―――閉じていた意識が引き戻されて行く。

最初に知覚したのは、存在。

自分が自分であるという認識、つまりは存在の認識だった。

次に知覚したのは、五感だった。五感が正常に機能し、身体を突如、浮遊感が襲う。

地に足の着かない慣れない、怖い感覚に、俺は半ば覚醒しきれていない意識を強引に目覚めさせる。

虚ろな瞳を開く。映るのは、白、白、白、白…。

宙に浮いている事に気が付いた。

「…どこだ、ここ？」

目に突き刺さる程の、広大な何処までも続く空白の空間。

その虚無の世界に俺は一人存在していた。

何故、自分はこの様な場所にいるのだろうか？

そう、疑問が打って出た。自分の事は分かる。だが、ここに来る以前の事を思い出そうにも、どうにも思い出す事が出来ない。

記憶を掘り起こそうにも、それを思い出す引っかかりがないのだ。

目の前の光景の様に、俺の頭の中にも一部の《空白》があった。

「……っ」

無理にでも記憶を引きずり出そうとすると、頭が拒絶するかの様に鋭い頭痛に苛まれる。

「…お目覚めになりましたか？」

「うわっ！」

空間に浮遊する俺の頭上。穏やかな声がすると同時に男性なのか、女性なのか解らない存在が姿を現す。

子供なのか、成人なのか、老人なのかの区別もつかない。その存在の貌はクルクルと色々な貌に変る。

誰にも似ていなくて、誰にでも似ている。

―――何だ、夢か。

そう理解した。瞼を閉ざす、夢とは浅い眠りで見るものだと誰かが言っていた。

ならばもっと深く眠りに就こう、きっと疲れているんだ。

だからこんな変な夢を見る。

「あわわっ、現実逃避しないでくださいよぉ！」

夢の住人の癖に口煩い奴だ。現実というよりも夢逃避だろう。

「そんな細かい事はいいんです！いいから私の話を聞いてください。」

「…しょうがないな」

俺は再び、瞼を開く。

すると世界は色を帯びて、俺は何時の間にか、その群青色の空間に立っていた。

同じく群青色のテーブルとチェア。

そのチェアの一つに一人の少女が座っている。

「それで、君はさっきの？」

「ええ、そうです。“0”とでも名乗らせて頂きましょう」

今度は明確にその存在を認識出来た、十代半ばの黒髪に翡翠の瞳をした美少女とも言える程の女の子。

彼女は自らをそう名乗り、薄く笑みを浮かべた。

「そうか。それはどうもご親切に」

何とも“願い事はあるかい？”と聞かれそうな感じだな。

某ラノベの謎の存在が頭に描かれた。

「あら。分かりますか、この小説ネタ」

そう言い、何処か嬉しそうに彼女は“虚空”より一冊のラノベを取り出した。

『空ろの箱と○のマリア』

「まぁ、“生前”読んだ事があるから―――」

無意識の内に、そう言葉が洩れた。

んっ、生前？

おかしい、思考に誤認がある。これではまるで―――。

「“自分が死んだ”みたい、ですか？」

気にはしていたが、この少女は此方の思考を読み取ってくる。

夢の中であるし、何でもアリなのだろう。

「ああ、まぁ……」

「単刀直入に言いましょう。貴方、死なれたのですよ。」

そう、彼女の宣言で空いていた記憶の空白が埋まって行くのを感じた。