ワルプルギスの夜を越え 2・羊小屋の子ども達
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今回は登場する子ども達の紹介みたいな話かな

後時代背景。

ただ厳密な時代背景の作り込みはしてません、あんまりやると………ダメしてしてまうのでwww(当方凝り性)

適度に抜いてフィクションである事を自分が確認できる程度にやってます。

たのしいなー、やっぱり色々勉強できるのはたのしいー

 

相変わらず原作まどかのキャラは出てこないけど、私の中ではアルマがマミさんに似るのです!!お姉さんですから!!でわ

 

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行く道を隠す薄く張った靄の中でも、羊たちの声はひっきりなしに響いている。

集団でいるという安心感を鼻で謳歌し、足音を鳴らして進むちょっとした音楽隊のようだ。

ただし霞みの向こうに見える集団の姿はかなり滑稽でもある。羊たちの黒い顔だけが靄の中に浮かんで見えて、大きめの虫が変に地面近くを集団で飛んでいるようにも見えるからだ。

知らない人がみたら奇妙な行軍だが、そこは羊の鳴き声で驚きには変わらないだろう。

 

季節は秋から冬へ。山に潤していた緑は嗄れて屍の葉を十重二十重と敷き詰める。

小さな街道は木の葉達の地に戻る帰化への道に変わり、踏みならされる枯れた薄っぺらい音を羊たちの声に合わせる。

そこに牧者の鈴の音が加わり軽やかで順調な帰路を賑わせる。

家路に向かう羊たちと羊飼いの行進曲。

 

「町だ…」

 

先頭を歩いていた小さな影の牧童は、小高い丘に着いたところで歩を止めた。

所々に点在する森を迂回して歩き回り、ひょっこりと出たところに丘はある。町に帰る羊飼い達は一度は必ず止まる。だから場所は小さな禿げ山のようになっているが見晴らしは良い。

眼前に広がる盆地の中央に円形の城壁を持つ町を一望できる場所は、山から下ろす冬の風の下で曖昧な輪郭を見せている。

一月と数日ぶりの帰宅。

丘に立った少女は粗末な衣服を羽織り、大きな杖を立て一息をついた。

枝別れのない真っ直ぐに伸びた杖は、元の付け根の部分を上に、くびれの部分に鈴をつけたもので少女の身長を一回り超える大きさ。

羊を導く者にとって大切な牧者の杖は少女の自慢の一品でもあり、大きさからも誇らしげに見えるが、着ている服は対照的にボロだった。

黒色だった外套は、何度の長い放牧の旅で色あせ紺色になりそこかしこと糸が解れている。同じくすすけた帽子は房を二つつけた愛らしさはあるが、やはり年期の入った汚れ具合。

防寒のために深く被った帽子の下に伸ばしっぱなしの長い前髪の下で目を凝らす。

山から下ろす冷えた風に髪を揺らして白い息を流して。

まだ小さく見える町を見つめる。

一方で止まった牧者を綺麗に避けて羊たちは進んで行く。長い放牧の終わり、安全な住処への道をようよう。

慣れた道のりだ、もう指示は無くても一匹が忘れなければみな従順に進む。

はたで見ていると前の羊の短い尻尾を、蝶を追うような可愛い目を輝かせて。

 

本格的な冬を前にした最後の放牧。

身丈を上回る大きな杖をもった少女は町の景色から目を離すと一度だけ山の方に目を向けて、もう一度町を見て小さなため息を落とした。

 

「帰ってきちゃった…」

 

帰還を喜ぶのとは程遠い声は自分を置いて進んでいく羊たちに鼻で押されて歩き出す。

羊たちのマーチに続くが…鈴の音は先ほど響かせていた軽さが失われていた。少女は整然と進む羊たちの中を一人不協和音な足取りで丘を下っていった。

深く俯いて顔を見せないように。

 

 

 

 

 

まだ紫色の夜の残り香が町を覆っている時間に羊小屋の喧噪は始まっていた。

車輪のような外殻を持つ城塞都市の中でも教会裏庭から続く回廊が途切れたところ、そこから一つ下った道に並ぶ倉庫がある。

昔は蛮族の侵入に備えた食料庫だったり、家畜小屋だったりしたところに一つだけ煙が上がる小屋がある。

外壁を石と漆喰で繋いで重ねた小屋は、危険のなくなった今の世では随分とみすぼらしく所々が欠け落ち虫食いのようになっている。その隙間から間の抜けた朝の一声が聞こえる。

 

「ロミー????エラ起こしてぇ????」

 

角のない柔らかすぎる溶けた口調の少女は、釜戸の種火を起こしたばかりか、すすに汚れた顔を調理台から出す。せっかくの金髪まで黒く炭を被っているが気にもしない様子の愛嬌の良い丸目は、向かい側に立っている茶色い髪を肩まで伸ばした身の丈小さな少女ロミーに頼んだ

 

「まかせといて!!!」

 

鼻息荒くロミーは歩くと、軽く自分の身長を超えているピッチフォークを槍のように構える。

そのまま、冬用に貯め込まれている刈藁の山めがけて突きだした

「うりゃ!!!とりゃ!!!」

小さな彼女がフォークに乗せられてダンスするように、しかし激しい音を立てて藁の山を刺していく、何度目かの衝撃に合わせて山の中から何かが跳ね出た。

吊り目を大きく開いた短い金髪は口をへの字に眉を怒らせて藁まみれの顔をロミーと付き合わせるが…、ピッチフォークを自慢気に持つロミーは惚けた眼差しを向け

 

「あら、おはよー、寝坊助エラ」

 

一回り背も高い、年上と思われるエラに対してかなりの高飛車口調、鼻で笑った顔を見せた

 

「おっまっえっわぁ!!!起こしに来て永遠に眠らせるつもりか!!」

藁を被ったままエラは怒鳴る、しかしロミーはひるまない。

ペラペラに薄い胸をドンと張って言い返す

「働かざる者死すべし!!」

「どんな格言だよ!!!働く前に殺しに来てるんじゃねーか!!」

「マリア様の慈悲で残念な事にまだ生きてるでしょ」

「残念ってなんだぁぁぁ!!」

減らない口、負けない顔でエラとロミーは怒鳴り合う

 

「朝から大きな声出さない」

 

日課の喧嘩を割って入ったのはボロのストールを羽織ったアルマだった。

この小屋では一番年上になるアルマが朝食の仕度に降りるのは二人の喧嘩の声が合図になっている。これはもう定番だった。

小さな小屋の中を、簡単な木板で仕切っただけの部屋。こんな大声で喧嘩をされたら小屋の外まで誰にでも聞こえるでしょう。そういつもの説教を指差し確認しながら自分の赤毛を編み込みしてアルマは聞く

 

「市場に仕事しに行くんじゃなかったの?エラ、それにシグリ?」

 

釜戸の火を大きく起こし鍋をかけた少女シグリは、惚けた眼のゆっくり口調で答えた

 

「エラがぁ???起きないから火の仕度してぇ??それから??鍋置いてぇ??それから??まだ起きなかったら??具を切ってぇ???それからいこかなぁ???ってぇ」

 

どこまでもスローな語り

言葉まで煮込んで溶かしてしまったかのような間延びした声が断ち切られる

 

「おら!!いくぞぉぉぉぉ!!!」

 

さっきまでの藁まみれから一転がっちり綿入りのベストを着込んだ姿に、羊の毛で作った白髪の帽子を被ってドア前に立っているエラ。

着た切り雀のエラは普段着のままで寝た上にお手製ベストを着ただけという無頓着ぶりでドアを開けると飛び出していく。

身の軽さと早い行動が信条である彼女の後を一瞬目を点にして送る三人だが

 

「まって???まってまってエラぁ????」

 

慌ててシグリは追いかける。

玄関に掛けてある同じくエラ手作りのベストを引っ張って外に出るが、その場の小さな階段から転げ落ちる。

機敏なエラと比べるといかにも鈍くさいシグリ。二人のいつもの光景をアルマは追って玄関まで行くと

 

「二人とも、気をつけるのよ!!」

無事にという言葉をかけるアルマの隣でロミーが吠える

「しっかり稼いでこいやー!!」

「もう、だめよロミー女らしくして」

口に手を添えて注意、だが本当の叱責ではなく和やかな瞳で

「さっご飯作ろう、まずハンスに持って行ってあげて」

アルマの優しい笑みにロミーも柔らかく笑うと早速スープを鍋から掬いだし仕度をしてハンスのいる部屋に向かった。

 

「…音が変だね、何かずれてる感じ」

 

スープを持って間仕切りの部屋に入ってきたロミーにハンスは顔を見ないように俯いたままで言った。

外の喧噪は聞こえていたが体を起こして様子を伺うという気力はなかったようでベッドに座った状態。手元には自分で作った歯車のバレル模型が並べてありパズルのように組んで置いてある

黒い髪のせいで色の白い肌が余計に浮かび上がって見える、日焼け仕事はしたことのない顔は元気のないままロミーに語る

 

「カリヨンは音が全てだよ、ずれてるなんて許せないと思わない?」

バレルと繋ぎの木片を差し引きする動作をロミーに見せるが、感心という反応は薄い

「そんなこといってもあっち(私)にはわかんないよ。壊れてるのならば直しに来るし…そういうのは教父様や鍛冶職人の仕事しょ?」

両手で木造りの器を持ったロミーは頬を膨らませて

 

「ハンスが心配しなくても年越しの祭りの前には直しに来るよ。この町の名物なんだからさー」

 

自分を見ようとしない相手の姿を気にせずロミーは真横を陣取ってスプーンを手渡す。

小屋の中、簡単に間仕切りした中でもっとも釜戸の壁に面した部屋がヨハンナとハンス姉弟の場所。釜戸に近い事で冬の中ではこの部屋が二番目に暖かい。

一番は火だねを絶やさないように炉の前で、シグリが寝ている場所だが近すぎて火にあぶられ髪を燃やすほどに狭い場所である事を考えれば、ハンスのいる場所はエラお手製ベッドもある一等地のような部屋だ。

手渡されたスープを抱えたままハンスは小さな声で

 

「姉さんは…教会の仕事にいったんだよね。ぼく…今日は具合もいいし薪割りをやろうかと」

「それはあっちがやるからいいの」

 

一緒じゃないと口を付けないぞという脅迫をロミーは目でする。

ハンスは眉をしかめ目を曇らす。ベッドに入ったままの虚弱な自分を恨めしいと

 

「ぼくだけここでのんびりしてるなんて嫌なんだよ…」

ハンスの窮屈な思い。弱い体故に姉達の助けになれない辛さはいつものように吐露されるが、ロミーはそのたびにハンスの手を掴む

 

「春までに治せばいいんだよ。冬の間はあっちが世話てしあげるから、余計な事考えないで体を良くする事だけ考えて…ねっ。ヨハンナだってそう願ってるんだから」

「姉さんを助けたいんだ。ぼくは男だから…だれよりも役にたちたいんだ」

「わかってるよ、ハンス。来年はバリバリ働いてもらうからさー、今は食べて元気になる!」

 

いつもの励まし、スープだけという朝の時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 

「それがね、食えもしない卵だったらしいのよ」

 

教会前から広がる大通りは城塞の区画からすると何重にも折れた道の中で一番大きいが、一番うねった町の中の街道といっても言い作りだった。

ここは周りに何もない土地だった。だから四方を見渡せるように大きく円形に縄張りを行った円形城塞の小型判だ。

外から見る分にはただの円なのだが、中身の方はかなり凝ったつくりになっている。

大きく三重の輪を作った石壁と、間に区切りの入った建物群。

小道は壁を挟んだ迷路のように造られているため、外から来た住人では町の中で迷子なるのは日常的な光景としてみられるほどだ。

町のほぼ中央、円の中心からクロスロードの形式で道が組まれているのは教会と庁舎が並ぶ最深部の一重のみで、その石壁も分厚く普段は硬い鉄扉の向こう側の世界である。

教会と地位在る者、そこに使える者達にしか出入りの許されない区画はいつもの静かな朝を迎えている。

二重の側は半々で商人や職人達が店と家を連ねている。

静かな中心部より外枠のこちらは街道の町のメインストリートだった。

石壁の間を縫って、お日様が最初に届く場所である二の曲輪の広場に市場は建ったている。

ここが外の世界と町の住人にとっての玄関口であり商いの盛んな場所でもある。

その一角に年寄り達が籐の網籠を売る出店がある。

何せ年寄りばかりの店だ、長く教会など庁舎に使えた侍女の多くが店を持っておりそこの手伝いにエラとシグリはやって来ていた。

 

「んでんで?その卵泥棒はどーなったんで?」

 

朝から噂話をしていた老婆達の間にチャッカリ入り込んだエラは首をフンフンと上げ下げしながら話題に噛み付いていた。

その後ろではシグリが懸命に荷運びをしているが、知らん顔でだ。

 

「はぁああ、そりゃ神様の裁きにあって狼に食われちまったらしいよ」

 

市場の片隅で切り株のイスに腰掛けた老婆は指差して

 

「東の方に抜ける道の前にさ、橋あるだろ。あそこに行くずっと手前の小道で馬車ごとすっころんじまったらしくって、そこを狼に襲われてバラバラになってたらしいよぉ」

 

老婆の話から門番達の動きを目で追うエラ

 

「7日ぐらい前の雨降ったじゃん、あの後荷馬車で山越えをやったんかい」

「そうよ、雨の後の泥濘で輪っぱ掬われてこけちまったらしいよ」

 

何の前触れもない日だった。

日中は晴れていたのに本格的な夜に入る一歩手前で大雨が降った日が7日前にあった。

翌日羊が帰って来る日だったのに、帰っては来なかった。

日が過ぎたことで3日前からアルマが心配だと夜な夜な城壁の方を見に行っていた時の事を思い出す。

 

「雨ふって…山がぬかるんでるところを食えもしない卵もってどこいくつもりだったのさ?って食えねえ卵ってなんだよ?」

 

店先のテーブルに体を引っかけていたエラ最大の疑問はそこだった。

卵泥棒は許されざる重罪だ。ここ何年か続く周辺地域は大なり小なりの干ばつが続いており卵は取れにくくなっている。卵を産む鶏を先に食べてしまわないと生きられない土地だってあるぐらいだ。その事を考えるに卵は貴重だが、食べられないなら何が貴重なのかわからない。

エラの素朴な疑問の前で座っていた老婆は鼻で笑う。

となりに立っていた茶色の外套の老婆も歯の抜けた口を広げて笑うと

 

「おやおや物知りのエラでもしらないものがあんだねぇ」

空気の抜ける音を響かせる笑い声で

「あれだよ、ブルボン*1のクルチザンヌ*2が集めてる置物の卵だよ。エラじゃそんな女には成れないからわかりっこねーやなぁ」

歯がないぶん笑いも言葉もどこか漏れて掛けているような物言いに、エラは顔を歪めて

 

「なんだ寵姫さん達の宝石か、卵まで置物にするなんてとんだ酔狂だぜ」

「それでも、そいつが無くなったって持ち主のお嬢様は息が止まっちまったぐらいに貴重なんだってよぉ」

「バカげてるぜー」

 

素っ気ない返事で、やれやれと手を挙げると

 

「どっかで一儲けしようと考えてたバカ野郎なんだな。食える方がよほどに貴重なのにねー」

「本当だよ。食べられないものなんてあっても飢えちまうだけだよ」

同意と頷く老婆達の前、エラの背中ではシグリがすっころんでいた。

運悪く町の商家のバカ息子の前で

 

「なにやってんだ、………とんまのシグリ!!」

籐籠と乗せていた荷物ごと転んだシグリは顔を打ち付けたのか鼻を真っ赤にした顔で

 

「あは???ごめん???」

罵られるままに謝るが、相手の方は籠を蹴飛ばして

「朝からとんまの癖にフラフラ出歩いてんじゃねーよ。頭弱いんだったら隅っこで壁伝って歩け!!」

ぶつかったわけではないが足下に籠をぶちまけられたことで喚く相手に

 

「ごめんってぇ???ごめん???」

 

シグリは両手を出して彼の外套にかかってもいないだろう埃を払おうとするが、その手を蹴飛ばす

背は高いがひょろりと柳のような体格に少しばかり生地の良い服と皮で作った外套を肩に掛けた男は仲間達の手前なのか見苦しい威勢でシグリをどやし立てる

 

「とんまでマヌケのバカ女!!俺の服に触るんじゃねーよ」

 

鼻息の荒い声にエラがしゃしゃり出ていく

 

「おうおうおう、言ってくれるじゃねーか瓢箪小僧のラルフよぉ」

 

男顔負けのドスの利いた声でシグリを睨むラルフの前に立つと

 

「こいつをとんまと呼んで良いのはあたしだけだ。お前みたいにふにやふにゃな男よりずっと働くシグリを見習え。萎れた茄子みたいな面しやがってよぉ」

「俺の事を瓢箪とか茄子とか言うんじゃねーよ!!」

 

言い負かされたラルフは顔を真っ赤にして拳を振り上げるが、エラの睨みはきつく尖ったナイフにも似ていて上げた拳のままで固まる

吊り目のエラ

目付きが悪い事で有名なエラは口はおろか、腕力もそこそこの暴れ者で知られていた。

チビとはいえ自分より思い荷運びを毎日するエラに、相手のラルフは一瞬で自分が勝てるのか本気で悩んでしまった。

ラルフは商家の次男坊で力仕事は人任せの方だ。

長男がしっかり者ですでに家を継いでいるのもあり、現在は行く場所をなくしている側の弟で、だが家としては商家の二番店でもやらせたいという希望があるせいかこうして朝市を見て回る事を薦めていた。

 

「茄子が嫌なら芋か?スイートの方の」

 

口はまったく減らないエラは青い眼を怒らせ、デンっと構えると顎を突き出した顔を見せた。

強気のエラの姿は市場ではちょっとしたイベントのようなもので、そこかしこからラルフを笑う声が聞こえる。

さすがに市場に集まる者を敵にしたくないラルフは拳を納めて苦々しい顔で

 

「フン、朝から元気のいいことだな。そうだアルマはどうしたんだ、最近いないみたいだが」

 

クルリと話題を変えて、ついでにエラのきつい視線から目を逃がす

 

「もっと早起きなんだよ。こんな遅くに市場に来て顔を拝みたいなんて、鮮度のねえ野郎だな」

決して遅くない時間だが、準備の整った市場からすればボンボンの散歩は遅すぎるとも言い切れる。

背中を向けたラルフは決まり悪そうに返事もできない状態に、市場の人の笑い声は良く響くほどになっていた。

 

「おまえな!!ふざけるな、口の聞き方に気をつけろよ!!片耳無いくせに!!」

 

真っ赤な顔の青びょうたんラルフの越しをかがめてエラに顔を付き合わせて怒鳴ったが、効果はなかった。

無かったどころか無視されるという結果になっていた。

それは門から手を振る男の声にかき消されたのだ

 

「羊が帰ってきたぞ!!!羊が帰って来たぞ!!!」

 

教会が飼う羊の帰還は遅れていた。

そのうえで東の方に現れた狼の話し、怖い話題で満ちそうになっていた市場が一瞬で華やいだ。

一番に反応をしめしたのは矢張りエラだった。

一足飛びでかがんでいたラルフを飛び越えた。跳び箱をするようにポンッと

 

「羊ぃぃぃぃ!!!」

「おっ………おい、男を跨ぐなんて………」

 

呆然のラルフなど気にもしない勢いで二の門を突っ走っていくエラ、後ろをシグリがよたよたと走っていく

 

「あはは???ごめんね???ラルフぅ???あっあっ待ってエラ、まってまって???」

 

いつもの喧噪、茫然自失のラルフを除き市場はあっという間に活気を取り戻した。

それは町に住む普通の階級の人達にとって良い日の始まりと迎え入れられた。

後に残された老婆達はとっくに姿の見えなくなった二人を見つめていた。

 

「いいこだねぇ、エラは」

「良い子だけどダメだよ………あの子達はみんな欠けてる子達なんだから、まともなのはアルマぐらいなもんよ」

 

日差しに顔をしかめて、切り株に座った老婆は片耳を触る

「左耳を狼に食われちまった子だからねぇエラは」

「シグリは頭のゆるい子だし………良い子なんだけどねぇ。ヨハンナも荷物が居なきゃ将来は良いとこの嫁に行けただろうに、エラやシグリと死ぬまであの小屋で一緒じゃ報われないよねぇ」

 

教会の預かる子供達は、両親がいないか、どこか欠けた子ども達ばかりだった。

そういう子どもばかりが捨てられたり、預けられたりして暮らしていた。

 

「そのうえ羊飼いが帰ってきたし………」

 

明るくなった市場の隅で老婆達は、一段落した話題から離れ籐籠の売り出しに戻って行った。

 

 

 

 

市場が活気を取り戻し多くの人が行き交う時間に鳴った頃、教会のカリヨンは厳かに昼を告げる鐘の演奏を始めていた。

石造りの教会はもっと古い時代に組まれたもので、カリヨンを鳴らせる尖塔は右の座に新しく作り上げられたものだった。

名物も少ない、主要か移動からも少し外れた町だからこそ教会が作り上げた一つの名所でもあった。

石段の祭壇の前に置かれる十字架は、薔薇の花輪をかたどった装飾の中央に黒曜石をはめ込んだ大振りなものが飾られている。

だがそれ以上に目を見張るのは、祭壇背後を飾る大円形のグラス・マレライ(ステンドグラス)だった。

本山の金で飾った祭壇はなく、七色を惜しみなく塗り込んだグラス・マレライはないが、単色とはいえ壁の一面を埋める巨大円形のグラスは、ここを宿にする王侯貴族や地位在る商人達にとって「自分達だけが知る名所」のような気分もさせる十分見所のある作りとなっていた。

 

「ほう、ハンスがそのような事を………」

 

一晩の借宿をした貴族から、皿に寄附を受け取ったヨハンナは教父の元についた時に鳴り響いていたカリヨンの音の事を話していた。

弟ハンスはカリヨンの音に歪みがある事を自分の口から伝えたいと願っていた事、今も風邪で熱を出し寝込んでいる事も一緒に知らせた

 

「私には全然わからないのですが………ハンスが言うにはどこかずれてしまっている所があるのではという事で………」

 

教父の顔は厳めしく、越えも太く重い。

小柄で細い少女が前に立って物言いをするには怖い相手にも見える。

髭の深い口元に手を当て、今も鳴り響く鐘の音をに耳を立てて目を細める

 

「うーむ、わしにもわからぬが………いや確かに少し音が歪んでいるようにも感じる。これからWeihnachten(ヴァイナハテン)(クリスマス)を迎えるにはよろしくないね」

 

少しずつ、岩を割ったような唇を開き

 

「良い事を教えてくれたねヨハンナ・塔の修繕をするにも良い機会だ大きな町から職人達を呼んでみましょう。後、早くハンスの状態が良くなるといいね、良くお祈りをしなさい」

 

顔とは違い緩やかな口調は教父の人望の厚さを良く示していた。

ヨハンナの髪を隠すフードの上に手を乗せると

 

「良い日でありますように」と軽いあいさつをして本堂の方に消えていった。

 

 

ヨハンナは祈っていた。

グラス・マレライの前に立つ十字架はマリアが与えたものと言われていた。

教会の置くにある銅像はイエスを抱く聖母マリアの姿。

ここは救い主であるキリスト=イエスを産んだ慈しみの聖母マリアをまつる聖堂。

 

「ハンスの病気が早く治りますように………羊小屋のみんなで年を越せますように」

 

欲張りな祈りはいくつでも唱えられた。

いくつもの苦難がいつも目の前にある身としてはどうしようもないほどに溢れる願いだ。

今日を生きる事は明日のご飯の事。そういう祈りを何度も重ねるように願った。

小さな体に、フードの突いた外套。

教会の仕事を手伝うため、外側は解れのない外衣だが、中身はやはりみすぼらしく継ぎ接ぎを柄物のエプロンで隠すようにしていた。

足下の靴はエラが作ってくれた綿入りだが、この綿も羊たちが落とす毛を野原や牧舎を巡ってやっと集めて作ったもの。

両膝をついて手を合わせるヨハンナは、自分に良くしてくれる仲間を思って、弟を見てくれる友達を思って祈っていた。

金色の髪と同じ薄い金の眉毛をきつく顰めて

 

「ただいま………」

 

祭壇の前でひざまずいていたヨハンナの背に懐かしい声がした

 

「ナナ、ナナなの!!」

合わせていた手をほどき振り向く、きつく祈っていた緊張からほどかれ微笑みの花を咲かせて

「うん、今帰った。教父様にご挨拶をしたら………ヨハンナがいるっていうんで………」

どこかよそよそしく静かに語るナナに、ヨハンナは勢いよく走って抱きついた

 

「良かった!!帰ってくる日を7日も遅れるなんて………みんな心配してたんだよ!!」

 

勢いに後ろに倒れそうになったナナは頬を真っ赤にして、抱きついた手を軽く叩いた

 

「全然大丈夫だよ!!羊がね、ほら今回の放牧が終わったら次は春まで出られないでしょ………だから、ねっ」

「そういう事じゃなくて………本当に心配してたんだから」

「そうだね、うんそうだ」

 

強く抱きつかれて危うく前髪が跳ねてしまいそうだったナナは髪を整えると、相手の弾んだ息と涙の混ざった声に申し訳ないという思いがこみ上げて、自分の息を整え丁寧に答えた

 

「ありがとう、本当に………ありがとうヨハンナ。おかげで無事に帰ってこれたよ」

うんうんと少しタレ目がちのヨハンナは、潤んだ目を輝かせて

「マリア様のおかげだね、ちゃんとナナを見ていて下さったんだわ」

 

マリアを現す大円形のグラス・マレライに目を向ける

二人の声は黄色く一瞬響いたがすぐにヨハンナは小さな声に変えて

 

「でも怪我したのね………」とナナの足を見た

 

ここに来る前、エラやシグリと会ったときには気が付かれなかった部分に気が付かれた。ナナは少し足を引き隠そうとしたが、目の前のヨハンナの視線に嘘はつけなかった

 

「参ったね、ヨハンナには隠せないね………でも、みんなには内緒だよ」

「みんな気が付くよ、仲間の事なんだから」

 

参ったと首を振る、二人にグラス・マレライから静かな夕日が跳ね返され、長く伸びる影を作る。

石畳は室内とはいえ少しずつ冷たさを伝え始めていた。

口をつぐんだナナにヨハンナは手を伸ばした。相手のぬくもりを確かめるために

 

「うん、そうだね。エラが市場で色々貰って帰るって言ってた。今日はご馳走だね………嬉しいよ、戻ってこれて」

「私も嬉しいよ、みんなも嬉しいよ。さあ家に帰ろう!!」

 

手を繋ぎ二人は歩き出した。今日は少ないながらのご馳走が出る。

ささやかな楽しみのために早足で夕餉の煙を流す羊小屋に帰っていった。

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注釈のあり方

 

前書きでも書きましたが………厳密に何かを照らして描こうという気はありません。

唯一原作の設定を出来うる限り踏襲したいとは願ってます。

やっぱり原作ありきですから!!

 

でもところどころに当時のものの言い方が入ってるのは………私のこだわりです。なくても良いことを………wこだわって………ごめんなさい

さらっと流していただいてけっこうですが、話しの味を深めるために何であるのかの説明もこちらに書きましたので良かったらどうぞ

 

*1 ブルボン

 

フランスの事ですね。この作品の背景にある近隣国がブルボン王朝のフランスである事が分かりますね。

ちなみに舞台は仮想ドイツですから、お隣さんって事ですね

ドイツも元をたどれば同じ国の一部だったのですが………あの変の地理は難しいのでその話しは無し。

とにかくフランスの事ですw

 

*2 クルチザンヌ

 

公式寵姫

つまり国家が認める国王愛人の事です。

日本語では高級娼婦などと訳されたりしますが、ちょっとニュアンスがちがうんで原文の名称で掲載しました。

所謂サロンメイド(宮廷娼婦)なんですが、かなりの高位階級の扱いを持つので、ただの娼婦とは訳が違います。

特にフランスでは権力をもったクルチザンヌもいて、有名なのはポンパドゥール侯爵夫人だったり………そういう感じだと理解ください

 

今回は羊小屋に住む子ども達と少しの伏線を描きました。

次回は軽く登場人物の紹介とか書いてみようと思います

 

個人的には12話までいかない10話ぐらいで終わりたいですw

(こだわりすぎで描くもの全てが長編になりそうなんで区切りは必要と判断)

 

映画が始まる前に………なんとか終わって見せるぞー

そういう意気込みでやってます。

説明
魔法少女まどか☆マギカから、至高の敵ワルプルギスの夜誕生の物語を
出来る限り原作まどかを踏襲する形で描いております
現在原作キャラはキュゥべえさんのみですが、宜しければ優しい目でお付き合いください
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