てんぺすと!「一角獣事件」その1
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「ほぅほぅ・・・これが日本の動物園か。」

 

土砂降りの雨の中、ミルフィーユはレインコートに傘をもって久々の外を楽しんでいる。茜は既に傘が意味を成さない降りの雨にイラつきながら先を歩いていた。

 

「動物園は向こうにもあるだろ?」

 

「うむ。それで、ネコ耳娘はどこじゃ?妾(わらわ)は『綿の国星』のが見たいのぅ。」

 

「いねぇよ。デジ子もタルトも夏生もネコたーぼもリンプーもいねぇから。命がけで昼間っから来てんのになんで出だしからボケられるんだお前は!?」

 

「リンプーは違うじゃろ。トラじゃ、トラの人と書いてフーレンじゃ。ついでに、ネコた〜ぼはネコ型スーツじゃ。」

 

「細けぇなぁ。っつーか、動物機動隊なんて普通知らねぇだろ。ほら、あれがトラ・・・って、やる気ねぇなぁ、こっち向けよ!」

 

「長崎ちゃんぽんももっとるぞ。それにしても、茜は見事になめられとるのぅ。ネコ科の動物は人間力を見抜くからのぅ・・・ほれ、妾に顔を見せてたも・・・たも?」

 

「アストラル(畜生)には興味が無ぇとよ。」

 

「違う・・・怯えておるぞ・・・?」

 

「あぁ、血を吸われると思ったんじゃないか?」

 

「吸血鬼なぞ怖れるのか?そうは思えん・・・これ、貴様、何を怖れておる。」

 

「お、特殊能力か?」

 

「腹が減ったと・・・あぅぅぅっ・・・とぉぉっ!」

 

それはお前だろ!と突っ込む代わりにハリセンを入れる。いつもなら床に突っ伏すところだが、今回はすんでのところで留まった。

 

「ほぅ、流石に泥水に突っ伏すのはこらえたか。」

 

「わかってやっておるのか鬼畜め!!」

 

ミルフィーユは水溜りを避けながらパタパタと傘を拾いに行く。黙ってればレインコート萌えとか黄色長靴萌えになるのだろうか。白いレインコートには何故か感じで「乾坤一擲」「見敵必殺」と書いてある。茜はとても嫌な映画を思い出すので、この書き込みが酷く不愉快だった。

 

「冗談はさておき、どうもこの先にいるモノを怖れているらしい。どれ、これを使うとしよう。YOUシャンシャーンと振ったらリンプーみたいなトラ娘になればいいトウバンジャン、略してシャンリンジャン!じゃ。」

 

「お前80年代に一度日本に来てるだろ?っつーか最初のYOUは要らないだろ。」

 

「ま、まぁ良いではないか。この豆板醤を食べさせるとだな・・・ってこっち向け!この!!」

 

そもそも口をこちらに出さないトラに業を煮やしたミルフィーユが檻を壊そうとした。

 

「あ?!お前何やってんだ檻を壊すな!!!」

 

「むむぅ・・・生でトラっ娘を見たかったのぅ・・・」

 

「これオスじゃないか。変質者扱いされるだろ。」

 

「イケメンに限るがそれはそれで可じゃ。」

 

「はぁ・・・まぁいいや。それじゃ、見世物小屋に行ってみるか。」

 

「うむ。さっさと見て食事じゃ。」

 

 

市庁舎に行って、偽の太陽に出くわしてから10日が過ぎていた。

その間にも度々太陽は真夜中に南中し、ミルフィーユだけでなく、業汰らもその対応策と原因究明に頭を悩ませていた。同時に、主に小学生以下の男の子を狙った暴行事件が江府市均衡で数件連続して起こるようになっており、赫真と静寂、発たちもその調査に乗り出していた。

 

一方、家の外の事件に無視を決め込んでいた茜は、ミルフィーユに動物園に連れて行くようにせがまれて、降水量の問題で雪になりそこねた雨の降りしきる中、江府市郊外にある動物園「荒蕪山レジャーミュージアム」を訪れていた。動物園だけでなく、遊園地と博物館・美術館を併設した箱物行政と第三セクターを足してグリーンピアで煮しめたような代物であるが、空いていることと、施設がきれいであること、そしてライブラリや美術品のラインナップの妙から、茜はここを気に入っていた。

 

 

「ねぇママぁ、なんであそこに行っちゃ駄目なの?白いお馬さんかっこよかったのにぃ。」

 

見世物小屋へ向かう二人は、男の子とその母親らしき二人連れとすれ違った。

 

「お馬さんはまた今度見ましょうね。ズボンも換えないと・・・。」

 

「白いお馬さんズボン大好きなんだよー。この前学校で来たときも、色んなお友達のズボンなめてたんだよー。」

 

「・・・さ、早く新しいズボンとパンツ買いに行きましょうね。」

 

母親は明らかに訝しげな、半分恐そうな顔をして足早に通り過ぎていった。

 

「・・・・なんじゃ今の。」

 

「さぁ。子どもが好きなんだろ。最近の動物は客に懐くように仕込まれてるんだな。」

 

「ふむぅ、しかし茜よ、本物の一角獣(ユニコーン)なれば、これはただ事では無いぞ。」

 

「なんでだよ?」

 

「ユニコーンは本来、傲慢で好色で狡猾な、最低最悪な性格をした生き物じゃ。解りやすく言うと、エロくしたベジータじゃ。エロンハルト様じゃ。エロ・ウラキじゃ。」

 

「お前それ色んなところから怒られるぞ・・・。そんな危ないものを客寄せに出すわけねーだろ、ガチで契機悪いんだぞ?まぁ、多分ニセモノだよ。」

 

「だといいがな。とりあえず、確かめに行こうぞ。」

 

「おう。」

 

 

 

思った以上に、しっかりしたつくりの小屋の中へ入っていくと、殆ど真っ暗に近い特殊ガラスの小部屋の中に、まるで白く輝くように浮かび上がる一頭の白馬がいた。額からは青白い角を一本生やしている。幻想的で気高く、そしてなにより美しい。それはほとんどイメージ通りの一角獣であった。

 

「・・・角ですね。」

 

『・・・角じゃのう。』

 

「モノホンですか、アレ。」

 

『モノホンじゃのう、アレ。』

 

「・・・あの、このユニコーン、ホンモノなんですか?」

 

「はい。本場イギリスから連れてまいりました。ユニコーンのユニコちゃんです。子どもが大好きなんですよ。」

 

係員はニコニコしながら説明してくれた。

 

「・・・子どものズボンが?」

 

「あははは、お馬さんくすぐったいよぉ」

 

茜と係員の目の前で、ユニコーンは男の子の短パンをなめていた。なめていたというより「しゃぶりついてませんか?あれ・・・」「だ、大丈夫ですよ、多分ウマ科だから草食ですし、ユニコはメスですし・・・」「はは、よく、懐いてますね・・・」「え、ええ。ユニコは、本当に子どもが大好き・・・ちょっと、チーフ呼んできます!」

 

女性係員は走って奥の方へ行ってしまった。

 

「・・・で、お前はそこで何をしてるんだ?」

 

ミルフィーユは茜の陰に潜んでいた。隠れているわけではない。影の中にもぐっているのだ。吸血鬼の能力の一つ、潜影(ブラムストーキング)である。

 

『しっ!奴に聞かれる。妾がここにいることに気づかれたら警戒されてしまうじゃろう。』

 

『なんだよ、そんなに慎重に行かないと駄目なのか?』

 

『これが本物なら、偽の太陽の真相が解るやもしれぬ。茜よ、出来るだけ時間をかけてユニコーンを観察してたもれ・・・!』

 

『お・・・おう。』

 

二人はユニコーンを観察するだけして、天気が変わらないうちに帰っていった。

 

 

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真夜中なので当然といえばそれまでだが、通用口はかなり暗かった。動物園の中とはいえ、見世物小屋は動物園と併設の遊園地とのほぼ中間地点に位置しているために動物の気配がない代わりに、機械の作動音が低く響いていたが、その音は奇妙に篭って小屋の内側で反響していた。ミルフィーユの鋭敏な感覚器官には深い極まりないその廊下を、ミルフィーユに続いて茜は歩いていた。

 

「何だよ、妙に暗いな?」

 

「ユニコーンもまた日の光に弱い。日の光が洩れ入らぬようにこの小屋は細工されておるようじゃな。機密性が高いのじゃ。」

 

夜目が利くミルフィーユの足取りは平常そのものだが、茜はそうもいかない。暗さと不法侵入をしていることへの後ろ暗さから、どうにも落ちきを保てずにキョロキョロと回りに気を配る当人らしからぬ様をさらしていた。

 

「ん・・・なんか空気が淀んでないか?」

 

「・・・そうじゃのぅ、なにか邪な気が充満しておるような・・・なんじゃこの如何わしい気配は・・・?」

 

「まさか、ユニコーンを捕まえているやつが子ども捕まえてるんじゃねーだろうな?」

 

二人は、この動物園まで、見世物されるために囚われているユニコーンを救出しにきたのだった。

 

「うーん、そんなことを魔王殿が見過ごすかのう・・・。まぁ、心当たりがないでもないがな。それより茜、例の件、抜かりなく出来ておるな?」

 

「あー、もう30枚くらいバラ撒いたけど・・・こんなんで何か役に立つのか?」

 

「うむ。まさかの時に命を救ってくれるであろう。」

 

「・・・ショタっ子のイラストがか?本当かよ・・・っつーか、これ普通に捕まるんじゃねーか?猥褻図画頒布とかで。」

 

茜はここに至るまでにショタっ子のイラストを数十枚、園内にばら撒いていた。ミルフィーユの言いつけで仕方なくやったのであるが、冷静に考えれば不法侵入に続いて立派な犯罪行為である。

 

「大丈夫じゃ。多分。」

 

ミルフィーユはごそごそとかばんを探りながら答える。

 

「・・・独居房もある意味引きこもりだけどさ、究極の。」

 

「ああ、妾ったらまた人の子の夢を叶えてしまったのじゃ。この勢いでこの土留色の世の中を夢色に染めてやろうではないか♪」

 

ミルフィーユは一人で困ったようなそぶりをして悶絶したあと、かばんから何かを抜き放って一回転した。

 

「うわっ危ねぇ?!なんだこれ、どっから持ってきたんだ?!」

 

「魔法少女!魔法少女じゃ!!何を言っておる貴様日本人であろう?!知らないとはいわせぬぞ!!非国民はこれでも食らえ!!外道成仏攘夷選民神国隆盛国粋主義光線〜ッ!!!」

 

茜の鼻先で突然七色の光線が弾けて、安っぽい効果音が奏でられ『ゲシュタポゲシュタポルルルルル〜♪ダニ虫共はガス室送りにな〜れ♪』と、何かの台詞が揺らぎながら聞こえ、光の向こうで両手で十字を作ってドヤ顔をしているミルフィーユが見えた。

 

「馬鹿っ!人が来たらどうするんだよ消せ消せ!」

 

「なんじゃ、茜は『南部の外道エルリッヒ・カルトマン』を知らんのか?魔法少女マニアの間では反吐が出るようなドス黒い陰謀ネタで持ちきりじゃぞ?ちなみに今のボイスは第23話『春の町内大浄化祭り、愛と友情の鍵っ子十字路大作戦!』の回で親友でライバルの魔法使いバルトロメイと一度だけ使った愛と友情のツープラトンではないか!しかも演説とへたくそな絵を描く以外にいまいちキャラ付けが甘かったエルリッヒに催眠療法でツンデレ属性が芽生える神回じゃぞ?!お主はおたく失格じゃ!」

 

※当然ですがこんな危険なアニメは実在しません。

 

「黙ってろ腐れナチが。っつーかお前どっから来たんだ?(汗。」

 

「ふん、つまらんのぅ。この国は魔法少女の本場じゃ。このくらいのことは大目に見てもらいたいものじゃの。大体妾を見てみぃ、魔法使えるんじゃぞ?姿を変えることも出来る。リアル魔法少女ではないか?本国で見たときには震えたぞ、これぞ妾のためのアニメーションじゃ!とな。」

 

「後にしろ。よそでやれ。そして先ずそれしまえ。」

 

茜がステッキの光から勘でハリセンを叩き込むと、手ごたえのあとに「あぅぅ・・・」といううめき声が聞こえた。

 

「風流味の無いやつじゃのぅ・・・まったく、月夜の晩は魔法少女がよく似合うというじゃろう?」

 

「言わねーし、聞いたことねーよ。ほら、あそこじゃねーか?」

 

「うむ。いよいよご対面、白馬のお姫様を救出じゃな。」

 

「はぁ・・・人助けで終わるといいんだけど。」

 

通路の突き当たり、二人は扉を開けて中に入った。

 

 

部屋の中はさらに暗く、茜は目が暗闇になれるまで若干の間を要した。ミルフィーユはお構いなしに部屋の奥へ歩みを進めた。

 

「おい、あんまり先に行くなよ、見えないんだ。」

 

「・・・居ったぞ・・・ユニコーンじゃ・・・。」

 

茜は声のした方へ、何度か蹴躓きながら進むと、そこには一人の少女が鎖につながれていた。闇の中でぼんやりと浮かび上がるように白い肌と青白い髪の毛が闇の中でひどく神秘的な第一印象を茜に感じさせていた。少女はおびえたように壁に体を寄せて、茜とミルフィーユの方を見ている。

 

「女の子・・・本当に捕まっていたのか。」

 

「・・・いや待」ミルフィーユが何かを言いかけようとしたとき、少女が頭をあげた。「助けて!悪い人に騙されて、捕まっているんです・・・お願いです、助けてください!」必死に、不思議と儚げな声と顔で絶妙に助けを叫んだ少女を見て、茜は何の迷いも無く鎖をもってミルフィーユに引きちぎるように促した。「どうした?」茜は改めてミルフィーユを見る。茜は再度促すためにミルフィーユの前に出ようとした。ミルフィーユとユニコーンの間に割って入った形になる。「・・・ッ。」ミルフィーユは小さく舌打ちをした。「早くしてください、またあの人たちが来てしまいます!」ユニコーンは茜の脚に多いすがった。鎖がギャンッと大きな音を立てる。

 

「おいミルフィーユ、早くしてやれよ。」

 

「茜、おぬし、かばんの中を見てみろ。」

 

「え・・・?かばん・・・・あ?」

 

かばんの中にあった残りのイラストがなくなっていた。かばんにはがさつで強引な穴があけられている。強い力で、茜が気がつかないくらい素早く引きちぎられたのだ。

 

「なんだこれ・・・え?え?」

 

「その女を見てみぃ。」

 

少女の手元にはショタっ子のイラストが握られていた。かばんを引き裂いたのはこの少女らしい。

 

「君は・・・?!」

 

ボタボタッと、何かドロっとしたものがこぼれる音がしたが、茜には暗くて何がこぼれたかは判らなかった。「どうしたの?早く助けて?」「ああ、そうだった」茜は改めて少女を、ユニコーンを見た。ニィッと口元を盛大にゆがませた少女の口から赤い液体が吹き零れる。ブチィッと水気混じりに空気が抜ける音がして、それから少女はペットボトルの破片を吐き捨てる。茜が愛飲しているトマトジュースの350mlのペットボトルをそのまま噛み砕いて中身を飲んだのだ。「く・・・くそぉっ!?なんだってんだ!」茜は慌ててハリセンを取り出そうとしたが、何か信じられないほど酷いことを言った少女に足を払われて盛大にしりもちをついた。

 

「おいおぃ、ポルノ描くのかいあんた?是非描いてもらいたい題材があるんだ、頼むよ・・・なぁ!!」

 

口の周りをべったり汚したトマトジュースをボタボタこぼしながら、外見から想像もつかないような口調で喋る少女は事も無げに鎖を引きちぎって茜にせまってくる。茜は本能的に恐怖を覚えて自分でも信じられないくらいの力で後ろへ飛び退いた。

 

「ビビッてんじゃねぇよ・・・初めてってわけじゃねぇだろ?匂いで判るんだぜぇ・・・?」

 

「っ!なんだこの変態は?!」

 

「ユニコーンじゃ・・・!」

 

茜と少女の間にミルフィーユが割って入った。

 

「ユニコーン?!」茜が聞き返す前にミルフィーユが振り向かずに命令する。「茜、このケダモノに体中嘗め回されたくなくば手はずどおりに動け!」「う、じょ、冗談じゃねぇぞ!くそ!!」茜は出来る限り素早く立ち上がるとそのまま走り出した。「おい待てよ、待てって言ってんだろうがぁっ!!」小屋全体が揺れるような怒号が背中に叩き付けられる。茜は心臓が止まりそうになったが、そのまま通路を出口に向かって走り続けた。「待てヨォッ!!」怒号は鳴り止まない。やたらに長い廊下を走っても走っても聞こえてきたが、途中で「ギャァッ!?」といううめき声で中断された。

 

 

部屋にはミルフィーユと少女、ユニコーンだけが残された。

 

「ぁんだよ手前ぇ・・・俺はガキ専門だっつっても女には興味が無いんだぜ・・・?」

 

今度は本当に口から血を垂らして、明らかに殺意の篭った目でミルフィーユをにらみつける少女は、全身から青白い光を発している。

 

「こっちだってケダモノなんざ願い下げじゃ。子どもを襲っておったのは貴様じゃな?まったく聞きしに勝る性欲じゃな、ユニコーン!」

 

ミルフィーユは腰を軽く落とし、構えをとる。

 

「おいおいおいおい・・・言ってる意味が解ってねぇようだなお嬢さん・・・興味がねぇ、オスじゃねぇ、邪魔になる、ってことはだ、お前ぇさぁ・・・それ、死ねって言ってるんじゃねぇか?!あぁッ?」言い終わるかどうかのところで少女が消えて、ミルフィーユの後ろの壁が吹き飛んだ。体のど真ん中をぶち抜かれたミルフィーユの姿は消え去り、そして衝撃が部屋をさらに引っ掻き回した。ミルフィーユはすさまじいスピードで体当たりをかまされたのだ。

 

 

「かわしやがった!・・・・人間じゃねぇな!」

 

小屋の外に出たユニコーンは上を向いたまま叫んだ。その視線の先には時計塔があり、その頂点にはミルフィーユが立っていた。

 

「やっと気づいたかエロ馬め!妾の名前は美少女魔法吸血姫・・・あ、茜の家のミルフィーユじゃ!!」ミルフィーユは月を背負ってポーズをとろうとしたが、ステッキをかばんにしまいっぱなしであったことにきがついて、なんだかよくわからない体制になってしまっている。それを見たユニコーンは唖然としてそれを見ていたが、「・・・はぁ?魔女か?魔女にしちゃあ頭悪そうだな?っつーかそれ名作劇場っぽくねぇか?まぁ、いいや。どの道、俺より賢い生き物なんざそうはいねぇがな!!」何か酷く独特な見解を打ち立てて高笑いを始めた。

 

『しまった・・・名前を考えておけばよかったのじゃ〜っ!』

 

『あ〜あ〜、俺って悲しいくらい頭がイイから、周りがみんなバカでくだらなくて泣けてきちゃうぜ〜ッ!』

 

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「どうしたシチュー魔女、口上はそれで終わりか?」ユニコーンが不敵に口を開くと、「も、もう一回やっていいかの?」とミルフィーユが食いついて一瞬前のめりにバランスを崩したのをユニコーンは見逃さなかった。「うっ、いかん?!」「はっ!それで終ぇ(しめぇ)だクソ魔女がッ!!」ミルフィーユの視界からユニコーンが消え、ダンッという音が数回響き、ミルフィーユが再び貫かれて、遅れて爆音と衝撃波が吹き荒れる。ミルフィーユがいた場所には何も残らず、ミルフィーユを吹き飛ばして時計台の反対側に着地したユニコーンは、しかし、「これは、この手ごたえは光学操作(コンシール)か!ヴァンパイア!!」と忌々しげにはき捨てた。ユニコーンが貫いたのはミルフィーユが光を湾曲して作った虚像だったのである。

 

「!!」

 

危機を察したユニコーンが身構えたときにはすでに、その背後に伸びた影にミルフィーユが潜んでいた。影から抜け出したミルフィーユの蹴りがモロにユニコーンのわき腹に食らいつく。ユニコーンの体がくの字に曲がり、時計台の方へ突っ込んでいった。一瞬未満の出来事の後、ユニコーンがもといた位置には、今度はミルフィーユが仁王立ちをしていた。

 

「ふん、ケダモノ風情が甘く見おって。あんな粗暴な突進だけで妾が倒せると思うとはな、心外じゃ。」

 

服の埃を払いながら改めて時計台の方を見る。普段は誰も中に入らない時計台の中にユニコーンを叩き込んだことで土煙があがっている。

 

「しかし、ノーモーションで中々のスピードじゃのぅ。あのまま加速していけばトップスピードで音速には・・・」「心外だな!」時計塔の中から聞こえた声がミルフィーユの耳に入るころには、今度はミルフィーユが吹き飛ばされていた。少女の悲鳴が短く響いた。

 

予測どおりの直線的な攻撃、土煙と埃の動きを見てコースもタイミングも予測済みだった。絶好のカウンターを取れる間合いだった。しかし、何か本能的な恐怖を感じたミルフィーユはとっさの判断で体を霧に変えて「逃げた」。ミルフィーユが居た場所には、額に一本の角を持つ白馬の姿をしたユニコーンがただずんで居た。角からは煙のようなものが燻っている。

 

「ぐぬぅぅ・・・・ッ!」きりもみをうちながらアスファルトに叩きつけられたミルフィーユは左腕で受身をとり、強引に体制を立て直した。先ほどの突撃で右腕を肩口から吹き飛ばされてしまった。カウンターを実行していたら体全体塵一つのこさず消えていただろうことを、ミルフィーユは悟った。

 

「誰が音速だって腐れ吸血鬼が。いいか?俺が音速なんざ心外だ。そいつぁー侮辱ってもんだぜ、頭(おつむ)の足りないデミヒューマンが。俺のはな・・・」「やれやれ、貴様のような単細胞のケダモノが『そんなもの』を生やしているとは世界は不条理に満ちておるわ。まさかお主の頭に生えているのが・・・」

 

「超!音速だ!!」「ユニコーンの角とはな!」

 

二人の噛み合わない会話が絶叫に転じた。「ウォォォォォッ!!」ユニコーンは怒号とともに加速しながらミルフィーユに突っ込んでいった。ミルフィーユは足元の地面を、左腕でアスファルトごと激しく粉砕して煙幕を張りつつ小規模ながら地割れを起こす。割れた地面やめくれ上がったアスファルトをまるで綿でもよけるかのように走破しながらユニコーンは音速を超えて煙幕を突き抜けた。

 

ミルフィーユのいた場所の少し先でユニコーンは少女の姿で立ち止まった。衝撃波が吹き荒れ、動物達が危険を察知して騒ぎ出した。

 

「吸血鬼・・・影に潜んで逃げたか。光学操作(コンシール)、潜影(ブラムストーキング)、それにあの蹴りの威力・・・見かけからは想像もつかねぇ老獪だな。」

 

歩みだそうとしたユニコーンは軽くうめいた。ミルフィーユの蹴りはユニコーンに少なからずダメージを与えていたが、ユニコーンにミルフィーユほどの回復力は無かった。

 

「奴も右手を落としていたが、まず致命傷じゃねぇな・・・この程度、満月じゃすぐに回復される・・・不愉快な猿だぜ。」

 

ユニコーンは周りの動物に脅迫めいた聞き込みをしながらミルフィーユを探し始めた。

 

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吸血鬼が実力を発揮するのは夜間においてである。

最大にその力を引き出すことができるのは月夜だとか新月だとか諸説あるが、今のミルフィーユにとってはさしあたり太陽が出ていないという状況のみで充分であった。

 

ブランネージュの超音速の突撃を辛くも逃れたミルフィーユは、その大小に右腕を失っていた。ミルフィーユは、攻撃自体を回避もしくは迎撃可能なものであったと認識していたが、音速を超えた速度とその頭上に生えた「ユニコーンの角」の威力を読み違えたことであわや致命傷となりかねない危険を冒してしまった。

 

「あらゆる穢れを浄化するユニコーンの角か・・・超音速の突撃にアストラルにとっては必殺の武器になるあの角。さすがは『深林の戦車(シャールダフォーレ)』と言ったところか。」

 

ミルフィーユはコンシールを使って姿を隠しながら遊園地区画にある美術館へ向かっていた。そこのエントランスフロアで茜と落ち合う計画になっている。遊園地区画には様々なアトラクションやファビリオンが存在するが、この美術館は混雑によってゆっくりと芸術作品を鑑賞することが妨げられないように、エントランスフロア自体を小ぶりに作ってあった。逆に、中は広々とした空間となっていて、入場者は静かに芸術作品と向き合うことができる、茜もお気に入りの場所である。

 

「あの傲慢をしばしのさばらすことになるのは遺憾じゃが、戦略的撤退じゃ。あのエロ馬め今に見ておれ!」

 

ミルフィーユは美術館まで辿り着くと、破壊された扉を通過して中へ入り、エントランスフロアの中心で『妖精回路(ピクシー・コネクション)』を試し射ちした。『妖精回路』とは超音波による反響定位法(エコーロケーション)である。これによって、ミルフィーユは相手と自分の位置を把握しながら戦うことができるものの、ブランネージュの音速を超えた突撃を見切ることは出来なかった。完全に位置を補足せずにうかつな反撃・迎撃に入ればユニコーンの角によって打ち砕かれることは眼に見えている。しかし、「よしよし、この狭さならあ奴も音速を超えるまでに加速するだけのスペースが確保できまい。それに重ねて妾の『妖精回路』が二重三重に反響してその位置を完全に掌握する。あとは手負いのエロ馬をボッコボコじゃ!」ミルフィーユには勝算があったのだ。

 

 

茜はエントランスラウンジの一角にある自販機でジュースを買おうとしていた。小銭を入れて少し考えた後、ボタンを押す。ペットボトルから先刻の少女を連想してソッとする。ペットボトルが出てくるまでの時間にあせりながら周りを警戒する茜が「くそ・・・くそ!何だって俺がこんな目にあうんだよ・・・!」と、ホラー映画に出てくるしょうもないチンピラのような台詞をはき捨てていると、ゴトンッとフロアに響きそうな音を立ててペットボトルが落ちる。盛大に肝を冷やした茜は八つ当たり以外の何者でもない膝蹴りを自販機に叩き込んで、ひざを抱えてうずくまった。

 

「何をやっとるのじゃ?この非常時に(汗。」

音に気がついたミルフィーユが茜を見つけてやってきた。「料金を払って膝蹴りまで入れたら釣りが返ってくるのは当たり前であろう?あーあー血が出ているではないか。どれ、見せてみよ・・・」ミルフィーユは子どもでもしかるように茜の膝に顔を近づけた。「あ、すまん。」「気にする・・・あぅぅっ」ミルフィーユはそのまま膝蹴りを食らってのけぞった。

 

「いきなり何をするんじゃ貴様は!舌を噛む所であったぞ!」

 

「それはこっちの台詞だ!今血吸おうとしただろ?!見てたぞ!油断も隙もねぇな!!」

 

「えー?駄目なのかー?!」ミルフィーユは恨めしそうに茜を見る。「あったりまえだろぅが!」茜はハリセンを抜き放って改めてミルフィーユを見て、一瞬硬直した。

 

「お前、右腕どうした?!」

 

「おー、やっと気がついたか。あの駄馬がなかなかしぶとくてのぅ。おまけにアストラルには必殺ものの『ユニコーンの角』をもっていてな。掠っただけでコレもんじゃ。」

 

ミルフィーユは肩口をゆすって引きちぎれた袖口をヒラヒラさせて見せる。「まー、この時間帯ならこんな損傷は・・・」周囲に赤黒い霧をまとって一回転すると、ミルフィーユの腕は元通りに再生されていた。「ざっと、こんなもんじゃ。」ドヤ顔をするミルフィーユは「ナメック星人だったのか。」と唖然とする茜の手からジュースをもぎ取ってそのまま飲みだした。

 

「しっかし、それヤバイんじゃないか?文字通り目にも留まらぬ超音速と、一撃必殺の角。手に負えるのか?」

 

「むー。再生にも体力を使うからのぅ。茜が血を分けてくれれば、妾も思う存分戦えるんじゃが・・・。」

 

「嫌だね。これ食ってろ。」

 

ミルフィーユから経緯を聞いた茜は、ミルフィーユが破壊した売店のシャッターとネットを越えてお土産の饅頭やら菓子類やらをミルフィーユの方へ投げてよこしていた。

 

「太古の昔からあの機動力と攻撃力、そして高い知性とズバ抜けた魔力によって『深森の戦車(シャール・ダフォーレ)』とまで呼ばれたユニコーンじゃ。一筋縄ではいかんだろうな。」

 

「いかんだろうから、ここは業汰さん所の出番じゃねーのか?」

 

「それには及ばぬ。ユニコーンには弱点もあるからの。」

 

「日の光か?」

 

「それだけではない。あ奴の最大の弱点は、傲慢で、バカなところじゃ。」

 

「・・・お前じゃねーか。」

 

「・・・あ、あ奴ほどではないわ!」

 

自覚症状があったらしい。

 

「っていうか、ユニコーンって頭も相当良いんだろ?傲慢はともかくとして、罠にひっかかるのか?」

 

「大丈夫じゃ。あ奴は救いようの無い馬鹿じゃからな。あー、それより茜よ、知恵を借りたいのじゃが・・・魔法少女然とした名前と、前口上と必殺技を考えて欲しいのじゃ!」

 

売店に入ってきて直接品物を物色し始めていたミルフィーユを見て、茜は不安を募らせ始めていた。

 

 

そして・・・

 

 

「ここに居やがったか腐れ蚊トンボ・・・お前の浅知恵なんざ全部お見通しなんだよ!!」

 

青い髪の少女、ユニコーンのブランネージュが美術館に辿り着いた。

 

「出てこいよぉ・・・殺してやるからよぉぉっっ!!」

 

建物全体が揺れるような怒声。同時にすさまじい怒気が放たれて、隠れていた茜は地鳴りと暴風に一緒に襲われたような恐怖に襲われたが、手に持っている物を見て目を疑った。

 

「オラオラ、手前ぇらが苦労して隠したイラストは全部俺が拾ってやったぜ!これは俺のもんだ!ざまぁ見やがれ!!」

 

『アホだ・・・本物のアホだ・・・!』言うまでもないが、ミルフィーユと茜がユニコーンから逃げるための攪乱と、この美術館へ誘導をかねた罠である。どうも根本的なところを理解できていないらしい。

 

「何が浅知恵じゃ。あっさり罠に掛かりおって!」「!」ブランネージュの足元から声がした。ブランネージュはそのまま垂直方向に跳躍する。

 

ブランネージュの影から飛び出したミルフィーユは空中へ逃げたブランネージュに追撃を仕掛ける。「『対空追撃の2連跳蹴(ラハティ・サーティナイン)』ッ!!」ミルフィーユの声を掻き消すほど大きな激突音と炸裂音、そして直撃を思わせるに充分な紫色の爆発が起こる。大量の魔力を纏った蹴りのコンビネーションをまともに食らったブランネージュは天井に叩きつけられたが、すぐに立て直して反撃に移った。残像を使った攪乱攻撃を仕掛けてミルフィーユに襲い掛かるブランネージュだが「『直撃させる殺人拳銃(モーゼル)』ッ!!」ミルフィーユはややもすれば正拳突きにも見えるパンチを正確にカウンターで合わせていく。モーゼルと名づけられたそのパンチは直撃と同時に拳に纏った魔力が炸裂する。驚異的なタフネスで一撃目を踏みとどまったブランネージュは反撃に出ようとするが、その間もなく正確極まりないモーゼルの連射に遭って射ち負け、溜まらず距離をとった。

 

「・・・ッ!俺が、ラッシュで負けた?!」

 

ブランネージュは鬼のような形相でミルフィーユをにらみつけたまま、不条理な悲鳴を上げた。

 

「ふん、だからお前は救いようの無いバカだというのじゃ。太古の昔からお前は強く賢かった。だが、つねに人間に拿捕されてきたではないか。なぜか忘れたか?」

 

ミルフィーユは勝ち誇ったような、半分あきれたようなバカにした態度でブランネージュの前に立ちはだかった。

 

「ふざけるなっ!あんな見え見えの弩ストレートが!俺に当たる筈がねぇんだよ!!」ユニコーンは再び移動を始め「バカめ!何度やっても同じ事じゃ!!」ミルフィーユは再びカウンターの構えをとった。

 

残像に魔法による射撃攻撃を混ぜた混成攻撃をしかけてきたブランネージュだったが、それらを悉くかわし、いなしてミルフィーユは本命を待っていた。

 

「死にやがれッ!!」「!!」突如、陽動と牽制の目的で放たれたの魔力の雨の中から光の塊がミルフィーユに向けて突進してきた。ミルフィーユには『妖精回路』によってそれが本体でないことが察知できたが、光の塊はミルフィーユの前で炸裂し、閃光を撒き散らして感覚器官を一時的に麻痺させてしまった。「しまった?!」ブランネージュの放ったスタングレネードによって致命的な硬直にみまわれたミルフィーユが影へ逃げようとするのを逃さず「とったぁッ!」右腕をユニコーンの角に変えたブランネージュが襲い掛かってくる。「ミルフィーユ!左だっ!!」茜の声にミルフィーユが反応するより前に、残像が更に重ねられる。茜の目を予想した陽動である。目をふさがれたミルフィーユでも、茜の声に反応してしまえば同じこと。陽動は成立する。「読まれてた?!ミルフィーユ!逃げろ!!」茜の悲鳴のような声に「ふん・・・知れたことよ!」ミルフィーユは余裕をもって答えた。「!!」

 

衝突音とともに、何かが地面に叩きつけられる音がした。肉と骨が砕かれる音が茜の耳にこびりつく。

 

「・・・『撃滅する闘争拳銃(ケンプ・ピストーレ)』。有りったけの魔力を乗せてぶん殴ってやったわ!終わりじゃ、痴れ者め。」

 

『妖精回路』によって位置を把握していたミルフィーユにとって、目が塞がれたことは既に問題ではなかった。確実なタイミングと充分な手ごたえを得てのカウンターに、大量の魔力を乗せて打ち抜く単発の拳であるケンプ・ピストーレを直撃させたミルフィーユは、服の埃をはらってきびすを返した。その背後、亀裂の中心点で倒れていたユニコーンはうめき声を上げてかろうじて立ち上がる。

 

「・・・やめておけ。そのままにしておれば『幻視の深森(ファンタズマフォーレ)』へ送り返してやる。そうでなくば・・・」「黙れ!貴様、吸血鬼風情が・・・・俺に、俺に・・・・!」きしむ体をおしてついに立ち上がったブランネージュは再び一角の白馬へと姿を変える。

 

「タフな奴・・・仕方あるまい。ユニコーン、ブランネージュ。人間の子どもを襲い、世を騒がせアストラルの品位を貶めること既に看過ならん。遺憾ながら、女王として沙汰を下すとしよう・・・。」

 

ミルフィーユは再びユニコーンに向き直るが、今度は構えを取らない。

 

「ふん、まだ立場が解ってねぇな・・・この程度、お前程度が!」ユニコーンが突進する。ミルフィーユは事も無げに第一撃をいなし、次にそなえる。「無駄じゃ。いくら続けてもおぬしの速さでは妾の目からは逃れられん。」第二撃、絶好のタイミングのカウンターのはずだったが、手刀は空を切った。「上へ逃げたか!」今度はミルフィーユが追撃にかかる。

 

「なんだ・・・あいつ、決めにかかるわりには・・・焦ってないか?」

 

攻守を逆転したかのような動きを見て、しかし茜は奇妙な感覚を覚えていた。攻撃を受けることがなくなったミルフィーユだが、先刻まで必中を誇っていたミルフィーユ自身の攻撃は悉くかわされていた。そのことは、ミルフィーユ自身が痛感していた。ブランネージュの速度が再び音速に近づいているのだ。

 

「往生際の悪い!この狭さでは貴様が超音速まで加速することは出来ないということに気がつかんのか?!」

 

「猿の浅知恵が!お前こそ気がつかなかったのか?」再びミルフィーユの攻撃が空を切る。「そうだ!お前、なんで追ってきているんだ?」

 

ミルフィーユがブランネージュを「追」撃しているのは攻撃を当てるためだけではない。相対速度を低く保つためである。

 

「やはり気がついているなぁっ?」「くっ!」既に紙一重ですらなくなっているミルフィーユの攻撃をかわすこともせずに悠々と振り返るブランネージュ。

 

「このままでは俺が、超音速まで加速してしまうということにな!!」

 

ブランネージュは更に速度を上げ、次第にミルフィーユは間合いを離されて始めた。

 

「なんだ?!あいつ急に速くなったぞ!?」

 

茜が舌を巻く。素人目にもブランネージュのスピードは尋常でないほどに上昇していた。

 

「縦じゃ!あ奴は馬と人の姿を使い分けながら壁と天井を使って加速し続けておる!!」ミルフィーユが忌々しげに叫んだ。

 

「狭いところなら何だって?頭の出来が違うんだよ!クソザルども!!」

 

衝撃波と爆音がフロアに響き、吹き荒れる。

 

ブランネージュは再び音速を超えた。

 

「この「狭さ」じゃ逃げ場はねぇな!!」

 

[newpage]

 

「ソニックブーム!?あいつ、マジで超音速なのか?!」

 

両手で両耳を押さえながら茜が叫ぶ。

 

「先ずは手前ぇだ!吸血鬼!!」声だけが響く。既にブランネージュの動きはミルフィーユでも捕捉仕切れない。

 

そして

 

ミルフィーユはブランネージュの背後を捉えていた。

 

「!」一瞬、ブランネージュは驚いたような顔をする。既に必殺の間合いに入っていたミルフィーユが蹴りの体勢に入る「『妖精回路』に残滓でものこれば、攻撃ポイントの予測くらいなんと言うこともない・・・死ね。」「だろうな。」ブランネージュは低くなると、馬の姿であった肉体を、足の先から少女の姿に変化させていく。「悪あがきだ!」「これから死ぬんだよ!走馬灯でも見ておけ!!」ミルフィーユの全力の蹴りなどまるで無視して、白馬の姿で超音速で移動していたブランネージュは変身しながら、まったくありえない姿勢で強引に向き直った。「何だと?!」瞬時に事態を察知したミルフィーユが悲鳴をあげた。

 

周囲の時間の流れが、強制的にスロー再生されたかのようになったミルフィーユの視界で、ブランネージュがゆっくりと口元をゆがめ、それを宣告する。

 

「死ね。」

 

全身の筋肉を強引に変化させ、超音速で移動する肉体に掛かる運動エネルギーの全てのベクトルを偏向・集中させて右腕のユニコーンの角へ集中したそれは、トップスピードで移動する最中でさえ、全方位へ攻撃可能な攻撃だった。奇跡的な運動神経と反射神経、そしてなにより強引極まりない強靭さと剛性とを兼ね備えた肉体があって初めて成立する奇跡のように強引な必殺技・・・

 

「蒼騎士の殺意(パイルバンカー)ッ!!」

 

ブランネージュの強力な魔力と、超音速で移動していた運動エネルギーが『ユニコーンの角』の先端で質量エネルギーに転換されて、最悪の破壊エネルギーと化してミルフィーユに襲い掛かった。

 

真夜中の空に蒼白の巨大な光が走り、美術館のエントランスフロアの天井に巨大な穴がうがたれた。衝撃音なく、瓦礫も落ちてこなかった。射線上にあったものが全てが吹き飛ばされたのだ。

 

「ミルフィーユ!!」茜の絶叫は弾き飛ばされた空気が急激に戻ろうとして吹き荒れた風にかき消された。茜は思わず駆け出しそうになったが、急に壁に引っ張られて口を手で押さえられてしまった。

 

「うわ・・なんだ?!」

 

『黙っておれ!下手に動くと真空に巻き込まれてエロ馬の前に引きずりだされるぞ!』

 

壁と茜の背中の間からミルフィーユの声がした。

 

『ミルフィーユ?!』『潜影(ブラムストーキング)でかろうじて逃れた。とりあえず逃げるのじゃ。』『どうやって?!っていうか無事なのか?!』『無事・・・とはいえなんな。かなり酷くやられてしまった。影の外では体が保てないじゃろうな。』『おいおい、じゃあ俺一人で逃げろってのか?!』『そこで、改めて相談なのじゃが・・・』

 

 

 

 

天井が抜けて月明かりが直にさすエントランスの中心に、ブランネージュはただずんで居た。蒼い髪の少女の姿になって月明かりに照らされているその様は美術館にふさわしい題材ともいえた。何も喋らなければ、だが。

 

「あーあー、俺のイラストが飛んじまった・・・。あの人間を捕まえないとなぁ・・・。まだどっかにいるだろうが・・・巻き沿いくらって死んでねぇだろうなぁ?」

 

ブランネージュは瓦礫の下をまるで石のうらの虫を探すようなていで探りながら、茜を探し始めた。そして、20分弱が経過した頃。園内に中継用スピーカーの木琴がなり響いた。

 

「あん?」

 

ブランネージュは途中からお土産を食べていたが音に気がついて首を上げる。

 

「良く聞けアホ馬!!茜は妾が預かったぞ!!その建物の近くに或る紫と白の外装の建物に来い!そこで引導を渡してやる!!」

 

「・・・しぶといじゃねぇか・・・いいぜ、何度でもぶち貫いてやるぜぇ?」スピーカーから聞こえるミルフィーユの声を聞いたブランネージュは、エントランスから出ると、少し先に紫と白の建物をみつけた。

 

「ふん、体も殆ど残っちゃいねぇだろうに、つまんねぇ真似しやがって・・・。中にあの人間がいるんじゃ建物ごと消し飛ばすわけにもいかねぇしな。」

 

ブランネージュは建物へ向けて歩き出した。

 

 

「これでいいのだな?」

 

近くの迷子センターから影に潜みながら戻ってきたミルフィーユは紫と白の建物の裏口で待っていた茜に聞いた。

 

「ああ。問題ない。この建物の中ならお前の独壇場だ。」

 

茜の影から顔をだしていたミルフィーユに茜は数枚のイラストを手渡した。パンフレットの裏に手書きしたものだが、そこには腹を括った茜が描いたきわどいショタイラストが数点描かれている。

 

「それじゃ、武運を祈る。」

 

「おう!任されたのじゃ!」

 

 

 

紫と白の建物の中は、狭い通路が入り組み、壁に鏡が敷き詰められていた。入り口から入ったブランネージュは、鏡張りの迷路にイラつきながら茜とミルフィーユを探していた。先刻のエントランスフロアよりも更に狭いが、変身を繰り返しながら壁伝いに走ることで速度を保つことは可能であるようだった。

 

ミルフィーユは超音波で通路の形状を把握しながら、慎重に対決の場所を索定し、周りの通路にイラストを撒いてブランネージュを誘い込む準備を整えた。

 

時折、ブランネージュの怒声が響いたが、壁と壁の間に消音処理が施されているために、鏡だけがビリビリと共振を起こすのみでミラーハウスの中は静まり返っていた。

 

「痛ぇっ?!くそ、特殊なバリアが張り巡らされているのか・・・吸血鬼め、妙な術を使うじゃねぇか・・・あん?あれは・・・。」

 

初めてのミラーハウスに苦戦しているブランネージュは、通路の先に紙切れを見つけた。それは茜の描いたイラストであった。「ふん、どうやらゴールは近いらしいな。」わけのわからないことをいいながら、ブランネージュは周りを見回して誰も居ないことを確認しながらイラストをしまいこんだ。

 

いたるところで頭をぶつけながら、両手にイラストをもったブランネージュが「その通路」に差し掛かったのはそれから10分以上してからだった。

 

「ようやく来たか、馬鹿馬め。」

 

闇の中、四方に浮かび上がった、両腕を失い、わき腹を深く抉られた満身創痍のミルフィーユの姿を発見して、ブランネージュは言葉になっていないすさまじい怒号を発すると、上下左右の壁を蹴りながら、鏡の揺れから割り出した本体に向かって襲い掛かり、貫いた。

 

「阿呆が。」貫かれたミルフィーユがニヤリと嗤う。

 

「小癪な!!」ユニコーンの角を引き戻そうとしたブランネージュは通路の先にミルフィーユをみつけて再び襲いかかった。

 

「うっとぉしぃんだよッ貴様はッ!!!」

 

ブランネージュは変身を繰り返しながらむちゃくちゃに壁を蹴って一本道を疾走する。蹴られた鏡が粉々に砕け散り、衝撃で残った鏡も次々に割れていく。割れた鏡はミルフィーユの虚像を次々に消していき、通路の向こうのミルフィーユに向かって次々にミルフィーユが砕かれていく。「ハハハハッ!最初からこうすれば・・・・!?」粉々になって光を反射しながら宙を舞う鏡の破片の中で、ブランネージュの目は一瞬何かの違和感を見出した。

 

「貴様は・・・・!う・・・ぁぁ!?」めちゃくちゃに飛散する鏡の破片がランダムに光を反射し、「偏向」する。偏向された光は、光学偏向によってカムフラージュされていたものをキラキラと気まぐれに映し出していた。本来、通路の最奥に「居た筈」の「それ」はブランネージュの進行方向、それも取り返しのつかないほどに致命的な位置に存在していた。そして、「それ」に気がついたのがブランネージュの最後になった。

 

「それ」は「ユニコーンの角」の間合いの内側、ブランネージュの攻撃の死角であり急所である位置、右腕と腹の間に相手の拳の気配を感じるような最悪の位置に現れながら、ゆっくりと口を開いた。既に迎撃するすべを失ったブランネージュにはその口の動きが死刑宣告を待つように感じられた。

 

「ゆくぞ!!」

 

ブランネージュの懐で一瞬何かが光った。

 

刹那、紫色の巨大な光が炸裂する。光は壁と天井をブチ抜きながら夜空に巨大な十字架を描き、ブランネージュを轟音とともに外へ吹きとばしながら、ついには十字架が内包した破壊エネルギーに耐えられなくなって空中で爆発を起こした。 それは、一瞬園内が見渡せるほどの強烈な爆発だった。

 

 

ブランネージュがいなくなった通路で、コンシールを解除したミルフィーユが姿を現す。両腕を失った筈のその肉体は完全に再生されて、体中に魔力をみなぎらせていた。

 

「・・・久々に本気でぶん殴ってみたが、なかなかの威力じゃのぅ。魔力の配合も拳に乗せたエネルギー量も適当にしたわりには絶妙じゃったな。あれ以上ピーキーになると腕が壊れてしまうかもしれんし・・・うむ、この動きを『最強拳銃(デザートイーグル)』と名づけよう。」

 

歩きながらミルフィーユはブランネージュに近づく。

再生能力なしにミルフィーユの強打を受け続けたブランネージュは、カウンターにデザートイーグルの直撃を受けてついに力尽きてしまった。

 

「ミラーハウスか。鏡によって視覚を欺くだけでなく、超音波反響定位法である妾の『妖精回路』によって一方的に相手の場所を把握し、こちらはコンシールで姿を隠すことの出来るの独壇場であり、そして、ブランネージュの動きを限定できる空間。おかげでブランネージュがもっとも奥にあった妾の虚像を見て突進しているところに完璧な一撃をいれることが出来た。茜にしては上出来じゃ。」

 

ミルフィーユはブランネージュが吹き飛ばされて出来た大穴を通ってミラーハウスの外へ出た。

 

「殺すつもりで打ち抜いたが、まだ生きておる・・・危険な奴じゃ。」

 

「おいおいマジかよ、もう業汰さんにまかせようぜ?」モニタールームで一部始終を見ていた茜が外に出てくる。茜は戦闘不能になったブランネージュを見て、ポケットから携帯電話を取り出して東雲業汰に連絡をとった。

 

「ぐ・・・くそ、確かに手応えがあったのに・・・!?」意識を取り戻したブランネージュが辛うじて口を開いた。「ふん、吸血鬼を甘く見るでない。」黒い霧でブランネージュを縛り上げながらミルフィーユは答えた。

 

「・・・あの人間の血か。」

 

ブランネージュは忌々しげに呟いた。

 

「まー動物でも良かったのじゃが、畜生の血はどうもな。ついでに言うと、ミラーハウスを選んだのも茜じゃ。言ったであろう?お主らユニコーンはいつの時代も人間の罠によって捕らえられてきたと。」

 

「・・・いけすかねぇ吸血鬼だ・・・。」

 

 

その後、駆けつけた東雲業汰とその知人「天之山宇津女子(あめのやま・うづめこ)」によってブランネージュは引き取られていった。偽太陽の真相をミルフィーユと茜が知るのはこの直後である。

 

つづく

説明
偽太陽に悩まされながらも無事に帰宅したひきこもりと吸血鬼。しかし、偽太陽の謎と少年の悲鳴の謎が積み残されたまま・・・この物語には、ひきこもりと神と魔王と悪魔とケンカが出てきますよ。という導入編。バトル展開なぞ仕込んでみました。あと、一角獣ってこういう生き物らしいですねー。
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吸血鬼 ひきこもり 一角獣 ユニコーン バトル 

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