LOST WORLD―COLLAPSE― 1−4 8月23日 午前10時 一年C組
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 蒼陽高等学校は夏休み明け初日から普通に授業があった。

 まだ暑い時期であるために窓は開けっ放しになっている。

 太陽の光が窓際の生徒たちに容赦なく降り注ぐ。そんな被害を玲もまた被っていた。

 ――暑い……。

 そううんざりとした様子を見せながら授業と格闘していた。もともと成績自体も中の中くらいと平凡でしかなかった。容姿も性格もその辺りの高校生となんら変わらない、特徴のないひとりの少年。

 周りにはひとつや二つの特徴を持っている生徒が多い。馬鹿げたそれでも持っている奴に対しては羨ましさを時々感じえなかった。

 夏休み中、悪友二人に引きずられる形でナンパをしたがまったく相手にされなかったのもそれが原因だろうか。つまらない人間だと嫌というほど自覚していた。

 チラリと横に視線を向ける。

 そこには廊下側の比較的涼しい席に座って、佐々木広大と斉藤大河が教科書を壁にして熟睡していた。バスの中でゲームの話しが出てきていたのでおそらく夜遅くまでそれに熱中していたのだろうと夏休み中はそれの繰り返しだったために悪くは言えなかった。

 うんざりするほどの暑さの中、一番面倒なくらい頭を使う数学の時間。担当教師が黒板に公式を書き込み、例題、そして問題を解いている最中だ。

 

「それじゃあこれを……佐々木と斉藤の奴はまた寝ているのか。宿題を珍しく出したと思ったらこれだ……それじゃあ、高宮、お前に答えてもらう」

「えっ!? お、俺っ!?」

 

 突然指名されたために驚きを隠せない。何故寝ている悪友二人のとばっちりを受けなければいけないのか。返事の変わりにそんなあわてた様子を見せてしまったために今日室内からクスクスという小さな笑い声が聞こえる。内心でクソッと舌打ちを零し、仕方ないので立ち上がる。ノートに目を向けるもそこには途中でさじを投げてしまったままの回答があるだけだった。眼鏡を掛けたやや年を取った男性教師が眼鏡をわざとらしく掛け直す。

 周りからの視線が集まっているために、黙っているのは逆に変な対象に見られてしまう。

 どうしようかと悩む。あの教師はしっかりと答えを書かなければ何かと文句を言ってくることで有名だ。そのこともありあまり好意的には見られていない。教室を見渡しても一人、二人席を外しているのが見える。このクラスにいるいわゆる軽い行動をとる生徒たちだ。彼女たちは彼の授業を受ける気もないために屋上にたむろしに行っているだろうと、噂で聞いていたのでそう思った。このクラス以外にもそう言う生徒は何人もいるために屋上にはほとんど普通の生徒は近づかないようにしていた。

 「おい、どうした」と男性教師が急かすように行ってくる。

 断ったまま黙っていたためにさらに変な対象に見られ始めていた。答えられないのならそう言えばいいのに、と聞こえてくるようだ。それはそれであの教師のことだから何か嫌味のひとつや二つ、言ってくるだろう。

 すると隣から小さく声が聞こえてきた。

 

「ねえ、それ」

 

 隣に座る桜田かおりがこっそりとノートをいつの間にかに取り替えていたのを示した。

 ――気付かなかった……。

 あまりの早業に呆気に取られる。

 だがこれで変な恥をこれ異常かかずに済む、玲はそのノートを手にして前に出る。

 ようやくかとやや機嫌の悪くなった顔をこちらに向けてくる男性教師。そんなしわくちゃの顔をこちらに向けるなと内心で叫ぶ。

 チョークを片手に逆手に持たれた彼女のノートを見る。きちんとした手順で回答されたその問題の答えが書き込まれていた。これならいける、内心でこれを貸してくれた彼女に感謝しつつ、玲は答えを書き込んでいく。男性教師はどうせ途中で止まるだろうと鷹をくくっていたが怜のチョークを動かす指が止まらないことに徐々に唖然とした表情へと変わっていく。

 普段の成績が並でしかない彼にこの問題を解くのは難しいと思われていたからだ。

 だが貸してくれた彼女は比較的上位の成績を持っているために解答するのはそれほど苦ではなかった。男性教師は今玲が持っているノートが彼のものではないとは気づくはずもなく、内心で認識を改める必要があるかもしれないと考えていた。

 流れるように解答を書き込んでいく。

 最後の行を書こうとした――その時だった。

 

『ぜ、全教師と全校生徒に通達します! 現在構内に不審者が侵入し、暴力事件が発生! 生徒は教師たちの指示にしたがって――』

 

 突然の放送だった。

 黒板に解答していた玲も、それを見ていた教師も生徒たちも、ぐっすりと昼寝をしていた二人も起き上がり、それを聞いていた。それを聞いて思わずまじかよと突然の出来事に唖然とするしかできない。 放送している教師の慌てぶりからしても相当まずい状況なのだろうと思う。数学の担当教師は噴出す汗をハンカチで拭いながら、焦っているように言う。

 

「ま、まずは落ち着こう。避難する時も、訓練で習ったように――」

『速やかに避難――う、うわっ! な、なんだお前、や、やめ、やめろ! やめてくれ、ぎゃ、ぎゃあああァァァッ!』

 

 数学教師の言葉に重なるようにして放送が聞こえてきた。しかしその途中で放送室に何者かが侵入したようでその教師の悲鳴のようなものが聞こえてきた。悲痛な叫びがその状況の深刻さを誰に対しても突きつける。放送のスピーカーから聞こえてくる何かやわらかいものを貪るような音。ピチャピチャと雨が地面に落ちるような音はなんだろうか。何故だか背中に悪寒が走る。その音を長くは聞いていたくはないと何故か思った。

 誰も何も言わない。

 何も言えるはずはない。

 不意に玲が教卓の上に置いていたチョークがコロコロと転がりだす。まるで止まっていた世界の時計の針が動き出したかのようだった。そして何かの終わりを告げるアラームがなるかのように、そのチョークはゆっくりと床に落ちていき、乾いた音を立てた。

 それが滅びの合図だった。

 生徒たちから悲鳴が上がる。

 その音に触発された生徒たちは一斉に椅子から立ち上がり、我先にと教室を飛び出していく。教室の入り口は前後に二つ。しかし狭いためにそこに詰まってしまう。無理やりにドアを押し倒したために廊下を走っていた生徒たちに対して倒れ、ガラスが割れる。そのガラスによってどこかしらを切ったために生徒たちの悲鳴が響く。

 廊下は生徒たちで埋め尽くされる。早く行けと前にいる誰かを蹴り飛ばすなどが目立つ。階段を慌てて走るために転んでしまい、転がり落ちてしまう生徒も見える。前を走っている髪の長い女子生徒の髪を男子生徒が掴み、邪魔だといわんばかりに廊下にたたきつける。倒れ伏した生徒たちは後続から来る生徒たちに踏み抜かれていく。悲鳴は嵐のような無数の足音によって掻き消される。

 

「どけ、どきやがれ!」

「いやぁ! 押さないで!」

「邪魔なんだよ!」

 

 そこにはもはや友だちや同級生、同じ学校に通う生徒という関係は崩壊していた。人間が持つ生存本能に突き動かされるように生徒たちは己の生存にのみ考えがいっていた。

 無理もない、しかしどこでその暴力事件が起き、どこに行くべきなのかを理解していない。ただ外に出たい、学校から出たいという共通思考が同じ方向に彼らを走らせていた。

 先頭を走っている生徒が生徒玄関に続く廊下にいた。

 視線の先にある曲がり角を曲がれば後は外に出られる。

 安堵の気持ちが生まれる。後ろからも何人もの生徒たちが走ってくる。そんな様子を肩越しから見た彼は、一番乗りは自分だ、自分は助かって見せると考える。そしてその曲がり角を勢いよく曲がり――何かにぶつかった。その衝撃で思わずしりもちをついてしまった。こんなところで何へまをしているのかと、内心自分を毒づく。ぶつけた額をさすりながらゆっくりと視線を上に上げる。そして彼が向けた視線の先には体中から血を流し、白目を向き、口をだらしなく開け、そこから唾液と真っ赤な血をつけた鋭い歯を見せる、変貌したこの学校の教師たちがいた。

 

「は……?」

 

 後ろからやってきた生徒たちもその姿を見て思わず足を止めてしまう。戦闘にいた男子学生は座り込んだまま、目の前にいる生徒指導の教師であった大山巌を見上げている。変な声を漏らしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。逃げなければいけないと分かっていながら恐怖がその場に彼を縛り付ける。そしてゆっくりと身体が倒れてきて、その刃と化した歯が首筋に突き立てられた。

 

「っ!? ぎゃあああァァァ!」

「いやアアアっ!」

「に、逃げろ! 逃げろオオオ!」

 

 血が噴水のように噴出す。それが血の雨となり生徒たちに降りかかる。それを唖然とした様子で、手ですくい、目で見る。

 ここがもはや安全な場所ではないことを完全に理解させられる。

 そして生徒たちは当然のように悲鳴をあげ、我先にと飛び出していく。

 だが目の前にはまだ二人の教師だった者たちがいた。慌てて飛び出していた生徒たちは彼らに捕まり、食される。生徒たちはそんな彼らを無視して玄関から飛び出していく。だがそこには校門から進入して来ていた蠢く死者たち――ゾンビがいた。

 玄関の入り口で立ち止まってしまった生徒は口から悲鳴ではなく、目の前の光景に対する笑いしか零れてこなかった。ゆっくりとゾンビと化した生徒が後方で立ち上がり、こちらに向かってくる。

 

「は、ハハハ……これは、夢だろう?」

 

 そんな彼の問いに答えるように、これは決して夢ではないということを首筋の強烈な痛みとして与えた。

説明
時は2150年。
 決してありえないとはいえない未来の話。
 いつものように朝目が覚めればいつもの日常がやってくるだろうということを信じて疑わなかった。
 だが次の朝目が覚めたら……世界が終わっていた。
 町を歩き回るは生きた死体――ゾンビ。人が人を喰らい、まるで生き地獄を見ているかのようだ。
 そんな地獄のような町から抜け出すために少年は仲間たちとともに戦う。
 しかし果たして最後に町を抜け出すのは何人か……。
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NotGoodEnd 恋愛(悲愛) 残酷な描写あり 生き残り バイオハザード チートなし ゾンビ オリキャラ 

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