第十七話:終わりと言う名の安息
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その日、サイは実に不機嫌であった。

口調と目付きの悪い彼を外見で一発で不機嫌だと解る者は少ないだろうが・・・。

 

「済まんのう、このような時間に呼び出して」

 

今の時間は昼の12時。

本来ならば麻帆良の捜索を終え、エヴァンジェリンの所か教会で昼飯を食べている時間なのだ。

いつもならば余り気にしないが・・・今日は朝からシャークティが仕事により留守だった為、空腹の状態故に気が立っていた。

 

「・・・おい、クソジジイ。

何の用事か知らねぇが、碌な用事じゃなかったらその本体が入ってる頭カチ割って犬の餌にすっぞ?」

 

「だから済まんと言っておるじゃろうが。

まさかお主が朝から何も食っておらんとは知らなんだんじゃよ。

話が終わったらお主の食べたい好きな物を腹一杯食わせてやるからの、もう少し辛抱せい」

 

明らかに殺意の篭った目付きを向けられ、宥める様に学園長はそう言った。

そこに、学園長室の入り口を開けて誰かが入ってきた・・・その人物はサイも良く知る人物である。

 

「おい、ジジイ何の用だ?

こう見えても登校地獄の呪いが解けてから私は暇では無い。

用件があるなら簡潔に、早急に、理解しやすいようにとっとと言え」

 

其処の入って来たのはエヴァである。

珍しく茶々丸を連れていない、彼女もサイと同じく学園長に呼び出されたのだ。

・・・無礼千万な態度もそっくりだったが。

 

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「フォッフォッフォッフォ・・・エヴァも来た様じゃな。

では、二人に来て貰った理由を語ろうかのう・・・実はの・・・」

 

学園長の用件とは他でも無い、ネギの事であった。

何でも、ネギがこの学園に来た理由は魔法の修行の為であり・・・取り合えず、三学期の期末テストを乗り越えた事により教師として雇う事は決まったそうだ。

まあ、そこら辺の事は少し前の話を参照して貰えば解るとは思うが。

 

「さて・・・実は此処からが本題じゃ。

お主達、正直この学園に来てからのネギくんへの魔法先生方の評価を知っておるか?」

 

問いにサイもエヴァも遠慮する事無く返す。

元々、ネギを斜に構えた所から見ていたエヴァも、兄のように思われているサイもネギを見ていた際の評価は同じであったが。

 

「ど〜せ、魔法世界の英雄とか言われてる『ナギ』何たらってのの息子としか見られてねぇんだろ?」

 

「フム・・・サイの言う通りだろう、ジジイ?

あの坊やはナギが有名過ぎる所為で、坊や自身を見てくれる者など殆ど居まい。

この学園では私やサイ以外なら精々貴様位だ・・・違うか?」

 

考えても見れば魔法世界の英雄の一人息子だ、周囲の視線も自ずと定まって来るだろう。

恐らくネギ・スプリングフィールドと言う名を聞いたら、魔法関係者は10人中10人がこう言うだろう・・・『あぁ、サウザンドマスターの子供か』と。

 

それはネギの事を知らない人物なら仕方ないのかもしれない。

そういった人物達にとったら、それしか情報を知らないのだから。

だが・・・悲しい事に魔法生徒やら魔法先生やらの大半は勿論の事、『ネギくんは親友だ』などと言っているタカミチさえもそう言った目で見ている節がある。

更に困った事に、ネギはそう思われる事を誇らしく思っているような節があるのだ。

 

何かに執着する、唯一つの事にしか目を向けられない。

それは冷たい言い方をすれば、自分の信じている物が崩れ去った時に立ち直れなくなる可能性が高いのだ。

愚直に信じるだけでは救われないものが沢山あり過ぎるのである。

 

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「うむ、その通りじゃ。

ネギくんはナギの息子じゃが、ナギを想像以上に英雄視し過ぎているきらいがある。

そのままでは必ずいつか、取り返しのつかない事になるような可能性があるのじゃよ・・・。

そこで、じゃ。 客観的に、それで居てしっかりとネギくんの事を見れるお主達二人にネギくんが歪んだ方向に進まぬように見守って欲しいのじゃ。

・・・エヴァ、お主がナギに恨みを持っておるのは良く知っておる。 しかしそれでも頼めんかのう?」

 

つまり学園長はネギの事を『英雄の息子』ではなく『一人の少年』として見られる二人にネギの成長を見守って欲しいと頼んでいるのだ。

そのような考え、15年も前に自由を奪われて麻帆良に縛られてしまったエヴァが許す筈も無いだろう。

だが・・・エヴァは小さく笑いながら言った。

 

「別に構わんし、今更怨んだ所で私の十五年が帰って来る訳でもない。

見守って欲しければ見守ってやろう・・・だが、私があの坊やと関わるのを嫌う者など数え切れん程にいるだろう?

その連中へはどう言い訳する心算だ?」

 

更にサイも学園長に言葉を返した。

前回、最後に言った発言はおぼろげにしか覚えていなかったが。

・・・考えても見れば、自分のような得体の知れない人物に他の者達が崇めている様な少年を託すと言うのも可笑しな話だろう。

 

「面倒臭ぇけど、別に俺も構わねぇぜ。

ただ・・・俺のような得体の知れねぇ奴がネギの奴の近くに居たら、アイツを崇めてる連中は良い顔しねぇだろ?

その辺の所も大丈夫なのかよ、ジジイ?」

 

だが二人の言葉に学園長は眉で隠れた奥の目を鋭くしてから答える。

いつもいつも、ボケた事を言っている学園長とは雰囲気が違うようだ―――

 

「大丈夫じゃよ二人とも、わしやタカミチ君が上手く皆には説明しておくからのぅ」

 

飄々とした好々爺だが、学園長はこれでも長い事人の表裏を見て来ている。

そん所そこらの若造達に言い負けるような事は無いし、説得する事についても問題はない。

何しろ、裏の世界では『英雄』として崇められているタカミチもいるのだから。

 

タカミチこと、タカミチ・T・高畑。

実は彼はかつて魔法世界で英雄と呼ばれたナギの率いる『紅き翼(アラルブラ)』の一員であった。

『赤き翼』とは、表向きはNGO団体として国連にも参加している魔法使いの団体に所属している一行である・・・魔法世界で起きた戦争で活躍し、世界を救った事で魔法界全土で絶大な人気を誇る。

ある意味ではたった七人で世界と喧嘩した者達なのだ―――

 

しかし、実は知られていない事もある。

厳密に言えば『赤き翼』には“ある理由”により表には伝えられて居ないが、もう一人協力者のような人物が居た。

だが現在ではその人物の情報は一切合切残されていないのだ。

 

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閑話休題(それはさておき)―――

 

学園長の申し出に『なら別に構わん』と一言だけ言い終わると、それ以上に用件が無さそうなので足早に出て行くエヴァ。

学園長がどう思っているのかは別としても、他の者達にとっては彼女は『悪の魔法使い』に過ぎないのだ。

余り余計に学園長室に居れば、良い感情を持たれる事もない。

 

更にサイもさっさと出て行こうとした。

彼の場合は常々に誰に命令される事も嫌い、自由に生きて、勝手気ままにやっているのに良い感情を持っていない者達が多かったのだ。

シャークティは彼のその裏に隠れている優しさを共に暮らしているので知っているが、他の者に説明した所で解って貰えるものでもない・・・まあ、本人も別に自分を解って貰う気もないようだが。

そんなこんなで魔法関係者達に余り良い感情を持たれて居ないサイも、あまり此処に長居したく無いのだ。

 

「あぁサイくん、君にはもう一つ頼みたい事があるのじゃが良いかのぅ?」

 

不意に背を向けたサイに後ろからそんな言葉が掛けられる。

そこで一度立ち止まると、サイは不機嫌そうな表情で学園長の方を向く。

すると学園長はサイに頼みたかったもう一つの事を説明し始めるのであった―――

 

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「ヤレヤレ・・・あんのクソジジイ。

何で俺が、封印の確認なんぞに一々行かなきゃならねぇんだよ・・・」

 

ブツブツ文句を言いながら魔法により人払いをされた場所に向かうサイ。

学園長からの頼みとは所謂『裏の仕事』・・・それは麻帆良郊外にある森の調査だった。

何でもこの場所には、かつて麻帆良に100年近く前に現れた正体不明の怪物が封印されているらしい。

その封が最近になって少々弱まって来ているという事を知った学園長は、最近良く麻帆良を散策して場所などを知っているサイに調査を依頼したのだ。

 

―――まあ、一人では無かったのだが。

 

「・・・オイ、テメェら。

さっきから無言で居られると怖ぇんだよ、何か話せよ」

 

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 

サイの後ろに付いて来ているのは二人の少女。

一人は背に長太刀を背負い、少し前からサイからすれば『無視されている』と感じている少女・桜崎刹那。

もう一人はクラスの中でも浮いた存在で極端に口数の少ない褐色の肌の少女―――ザジ・レイニーデイだった。

 

どうやら彼女も魔法生徒と言う奴のようだが・・・誰かと今まで共に戦う事など無かった筈。

二人ともサイに声を掛けられても殆ど喋る事をしない・・・まあザジは別として刹那は口を聞かない、いや聞けない理由があるのだが。

 

「ハア、もう良いわ。

しっかし封印の場所って確かジジイに聞いた話じゃこの辺だよな?

それらしいモン一切ねぇんだが? やはりあのジジイ、ボケが始まりやがったか」

 

だが、其処まで言ってサイは気付く。

彼の見ていた先にある、無数の破片のような物・・・一目だけでは理解し難いが、少なくともそれに刻まれているのは封印の祝詞ではないか?

疑問に思ってその破片を拾おうとした次の瞬間―――文字通りサイが会ってから一度も話さない極端な無口少女が初めて口を開く。

 

「・・・・・・来る」

「・・・えっ? 来るって、何が・・・」

 

だんまりだった刹那が口を開きザジに問う。

しかし・・・その答えが出る前にサイは二人の襟首を掴むと今居た場所から後方に飛び去った。

いきなりの事に刹那が声を上げる。

 

「きゃあ!? な、何をするんですか貴方は!?」

 

「悪ぃな、問答してる暇が無かったんでな。

と言うか別に其処に置き去りでも良かったが・・・串焼きにされるのは趣味じゃねぇだろ?」

 

「・・・へっ?」

 

呆けた様な言葉を口から漏らす刹那。

サイは何も言わずに顎でしゃくって今まで自分たちが居た部分を示す。

すると其処には鋭利に伸びた見るからに凶暴そうな刃が突き立てられていたのだ。

いや違う、突き立てられていたのではない・・・大地からまるで植物のように隆起していた。

 

「な・・・何・・・?」

 

明らかにおかしいその隆起した禍々しい刃の横から腕が現れる。

それと共に放たれる殺気は、明らかにまともな人間の物では決して無い。

現れ出でたその“何か”は全身中に包帯のような物を巻き・・・澱んだ様な目付きで虚空を虚ろに見つめていた。

 

「・・・皇魔族」

 

「あん? テメェ・・・何で“皇魔族”の事を知ってる?」

 

ザジが呟いたその一言をサイは聞き逃さない。

そう、本来は普通の人間が知る筈の無いフレーズを彼女は口ずさんだのだ。

本来、皇魔族とは・・・サイの生きていた世界に存在した血塗られた一族の一つなのだから。

 

「・・・同じ、貴方と私」

 

自分とサイを交互に指差して呟くザジ。

その言葉の意味を理解したサイは、麻帆良学園に入ってから何時も感じていた違和感の答えを閃く。

何て事はない、ある意味ではサイ自身の思い込みがおかしな違和感の答えを出す事を阻害していたと言う事だ。

 

「あぁそう言う事か、道理で最初に会った時に懐かしく感じた訳だ。

しかしその気配はどう考えても“皇魔族”だよな? って事はテメェは皇魔族と人間の合いの子って訳か。

しかも人間の血の方が濃い訳だな、それで納得出来たぜ・・・じゃあ今までの違和感の正体はテメェかよ?」

 

「・・・何の話ですか、お二人とも?」

 

刹那が目の前の化物に向かって刀を構えながら聞いてくる。

小さい声の為、彼女には聞えなかったのだろう・・・まあ、今の内容を一々伝える必要もあるまい。

この褐色無口の少女は、少なくとも自分とは違い『人間』として生きているのだから。

 

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「何でもねぇよ。

それより周囲に気を配ってろ―――奴の下僕共が出て来るからな」

 

サイのその言葉通り、呼応するかのように周囲から大量の腕が生えてくる。

それぞれ腕に思い思いの何かによって赤く錆びた得物を手に大地の中から這い出てくる虚ろな目の者達。

まさに外国の『B級ホラー映画』の一場面を模倣するかのように、大量の生きる屍(ゾンビ)やら死霊喰い(グール)やら蘇る死体(リヴィングデッド)が現れたのだ。

 

「チッ、団体さんの御着きだ。

先に言っとくが此処は宴会場じゃねぇ、テメェ等が宴会するなら地獄でやれよ。

・・・まあ、地獄なんてモンがある訳じゃねぇけどよ」

 

『『『『『『『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴゥゥゥゥ・・・・』』』』』』』

 

呻き声のような、苦悶の声のような言葉になら無い声を口から漏らしながら歩き始める屍達。

彼等の生気なき虚ろな目が捉えたのは、哀れな生贄達三人・・・ゆっくりゆっくりと距離を詰めるように歩を進めて来ていた。

 

「クッ・・・面妖な・・・。

だが、お嬢様の為にも貴様らは私が倒す!!」

 

向かって来る屍達に衝撃波を放つ刹那。

この技は彼女が習得している流派『神鳴流』の中で『斬岩剣』と呼ばれる奥義の一つだ。

その名の通り、岩をも断ち切る破壊力を持っている。

 

『『『『『『ヴア・・・グアアアアアアアアア・・・・・』』』』』

 

その名の通り切り裂かれる屍達。

だが、屍達はそれを見向きもせずに、屍骸を踏み潰して刹那に迫る。

 

「おい、其処のアホ女。

テメェ一人で斬り込んでんじゃねぇよ、それにそんなモンじゃそいつ等は始末出来ねぇ。

無駄死にしたくなけりゃ、こっち来て俺の話を聞け」

 

しかしその声は聞えているだろうが刹那は無視して斬りかかる。

今の状況と自分の使命、此処でこの屍達を放っておいたら大変な事になる位理解出来た。

特に自分の守りたい木乃香の為にも、こんな化物共は始末したかったのだ。

 

「クッ・・・ならばこれはどうだ!? 神鳴流奥義、百裂桜華斬!!」

 

この技は周囲の敵を連続して切り裂く技法。

刹那が得意としており、今まで何度も何度も進入してくる使い魔やら式神の排除に役立っていた。

 

だが、焦燥とは視野を狭める。

倒しても倒しても敵が減らない焦りは、どんどん刹那を追い込み・・・そして疲弊させていった。

 

「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・。

くっ、何故だ・・・何故倒しても倒しても敵が減らないんだ!!」

 

斬っても斬っても終わらない。

永劫に、永遠に、まさに己が力尽きるまで終わる事など無い。

血に塗れ、腐肉に塗れ・・・それでも屍達は迫ってくる。

 

彼女は木乃香を護る為ならば自分の命など惜しまない。

全ては木乃香の為、自分が化物であると理解している彼女にはそれ以外の事など必要なかった。

それが自分に出来る全てだと彼女は感じていたのだから・・・。

 

「うっ?!? は、離せ!!!」

 

いつしか振るっていた太刀は斬り続けた事で刃こぼれし、斬れなくなっていた。

それにより屍達に捕まってしまった彼女は死を覚悟する。

 

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だが―――次の瞬間―――

 

「いつまで幻影見せられてんだ、テメェは!?

さっさと起きろ、このクソ女!! こんな所でクタバるのが望みか、あぁ!?」

 

その声が響いた瞬間、刹那は自分に襲い掛かっていた屍達が居ないのに気付いた。

しかも太刀も刃毀れせず、それどころか返り血一つ浴びていない・・・。

 

「はっ!? えっ・・・今のは?」

 

「やっと幻影からお目覚めかよ。

全く、何を簡単に騙されてんだテメェは・・・それで木乃香の護衛を気取ってる心算か、あぁ?」

 

そう、先程までの大量の屍が現れた光景は全て幻影だったのだ。

目の前に居るのは全身中を包帯のような物で巻いた人物のみ・・・そう言えば先程、あの男の姿を見た後に屍達は現れたのではなかったか?

それに気付いた刹那の頭に、誰かの拳骨が落とされた。

 

「きゃ!? な、何をするんですか!?」

 

「何をするんですかじゃねぇよ、テメェこそ何やってんだバカが。

何に焦ってるんだか知らねぇが焦燥は視野を狭めるだけだって教わってねぇのか?」

 

「うっ・・・」

 

サイの言葉に黙り込んでしまう刹那。

彼女は幻影からサイが助けてくれた事を知っている為か余り文句は言えなかった。

と、その時・・・今まで黙っていたザジが口を開く。

 

「・・・・・・狙い、定めた」

 

見れば包帯だらけの封印されてたであろう人物がゆっくりとこちらに向かって歩き始めていた。

ザジはどうやら『敵が狙いをこっちに定めた』と言いたかったのだろう。

そんな姿を見て、サイは何処となく嬉しそうに笑った。

 

「面白ぇ・・・皇魔族の連中なら少しは楽しめそうだな。

おい、ザジっつったか? それと木乃香の護衛、手ぇ出すんじゃねぇぞ・・・ありゃあ俺の獲物だからなぁ」

 

放たれるは闘気、いやもしくは覇気か?

久方ぶりに楽しめそうな相手を前にサイの目付きは驚くほどに光っている。

前を歩き出す彼の腕にはもう既に神具(アーティファクト)の六道拳が装備され、その腰には七魂剣が携えられていた。

 

獰猛にして不敵、だがどこか玩具を与えられた子供のような笑顔。

もし此処にエヴァが居たとしたら間違いなくこの戦いを楽しみにしただろう。

こうなってしまったサイは、誰にも止められないのだ。

 

「なっ・・・そんな事を言ってる場合じゃ・・・」

 

止めようとした刹那だが、後ろからザジに肩を叩かれる。

振り向いたその先でザジは、ゆっくりと無言のままに首を横に振った・・・邪魔をしてはいけないと言う事だろう。

 

「あんがとよ」

 

唯一言だけサイは背を向けたまま呟く。

見れば向こうの包帯だらけの人物もサイに向かって歩き出していた。

 

そして・・・二人の攻撃が届く程の距離になった、次の瞬間―――

 

“ガキィィィィィィィン!!!”

 

サイの拳と包帯の人物の拳がぶつかり合う。

二人は直ぐに距離を取ると、その音を皮切りに戦闘を開始したのだった。

 

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「ハハハ!! ハハハハ!!! ア〜ハッハッハッハッハ!!!!」

 

哂う・・・何処までも楽しそうに。

 

『・・・グウウウウゥゥ』

 

それに合わせ、包帯の人物も呻き声を上げる。

サイの放った蹴りは包帯の人物の腕が、包帯の人物の放った拳はサイ自身の足が払う。

二人は明らかに互角、しかし死人である包帯の人物の方が痛みを感じないと言う事では一歩上だ。

 

「へっ、やるなテメェ。

そうだ、この感覚だ―――キティの奴と殺り合った時以降、退屈な連中の相手ばかりで感じられなかったこの凄まじい殺意だ。

この感覚を感じてなけりゃ戦いなんぞつまらねぇだけだ!!!」

 

言葉と共に天を駆ける一筋の閃光。

いや、その光はまるで光の束・・・まさに光の洪水ように天を切り裂き包帯の人物の体に叩き込まれる。

この光の正体は―――サイの拳撃だ。

 

「オラオラオラオラオラァ!!!!!」

 

これはサイの特技の一つ。

対象の速度を高速化させる事の出来る能力を持つ『六道拳アスラ』を使った業。

 

その拳撃の速度が速過ぎるが故に攻撃が光の洪水にしか見えないという妙技。

まさに光明(暗闇を照らす明るい光)を司ると言う名に相応しいものだろう。

 

―――その技の名は“光流覇”。

 

『グ・・グガアアアアアアアァァァ!?』

 

目にも留まらぬ速さで叩き込まれる攻撃に流石に包帯の人物も辛くなったか?

全身中に攻撃を叩き込まれ、痛みを感じない筈の体が一歩一歩後ろに下がり始めた。

しかしそれは・・・拳撃の余りの連打数によって後ろに下がっているだけだ。

勿論、攻撃を叩き込んでいるサイ自身がそれを良く気付いていた。

 

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「・・・つ、強い・・・」

 

サイと包帯の人物、この二人の死闘を見ていた刹那の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。

明らかにレベルが違う・・・例え彼女が本気になったとしても、サイには傷一つ付けられれば上出来だろう。

いや、己の師匠のような人物である神鳴流でも最強の剣士の葛葉刀子にも匹敵するか、もしくはそれ以上だとも肌で感じていた。

 

「・・・・・・大丈夫?」

 

ザジが黙り込んで冷や汗をかき始めた刹那に向かって声をかける。

だが・・・刹那の耳にはそれは届いていない、ただ目の前で行われている死闘に魅入られてしまっていた。

それ程までに圧倒的で、かつ華麗なサイの拳撃・・・武を会得している者が魅了されない訳があるまい。

 

すると、サイを見つめる二人の前である変化があった。

 

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「ふ〜ん、道理でぶん殴っても効果がねぇ訳だ」

 

刹那には殴っているようにしか見えなかったが、実はサイは光流覇撃を放っても効果が無い事を知り、途中から包帯の人物の肉体を引き千切ろうとしていた。

だが・・・それも効果がなく、どうしようかと考えていると無意識の内に包帯を引き千切っていたのだ。

其処から出て来たのはある意味では予想だにしていなかったもの・・・。

 

其処には―――

 

『グウウゥゥ・・・ミ、ミル・・・ナ・・・』

 

明らかに生物のそれとは違う―――

まるで元々あった肉体に強引に他の生物の皮膚やパーツなどを組み込んだ人造人間・フランケンシュタインのような鬼の姿をした人物が居た。

 

「成る程ねぇ・・・要はテメェ、作られた皇魔か。

玄武族の鱗と怪力に白虎族の爪と尾、青龍族の角と魔力に朱雀族の翼とスピードって所だろ?

何だ、歴史書に載る皇魔族の遥か昔の『皇魔王・べリアール』を模した心算かよ?」

 

皇魔王ベリアール―――

遥か昔、まだ世界が聖龍族・獣牙族・飛天族・鎧羅族と呼ばれる四部族で争っていた時代に現れた人物。

角、尾、翼、甲殻と地上の4部族の特徴を全て併せ持ち、後に大魔界と呼ばれる世界を統一した最強にして最大の魔王。

 

地上の者達とは敵対しながらも卑劣な手を忌み嫌い、堂々と戦いを挑んだ偉大なる漢。

サイは完全には覚えていないが現在の魂獣界でも他の八種族を超える力を持っていた者達であり、その中でも皇魔王の血筋を受け継ぐ男の強さは尋常ではなかった。

 

そんな人物を模そうという気持ちは解らなくも無いが―――

少なくとも目の前の赤鬼のような人物は好き好んでこの様な姿になったのでは無いのだろう。

 

『・・・グ・・・グググ・・・。

オ・・・オノレ・・・ユルアヌ・・・ユルサヌゾ・・・メビウス!!!

ワレヲ・・・ワレヲ・・・コノヨウナ・・・スガタニ・・・シオッテ・・・』

 

「・・・メビウス?

あぁ、そう言えば人でありながら魔導を極めて神をも凌駕する力を持った存在が居たって歴史書で読んだ事があったな。

・・・じゃあテメェをそんな姿にしたのは『魔導神メビウス』って訳か。

そりゃまたご愁傷様だな、魔導神メビウスは遥か昔に調和神バランシールによって悪意を浄化されて人生やり直したらしいが?」

 

魔導神メビウス―――

人間でありながら魔導を極め、不老長寿の肉体を得て世界を掌握せんとした存在。

その力は極限まで極められた事により神をも超越したと言われ、それと共に羅震獄と呼ばれる世界を生み出したとも言われている。

しかし歴史書に載る程の昔、超煌神と呼ばれる若き神によって倒され・・・悪意を浄化されて再び人間として人生をやり直して天寿を全うした存在だ。

 

それを考えればこの赤鬼はメビウスが人生をやり直す前に改造されたのだ。

そして何の因果かサイと同じように世界を越えこの麻帆良に召還され、その向けるべき力を向ける相手も存在せずに破壊の限りを尽くし、最後には憎しみが消えぬまま封印されたのだろう。

 

『ユルサヌ・・・メビウス・・・ユルサヌ・・・!!

ワレヲ・・・ワレヲ・・・コノヨウナ・・・スガタニ・・・シタコト・・・コウカイサセテヤル・・・!!』

 

虚ろな表情のまま、何処を見る事も無く憎しみに囚われ呟き続ける赤鬼。

考えれば哀れなものだ・・・憎しみを向ける相手が居ない事も、己が元々居た世界でない事もこの人物は気付いていない。

ただ目先の復讐心と言う物のみが存在しているだけの屍に過ぎないのだろう。

 

「・・・哀れだなテメェ。

復讐をする相手も存在せず、己の宿願も遂げられずにこんな場所で其処まで朽ちてたなんてよ。

俺にゃテメェの事は理解出来ねぇけどな、少なくともちったあ名の知れた皇魔族だったんだろうが?

そんな奴がこんな所で生かされ続けてるなんて、屈辱以上の何モンでもねぇよな」

 

サイは己の生き方、そして誇りを大事にする漢。

その彼からすればかつては武人であったろうに復讐心のみに囚われ続けて生きる滑稽な道化を見るのは気に入らなかった。

 

・・・いや違う、気に入らないのではなく辛かった。

死ぬという事が格好良いなどとは言わない・・・しかし、死ぬべき時に死ねないというのは何よりも辛い事だ。

かつての自分もまた“死ぬべき時に死ねなかった”のだから。

 

「・・・終わらせてやるよ。

テメェの憎しみも、死ねねぇ苦しみも・・・行くべき所に逝かせてやる。

それが俺に出来るテメェへのせめてものプレゼントだ」

 

その瞬間―――

サイの纏う黄金の篭手、六道拳から光が迸る。

その光はかつて、サイがエヴァンジェリンと戦った時に放たれたものとは違う。

 

「なっ・・・こ、これは!?」

「・・・・・・眩しい」

 

放たれる圧倒的な力―――

この力もまた、エヴァ達との殺し合いじみた修行の中で思い出した彼の能力の一つ。

それはかつて顔も思い出せぬサイの父親が使う事の出来た、神具の力を極限まで高める技術だ。

 

放たれた光はサイの両の手に、まるで形を創るように集まっていく。

サイの技法の中で最も戦いに適し、もっとも異形で、そして最も己の実力そのものが影響する技法。

 

その力は異形にして絶対。

魂獣解放と共に魂獣と終局因子ZF、二つの力を持つ者のみしか使えない戦闘技術。

 

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「? 阿謨伽 尾盧左曩(オン・アボキャ・ベイシャノウ)

 

摩訶母捺? 麼? 鉢納麼(マカボダラ・マニ・ハンドマ)

 

入?? 鉢?韈?野 吽(ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン)

 

地・水・火・風・空 偏在 金剛界尊 今遍光 帰依奉

(バサラバトバン・ナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラ・ウン・ケン・ソワカ)

 

天地玄妙神辺変通力治―――曙光曼荼羅・八百万!!

(てんちげんみょうしんぺんへんつうりきじ―――しょこうまんだら・やおろず)」

 

再びサイの口から紡がれる光明真言。

それと共にサイの姿は解放状態となるが、今回はそれだけではない。

 

その両腕に光り輝いていた六道拳アスラはサイに融合し、まるで阿修羅の如き腕と姿を象った黄金の鎧へと変わる。

それら四本の腕には其々『雷光を纏う刀』『炎を纏う剣』『銀に輝く斧』『青く透き通った槍』が握られ、更に鎖のようなものが絡まっている。

七魂剣スサノオは姿を片刃の長剣へと変化させサイの左手に握られ、右腕には盾のようなものまで装着されていた。

 

これこそ魂獣解放と共に絶大な力を得る技法。

魂獣の持つ神具に魂獣の力を融合させ武装化させる能力―――その名は神具武装(スピリッツ・アームズ)。

魂獣解放と共に使う事により、絶大な力を得るものであった。

 

「・・・待たせたな」

 

サイの片目は真紅の色に変化して光り輝いている。

内に内包する膨大な法力を全解放し、更に魂獣としての力をも上乗せしたこの力は現在のサイでは5分も使えれば上出来だろう。

それ程に法力の消費量が凄まじく、間違いなくこれが切れた後は倒れる事は確実だ。

 

だが、それでも―――

それでも皇魔の力を持ち、生半可な力では死ねぬ目の前に立ち塞がる敵を倒す為には必要な事なのだ。

己に出来る事は唯一つ、今出せる全力を以って死ねずに苦しみ続ける武人を倒すと言う事だけなのだから。

その後の事など、その後で考えれば・・・それで良い。

 

「さあ・・・やろうぜ、時代外れの世界で喘ぐ赤鬼よぉ!!

せめて悔いが無いように今俺の持つ全力でやってやる、しっかり堪能して全部に悔いなく逝けや!!」

 

『・・・オオオ・・・オオオオオオオオオォォォォォ!!!!!』

 

此処に九尾の魔人と紅き鬼の戦いが始まる。

周囲に響き渡るほどの咆哮を上げると、二人は地を蹴ったのであった。

 

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第十七話再投稿完了です。

いよいよバトルシーンなんかも本編にぶっこみ始めましたが如何でしょうか?

元々、戦闘シーンを書くのが苦手なもので長くは書けないかも知れませんが努力しますのでお楽しみに。

 

さて、何かと原作でも秘密の多かった少女・ザジ。

この作品ではサイと同じく魂獣ハーフと言う事にして見ました。(といっても人間の血の方が濃いという設定です)

彼女は此処からサイと共に戦うメインメンバーの一人となります。

 

性格的には無口で動作で感情を表すタイプの人物に変わってます。

意外に原作以上に可愛らしい部分も出てくると思いますので楽しみにしていてください。

 

ちなみに今回の敵は『神羅万象』に登場したキャラクターがモチーフとなってます。

この作品全般に言える事ですが、魔法使いが相手ではサイ君が簡単に勝ってしまう確率が高いので『神羅万象』に登場する敵キャラを要所要所で登場させる事に致しました。

よって原作とは敵が違うと思いますが、ベストバウトを書けるように頑張りますので。

 

 

補足:サイの姿

 

文章だけでは理解し難いと思いますので神羅万象の公式ページを見て頂いた方が宜しいかと思いますが・・・。

これは彼の父親(であろう)光明司魁(こうみょうじ かい)のパワーアップ形態とも言える『阿修羅明王カイ』を基にした外見になってます。

更に六道拳アスラには『一度使った事のある神具を模倣出来る』と言う能力がありますので、持ち合わせている其々はカイの仲間・恩師の神具のコピー。

(此処らへんはFateの衛宮士郎やアーチャー(第五次聖杯戦争時)の投影能力と似たようなモンですね・・・。

後ついでに言っておくと本来神具は一人につき一つしか使えないのですが、サイは生まれ付き多重神具装備が可能)

 

其々の腕に握られている神具は以下の通りです。

 

『雷光を纏う刀』=雷王剣タケミカヅチ

カイの仲間の一人、龍人の竜胆イツキの使っていた神具

 

『炎を纏う剣』=炎王剣ヒノカグツチ

カイの仲間の一人、翼人の紅炎寺カリンの使っていた神具

 

『銀に輝く斧』=銀戦斧アマツマラ

カイの仲間の一人、獣人の虎白堂鋼夜の使っていた神具

 

『青く透き通った槍』=水嶺槍ワダツミ

カイの仲間の一人、人間の氷翠マヒロの使っていた神具

 

其々の腕に絡まってる鎖=炎縛鎖マリシテン

カイの通っていた鳳凰学園のカイのクラスの教師、機人のMARION−HM08の使っていた神具

 

右腕に装備された盾=亀甲盾スミノエ

同クラス副担任の最古の機人、北嶺院Σ−G3の使っていた神具

 

ちなみにサイが六道拳で召喚出来るのはあくまでも『模倣神具』に過ぎない。

 

説明
生きる事、それは何よりも尊い事
死ぬと言う事、それは生まれ出でた生を終わりまで精一杯貫くと言う事
故に誰かの愚行により死に場所を失うと言う事、それは懸命に生きて来た生を侮辱されると言う事−−−
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