真・恋姫無双 EP.97 攻防編(1) |
函谷関が突破されたという知らせを受け、すぐさま長安の外に陣が張られた。長安はまだ外壁の修復が完了しておらず、籠城は難しい。街の人々を守るという桃香の意向に従うならば、外で防衛するしかなかったのだ。
いくつもの天幕が並び、必要な物資が街中から運び込まれる。慌ただしく兵士が走り回る中、星と白蓮が桃香の姿を探していた。星は黄巾との戦いの際に桃香の部隊で戦ったのをきっかけに、共に長安に来ていたのだ。そして現在は部隊を任される立場にある。白蓮は足の怪我を治療してもらった縁で、今は星の副官として働いていた。
「なんだか申し訳ない気分ですな」
「実力を考えれば妥当だよ。私だって、自分の能力くらいはわかっているつもりさ」
最初は自分が副官にと言って遠慮していた星だが、白蓮が説得して現在の関係になっていた。実際の部隊の指揮は星が行い、事務的な仕事を白蓮がこなすこの組み合わせは、思ったよりもうまく機能していたのである。
「本陣にいないとすると……」
「また、あそこだろう」
白蓮の言葉に頷いた星は、苦笑いを浮かべて後方にある一際大きな天幕に向かった。そこは衛生兵が待機している、いわば病院の天幕だった。寝台代わりに敷かれた白い厚めの布が、広い天幕の中にいくつも並んでいる。その間を忙しく指示を出しながら動いている、桃香の姿があった。
「包帯をもう少し補充しておいてください。あと、お湯は常に沸かして準備をお願いします!」
「桃香殿……」
「あ、星ちゃんに白蓮ちゃん」
二人に気づいた桃香が、足早に近づいて来る。
「あ、ではございません。大将が本陣にいないでは、困りますぞ」
「そうだぞ、桃香――」
星に続き白蓮が小言を口にしようとした時、あわただしく兵士が駆け込んで来た。
「劉備様! 関羽様、張飛様がお戻りになられました!」
そう言った直後、兵士の後ろから長い板に乗せられた愛紗と鈴々、そして部下の兵士たちが次々に運び込まれて来たのである。皆、血まみれで苦しげに身を横たえていた。
すぐさま、血が拭われて怪我の状態が確認される。軽傷の者は衛生兵により治療され、治癒術が必要な者を桃香が見て回るようになっていた。
「愛紗ちゃんと鈴々ちゃんの容体は?」
心配そうに訊ねる桃香に、近くの兵士が告げた。
「お二方は軽傷です。疲労が溜まって、今は眠っておられるだけです」
その言葉に、桃香は安堵して息を吐いた。
「やれやれ、これでは桃香殿をお連れするのは無理のようですな」
「そうだな……とりあえず、防衛の準備は進めておこう」
星と白蓮は治療を始めた桃香に諦めた様子で、そう言いながら本陣に戻って行った。実のところ、本陣に桃香がいてもあまり意味はない。それでも一応、この長安の領主として居て欲しかっただけだ。
「いっそのこと、病院を本陣にしてしまう案もあると思いますぞ」
星が冗談か本気かわからぬ口調で、そんな事を言う。白蓮は一瞬考えたが、すぐに首を振った。
「さすがにそれはなあ。でも、併設する手はあるかも知れない」
「なるほど、妙案ですな」
「まあ、後でみんなに相談してみよう」
そんな話をしながら二人が本陣の天幕に戻ると、厳顔――桔梗と魏延――焔耶がすでに揃っていた。
「おお、待ちくたびれたぞ。愛紗たちが無事に戻ったそうじゃが?」
すぐさま桔梗がそう声を掛けてくる。二人が桃香を呼びに行き、無駄足になったことはすぐに察したのだろう。
「怪我はたいしたことないらしい。たぶん、夜通し走って来たのだろう。今は眠っている」
「うむ。今もまだ、続々と帰り着く兵士の姿があるようじゃ。皆、馬を捨てて来たようじゃから、たいそうな疲労じゃろうな」
桔梗が聞いた話によれば、散開してとにかく逃げることだけを考えるよう指示をされたらしい。攻めてきたオーク兵は馬の肉を食うらしく、兵士よりもむしろ馬の方を積極的に襲ってきたので、やむを得ず捨てて来たのだそうだ。
興奮状態のオーク兵は昼夜関係なく襲ってきたので、皆、寝る間もなくひたすら走って来たのだった。
治療の専念する桃香のいない本陣の天幕の中で、星、白蓮、桔梗、焔耶の四人が部隊の編成について話し合いを始めた。
「鈴々の二万はバラバラに戻りつつあるが、しばらくは休みが必要だろうな」
星の言葉に、桔梗が頷く。
「愛紗が連れて行ったのは、手持ちの親衛隊百名ほどじゃ。一万は残っておる。これにわしと星の一万ずつを合わせても、動かせるのは三万のみか……」
「何進軍は先鋒だけでも五万はいるそうです」
焔耶がそう言うと、天幕の空気が重く沈んだ。寡兵で大軍を破るのは不可能ではないだろうが、それには策が必要だった。しかし長安に一騎当千は居るが、軍師となりうる人材がいない。
「さて、困ったのう」
長安に籠もればしばらくは保つだろうが、桃香がそれを望まないだろう。それに囲まれれば、逃げ道はない。四人で思案している間も、次々に伝令が駆け込んでくる。
先鋒の五万は、逃げる愛紗たちを追いかけ、縦長に伸びているらしい。その中でも一番先頭の一万ほどが、突出しているようだ。
「後方とかなり離れておるようじゃ。ここは敵の勢い断つ意味でも、叩いておいた方が良さそうじゃな」
「ならば私が一万を率いて行きましょう」
星が言うと、桔梗は少し考えてから頷いた。
「よし。わしと焔耶が五千ずつ率いて、森の潜んでいよう。正面に星、左右から挟撃し、押し包むように敵を討つ。統率のないオーク兵とはいえ、侮れない。倍の数で向かう方が良い。こちらは一兵とて無駄にはできんからな」
こうして動ける兵のうち、二万を割いてまずは初戦に向かうこととなった。残りの一万を白蓮が率いて、陣の守りを固める。
手はずを整え、細かな打ち合わせを終えた四人は、それぞれの役目を果たすために動き始めた。
許昌の華琳の私室に桂花、月、詠が集まっていた。妊娠の発覚後、華琳は私室にて執務を行うことが多くなった。重要な打ち合わせは、この四人で行っている。もっとも、月は華琳専属の侍女として給仕を行っている事がほとんどだった。
「何進軍の目が長安に向いている今こそ、河北へ攻める好機ではありますが……」
「南の情勢ね」
桂花の言葉に華琳が続け、わずかに目を細めた。
「雷薄は袁術よりも明らかに、野心の強い男です。孫策が無事だったとはいえ、背中を見せても良い相手ではないかと思います」
これまで何度も、河北四州を攻める機会について話し合われて来た。だが今の兵力を考えると、二方向への展開は難しい。後顧の憂いを残したままでは、攻めの勢いに乗れないのだ。
結局、この日も結論が出ないまま休憩となった。月が全員のお茶を用意する。それを詠がどこか心配そうに見守っていた。以前、詠が月の手伝いをしようとしたのだが、月が「これは私のお仕事だから」と言って断ったのである。
自分の役割、自分が存在する意味があることが、月はうれしかったのだ。飾りのように、ただ座っていただけの昔とは違う。詠はそのことがわかったので、以来、余計な手は出さないようにしていた。
「上の空ね、月?」
突然、華琳がそんなことを口にすると、月はビクッと震えてお茶を準備する手を止めた。
「長安に行きたいのでしょ? 詠もそんな顔をしている」
「わ、私は別に……」
自分に矛先が向けられ、詠は慌てた様子で目を伏せる。だが、月は真っ直ぐな目で華琳を見た。
「私は華琳様の侍女です。華琳様が身重の今、ここを離れるわけにはまいりません」
「自分の仕事に責任を持つことは、とても立派なことだと思う。でも私は、あなたたちには自分の気持ちに正直に生きて欲しいのよ」
「華琳様……」
華琳は小さく頷き、月と詠を見て微笑んだ。
「きっと真桜から話を聞いて、一刀も長安に向かうはずよ。あのバカが無茶をしないように、月がしっかり見張ってちょうだい」
「……はい」
こうして、月と詠の二人が長安に向けて出発するが決まった。しかし二人だけでは心配だということで、旅慣れた張三姉妹も同行することになったのである。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 蜀の面々は、キャラが掴みづらいので書くのが難しいですね。キライではないのですが…。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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真・恋姫無双 桃香 星 白蓮 桔梗 華琳 桂花 月 詠 | ||
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