双子物語-36話-
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雪乃】

 

 唇に触れた温もりが忘れられない。それから、私はしばしば、ボ〜ッとすることが

多くなってきた。

 

「どうしたん、最近ボ〜ッとして」

「あぁ、瀬南」

 

 教室で窓の外を眺めている私を見て、授業が終わってからの休憩時間に

メガネをかけた関西のどこかの言葉を話す親友が苦笑しながら話しかけてきた。

机は隣で時々お互い支えあっている。

 

「ん〜、なんだろう。気になってることがあるような・・・ないような」

「なんなん、それ」

 

 笑いながらツッコミをいれる彼女はその背後に一度視線をやった後に話を続ける。

 

「ゆきのんが元気ないと他の子たちが心配してるよって」

「あぁ・・・」

 

 所謂ファンクラブの会員を名乗る生徒たちのことを言ってるのだろう。

溜息を吐くたびにどこで見たのか、私の様子を見に。上級生から下級生までの子達に

廊下から覗かれているのだ。

 

「なんであんなの出来たのかしらね」

「それこそ、いまさらやね」

 

 それもそうだ、と笑っていると、休み時間も終わって授業再開。もやもやした

気持ちのまま授業に入る。昼休みでも、ちょっとのんびりしていたかったが、

生徒たちが好奇か憧れの視線を私に向けてくる。

 

 そんなことしてもらえるような人間ではないのだけどね。一応、生徒会の

お手伝いはできる範囲ではしているけど。

 

 静かにしていても、割と騒がしいからちょっと疲れる。

 

 再び移動しようと立ち上がって歩き出すと、背後から気配を感じる。

どうやら興味がある生徒たちが私を追っているようだ。呆れて溜息を吐くと

急に腕を引っ張られる感覚があった。

 

 植え込みの間から手が伸びてきて、ちょうど一人通れる隙間の中に私は

引き込まれるとそこには叶ちゃんが微笑んでいる姿があった。私達はちょうど

植え込みの影に隠れて、後を追いかけてきた生徒たちを撒いた形となった。

 

「どうしてここに?」

「しっ」

 

 まだ気配を感じてるのか、人差し指を口の前に立てて、静かにという仕草を取るのを

確認してから息を潜めて耳を澄ます。

 

 少しの間、騒がしかった足音たちが徐々に遠ざかっていくのを感じて

私は閉じた目蓋を再び開く。そこには可愛い後輩が可愛い笑顔を私に向けていた。

 

「大丈夫ですか?」

「うん・・・」

 

 その時、ふと唇に残っていた感触を思い出して私は指を唇に軽く当てた。

この時の私の頭には、ここに触れた人が叶ちゃんだったら・・・と想像して

珍しく、嫌な気分にはならなかった。

 

「どうしました?先輩」

 

 純粋に輝く瞳を見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥る。

そして、気がつくと軽く悲鳴みたいな声が聞こえた。

 

「先輩・・・?」

 

 さっきの体勢から私は彼女のバランスを崩し、上に被さるような形になり、

顔を近づけていることに気づくと急激に恥ずかしさを感じた私は慌てて立ち上がった。

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 頭の中が真っ白になって思わず走っていた。どうして、あんなことをしたのだろう。

そんな気持ちが頭の中でいっぱいになっていた。

 

 走るとはいっても、体の弱い私のことだ。すぐにバテてその辺の木に下にぐったりと

背を預けていた。走った距離もさほど長くない、ちょっと探せば見つかるような

範囲である。

 

 こういう時は運動神経の良い彩菜のことが羨ましくて仕方なくなる。

しかし、不安を感じる中で叶ちゃんが追いかけてくる気配がない。

 少し汗ばんだ体に涼しい風が通りぬけてくる。落ち着くまでの間休んでいようと

体の力を抜いていると、いつまでも彼女が来ないことにホッとする中で不安も

混じっていた。

 

 あんなことをしたから、警戒されたのではないか、嫌われたのではないかという

気持ちが溢れてくる。普段の私なら、去る者は追わない主義だったのに、

どうしてこんなにも気になるのだろうか。

 

 すると、昼休みが終わるチャイムが鳴るも、私は授業を受ける気になれず。

次の授業はサボることに決めこんだ。どうせ、保健室にいると思ってるだろう。

実際途中から保健室に入れば問題はない。

 

 以前に誰にも知られていないって観伽ちゃんが教えてくれた

秘密の場所へと向かって私は歩き出した。あそこの一面の花畑に身を委ねれば

少しは気も紛れるだろう。

 

 携帯電話の時間を確認しながら、ゆっくりとベンチの上で横になる。花の香りと

風の心地よさで眠くなってしまうのをグッと堪えて目を開けて時間を潰した。

 

 予定より少し早めに保健室に向かった残りの時間を消費する。具合が悪くなると

決まって通る道である。たまに保健室から覗く元気の良い生徒を見ていると

羨ましいと思えることもあった。

 

 授業が終わるチャイムが鳴り響くと静かだった廊下が徐々に賑わっていくのを

感じた。近い子たちは帰宅をして、これからの子たちは部活を始める。

 そんな時間帯である。私は寄宿舎と部活があるが、部を作ったものとして

勝手に帰るのはあまりに身勝手だと感じるが、叶ちゃんにあんなことした後だから

ちょっと気まずい気持ちになる。

 

 保健室のベッドの中でそんなことを悶々と考えながら、仕方なしに上半身を起こす。

重たい足取りで教室に向かい、荷物を取りにいく。その間に、彼女と会うことはなく、

閑散とした教室内を眺めてから、荷物を持ってゆっくりと部室へ向かう。

 

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 窓から覗く外の景色を眺めながら歩いて、部室の前にたどり着く。時間的にそれなりに

面子が揃っていると予想されるので、あのことについて、誤解を解くチャンスだろう。

 

 私は気持ちを強く持って、部室の扉を思い切り開けた。すると、自分の想定を大きく

外すことになった。なぜか、それは部屋の中にいたのは叶ちゃんただ一人だったから。

 

 かといって、私は表にあまり出さないようにしているから。ちょっと震えた声で

いつものように叶ちゃんに声をかけた。

 

「熱心だね、他のみんなは?」

「あ、先輩。なんだか他の先輩方は用事があるとかですぐ出ていっちゃいました」

 

「あ、そうなんだ・・・」

「それにしても観伽のやつまで来ないとか・・・。どこでサボってるんだか」

 

 何だか普通の用事じゃなさそうに感じた。意図して二人きりにさせようと

するように思えた。だけど、そんなことをして彼女たちにメリットはあるのだろうか。

 

 そう考えていた傍らで叶ちゃんは机に齧りつくように何かを集中して書いていた。

 

「何を書いてるの?」

「あ、まだ見せませんよ〜」

 

 私との合作にすると言ってからは、まだ何を書くか決まってはいなかったが

彼女の中では何か浮かんだものがあったのだろうか。

 

 何となく気になったのでこっそり後ろから覗いてみようかと思ったけど

さっきダメだと言われたばかりだったから、姿勢をやや屈んでから、思い直して

戻すが、気づかれたのか、ちょっとムッとしたような表情をしてから彼女は。

 

「ダメだって、言ったじゃないですか」

「ごめん」

 

「出来たら見せますから、それまで待っていてくれます?」

「え、ほんと!? それは嬉しいな」

 

 さっきまでの気まずい気持ちはどこへやら。本を読みながら和やかな会話が弾んで

心地よかった。

 

「そういえば、先輩のオススメの本とかあります?」

 

 室内にある大きめの本棚に手を伸ばしながら聞いてくる叶ちゃんに私は暗記している

本の名前を呟くと、彼女はそれを手にして、元にいた場所。私が座る目の前の

机に座って本を開くと、最初は目がキラキラしていたのがページが進むに連れて

唇に指を当てる仕草が現れ始めた。

 

 そういえば、あの本は恋愛ものがメインで、相手が寝ている時にキスをして

気持ちを胸に秘める女の子の話だったかしら。徐々に気まずくなる叶ちゃんの表情。

 

「あまり、合わなかったかな・・・?」

 

 と声をかけながら彼女の背後に回って文面をどの辺かを確認するために

簡単に読むと、生垣の影に隠れて人の視界から外れた場所でキスを交わす男女の姿

を表現している部分で、私は思わず叶ちゃんにしようとしたことそっくりで

びっくりした。

 

 こんな表現があったかしら。けっこう読みつくしたはずなのに、部分的には

覚えていられないものであった。

 叶ちゃんと同じように固まってほぼ同時に口元に手を当てる仕草をしたのを

咄嗟に振り返った叶ちゃんに見られた。その後、私も急ぐように謝罪の言葉を

口にした。

 

 だが、発せられたその言葉は同じ言葉を重なるように自分の耳に聞こえてきた。

それは叶ちゃんも同じだったようでお互い、見つめあうようにして驚いた。

 

『え?』

 

 またも重なる二人の言葉。それは被ったことよりも、お互い、相手がなんでそんな

言葉を呟くのか理解できないといった感じに近いのかもしれない。

 

「先輩・・・どうして?」

「あの・・・さっきの昼間のことで・・・叶ちゃんが気持ち悪い思いしてないかなって

思って」

 

 普通に考えたら女の子同士でするというのは気持ち悪いという世間の認識が

当たり前のように私の中で存在していて、そういう言葉を出させた。

 

 しかし、彼女は少し怒るような顔をして、首を力強く横に振った。

 

「そんなことないです!」

「!?」

 

 今まで私にあまり見せたことがなかった力強く、大きな声に私は驚きの声を上げると。

後々私がもっと驚くような言葉を彼女の口から発せられた。

 

「嫌なわけがないです・・・。だって、最初にしたの・・・私なので」

「・・・」

 

「先輩が熱でうなされていた、あの日。私、先輩の濡れた唇を見て・・・つい」

「・・・ん!?」

 

 まったく記憶にない、私は頭の中の記憶をかき回すようにして探していた。

熱が出て寝ていたのは知っているが、その肝心なとこの記憶が一切失われていた。

いや、正確には非常にうろ覚えとでも言おうか。少しずつ思い出していった。

 

 そういえば、酷く汗をかいてぼんやりした思考で扉が閉まる音が聞こえたような

気がした。そのちょっと前に、これまで私が気にしていた唇に何かが触れた感覚が

あった。

 

 もしかして、それは・・・。

 

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 私の表情が赤くなって強張るのを見た、叶ちゃんの表情が泣きそうになっているのを

見て、私は慌てて手を振った。

 

「ち、違うの」

 

 何が違うの?不意に自分自身に問いをかけられた。

 

これまで私が頑なに否定してきたことを今になって受け入れようというの?

 

 あれだけ、姉に酷いことをしたのを忘れてしまったの?

 

よくそんな勝手なことが言えるわね。

 

「し、失礼します・・・!」

 

 私の中の葛藤に時間をかけていたせいで、叶ちゃんを不安にさせたのか。

叶ちゃんは逃げ出すように私に背を向けて走り出そうとした。

 

 まるでこの瞬間だけスローモーションのようにゆっくりになって私の頭に

考えさせる時間を与えてくれる。いや、実際は時間がゆっくりになってるのではなくて

脳の処理が一時的に早くなっているのかもしれない。

 

 だけど、そんなことはどうでもよくて。この状況で叶ちゃんに逃げられたら

運動神経皆無な私に追いつけることなんてできるわけもなく。

 もう二度と私の前に来ないような気がする。

 

 そんなのは嫌だ。うだうだ考えているより、今目の前の大切なものを守るんだ。

 

 

 

思考より本能の力が上回り、廊下に出たばかりの叶ちゃんの腕を咄嗟につかんで

自分の力とは思えない勢いで叶ちゃんを抱き寄せた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 部室から少し走っただけでこのザマである。

それと、もう逃げられないようにすごい密着させているせいか、可愛い後輩は振り返る

ことも許されない状況にいた。

 

「せ、先輩。わかりました。もう逃げませんから離してください」

「あ、ごめん」

 

 言われて我に返り、抱きしめていた後輩を解放させた。掴んだ部分を軽くさすってから

少し赤らめた表情のまま、潤んだ瞳を私に向けて見上げてきた。

 

 まるで子犬が切なそうな表情で飼い主を見つめるような感じである。

可愛くて仕方が無い。今までにこういう感情を持ったことがないから、幸せの中でも

何だか戸惑いを隠せない。

 

「気持ち悪くないんですか?」

「そんなことないよ・・・。人が好きになるのに理由はいらないでしょ?」

 

 この言葉を昔の私に言い聞かせてやりたかった。こんな気持ちになることを

教えたかった。人生何があるかわからないものである。

 

 何かにすがるように見つめてくる、その子に不安を与えてはいけない、と。

私の本能がすかさずその言葉を口にする。矛盾していることを知りながら、だ。

 

「ですね・・・」

 

 叶ちゃんは律儀で丁寧で。その日何をしたのかを事細かく私に教えてくれた。

それを本人に告げるのは勇気がいるだろうに。涙さえ浮かびそうな表情で、懸命に

私へ伝えてくれる。気持ちを乗せて伝わってくる。嬉しい・・・嬉しいけど。

 

「ごめん・・・」

「わかってますよ。ただ、嫌われてなくてよかったって」

 

「違うの。結果は今すぐじゃなくて、暫く考えさせてほしいの」

「え・・・?」

 

「叶ちゃんと付き合うかどうか、まだ整理がつかないから。もう少しだけ。時間をください」

「・・・」

 

「あれ・・・?貴女が思ってる意味合いと違ったかな?」

「そ、そそそ、そんなことないですよ!そういう意味です!」

 

 珍しく私の中で動揺が見られて、不安な気持ちのまま叶ちゃんに聞くと

最初、ぼ〜っとしていた叶ちゃんは私のもう一つの言葉に慌てて否定をして、

私が聞いた内容に肯定した。違っていなかったようで安心した。

 

 何だか、一つのことでずっともやもやしていて、話し合うとあっさりと

問題が一段落できたことで、長く引きずっていたことに対して思わず笑いがこみ上げる。

それは私だけでなく、叶ちゃんもそうだったようで、二人でしばらく笑いあう。

 

 二人きりの部室。長い間、このことで話あっていたと思えないほど時間の経過は

遅くて、ここまでのやりとりで1時間ほどしか経っていなかった。

 とりあえず、今はこの距離感が心地良いからこのままでいたい。それが本心だった。

近すぎず遠すぎず、ちょうどいい塩梅。うん、これって良いと思う。

 

 そのまま窓枠の段差に腰を降ろしてほどよい日差しを受けながら話を始める。

昔の話だったり、友達の話だったり。そうしているうちに背中に受ける日差しの色が

若干変わったような気がして、振り返ると夕日が私達を照らしていて、

叶ちゃんの顔色が少し前にあった赤っぽさになっていたが、

これはただ夕日に照らされただけの色。

 

 もうそんな時間になっていたのか。

 

 これだけ話したのは久しぶり、いや・・・。初めてのことじゃなかろうか。

私と叶ちゃんは向かう場所は同じなので先に座っていた場所から離れて振り返りざまに

手を伸ばした。

 

「さっ、帰ろうか」

「はい・・・!」

 

 叶ちゃんの手を取って歩き出す。小さい手からは想像できないほど力強さを

感じる。温もりと柔らかさを感じる。今までに体験したことがない感覚が一気に

走りぬけるようで、新鮮な気持ちである。そして、少しこそばゆい。

 

 寄宿舎までの距離が少し遠く感じたことも、今日の道のりはあっという間で。

すぐに私の部屋までたどり着いた。本当は叶ちゃんの部屋まで送っていこうと

思ったんだけど。叶ちゃんがどうしても譲らずに私が折れることに。

 

 もやもやしていた心はむずむずして。叶ちゃんと別れて私は部屋に戻る。

何だか気だるくて、そのままベッドの上に横たわって照明と視界の間に手を差す。

また違った気持ちで心から離れなくて。でも、悩んでいた時と違って

スッキリした気持ちでいた。

 

 目蓋を閉じると彼女の笑顔が声が焼きついて離れない。

 

 こんな気持ちの良い気分は生まれて初めてだった。

 

説明
叶の気持ちと雪乃の気持ちが交差して関係がどう変わって
いくのか、それとも変わらないのか、そんな状況を長ったらしく
書いた代物です。はい。←
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双子物語 百合 高校生 澤田雪乃 ほのぼの 微シリアス 

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