ワルプルギスの夜を越え 4・災厄の実と魔女の卵
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教会の中の空気はすっかり冷えこんでいた

日に日に冬は町の至る所を凍えさせている。外の景色に緑が少なくなり、もの悲しくぼやけた風景が朝の町を覆う

白く張った靄の中に、二重の通りを賑わす市場へ向かう声が聞こえる。

朝が暗い時であっても変わらない声が響くことで市が存在しているという安心感を憶えるが、対照的に静かな教会地区では一人心を震わせているヨハンナがいた

石造りの壁に寄りかかり肩にあたる冷たさに頭をうなだれたままで願っていた

 

「胸騒ぎが止まらない…マリア様…マリア様、どうか二人が無事でありますように、どうか」

 

朝の礼拝の時間にヨハンナは一緒する事はできない。

身分低い召使いのような立場の者は、貴族達が祈る時間に入り込む余地はないから

残された時間を使って両翼の回廊を掃除して歩くのが朝一番、一人でする仕事

しかし毎日注意深く働くヨハンナの功績は大きく滅多なことで汚れはない、だから今日は手持ちぶさたになり落ち着かない心に体が振り回されていた

石壁に張り付けば、逸る鼓動で熱を上げている心を冷やすことができるかも…

そんな願いで俯いていた

 

「どうしたの?」

 

内回廊から外に続く石畳の前でため息を落としたヨハンナに声を掛けたのはイルザだった

昨日と同じく黒のフードのついたコートにのような長衣を着け、鈍い輝きを見せるシルバークロスを胸飾る姿で近寄った

痩身のイルザだがヨハンナの目には得体の知れない巨大さを感じさせていた

昨日、アルマに死が迫っていると告げたイルザに言葉に「止めて」と叫んでしまった事を思い出せば目を合わせるのは怖い、だが客としてここに来ている彼女に挨拶もしないわけにはいかない

低く目線を落としたまま静かに返事した

 

「おはようございます。いえ、何でもありません…」

「そう、具合が悪いとしても休める訳ではないものね。ならば見えないところで息をしなさいな。止まっている姿は見られて良いとは思えないわ」

 

高圧的な言い方だが理に適った注意。

昨日とは違い黒髪を綺麗にフードを納め額を出しているせいもあるが、エラと同じように尖った目を持つイルザの視線がヨハンナを下がらせるが、その一歩にイルザは入ると

 

「でも本当に具合がわるいのならば、休みなさい。私が代わってあげられるわ」

「大丈夫です、皆様の礼拝が終われば御座の整える奉仕をするのは私の勤めですから」

 

自分にグイッと近づいた黒衣に、すすけた衣装のヨハンナはさらに半歩下がって小さくお辞儀をすると、足早く隣の部屋に向かおうとした

イルザから香る麝香が体を絡め取る、そんな錯覚を恐れての行動だったが

 

「待って、お話ししましょう。御座の前で」

 

表情は相変わらず硬いが目の警戒が緩めてイルザはヨハンナの手をとった

右手に光る指輪と爪の文字を見えていたが、そこには何も触れずに

 

「旅の糧として少しの時間をちょうだい、お話をさせて」

 

幾分と棘を落とした声に、断る理由を見つけられないヨハンナは小さく頷いて御座の聖堂に入っていった

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巨大円形のグラス・マレライの前、拭き布で祭壇の周りを磨き始めたヨハンナにイルザは前列の木イスに座る

何人かの貴族が片隅で談話を楽しんでいるが、イルザの主である婦人の姿はなかった

おそらく同じように逗留している貴族と朝の時間を楽しんでいるのだろう

共であるイルザを連れずに時を楽しむのはご婦人会が立て込んだ用件がある時か、一種の悪口を大仰に語らうためだろう。

聖堂に残っているのは比較的男衆が多い事からも伺える

 

「アルマはどうしたの?」

「東の方の修道院に行きました」

 

姿勢を低くして石畳の汚れを拭うヨハンナはイルザの顔を見ないで答えた

顔は見たくなかった。自分が相手に恐れを持っている事知られないようにするのが精一杯で、手に仕事のままで会話を続ける事にした

 

「そう、冬の近づくこんな時に山の方にいくなんてね。火急な用向きだったの?」

 

語りの声に持つ小さな棘を落とせないイルザの口調、アルマの事について問い詰めたいのか?それを感じると、こちらの事情も絡む話しなど出来そうもない。

何より羊小屋に住む自分達の事情など…根掘り葉掘りと聞かれたくもない

貧しい者の生活に首を突っ込んでほしくない、おもしろ半分に…

 

それでも相手は貴族の子女にお仕えする身の者

イルザの主である婦人はこの町に一月以上逗留できる財力を持っている事からも、イルザの地位は使いとはいえ決して低くない

教会が歓迎すべき客に失礼な態度は取りたくないという心の鬩ぎ。無視してしまいたい気持ちを抑えてここにいる

ぎこちない自分の状態を、表情で気取られるのは嫌だとヨハンナは下を向き黙して働く姿勢のまま、何かを聞き出そうとするイルザに質問を仕返した

 

「祭りも近いですし人手もいりますから、その、修道院には大切な友達もいまして…あの、なんでそんな事を聞くんですか?」

 

白い息をお互い口から漏らしながらの間

イルザは足を組、返事を少し保留した。

彼女もまた考えながら会話をしている。

 

「名前を知った相手でしょ、もっと話しをしたかったの」

「なんで名前を…」

 

彼女はアルマを知っていたそれは昨日から気になっていた点。

こんな主要街道から外れた小さな城塞都市で、教会の保護を得てやっとで生活している孤児にすぎないアルマを知っている意味は?

それだけでもヨハンナには恐怖だったのに、昨日の発言、口からでる言葉は不吉だった

イルザの方はそれ程に気にしていなかったが、ヨハンナに表れる自分への硬い対応により砕けた態度見せた

イスに座り直しすと、静かな声で

 

「教会が使役している人の中で年長の者、家長の名前を知っておくのは…礼儀でしょ」

礼として名前を知っていた、悪意がない事を告げるとさらに顔を寄せて

 

「そんなに避けないで、私だって昔に奥様に拾っていただいた身よ。貴方とかわらないわ」

どうしても壁をもっているヨハンナの気持ちをほぐすように、声の角も落として続けた

「むしろ、貴女の方が元がよさそうな話し方をする。だから余計に気が張ってしまったのかもしれないわ」

尖った細い眼を少しだけ笑わせて見せた。

 

ヨハンナはのぞき込むようにイルザの顔を見た

「拾って…」

やっと自分を見た相手に向かって頷く

 

「そう、拾って頂いたのよ。お嬢様の遊び相手として、姉と一緒にね。元は…元は落ちぶれ騎士の娘よ」

 

今でこそいえる言い方

騎士が落ちぶれるなど、簡単に言いたくない事をさらりと言うと

 

「貴女と一緒、むしろ私の出生の方が悪いぐらいでしょ」と笑った

 

ヨハンナは自分勝手に持っていた相手の印象を顧みた。闇雲に靄を張っていた自分の態度を恥ずかしく思った。

勝手にイルザを知ったつもりでいたという事に

きっと貴族同士の間柄で、昔から代々仕えてきた侍女。

だから上からたたき込むような言動で自分を怖がらせて…楽しんでいるぐらい感じていたのが恥ずかしくなり、顔を少し上げた。青い眼はイルザの黒い真面目な目からまだ泳いでしまうが怖ず怖ずと返事した

 

「あの、ごめんなさい。私、すごく失礼な態度を」

「いいの、私の方がね気が張っちゃうのよね…うまく自分を使いこなせてないっていうか、貴族様のお付きである自分っていう態度になってしまうのよね」

黒髪の解れを指に絡ませて、苦笑いを見せて

「さあ、普通にお話しましょ」

解けた蟠り

ヨハンナはそれでも掃除をしながら、会話は柔らかく進んでいった

少しほぐれた心で、会話を楽しむ事にした

 

仕事の手は休められないが、逐一教父様が自分の行動を見ているわけでもない

メインの聖堂の仕事を済ませたヨハンナは方側の通路からカリオンの尖塔に続く部屋にイルザと移動していた

カリヨンを外壁を磨くために作られた木戸を開けて外に出られる小さな道を行く、貫の入った壁下は黒い石を四角く切り抜き重ね合わせた暗い空間だが、手を伸ばすと壁に突起が作られており、それを頼りに進む事が出来る。

石の下道は清掃の用具をいれたトロッコが通れるようになっているため滑らかな坂道になっているが、人が歩くには少々力を入れる必要がある、何せ人口に作られた洞窟のようものだ、冬が近づいても陽の暖かさで凍った石縁は溶けて滑りやすくなる。二人は注意をしながら前に進む

上を向くともう一面の木戸があり、そこから漏れる光で暗闇から這い出すように前に進む

慣れない足では苦痛を感じるだろうとヨハンナは小さく注意を語りながら前を行くと、外に出る木戸を開けた

急に体に触れる寒気に首筋が引っ込むが、太陽は程よく上がり芯を冷やすほどの寒さは無くなっている

 

「もう陽が昇ってます…、気持ちいいですよ」

 

後ろを歩いていたイルザも暗闇の回廊から光りの世界に戻り目を細める

 

「すごいわ、ホントに気持ちいい場所ね」

 

朝靄はすっかり晴れ、冬の空気が透明度を高めた景色を見せる小さなテラス

白い息をし、二人は背伸びする

 

「来るのは大変なんですけどね」

「そうね、でもここに来られて良かったわ」

ここならそう簡単に誰かに見咎められるという事はない、代わりに四方を囲む山の峰と一本の川、針葉樹達の段が見える世界に見つめられる

太陽が照らす雪山の峰が白く輝けば、まるで宝石の輪に囲まれた楽園の景色にも見える

 

「こんなところまで掃除に来るの?」

 

隠れ道のような通路は、ヨハンナのような女の子が頻繁に通る道とは思えない

「まさかカリオンや屋根の掃除まで貴女がやってるの?」

「いいえ、まさか」

 

質問に笑顔と、少しの困惑

 

「弟がいるんです。弟は今はちょっと具合を悪くして床についたままなんですけど、いずれはこういう仕事をするだろうし…カリオンを近くで見られる場所を知りたがっていたので、職人さん達に聞いておいたんです」

 

弟のハンスはカリオンの鐘の音を作る仕組みについて強い興味を持っている事を話す

「そう、弟さんは技師になりたいのね。良いことだわ、教会の手伝いをする者が技師の道を選ぶのならば…貴女の行状の良さは教父様にも良く知られている事でしょう。きっと弟さんのために役立つわ」

 

イルザは日差しを避けるためにフードを被ったが、顔は朗らかになっていた

ヨハンナは気恥ずかしそうに微笑む

 

「マリア様を祀り*1、街道に市があるにしても…静かな町なのね」

 

頬を打つ冷たい風を手で分け、白い息を伸ばす

自分はともかくイルザの衣装を汚さないようにと運んで来た袋を広げて二人は腰を下ろした

見渡す町の全景と、外の景色。目を細めたヨハンナは陽気に答える

 

「静かすぎて寂しい時もありますよ。年越しの祭りが過ぎたら春が来るまで本当に毎日が夜のように静かになってしまう」

「たまにはそういう時期があってもいいわ、北の港町なんていつも騒がしいのよ。見ず知らずの人が一日一回は喧嘩をするし、海が荒れれば船が壊れて大忙し…休まるヒマもないわ」

「そうなんですか…でも、私の昔の家もそんな感じでしたよ。行商人が仕入れ物の換金に来たりした日には、それはもう大きな声で。そういえば北の方から来る行商人は確かに気の荒い方が多かったと憶えています。逆に南から来る人とはどこかおっとりしていて、でもそういう顔でしっかり商売する人が良くいましたね」

 

屋根の端に少しだけ平らになっているスペースに鳥たちが並ぶ、その隣に並ぶ二人

 

「昔の家?昔からこの町に住んでいたのではないの?」

 

やけに詳しい商売の話しにイルザはヨハンナが孤児ではなかったのかと訪ねた

ヨハンナは肩をすくめて一度顔を膝の間に落としたが、大きく息を吸うために背を伸ばして、一重の城壁の向こうを指差した。

古ぼけた倉庫と、市場とは逆側にある商家の並び。

 

「あのあたりに…2年前まで住んでました」

 

一変した弾まない声が示す先、通りに並ぶ古い商家の屋根の中、真新しく建てられた家が見える

「あの家があったところが私の家だったんです…」

周りから浮くように真新しい塗り壁を持つ家を寂しそうな目が見つめる

「2年前の秋口に火事になって…お父さんもお母さんも…私と弟を残して…」

詰まる口調にイルザはヨハンナの肩を抱いた

 

「そう、辛い事だったわね…そうだったの」

 

元は商家の娘だったヨハンナ

2年前の火事で両親も使用人も焼け死ぬという惨事を味わった

残された弟と自分、寒さの厳しくなる雪の花を恨めししく、いや呪いたい程に苦しんだ

元々、この町に居着ではなかったヨハンナの父は、旅の行商人上がりで一代を持ってこの町に店を構えた人だった。

人柄は豪放にして、町人との付き合いを大切にする良き父だったが…

元々ここに居なかった者というのが残されたヨハンナとハンスを苦しめた

主要街道から外れた小さな町、残された姉弟に手を差し伸べてくれる者はいなかったのだ

寄る親族も、父の故郷も知らない幼い二人はあっという間に全てを失い、路頭に迷った

膝の間に顔の半分を沈めながら淡々と今日ここで教会の奉仕で食いつなぐ身の上になった経緯を話すヨハンナ

 

それを静かに、肩を抱きながら聞くイルザ

 

「でも、今は平気ですよ」

湿ってしまいそうな話しを、トンッと切る

「今は羊小屋の仲間達がいて、毎日忙しいけど一人じゃないって…小屋に戻ってみんなでおしゃべりして、もう少しすれば弟もきっと具合も良くなって…」

商家の娘。

本当なら教会の堅苦しさも、貧困層の飢えも無縁だっただろうヨハンナだが、焼け出され落ちてここまでやってきた。

でも同じ年頃の仲間がいてくれる事に励まされて今日も奉仕出来る事に感謝していると笑った

 

「いいわね、仲間がいるって…うらやましいわ」

 

静かに話しに聞き入っていたイルザは小さなため息を落としてヨハンナを見ると

「少しだけ…私の話も聞いて」

懇願する目は少し潤んでいた

黒い瞳が思い詰めたような悲しそうな顔にヨハンナは頷く、イルザが落ちぶれ騎士の娘だと言ったのを思えば、きっと同じように辛い事があったのに違いないと思い

 

「もちろん、私で宜しければ話して下さい」と手を握った

「私の家は…さっきも言ったけど端くれに引っかかってる程度の騎士の家だったわ。騎士なんて聞こえはいいけど傭兵っていった方がいいぐらいのオンボロさ加減の家だったわ。でもまー、それなりに暮らしていけて、父親の悪評を除けば本当に悪くもない生活だった」

貧しいというものとは違い、貧しくなくてもやましい部分の多い生活だった事を淡々と語る。

 

「騎士団にいるって事だけが自慢の家だったわ…まあそのおかげで奥様に拾っていただけたのだけどね」

 

世の中は未だに不安定ではあったがかつて程に騎士が幅を利かす時代ではなくなった

戦いの仕方が変わった*2結果

一騎当千などというものは通用しなくなり、騎士団に所属*3しているだけでは尊敬を得る事はできなくなった

それでも家名は大きかった。というよりも騎士団の一員を家臣に迎える事ができる事が大商人達のステイタスになった

 

「父親の元を離れられたのが一番うれしかったわ。粗暴な騎士くずれの家に来るのは似たような崩れ者ばかりで怖かったもの。心配していたお嬢様のお相手も、いいとこ貶されるのが役目だと諦めてたのだけど…お嬢様はとっても体の弱い方で、本当に友達を欲してらっしゃったの。奥様は病弱な子女より…他の子供を大切にしていたから本家との距離があって私達姉妹にとってはとても過ごしやすい所だったわ、そう仲良くやっていけたのよ…」

 

風に煽られて黒髪を乱す、細くした眼は感情をぐっと詰めて、何かを隠すようにしていた

 

「あんな事がなければ…ずっとそうしていられたのに…」

「お嬢様が亡くなった事ですか」

 

ヨハンナは沈黙が来るのが嫌だった

辛い身の上はどんな形であっても辛いし、痛みの度合いは測れない

その重さに沈黙してしまったらかける言葉を失ってしまう事を知っていたから

イルザは小さく首を振った。否定とも拒否ともとれない仕草の後

 

「そうね、死んでしまうなんて…思ってなかった」

 

黒い瞳が水色に歪む

 

「姉も…共に仕えた仲間も一緒に逝ってしまったわ。私だけが残ってしまった」

主家の娘の死に殉ずる

ヨハンナには騎士の家にはそういうものがあるのだうかと、口をつぐんだ

励ましなど言えない雰囲気に押されて、屋根を走る霜の破片を見つめた

 

「ヨハンナ…教えて欲しい事があるの」

 

耳に風鳴りを聞いて次の言葉を考えていたヨハンナに尖ったイルザの目は聞いた

 

「数日前、東の方で窃盗団の馬車が転倒する事故があったでしょ。その時の事何か聞いてる?」

 

急に転換された話だったが、その話題はエラから聞き及んでいた事だった

話しを続ける事が励ましと信じヨハンナは聞いた噂を語った

雨上がりの東の方で卵泥棒の馬車が転倒し、狼に襲われたという話しを

イルザは右手を顎の下に添えてきつく尖らせた目のまま聞いていた

 

「ねえ、その時の卵…残っていなかった?この町の誰かが持ち帰っているとか、そういう話しはなかった?」

「いいえ、卵は全部割れてしまったのではと…そうそう、その卵ってのは食べられないもので、オースタン(Ostern)*4の卵だったのではと、ブルボンの貴族様に売りつけようとしていたとか…詳しくはしらないのですけど、現場は後片付けをするのが大変な程馬車も荷物も壊れていて…共に壊れてしまったのかでなかったという事です」

「卵…」

 

無かったという言葉にイルザは目を閉じてヨハンナに背を向けた

「お嬢様の宝だったの…」

イルザの見つめる方角には山頂を曇らせた東の方が見える

何度か口に上る息を食いしばった歯で押さえている音がする

 

「ヨハンナ、こういうものを見た事がある?貴女の身近に」

 

小刻みに震えていたイルザだったが、クルリと振り向き自分の手の中にあるものをヨハンナに見せた

それは銀の装飾が施された hellblau ヘルブラウ(水色)オースタン(Ostern)の卵だった。

普通は殻の部分に施された絵画や幾何学模様のある部分が、透明な宝石のように青く光って深い揺らめきを見せていた。

まるで湖水の水を封じ込めたようにきらめく宝は、今まで見た事のない美しい卵だった

 

「…綺麗…初めて見ました」

 

ため息のでる美しさに、ヨハンナは我を忘れていた

今まで、お互いの苦労話をしてきた事など風に吹き飛ばされてしまう程のショックを受けていた

美しすぎる宝石の卵に顔を近づけ、揺れる輝きをただ呆然と瞬きを忘れた見た

 

「これをお嬢様も持っていらしたのですか?」

 

うっとりと輝きを追う目で聞く

 

「そう、これと似た感じで色が違うの。ベルンシュタイン(琥珀)のように輝く黄昏色の物。それがお嬢様の宝だったの」

ヨハンナは胸を押さえて、首を振った

 

「こんな美しいものならば…誰かが持っていても不思議ではないと思いますが…ここは教会の町です。事件が奥様の町のものから来たのであれば皆解っています。決して自分の物にてしまう人など…」

 

いないとは言い切れないが、事件があった翌日には町の男衆(おとこし)達が現場に駆けつけている事を考えるに、港町で起こった事件はすぐにこの町にも警戒されたしのお達しがあったと考えられる

教父様に宛てにその事が告げられていたからこそ町の男達も早く動いているとすれば…誰かがそれを奪ってしまうとは考えられなかった

ヨハンナの考えこむ青い瞳にイルザは一息ついて

 

「ヨハンナ、アルマはこれとよく似たものをもっていなかった?」

「アルマはそんな事しません!!」

 

窃盗犯はアルマ、ヨハンナにはそう聞こえた

急に血の気があがり目を釣り上げた

その姿にイルザは手を前にして首をふった

 

「わかってるわ、アルマそんな事をしない。こんなものも持ってない。そうよね」

 

クルリと手の平を返すと輝きの卵を隠すと、困惑の目を向けるヨハンナに言った

 

「こんなものを欲しがらないでね。ヨハンナ、こんなものを持ってしまったからお嬢様も姉も…仲間もみんな死んでしまった。これは災厄の実でしかないわ。だから貴女は惑わされないで」

 

不思議な言葉だった

アルマを疑われたという怒りより、イルザの悲しそうな顔が心に残った

風の中、イルザはもう何も語らず。ヨハンナもまた何も聞けないまま二人は聖堂に戻っていった

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東の方にある修道院えの道のりは、山の背を登る行程に一日が必要となる

裾野までは平坦にして少しずつ登る緩やかな登坂路で、半日もあれば到着するがそこから先は荒行の道だった。

それでも岩屋戸は半日あれば登れる。でも無理をして一日の内に登ろうとすると、夜の山羊に遭遇してしまう事があり危険だ

山羊はおとなしい生き物だが、夕闇時に松明をもった人間に会うと驚いて、人を蹴落としに来る。

石屋度から落ちると大けがではすまない、ならば日中に登った方がいい

 

普段から羊飼いをしているナナがいるのもそのためだ

山羊も羊も音を介して導く事はできるので安全に登坂をするためには、少々早くてもここで一夜をすごした方がいい

一向は火を炊き、明日の登坂に備えて眠りに入ろうとしていた

 

「ありがとうアルマ、ラルフ坊ちゃんの嫁に来てくれる事を心から感謝しているよ」

たき火の前で集う人の中

粗末なフードど首回りを覆うのマフラーをした老人は節くれだった手でアルマの手を握ると涙を浮かべ頭を垂れた

 

「そんな、私の方こそ感謝してます。私のような孤児を名有る商家に迎えて頂けるなんて、思いも寄らぬ幸せです」

握られる手に感謝と握り返すアルマ

 

商家への婚儀は、教会と商家の取り決めで行われる大人達の約束でしかなかったが、それでもラルフに付いて世話をしてきた老人にとっては嬉しい事だった

次男坊である事で直系を継げなかった宙ぶらりんのラルフは、生活を乱すほど暴れる事はなかったが気力なく町の若い衆達と遊び回っていた。こんな田舎町で

長男は隣町の商家から嫁をもらい、町同士の繋がりを強くし商売の交流を強めていたが、ラルフにはそれがなかったところに、教会との結びつきを得る機会を得られたのは暁光だったらしい

 

だが老人はそれ以上の喜びを持っていた

 

「アルマ。お前さんのように若く美しく読み書きもできて、規律正しい嫁に来て貰えれば坊ちゃんもしっかり仕事をするようになるだろう。本当に嬉しいよ」

 

黒く焼けた顔に、ガタガタで残り少ない歯を笑わす

たき火を作った円の中で老人はひたすらに感謝を陳べていた

一方でナナは円形の警戒をし終わり、アルマから離れた石の上に座っていた

闇色を深く落とした森の中に広げられた釜戸、露天にあるのは修道院に登るときに必ず夜場所であるため、町の者達が野宿の場所として開墾しておいてからだ

 

「おいナナ、獣は来てないんだろうな」

 

梟の鳴き声しかなかった場に突っ慳貪な怒鳴り声

弓を片手にした髭面はナナから離れた位置で聞いた

 

「火をたいたらそう簡単にはこないよ、風の中に匂いもないし、今夜は大丈夫だよ」

声に対してナナは背中を見せたままで答えた。

両手首に火打ち石を括ったリングを着け、それをカチカチと鳴らしながら遠いたき火を見て

一人呟く

「へっ、獣なんて火で追っ払ってやるよ、臆病者の百姓め」と

 

ナナのところからアルマのいる場所は遠かった

教会に仕える男達数人と、商家からの共にきた老人と2人はたき火の周りに集まっているのに、ナナは一人離れたところで、自分が何のためにここにいるのかを理解していると態度で示すと火のないところに小さく丸まって座っていた

人の輪に入らないようにずっと背中を向け続けていたが

 

「ナナ、火に当たらないの?冷えるわよ」

 

老人との話を終えたアルマが器にスープを持って話しかけた

 

振り返ったナナは、遠目に大きな火を囲む者達を見ると

「そっちには行けないよ、私がいるとみんな怖がるんだもん」

ナナは鼻で笑って火の周りに集まっている男達を見た

明日に備えて眠るだけの者達は数人横になり、何人かが火の番をしている

アルマと話しをしていた老人は座ったまま火に手をあぶりウトウトしている

 

「二人でいた方が暖かいでしょ」

 

アルマは気にしない顔で手を引くと

 

「ナナに受け取って欲しいものがあるの」と歩きながら赤いリボンを見せた

「それって………リーリエとお揃いの」

 

一応回りを気にしてか男達から少し離れた所に、小さく作られたもう一つの囲い火にアルマはナナを連れて行くと

 

「そう、もう娘ではいられなくなるから。ナナに受け取って欲しいの」

 

娘ではいられない

アルマは祭りの後に、男の元にいく。もう生娘ではいられない

小さなオシャレも髪からほどき、大人になっていくために

アルマとリーリエが前年の祭りの時に二人で手に入れた長めのリボン。二人が親友である証として持っていた大切な物

 

「受け取って、今回修道院に行くために苦労を買ってくれたナナに、貰って欲しいの」

 

「でも………私には似合わないよ」

 

分厚い前髪で目を隠したナナは、俯き顔の全てを隠そうとした

「アルマ、気持ちだけ貰っておくよ。それはヨハンナかロミーにあげて、私は………ダメだよ。似合わないし、リボンでなんかごまかせないよ。この顔をみんなが怖がる。だったら目立つものはない方がいいよ」

「ナナ、貴女は可愛い。自分を卑下しないで」

 

俯く顔をアルマの両手が掬う

両頬に触れて顔を見ようと近づくと、ナナの前髪を割って隠されていた顔を見つめる

 

「ナナ、私の大切な妹にして家族。私は貴女の事を恐れたりはしないわ」

「無理だよ」

手から離れようとする顔

 

「私の顔は気持ち悪いでしょ、みんな私の目を怖がる。見ちゃダメだよ、みんなアルマの事を悪く見ちゃうよ」

振り払って自嘲気味に口を横に開くと

 

「知ってるでしょ………私が町の人達になんて言われているのか、私、魔女の卵って言われてるんだよ。付かず離れず、私は羊小屋のみんなが私が居る事を許してくれてるだけで………もうそれだけでいいんだ」

「ナナ、どうしてそんなに自分を貶めるの、貴女は教会のために野山に羊を連れる大事な仕事までしているのに………そんなふうにいうものじゃないわ」

離れようとするナナの肩をアルマはきつく抱いた

 

「無理なんだよアルマ、私は産まれた時から呪われてるんだ」

自分の心を、自分で叩くように話す

「それに私もすぐに娘でいられなくなるよ。外でこういう仕事をしている女なんて………」

まだ薄い自分の胸に触れて

「それように生かされてるみたいなものだよ。私の道はもう決まってる。何処にも行けずに………ここでゆっくりと死ぬ」

 

歳は自分より2つ下のナナの言葉にアルマは悲しくなった

ナナが産まれ持ったものによって、町の人達から白い目と距離のある態度を取られている事は知っていた

教会からの大役を貰っても、それを誇りに思えない程傷ついている事がたまらなく悲しかった

 

「ナナ、このリボンは私の約束。私アルマはラルフの元に嫁ぐけど………この先どんな事があって貴女の家族である事を誓うわ。羊小屋のみんなも、エラもシグリもヨハンナもロミーも………もちろんリーリエも。私達は孤児だけど、私達という家族なの、それを忘れないで」

アルマはナナの髪を分けしっかりと顔を見つめると額にキスをし、強く胸に抱きしめた

 

「アルマ………」

 

月に照らされた涙が頬を伝う。抱かれるままに胸に顔を埋めたナナ

自分の前にアルマが居てくれたことを感謝した

いつまでもこうしていて欲しいと願う程に………

 

「………アルマ、獣の匂いがする………」

 

抱かれた胸の中で目を見開いたナナ

アルマも同じように警戒に顔を上げていた

「森が回ってる………魔女の結界………」

 

それは突然静寂の森を動かしていた

けたたましい鈴の音と、浮かぶ横一線の目、黒い首だけの山羊たちは赤い口を大きく開いて浮かび上がっていた

 

「ナナ、私から離れないで」

 

闇よりも薄く紫に沈む森の中、うごめく木の枝と不気味な一つ目の山羊たち

アルマは光の卵をかざすと、自らを輝かし戦いへの変化を遂げる

 

「魔女を打ち払うわ!!」

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イルザは眠れない時間を過ごしていた

主の婦人は昼間、他の貴族や商家の婦人達と泣き笑い、色々と語らった末にいつもどおり疲れた眠りについていた

 

「月は綺麗なのに………」

 

主であるアーディ婦人は悪い人ではなかったが、悲しみを紛らわすための行動はイルザにとって目を汚すような行為にしか見えなかった

娘イリーネの事を思ってと泣きはするが、その実病弱だったイリーネに手をかける事嫌い離れの一室に閉じ込めていた事

他の兄弟を愛し、誕生日さえ忘れていた母である事を良く知っていたからこそ、この旅の意味を見失う気晴らしの逗留を嫌っていた

 

「私………どうなるのかしら」

 

不安

イルザの仕えるべき主はイリーネだった

それを無くした自分の身の振り方を心配していた

婦人の気晴らしと変わらぬ自分の今後への不安。嫌悪感を憶えながら、同じように悲しみを気張らししようとしているアーディ婦人に従っていた

 

「?………これは?」

 

木戸を開けて冷えた空気を吸い込んだ目が見たいのは、輝くソウルジェムだった

 

「何?教会の中に魔女?どういう事?」

 

イルザは素早くSGを指輪に返ると飛び出した

回廊の先は明らかな変化を起こしていた。昼間通った堂の通路の先のように真夜中なのに聖堂に続く先に光りが溢れ始めている

 

「どうして?」

 

歩幅も広く飛ぶように走る

聖堂に近づく程に強くなる、魔女の香りに戦きながら

走り進む風景は歪み始めていた。グラスを溶かしたように灰鉄と銀に輝く目の痛い世界が、魔女の結界として広がり、イルザを飲み込んだ

 

「助けて………これ何?!!」

 

きらめきの石に囲まれうずくまっていたのはヨハンナだった

心騒がす思いに、アルマやナナの無事を祈り夜の聖堂で祈っていた所に出くわしたのだ

 

「ヨハンナ!!私から離れないで!!」

 

駆け寄るイルザはヨハンナを抱えて走った

 

「しっかり付いてきて、魔女を打ち払うわ!!」

 

青い閃光の中でイルザもまたも戦への装束に身を整えた。

 

 

 

半分の月の下、キュゥべえの目はただ赤く輝いて

 

 

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注釈という世界

もうね、ある意味自分を満足させるために書いているみたいなものなんですよ

注釈って

でも理由もなく「こうなんです」ってのはダメなんですよ私

なので、気が向いたら呼んでみてくださいwww

 

 

1* マリア様を祀り

 

祀りのコの字が正しいのかちょっと不安

この字は神道の神にこそふさわしい気がするのだけど、西洋の祭事に当てはまるのか謎で

ところで、ブルボン朝フランスに置いてマリア崇拝はけっこうに盛んでした

産まれてくる子が、キリストのように?というわけではなかったなのですが、何せ乳幼児の死亡率が高かった時代なので、子供に平癒祈願なども兼ねて母マリアに信心する者が多かったのです。

しかし実際のカトリックではマリアは聖母の地位は持っていますが、崇拝の対象とはされていません。

マリアの存在は、母が子を思うところの理想型だったにすぎないのです

そも聖母とは聖なる母という意味ではなく、人格の優れた尊崇される人の母という意味ですから

しかし頃はカトリックの厳しすぎる戒律に反し、プロテスタントが台頭、ルターなどがちょっと前に活動した時期でもありました

色んな信心の形というのがキリスト教世界に発生し始めた時期だったのです

なので厳しいぃぃカトリックも祀りこそしませんでしたが、聖人聖母であるマリアに対する信心がある事までは否定しませんでした

で、まあこの後色々とごちゃごちゃするわけですよ

宗教改革でねー、多分学校でさらっと学ぶんだけど、意味不明ですよね。もっと根の深いものだから学校で学ぶ宗教改革なんて意味ないよーw

ルターもそうだけど、人のお母さんつかまえて、栄誉が足らないとか、信心の対象ではないとか、または女の崇敬を高めるのは危険だとか………世の中の男はご苦労さんな事で色々と無駄なことを考えながら西洋史における信心は進んでいくことになるのです

 

*2 戦いの仕方が変わった

 

ざっくりゆうと、戦争の歴史にある戦闘隊形にも流行が有るって事

紀元前のマケドニア軍はファランクスを組む重歩兵縦隊という形で戦闘を押していくという形態がつくられ、一時それが流行ったw然り!!然り!!然り!!

ローマの戦闘形態もこれ、重歩兵型レギオンを組むという形で世界に覇を唱えていったんだけど………

ある年に機動力が重視される事件がおきる

元によるヨーロッパ諸国への大侵略。馬を使った俊敏な機動力戦の前にヨーロッパ諸国は大敗退を喫し後一歩で死滅しそうになった

それ以前にも歩兵隊を使う遠征で十字軍を編成し、イスラムと何度もぶつかったが重層では良い結果が出ずでけっこうめちゃくちゃに負けているのに新しい方法が無く、ダラダラとしていたらこのありさまだよw

そこで馬を使い、それらを組織的に運用する騎士団の編成をする

騎士団が出来た理由は他にも色々あるけど………まあとりあえず(書くと長いのよwww)

まっ、とにかくこうして一騎打ちなど夢の演出もありうる身軽な歩兵団と騎士団による組み合わせが出来る(一騎打ちは夢だと信じてるwww)

ところが、今度はそういう軽い部隊をぶち破る戦いの方法が編み出される

16世紀始めぐらいスペイン方陣(テルシオ)という並びが開発される

1部隊1000人からなり(もっと大きかったり小さかったりもしたらしいけど詳しくは知らない。興味をもったら調べよう!!)、方陣型の四方に弓兵、または鉄砲隊をおくという形になり、しかも指揮官である騎士団を廃止。軍団の指導指揮者が1000に対して10人ぐらいと増えた

それまで我ありきだった騎士団の戦闘方法はあっという間に廃れましたとさー(でもテルシオも1世紀ぐらいで廃れるwその後は重歩兵、軽装歩兵、鉄砲、大砲、付けたり足したりして最終的にはナポレオンの歩兵団の元になったぐらいだろうか?)

本物語ではテルシオの過渡期にあるとしてます。

イルザの父は元々地位の高い騎士ではなかったところに来て、戦闘指揮から外された人という感じですね

 

*3 騎士団に所属

 

ドイツ騎士団の成立は古く1199年に教皇府の承認によって成立している。1192作ろう鎌倉幕府の頃ね(最近は1192ではなく1185説が強いらしい)

そして現代も騎士団として存続している

それだけでもすごいと思う

ドイツ騎士団は実はプロイセン公国が成立した頃(1523年あたり)には実権も実体も霞む騎士団になり、一度役目を終えている

本物語が16世紀初頭あたりを狙っているので………イルザの父は本当に過去の栄光に縋っていた人という事になる

 

*4 オースタン(Ostern)

 

端的にいえば、イースターエッグのこと

単純にドイツ読みなだけ

SGって卵みたいだとおもいません?それがこの物語を書くきっかけになったと言っても過言じゃないwww

最近は自作している人も多いですが、一級の工芸品でファベルジェのイースターエッグなどは億の値打ちのあるものもあったりします

 

 

 

いろいろ余計な事をwww

やっと話しが動き出したよー、もっと短くしようと悪戦苦闘ですよー

それではまたー!!暖かい目でみてやってください!!

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至高の敵ワルプルギスの夜にまつわる二次創作
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