てんぺすと!「白夜の帰宅難民事件」その2
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征暦2010年の日本には、吸血鬼や狼男や妖精が、人間や人造人間にまぎれて人知れず暮らしている。それは日本に限ったことではなく、世界中に、いや、人間が認識していない位相にも、そうした人外、人間が「征」暦を定めてから亜人(アストラル)の蔑称で呼んで蹴散らしてきた存在が息づいているのである。人間とアストラルの間には、人間原理主義と人間排斥主義、そして共生主義の3派がおおまかに存在しており、それは各地で明に暗に軋轢を起こしながら均衡を保ってきた。

日本の首都、東京郊外に吸血鬼を中心にアストラルが集まる「てんぺすとらうんじ」という喫茶店がある。

マスターは東雲業汰(しののめ・ごうた)とその妻である絆である。この二人もまたアストラルに部類される生命体であるが、もともとは人間、しかもアストラルを討伐する集団の中心人物であったという奇妙な出自をもっている。人間とアストラルが起こす問題とその解決は、常に水面下で処理され、普通に生活をしている人間は吸血鬼や狼男のことはやはり、オカルト程度に考えているのが常である。東雲・浦戸・神羅の三家は、人間とアストラルの接点で生じた問題を解決するだけでなく隠蔽し、時には両者の関係を形成してきたのである。そして今は、「てんぺすとらうんじ」がその活動の中心地となっているために、この喫茶店には人間やアストラルが集まってくるのである。

さまざまな人物が去来するこの店の常連に、今回の主人公である宮元茜という人間がいる。

都心から電車で1時間ほどかかる郊外のマンションの一室に宮元茜は住んでいる。1LDKにしては家賃はかなり安い。それというのも、立地が悪い。駅から歩いて30分弱、コンビニや大型店舗へも最短で10分以上かかる陸の孤島であり、しかも、数年前に連続して大掛かりな人死にが出た場所であった。自分以外の人間が大抵気に入らない茜は、周囲に学校や駅、大型店舗がなく、公共工事の予定地にもなっていない、それでいて平均年齢が高めの地域で、更に、何より人気のない場所を入念に捜索・選出してこの部屋を探し出した。

茜は編集者で自身でも記事を書くライターでもある。髪を切らずにほうっておいたことで伸び放題の長髪と引き締まった、というにはやや痩せた年齢・性別不明な容姿とメガネで和らいでいるものの、やや威圧的な鋭い眼が特徴的な28歳の引き篭もり予備軍である。

茜は自己愛の強い、ふてぶてしいまでに前向きで自意識過剰な人格を持っていた。

結論から言えば、そうした性質が茜を引き篭もらせようとしていた。道ですれ違う人間の目線や漏れ聞こえる話し声、笑い声が気になって仕方がない。路上ですれ違う人間の目つきがことごとく気に食わない。電車に乗れば誰かの嘲笑を受けているような気がする。何も悪いことをしていないのに、このいたたまれない感じは何であろう。茜は下を向いて人とすれ違わねばならない世間を嫌悪し憎悪していた。

茜の部屋の中にはアニメのロボットを中心にプラモデルやガレージキット、フィギュアがあたかも円形闘技場の観覧席のように飾られている。そのジャンルもモチーフとなっている作品の発表年代もまちまちで、SF漫画の登場ロボットから美少女ゲームのヒロインまで多岐にわたっている。この雑多は茜がカッコイイと思ったものを片っ端から買い集めていることと、可動品にこだわっているためである。

これらのコレクションから見るべき茜の精神性の偏差は、茜がおもちゃ好きである、ということよりむしろ、人間に興味がない、ということである。茜は美少女フィギュアに関しても、ロボットフィギュアやガレージキットと同じ感性で判断していた。全ては意匠の問題。人間にしても自動車にしても同じモノでしかなかない。それは全てをモノとして見るということではなく、人間という存在にあらゆる意味で執着しないこともあれば、無機物や動植物に対してもいささか感傷的過ぎるシンパシーを抱いてしまったりすることもある。そうしたズレを茜は自覚していたが、それこそが正しい感性のあり方である、と、茜は思っていた。茜はこうした齟齬や軋轢に際して、自身にささいな問題意識を抱くことこそあれ、自身のあり方を是正したり周囲にあわせる為に妥協しようとは思わない。それが問題であることを気づきこそすれ、そこで妥協をすることこそ、茜にとっての悪であった。

そんなズレに生き辛さ、まるで宇宙空間のような息苦しさを感じていた12年前、16歳の冬の朝。布団の中で包まっていた茜は、そこが完璧な空間に思えた。この暖かく、居心地の良い場所で生きていけないものだろうかと思いながら、なんとなく、この布団がコクピットになっている巨大ロボットでもあれば、それで便利屋でも傭兵でもやって生きて生きたいなどと、しょうもないことを考えるのが、寝る前と起き抜けに何度と無く繰り返してきた茜の一人遊びなのだが、この朝、茜は思いついたのである。この居心地の良い空間をなんとか実現できないものか。そう、自室くらいに。どこかに部屋を探して、そこで、居心地の良いコクピットの中で生活していくことはできないだろうか。16歳だった茜は、今から死に物狂いでまい進すれば、この目標を達成出来るのではないか、そう思ったのである。

もちろん、それを引き篭もりと呼ぶのだということは茜にも解っている。

しかし、引き篭もりが問題となるのは、突き詰めればその先に将来が期待できないという一点につきる。つまり、自宅に篭ったままで生活費を得ることが出来れば、生きていくことが出来れば、誰に文句を言われることもなく布団の中に居られるのではないか。以来、「持続可能な引きこもり」を心に刻み込んで、飲食店のアルバイト、販売員、営業、工事現場での肉体労働、塾講師などをしながら一人暮らしを始め、大学を卒業して就職して、一生家の中で生きていけるように資金や人間関係や住環境を調えていったのである。

12年の歳月をついやして、理想的な立地のマンションを見つけ、在宅で出来る仕事と肩書きを得て、そして通信販売で生活用品や食品を購入できる環境が調えられた。部屋の中は生活しやすいように全ての家具や道具が整頓され、その中で心身ともに健全に引きこもっていくためのあらゆる手段が講じられた。茜にとって、家の外は宇宙空間のような非可住空間であり、家の中は宇宙船である。茜は12年かけて宇宙船を建造し、そこで生活していく術を得たが、その最終目標は一軒家を持つことであり、それは宇宙船ではなく宇宙ステーションを建造するようなもので、この非可住空間に自分の居場所を確保するということに他ならなかった。

本編では、この気難しい宇宙飛行士である宮元茜が、宇宙ステーションを建造するまでの出来事を物語っていくことにする。

 

これまでのあらすじ

2009年12月31日、「てんぺすとらうんじ」で催された忘年会から帰ってきた時点で、茜の引き篭もり宇宙船は完成、出航したはずであった。

2010年1月9日

朝4時50分、寝床から起き出した茜は窓を開ける。真っ暗な空間から網戸越しに冗談みたいに冷たい空気が流れ込んでくる。よどんだ空気を換気し、眠気をこじ開けて一日を自律的に開始するための儀式である。この時間帯だと、窓を開けても不愉快な音は入ってこない、静寂と清涼とを存分に感じることが出来る。そのままラジオをつけて、ニュースと健康情報とが中心の朝ワイドの番組を聞きながら歯を磨き、顔を洗って、寝るときは下着だけを着けている茜は服を着る。

5時半前にお湯を沸かしながら、今日のスケジュールを確認する。

キッチンにある椅子に座ってボーっとしながら新聞を読みつつラジオを聴きつつ、今日の予定をシュミレートする時間を茜は気に入っていた。

「いやー朝の空気は清々しい!生き返るようじゃー・・・・死んでおるけどなって、殺す気か!」

 

ピシャッと音を立てて窓が閉められた。

静寂と平穏を破壊する声はあろうことか部屋の中から発せられている。

声の主は、窓の近くで恨めしげに茜を睨んでいる。

身長は茜より少し低い160センチくらいだろうか、金髪に真っ白な肌をした華奢なその少女は、スラックスとトレーナーを着ている家主とは対照的に、いかにも高そうなナイトガウンを身に着けて、真っ赤なスリッパを、これは先日、土足で部屋を歩いたところを茜にシバキ倒されたからである、パタパタいわせながら茜に詰め寄る。

「茜よ、我輩は吸血鬼だと何度言ったら解ってもらえるのじゃ?!日光浴びたら燃えてしまうのだぞ?!」

吸血鬼を自称するこの少女は半ば呆れた様に糾弾しながら、言い終わらないうちに茜の前をちょこちょこ通り過ぎて冷蔵庫を物色し始めた。茜はテーブルにおいてあったハリセンを持ち出すと、何も言わずに少女の後頭部を引っぱたいた。堂磨和紙という特殊な和紙で作られたハリセンは、アストラルにたいして絶大な効果を発揮する。

「あぅぅ・・・何をするぅー・・・のじゃ・・・」

冷蔵庫につんのめったまま力無く呻く吸血鬼を尻目に、茜はラジオで天気予報を確認しつつ、窓越しに空を見る。

「言っただろ、引き篭もりが健康的に生きていくには、体内時計を更新していかないとマズイの。朝は空気を入れ替えて、朝日を浴びる。これでうっかり二度寝なんかして昼夜逆転してみろ?そのままグダグダで生産性にかける日々を送る羽目になるんだ。それと、人の家の冷蔵庫を漁るのはやめろって言ったろ?お前が来てから食費の計算が狂いっぱなしなんだ。」

茜はパソコンを起動させてスーパーマーケットのネット通販サイトを開いて、営業日を確認すると注文作業を始める。一週間分のレシピや経費を計算しながら注文を考える。メモをとりながら、少女に向かって話しかける。

「それと、今日は一日雨だな。市役所行って住民票取りに行くぞ。」

「おー、やっとか!」

言いながら、少女は昨日の残りのカレーをレンジで温めていた。

少女の名前はミルフィーユ・ミルオート・ラザニエ9世。10代くらいに見えるものの、19世紀末から生きている大吸血鬼としてアストラルの中で知られている。しかしこの、東雲・浦戸・神羅の壊滅による混乱を監視すべく、イギリスから来日してきた吸血鬼の女王にまったく威厳を感じないのは、日本のアニメや漫画を満喫すべく来たというのが、彼女の本音だからである。

てんぺすとらうんじの常連客である黒井睦(くろい・むつ)によって日本に招かれたミルフは、潜伏先として東雲業汰と東雲絆の元に出入りする茜の家に転がり込んだのだ。と、いうのも、数週間にわたる観察の末、日がな一日家に引き篭もり、昼夜の逆転した茜を見て吸血鬼と勘違いしてしまったことと、その住居にゲームとコミックスがあり、ケーブルテレビが引いてあったことによるのだが・・・。

こうして、宇宙船に潜伏していた吸血鬼と茜が遭遇したのが1月1日、つまり初日からエイリアンに侵入されてしまったわけだが、東雲業汰と黒井睦からの依頼と援助もあって、茜はミルフィーユを家に置くことになったのである。

東雲業汰によってミルフィーユの住民登録を依頼された茜は市役所へ行こうと思ったが、吸血鬼であるミルフィーユは日光を浴びると燃えてしまうために、日中に出歩けず、また、茜自身も極力人に会いたくないため、検討の結果、雨天の日にタクシーを使っていくことにして雨待ちをしていたところ、ついに2010年最初の雨が降ったのである。

ミルフィーユの住民登録は、彼女が人間として生きていくための便宜であるが、もう一方で、ミルフィーユ自身も別の思惑があって、それがまた別のトラブルを引き起こすのであるが、詳細は後に譲って物語を始めることにする。

 

 

 

 

午後3時

雨はまだ止む気配が無く、降り続いている。ニュースでは夜には雪に化けるかもしれないらしい。そうなったら移動手段の面で非常にまずいことになる。途中で晴れ間が除かないことを、一刻も早く日が落ちてくれることを願いながら、到着したタクシーに乗り込んだ。

ミルフィーユは白と黒とを交互に積層した特注のフード付きコートとロングブーツを身に着けていた。曰く、これである程度の日光を吸収できるということである。サングラスも持っているが、茜に爆笑されたために却下となった。10分ほどで市庁舎についた。去年移転して新築された市庁舎は、税金の使い道を心配したくなるくらいエレガントなガラス張りの建物になっていた。ガラス張りの市庁舎はタクシー乗り場からでも中が伺える。中に入ると、雨だというのに照明に頼らないで明るさが確保できるようだ。これで晴れていればさぞかし気持ちのいい光にあふれただろう。ちょっと惜しいと思いつつ、あっちこち見て回るミルフを尻目に茜は背筋が凍るような感触を覚えた。

事前に問い合わせてそろえた必要書類や印鑑の類を携えて受付へ向かう。

市役所の受付はどこで何ができるのか良くわからないので、茜はとりあえず手近な窓口で場所を聞き、そのまま案内してもらった。所定の窓口にたどり着くと、順番を待って、書類を提出して手続きが終わったのは午後5時を過ぎて午後6時にかかる頃だった。周囲は既に暗くなっている。ミルフィーユはその間に2回間食をとっていたが、ついに我慢の限界を迎えたらしく、吸血によって空腹を満たす前にどこかで外食をすることになった。

「おー!外食かー!何にするかのぅ!寿司か?てんぷらか?ラーメンか?楽しみじゃのぅ♪・・・・ってアッッツ!?」

ミルフは小走りで通路を進んだが、すぐに立ち止まって、というより緊急停止をして叫んだ。ツインテールにした金髪の先が煙をあげてくすぶっている。

ガラス張りの外壁から、溢れんばかりの日の光が差し込んでいたのである。

「晴れた・・・でも、なんだ?もう6時だぞ・・・・?」

ピーカンの、雲ひとつ無い、抜けるような青空。非常識なことに、その中心には太陽が南中し、容赦なく輝いている。茜とミルフは、何が起きたのか考えるよりも先に、退路が断たれたことを理解した。

市庁舎の閉館は正月営業中なのか午後7時。あと1時間以内に、ここを出ないとならない。

施設中心部の業務用階段を使えば日の光を浴びずに一階へ降りられる。降りられるが、一階の通用口から出口に出るまでにはどうしたってガラス越しに差し込んだ光を浴びる羽目になる。しかも、建物の設計が特殊で、どこにいても必ず二方向以上から光が差し込むようになっている。つまり、日が落ちない限り、ミルフを市庁舎から出すことは出来ない。かといって、あと1時間経てば、日が落ちようが暮れようが、ここを出なければならない。茜はミルフに姿を消せるか聞いてみたが、答えは芳しくなかった。

「さて・・・どうする・・・・?」

「茜よ、ケーブルテレビの録画操作はここからでは出来ないのか?見たい番組があったのじゃが・・・。」

茜は頭を抱えていた。

 

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市庁舎の天井は必要以上に高い。それは光を最大限に取り入れるためであるが、その高い天井が通行に辛い、広さの割りに窮屈なつくりになっているこの建物の圧迫感を和らげている。

 

更に、各フロアはそれぞれ異なった形をしていて、上の階から光が入るようになっている。外見は近代化されたガラスの城といった感じで、さしたる娯楽施設も無いこの街では用事も無いのに市庁舎を訪れる市民や観光客もいるくらいであり、特に、一階に併設されている食堂は大人気で、子どもから大人まで数多くの人が訪れるのだが、悪戯に市役所を訪れる人間に苛々を募らせる人間もまた、職員・利用者を問わず数多く居る。

 

しかし、デザイナーが辣腕を振るった施設というのが大体そうであるように、デザイナーが中途半端な自己満足と我を通して作ったこの市庁舎は妙なところに柱があったり、見栄えを優先したフローリングの床がカツカツと音を立てて待ち時間に苛立つ利用者の神経を更に逆撫でしてみたり、死角が多いためか市庁舎での痴漢とカツ上げと盗難は開館してから月平均で二桁に行きかけている。

 

新聞や雑誌テレビに取り上げられることも多い、いわばデザイナー市庁舎だが、職員や出入りの業者からは諸悪の根源であるという腐れ女デザイナーに対して殺意にも似た、というか殆ど悲鳴に近い文句が出ていた。

 

茜はその悲鳴を市役所の職員であり、中学高校の同級生だった友人「田上静寂(たがみ・しじま)」から聞き及んでいたが、実際に来てみて「なるほど」と思った。基本的に、役所というのは市民がイヤイヤ来るところである。そんな場所に賢そうな中学生がギャーギャー喋りながら入ってきてうろちょろしたり、座り込んで騒いでいたりするのは信じられない光景であり、苦痛そのものであったし、若い親が幼児を放し飼いにするのも癇に障った。行き掛けに階段の影で中学生がガラの悪いお兄さんにお子遣いをあげていたし、無造作に置かれた上着とカバンを引っつかんで階段に向かって歩いていった中年男性を見送った後、のらりくらり帰ってきた持ち主が顔を真っ青にして職員を探して食らいついてた。

 

どうも、ガラス張りにして見通しがよくなったことで治安が悪くなったか、日の光に照らされたのはこの街の市民の本性であったようである。茜はつくずく嫌になったが、どこあでほくそ笑んでいた。そうそう、そうなる筈なのだ。それでいいのだ。そんなものなのだ。お前たちは間違っているのだから、と。

ビカーーーーーーッ!っと、音の聞こえてきそうな直射日光が降り注いでいる。午後6時を過ぎて、7時が近い。季節は1月だが、太陽は南中している。冷静に考えれば大事件なのであるが、今の茜とミルフにはそれどころではなかった。

茜は、眉間にしわを寄せてツカツカと市庁舎を歩いている。手にはフロアマップ、目線は上下している。不審者だと思われたか、単に不気味だと思われたか、不必要に道をあけられているのを感じて、茜は更に不愉快になったが、今はそれどころではない。日光に曝されたミルフの髪の毛は少しだが燃えていた。大事にならなかったのは、燃え尽きたからだ。一瞬で。これをまともに浴びればどうなるか・・・超ピンポイントのSOL狙撃のようなものであろうか・・・茜はマニアックな危機意識を募らせながら、足元を見る。影が出来ていた。

「くそ、このルートも駄目なのか・・・!」

茜は、完全に日光が遮断されている業務用階段にミルフを待たせて、階段のドアから日光を避けてタクシー乗り場まで辿り着くルートを探していた。見分け方は色々あるが、とりあえず、足元に自分の影が出来てしまうようでは話にならなかった。日が出るまでは上機嫌であったミルフは、何か呪いじみたうなり声を上げて業務用階段で待機している。この建物で日陰を探すのは非常に難しいことであった。

閉館時間は7時、もう残り10分をきっていた。

ミルフが持ってきた傘は少し前の美少女魔女っ子アニメ『スプラッターだね!ミンチボールちゃん』の痛傘であったが、ビニールのような透明な素材にイラストがプリントされているためにSOLの前では日傘の役割は果たさない。そして、少しでも日光を浴びればどうなるかわかったものではないので、吸血鬼の女王に「すごいはやさで走れば大丈夫だ。」とも言い出せなかった。立地の悪いこの市庁舎は近くに商店街や大型店舗が無いために、ミルフの素肌をカバーできるような衣類やマスクなどを買い求めることは時間的に不可能である。

後ろで舌打ちをしながら中学生らしきグループが通り過ぎて言った。被害妄想を爆発させた茜は八つ当たり気味に睨みつけ、理不尽な行動に出る見知らぬ青年に戸惑った中学生は足早にその場をやり過ごすと、距離をとってから何か文句を言っているようであったが、これは更に背後から来た声に消されて聞こえなかった。

「宮元か?珍しいな!」

田上静寂(たがみ・しじま)。

身長は茜より少し高い170センチ強、筋肉質のがっちりとした体格に、細いく鋭い眼、薄い唇に口は不愉快と無表情を足して2で割ったような微妙な笑みをうかべ、角刈りに近い短髪に銀縁メガネ、太い眉毛にこめかみから眉間にかけて発達した筋肉が公務員とは思えない形相を形作っているものの、列記とした常識人であり、学生時代は生徒会に所属していたような堅物である彼は、この市役所で働く市職員であり、茜の数少ない知己の一人である。なるほど、中学生が黙って逃げ出すわけである。知り合いでなければ近づきたくないタイプの外見とオーラを持っている。

これぞ天恵。茜は思った。静寂に頼めば、日が落ちるまでミルフを置いておけるかもしれない。茜は静寂に貸しがあった。二人が大学生であった時に巻き込まれた天使教事件にまつわる茜の貢献は、今の静寂にとって無くてはならないものを齎していた。ここでは詳しく触れないが、その異常な事件は当事者に多少の非日常を許容させてさしまうだけの衝撃を与えていたのだ、と、茜はすがるように確信して、静寂をミルフの元へ案内した。

「吸血鬼だって?正気か茜?」

静寂は訝しげな表情で聞き返す。証拠と、自体の逼迫を手短に伝えるために、ミルフに頼んでその頭髪を得た茜は静寂に一本渡して非常階段を出た。

「うぉっ!?・・・・マジか?」

「騒がしい奴だな。こういうことだよ。吸血鬼は日光に焼かれるんだ。」

「はぁ・・・天使の次は吸血鬼かよ。まったく、発(はじめ)にも見せてやりてーな。」

「今度ウチに来いよ。四次元棺桶に住んでるんだぜ?」

「そりゃいい。ネコ型ロボットみたいだな。ってお前引き篭もってるんだろ?年賀状見たぜ?なんでこんなところにいるんだよ?まだ引き篭もり税とかなかったと思うけど。」

「んなもんリア充からとれ重税を。忘年会の後、元旦の初日からミルフ(あいつ)が転がり込んでさ、良い迷惑だよ。」

「お前もトラブルを呼び込む体質だったか。残念な人生だな。同情するぜ。」

「ふん、その発(トラブルメーカー)と結婚した奴に言われたくねぇな。・・・天使と吸血鬼って仲悪いのかな?」

「どうだろうなぁ・・・まぁ、お前んところのは貴婦人っぽくてイイじゃねぇか。うちのは俗っぽくてさぁ、ありがたみとか、ディヴァインな感じっていうの?自称天使だからあれだけど、そういう超越的なのが無くてさぁ。」

「実際にあってみりゃそんなもんだろ。あくまで自称だし。その点、ミルフは本物さ。大怪我しても直るし、日の光で燃えるし。」

「確かになー。工藤姉に知られたらまた厄介ごとに巻き込まれそうだ。ちょうどいい、お前らは二人で引き篭もってろ・・・ついた。」

無駄話をしながら、二人は地下倉庫にやってきた。そこから、台車を出して、上に使っていないコンテナを載せ、コンテナのふたをあけて中がカラであることを確認して銀色のカバーと固定用のロープを放り込んで、業務用エレベーターに乗って一階のフロアに出た。7時30分を過ぎていて、フロアは閑散としていたが、太陽は健在であった。「どうなってんだろうな。」静寂がつぶやいたが、そんなこと解る分けないので茜は相槌を打つにとどめた。

「ぬぬぅ・・・これは風情の無い棺桶じゃのぅ・・・」

流石にミルフは不満そうだったが、時間も無いので無理やり放り込まれた。「これがホントの箱入りむ バタンッ!茜と静寂は乱暴に蓋を閉めると無表情にカバーをかけてワイヤーで固定した。

「で・・・これどうすんの?静寂。」

「どうするって、お前の家まで運ぶんだよ。」

「バカじゃねーのか?こんなもん家まで運べるわけねーだろ?人間一人余裕ではいるコンテナなんて余裕で乗車拒否だろ?トラック使わなきゃ無理だろ!」

「んー、鵺野に電話してみるか・・・」

「鵺野?あー、あいつなら葬儀屋の知り合い多そうだもんな。」

「・・・・留守電。」

「あいつを捕まえるのは金属質のスライムを倒すくらい難しいだろ・・・業務用の車貸せよ静寂。」

「あ、鵺野?市ね。・・・と。バカ、申請が必要になるだろ。なんて説明するんだこの状況。」

「日光を浴びると燃える人間を運んだ。人助けだよ?さっき住民登録したから市民救済じゃないですか。お仕事ですよ、俺たち納税者だよ?」

「つけあがってんじゃねーよ、市民の財産である車と職員としてのオレは、お前の個人的な欲求を満たすためにおいそれと使われないんだよ。」

「屁理屈だな。もういいよ車の宛てがあるから。」

「なんだつまらん。燃える箱を担いで燃える引き篭もりを見たかったのに。」

「お前いい奴だな。死んじまえ。・・・・あ、業汰さん?宮元です・・・それが、今市庁舎なんですけど、ええ、住民票とってきまして、ええ、ええ・・・・それで、この太陽、見てます?そう、そうです・・・ミルフが出られなくなっちまいまして・・・なんとか外に出す手段は整ったんですが、運送手段が無いんですよ。それで、お店の車出せませんかね?」

『んー、僕も太陽得意じゃないんだよねー。絆は絶対駄目だし。っていうと・・・そうだ、屈木クンに迎えに行かせるよ。20分くらいで着くと思うけど、待てるかい?』

「助かります。市の職員に知り合いがいまして、少しは置いて貰えそうなんで・・・ええ、ええ・・・いや、助かりました。それじゃまた、家についてから電話します。そうですね、ちょっとこの晴れ方も気になりますし・・・え?」

『そうなんだよね。真冬の午後7時に太陽が南中ってさ、ちょっと普通じゃないんだよ。それにね、いま、真昼間なの、この街の辺りだけなんだ、知ってた?』

「・・・いや・・・それって、どういうことですか?」

『彼女の髪を燃やしたというなら、その日光は本物と考えても差し支えないだろうさ。でも、この状況は作り物・・・そういう環境を再現するヤツが近くにいるのかもね・・・僕の与り知らない異能者が、この街に来ているってこと。それもかなり強力だねぇ・・・これは面倒だよ、太陽がこんなに元気だと僕やミルフィーユじゃ手が出せそうに無い・・・いや、僕なら戦えるけど、かといって、草薙の剣(あんな物騒なもの)を使うわけにもいかないだろうし・・・そこで、君のところには僕の持ち駒の中から有力株を派遣しちゃうよ。詳しくは彼から聞いてね。』

「有力?あいつが?え・・・ああ、はい、それじゃ、後で・・・。」

「なんだよ、引き篭もりのお前に、俺たち以外の知り合いがいたのか。」

「いきつけの喫茶店のオーナーだよ。仕入れ用の車出して貰うことになった。あ、運転してくるの屈木だってよ。」

「屈木赫真(くつぎ・かくま)か。あいつとは久しぶりだなー。」

「ついでに送って貰えよ。お前の家も通り道だろ?」

「ん?そうだったな。そうするよ。準備してくるからここで待っててくれ。・・・そういうことだ、ミルフさん、助かりそうだぜ?」

「・・・・!・・・・!!!」

箱を中から蹴っ飛ばしているようであるが、まぁ、ブチ破らないんだから大した問題では無いんだろう、と、茜は判断して、自販機でジュースを買って啜っていた。

「ったく、年明け早々トラブル続きだ・・・。」

 

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茜は、物心ついた頃から他人といる事が楽しくなかった。

より正確に言えば、独りでいる時の楽しさを前者が凌駕し得なかったのである。つまらなかったわけではない。ただ、最も楽しい選択肢を選んだときは正解した、そうでなかった場合は間違った、と沙汰しむる精神上の難点、美称するならば求道の精神が茜には強く働いていた。おのずから、人といると間違うことが多い、と感じていた茜が間違い多きモノを人知れず人避け、見下していったのはその意味では自然ななりゆきであった。

そんな中、茜が厳選した知己が田上静寂(たがみ・しじま)と今こうして車を回してきた屈木赫真(くつぎ・かくま)であった。元来茜に似通った性質だった静寂はともかく、赫真は正反対の性格をしていた。筋骨隆々とした巨躯の持ち主であり、髪を赤く染めた赫真は、その外見からは到底想像つかないようなまともな精神の持ち主だった。さしたる思想も将来設計もなく、唯単に人助けをモットーとする人間、それが赫真だった。茜達ともに高校に通っていた頃から文武両道の体現者で、それでいて頭の中が空洞なのではないかというくらいに、いつでも豪快に笑っている赫真は、アルバイト漬けだった大学生活を終えるとそのまま数年傭兵をしていた。理由は、より難易度の高い困難を解決しにいくため、であり、それは壮行会に珍しく自発的に参加した茜を呆れさせた。それから度々、茜は彼からの手紙を仕事のネタにしていたが、戦地での活躍を聞きつけた東雲業汰によって見出され、その人間としての後継者に選ばれた。赫真は1年ほど前から帰国し、業汰の下でその後継者としての訓練を受けながらてんぺすとらうんじで働いているのである。アストラルという、人外の超常存在を相手に戦えと言われた時もまた、困っているなら俺がなんとかしよう、と、それだけの理由で引き受けたのである。自分の周りの問題を片端から解決していきたい、それが赫真の欲求であり生き方であった。自己を最優先する茜や静寂とは真逆であり、それでいて折々に交わる、不思議な縁がある。

「よし、それじゃ車出すぞ。静寂の家を経由して行けばいいんだな?」

バンにミルフを入れたコンテナを積み込んで遮光カーテンを準備すると、茜と静寂を乗せて赫真はアクセルを踏み込んだ。外見から想像もつかないくらいスムーズな発進。この男に粗暴の二文字だけは縁が無かったなと、茜は思い出す。

「赫真、コンテナの中身のことは聞いてるんだろ?」

助手席に乗った静寂が尋ねる。もし聞いてないならとんでもないことになる。

「吸血鬼の女王様だってな。二人には悪いけど、今の俺じゃー敵わねぇなー。箱の中からでも解るぜ?格が違うわ。」

「なんだ、業汰さんにはボコボコにされてたぞ?お前弱くなったのか?」

「はははは、かもしれねーなぁ。でもよ、それこそ業汰(ダンナ)は俺なんかとは次元が違うからなぁ。あの人は超つえーから。吸血鬼とか人間とか、種族っていうのかな、何ていうんだ、つぇートラとつぇーサルに対比すると核爆弾みたいなもんかな。」

「わけわかんねーよ。」

「そうか?日本語久しぶりだからなぁー、あははははは。」

「帰国してから一年以上たつだろ。まぁいいや。にしても、ボコボコにされたり日光で焼かれたりで虚弱体質かと思ったけど強かったんだな、ミルフィーユ?」

「ふん!わらわの偉大さを思い知ったか!阿呆共奴!!解ったら、さっさと家まで行ってこの屈辱的な箱から出してくれんかの。」

「ミルフィーユさん、あんまり暴れんでくださいよ?外はどピーカン、狭い車の中じゃマジで逃げ場無いんすよ?」

「・・・おぬしが赫真か、なるほどパラディンと比肩しても申し分ない力を持っておるようじゃ・・・茜も少しは精進せい。」

「いいんだよ、俺は。ひきこもりなんだから。」

「あ!お前そういえば何で外出てるんだよ!?去年の忘年会で引き篭もりが完成したとか言ってたじゃねーか?!」

赫真が今更驚いた。

「遅ぇな。初日からこいつに居つかれて引き篭もりどころか正月休みも無ぇよ。ったく何だってんだ・・・。」

「あー、まぁ暗くなんなよ。外を見てみな、ピーカンだよピーカン。1月にどピーカンの白夜って何か凄くね?ツイてるんじゃないか俺たち!?」

「それで困ってんだよ!黙って運転してろ、殺すぞバカ野郎!!」

「まぁそうカリカリすんなって。コレってあれだよ?すごいことだよ?だって、夜中に太陽が出ちゃったんだぜ?地域限定ってことは今上ってるのは偽太陽だが、それでも吸血鬼を燃やす力をもった偽太陽だ。そんな派手なまねができる奴がいるってことなんだが・・・ミルフィーユ嬢はともかく、このピーカン状態じゃ、東雲のダンナも姐さんも手が出せない。頼みの綱の黒井先生もこの前この街を出ちまった・・・これって結構大変なことなんじゃないか?」

「あー、またややこしい話か(汗。」

茜は頭を抱えた。

「こういう真似が出来る奴が悪い事をするようなら、当然止めたいんだけど・・・素敵な事に僕らにそれを阻止する力が無いんだよね、コレが。」

「情け無いのぅ・・・おぬしがその頼みの綱であろうに。まぁ、これは看過出来ないようじゃからの、必要とあらばこちらも増援を呼ぶとしよう。」

「偽太陽・・・・まさかなぁ・・・。」

茜は嫌な予感に苛まれながら、ダルくなったのでしばらく黙っていることにした。

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「しっかしのー、偽の太陽とは解せんのーー・・・。のー、茜?」

なんとか家に帰った後、ミルフィーユがアニメを見ている間に日は落ちて、もとい、偽太陽は姿を消して、ようやく相応の夜がやってきた。ミルフィーユはベランダの手すりに腰掛けて月を見上げながら足をばたつかせていた。本人曰く夕涼みということで、おそらく海外で仕立てたであろうズレた浴衣だか巫女服だか判別のつきかねる着物的なものを着て、真冬の夜空を見上げていたのだが、茜にとって、自分の部屋にミルフィーユがいることを知られるにしてはいささかマズイ方法であったのと、寒かったので一刻も早くやめてほしかった。

「英国淑女ってこんないいかたすんのか?まぁ、いい、淑女ってのは自分の部屋をよそ様に晒すもんなのか?あとあれだ、お前そこで足ばたばたやってるとパンツか見えるぞ?出前の岡持ちなんて今見なくてもいいだろ?夏に見ろそんなもん。」

カーテンを閉めながら言う茜はコートを羽織っている。寒かった。

「見るっつったら見るんじゃ。下着なんぞこの歳でいくら見られてもどうということはないわ。そもそもあれじゃ、こんな薄っぺらで脱げ易いものを着用しとる時点で何か間違っとるじゃろ?」

カーテンを開けながらミルフは返した。

「あぁ、おばあちゃんにはちょっと刺激的か?だがしかし、この国の女はミルフィーユの生まれた100年前には下着なんて着けてなかったんだ。それがクソガキまでパンティーを履いてやがる。下着のデザインは日々洗練されていったが、過去の下着がのこした女性のブラジャー跡のように、それは女性の本質とは無関係に発達していった節さえある。TバックやOバックのような非着用者の視座や用途に阿るようなものまで出てきた。いや、そもそも見えぬところでまで女は社会的認識において女足りえるのか?分かったものではない。そもそも、目当ての人間に見てもらうための下着であればこそ、それは着衣同様に観賞に主眼を置いた進歩をしてきた。それこそ、気持ちよく脱がされるための下着でさえあったと言っていい。それが、ヌーブラのような機能性を考えたブラジャーが出てきたり、ジーンズの上から見える、いや、見せる前提の下着さえ登場したのはたのはその意識がニーズに応えるというところから、着用者の自覚的な、自発的な着用の意思に沿ったものへのシフトがあったってことさ。尿漏れ云々を喧伝する女性用オムツのCMだって俺が生まれた頃からその存在意義を皮肉るかのように垂れ流しだ。それでいて、着用者たる女の自意識の実情は、見られたい人からの見られたい角度の視線以外をことごとく忌避し警戒するという矛盾に満ちた陳列意識を持っている。脱がされるための下着から、21世紀に入ってようやく着けるための下着になったってことだよ。西洋化の流れの中で東洋のメス猿が形だけ真似た下着がようやく身についてきた、女が自発的に下着をつける時代にったってことだ。どうだい、大和撫子の貞操の進歩たるや今や目を見張るばかりじゃないか。」

「なんだ、下着が見たいのか?素直にそう言え、変態め。しかしながら、まぁ、このしち面倒くさい上に着づらい形の衣類も、当代の男の視線を前提にした女の物欲に応じておる、という意味では男を前提とした品物であると言うことも出来そうだな。そうかそうか、茜は下着フェチであったか。」

「見たくねーし、違うから。そろそろ来るんじゃないか?」

「むむ、スーパーカブのモーター音を拾えばいいんじゃな?えぇと・・・これか・・・ふむふむ・・・。」

ミルフは手元のウォークマンに落としたモーター音をイヤフォンで聞いて、その鋭敏な聴覚でもって接近してくる岡持ちを察知しようと耳を澄ました。

「人間離れしてんなぁ・・・ってまぁ当然といえば当然か。さて、俺は原稿を・・・。」

「・・・・茜よ、少年の悲鳴が聞こえたんじゃが・・・これどうしたもんかの?」

「少年?放っとけ。基本、手を出さないんだろ?気になるなら業汰さんところか、警察に通報しとけば充分だろうよ。」

「むー、淡白な奴じゃのー。そもそも最近の若いモンは問題に対して・・・・ん?この音は・・・・。茜よ、ケータイ貸してたも。」

「なんだそりゃ、だんだん無理が出てきてないか??」

茜が携帯電話を投げてよこすと、それをしげしげと見つめながら東雲業汰への連絡の準備をしたミルフは顔をしかめてしばらく「音」に集中していた。

「・・・この音・・・に、少年の悲鳴・・・まさかのぅ・・・。」

そうこうしているうちに、インターフォンが出前の到着を知らせ、自らの迂闊さに地団駄を踏みつつ、帰りしなの岡持ちを見送っているミルフを尻目に、なぜだか必要以上に人前に出る羽目になった茜の1日は終わろうとしていた。出前はうな重。完全に贅沢品だが、貨物運搬用のコンテナにゆられて完全に機嫌を損ねたミルフを鎮めるには必要な犠牲であった。

「はぁ・・・年明け早々なんでこんな目に・・・あれ・・・なんだこれ?」

上機嫌でうな重を食べているミルフ。彼女がフォークを使っていることに若干苛立ちを隠しえない茜であったが、領収書と一緒に受け取ったチラシには、隣町にある動物園のチケットが入っていて、その内容は茜のうなぎやフォークにましてその興味を引いた。

「奇跡の珍獣?・・・ユニコーン・・・??不況とはいえ、また冒険したなぁ。どうすんだこれ?」

「なるほどのぅ・・・ふん、やはりそういうことであったか。茜よ、その動物園に行くぞ。」

「嫌だよ。俺引き篭もってるんだから。行きたけりゃ独りで行ってこい。」

「道が分からん。」

「タクシー使えよ。」

「また晴れたら?」

「こんどはコンテナを持参しろ。ソリッドはダンボールでも移動していたんだぞ?」

「もう良い!とりあえず電話を借りるぞ。ちょっとデリケートなことになりそうじゃなぁ・・・まぁよい、どの道魔王殿のところに沙汰を求むる問題になりそうじゃ。」

ミルフィーユはいそいそと電話帳をめくりだす。携帯にすりゃいいのに、こういうところは歳相応にアナログだなぁと、茜は思った。

「どうせ偽物だよ。経営に困って見世物小屋でもやろうっていうんだろ?」

「森の戦車を知らぬとは・・・まぁ、あれも時代とともに理解の変遷があわただしいからのぅ・・・ええと、東雲業汰は・・・これか。」

茜はやれやれ、と思いつつも、これ以上のトラブルが来ないことを祈って、食べ終えた重箱を流しに持っていった。

 

 

つづく

説明
帰れなくなってしまったミルフィーユと茜。進退窮まった茜は、知り合いに手を借りる事にする・・・。pixivに掲載したものに手を入れて転載していますが、今回から三人称に切り替わっています(汗。
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