末、何者をも立つことの出来ぬ丘

 

 騎士の面を付けた狼は、孤高の地へと舞い降りる

 

 騎狼が((獲|え))んとするは、ただ1つ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――((虚無の園|エデン))

 

 

 

楽園と称される場所そのものを、禁忌と知りながらも望み続ける。

 

 

   全てを得ることのできる地

 

 

失われた未開の地を探し求め、その存在を見ることも敵わぬ。

 

掴めども砂のように零れ落ち、実態があるのかもわからない夢。

 

 

   しかし、それは夢のまた夢

 

 

幾千年モノ時を生きてきても、少しの自由すら求めぬのなら。

 

やがて屠られる地に、((自由の園|エデン))を選ぶもまたしかり。

 

 

   失うことの出来ぬ空間

 

 

 

 

――――――((嘘偽り|エデン))の檻――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†★†★†★†★†★†★†★†★†★†★

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

一辺が10メートルのコンクリート壁で囲まれた、正立方体の閉鎖空間。物音1つしない中、俺は丸腰で中心につっ立っていた。

代わりに、部屋の隅には16丁の((自動照準小銃|オート・サイト・アサルトライフル))が鎮座している。設置場所は天井にもあり、真上と真下以外全方位を囲まれている状況だ。

俺がここで行う訓練は1つ。先日から流れ出る右手の瘴気を、いかに早く制御するかという訓練。ミスをすれば撃ちぬかれるだけだ。

 

 

「………………………………」

 

 

小銃はコンピュータ制御され、どこを狙えば一番当たる確率が高いかを計測し、的確にその場所を狙ってくるようにできている。

距離も相まって、銃声を聞いてからでは避けることは不可能……。

……ピッ―――

 

 

「―――ッ!」

 

 

電子音が聞こえたと同時にしゃがみ込み、頭を狙ってきた4発を避ける。それを合図にしていたのか、16丁からの一斉掃射が始まった。

胸・顔・腕・足・おおよそ狙えるであろう場所全てを的確に狙ってくる、その全てを避けつつも、流れ出る瘴気を形にしていく。

今この状況で必要な銃はDesert Eagleではない。大口径大威力の銃よりも、装弾数が多く連射の効く、((弾詰まり|ジャム))の危険性を気にしなくていい銃―――ベレッタ M93Rだ。

頭の中に鮮明なイメージが出来上がると同時にそれ≠ヘ両手に収まり、振りかかる銃弾の嵐を打ち止めにした。フルオートで放たれた9ミリパラベラム弾は小銃の((排莢口|エジェクションポート))に入り、機関部を破壊。

…………鳴り止んだ銃声に安堵を覚えつつ、M93Rが瘴気に戻るのを確認する。

 

 

「展開までに2.97秒……格納は1.3秒か……。これでは駄目だ。どちらも1秒以下にせねば……!」

 

 

展開・格納の合計値が武器切り替えの速度になる。これでは約4.5秒……充分に死ぬ可能性のある数字だ。俺ならば4秒で5人殺せる自信がある。やはり鍛錬が足りんな。

試しに((絶対の十字架|フル・クロス))で小さなナイフを出すと、0.2秒で展開が完了した。瘴気と違い本物と色・質感まで全て同じだ。同じ物を空いた手に瘴気で展開すると、やはり3秒程度かかってしまう。

 

 

「…………フッ!」

 

 

壁に懸けてある木製のボードに向かって投げると、((絶対の十字架|フル・クロス))・瘴気で創った2つとも直線の軌道でささったのだが…………。

…………何故か、瘴気の方は黒い靄が鎖のようになっていて、俺の腕と繋がったままだ試しに引っ張ってみれば、見事にナイフは抜けて俺の手元に戻ってきた。

どうやら実際の鎖と同じように扱えるらしいな。だがこれでは不便なことも『ブツッ』ん? ………………切れたな。切れればいいのに≠ニか考えたら切れたな。逆に繋がれと念じたら最接続されたし。

 

 

「……凄い力、ではあるが…………不明確なものが多い。先日の天羽々斬もどうだか……」

 

 

黒の刀身に紅いラインの入った天羽々斬。本来の姿とは想像もできないような禍々しいものになっていたが……。

 

 

「………………………………考えるだけ無駄だな」

 

 

2つのナイフを消し、コンクリートの壁に隠れたドアを開けて通路に出る。ここは俺の家の地下にある医療施設の横で、本来は拷問用の部屋なのだが……大きさが丁度いいので活用しているだけだ。

CDCや手術室の横を通りぬけ、ベッドのある病室へ向かう。というか病室からでないと上へ戻れん。

電気が消えていることを確認しながらドアを開けると、病室の明かりはつけられ―――俺に気づいた赤髪の彼女が苦笑した。

 

 

「まーた訓練してたのか?」

 

 

何気ない一言。

気遣ってくれているのだろう。…………だが、俺からしてみれば恐怖の塊だ。こいつは俺の怠慢のせいで、一度命を失っている。

普段感じることのない罪悪感がこみ上げ、俺は少し怖かった。

 

 

「……ああ」

 

「あんまり根詰めるなよ? 今翼を守ってやれるのは、隼人だけなんだからさぁ」

 

「……ああ」

 

 

単調な生返事しか返すことができない。

任務を完遂することのできなかった俺に、優しい言葉などいらない。さっさと好きなだけ罵倒して、契約を破棄して欲しい。

与えられた仕事すらできぬ傭兵などいらぬと、そう言ってくれればいい。そのほうが気楽だ。咎を気にせず戦うことができる。

 

 

「ああ、ああ、って…………ちゃんと聞いて「聞いているッ!」うおっ!? …………な、なんだよ、驚かさないでくれよ」

 

「…………ッ…………すまない」

 

「あ、いや……あたしこそ悪かったな。思い詰めてるのに……」

 

「…………お前が謝る必要はない。全ては……俺の責任だ」

 

 

彼女が絶唱をしたのも、このような思いをさせてしまうのも…………全ては俺の責任。

俺が頼りないからであり……無力だったからだ。

強大な力を持ち合わせていても、それを万事運用することができなければ意味はない。過去の俺はまさにそうだった。イザという時に傲慢がたたって……。

 

 

「…………あんまり真っ直ぐだと、ぽっきり折れちまうぞ……隼人」

 

「―――……構わん。俺は常に……任務に忠を尽くすだけだ。私事を無くし、ただ人形のように…………。だというのに、俺はお前を……!」

 

 

ベッドで体を起こしていた彼女に歩み寄ると、いつしか俺の左手は彼女に包まれていた。

暖かくも力の入っていない……自分の犯した罪がぶつけられるような感覚。酷く…………恐ろしい気もした。

 

 

「俺は……いつもそうだ。どこかにいる本当の自分に会えなくて、どう足掻いても本音がでず……最悪の結末ばかりを視てきた。本来いるはずの『隼人』がどこにもいなくて……『銀狼』が……俺が……常にいる」

 

 

病室に響き渡る((緊急警報|アラート))を聞きながら、顔に手を当てて『俺』という存在を確かめる。

こうして千年余りを生きてきた俺だが……『俺』が、『隼人』という人間≠ニして過ごした刻は非常に希薄だった。創られた時から戦場にいた俺は……俺ではない。俺という皮を被った別の人間だ。

その『別の人間』こそが……俺だ。

 

 

「俺はいつまでも理想像でいなければならなかった。味方が勝利の象徴として俺を見るように……そうであるように」

 

 

心を捨て、与えられた任務だけを淡々と。

俺と―――銀狼と隼人は表裏一体の背中合わせであり…………同一の存在でもあった。

…………だが

 

 

「フッ………………ククク、ハハハハッハッハッハ……。すまねェなァ……俺の連れがテメェに余計な事を言わなかったかァ?」

 

「―――……ッ!? 隼人……?」

 

「アア…………残念だが俺ァ隼人じャねェンだ。アイツはもう眠ッちまッた。俺は…………そウだな、((切り裂き魔|ジャック・ザ・リッパー))とでも呼べや」

 

「どういうことだ! お前は隼人じゃないのか!?」

 

「多重人格障害……そう言や通じるかァ?」

 

 

 

 

  俺は――――――苦しみから逃げていた

 

 

 

 

 

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「ンだよ……隼人はいつもこンな奴らに手間取ってンのかァ?」

 

 

駆逐され、炭となったノイズの残骸を踏みしめる男。

その容姿は何一つ変わらないものの、確実に何かが違うその誰か。

 

 

「ッたァくよォ……。こンな奴らエデンを使えば苦戦する相手じゃねェだろ……」

 

 

新たに現れたノイズが襲いかかるが、1秒もかからずに形成された斬馬刀で薙ぎ払われていく。

その刃には黒い瘴気が纏い、ノイズを斬る度に量を増していた。

 

 

「…………折角持ってる聖遺物を使わねェとか……宝の持ち腐れにも程があるンだよ。ノイズにもムカつくが、隼人にもイラつくッてェの!」

 

 

乱雑に投げられた斬馬刀はノイズを葬り、やがて瘴気となって散っていった。

銀狼が展開に3秒近く要していた黒き武器を瞬時に展開し、また、自在に操る男。

次々と現れる小型ナイフを投げ続け、100はいたであろうノイズはものの数秒で消え去った。

 

 

「オラオラオラオラァッ!」

 

 

両手に瘴気の淀みができたかと思うと、次々と武器が射出されていく。

それは戦斧であったり刀であったり、逆に銃器本体でもある。おおよそ武器という名目で括れる全てが射出されていた。

その全てはノイズを消し、炭と変えてゆく。

 

 

「ハッハァッ! ((切り裂き魔|ジャック・ザ・リッパー))様のお通りだァ、クソカス共が」

 

 

男はニヤリと口元を歪めたまま、その笑を絶やそうとはしない。殺戮行動が己の至高であるかのように……破壊を楽しんでいるようにも見える。

……いや、楽しんでいる。

 

 

「A−8ポイント制圧完了ッ。さァーて次は何処だァ?」

 

 

笑を浮かべるその目に光は無い。ただ血塗られた世界だけが映っている。

もうなにも、辛いものを見たくないからなのか、ただ…………死んでいるからなのか。

 

 

「ノイズッてなァいいねェ♪ 何度殺してもいくら殺ッてもだァーれも文句を言わねェ。―――だが……」

 

 

空から降ってきた巨大な人型ノイズを見つめ、ため息を漏らす。

 

 

「手応えも無きャ面白みもありャしねェ……。これじャ興ざめだッつの」

 

 

一瞬の内に飛ばされた斬撃でノイズは炭になり、風に飛ばされていった。

展開したであろう刀を消し、男は再びため息を漏らす。

 

 

「………………………………チッ。胸糞ワリィ。こンな奴らの相手……隼人に任せときャよかったな。オイ、起きてっか、隼人」

 

 

コンコンと頭を叩き、笑を浮かべていた顔を引き締めた。

 

 

「……アア。俺ァ寝るぜ。あとは自分で殺れや」

 

 

長い瞬きをすると同時に、狂気的な雰囲気は消え去った。

いつものように、短絡的で一途な―――防人だ。

銃騎士・銀狼。その本人になっていた。

 

 

「―――……寝た、か。あいつはどうして……こうも俺より強いのだろうな……」

 

 

ぽつり。

小さくぼやきつつも、その足はバイクへ向かっていた。

すぐに通信機でノイズの場所を聞き出し、情報を整理する。いかなる状況においても自分は戦う戦士であり、任務を第一とする傭兵である事を忘れない男。

それが銀狼だったはずだ。そうでなければならない。

 

 

(…………クソッ。いつもいつも…………あいつは俺の邪魔をする……)

 

 

隔離性同一性障害―――一般的に多重人格障害と呼ばれるものだ。

男にはそれが幼少期から発症しており、現在では4人の人格が存在している。本来の主人格であり、出現頻度の最も低い『隼人』・隼人の写し身であり、最も表に出ている『銀狼』・4人の中で最も攻撃的な『ジャック』・4人の中で最も温和な『ハヤヒト』

この4人で形成されているのが、((銃騎士|こいつ))だ。

記憶は完全に共有され、唯一共有できないのが感情のみ。

 

 

『―――聞こえているか』

 

 

バイクに付けられた通信機から聞こえる声に、男は静かに声を返した。

 

 

「……どうした、弦十郎」

 

『先程地下鉄付近でノイズが発生した。今は響が対応しているが急いで向かってくれ』

 

「了解した」

 

『それと…………。いや、やめておこう。急行してくれ』

 

「……((了解|Rog))」

 

 

少々不可思議な点もあったものの、男にとっては関係無かった。

男はただ言われたことを実行し、完遂するのみ。((依頼主|クライアント))が伝えるのを控えたのであれば、男にそれを聴き出す権利など万に一つもないからだ。

 

 

『あと、さっき通信に出たのはお前か?』

 

「…………すまんな、言葉が乱暴だったろう」

 

『ああ……まあ』

 

「あれは俺だ。俺ではない……な」

 

 

いつもどおりの無機質な答えを返した男は、何事もなかったかのように走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばらく排気ガスと共に公道を走っていると、木が倒れたりだの爆雷ができたりだの、どう考えても戦闘が起きている場所に到着してしまった。

ノイズに囲まれている馬鹿と、何者かと戦っている翼に……白い鎧を身に纏う誰か。…………意味がわからん。

とりあえず…………あれだ。翼を助けるか。

 

 

『ふんっ。まるでできそこない』

 

『……確かに、私はできそこないだ』

 

 

会話に集中していろよ。これでも俺は……隠密行動は苦手だ。

バイクを草むらに隠すと同時に((隠密歩行|スニーキング))を始め、木の影を縫うようにして素早く移動する。

 

 

『この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに、あの日……無様に生き残ってしまった。出来損ないの剣として…………恥を晒してきた……!』

 

「……………………翼……?」

 

 

倒れていた翼がアームドギアを突き立て、体に鞭を打って立ち上がろうとしていた。だが俺は歩みを止めること無く動き続ける。

…………なにをする気だ、翼。お前はもう安め、これまで―――俺がここにくるまで、戦い続けたのだろう……?

 

 

『だがそれも今日までのこと。奪われたネフシュタンを取り戻すことで、この身の汚名を濯がせてもらうっ』

 

『―――そぉーかい』

 

 

鎧を纏った奴が警戒を解いた隙を付き、俺は木陰から飛び出した。

ベルトに通してある((鞘|シース))からナイフを抜き、標的の両腕を瞬時に後ろで抑えつけナイフを首に突き立てる。

軟いな。この程度で抑えられるか。

 

 

「んなっ!? 何者だ!」

 

「…………武装を捨てろ。でなければ貴様の首を貰い受ける」

 

 

必死にもがこうとしているが無駄だ。こう抑えられれば人体に力は入らない。

クソッ……よもやこの世界でも、俺はガキを殺すことになるとはな……。

 

 

「師範代……!?」

 

「翼、お前はよくやった。充分な時間稼ぎだ。もう安め」

 

「よそ見すんじゃねぇ!」

 

「―――ッ!?」

 

 

馬鹿な……!

宙に放り出された体を捻り、反動を殺しつつも着地する。

何が起きた。俺があんな華奢な奴に投げ飛ばされただと……? それにあの鎧は、よもや……。

 

 

「…………完全聖遺物か。破壊もやむなし……だな」

 

「師範代、なぜここへ」

 

「弦十郎に言われてな。だが……お前のその傷はなんだ」

 

「………………アレは、完全聖遺物を使いこなしている。師範代では……」

 

「……なに、手はあるさ。本来ならばお前らのために創りだした…………秘策がな」

 

 

((アンチ|A))・((ノイズ|N))・((プロテクター|P))―――その力は並の人間、および兵器では太刀打ちのできないものだ。

もしそれが敵になったら、もし操者が敵となったら? この世界はいとも簡単に破壊されてしまうだろう。俺の本来の任務―――俺が与えられた真の意味。それは……

 

 

 

 

 

  【警護という名目で監視すること】

 

 

 

 

 

もし裏切るような素振りが見えた場合、((A・N・P|アンプ))を破壊してでも止めるように言われている。

その為に俺は、翼や奏が習得しても((対処できる技|・・・・・・))しか教えていない。いついかなるときでも、その息の根を止められるようにな。

 

 

「翼、お前は休んでいろ。ここから先は―――俺の仕事だ」

 

 

今、あいつは敵対をしている。

俺の警護―――もとい任務対象は『聖遺物を持つ者』だ。あいつは完全聖遺物ネフシュタンを装備している。ならば俺の任務内だ。

 

 

「……………………いいえ、私はこの身の汚名を濯がなければなりません。機を見て参戦させていただきます」

 

「…………強情なことだ」

 

「ごちゃごちゃ悠長に話してんじゃねぇぞ!」

 

「……ハッ!」

 

 

飛んできた雷球をナイフで切り裂き、爆発に乗って一気に加速する。

凄まじい威力だ。だがこれならば……制圧できる。

 

 

「生身のテメェがあたしに楯突くたぁいい度胸じゃねぇか!」

 

「戦闘中にべらべらと……舌を噛みたいようだな」

 

「あぁ!? もういっぺん言ってみろ!!」

 

 

刺が集まったような鞭を避け、掴んだその場で鞭を断ち切る。

フン、よもや完全聖遺物もこの程度の強度か。

 

 

「舌を噛むぞと、言ったのだ!」

 

 

伸ばされた鞭を掴み、思い切り引っ張る。見た目通り軽い彼女は宙に浮き、為す術もなく俺の下へと軌道を描いていた。

ここで殺してしまっても構わないが、そうすると弦十郎に怒られそうだ。

ナイフを((鞘|シース))に収め、飛んできた彼女の鳩尾に裏拳を叩きこむ。硬い鎧だ。だがそれ故に脆く―――衝撃を通しやすい。

 

 

「あっ…………はっ……!?」

 

「…………抗うな、人間。いくら聖遺物を身に纏っていても、その本質までは変わらん……」

 

 

吹っ飛んだ彼女は姿勢を崩しながらも、腰に装備していた何かでノイズを召喚していた。

ふむ……粘り強い、いいスタンスだ。しかしこの量は放っておけん。先にノイズを駆逐するか。……あの一撃で内蔵の1つは潰せただろうしな。

 

 

「どいつもこいつも雑魚ばかり。目に見えた時間稼ぎだ」

 

 

上着の下に装備していた((音響手榴弾|C・グレネード))を投げつけ、広範囲のノイズを一斉に消し去る。

しかし多いな、優に200はいるぞ。どういうことだ。

 

 

「翼たちがいる以上、アレは使えんしな……」

 

 

背負っていたベネリ M3を取り、散弾にモノを言わせて撃ちまくる。

今この空間は翼たちのフィールド圏内だ。この空間にいる限り実弾兵器ですらもノイズにとっては致命傷となる。

戦いが楽でいいな。これでは殲滅も時間の問題か―――

 

 ギィンッ!

 

……………………なんだ? 今、何かが……((今何かが当たった|・・・・・・・・))。

あれは銃弾が当たった音だ。なにかの金属類にな……。

 

 

『撤退準備を! 私が時間を稼ぐ!』

 

「…………増援だと……?」

 

 

俺に向かって飛んでくる銃弾を避け、ノイズに向かってC・グレネードを投げる。

倒れていたクリスの側にいるのは……誰だ? 俺に向かって銃を撃っているのはわかるが…………それ以上の情報がない。

次々と増えるノイズを蹴散らしていると、クリスの隣にいた奴が走ってきた。手に持ったアサルトライフルで俺を撃ちながら、な。

うぅむ…………奴はなんだ? 新たな装者か? ただの人間か? それとも……なんだ?

 

 

「アンタが銀狼か!」

 

「……そうだと言ったらどうする」

 

「っ……!! 足止めするだけだ!」

 

 

自動小銃を投げ捨てて突っ込んできたと思えば、いつの間にかその手にはナイフと拳銃が握られていた。素早い切り替えだ。

繰り出された四肢の打撃を避け、腕を掴んで投げ飛ばす。軽い。―――だが、強い!

ベネリ M3を投げ捨てると同時に拳を強く握り、奴の打撃に正面からぶつけてやった。

 

 

「やるな、人間」

 

「私は人間なんて名前じゃない!」

 

 

真正面から正拳突きを受けても、こいつは揺るがなかった。是非とも仲間に欲しいものだ、さぞ心強いことだろう。

どの角度から打ち込んでも受け止められてしまうが、俺は不思議と嬉しかった。よもや人間で―――しかも女でここまで戦える奴がいるとはな。

 

 

「正直に言おう。俺はお前が欲しい。共に戦う同士となれ」

 

「断る!」

 

「ほう、何故だ?」

 

「確かに貴方は格好いいのかもしれない。けど―――」

 

 

女は空を見上げ、高らかに宣言した。

 

 

「 私 は 百 合 だ ! ! 」

 

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「――――――知ったことかァッ!」

 

 

女の持っていたナイフを蹴り飛ばし、瞬時に抜いたDESERT EAGLE を突きつけた。だが、俺の眼前にも銃口が光っている。互いの眉間に向かって照準が決まっていたのだ。

速い……速すぎる。俺がナイフを飛ばしてから0.5秒も経っていないというのに、今の一瞬でこいつは銃を構え、俺に照準を合わせた。

俺とほぼ同じ速さで、しかも正確に……。

 

 

「報告に嘘はない……か」

 

「報告? 貴様も誰かに依頼されての事か……?」

 

「違う。私は私の意思でこうしている」

 

 

お互い動けない状況が続いた。

一瞬でも気を抜けば撃たれる。逆に一瞬でも隙があれば俺は撃つ。眼前に銃口がある以上、下手に動くことはできない。

 

 

「単純に貴方の報告に偽りがなかったことを、実感しているまでのこと。不思議はないでしょう?」

 

「……既に、お前の仲間は俺に接触しているということか」

 

「どうかしらね? 私の素性も知らないくせに」

 

「素性など関係ないさ。敵か味方か、問題はただそれだk―――」

 

 

ただそれだけのこと

俺がそう言い切る前に、俺も女の顔も強張った。透き通るような歌声―――全てを消し尽くす歌声が、俺達の耳に入ったからだ。

翼の歌声が聞こえた刹那、俺は手遅れであることを悟った。だが目の前にこいつがいる以上気を抜くことも翼を止めに行くこともできない。逆に、俺がここにいるからこそ女は完全聖遺物を持つ者の所へ行けない。

 

 

「このままだと、私も貴方も大ダメージを食らうことになる」

 

「それがどうした。敵を殺せるのならば自傷などどうということはない」

 

「……ま、ノイズにやられて炭化するよりはマシ? 生きてるかもしれないしね」

 

「フン……俺はノイズになどやられんがな」

 

「へぇ、凄いのね。でも…………ちょっと提案」

 

 

女は銃口を逸らし、その射線を俺の胸にしていた。

 

 

「流石に休戦にしない? 受け身くらいは取らないと……これ、致命傷になるんじゃ」

 

「……………………やむを得んな」

 

「……話がわかるようで助かったわ。物分りの良い人は、嫌いじゃない―――!!」

 

 

同時に銃をしまうと、先ほどの歌―――【絶唱】の衝撃波が俺達を襲った。

もの凄い衝撃だ。意識が飛ばされかねないほどの……強く、意志の篭った歌だった。だが……まだだ!左手首に装備していたワイヤーアンカーを地面に撃ち込み、飛ばされないように耐える。

翼は生まれつき適合率の高い正式な装者だ。いくら絶唱をしたとはいえ、本来の使い方を…………アームドギアを介して使ったのであれば、その力は何倍にも膨れ上がり、尚且つ翼の体へのダメージは軽くなる。まあ血反吐は吐くだろうが。

衝撃が止むと同時に視線を上げると、既に完全聖遺物を纏った奴は女に支えられて逃げていた。逆に翼は立ち呆けている。無理もない、絶唱を使った直後に動けるはずが……。

 

 

「……………………翼? ……おい、何故だ。何故……何故アームドギアを介さずに絶唱を放った!?」

 

 

本来持っていなければならないアームドギアは、翼から離れた場所に刺さっていた。まさかあいつ、アームドギアなしでやったとでもいうのか!

すぐさま翼に駆け寄り肩を引っ張ると、その姿は……見るに耐えない様だった。

止まることを知らないように血を吐き続け、胸を伝って地へと滴り落ちていた。本来人が出すような吐血量ではない。確実に致命傷だ。

なぜ……こんな真似を……!!

 

 

「…………私とて、人類守護の勤めを果たす防人。……こんなところで…………折れるツルギじゃありません……!」

 

「おい…………貴様は馬鹿か!? 馬鹿なのか! 己が身から放つ絶唱は自殺同然だと……あれほど説いただろうが!!」

 

 

倒れこんだ翼を抱きかかえ、兎に角語り続ける。

少しでも意識をつなぎ止めなければ、どうなるかわからん……!

 

 

「俺は何度も言ったはずだ……あれほどやるなと……! 鍛錬の時のみ言うこと聞いて、実戦でそれを無視するなど愚の骨頂だ!!」

 

「―――銀狼! 翼は大丈夫なのか!」

 

「…………………………見ての通りだ。こいつは……絶唱を……!」

 

 

車で急行してきた弦十郎に翼の顔を見せ、俺は闇夜に浮かぶ月を睨みつけた。

今の俺には、他に何を憎めばいいのかなど……わからないから。

 

 

「クソ…………クソッ! お前まで……俺は守れんのか……! …………翼ァァァァァァァァアアアアアアアッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

不思議と流れる涙に、俺は気づくことが出来なかった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――5年前

 

本来ならば存在し得なかった2人目の戦士が、この世に生まれんとしていた時のことだ。

俺は任務で弦十郎たちと付き添っていたが、それよりも前に俺は別の任務で動いていた。……その日、長野県で起きた事故での唯一の生存者がいたらしい。

それが、天羽奏。

 

 

「離せ、離せよ! あたしを自由にしろ!」

 

「……………………弦十郎、こいつが……報告書の」

 

「……ああ」

 

「…………そうか」

 

 

拘束具をつけて椅子に座らせられていた彼女は、その目に闘志を…………いや、殺意を滾らせていた。

目の前が見えていないかのように、ただただ目的のみを睨みつけた鋭い眼光だ……。

 

 

「あんたらノイズと戦ってんだろ。あたしに力をくれ! 奴らをブチのめす力を!」

 

「……力、か。ならお前はその力を得てどうする」

 

「おい、銀r「俺に任せてくれ」……しかし」

 

「答えろ。お前は力を得てどうする」

 

「仇をを討つ! 奴らが殺したあたしの家族の!」

 

 

確かな決意だ。これをねじ曲げることなど、俺には到底できんだろう。

………………だが、これでは無用な犠牲が出てしまう。

少しでも力の方向性を正してやらねばならない。

 

 

「仇……か。ならば問う。お前は仇をとってどうする? どれだけのノイズを駆逐しようと、死んだ人間は返ってこない」

 

「そんなこたわかってる! あたしは家族を殺されて黙ってられるほど利口じゃねぇんだ!」

 

「たが奴らをいくら殺したとしても、あいつらに悲しみは生まれない。お前と同じ思いをさせてやることもできんぞ」

 

「あたしが満足できればいい! あいつらを殺して、殺し尽くして!」

 

「破壊の先に何がある。殺意に飲まれた者はただの破壊者だ」

 

 

奏の言う事を真正面から反らし、歪みを極力正していく。

仇を打とうとするのは良いことだ。だがそれも度が過ぎてしまえばただの殺戮。ここで破壊者を生む訳にはいかない。

 

 

「目的の先が見えぬ者に力は与えられん。でなければ……前は地獄に堕ちることになるからな」

 

「奴らを皆殺せるのなら、あたしは望んで地獄に堕ちる!」

 

「―――ッ……。その言葉に嘘偽りはないか」

 

「当たり前だ!」

 

「……………………ならば貴様に、今この瞬間殺される覚悟はあるか」

 

 

奏の額にDesert Eagleを突きつけ、トリガーに指をかける。コッキング済みのそれは今にも発射できる状態だ。

俺は躊躇わない。今この場で射殺できる。

 

 

「お前が得ようとしているのは人を殺めることが容易であり、尚且つ強大な力だ。殺されても文句はあるまいな」

 

「……裏切ったら容赦しねぇってことか? 上等だ! なら撃ってみろよ!」

 

「よい度胸だ」

 

 

―――ガァンッ!

コンクリートで囲まれた部屋に発砲音が響き、中に居た俺達の耳を刺激した。

スライドは後退せず、ただその場に留まっている。後の結果を見届けるために。

 

ただ、無機質に。

 

 

「…………俺が撃たぬとでも思ったか、馬鹿者め」

 

 

目を見開いて固まった奏を抱きしめ、俺は銃を放した。

今撃ったのは弾頭の無いダミーカートだ。火薬の炸裂音しかしない、脅し用の……。

 

 

「今お前はこの場で死んだ。今後は人間ではない、戦士だ」

 

 

ベルトのような拘束具をナイフで断ち切り、布に包まれていた腕を出してやる。

決して情が転ったわけではない。

こいつの覚悟を試し、それに合格したからだ。

 

 

「……弦十郎、こいつを……俺の管轄に置いていいか」

 

「…………ああ。シンフォギア装者となるならば、どちらにせよそうするつもりだ」

 

 

俺の管轄

弦十郎に依頼されてこの組織に入る俺は、一定の地位と権力が保証されている。

しかし、それが故に手の出せない範囲もあるのだ。

それが……保護された者の管理。この組織に保護された者に、俺は手を出せない。だが弦十郎が認めれば、俺はその者を自分の管轄下に置くことができる。

つまり、守ってやることができる。

 

 

「天羽奏。お前はこれから地獄の街道を進むことになる。だが…………諦めるな、生きることを……絶対に諦めるな」

 

 

 

 

 

 

 

―――こうして、彼女の地獄は始まった

 

 

 

-4ページ-

 

 

 

あとがき

 

 

作者 「どうも初めまして、作者です」

銀狼 「……俺だ」

作者 「今回は改ページ機能とやらを乱用してみました。その結果あとがきを最後のページに書くしか無い事に気づいた私です」

銀狼 「まったく……。ああそれと、現在悩んでいることが作者にあるそうだ」

作者 「はいまあ。別サイトのほうで読んで頂いてる方々は知っているかもしれませんが、私はご感想のお返事をあとがきでやらせていただいていました。

 そしてなんですが、こちらでも同じようにあとがきでやるのか、それとも元々ある『お返事ボート』とやらでやるかを悩んでいます」

銀狼 「もしも希望があれば教えてくれ」

作者 「では、ご感想お待ちしてまーす」

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シンフォギア 戦姫絶唱シンフォギア 銀狼 

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