SFコメディ小説/さいえなじっく☆ガール ACT:21
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 地震で驚いたおかげで出かかっていたくしゃみは引っ込んだが、その反動でか今度はしゃっくりが出始めた。

 冷え込みだした山の気温に、汗で濡れた夏服しか着ていない身体は震え始めている。

(いよいよヤバいぞ…ヒクッ)

  

 

 実際、敷地内へ入ったからといって何をどうすることができるわけではないことは亜郎も理性では理解していた。他人の秘密を暴くために家の中へ強引に忍び込むほど悪らつな性格でもなし、かといって家の外をウロついたところで庭先に情報が転がっているはずもない。

 ただ、気になってしょうがなかったとしか言えない。それがプロにまではなっていなかったにせよ、亜郎の若いジャーナリスト魂がそうさせるのか、はたまた持って生まれた好奇心のさせたことなのかはともかく、文字通り“気がついたらここにいた”のである。

 

 芯まで冷え込んでくる冷気を感じているうちに、このまま夜が更けてくれば確実に身体をこわすか、ヘタすれば凍死なんてこともありえないではない…という気がしてきた。

 いつもならさまざまなハイテク機器で身を固め、準備周到万事怠りなし…の上で取材現場に乗り込む亜郎だったが、今回ばかりはなぜこんなぶっつけ本番で行動を起こしたのか自分でも理解できなかった。だいいち、肝心の取材のための機材が不足している。

 低画質なデジカメや簡易録音機程度の機能がついた一般的な携帯電話は持っていたが、普段使っている軍用のものと大差ない性能の暗視機能付双眼鏡はもちろん、パパラッチも舌を巻く高性能レコーダーなどとはもちろん比ぶべくもないオモチャのようなシロモノである。

 だが今の亜郎はそんなぶっ飛んだ機材などよりも、体育の授業で使って汚れていてもいいから一着の乾いたジャージが欲しかった。

 

 目の前には、まるで夜の海で輝く灯台のごとく、電球色の暖かな灯がともっている夕美の家がある。

「すみませーん、道に迷ったんですぅ」

………と言ってあそこへ駆け込みたい所だが、一軒しか家のない山のてっぺんまで登ってきて迷うヤツはいない。今助かったとしても、やってくるお迎えは警察だろう。

(キノコ採りにやってきて)初夏である。シーズンではないし、ここは私有地である。

(わ、悪い人におっかけられて)お。これは昼間のこともあるからアリかな?とも思った。しかし、夕美に頼りないオトコだとは思われたくない、というなけなしのプライドが亜郎にもある。

 

 かといって今さら山を下りるにも携帯電話にくっついている程度のLEDスポットライトでは心もとないし、どうせふもとに降りるまでにバッテリーが切れてしまうだろう。いくら低い山とはいえ、安全に降りられるとは限らない。

 だが、がくがくと震え出す身体、とまらないしゃっくりは亜郎の気分を最低なものにし、のっぴきならない事態は絶望しか見いだせない。

 なんとかして夜が明けるまでここで我慢するしかないが、せめて夜露をしのぐ方法はないかと考え、そろそろと灯りの点る窓のそばへ近寄ろうとしたその時、ぽきり、と足もとに落ちていた枯れ枝を踏むのとしゃっくりが出るのが同時だった。

 

 窓に人影が映り、がらりと開くより早く亜郎が反射的に草むらへ身を沈める。すべてが一瞬の出来事だった。

 

「誰ッ!?」

 

 誰何(すいか)する夕美は庭先への闖(ちん)入者に投げるべく手おけをかまえている。

 亜郎が身を沈めた場所は浴室からは離れていたので灯りも届かず、木の葉の陰になっているので夕美からはよく見えなかったが、亜郎の側にしてみれば、真っ暗闇の中にうかぶ四角い窓と、その中にたたずむ夕美のシルエットがはっきりと見えた。

 もちろん逆光なのでディテールなどは分からないし、窓は高さがあるのでせいぜい胸元までなのだが、亜郎のオトコの本能は1/1000秒以下の早さでそこが風呂場であること、そして亜郎にとって夕美のうれしはずかしヌード姿らしきことを判別・理解した。

(ゆ…夕美さん!?し、し、しかもあそこはッッッッッッ!?…風呂場!?)

 同時に亜郎の頭脳は、この場にいる自分はどう言い逃れしようとも自分は単なる覗き魔、チカン変態のたぐいでしかないことに気づいた。やばい。かなり、やばい。

 今までにも取材を強行してなにかと危険な目に遭ったこともあるが、自分が犯罪者になりそうな危険性というのはなかった。

 好奇心に負けて無計画に潜り込んだことを悔いた。早まった…とホゾを噛んだがどうしようもない。夕美の所から自分がどの程度見えているかどうかは判らないが、彼女からは真っ暗な庭が見通せていないことをひたすら神に祈ってこの場に凝固しているしかなかった。

 

 祈りが通じたか。しばらく庭をにらみつけていた夕美は、くしゃみひとつを残して窓を閉めた。少し間をおいて夕美は湯を使いはじめたらしくザァザァと音がするので、幸いなことにしゃっくり程度の音に気づかれる心配はなかったが、あいにく瞬時に亜郎の全身を駆けめぐったアドレナリンのおかげでか、しゃっくりも止まったようだった。

 

 実は亜郎は一人っ子だったことや幼なじみに女っ気がなかったこともあってかなり奥手だった。それなりなルックスのおかげで幼い頃から女生徒には人気があり、キャーキャーとアイドル扱いされてきたので免疫こそあったが、男性として女生徒に接していたわけではなかった。

 むしろ女の子という生き物にマヒしていたに近く、意識していなかったと言える。これまでは。

 

〈ACT:22へ続く〉

説明
毎週日曜深夜更新…ああ。また忘れてました…

フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ?つ!!”なヒロインになる…お話、連載その21。
ヤヴァイな、本編に追いついてきたぞ。
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