真・恋姫無双〜君を忘れない〜 九十二話
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 麗羽が曹仁の動きを察知したように、曹洪もまた曹仁が自軍の救援のために兵を動かしたことを知った。彼はギリッと歯噛みすると、どうして麗羽がこのような手の込んだことをしたのかに至ったのだ。

 

 ――あの ((女|あま))、くだらねー策使いやがって!

 

 今すぐにでもあの首を叩き落としてやりたいところだが、そうもいかない。曹仁自体が動いた――否、動かされたというのは驚きであった。これまでこのような事態が起こったことなどないのだから。

 

 勿論、曹仁が動いたとしても、自分自身が攻めていることに代わりはない。ならば、自分がすることはいつも通りである。曹仁の援護は無用。とにかく我武者羅に麗羽の部隊に攻め寄せるだけである。そこを揺らがせることが敵の狙いなのだと判断した。

 

 頭に今の戦場を思い巡らせる。

 

 麗羽の部隊を中心に据えれば、自分はその真正面に位置している。しかし、部隊を複雑に絡ませ合っているこの状態では、激しい行動は制限されているだろう。しかも、こちらから見て左側、頭部まで突っ込んできたのだから始末が悪い。

 

 敵もこちらに突っ掛ってくれればまだ勝負の仕様があるが、包囲を狭める程度の動きしか見せていない。こちらから攻めても巧みに包囲の網を広げて、その衝撃を拡散してしまうのだから、短期間ではどうにもならない。

 

 自分たちの後方、そこには尾部を担う将がいる。

 

 おそらくそこが曹仁の迎撃をするのだろうが、曹仁とて攻めが完全に出来ないというわけではない。自分のように騎馬を縦横無人に駆けらせて、敵陣を一撃で粉砕するような指揮能力はないかもしれない。しかし粘り強さはある。

 

 伊達に曹洪と共に曹家を支えた誉を受けてきたわけではない。守りが彼の最大限に力を発揮出来る戦い方ではあるが、他の点でも並みの将においそれと敗北を喫する程柔な人物ではないのだ。

 

 だが、腑に落ちないところもある。

 

 鶴翼に見せかけてこちらの直線的で単調な突撃を誘い、常山の蛇で迎え撃つ。しかも、頭部と尾部との挟撃まで囮として、本命は第二の頭部での包囲網の完成。二重の罠まで周到に準備して、将兵の心理まで巧みに読み取った策は見事である。

 

 既に何十、いやその数は三桁も下らないであろう程に、数々の戦場で暴れてきた曹仁と曹洪の二将に、彼らの弱点である攻めると守るという役割を放棄させるという快挙まで為している。それだけでも麗羽の実力は本物であると言って良いだろう。

 

 しかし……。

 

 ――決め手に欠けてやがる。

 

 その通りであった。

 

 確かに麗羽は曹洪の動きをほぼ完璧に封じ、さらに曹仁に攻めさせるという動作をさせている。そこでは本来の力を発揮することが出来ず、これまでのような苦戦を強いられるような戦いを防ぎ、かつ勝利することが出来るかもしれない。

 

 しかし、問題がないわけではない。

 

 曹洪は動きを封じ込めるだけで限界だった。このまま包囲し続けても壊滅させることは出来ず、時間が経過すれば麗羽と斗詩の部隊に疲労が溜まり、曹洪を留め続けられなくなるか、日暮れになり撤退せざるを得ない状況になってしまう。

 

 曹仁に対してもそうである。

 

 彼が得意とする壇上から引き摺り下ろすことには成功しているものの、彼自身が猛将であることには変わりない。将器という点で段違いな程に実力差のある猪々子一人では、追い散らすことなど容易に出来る筈がない。

 

 麗羽、斗詩、猪々子、彼女たちは一人では決して勝てないのだ。

 

 常山の蛇での迎撃が成功したのも、彼女たちが卓越した連携能力の持ち主であり、日ごろから信頼し合っている賜物に過ぎないのだから。凡庸な彼女たちでは、地力で勝てるような易い相手ではない。

 

 曹仁を粉砕するためには、少なくとも麗羽か斗詩のどちらかと共闘しなくてはいけないだろう。二人掛かりであれば、守りに転じる前に撃破することが出来るかもしれない。だが、それも飽く迄も推測の域を出ないのである。

 

 だが、そうなると麗羽か斗詩が曹洪の包囲陣から離脱する必要が生じる。

 

 そうなると一人で曹洪を包囲することになるのだが、それを曹洪が見逃す筈がない。全兵力を一点に集中させた突撃を繰り返して、包囲の壁に穴を開けるであろう。その後、曹仁に当たっている部隊の後ろを急襲し、曹仁と合流してから一気に敵を蹴散らすだけだ。

 

 彼が麗羽の策に対して憤ったのは、飽く迄も自分たちの信条を穢されたことに対するものであり、戦況が窮地に陥ったことにではない。武人としての誇りがそれを許し難かったに過ぎないのだ。

 

 ――まだ何か隠していやがる。

 

 それは本能的に感じていた。

 

 このままでは勝てない。勝利を掴み取るにはまだ足りない。勝利というものに、自分の命を簡単に賭けるような狂った人間が、今の状況で安んずる筈がない。そこまで貪欲に求める者がこれで終わる筈がない。

 

 ――何だ。何を狙っている……。

 

 研ぎ澄まされた彼の第六感とも言えるものでも、それを見抜くことが出来ない。

 

 得物は己を映す鏡であるとよく言うが、それは彼にしてみれば戦闘行為ですら同様である。敵の一挙手一投足まで見逃すことなく、ただ対峙しているだけで自然と汲み取ることが出来る。それを無意識的に行ってしまう辺りが、彼の野性が戦闘中の重きを示している部分であるのだろう。

 

 だが、麗羽はそれを見せない。どういう訳か彼には分からないが、どんな窮地にあろうと、彼女は微笑を絶やさないのだ。そこから喜怒哀楽の如何なる感情も見通すことが出来ない。

 

 曹洪はこれまでにこのような相手を見たことがない。強くない筈が強く、才能がない筈が天才であり、微笑んでいるのにそこに表情は見えない。矛盾ばかり抱えた相手に、曹洪は確かに恐れを覚えていたのだ。

 

 そして、そうこうしている内に戦場で動きがあったのだ。

 

 曹仁の率いる部隊が猛烈な勢いで尾部を担う猪々子の部隊へと襲い掛かったのだ。彼女の部隊を躱してこちらの救援が不可能であると判断したのだろう。突進力と圧力で遮二無二攻め寄せようとしているのが目に見えた。

 

 ――くっ! あの爺、勝負を焦りやがったなっ!

 

 一般人から見れば、曹仁の突撃は脅威に映るだろう。

 

 錐行陣を布いた部隊は、目の前に立ち塞がる障壁を全て打ち破る程の勢いを有しており、短距離の間でこれだけの加速をすることが出来るのも、曹仁自身が騎馬の扱いに巧みなことを表している。

 

 しかし、曹洪から見ればそれは稚拙な攻めに映るのだ。

 

 さらに彼が内心で舌打ちをしたのにはもう一つの理由があった。

 

 猪々子の部隊の動きが不自然だったのだ。

 

 おそらく敵方にも曹仁が動き始めたことなど知れていること。ならば狙いはこちらの救援であり、その障害となる猪々子の部隊から先に仕掛けることも容易に推測出来る。

 

 従って、敵は速やかに迎撃態勢に移る筈だ。さすがに曹洪程の力はないと言っても、あれを正面から受けるには相当の覚悟が必要であり、少なくとも陣形を固めて自然と不動の構えを見せる筈である。

 

 ――そこで部隊を下げるには意味があるっ!

 

 猪々子の部隊は固まるどころかそこから移動を開始したのだ。

 

 そうなると敵の突破力を持ち堪えることは出来ず、しかも後ろに下がるということは背後を見せることを意味する。後ろからなら防御態勢はほぼ皆無であると言って良く、追いつかれたらそこでお終いである。

 

 だからこそ、曹洪はそこに何か狙いがあることを悟ったのだ。

 

 絶対的な攻勢を信念とする彼だからこそ、守勢の何たるかにも精通している。あれは守る構えではなく、別の目的を持った動作であるのだ。そこを安易に攻めるのは愚策である。

 

 勿論、守りこそ己の役目とする曹仁にもすぐにそれは見て取れた。

 

 しかし、駆け始めた騎馬隊を止めることなど簡単に出来る筈がない。短距離での加速を実現出来てしまった実力が逆に裏目に出てしまったのだ。既に曹仁の部隊は攻めてしまっており、それはもう変更出来ない。

 

 そして、次の瞬間、曹洪自身も曹仁の動きを注視してしまったあまり、動きに無駄が生じてしまった。正確に述べるのであれば、麗羽と斗詩の部隊が同時に動いたことに対して即座の行動が出来なかったのである。

 

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 麗羽は曹洪の部隊に対して明らかな攻撃行為をしていなかった。

 

 部隊を徐々に曹洪の部隊に向けてはいるものの、曹洪がそれを遮ろうと兵を繰り出せば、その部分は速やかに後退させた。敵兵を削ることはほとんど出来ていないが、それは同時に自軍の部隊にも損耗がないことを意味している。

 

 何故彼女がそのような行動をしているかというと、今の状況では曹洪の部隊を打ち破れないことを承知しているからである。彼の部隊を包囲したことは、飽く迄も敵軍の刃を抑えることが目的であり、それを折ることではない。

 

 彼女はずっと待っていたのだ。

 

 兵士たちの声を無視出来なくなって、曹仁が猪々子の部隊に攻め寄せてくるときを。そして、前もって猪々子と斗詩には一つの策を授けてあった。おそらくそれは、二人のような阿吽の呼吸が出来るものでないと出来ない所業である。

 

 曹仁がこちらに向けて突撃を開始したことを確認してから、麗羽は猪々子と斗詩の部隊に向けて旗を振った。彼女の必勝の策ともいうべき切り札の本当の姿を敵に見せつけるときが、ついにやって来たのだ。

 

 猪々子は旗を確認すると、部隊を速やかに後方へと移動させた。背後からは曹仁の部隊が迫ってきており、鶴翼のような広範囲の圧力は感じられないものの、それでも彼の存在感は異常であった。

 

 斗詩が曹洪の鋒矢陣を巨大な槍が投擲されたように感じられたのならば、猪々子は曹仁の錐行陣による突撃を背後に感じて、まるで武芸の師とも言える桔梗の豪天砲による砲撃を想起した。まともに喰らっては、木っ端微塵にされてしまうだろう。

 

 ――頼むぜっ! 斗詩っ!

 

 勝負は一瞬である。

 

 ほんの一秒でも――否、コンマ一秒でもお互いの連携が遅れてしまえば、自分は曹仁の突撃を直撃してしまうだろう。そうなれば、麗羽と斗詩の部隊がその後に踏み荒らされてしまうことになり、自分たちは惨敗してしまう。

 

 額には冷や汗が浮かぶ。

 

 これまで戦ってきた将たちの中でも、曹洪と曹仁はトップレベルであり、普通に考えれば勝てる筈がないのだ。この数日間、壊滅的な被害を食い止められただけでも、彼女たちにしてみれば最善を尽くしていることになるのだから。

 

 しかし、猪々子の口角は上がっていた。鋭利な犬歯が顔を見せる。

 

 斗詩との連携が遅れることなどあり得る筈がない。幼い頃より常に行動を共にし、麗羽に仕え続けた自分の嫁が、自分との呼吸に乱れを生じさせる筈がないのである。それはこの策の成功を確信していることを意味している。

 

 背後から肉薄する曹仁の部隊の先頭が、こちらの殿部分に届きそうになった瞬間、傍から見ればもう駄目なのかと目を覆いたくなる刹那、それは起こった。

 

 曹洪の部隊を包囲している筈の斗詩の部隊が信じられ位くらいの速度で、包囲網から離脱すると、猪々子を目標に進撃していた曹仁の部隊の横っ腹に痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。そのまま陣形を貫き、曹仁の部隊を前後に真っ二つに穿った。

 

 曹洪を囲む包囲網の中で、麗羽は少しずつではあったが、包囲を固める部隊を自分の部隊だけにし、斗詩の部隊はいつでも飛び出せるように外側に展開していたのだ。勿論、それは内部に閉じ込められている曹洪には見えない。

 

 猪々子には申し訳なかったが、麗羽は猪々子が曹仁の部隊を迎撃することは出来ないと判断していた。守りに主軸を置く彼であるが、総合的な能力値は高く、それが守りに特化しているだけであり、攻めであっても自分たちを凌駕していると判断していたのだ。

 

 そう、彼女は知っていたのだ。

 

 自分たちは一人ではあの二人のどちらにも勝つことが出来ないということを。

 

 故に、彼女がすることは一つである。

 

 一瞬だけで構わない。斗詩と猪々子が曹仁の相手をして、猪々子と自分が曹洪の包囲をする。その時間を疑似的にでも作り出すことであった。それさえ実現出来てしまえば、自分たちでもあの二人の化け物に対抗することが出来る。

 

 麗羽は、曹仁は堅実に猪々子を蹴散らしてから、こちらの部隊へと突入するだろうと踏んでいた。それならば、彼女は曹仁の動きを利用するだけである。彼我の実力差を逆手に取って、こちらに有利な展開にする。

 

 それが斗詩と猪々子と入れ替える形の動きである。

 

 曹仁は見事な将であった。猪々子に対して真っ向からの対決では全く勝負にならないような突撃をしてみせて、こちらに対して抵抗の意を削ぐようにしたのだ。あれを正面から見た者は恐怖のあまり動くことすら出来ないだろう。

 

 しかし、それを逆に考えた。

 

 斗詩は包囲網の外側に展開させた部隊を、猪々子の背後に迫る曹仁の部隊の脇腹に向けたのだ。曹仁は目の前の猪々子に集中して、こちらに意識を向けていない。また、もしも気付いたとしても、あの突撃は容易に止められない。

 

 将器の差を戦に組み込み、それを流れとする。経験、才能、器、それは今の彼女たちにとっては変えられない事実である。ならば、それを呑み込んで策の血肉にすれば良い。実力の差を逆手に取れば良い。

 

 結果は見ての通りである。

 

 曹洪はその中で唇を噛み締めていた。

 

 ――これでは子孝を馬鹿には出来ねーな。

 

 斗詩が部隊から離脱した瞬間、そこを狙って麗羽の部隊を突破することが出来たかもしれない。しかし、あのとき、麗羽の部隊はこれまでになかった攻勢に打って出たのだ。

 

 これまで麗羽が敢えて攻めなかったこともこれに起因している。

 

 無意識の内であったのだが、曹洪の部隊の兵士たちは麗羽が攻めてこないと決めていたのだ。曹洪の持つ圧倒的な攻撃力に対して、麗羽たちはこれまで幾度となく圧倒されてきた。そして、今その相手が攻めてこないのもそれを恐れているからだと。

 

 その油断は隙を生み、隙は動きの緩慢化を促す。

 

 麗羽が自軍の損耗を顧みない程の圧力を掛けてきたことに対して、曹洪の部隊はそれを防ぐだけで手一杯になってしまい、その壁を突破することが叶わなかったのだ。

 

 そして、斗詩は曹仁の部隊に横撃を仕掛け、見事に崩すことに成功し、猪々子はその隙に麗羽の展開する包囲網に加わることで、曹洪の動きを牽制したのだ。相手側の不注意もあったが、見事にどちらに対しても二人で対応するという矛盾を実現することが出来た。

 

 だが、それだけで終わらない。

 

 曹仁がそれ如きの攻勢で砕ける筈もないのだ。

 

 部隊を前後に分断されて尚、彼は攻めることを止めなかった。普通であれば、攻めを得意としない曹仁のその行動は愚とも思われるのだが、それは大きな誤りである。ここで止まってしまうことこそがもっともいけない行動であり、麗羽たちにとって都合の良いものだったのだから。

 

 ――構わんっ! 今は戦況を元に戻すことが肝要じゃっ!

 

 気合の声と共に麗羽の包囲網に突っ込もうとする曹仁に対して、曹洪も同様の行動に出た。曹仁が攻め寄せる方向とは逆の壁に対して突撃を仕掛けたのだ。

 

 そうすることによって、麗羽の部隊は曹仁の突撃だけでなく、曹洪の突撃にも構える必要が生じ、指揮系統に乱れを起こる可能性がある。そうすれば合流を最優先としている二人の良いように戦が展開する。

 

 だが、それすらも麗羽の策の一部である。

 

 麗羽には二人の行動が手に取るように分かったのだ。

 

 何故ならば、彼らの行動というのは麗羽にとっては戦の中で理想形として存在するものであるから。おそらく彼女自身では、実力や精神的理由から実行不可能なものだろう。しかし、実力も才能も経験も兼ね備えた二人であれば間違いなくする。

 

 麗羽は自分の才能のなさをコンプレックスに感じている。彼女の周囲には天才と呼ばれる人材がたくさんおり、常にその実力差を見せつけられているのだ。何度、彼女らのことを羨んだことだろうか。

 

 故に彼女の思考の中には一つの流れが存在しているのだ。

 

 才能がある者なら、この場でどのような行動をするであろうか。自分には決して出来るものではないが、いずれ自分もそんなことが出来るのだろうか。嫉妬とも羨望とも取れるその憧れの感情が、彼女の思考に住み着いている。

 

 ――今ですわっ!

 

 麗羽は手を翳した。

 

 これで彼女の策は最終段階へと移行することが出来る。

 

 この勝負を制することが出来るかもしれない。

 

 麗羽の翳した手に応じて部隊の一部が形を変える。常山の双頭蛇、その一方の首を担う麗羽の部隊は曹仁の突撃に対して、敢えて陣形を開いたのだ。大蛇が飛び込んできた獲物を呑み込むように大きな口を開く。

 

 そして、曹仁の部隊はそれに呑み込まれたのだ。

 

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 ――ぬぅっ!?

 

 麗羽の部隊の展開を見て、曹仁は心の中で驚きの声を上げる。

 

 敵が自らこちらを部隊の中に引き入れたのだ。自分の部隊を呑み込んだ後は、こちらを閉じ込めるように包囲網の口を閉じたのはすぐに理解出来た。しかし、敵が行動の意図が分からない。

 

 一見すると、こちらも包囲網の中に取り込まれてしまったように映るのだが、曹仁の狙いは飽く迄も曹洪との合流にある。それを敵が導いてくれたのだ。仮にこちらが包囲の中にあろうとも、曹洪と協力すれば破ることなど造作もない。

 

 曹仁にとってもっとも肝要であったのが、麗羽の部隊の壁をぶち破り無事に曹洪の許に辿り着けるかどうかであったのだ。それをわざわざ敵将が手伝ってくれたのだから、これほどおかしいものはない。

 

 包囲の中、曹洪の部隊が見えた。

 

 包囲はされているものの、部隊は健在であり被害も多くはないようだ。

 

 だが、曹洪の顔は険しいものだった。

 

 それもそのはずである。戦況はどちらにも傾いていないが、それでも武人としての己の誇りが先の失態を許せないのだ。そして、未だに敵の狙いが分からないという状態の中、合流は出来たが油断して良いものではない。

 

「よぉ、爺、出迎えご苦労だな」

 

「ふん、まだ軽口がきける程度には元気があるか? それより、子廉、敵の動きをどう見る?」

 

「どうもこうもねーよ。ちっとも見えやしねー」

 

「ふむ、とにかくこのまま包囲されているのも癪じゃの。すぐに突破して――」

 

「待て。敵が動くぞ」

 

 二人の目の前の壁が徐に動き出した。

 

 そして、その中から姿を現したのだ。

 

 麗羽、斗詩、猪々子、三人が後ろに数騎の配下を連れて二人の前に出てきた。

 

「敵将自らがお出ましか。そこの小娘、確か儂の部隊を両断した後、後ろの部隊を相手にしていたはずじゃが?」

 

「はい。私一人だけがこちらに戻りました。曹仁さんがいないのなら、私の副官だけでも足止めするくらいは出来ますから」

 

 曹仁の問いに斗詩がさらりと答える。

 

 彼女は曹仁の部隊を二つに分断した後、後続の部隊が曹仁の部隊に合流しないように、ある程度崩し、麗羽の許に一人で戻ったのだ。兵の質はほぼ同等ということから、副官だけでも拮抗状態は保てると判断したのだ。

 

 今でも包囲の外ではぶつかり合いが生じているが、おそらくはこちらには影響しないだろう。

 

「ほぉ。で、だ。貴様らがのこのことここに姿を見せたということの意味が分かっているのか?」

 

 曹洪は獰猛に牙を剥く。

 

 ここに来て、やっと麗羽の狙いが分かったのだ。

 

 それに頷く曹仁もまた同様だろう。

 

 麗羽たちが何重にも罠を張り、こちらの動きを翻弄したことは既に事実として受け入れている。曹洪の動きを封じ、曹仁の動きを促し、こちらの思うようには戦を展開させなかったことは、敵ながら天晴れな手腕である。

 

 だが、ずっと思っていたのだ。

 

 仮に二人が思うように動けなくても、策としては決定的な欠陥があるということを。

 

 それは、戦の趨勢を決める程の力を持っていないということだ。

 

 常山の双頭蛇の陣形も、曹洪と曹仁の役割を逆にさせたことも、こうして二人を包囲網の中に取り込んだことも全てブラフに過ぎない。正面からの部隊のぶつかり合いでは、決して麗羽は二人に勝てないのだ。

 

「だから、儂らを狙いに来た……か。実に浅ましいことじゃのぅ」

 

 二人は麗羽の思考を次のように解釈した。

 

 麗羽と二人には絶望的なまでに実力差がある。経験、才能、ありとあらゆる能力値が雲泥の差であり、将器という点に関しては、勝ち目はない。それはこれまでの戦いから双方とも理解している筈である。

 

 故に兵士を使わない個人の武で勝負を挑もうとしているのだ。

 

 わざわざ大仰な手を使ってこちらを包囲網の中に封じ込めたのも、部隊の動きを自由にさせないためである。こうして動きを完全に停止させた上で、こちらに対して決戦を申し込めば受けざるを得ない状況を作り出したのだ。

 

 この包囲網の壁は観客である。

 

 誰も自分たちの戦いに手を出せないようにし、そこで曹洪と曹仁を屠る。そうすれば益州軍の士気は大いに上がり、逆に二人を失った曹操軍は勝機を失うであろう。麗羽たちの勝利を戦の勝利を繋ぐのである。

 

 だが……。

 

「く……はは……はははははは!!」

 

 曹洪は腹を抱えて笑った。

 

「ふざけてやがるっ! 貴様らが三人がかりで来ようと俺らに勝てねーことくらい分かってんだろうがっ! 俺らを舐めるのもいい加減にしやがれっ!」

 

 曹洪は剣を抜き放ち、切っ先を麗羽へと向けた。

 

「いいだろうっ! その勝負に乗ってやるっ! ここで貴様ら三人の首を仲良く斬り落として、お姫様への手土産にしてやるよっ!」

 

「元よりそのつもりであるが、ちと儂らを侮り過ぎておるのぅ」

 

 激昂する曹洪とは対照的に静かな怒りを湛える曹仁もまた、剣を抜き放つと構えた。

 

 二人から強大な闘気が溢れ出る。これまで戦場で培ってきた、ただ敵兵を殺すためにのみ鍛えられた戦闘技術、老将軍の怒りはそれだけで包囲の壁を貫く気炎を放っていた。

 

 確かに自分たちは麗羽の策に転がされたのかもしれない。上手いように誘われ、封じられ、囲まれている。その一点に関して言えば、曹洪も曹仁も麗羽のことを一角の将である認めているのだ。

 

 しかし、最後の詰めがあまりにも酷い。

 

 戦争で勝てないからと戦闘で勝負を決めるなど、短絡的で現状を把握出来ているとは決して思えないのだ。

 

 これがもしかしたら敵の罠であるという可能性も考えないではなかった。しかし、ここから一体どうするというのだ。こちらは目の前に敵将がいるのならそれを殺し、部隊を動かそうとするのなら、囲みを突破するだけである。

 

 選択肢はこちらが選ぶのではなく、相手が選ぶのだ。

 

 こちらはそれに合わせて戦い方を決めれば良い。

 

 囲みの中、必殺の剣と鉄壁の盾が揃っている。攻められようが守られようが、どちらの戦いでも負けることは決してない。これまでもそうであり、これからもそうである。それは揺るがぬ事実である。

 

「貴様らはここで見ていろ。俺たちがあの馬鹿な女どもを血祭りにあげ次第、益州軍の本陣に突撃を仕掛ける」

 

 曹洪は兵士に告げながらゆっくりと馬に前進を命じた。

 

 久しぶりに苦戦というものを経験した。

 

 戦を快楽の手段と捉える曹洪にとっては、此度の戦いはとても楽しいものであった。背筋に走る恐怖と不安と快楽と喜悦で、自分が最後に暴れる決戦の部隊としては申し分のないものだと思っていた。

 

 しかし、それを穢された。

 

 楽しみを奪われた。

 

 恐怖を損なわせた。

 

 それだけで曹洪にとっては麗羽を殺す理由になる。自分が最後に戦うに相応しい相手であると評したことは過大評価だったのか。得も知れぬ恐怖心を与えてくれる生涯最後にして最大の強敵ではなかったのか。それが本当の実力だったのか。所詮ははったりと策謀でしかこちらを楽しませてはくれないのか。

 

 裏切られたと曹洪は感じた。

 

 ならばもうこのつまらない戦は終わりにしよう。手に握るこの刃に存分に血を吸わせ、この戦を終結させる。これ以上、自分の戦を汚されたくない。これ以上、無駄に疲れたくない。これ以上、作業などしたくない。

 

「もう貴様には興味はない。死ね」

 

 曹洪は無表情のまま麗羽に言い放った。

 

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あとがき

 

 第九十二話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、支援が全然されないで御座るの巻。

 

 いや、自分が大した作品が書けないことくらいは充分に承知しているのですが、決戦が始まってからここまでの支援数の低下は連載以来初ではないでしょうか、と凹んでおります。

 

 作者の名前を作品内で晒すという暴挙をなさった某作者様が支援数ホイホイの作品を投稿していますが、支援が心から欲しいという気持ちはよくわかります。

 

 ちなみにその某作者様の紳士的な作品や、現在投稿しているケモナーご用達の作品は、作者が今こころから待っている作品ですので、勿論、尊敬しておりますよ。

 

 作者の名前が出たときは普通に声を出して驚きましたが。

 

 さてさて、無駄話はこのくらいにして作品の内容について。

 

 今回は読者様の心を裏切る展開です。

 

 作者は以前あとがきにおいてこの決戦は戦争をメインに描くと言いましたが、次回より始まるのは麗羽様、斗詩、猪々子と曹仁、曹洪による闘いになります。

 

 まぁ最初からこの展開は決まっていたのですが……。

 

 一騎打ちだって戦争の中の花形としてあるのだから、別に良いでは(ry

 

 さてさてさて、それでも残るのは一つの疑問です。

 

 麗羽と斗詩と猪々子は曹仁と曹洪に勝てるのでしょうか。

 

 戦の才能と個人の武の才能は、作者は別物であると考えていますが、それでも両将軍が別に三人に劣っているというわけではないですよね。

 

 どうなるかは次回以降の展開にて。

 

 もう自分でも何を書いているのか分からないくらいですが、何とか終端まで導きたいと思います。それまで皆様方にはお付き合いして頂けると有難いです。

 

 それから、作者の精神的不安から、こんなにシリアスな内容ばかり書いていると、リアルな生活まで影響しそうなので、麗羽様の戦いが終了したら、気分転換に次回作の続編でも書こうと思っています。

 

 コメント数が多かったので、変態軍師の方を書く予定です。

 

 勿論、こっちの作品の方をメインに執筆しますが、息抜きしないと持ち堪えられそうにないので、そこはご容赦頂けると有難いです。

 

 では、今回はこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第九十二話の投稿です。
麗羽の幾重にも張り巡らされた策に、曹仁と曹洪は翻弄されながらも、麗羽の本当の狙いを見抜けずにいた。だが、それに気付いてしまった二人は、麗羽に対して失望と怒りを覚えるのだった。

いや、もう本当に申し訳ないとしか言えません。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
↓(続き) 描き始めてしまい、既に戦も最終段階まで行ってしまったので、修正することは出来ませんが、その御意見はしっかりと肝に命じたいと思います。申し訳ありませんでした。また読者様の考えを伺うことが出来て、作者の至らなさを知ることが出来ました。誠にありがとうございます。駄作ではございますが、精一杯努力致しますので、これからも宜しくお願い致します。(マスター)
やなぎ様 なるほど。貴重なご意見、誠に感謝いたします。麗羽様贔屓と言うことですが、それに関しては言い訳の仕様がありませんね。言ってしまえば、キャラ崩壊させてしまった麗羽様に作者の私情が入っていることも事実です。それが一部の読者様にとって不満であることを知れて本当に有難いです。(マスター)
一読者の意見ですが。自分は、麗羽贔屓に反発を覚えて支援を控えていました。ちょっと長すぎるかなーと。反董卓連合からの展開は本当に好きで、そこから引き込まれた作品です。更新を楽しみにしていることに変わりはありません。応援してます。(やなぎ)
陸奥守様、アルヤ様 その発想はなかったです。この作品がギャグ作品であれば是非とも取り入れたいくらいですね。高笑いをしながらジェットス○リームアタックをする麗羽様たちとか想像するだけで面白いです。(マスター)
アルヤ様 さてさて何か『切り札』が隠されているのか、それともないのか、妄想するのはタダで御座います。存分にそれを楽しんで頂けると僥倖です。次回を読んで楽しんで頂けるかは確約できませんが、期待せずにお待ちください。(マスター)
オレンジぺぺ様 相手は曹家を支えた伝説級の武将です。指揮能力と個人の武が別々であるとしても、その力は勿論並大抵なものではないでしょうね。我らが麗羽様はその二人を相手にしてどのように戦うのか次回をゆるゆりとお待ちください。(マスター)
山県阿波守景勝様 その通りですね。麗羽様が個人の武に持ち込んだことには何かしらの理由は存在します。今回の最後のシーンは麗羽の心情描写をしていないのは、そこを読者様に妄想して頂ければと思ってです。それでお楽しみになって頂ければ僥倖です。(マスター)
量産型第一次強化式骸骨様 これまで流れを見て頂ければ承知いただけると思うのですが、単純な力比べでは麗羽様に勝ち目はありません。麗羽様覚醒とかはないのですが、どのように戦うのか妄想して頂ければと思います。(マスター)
yoshiyuki様 常山の蛇は敵を誘い出すために用いたに過ぎず、本編にもありますように決定打に欠けます。策自体をぴたりと当てられてしまうのも何だか複雑ですが、いろいろな妄想で楽しんで頂けることも作者にとっては嬉しいことですね。(マスター)
KU−様 麗羽様の戦いは最終的にはそこに落ち着けると当初から決めておりました。まぁ戦争描写もこれから続きますので、今回は目を瞑って頂けると僥倖です。策に関して言えば、麗羽様の策自体は最終段階です。その狙いは次回明らかに致します。(マスター)
summon様 なるほど、どうやら作者とsummon様は赤い糸で結ばれた運命の(ry 冗談はさておき、麗羽や斗詩はこれまで説明されたように凡将ですからね。常識的に考えれば勝つのは難しいですよね。楽しみにして頂けているのは非常に嬉しいです。満足して頂けるように努力致します。(マスター)
↓ジェットス○リームアタックだと!?(アルヤ)
この三人実は一刀から黒い三○星の事を聞いていたりして。そして次回でついに・・・なんて。(陸奥守)
実はまだ伏せてあるカードがあるとか。最初から伏せ続けて相手に存在すら悟らせていない「天才」のうちの誰かが存在するとか。まぁ無いか。(アルヤ)
個人の武で勝負する理由はなんだろうか……あの二人相手に何かしらの考えはあるのだろうけど……(山県阿波守景勝)
ここに来て個人の武で勝負ですか。・・・麗羽はどう戦うのだろう。(量産型第一次強化式骸骨)
やー、テッキリ“常山の蛇”と思わせて、実は“登り竜”でしたとなるのかと思っていた。なかなか読めないもんだね。(yoshiyuki)
素直に戦闘なのね。策を用いて何かするのかとも思ったんですが。(KU−)
この頃なぜかTINAMIを開くと、マスター様の作品がちょうど投稿される不思議…個人の武では結構不利な気がする袁家軍ですが、どうなるのか…楽しみです(毎回言ってる気がしますね…)(summon)
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