本気と冗談
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 一体何がいけなかったのか。

 珍しく物置の掃除なんてしよう、などと思ったことがいけなかったのか。それとも、そんなときにやってきた鴉天狗のせいか。もしくは、あまりにも汚すぎた物置がいけなかったのか。

 そんな思考が、ぐるぐると霊夢の頭の中を駆け巡る。

 霊夢の眼前には、文がいる。

 

「霊夢さん、背中冷たくないですか?」

「別に大丈夫よ。そっちこそ、腕大丈夫? きつくない?」

「はは、これくらいでへばるほど弱くないですよ」

「腕、震えてるけど?」

「……いや、まぁ背中に乗っかっている物が多いですからね。ちょっときついです、はい」

 

 霊夢は仰向けになっている状態。文はその上に覆い被さるような状態だ。文の背には、何に使うのかよく分からない道具やらが乗っかっている。

 全ては、霊夢が神社の物置を掃除しようという気紛れから始まった。

いざ鍵を開けてみると、中は混沌としていた。明らかに、霊夢よりも以前の巫女たちの物まで保管がしてある。中には大きな祭具のような物もあれば、何故かけん玉やおはじきといった遊び道具まで様々だ。

 それらをため息混じりに整理しようとしたところ、たまたま文がやってきた。

 文からすれば、昔の巫女の物まであるこの物置は、何かスクープの匂いでもしたのかもしれない。手伝うと言いだした。霊夢からすれば、人手が増えるのはありがたいので、それを受け入れた。

 そう、ここまでは良かったのだ。

 二人でいざ物置に入ると、そこは見た目よりもずっと狭い空間だった。物が多いせいで、ごちゃごちゃとしていて思うようにも動けない。ゆえに、一旦入口付近の物から片付けることにしようと踵を翻した瞬間、積んであった物が崩れ落ちてきたのだ。

 霊夢はそのことに気付かず、危険を敏感に察知した文は霊夢を庇うように押し倒した。

 そして、現在に至る。

 

「さーて、どうしますかねぇ……」

「文、あんた動ける?」

「私が動いたら、背中に乗っかっている物が霊夢さんの顔面に直撃する危険性がありますよ。それでもよければ、喜んで動きますが」

「よし、絶対動くな」

「ですよねー。私としても、せっかく助けたのに怪我されちゃあショックですし」

「あ、あー……そのさ」

「はい?」

 

 霊夢は、目の前の文から視線を外した。

 どうしたのだろうか、と首を傾げる文。

 

「その、ありがと」

「へ?」

「助けてくれて、ありがと。あんたが庇ってくれなきゃ、今頃私、大怪我してたかもしれない。だから、その、ありがと」

 

 どこか恥ずかしそうに、そしてやっぱり視線は合わせずに霊夢は言った。

 その様子が、文にとってはなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。

 

「人がお礼を言ってるのに、何笑ってんのよ?」

「いえいえ、新鮮というかなんというか、なんだか珍しく可愛らしくて」

「何よそれ、普段は可愛くないみたいな言い方じゃない」

「いやー黙っていれば可愛いと思いますよ、うん――痛い!?」

 

 霊夢が頭突きをかました。

 痛みで顔を押さえたくなるが、そうしてしまうとこの状態を保っていられない。ぎりぎりのところでそれに気付き、なんとか堪える。

 

「霊夢さん……」

「ん、ごめんなさい」

 

 文にジト目で睨まれて、素直に謝る。

 霊夢にも、今がどんな状況か改めて分かったのだろう。

 

「はぁ……ま、結果無事だったからいいですけどね。でも本当に、どうしましょう……霊夢さんは動けます?」

「んー動けないことはないけど、外まで行けるかって言われたら微妙かもしれない」

「うーん、一応動いてみてくれます?」

「分かったわ。ちょっと厳しいだろうけど、やってみる」

 

 体を少しずつ動かしてみる。文の足元、つまり出口の方へと体をちょっとずつだが、確実にずらしていく。

 文が、これならいけるのではないか、と思い始めた瞬間、霊夢はぴたりと動きを止めてしまった。

 どこか詰まったのだろうか、と文は霊夢が再び動き出すのを待つが、一向に動く気配がしない。

 

「どうしたんですか? 何か障害物がありましたか?」

「あー……障害物といえば障害物だけど」

「なんとか越えられません?」

「行こうと思えば、行ける。多分」

「ならやってくださいよ」

「いや、でもね……その障害って、あんたのスカートなのよね」

「……へ?」

 

 霊夢の今の顔の位置は、さっきの場所から移動して文の腹部辺り。このまま下がって行くと、必然的に文のスカートに突っ込むことになる。完全な密着というわけではないから、触れちゃいけない場所に触れることはないだろうが、下着が目に入ってしまうのは明らかだ。

 その事実に気付いた霊夢は、動きを止めたのだった。

 

「あー……どうしましょう」

 

 さすがにこれは何年も生きている文でも、恥ずかしいことこの上ない。引き攣った笑みを浮かべながら、霊夢に訊ねた。

 霊夢からすれば、私に訊かないでよ、という心情である。

 文も恥ずかしいが、霊夢も当然恥ずかしいのだ。

 しばらく、妙な沈黙が二人を包んだ。

 外で鳴く小鳥の声が、やけに煩い。

 

「……霊夢さん、行っちゃってください」

「文、あんた……」

「だってしょうがないじゃないですかぁ! こうしなきゃ、いつまでもこのままなんですから!」

「……分かったわ」

 

 文が覚悟を決めてくれたのだから、とそれ以上は何も言わずに、霊夢も覚悟を決めた。

 そして、再び動き出す。

 文から霊夢の様子は見えないが、味気無い床と霊夢の背中が擦れる音がするたびに、確実に近付いていることが分かる。

 

「うぅ〜……」

「気持ちは分かるけど、そんな唸り声みたいなの上げないでよ」

「せめて勝負下着穿いておけば良かった〜」

「なんの後悔よ……」

 

 ふざけているのか本音なのか、霊夢は思わずため息を吐いた。

 

「……いくわよ」

「……どうぞ」

 

 二人とも、妙に黙ってしまう。

 霊夢はゆっくりと、文のスカートの中に顔を侵入させた。

 目を瞑って見ないようにしよう、と心掛けたけれども、やっぱり気になってしまう。そして、無意識にそうっと目を開いてしまった。

 霊夢の眼前に、ピンク色の可愛らしいショーツ。すらっとしていて綺麗な脚。この状況のせいか、太腿に少し汗が滲んでいるのが分かった。

 

「意外……もっと大人っぽいの穿いてるのかと思ってた」

「ちょ、何見てるんですか!?」

「え、や、ごめ……ってちょっと暴れないでよ!」

 

 霊夢の無意識の呟きに反応した文が、反射的に脚を閉じてしまおうとする。太腿に霊夢の顔が挟まれそうになるが、背中に乗っかっている物がぐらっと揺れたので、文はなんとか閉じるのを抑えた。

 

「……で、なんで戻ってきてるんですか?」

「あんたが暴れたから、驚いて戻ってきちゃったのよ!」

「一気に抜けてくださいよ! なんでよりにもよって戻ってきちゃうんですか!?」

 

 霊夢は、文が暴れた際に慌てて戻ってきてしまった。

 再び視線が交わるような状態になる。

 二人とも、盛大にため息一つ。

 

「はぁ……」

「もう一度、今度はすぐ抜けてくるから」

「いや、もうやめてください。主に私の精神が限界ですので、もうあれに耐えられる気がしません」

「じゃあどうするのよ?」

「どうしますかねぇ……」

「文、腕……さっきよりきつそうだけど」

「んー? まぁー仕方ないですよ。力抜くわけにもいきませんし、かといって力入れ過ぎてもバランス崩れて落ちてくるかもしれませんから。この微妙な力加減を保たなければなりません」

「……文」

「何心配そうな顔してるんですか、らしくない。大丈夫、絶対に霊夢さんに落としたりしませんから」

「いや、私じゃなくてあんたのことが――」

「私は大丈夫ですって。ほら、幻想郷最速ですよ?」

「この状況、速さ関係ないわよね」

「細かいこと気にしてると、大きくなれませんよ? 主に胸とか胸とか胸とか」

「ここ出たら真っ先にあんたを殴ってあげるから、覚悟してなさい」

「おお、怖い怖い」

 

 文は笑っているが、額には汗が滲んでいた。

 同じ状態をそのまま保つというのは、想像以上に厳しいことだろう。それをこんな風に、冗談を交えながらも保っている文は、流石と言える。

 だが霊夢から見て、もう文はギリギリの状態なのではないか、と思えた。

 この状況を打破するにはどうすればいいか、思考を巡らす。

 

「あ……思い付いた」

「はい? 何をですか?」

「文、私に乗っかっても良いわよ」

「はい!? えーと……どういうことですか?」

「腕曲げて完全に密着しちゃえば、あんたも楽でしょ?」

「いや、そうすると霊夢さんに負担が……」

「大丈夫よ。きつくなったらちゃんと言うし。それよりも、今はあんたの方がギリギリだから」

 

 霊夢は考えた結果、それが今はベストだと思ったのだ。

 まだ完璧な脱出策が思い付いていないこの状況で、いつ出るか分からない解決策よりも、文の負担を軽減することを優先にした。

 

「でも、ちょっと恥ずかしくないですか?」

「さっきのに比べたら、だいぶ楽よ」

「はは、ですね。では、本当に良いんですね?」

「ん、ゆっくりね。そうしないと、バランス崩れちゃうだろうし」

 

 文は頷き、伸ばしていた腕をゆっくりと曲げて、霊夢に近づく。

 何故か霊夢はジッと文を見ていて、視線を外すことが無い。顔が近付くにつれて、なんとなく照れが生まれる。

 そして、互いの吐息が、敏感に感じ取ることが出来るくらいに、近い距離になった。

 二人とも、声を発さない。

 次に、上半身が密着する。

 ふにゅり。

柔らかい胸と胸とがぶつかり、その形を変えた。

 

「……霊夢さん、辛うじて胸あったんですね」

「張ったおすぞ。く、これだから胸に余裕あるやつは……」

「いや、別に私も大きいわけじゃないですし。ただ霊夢さんよりは確実にあるってだけで」

「それ以上、胸のことを喋ったら、今ここであんたと一緒にくたばってやる」

「あやややや、それはある意味プロポーズですかね。出来れば別の状況で聞きたかったですけど。ん、重くないですか?」

「物は重くないけど、あんたが重い」

「……最近リアルにちょっと増えちゃったんですから、そういう冗談やめてください」

「意外、あんたでもそういうの気にするんだ」

「気にしますよ。女の子ですもの」

 

 密着状態。

 首を少し曲げ、顔と顔が当たらないようにする。常時顔が密着してしまっては、いろいろと危険だからだ。

 だから、互いに今の表情は見えない。

 

「ねー霊夢さん」

「んー?」

「私、気付いちゃったんですけど、言っても良いですか?」

「言うな、絶対。というか、言ったら私も言うわよ、気付いたこと」

「あやややや、それは困ります」

「よし、なら黙ってなさい」

 

 互いに気付いたこと。

 密着状態だからこそ分かったこと。

 それは、互いの鼓動だった。

 どうでもいいような会話をしている最中でも、その鼓動は響いていた。速く、そして酷く煩い鼓動。

 そのことに気付いてしまったから、二人とも何を話して良いか分からなくなる。

 

「……というか、あんたはなんでそんなどきどきしてんのよ?」

「あー!? 言わないって言ったのに言いましたね!? なら、なんで霊夢さんこそどきどきしてるんですかぁ!」

「……してないわよ、別に」

「嘘はいけませんよー。あ、もしかして私のこと意識してくれちゃってたり――」

「寝言は寝て言え。冗談は言動だけにしろ。くたばれ」

「一気にいろいろ酷いこと言われたー!?」

「そういうあんたこそ、私を意識してるんじゃないの?」

「……してますよ、そりゃあ」

「は?」

 

 霊夢からすれば、冗談で言ったつもりの一言。

 いつも通り、笑って冗談を言い返してくることを予想していたため、予想外だった文の言葉に、一瞬耳を疑った。

 顔は、見えない。どんな表情をしているのか、分からない。

 

「霊夢さんは、自分で思ってる以上に魅力的なんですよ? 気付いてますか? 人や妖の類、さらには鬼や妖怪の賢者まで、皆貴女に魅かれて神社に集まってます」

「……いや、あいつらはただ騒ぎたいだけでしょ」

「ただそれだけで、集まったりしませんよ。皆、貴女が居ると楽しいのでしょう」

「私、そんな面白いことしてないけど……」

「はは、私からすればもう存在が面白いですよ?」

 

 こいつ、この状況じゃなかったら一発殴ってやるのに。そんなことを思いながらも、霊夢はなんとか堪えて、文の言葉を聴く。

 

「そしてもちろん、私も貴女に魅かれてます。確かな興味を持ってます。そんな相手と、こうして密着かつ二人きり。どきどきしない理由がありませんよ」

「えっと……その、文」

「ま、でも私はどうやら嫌われているようですからね」

「え?」

「さっきもくたばれとか言われちゃいましたし、まぁ普段の言動から仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが」

 

 文の少し残念そうな声。

 言動に自覚あったのか、と霊夢はツッコミそうになるが、今重要なのはそこではなかった。

 霊夢からすれば冗談だった言葉が、文を傷付けてしまった。

 表情は見えないが、きっと今は悲しそうな顔をしているだろう。

 霊夢は一言、ただの冗談よ、と言おうとしたが、考える。自分は文のことを、どう思っているのかを。少なくとも、嫌いではないのは確かだった。パートナーを組んだこともあるし、それなりに信頼もしている。よくお茶もするし、話していて、一緒に居て楽しい相手だ。

 では好きなのか。

 そう考えると、霊夢には分からなかった。

 どういうことが好きということなのか、よく分からないのだ。

 だが、嫌いではない。

 

「あ……文、そのさ、私――」

「くく、ははは!」

「へ?」

「いえ、冗談ですよ。もちろん、本気で霊夢さんが言ってるなんて思ってないです。いやー顔を見なくても、いろいろ考えているのが伝わってきましたよ」

「〜っ!? この、馬鹿文!」

「うわ、ちょ、暴れないでくださいってー!?」

 

 霊夢が顔を真っ赤にして、暴れた。

 物置に、二人分の少女の叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 〜少女手当て中〜

 

 

 

 

 

「はぁ……軽傷で良かったです」

「あれはあんたが悪い。私は絶対に謝らない」

「はいはい、あれは私が悪かったですってば」

 

 ぷいっとそっぽを向いて、いかにも怒ってますといった態度の霊夢に、思わず笑ってしまいそうになる文。

 ここで笑ったらもっと怒りそうだから、笑うことはしないけども。

 あの後、文は右腕を少しだけ怪我した。今は包帯が巻いてある。霊夢は奇跡的に無事だった。

 

「……あんた、一応永遠亭行っときなさいよ」

「はは、大丈夫ですよこれくらい。一日で治ります。霊夢さんは本当に怪我はないのですね?」

「ん、掠り傷一つないわ」

「そうですか、それは良かった、うん。霊夢さんは人間ですからね、怪我をしたら万が一ということもありえますから」

 

 良かった良かった、と文は頷いている。

 

「心配し過ぎよ」

「いえいえ、言ったでしょう? ほら、私は貴女に魅かれてますから。そんな面白そうで興味尽きない取材対象が――じゃなくて、大切な人が傷付いたら悲しいですから」

「はぁ……あんたはどこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からないわ」

「……私本気ですよ、いろいろと、多分ですけど」

「え?」

「ではでは、私は今日は自宅療養します。さようなら、そしてまた明日」

「ちょ、逃げるように去るな! 今の言葉どういう意味よ! というか、明日も来る気!?」

 

 明らかな営業スマイルを一つ、最後に残して文は飛び去った。

 追いかけようにも、さすがに霊夢といえども、文のスピードには到底追いつけない。

 

「……なんなのよ、もうっ」

 

 明日来たときに、絶対問い詰めてやる。

 そんな思いを胸に、霊夢は居間へと戻ることにした。

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