ヒーローに憧れた悪魔のお話
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窓から漏れ出る木漏れ日。暖かい朝日を浴び、そしてけたましい目覚ましの音の下。ベッドの上、身体全体を隠すように被った布団。中からふっくらと膨らんだそれはごそごそと目覚めるように動く。

 

「あー……だりぃ」

 

ぬうっと布団の下から伸びた腕。病的なまでに真っ白(・・・)なその腕はベッドの前に設けられた小さな箪笥の上へと伸びていく。腕が目指すのはそこに置かれた今だ音を鳴り響かせる目覚まし時計。ふらふらと覚束ない進行性を保ちながら腕はついに目覚ましの頭部。つまり、音を止めるスイッチを押すことができた。

 

「後五分……」

 

目覚ましを押したまま固まるように布団に包まったその人は言う。誰もそれを咎める者はいない。そもそもがこの家には“彼以外”が住んでいないのだから。

 

だがそれも長くは続かない。

 

「起っきろーーっ!!」

 

バンと弾かれるように開かれたドアから先の目覚まし以上に大きな声が部屋中へと響く。

 

「学校の時間だぞーー!!」

 

そこに寝ている人物に遠慮もせず、((彼女|・・))はベッドへと小走りで向かった。そして掴まれる布団。

 

「孝一ーーっ!!」

 

そして宙に舞う布団。そこには丸くなって眠る一人の少年が一人。さらさらと流れるような黒髪は寝癖一つも付けず、二枚目といったそこそこ女性受けしそうな顔立ち。

 

布団を取り上げられたことで朝日が少年に直射し、少年は眩しさと寒気で眠りから覚める。

 

「……うぁ?」

 

「起きた?んじゃさっさと支度してよ。学校行くよっ!」

 

「後五分……」

 

目覚ましと同じように少年は言う。だがそれを許容するほど彼女は優しくない。いつまで経っても寝覚めが悪い幼馴染のために毎日起こしに来てればいずれ学習するというものだ。

 

「起きんかぁーーっ!!」

 

刹那。バシンとどこか心地よい音を響かせるハリセンが少年の頭へと打ち下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

「いっつつ……。いい加減ハリセン目覚ましは止めてほしんだがな?」

 

そう言いながら額を撫でる少年。その額は何かで叩かれた様に赤く染まってる。

 

「孝一がちゃんと起きてくれたらねー」

 

もくもくとリビングに用意された朝食を食べる彼女に少年は不満の眼差しでいっぱい。だがそれも横へと軽く流されてしまった。

 

毎日というほど頻繁ではないがハリセンで叩いて起こされる身にもなってみると結構辛いものだと少年は思うのだが、それでも結局はダラダラと寝てしまうためにそれがなくなることはないのだろう。無理矢理起こされてニ階からリビングへと降りてみればそこに用意された朝食の数々。

 

これに関しては毎日なのでそれはそれで感謝している。両親を早くから失った少年にとって、そしてこの“力のない身体”では包丁を持つことはできてもフライパンを動かすことができないぐらいに貧弱だ。

 

「早く食べなよ。それともわたしが食べさして上げようか?」

 

「遠慮しとくよ……」

 

からかう様に言う彼女に呆れをまじ合わせながら断る。

 

「なによー。わたしのどこが不満なのよー?」

 

「はあー……」

 

頬を膨らませる彼女を無視しながら少年は箸を進ませた。小言のような文句の羅列を気にも留めず。さあ今日も退屈な一日が始まる。

 

 

 

 

 

((私立駒王学園|しりつくおうがくえん))。つい昨今までは女学園だったのだが、最近は男子をもとり入れるようになった。だが女学園だった影響と共学になって最近の今は比率は女子生徒のほうが圧倒的に多い。

 

どこかいいとこのお嬢様が通うような学園なのだが、共学になったことから孝一少年はこの学園に在籍していた。

 

それも通い始めて二年目。つまり孝一は二年生ということで。

 

「ねー。孝一聞いてるー?」

 

先から纏わりつくように着いてくる彼女もまた同じく駒王学園在籍で、しかも同学年にして同じクラス。あまりにも頻繁に一緒にいるために孝一と彼女は付き合ってるのではないかとあることないような噂まで立つ始末。

 

「あーだりぃ……。聞いてるよ、っでなんだっけ?」

 

「もう。全然聞いてないじゃん」

 

ただでさえ朝日が孝一の体力を奪うというのに、こうも元気いっぱいに騒ぎまわられては孝一の肉体的(スペック)にもよろしくない。歩くのでさえ苦痛に感じるこの身体はそれでも登校という義務のために銃数分という地獄の街道を渡っているのだ。

 

「だーかーらー。あの兵藤一誠に彼女ができたらしいんだよ!信じられる!?」

 

「ほ〜う。あのイッセ―に彼女がね……」

 

兵藤一誠とは孝一や彼女同様駒王学園に在籍する少年だ。同じクラスで、エロいということで同年代では有名すぎるほどに有名な少年だ。後ろ髪が少しツンと刎ねた茶髪が特徴的で、顔もそこそこ二枚目なのだが、いかんせん。悪名と、兵藤一誠のその性格が難を持して彼女など作れたことなど一度もなかった。

 

そもそも有名な悪名のせいで彼に近付く女子などいなく。それでも近付く者はよほど噂に疎いか、または彼に体罰を与えるためかの二つしかない。

 

「クラスの子が一緒に登校してるとこを見たらしいんだよねー。制服は駒王じゃなかったみたいだけどかなりの美人らしんだ」

 

「ふーん。ま、あいつもある一点を覗けばまともな性格してんだ。モテる奴にはモテるんじゃねーか?」

 

「そうだねー。よくわたしの胸見てニヤニヤしてるとこさえなかったら、わたしも良いとは思うんだけどねー」

 

内心なにしてるんだと友人である一誠の高感度をさりげなく下げながら孝一はさらにさりげなく彼女のその胸へと視線を向ける。チラリとばれないように横目で見るそれは見る人が見ればただの怪しい奴にしか見えない。

 

「DかEか……」

 

一歩歩くたびにたわわに揺れるその塊を惜しげなく観察しながら孝一は思う。

 

(あいつおっぱい大好きだしな)

 

胸を愛して止まないという病的なまでに女性の胸に熱中する友人。それは大きければ大きくなるほど良い。別に貧乳が嫌いというわけでもないようだが、やはり大きな胸は大好きなようだ。

 

「なぁに見てるのかなぁー?」

 

にやにやと笑みを浮かべる彼女を前にして孝一は気付いた。視線がどこに向いていたのがバレているということに。

 

「なんでも……ってうお!?」

 

「なに自然に逸らそうとしてんのかなぁー?」

 

彼女から背けようとした顔があらやだがっしり。両手で掴まれて彼女の眼前に固定。ぱっちりと大きく開かれた黒い瞳に吸い込まれてしまいそうな感覚と、顔と顔の距離に思わず顔が赤く染まる。

 

すぐにでもお互いの唇が触れてしまいそうなその距離。

 

「このままキスでもしてあげようか?」

 

「……遠慮しとく」

 

ふふと笑い声をあげる彼女。あながち噂も間違ってはいないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

駒王学園に着いたが孝一は教室にはいかず、エントランスホールで彼女と別れる。もちろんそれには理由がある。孝一は保健室にいかなければならない。この時間、まだ保険医は保健室には来ていないのだが鍵も持っているので、ある薬を保健室からとってこないと孝一はこの学園で授業を受けることすらできない。

 

「失礼しまーすっと」

 

意味のないノックと意味のない挨拶。両方とも中に相手がいてはじめて活かせるのだが、これを言うのは保健室に来た時にはお決まりのようなものであるために孝一にとっては欠かせない。

 

あまりにもの保健室の利用回数が多い孝一は保健室を熟知してるといっていい。薬がどこにあるのかなんなんて記憶済み。保険医様に置かれた机の上にある瓶を手に取って、孝一は保健室から出た。

 

もう最初の鐘が鳴る手前だった。

 

「あ、遅いよ孝一。授業始まっちゃうよ?」

 

教室に着いたのもぎりぎり。心配していた彼女が教室内をうろうろするぐらいだ。ドアを開けてすぐに彼女がそう言うものだから周りの生徒たちがまたかといった具合にこっちを見ている。特に男子なんかはほぼ睨んでるようなものだ。

 

「わりぃな……歩くのに少し手間取った……」

 

「もう。やっぱり杖買ったほうがいいんじゃない?身体辛いんでしょ」

 

「杖はなんか負けた気がするから嫌だ」

 

孝一の肉体は貧弱だ。虚弱体質と言ってもいい。圧倒的なまでに弱いのだ。歩くと言う行為ですら負担がかかってしまうほどに彼の身体は弱い。

 

彼女が毎朝朝食を作りに来る理由もこれなのだ。昼夜問わず、彼女は孝一の世話をする。洗濯も掃除もご飯も。情けないことに全部任せなければ孝一が生活することができない。

 

「む……我が儘はダメだとわたしは思うなー。心配させられるこっちの身にもなってほしいかな?」

 

「そうだ!梓ちゃんを悲しませんなよ孝一っ!」

 

「あー悪いとは思ってるけどって、ん?」

 

「あ。兵藤君」

 

まるで長年付き添って来たような夫婦空間を発生させるこの二人の中に割り込んできたのは茶髪の少年。登校中に噂していた兵藤一誠その人。

 

「ようエロ帝。彼女できたらしいな?」

 

「ははーん。誰に聞いたか知んないけど孝一も俺の彼女に興味ある?あっちゃう??てかエロ帝って何だよ!?」

 

「いや別に興味なんてないが?」

 

「お前から聞いてきたのになんで興味なさげなんだよ!?」

 

「はあー?」

 

「なにこいつ大丈夫かってみたいな感じで心配そうに見ないでっ!?」

 

大声で泣き叫ぶ一誠に興味なさげに対応する孝一。だが口元がうっすらと弧をえがいてることから楽しんでることが伺われる。少女梓(あずさ)もクスクスと二人のやり取りを見て笑みを浮かべてる。

 

「で、いんのか?」

 

「昨日告白されたんだよ……」

 

弄られ過ぎてむすっとした表情の一誠。

 

「それで付き合ったと……。まあよかったじゃねえか。念願の彼女ができて」

 

「まあな。((天野夕麻|あまのゆうま))ちゃんって言うんだ。孝一にも紹介できたらするよ」

 

ムスッとした表情から一掃。はにかみながら嬉しそうに笑う一誠。孝一が思うには、きっと一誠はその天野夕麻という少女に一目惚れでもしたのだろう。ただ好きと言われて付き合う男でもないのだ兵藤一誠という男は。

 

どれだけ頭の中がエロい妄想でいっぱいだとしても。

 

そんな彼が幸せになるための道を一歩進んだという。一人の友人として孝一は祝福する以外なにができようか。

 

「まあ頑張れよ」

 

その日が兵藤一誠と人間として話した最後の日になったとしても。孝一は一人の友人に祝福を上げた。

 

 

 

 

 

 

事件が起こったのはそれから二日後。日曜日という週末の日だった。その日は梓が急な用事で昼ごろに帰ることになった。また夜に来ると言っていたために夜には来るのだろうが、こんな広い家の中を孝一一人だけというのは寂しいものだ。

 

だから孝一は先日、つまり前の日に梓と二人で買いに行った杖を持って外に出たのだ。時間はもう空が赤く染まる夕焼けの時間だった。

 

「杖ついてもあんまりかわんねぇもんだな……」

 

脚力に続き腕力にも乏しい孝一にとっては杖など補助具にもならない。少しは楽になることにはなるのだが、あまり変わった感買うもしないのもまた事実。

 

これなら普通に歩いたほうがマシだと思う孝一だが、せっかく梓と休日に選んで買った物だ。大事にしないわけにはいかない。

 

「……公園にいくか」

 

目にとまった自動販売機から暖かいコーヒー缶を買って孝一は公園へ向けて足を進ませた。出歩いて数分も経ってないというのに、もう休みたい気分にまで下がっており。

 

正直いってすぐにでも帰りたいとまで思った孝一だ。

 

それも叶わないのだが。

 

最初に違和感を感じたのは公園に向けて歩き始めたころだ。

 

「行く気がでない?」

 

なぜか行ってはダメと言われたような感じに陥り、公園に行く気が起きない。といっても足を止める気はないのだが。

 

「静かだな……」

 

そして一通りが限りなく少なかった。いや、人気すらなく、孝一の横を通った人物はいない。まだ夕方だ。小さな子供たちが元気よく遊んでるだろう。それを見届けてる親もいるはず。それ以外にも少年少女たちが公園にはいるものだろう。

 

人の気配がないとはおかしなものだ。

 

「買ってきて正解だったかもな」

 

杖を持った手とは正反対に握られた一つのコーヒー缶。もしかしたら使うかも(・・・・)しれない。

 

 

 

 

 

 

 

「死んでくれないかな?」

 

自分の耳を疑った。目の前の女性が何を言ってるのかが兵藤一誠には理解できなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。

 

「夕麻、ちゃん……いまなんて……?」

 

だから聞き返した。間違ってほしいと願いを込めて。だけどそれは無残にも引き裂かれた。目の前の少女。天野夕麻はもう一度はっきりと言ったのだ。

 

夕焼けを((背景|バック))に腰まで伸びた黒髪を揺らして、笑顔で。

 

「死んでくれないかな?」

 

世界が停止した。見れば彼女の手の中から光り輝く槍が握られていた。顔が引き攣ったどころではない。恐怖に染まった。逃げようとして足を動かしたのに自分の足に絡めて尻から倒れる始末。

 

「運が悪かったのよ。恨むなら『((神器|セイクリッド・ギア))』をあなたに宿した神を恨みなさい」

 

神器?なんだよそれ。とうろたえる一誠にも気にも留めず天野夕麻は槍を振りかぶるのだ。死ぬ。死んでしまう。自分が何をした。いったい何が悪かったのだ。

 

一誠はそう思いながら振りかぶられてる光の槍を見るのだ。

 

「あーらら。物騒だなこれは……」

 

かちゃかちゃと杖を突く音。天野夕麻と兵藤一誠以外いない公園にその音が響いたのはその時だった。

 

「光の槍とはまた物騒だなこれは。天使が人間を襲うとは思えないな……堕天使か?」

 

((紫藤孝一|しどうこういち))。虚弱体質で歩くことすら億劫だという兵藤一誠の友人。その人がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

「人払いを抜けてきた…。ということはただの人ではないのかしら?」

 

急に出た邪魔者を睨むように見ながら言う少女に孝一は語らない。ただ無言で一誠を見ていた。怯えた表情で背後にいる孝一を見上げる一誠を見て、ただ孝一は眉一つも動かさず、歩みを進める。

 

「感じからして悪魔ではないわね。魔術師かしら?」

 

かちゃかちゃと覚束ない足取りを杖で補助しながら歩み、一誠の前まで来て孝一は少女に言葉を返す。

 

「いや、違うよ。ただの人間さ。なんの力もないひ弱な、神器すら持ち得ない人間だよ」

 

「あらそう?だったらそこの虫けらと一緒に……死になさい!」

 

投げ出される光の槍。当たればただではすまないそれが孝一に狙いを定めて降りかかる。当たればそのまま貫通して真後ろにいる一誠まで刺さるであろうそれを前に孝一は。

 

「ふうっ……」

 

プルタブを開けた缶コーヒーを呑気に飲みつくしていた。

 

「バカね。飲んでいる暇があれば逃げればいいものを」

 

背中に黒翌の翼を出して、嘲笑う少女。すでに二人を殺したも当然。後始末などは部下に任せようかと振り返り空へ羽ばたこうとしたが。

 

「残念」

 

一人の声に止められた。

 

「お前は間違えた。俺に((こいつ|コーヒー))を飲ませた時点で、お前の負けだよ」

 

ただの人間に光の槍など止める術はない。天野夕麻はそう思いたい。だったらなぜ、今後ろにいる少年は生きているのか?

 

「堕天使よ。俺の友人を弄んだ罪は重いぞ?」

 

そう述べる一人の人間に少女は恐怖した。

 

「ありえないっ!?」

 

そう叫ぶのも無理もなかった。

 

「そうだな」

 

ただの“人間”である紫藤孝一。彼は前もってそう言った。魔術師でもない、神器も持ってない。だというのに何故?。そう何故彼はそうして((天野夕麻|少女))の目の前で生きているのか。

 

光の槍というものは名の通りそのまんま、つまり光が凝縮された結晶体だ。悪魔にとって猛毒であり、人間にとっても光の熱が凝縮されたそれは当たればタダですむものでもない。

 

それを何故((紫藤孝一|かれ))は素手で掴むと言う行為ができるのか。

 

「だが、残念ながらありえないということはないんだよこれが」

 

答えは単純だ。

 

「お前は間違えたのさ」

 

「くっ!」

 

語る孝一を前に天野夕麻は空へと羽ばたく。その手にもう一度光の槍を握りながら。

 

孝一から発せられる威圧感を無視し、少女は今度こそという思いを抱きながら振りかぶるのだ。

 

「((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))」

 

飛んでくる光の槍をものともせず孝一は言う。

 

「生前。……そう前世の俺が願った((最高で最強な無敵|チート))な力だよ」

 

槍が孝一へと降り注ぐ。だがそれはオレンジ色の光で遮られる。バチバチと発光する槍とオレンジ色の光の壁。

 

心の壁とある世界で証されたそれを破るには些か少女が放つ光の槍では役不足もいいとこ。今だ手に持った光の槍を握りつぶして消し飛ばすのと同時に壁に阻まれたそれも同様消し飛んだ。

 

 

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「たった三分間。その間だけ俺はありとあらゆら世界の物語の力を行使することができる」

 

だけど三分。されど三分。短い時間制限だとしてもそれだけで充分すぎるほどの力なのだ((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))は。

 

素人どうしが争ってるわけではない。だが別に達人というわけでもないが、それでもこの殺し合いに置いての三分とはあまりにも長い時間。

 

少女は明らかに玄人。孝一は力を使うのもこれが初めての初心者だが、それでも玄人と戦うには身に余りすぎる力だ。戦闘においての長時間というものは無駄に過ぎない。古今東西、戦闘や殺し合いにおいては力も需要とされるがそれ以上にもっとも重要視されるのは。

 

((速度|スピード))だ。

 

「運が悪かったな堕天使。お前が俺のダチを殺そうとしなければこんな目にもあわずに済んだろうに……」

 

既に必要性がない杖を突きながら孝一は言う。ヒーロー・タイムを発動している今ならば孝一は虚弱体異質どころかそこらの人外以上に肉体能力が高まる。一重に言えば孝一の虚弱体質というのは((身に余り過ぎる力|ヒーロー・タイム))を持つためによる((代償|デメリット))。

 

普段は使わないだろうが、それでもその身に余り過ぎる力のせいで孝一は不自由というものを背負うことになったが、それでも満足はしている。

 

「自身の運のなさに嘆いて逝くといい」

 

友人を助けることができるのだから。

 

 

 

 

 

 

空を飛び交う光の槍。黒翌の翼で空に羽ばたく天野夕麻が投げるそれを孝一は避けもせず、ただ受け止める。本来なら焼け焦げるどころか掴んだ手が消し飛ぶのだが、それでも今の孝一には光の槍は無外に等しい。

 

「ほらほらほらあっ!どうしたこの程度か?!」

 

「−っ、ひ弱な人間風情が!誰に口を聞いてると言うの!!」

 

両手に根元させた光の槍を投げ、天野夕麻はさらに上空へと羽ばたく。いくら光の槍を掴めようがただの人間である孝一には到底無理なことがある。

 

「あなたのそれは三分間だと言ったわよね?だったらわたしはこうして空から狙い撃ちしてればいいだけの話じゃない」

 

人は空を飛ぶことはできない。((空|上))へ((空|上))へと飛び上がる堕天使に直接手を下すことはできない。今の孝一の攻撃手段は天野夕麻が投げる光の槍を投げ返すことだけなのだから。

 

地を這う((王者|ライオン))だろうが、空を滑る((王者|ワシ))を狩れる道理などない。と普段なら言えたのかもしれない。だがそれは所詮その動物たちの話だ。

 

“今の”孝一に全くもって関係ない。((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))は名前負けなどは決してしない。たった三分。その時間だけなら孝一は神すら殺せる男だ。

 

故に。

 

「アホか?」

 

誰が孝一が空を飛べないと言った。

 

「そんな誰もが思いつきそうなことに対策をしてないとでも思ってたのか?だったらお前は真正の馬鹿だな」

 

駆け上がる。まるでそこに大地があるように孝一は空を駆け上がる。別にそんなことせずとも空を飛べないことはないのだが、相手を驚かせたい半分。そして

 

「((やればできるものだな|・・・・・・・・・・))」

 

ただやってみたかっただけ。どうにも初めて使うものだから孝一にも少しこの能力を測り間違えている節がある。

 

ただ興味本位にやっただけなのだが。まあそれも別段と悪いということではないのだが。

 

「まあいいや。そしてこんにちわ?あんたを殴りに来ました」

 

不謹慎きわまりないと言うべきだが、本人は至って真面目にやっているのだ。しょうがないだろう。

 

「そんな!?うそっ!」

 

「オラァァァァァァッ!!」

 

叫ぶ少女。落ちる拳を目の前で交差させた両腕で防ぐが、そんな柔な盾で今の孝一の一撃を防ぐどころか耐えられることすらできない。ミシミシと嫌な音を鳴らす骨の音を聞きながら天野夕麻は地に落とされる(戻される)。

 

大きくもない、小さくもないクレーターを作った彼こと孝一は力加減を誤ったのか、もしかした殺ったのかもと冷やりと汗を流す。

 

土煙りが上がる中上空で今だ佇む孝一からは見えないだろうが、その中では強く背を打ち付けたためにせき込む天野夕麻。人間なら確実にお陀仏であったろう一撃だが、少女が堕天使なこともあって、死ぬことは免れた。

 

その分苦痛は酷いが。

 

「ぐ、ごほっ……。デタラメだわ……」

 

こんなはずではなかった。天野夕麻はそう言いたい。本来ならばとっくに目の前に今だ尻モチ付いているマヌケな少年、そう兵藤一誠を殺していたはずで。

 

痛めつけられることなどなかった。

 

だというのになぜ自分は醜く地を這っているのだろうか。そうであるべきは人間だろうに堕天使という高等種族がそう、ひ弱な人間風情になぜこうまでして痛めつけられなければならない。

 

理不尽。あまりにも理不尽。人を見下して止まない天野夕麻だからこその考え。

 

「それもこれも……!」

 

土煙りの中から睨む。上空で佇む孝一(彼)ではなく。すぐにでも手が届きそうなひ兵藤一誠(彼)を。

 

「下等な人間風情が……っ!」

 

そう殺そう。元をたどせば本来殺すのは兵藤一誠のみ。なにも孝一を殺す必要などはない。と言えば嘘になる。人間で堕天使を軽くあしらえる力量。置いて置くだけでの不安要素をそのままにするわけにもいかないのだが、天野夕麻に孝一をどうこうとすることはできない。

 

だからここは元の標的だけを始末してしまうだけに限る。

 

「死になさい!」

 

立つこともせず天野夕麻はその手に光の槍を取った。狙うは一誠。投げられたそれは土煙りを抜けて一誠を刺し貫いた。

 

「は………?」

 

上空で佇む孝一はただそれを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

槍が飛んできた。それに気付いた時には一誠は光の槍に腹を刺し貫かれていた。不思議と痛みは感じなかった。だから不安に駆られて手を腹に置いたのだ。

 

ぬるっとした感触。

 

「ははは……なんだよこれ……」

 

真っ赤なそれは一誠自身の手を赤に塗りたくり、身体から溢れ出ていくそれは(血液)公園の地面と一誠の身体を赤に染めていく。

 

「どうして……どうして俺がっ!」

 

ドサリと倒れる自分の身体を起き上がらせることもなく一誠は小さな叫びをを上げた。そうして今日一日のことを頭の中を駆け巡らせる。

 

幸せだった。初めての彼女だった。楽しかった。デートした。

 

だけどそれは自分の独りよがりの思いだったのかもしれない。いや、そうだろう。でなければ自分を殺そうとすらしないはず。

 

「ああ……赤い。あの人の髪と同じだ……」

 

そして((過|よぎ))るはある人の髪の色。今自分が流しているようなものと全くもって同じような色の髪をした女性。真っ赤なロングの髪が特徴的な女性を。

 

(どうせ死ぬなら……あの人のおっぱいの下で死にたかったな……)

 

なんと不謹慎な願いだろうか。だがこれが兵藤一誠なのだ。胸というか、女性のおっぱいに無駄な執着を持った男。だが、だからこそだろうか。

 

その思いが軌跡を起こした。知らずと考えた邪な思いだろうが、あまりにもの願う気持ちの大きさが((幸|さいわ))いしたと言うべきだろうか。

 

だから彼女が呼ばれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

孝一はただ唖然としていただけである。その間にも刻々と制限時間が迫っているのにも関わらず、動くことすらできなかった。

 

「どうして」

 

その一言。狙うなら自分にすればよかったのに。そうすれば友人である一誠が死なずに済み、飛んできた光の槍を掴んで天野夕麻に返したというのに。

 

真っ赤な池の上で眠るように倒れた友人をただ見送ることしか彼にはできなかった。

 

「なんで……俺は。俺は……」

 

ヒーロー・タイムだろうとも死んだ人間を蘇らすことは不可能。そもそも戦闘に特化しているこの能力は自分の傷は癒せても、誰かの傷を治せるかと言えば否に近い。

 

まだ浅い傷であればできるかもしれないが、死んでしまうような深手では孝一にはどうすることもできないのだ。その時点でいくら治癒魔法を使おうが応急処置にもなりもしない。

 

轟と吹く風が下の土煙りを綺麗さっぱり吹き飛ばした。そこにいたであろう天野夕麻はもういない。目的を達成したことで彼女は立ち去った。一誠を殺したとなれば孝一が激昂することも予想済み。

 

だから少女は槍を投げたと同時に逃げた。勝てる見込みがない者と戦うほど彼女は愚者ではない。

 

逃げるにはちょうどいい隠れ蓑(土煙り)があった。転移を孝一に悟られることもなく天野夕麻はこの場から離脱した。

 

「ァァァァァアアアアアアッッッ!!!!」

 

悲痛な叫び声。空高くから発せられるそれはこの広い公園全体にまで響き渡り。

 

「−っ!?」

 

制限時間が過ぎた能力は無に帰る。

 

「がっ!?」

 

頭だけは打たないよう背中で地面にぶつかり、またまともに動かなくなって身体で受け身もとれるわけなく、背中から広がる熱い痛みに襲われる。

 

数メートルという高さから落ちたというのに命があるだけ儲けものといいたいが孝一にとってはそうも言ってのける雰囲気ではない。

 

「……くそ……」

 

自分の役ただず感が孝一を惨めにする。口からでるのは悲観の言葉ばかり。もう孝一にはどうすることもできなかった。

 

だが孝一は見た。

 

一誠の服から輝く一枚の用紙を。

 

宙に描かれる陣。それは一重に魔法陣と呼ばれるものであり、そこから現れた深紅の髪の少女。

 

一誠や孝一と同じ駒王学園の制服を着たその少女は倒れる一誠を見てクスリと笑った。

 

「あなたね?わたしを呼んだのわ。……どうせ消える命。その命……わたしのために使いなさい」

 

「待……て……っ!」

 

だが孝一のその声は聞こえてないのか少女はその手に真黒ななにかを持ち出した。それはチェスの駒。

 

それでいったい一誠になにをしようとしているのかと叫びたいところであったが孝一の意識はここで途切れることになった。

 

ただ最後に。

 

「あなたもわたしのために使いなさい」

 

と少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

目覚ましが騒いでいた。布団に包まっていた孝一はそれで目が覚めたが、たがまだその浅すぎる目覚めで起きれるほど孝一は甘くはない。

 

ぬっと布団から出した手で目覚まし時計の頭部を叩いて止める。グシャっと嫌な音を立てて鳴りや止んだが、ここでは余計なことを考えることを止めようかと。

 

そうして孝一はまた新たに眠気へ誘われて……。

 

「おっはよぉぉぉう!」

 

いかなかった。

 

「起きろ孝一ーー。朝だよーー!!」

 

防壁という名の布団はあっさりと梓に取り上げられ、今日もまた孝一は梓に起こされるのだ。

 

「……朝からうるせーぞ……」

 

ベットの上で眠たそうに目元を擦る孝一を目にして梓は一瞬硬直した。それは梓だけに限らず、知っている者がいれば、誰でもわかる違和感。

 

「孝一……?」

 

「なんだよ?」

 

朝の騒がしから一掃。真剣モードになった梓を前に孝一はただドギマギしてなにかと尋ねる。

 

「なんで悪魔になってるの?」

 

「ふーん悪魔ね……て、悪魔?」

 

「そう悪魔」

 

ニッコリと輝かしい笑顔でいう目の前の彼女。なんとなくその笑顔があまりにもの微笑ましさから、軽く寒気を覚えるが今は置いておこう。

 

孝一には身に覚えのないことだった。なぜと聞かれてそう答えが返せることではない。知らないことは知らない。ただ少し心当たりは。

 

「あ……」

 

「孝一?」

 

あった。非常にあった。もうすでに笑顔で人を殺せるぐらいにあまりにも怖い笑顔をしている梓のことを冷や汗を流しながら横目で見て昨日のことを思い出していく。

 

いつ孝一は家に帰って来たのだろうかとか、昨日の夜は梓はどうしていたのか?とか。

 

そしてあの少女の言葉の意味。

 

「あーーー……てへっ」

 

「バカァァァァァッ!!!」

 

可愛く言っても無駄である。

 

 

 

 

 

 

「本当に昨日は心配してたんだよっ!」

 

家に入ってみれば誰もいないもぬけの殻。外に出歩くことすら億劫な身にも関わらず、いったいぜんたいどうして家の外に出ていったのかと。

 

もちろん梓は孝一を探した。その時はすでに日が暮れ落ち、夜になっていた。公園にも行ったらしいがそこには誰もいなく。しぶしぶと一回家に帰ってみれば玄関に見慣れた靴が。

 

急いで上がってみれば孝一の部屋で孝一がすやすやと気持ちよさそうに眠っていたそうだ。その時は安心感とか、焦りとかで一杯一杯だったらしくて孝一が悪魔に転生していたことにも気付かなかったようだ。

 

「で、昨日はなにがあったのかな?」

 

有無を言わせない迫力。今の梓にはそれがあった。笑顔なのに、見る分には笑っているだけなのに。孝一からしてはその笑顔は笑っているようには到底思えない。

 

塗り固められた((仮面|笑顔))の下はきっと般若に違いない。

 

「あー……」

 

だからといって素直に話していいものかと孝一は考えるが。

 

「言いなさい」

 

人間恐怖に勝てないものだ。悪魔だけれども……。

 

「堕天使と戦った」

 

「そう。それで負けたの?」

 

「いやまさか。逃げられたよ」

 

梓は((孝一の力|ヒーロー・タイム))を知っている唯一の人物。言葉に出そうとも孝一が負けたとは露にも思っていない。だが、それではなぜ孝一が悪魔に転生しているのかと謎が残る。

 

「一誠が襲われてたよ。俺はそれを助けれなくて、ただ死んでいく様をぼうっと見ていただけだ」

 

すべからず喋る。もう隠しても無駄だろうし、隠しきれることではない。第一ずっと世話になりっぱなしの梓に隠し事をするのは少し罪悪感が残るし、終わり方が恥だとしても話さないわけにはいかない。

 

まさか孝一も制限時間のことも忘れて空高くから落ちて瀕死になるなんて露にも思わなかったし、それで一誠の召喚に応じたあの学生の少女悪魔に転生させられるとは思ってもいなかった。

 

「孝一ってバカ?」

 

だから梓にそう言われてもしょうがない。

 

「バカって……もすこし慰めてくれたっていいだろう……」

 

「いやバカ。バカ孝一。堕天使は逃がすし、友人は助けられない。さらには自分せいで死にかける。……これをバカと言わずなにと呼ぶのかな」

 

「うっ、……まあそうか……」

 

「力を使ってたならわたしを呼ぶことだってできたはずだよね?どうしてわたしを呼ばなかったのか追求したいところだよほんと……」

 

梓からの孝一に対する評価はガタ落ち。落ち込む孝一を前に梓はただ箸を動かす。今日も朝早くから孝一の家に来て朝食を作ったにも関わらず、食べてるのは梓だけ。

 

もちろん孝一の前にも朝食は並べられているし、机の上には綺麗に並べた二本の箸もある。だが説教じみた梓の言葉に落ち込んだ孝一はもはや食べることすらできないでいる。

 

「そもそも!」

 

がつんと食卓に打ち付けられる茶碗の音。

 

「なんで勝手に外に出歩いてるの!」

 

ビシッと孝一の目の前で突きつけられた二本の箸。別に孝一が外に出ることじたいを梓は悪いとは言わない。だが、出るなら出ると連絡の一つでもくれたのならよかった。

 

それだけでももしかしたら孝一が悪魔に転生せずとも済んだのかもしれなかったのだから。

 

それに連絡を寄越すのは梓と孝一で取り決めたことでもあったので、今回は孝一が全体的に悪いという結果にしかならない。言い訳はできないというわけだ。

 

「悪かったよ……」

 

そこをつかれては孝一も素直に謝るしか選択肢はない。悪いのは孝一であり、梓には多大な迷惑をかえたわけだから。

 

「すまん」

 

謝らなければ話が進まない。

 

「素直でよろしい」

 

ニッコリと満足気に微笑む少女を見て自分は許されたのだなと理解した。だが許されたからと言って、完全に赦されたわけでもなく。

 

「当分はわたしが傍にいなかったら外出はなしだからね」

 

再発防止のために見張りが付くのもまた事実。

 

「あ、あと孝一を悪魔にした人も探さないとだねー」

 

「ああそれならもう予想はついてる」

 

「知ってる人?」

 

「お前も知ってるぞ。……多分」

 

特徴的な深紅の髪。そして駒王学園の制服。見るからに孝一より上級生のその制服とその真っ赤な髪には思い辺りがありすぎるほどで、駒王学園に通う者ならその存在を知らない者はいないとまで言いのけてしまえるほどの人物。

 

「リアス・グレモリー。駒王学園二大お姉さまの一人だよ……」

 

「へぇー?ってええええええええ!!?」

 

今日は孝一の絶叫ではなく、梓の絶叫が家の中を反響したのだ。

 

 

-3ページ-

 

 

「あーだりぃー……」

 

快晴の空の下を歩くは二人の男女。

 

「そんなことばっかり言ってるからだるいんじゃないかな?」

 

駒王学園の制服を身に纏ったその二人。少年は項垂れながら歩き、少女はそんな彼に言葉を投げかけるがどうも聞こえてないようだ。

 

「やっぱり悪魔になった後遺症も合わさってるかなー」

 

悪魔というのは夜には身体能力を上げることが可能になるが、どうにも朝というものには苦手らしい。元の虚弱体質とも合わさって孝一の身体はこの空の下を歩くことが一苦労。

 

「あー……」

 

すでに人語が話せないまでに体力が失われ、覚束ない足取りを支えていた杖でさえも覚束なくなってる。正直今日はこのまま孝一を家に送って休ませようかと梓は考えたのだが学園にいるであろう一人の友人と、孝一を悪魔にした少女と会うまでは孝一を帰すわけにはいかない。

 

「わたしがしっかりしなくちゃかな?」

 

決意のもとに力んで背の隠した翼を動かさないよう気をつけながら梓は駒王学園に向かって歩いてく。

 

張り切り過ぎて孝一が横にいないの気付くまで少し時間がかかった。

 

 

 

 

 

駒王学園に着いたはよかったがどうにも孝一の体調は優れない。悪魔にとっては苦手な朝と、孝一にとっては地獄な登校が合わされば孝一をも殺せるという方程式が成り立ったのだろうか。

 

半ば抱きつくような感じで梓に肩を借りて教室までの道のりを歩いてきたが、どうにもここで限界。

 

「俺は……寝るっ!」

 

周りの人に起こすなという意味深な宣言を込めて孝一は机に着いたのだ。

 

「え、孝一!?」

 

さすがの梓にも予想外だったらしく、すでに夢の中へと旅立った孝一を流石に起こす気にもなれない梓。

 

本当は孝一の話ならば悪魔へと転生している兵藤一誠(友人)を二人で確認したいところだったのだが孝一が寝てしまってはそうもいかなくなってしまった。

 

悪魔に転生したことを確認するだけなら一目見るだけ梓にはわかるのだが、それでは一誠に昨日の状況とそれ以降の話を聞けない。

 

一般人を装ってるからこそ、裏の話には手が出しにくい。だが同じように巻き込まれた孝一が一緒なら上手く話が進むと思っていたのだが。

 

「もうっ……」

 

人の気も知らず眠りこける幼馴染に呆れと少しの怒りを込めた言葉を吐いた。それでおきることなどないが、梓の気が少しでも紛れるのでいいのだろう。

 

「だったら放課後かな」

 

きっと孝一は放課後まで起きてこないだろうことは予想済み。何年も幼馴染をしているかこそわかる経験則。寝ている間に梓が勝手に動いても申し分はないが((梓の中身|正体))が((悪魔|・・))にバレルのは好ましくない。

 

下手をすれば戦闘にまでなりかねない。それは梓が望むことではないので極力一人で会いに行くのは止めておいたほうがいいだろうと考える。

 

雑多に紛れて本人を確認するのもいいが、妙に身体能力が高い悪魔なら、小さな音も聞き逃さないはずだ。

 

下手なことを呟いてしまったのなら、それでも((相手|ターゲット))されてしまう。だから気をつけなくてはならない。一人で相対するというのはそういう危険性を孕んでいるのだということを。

 

だがその分孝一なら安全だ。話が本当なら孝一は彼女の下僕悪魔になってしまったのだから。そう無下に扱われることはないといっていい。

 

「はあ……放課後まで長いなぁ……」

 

授業の鐘がなって担当の教師が来るまで梓のため息は続いた。

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。生前の夢だ。

 

ただ機械のように毎日を過ごしていた昔の夢だ。

 

週二日の休みのサラリーマンとして働いていた昔の自分。有能な部下と無能な上司。就いたのは自分が先なのに先を越すように上がっていく部下たち。

 

自分のミスを部下のせいだと押しつけて怒る無能な上司。

 

毎日を機械的なまでに過ごして日々を過ぎ去る。

 

憧れていたのはこんな仕事ではなかった。もっと人の役に立つような事がしたかった。それこそ物語の正義の使者(ヒーロー)のように、人々に感謝されるようなことをしたかった。

 

子供のころの一時の迷いのようなもの。昔からそれを夢みて生きてきた。だというのに自分はなにをしている。

 

こんなはずじゃなかった。

 

一時の気の迷い。磨耗していく思い。それが哀しく、やるせなかった。

 

だからだと思う。

 

一時の気の迷いだ。車に轢かれそうになった子供を助けて死ぬなど。

 

「あなたは死にました」

 

「そうだな」

 

「後悔はしていますか?」

 

「そうだな……一時の気の迷いというやつだったのかもしれん」

 

「そうですか」

 

「だが、後悔はしてないよ」

 

「そうですか」

 

その言葉に先よりも満足気に微笑んだのは神と名乗った一人の少女だった。一介の子供のような低い身長をしたその少女は深い蒼の髪と澄んだような同じく蒼色の瞳で俺を見透かしていた。

 

「あの子はきっとこれからあなたに感謝して生きていくでしょうね」

 

「しらん。感謝しようが、せんが俺が勝手にして死んだだけの話だ」

 

「救ったのはあなただろうに……」

 

呆れを交えながらいう少女に俺は言葉を返さない。そもそもがただの自己満足のようなものだ。感謝されたくてやったわけではなくて、ただ消えていく自分の思いにやりきれなくなって、そこで来たこの場面《チャンス》に応じただけの話。

 

ただ利用したに過ぎない話なのだこれが。

 

「それで。俺は地獄にでも落ちるのか?」

 

いたいけな子供を利用して死んだ罪深き罪人は地獄にでも落とされるのだろうか。それでもいいのかもしれない。もう気持ちは落ち着いたのだから。

 

「いえ、そんなことはありません」

 

「だったら何だと言うのだ」

 

「あなたには転生してもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

「うぁ……?」

 

口元の涎に気付かないぐらいに爆睡していた孝一は窓の外が夕暮れになったころにやっと起きた。すでに教室の中にはとなりで呑気に鼻歌を歌う梓以外いない。

 

その梓もマヌケな声を出して起きた孝一には気付いたようだ。

 

「お。やっと起きたかねぼ助さん?」

 

夕暮れになってやっと起きる幼馴染に向ける微笑み。頭の((側面|サイド))に束ねられた髪がゆらゆらと揺れ、どこか“懐かしげな面影”を見せるその顔に孝一は見惚れていた。

 

「あまりにも寝るもんだからもう起きないんじゃないかって少し心配しちゃったよ」

 

「流石に永眠は俺も御免だ。つか勝手に殺すなっての……」

 

「あら。昨日勝手に死にかけたのはどこの誰かなー?」

 

そこを突かれるのは痛い。まだ根に持ってるのかと、すでに半日も経っているというのに。だがまだ半日しか経っていないのもまた事実。

 

事の重要さに孝一も気付いてほしいものだ。そうすれば梓もいちいち監視などせずに済む。

 

「ま、まあそれより」

 

「それより?」

 

「((リアス・グレモリー|悪魔))さんに会いに行くとしよう」

 

見る限り一誠はもう学園内にはいないだろう。どこの部活にも入っていないのだし、こんな夕暮れの時間まで一誠が残ってるはずもない。

 

「学園にいるかなー?」

 

「ぬかせ。お前なら気配でわかるだろう……」

 

「む。わたしは便利な探知機じゃないよーだ。それにどうもこの学園には悪魔が多いみたいだしね」

 

いくら悪魔の気配がわかってもそれが彼女だと確信がもてない。これでは探すのも一苦労しそうだ。

 

本人に当たるまで運が悪ければ真夜中。良ければすぐにでも会える。

 

「ったく。どこの悪魔養成所だよここは……」

 

あながち間違ってはいないその言葉。

 

「もしもの事考えて三つ買って行っとくか」

 

「あんまり使い過ぎるとまた身体悪くなるよ?」

 

「仕方ねえだろ。それが代償だし……」

 

そうして孝一たちは学園を動きまわることになった。だが孝一の運とういうものはとことん悪いらしく、日が落ちてもリアス・グレモリーが見つかることはなかった。

 

しかも。

 

「孝一」

 

朝のような真剣になった梓の声。まだリアス・グレモリーを見つけれていないというのになにかマズイ事でも起こったのだろうか。

 

「孝一が言ってた公園に堕天使の気配がする」

 

「またかよ……」

 

これでまた一誠が襲われてるようなものなら兵藤一誠という男は紫藤孝一よりも運が悪いとしか言いようがない。

 

そして悪魔になってしまった一誠にはその可能性がなくもはないのだから。

 

「置いとくわけにはいかないか」

 

そういう答えが出るのもまた仕方がない。

 

「わたしが飛ぶ?」

 

「いや、俺が飛ぶ。飛んだ先で飲む前にお陀仏したら格好がつかないしな……」

 

そう言って孝一は上着のポケットに入れていた缶コーヒーを一つ取った。かちゃっとプルタブを開けて飲みほしたそれをその手で握りつぶし、ここにまた((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

走る。力の限り走る。兵藤一誠は逃げていた。その背中に黒翌の翼を生やしたコートを着た男から。

 

「なんだよ……なんだよこれっ!」

 

男の手には光の槍。昨晩夢だと思っていた出来事が頭に思い浮かばせるには充分すぎたそれ。初めてできた彼女。その彼女に殺されるというずいぶん寝覚めの悪い夢。

 

幾分かと現実ではないか、その時の思いや、感触がしっかりと思いだされるそれは夢なんかでは説明がつかないのだが、誰も覚えてないのだ。一誠に彼女がいたことを。

 

携帯に入っていた少女の連絡先も綺麗さっぱりと消えている。紹介したはずの友人二人もその名前を聞いて頭を傾けるのみ。しまいには妄想だと言われる始末。

 

夢だと思ってしまうには充分。

 

その夢の住人天野夕麻と同じく黒翌の翼を生やしたその男を見て、これも夢だと思ってしまうのもまた仕方がない事実。

 

「どこへ行く?」

 

公園の中を必死に走るがどうにも逃げれそうになかった。相手は飛んでいるのだ。地を走る一誠など見逃すわけもない。

 

「貴様の主はどこだ。答えぬか」

 

先から一誠の許容範囲外の言葉ばかり話す男に一誠はついていけない。まったくもってなにを言っているのかがわからない。

 

「そうか貴様ははぐれだな?だったら殺ってしまってもかまわんか」

 

男が槍を振りかぶる。夢と一緒ならそれが当たればタダですむことはないだろう。死ぬかもしれない。そんなのは冗談ではないと叫びたいところだが、叫んだところですでに投げられた槍を止めれる者などどこにもいないのだ。

 

鮮血が散った。夢と同じように腹を貫かれて真っ赤な血が、あの人に似た色のそれが辺りに撒き散らす……はずだった。だがどうした。迫る槍から目を背けるように閉じた瞼を開ければそこには。

 

「……またかお前は」

 

呆れながら光の槍を掴む友人が一人。腹にちょっぴり刺さったその槍を鬱陶しそうに握りつぶす孝一がいた。

 

「大丈夫?」

 

「あ、梓ちゃん?」

 

「そうだよー」

 

呆れる孝一を余所に隣にいた梓が一誠の顔を伺うが、どうにも大丈夫そうだった。どうやら今回は間に合った。また昨夜のように見殺しにするわけにはいかなかった。

 

「どこのだれかしらんが……こうも続けて俺の友人を殺そうとされては堪らないからな。今回は逃がすへまなんてしてやらねえからな」

 

立て続けに狙うなど一誠には何か特別なものでもあるのかもしれないが、今はそんこと孝一にはどうでもいい。ただ昨日の借りと、友人を殺そうとした目の前の堕天使を潰すことができれば。

 

「はぐれがはぐれを助けるか!」

 

「誰がはぐれだっつーの。ちゃんと((一誠|あいつ))にも俺にも主はいるっての!」

 

まだ確認はしていないが転生したのだからいることには違いない。まだ人柄も知らないというのに裏切る気にもならない。

 

だというのに勝手に決め付けて面白そうに笑う目の前の堕天使が気にいらない。

 

「今回は((最初|はなっ))から全力全開だ。ついてこれるかあっ!!」

 

立ち上る魔力。煙のように孝一の身体から上がっていくそれは。

 

「集え明星。全てを滅ぼす焔となれっ!」

 

詠唱によって形を成す。

 

それは太陽。全てを焼きつくす炎の塊。断罪の炎。たとえ堕天使だろうが、悪魔だろうが、神だろうが、魔王だろうが。

 

直撃すれば生きられることはない。

 

後ろでそれを見上げる一誠はあまりにもの出来事で顔は青ざめ。梓は少し困り顔。

 

堕天使の男は圧倒的な威圧感を放つそれに動くことすらできないでいる。

 

「ルシフェリオン……」

 

「待ちなさい!」

 

だがそれも聞き覚えのある声に止められたのだ。

 

それは。

 

「リアス」

 

「グレモリー?」

 

疑問形は梓が言った言葉だ。そうリアス・グレモリー。孝一と一誠を悪魔に転生させたその人がこの場に来ていた。

 

息を切らして焦りながら。

 

 

 

 

 

 

深紅の髪が特徴的な駒王学園二大お姉さまが一人。リアス・グレモリーがその人。息を切らして、よほど急いで来たのか顔に汗も浮かべている。

 

だがその顔には余裕の表情を崩さない。どんだけ疲れていようが、どれだけ焦っていようが、表情を崩すことはない。

 

「その紅い髪。グレモリーの家の者か!?」

 

男が叫んだ。グレモリーの家の者かと言われても、孝一にも梓にも彼女がリアス・グレモリーということは知っている。グレモリーという家名がどういう意味を持っているかは知らないのだが。

 

そしてまったくもってわかってないのは一誠だけだろう。

 

「ええ……そうよ。ごきげんよう堕ちた天使さん?」

 

どうにも息を切らしながらでのそのセリフは格好がついてないのだがここは黙っておくことにしようと孝一は思った。下手に話しかければ何かとばっちりやってきそうな気がして怖いからだ。

 

「あとそこのあなた……!」

 

目線を堕天使の男から離し、リアスは孝一を指さす。今だ孝一の上で輝く太陽を睨みながらリアスは言った。

 

「この街を滅ぼす気っ?!」

 

頬を引くつかせながら言うリアス。別段と孝一に街を壊す気など一切ないが。

 

「あー」

 

ふと上を見上げてみれば大きな魔力の塊。全力で作ったのが運のつき。そんなもの本当に放ってたら街が滅ぶどころか地球が危うい。リアスが詠唱を止めなければどうなっていたことか。

 

まあ梓がどうにかするのだが。

 

それでもそれを知らないリアスからしてみれば生きた心地がしなかっただろう。一誠もだ。

 

「すまん。俺が浅はかだった」

 

「そう……」

 

しぼんでいく魔力を見てホッとため息を吐くが。

 

「あいつを滅せられる程度なら問題ないだろう?」

 

すぐに問題を起こすのが孝一という男だ。だがまあ、これに関しては仕方ないことと言えよう。紛いにも相手は孝一の友人を殺そうとしたのだ。それを置いて置くわけもなく、だがリアスにはそれができないわけがある。

 

「止めなさい!」

 

「なんで止める……」

 

「あなたは戦争を起こしたいのかしら……」

 

ジロリと孝一を睨むリアス。戦争というワードに気付いたのは梓だけ。その意味も正しく分かっている。

 

「孝一」

 

「……わかったよ」

 

しぶしぶという感じだ。魔力を消し、制限時間が来たのかヒーロー・タイムは終了。元に戻った孝一はまた杖を持つ手に力を入れてその場に立つのだ。

 

「ありがとう」

 

ホッとしながらリアスはそういい。堕天使の男と向き合った。

 

「初めまして、わたしはリアス・グレモリー。あなたが言う様にグレモリーの者よ」

 

「そうか。貴様がそやつたちの主か」

 

「ええそうね。だからちょっかい出さないでくれるかしら?わたしもだし、特に彼が容赦できないみたいだし……」

 

チラリと横目で孝一を見るリアス。どうにもなにか悪いことをしたような感じがして少し罪悪感。

 

「なるほど……。この街もそちらの縄張りか、だがあまり下僕は放し飼いにしないことだ。あちらの少年のような者なら、わたしのような者に散歩がてらかってしまうようなこともあるかもしれんぞ?」

 

そこで孝一を見なかったのはすでにこの堕天使の男は孝一に勝てないことを自覚しているからだろう。だからその後ろいる一誠を睨みながら見たのだ。

 

だがそれに気付いた孝一が睨み返すと目線を逸らす。

 

まるで弱い者苛めどうしの力関係のようなものが見て取れる。

 

「御忠告痛みいるわ。だけどこの街はわたしの管轄なの。……わたしの邪魔をしたのなら容赦なくやらせてもらうから……」

 

ずずとリアスの身体に纏われた黒い魔力。孝一ほどではないにしても、その威圧感は触れれば消えてしまいそうな感覚に陥れてしまう。

 

悪魔の主は伊達ではないということだろう。

 

その黒い魔力の威圧感に気付いたのか堕天使は背を向ける。敵に向けて背を向けるとは如何なものかと思うが、今のリアスに彼を攻撃する理由がない。確かに下僕を殺されそうになった事実もあるが。

 

それは勘違い。

 

晴れれば謝って終わり。死にそうになったとはいえ一誠はまだ生きてるし、今回は対した怪我もしてない。それなのにリアスが堕天使を襲うわけにはいかない。

 

「そうか。我が名はドーナシーク……。再び見《まみ》えることがないようお互い願おう」

 

そう言って男は消えた。

 

 

-4ページ-

 

 

「紫藤孝一君だね?」

 

そう言ったのは金髪の美男子だ。駒王学園在学二年生で、学園の女子を魅了して止まない男木場祐斗その人である。

 

「うぁ?」

 

現在学園の授業も終わり、HRも終わって放課後の時間。寝起きの頭を起こすように、だがまだ寝足りない感覚に陥って眠気と格闘する中その男は現れた。

 

「そして兵藤一誠君」

 

孝一とは違うが窓際の席でぼうっとする一誠にも木場は声を投げかける。明らかにイケメンとい美男子で女子の声を一人占めする木場に良い感情というひがみしか持ってない一誠が敵を見るように木場を見ているが、それに気付いてるのか気付いてないのか。

 

「リアス・グレモリー先輩の遣いで君たちを迎えにきたよ」

 

だが一誠も孝一もその名前を出されれば付いて行かざるを得ない。孝一の隣にいる梓は気配で木場が悪魔であることわかっていたはずだ。彼がこのクラスに足を運んだ理由もそれなりに予想ができたことだろう。

 

昨晩。

 

堕天使を追い払うことに成功した孝一たちとリアス・グレモリー。詳しいことはその時に聞きたいところだったが、殺されかけた一誠のことと、時間の都合やらを配慮して次の日に持ち越すことになった。

 

リアス曰く。

 

「放課後にわたしの遣いを寄越すわ」

 

つまりそれが木場祐斗だ。まさか駒王学園一の美男子が悪魔だったとはこれは恐れ入ると言ったところなのだろうか。

 

梓やこの学園に在籍する人外の者ならその正体に気付いていたかもしれないが、一般人を代表する孝一や一誠は知りもしなかった。

 

「テメぇについて行けばいいのか?」

 

一誠の言葉使いが荒いのはイケメンに対するデフォルトだろう。

 

「そうだね」

 

学生鞄を肩に木場へと付いて行く一誠。まだ孝一は立ってすらないのに先々と前を進んでいくの良くないと孝一は叫びたいところであった。

 

孝一が既に席を立ったころに教室内に彼らはおらず、女子たちの一誠を非難する声だけが木霊していた。

 

「もしかしたら兵藤×木場くんかも……」

 

非難しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

梓に肩を借りてできるだけの速さで歩いた孝一だが、何故か二人はすでに目的地まで付いており、なんとか梓の気配察知の恩恵によって追いかけることができた。

 

なぜ木場と一誠が今いる場所が目的地だと豪語できるかは梓の気配察知のおかげ。

 

言うには複数の悪魔の気配がする。

 

リアス先輩、木場祐斗、兵藤一誠。

 

その他二人の悪魔の気配。

 

その内一人はリアス先輩とタメを張れるぐらいの気配があるようだ。明らかにその気配たちははリアス・グレモリーが眷族。さらに梓が言うリアスと同等の気配はきっと『女王《クイーン》』と考えられる。

 

悪魔の巣に何の用意もなく足を踏み入れるなど、本来自殺志願もいいとこだが……孝一はリアスの下僕悪魔へと転生した身。危害はないはずだ。それは一誠も同様。

 

いうなれば梓が一番危ないと言ったところであろうか。

 

「梓も一緒に来るのか?」

 

「そこに孝一がいるならね。言ったでしょ?当分はわたしの目がないとこでは外出させませんって」

 

すでに悪魔の巣という名のオカルト研究部の部室は目と鼻の先。新校舎から少し離れたとこにある旧校舎に置かれたその部屋。

 

しかし悪魔の集まりがオカルト研究とはまたシュールなことをする。リアスに何故かと問えば趣味よと返ってくるような気がした孝一だった。

 

「では……失礼します」

 

コンコンと軽くノックを二回。そして返事を待たずに孝一はドアノブを回した。ガチャリと開かれる扉の先には。

 

「ドラゴン波っ!!」

 

友人兵藤一誠が何故か某格闘アニメの技を再現しているではないか。

 

高校生といういい年していったい何をしているのだかと小一時間問い詰めたくなるような光景を見て、正直孝一はため息しか出ない。

 

ため息の音が聞こえたのか、機械のようにギギギと錆びつかせた音を首から出す一誠は首だけ孝一の方へと向けるのだ。

 

タイミングの悪さとあまりにものやるせなさ。

 

どうやら紫藤孝一と、兵藤一誠という男はそういう星の下で生まれ落ちてきたのかもしれない。

 

「はぁー……一誠。お前はいったい何をしている……?」

 

部室へと入り、クスクスと笑いを抑えるように笑う梓を尻目に孝一はそうきりだしたのだが、ドラゴン波のポーズから一転。

 

一誠の左腕が光り輝いた。

 

それは神器の発現。孝一は気付きもしなかったがこの部室内には魔力が充満している。もちろん梓はそれに気付いていたが、別にそれを孝一に告げる意味などない。

 

この魔力が充満する空間内であればちょっとしたきっかけさえあれば神器を発現させるに充分だったのだろう。その人が一番強いと想像できるもの。ただ一誠はそれがドラゴン波だったとそれだけ。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁあああっっ!!?」

 

竜の鱗を模したような紅い篭手。手の甲には大きな宝石。それが一誠の左腕に装着されているのだ。

 

しかし、まあ。この程度で驚くとは一誠も情けない。この数日それ以上の驚きがあっただろうに耐性を付けなくてどうするのだと孝一は問いただしたい。

 

「『((赤龍帝の篭手|ブースデッド・ギア))』……」

 

ぼそりと呟いたのは梓。その声はあまりにも小さく、傍にいた孝一ですら聞き取れなかった。

 

「それがあなたの『((神器|セイクリッド・ギア))』よイッセー。一回発現できたのなら次からはあなたの意思で自由に発現できるようになるわ」

 

満足そうに笑うリアスだが、どうにも一誠はついていけてないようだ。今だ自分の左腕を見て信じられなさそうにしている。

 

それもそうかと納得できる部分もあれば、情けないと思える部分もある。一誠はいつまで現実を認めない気でいるのだろうか。

 

逃げてないで早く認めてしまえば楽になるというものなのに。

 

「それがあったからあなたは堕天使に殺されたの」

 

どうやら一誠にはリアスから直々に自分が死ぬことになった理由を教えられているみたいだ。孝一も最初はなぜこんなエロしか取り柄のない男を殺すのか疑問に思ったことだが、神器だというなら納得できる。

 

これで一誠があまりにものエロさで堕天使の女性にまで恨みを買ったのではないかという線は消えたので友人としてホッとできる言ったところか。

 

その事実。一誠には辛いものだろう。まさか自分の中に在る物が原因で、堕天使が一誠に近づいたのもそれを確かめるために。

 

初めての彼女ができるという裏にそんなことがあるとは誰もが思いもしなかっただろうに。

 

「じゃ、じゃあ!……なんで俺は生きてるんですか!」

 

「それはイッセーが瀕死の中わたしを呼んだからよ。……これでね」

 

リアスが取り出したのは一枚のチラシ。それには孝一も見覚えがあった。あの日、意識が失う前。一誠の服の中から輝いていたそれ。

 

あなたの願い叶えます。そんな言葉と魔法陣が描かれたそのチラシ。

 

「これね、わたしたちが配っているチラシなの。魔法陣は悪魔を召喚するためのものよ。……最近は魔法陣を描いてまで悪魔を呼び寄せる人がいないから、こうしてチラシとして配っているのよ。悪魔を召喚しそうな人にね」

 

それまたシュールな、と孝一は言いたかった。どこの押し売りセールスのようにチラシを配る悪魔がいるのだというのだ叫びたいところでもあった。

 

「あの日イッセーはたまたまわたしたちの使役する使い魔が配っていたチラシを繁華街で手にした。そして堕天使から攻撃を受けて死の間際になったイッセーはわたしを呼んだのよ。普段なら眷族の朱乃たちが呼ばれているはずなんだけど……わたしを呼び寄せるぐらい願いが強かったのでしょうね」

 

その願いがなんと邪なものかは呼ばれたリアスと呼んだ一誠しか知らないのだが、孝一が聞けばまた一誠に対する好感度を下げるだろう。だが、まあそれが一誠だなと納得するところはあるのだが。

 

だがそこでまた一誠は疑問に思う。リアスを呼んだからなんだというのだ。結局は自分は腹を刺し貫かれて死んでいたはずだ。

 

呼んだから生きているというのは一誠が問うた答えにはならない。

 

「ここからが大事よ?呼ばれたわたしはすぐに理解したわ。神器所有者であるイッセーが堕天使の光の槍で貫かれて殺されたのが……。光の槍は悪魔にとって猛毒だわ。また人間にとっても充分に殺傷力を持ってるわ。それに貫かれとなれば悪魔じゃなくても人間なら即死」

 

実際に対峙した孝一と貫かれた一誠にはわかるだろう。特に一誠は刺し貫かれているのだからその恐ろしさを理解している。

 

「だからわたしはイッセーの命を救うことにしたの。……悪魔としてだけど」

 

何故かそれに孝一も巻き込まれたのだが、死んではいなかったとはいえ瀕死だったのも確かなのでそこで文句を言うという選択肢はないだろう。リアスは紛いにも孝一の命の恩人だ。

 

「そう。イッセー。あなたはわたし、リアス・グレモリーの眷族として生まれ変わったわ。わたしの下僕悪魔として」

 

瞬間リアスの腰辺りから蝙蝠のような翼が生えた。それは孝一と一誠、梓以外のここに集まる者全員から。少しの間を置いて一誠の背からも生えたのだが……。

 

「んー。孝一だけ生えないねー?」

 

「出すと死活問題だ……」

 

翼を出すことですら著しく体力を消耗することに気付いた孝一は、唯一リアスの眷族悪魔の中で一人翼を出さずにもがいてる。

 

共鳴するようなもので勝手に生えてくるのだろうが、それをしたらただでさえ少ない体力を消耗してしまうことに、つまり今日はこのままずっと梓の肩の上生活。

 

男としてそれはどうかと考える孝一は勘弁してほしいとこ。

 

「改めて紹介するわね。祐斗」

 

リアスが名前を告げると同時に木場は笑顔を作って言う。

 

「僕は((木場祐斗|きばゆうと))。兵藤君や紫藤君と同じ二年生ってことはわかってるよね?そして僕も悪魔です、よろしく」

 

そして続くは部室に置いてあるソファーに座る小柄な少女。銀髪のショートで、その愛くるしい見た目にはさぞかしコアなファンができるだろうと予測できる。

 

「………一年生。((塔城子猫|とうじょうこねこ))です………。よろしくお願いします。悪魔です」

 

なぜか悪魔は付け足したような感じがするが孝一は野暮な突っ込みをすることはしない。したところで無視されるかもしくは酷い仕打ちしか待ってないのがわかりきっている。そういうのは一誠に任せるに尽きるといったところである。

 

「三年生、姫島朱乃ですわ。一応研究部の副部長も兼任しています。今後もよろしくお願いしますわ。これでも悪魔です。うふふ……」

 

どこか不吉な笑い声を残して紹介を終えたのは二大お姉さまの片割れ。大和撫子を想像させる黒髪ポニーテールの美女と言えばいいだろうか。その胸に宿ったたわわな塊はリアスにも梓にも負けていない。

 

一誠が興奮しそうなものが多いなここはと孝一は嘆きたい。

 

そして最後は。

 

「そしてわたしが朱乃と祐斗と子猫の主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵ね。よろしくね、イッセー、孝一」

 

深紅の髪の主はそう言って微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、孝一」

 

全員の自己紹介が終わり、どうやらやっと孝一の出番がやってきたようだ。梓のことをチラリと横目で見たり、正体をバレテいないかと内心ひやひやとしている孝一を余所に梓は依然孝一に肩を貸したまま。

 

「説明してくれるかしら?」

 

それは孝一のことだろうか?

 

それとも梓のことか。

 

それとも両方か。

 

「あなたは何者かしら。それとなぜここに一般人がいるのかしら?」

 

どうやら両方らしかったが、梓のことは気付いてない。まさか自身の天敵(・・)に気付かないのは悪魔の危機感知能力はどうなっているのだろうかだろうと問いただしたいが、それほど梓が有能だということが手にとってわかる。

 

自分のことは聞かれるだろうと予想していたことだが、梓のことはどう説明したものかと考える孝一。下手に説明しようものなら梓が疑われるだけ。

 

あまり梓を危険な目にあわしたくないので上手く説明したいところだが。

 

だが、まあまずは自分のことからだろう。

 

「説明もなにも……ただの人間ですよ。元が付きますが……」

 

そう人間で。ただ((正義の使者|ヒーロー))に憧れた愚かな人。前世からその夢を追いかけ、神の気紛れか、力を有することができたただの貧弱な人間。

 

「今は先輩のおかげで転生悪魔ですけど」

 

「まるでいらなかったとばかりの言葉ね。だけどそれでは説明がつかないわ。あの魔術……。そこいらの人間の魔法使いとはまた違った((魔力|ちから))を感じたわ。それにどうしてただの人間が街を滅ぼせる程度の魔術を使えるのかしら?」

 

「簡単ですよ。普段は俺はただの虚弱な人間ですからね。だけどそれは在る制約の下での話。俺はね先輩……。正義の味方に憧れたただの愚者」

 

「愚者?」

 

「そう。ただそれだけのために力を授かった((愚か者|バカ))です」

 

「力を授かった……てことはそれがあなたの神器かしら?」

 

そう思うだろう。確かに孝一の((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))は神から授かったものだ。だがそれは神器などではない。ただ純粋な力。

 

己の願いを叶えるためだけに振るわれる暴力の力。

 

神が何を望んでその力を孝一に与えたかはしらないが、まあ実際にそう願ってみたらくれただけのことだが。

 

「違いますよ。これは神器じゃない。言うならば特殊能力ってとこですかね?」

 

ある一定の条件をクリアすることで発動されるその能力。まあ孝一のヒーロー・タイムは比較的楽な条件で発動可能だが、その代償と制約は大きい。

 

「神器じゃ……ない?じゃああなたは神器もなくあれほどの力を行使できるというの!?」

 

驚きの叫び。上級悪魔よりも強いその((魔力|ちから))。それを神器持ちではなく、ただの人間が行使したというのだから当然のこと。そんなことができる人間がおいそれと居れば悪魔、堕天使、天使の三竦みのパワーバランスが意図も簡単に崩れてしまう。

 

ただ一人その者を迎え入れるだけでその者たちは星を壊すことができるぐらいの力を手にすることができるのだ。

 

「た・だ・し!俺がそれを使えるのはたった三分だけ」

 

「三分……。いえ、それでも充分すぎるぐらいだわ」

 

「ええまあそうでしょうね」

 

戦争を初めて敵地のど真ん中に置いて置くだけでたった数分だが核爆弾より酷い爆発を起こすのだ。充分な成果を上げられる。

 

「まあその力に関しては詳しくは聞かないわ。で、なぜ人がここにいるのか説明してくれるかしら?」

 

リアスはこれ以上孝一の力について詳しく聞くことを躊躇った。孝一の力は危険すぎるから、一つ間違えるだけで戦争を起こすその力。

 

どこにも知られてはいけない。だからリアス自身も知ってはいけない。戦争の火種が在ることをどこの勢力にも知られるわけにはいかないから。リアス自身も戦争なんて起こす気はない。

 

悪魔の上層部に報告してとち狂った上が戦争なぞ起こされてはたまったものではない。だからリアスは有耶無耶にすること選んだ。

 

「もしかして梓ちゃんも悪魔とか?」

 

一誠がそう言うがそれは周りの者たちから否定される。だが惜しいとこを突くと孝一は少し冷や汗を掻いた。

 

「いや梓はただの人間だよ。まあ昔っからの((相棒|パートナー))だけどな……。だから悪魔のことも、天使も堕天使も知っている」

 

「つまりこちら側の((者|ひと))だと紫藤君はいいたいわけだ」

 

木場の言うとおり。多少の嘘はついたが孝一は間違ったことは言ってない。

 

「そう。まあ転生した次の日に感づかれて、説明を求められたから今日連れてきただけだと言っておこう」

 

これも間違ってはない。まあ抜けていると言えば孝一が梓に説教を受けたことだけに過ぎない。まさかそこまで説明しろとまでリアスは言わないだろう。そこはもうプライベートの話だ。例え主であれ、なってまだ近くの孝一からそこまで聞きだせるとも思ってもないだろう。

 

「あらあら……。じゃあ孝一さんにとって大事な人ということですわね」

 

「ぶふぅっ!?な、な、なにを言っているですか姫島先輩?!」

 

まさかの予想外な返し。ふふふと孝一と梓を見て微笑む朱乃。あまりにものことで咳き込むのも頷ける。梓がなははーと朱乃の一言で照れているが満更じゃなさそうなその顔に。

 

「こーういーちぃぃぃいいっっ!!」

 

まさしく般若顔の一誠が迫って来ていた。

 

「てめぇ梓ちゃんとは何にもないって言ってたじゃねえか!?」

 

絡み合う二人。梓は一誠が迫って来たときにはすでに非難を終了しており、子猫の横で一緒に羊羹を摘む。

 

「ば!なにもねえよ!?てかこっちくんな!悪魔の身体能力で殴られた俺が死ぬだろうがっ!!?」

 

「あら、イッセー。大丈夫よ、悪魔になった今のあなただとやり方次第ではモテモテな人生を送れるかもしれないわよ?」

 

「どういうことですかリアス先輩?」

 

それは一誠にとって聞き捨てならない言葉だろう。“モテモテ”というその言葉のワードに反応しないなどそれは一誠ではあらず、一誠という人間であるならその言葉を聞き逃すわけもない。

 

「あなたが力をわたしたち(悪魔)に示せばいいのよ。社会と一緒よ?有能であることを見せつければ上に上がることも不可能ではないということね。悪魔の社会でもそれは変わらないわ。例え元が人であろうと、力さえあれば悪魔は転生者に爵位を授けるのよ」

 

それはつまりやり方次第では誰にでも爵位を得られるという意味。だが決してその道が近いというわけでもない。その力が認められるまで正しく果てしない道を歩まなければならないだろう。

 

だが一つでも可能性があるというなら一誠は諦めることをしない。

 

「お、俺は……」

 

「まさか一誠……」

 

なにかを決意したように目付きを変えた一誠を目の前にして孝一は嫌な予感がしてたまらなかった。それは間違いではない。

 

なぜなら目尻をだらしなく下げて、鼻息荒く、なにを妄想しているか知らないがだらけきった表情をした兵藤一誠が孝一の目の前にいるのだ。

 

「やるぜぇぇええええ!!俺は!っなるんだ!」

 

「兵藤君……」

 

さすがの梓もそれは引いたという。

 

孝一はすでに頭を痛くしたようでうんうん唸っていた。

 

「ハーレム王に、俺はなるっ!!!」

 

今日からオカルト研究部は騒がしい。

 

孝一を追いかける一誠とそれを見て笑う木場。

 

子猫の隣で一緒に羊羹を食べる梓とその梓に喋りかける朱乃。

 

そしてそれを見守るのは主のリアス・グレモリー。

 

こうして孝一と一誠の悪魔としての日常が始まったのだ。

 

ちなみに。

 

「オカルト研究部?わたしの趣味よ」

 

やはりオカルト研究部は隠れ蓑ではなく、ただのリアスの趣味だった。

 

 

-5ページ-

 

 

真夜中。付近の住民はすでに眠ってるであろう時間にその音は響いてた。

 

「てめ、卑怯だぞ孝一!梓ちゃんにやらせるなんて!!」

 

それは二台の自転車の扱ぐ音。真夜中の街をどこぞの暴走族かと間違える具合に疾走する彼らはただ一つの仕事をこなしていた。

 

「いやでもよ一誠。俺って体力ないから走れないし、((自転車|チャリ))なんてもっての外……。梓を頼るのは仕方なくね?」

 

「いいや!((自転車|チャリ))を扱がされる梓ちゃんが可哀そうだっ!」

 

それはチラシ配り。つい先日転生悪魔へとなった二人はその主に悪魔を((召喚|呼び))出しそうな人間がいる家へのチラシ配りというなんとも名誉な仕事を仰せつかった。

 

「いや、なー一誠。俺も部長に直訴したんだぜ?なのにあの鬼部長ったら……」

 

もしここにその鬼部長なるリアスがいたのなら孝一の命はなかっただろう。だが成りたての下っ端である二人はいくら直訴しようが代えられないその仕事。

 

孝一が貧弱なのは誰もが知る事実だが彼は悪魔。甘ったれたことは言えても、それが通ることはない。

 

「『皆が通った道だから頑張りなさい』だぜ?いやいや、普通なら頑張るところなんだがこの虚弱体質な俺は一人でできそうにないんでな」

 

そう。孝一は((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))の代償と制約の下で能力を使わない普段は指一本すら動かすことが億劫になるほど貧弱になってしまう。最近は杖を突いたりと、悪魔になった身体能力のおかげでずいぶんとマシになったが、それでも充分すぎるぐらいにまだ彼は貧弱だ。

 

だから彼が梓が走らせる自転車の荷台に乗るのも仕方がない。普通は逆だろうと誰もが叫ぶところだが、孝一の身体ではそれがデフォルト。

 

乗せてやると言われても逆に乗せてあげると言われてしまう孝一なのだ。

 

それは男として哀しいが何分仕方ないとしか言いようがない。

 

「まあまあ、そう怒らないでよ一誠君」

 

それに乗せてる梓も満更ではないのだから。

 

「でも逆だろう普通」

 

「うるせえこのエロ大使。黙って仕事しやがれ……」

 

「だ・れ・がエロ大使だ!」

 

今日も仲の良い二人である。

 

 

 

 

 

二人が転生悪魔となって幾分が日が過ぎた。毎日毎日夜にチラシを配る作業はどうやら昨晩で最後。今日からは悪魔として実戦。

 

つまり召喚だ。

 

「イッセーと孝一には今日から本格的に悪魔としての仕事を初めてもらうわ」

 

真夜中のオカルト研究部の部室で今日もグレモリー家の眷族悪魔は健在。二人に話しかけているのは眷族が主。リアス・グレモリーがその人であり、このオカルト研究部の部長。

 

「子猫の召喚の予約が被ってしまったみたいなの。イッセーにはそれをお願いするわ」

 

ぺこりと一誠を見ながら小さくお辞儀する少女。駒王学園在学一年であり、一年生の中で絶大な人気を誇る少女。

 

となりにいる梓に抱きしめられながら子猫はただ無言でお辞儀した。((人間|・・))である梓から逃げることは容易いだろうに、それを嫌がらないということはなにかと梓のことを気にいっているのだろう。

 

転生悪魔になってから梓もここオカルト研究部の悪魔とは非常に仲が良いようだ。特にここの部長とはかなりの親密である。この前孝一が漏らした鬼部長という一言もどうやらリアスに報告していたらしく、その時は孝一は折檻された。

 

その時のことを思い出すと非常に尻が痛くなるので孝一は思いださないようにしている。

 

言うには。

 

「あの時俺の尻は死んだ」

 

だそうである。

 

((閑話休題|ともかく))。

 

「イッセーには子猫の被りの召喚を頼むわ。孝一はわたしが直々に選ばせてもらった召喚主の下に飛んでもうわよ?」

 

「まあ、断ることなんてできないだろうしな……」

 

「頑張らせてもらいますっ!」

 

初々と目を輝かせる一誠とは逆にめんどくさそうに構える孝一だが、どうにも依存はないなと言わんばかりのリアスの口調の下では無下に断ることができない。なぜなら孝一は彼女の下僕悪魔であり、眷族であり、そして断って折檻されるのはもう懲り懲りだ。

 

また尻を殺させるわけにはいかない。

 

「そう。朱乃」

 

傍に構えていた朱乃を呼ぶリアス。朱乃はその右手指からポウっと魔力を発光させ、その指を一誠たちに向ける。

 

「手を出しなさいイッセー、孝一」

 

なにかとばかりに二人は朱乃の前に掌を突きだし、そして朱乃がそこに魔法陣を描く。その魔法陣は部室の奥にある魔法陣と同じ。それの意味は『グレモリー』を指すらしいが、なぜそれを一誠たちに刻むのかが二人にはわからない。

 

「それは転移用の魔法陣を通って依頼者のもとへ瞬間移動するための((魔法陣|もの))よ。そして、契約が終わればこの部屋に戻してくれるようになってるわ。朱乃、準備はいい?」

 

「ええ、部長」

 

つまりこういうことだろう。転移の魔法陣と同じ魔法陣を身体に刻むことで肉体を魔法陣と同期させる。それによって転移魔法陣を通ることを可能にし、そして契約者……つまりこの場合はまだ契約者ではないので契約者になりかねる依頼者の下へと転移させる。

 

魔法陣を刻んでない者はいかなる場合をもっても転移魔法陣を通過することはできず、それはリアスの眷族だろうが同じ。魔法陣を敷いたリアス以外は刻まなければ通過するという許可を得られないのだ。

 

「さあ二人とも、魔法陣の下へ」

 

一誠と孝一は魔法陣の下へと歩き、朱乃が魔力を送り、魔法陣を起動させる。段々と光溢れてく魔法陣の下。

 

「悪魔として初めてのお仕事だけど頑張ってね」

 

リアスから励ましの言葉が贈られ、二人は転移した。

 

「あれ……?」

 

一人を覗いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるアパートの一室。そこに願う者はいた。

 

願いは悪魔に魅入られ、願いに反応したチラシの簡易魔法陣は寄越(召喚)す。契約を代価に願いを叶える悪魔をその下へ。

 

「ここは……」

 

孝一は転移に“成功”し、この街のどこかのアパートの一室に来ていた。目の前には目を丸くした金髪の男が一人。

 

「ふ、ふはははは。どうだ!やはり((我|オレ))にはできぬことなどないのではないかっ!そうだろう((悪魔|ザッシュ))よ!」

 

それはどこか某慢心する英雄的な王さまを想像させるような物言いだった。容姿というか、見た目もどこかそっくり。

 

「ではさっそく願いを叶えよ。我が許す」

 

正直やる気がでなかった。転移して、少しどんな依頼者が来るのかとわくわくと忘れられた子供心のようなものを思い出しながらやって来たというのに。

 

「はぁー」

 

「む。さっさと叶えぬか」

 

これはダメだろう。叶えてもらう立場だというのにその某慢心な英雄的な王さまを想像させる男はかなりの上から目線だ。

 

いかなる悪魔でもこの男の下へ来たらやる気をなくす、というか通り過ぎて苛立つか、呆れるの((ニ択|にたく))しかないだろう。

 

だがこれは仕事だ。しかも孝一の転生悪魔として初めての仕事だ。

 

流石に依頼を蹴って、リアスを悲しませるわけにはいかない。

 

「叶えろと言われても、まだ願いを聞いてないんだが?」

 

「む。そうだったな。我としたことが、すまぬ」

 

しかし、どうやら意外と素直なこの男。上から目線とその口調をどうにかしたらどこも某慢心する英雄的な王さまには見えなさそうだ。

 

自分の非を知って謝るところはなかなか見所はありそうだ。

 

「なに、簡単なことだ。そろそろ我の蔵に新たな((宝具|アニメ))をと思ってな……。最近はいかん。我を満足させるものがなかなか見つからぬのだ」

 

「はあ……」

 

「流石の我も((オタク|サーヴァント))として((聖杯|グッズ))を狙わぬわけにはいかぬ。だが、そうすると((宝具|アニメ))を蔑にしてしまってな……」

 

てかオタクかよと孝一は叫びたかった。だがしない。なにより近所迷惑と、なぜかこの男の手前でそれを叫ぶのは危険に感じた。

 

興味本位で言った暁に天の鎖とかエヌ○・エリっシュとか言われては適わない。

 

だから言わない。多分ないだろうが。

 

「だがまあしかし((悪魔|ザッシュ))よ。貴様もまた奇妙な格好だな?」

 

「どういうことだ?」

 

「その杖……。そして髪色は違うがその見た目……。やはり某学園都市の((一方しない通行|アクセラレータ))ではないか!」

 

それは爆炎都市というライトノベルにおける三大主人公の一人の名前。

 

「な、なんだと……っ!?」

 

確かに孝一はその小説を知っている。見た目というか体質からしてインドア派な孝一は普段から家に籠りっきりだ。外に出て遊ぶことなんてできるはずもなく。だからよくライトノベルなんかをいっきに数冊束で買い、読み耽る。

 

その中にあった一つの小説だ。

 

そして孝一はその小説内で出てきていたつまり、今男が言った。その一方しない通行(アクセラレータ)が突いてる杖に似ているなと考えてこの杖を買った。今までその小説を知っている人物と会うことがなかったために誰にも突っ込まれることはなかったが。

 

「貴様……。語れるのか?」

 

「ほう。やる気か?」

 

男は部屋の本棚から本を数冊とは言わず、十数冊取り出して孝一と自分の目の前に積み上げる。それこそが爆炎都市が描かれた小説たち。

 

「舐めるなよ−−((悪魔|ザッシュ))っ!」

 

「内容の貯蔵は充分か……?行くぞ!英雄王っ!!」

 

趣味の合った二人はこうして語り合うのだ。朝が来るまでずっと、契約失敗として転移魔法陣が作動するまで彼らは戦(語り合)った。

 

 

 

 

 

もちろん次の日部室で怒られた孝一と一誠。

 

なぜ二人纏めて怒られてるかというとどうやら一誠も契約を取り次げなかったようだ。

 

「悪魔を召喚した依頼者からアンケートを取ることになってるのだけど……二人ともそれに関しては依頼者から賛否されてるわ……。こんなこと今まで初めてよ?」

 

呆れながら言うリアス。どうやら意外性だけは一番の一誠と孝一。二人ともどうやら似たような依頼者と出会い、似たような事をしていた。

 

正直反省はしている。

 

だがそれは男として断れない勝負だった故に孝一は逃げることができなかったとくだらぬ言い訳。

 

今回はお咎めなしとのリアスの言葉だが、次からはきっと折檻が待っているに違いない。

 

一誠はリアスから呆れられないよう、そして孝一は自身の尻を護るためにこれからの契約取りを頑張ると誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

外を歩く。

 

こうして昼の太陽の下で孝一は梓と二人並んで歩くのは久しぶりであった。

 

「最近は部活で夜ばっか出歩いてもんねー」

 

「そうだな。それに一誠もいたからな」

 

同じく成り立ての転生悪魔どうし一緒にチラシ配りを競い合ったものだ。

 

家の中でこそ二人っきりだが、こうして外で二人になるのは最近になって珍しい。なぜか孝一には久しぶり過ぎて少し赤面してしまう。

 

梓は美少女だ。駒王学園屈指の二大お姉さまと肩を並べても見劣りしないほどに。もし梓が孝一より一学年上なら二大が三大になってしまうほどの美少女っぷりともいえる。

 

そんな幼馴染の少女が横にいる。それだけで鼓動が速くなるってものだ。

 

「最近身体の調子はどう?」

 

「夜は問題なしだな。まあそれでも前より少しってとこだが……朝は問題外だ。これもまあ悪魔になった弊害だから仕方ないだろうな」

 

「つまりすこぶる快調ってこと?」

 

「まあそうだ。杖もあるし、朝以外ならなんとか動きまわれるよ」

 

懸念は朝だけ。悪魔になってしまった孝一はなにかと命の危険が付き纏うようになった。天使然り、堕天使然り。

 

それだけではなく。

 

「あの人怒るんじゃないかなー……」

 

「うっ……。まあ説教はされるだろうな。せっかくの貰った力を上手く使いきれずにこうなった身を見れば、下手をすればあの人じゃなくてあの人の側近に消されかねない……」

 

懸念は孝一にこの力を与えた神。つい最近は側近を連れてコンタクトをとりあっていたりしたが、それも悪魔になってからはばったり。

 

望んで、上手く使って見せると豪語してみせたものの初戦で失敗して瀕死になったのだから。それを知られれば怒られるどころかもしかしたら能力の取り上げもあるかもしれない。

 

そうすれば孝一の身体も元に戻るのだが、そしたら。

 

「俺はただの力のない悪魔になってしまう……」

 

神器もない。魔術も能力で無理矢理使っているだけ。さしたる特徴もないただの転生悪魔。

 

もしそうなればリアスはどうするのだろうか?孝一を見限るのか。

 

「ま、大丈夫大丈夫。なんたって孝一にはわたしがいるじゃん?」

 

きっと梓ならどこまでも、永遠に。誰に裏切られようが、見限られようが、ずっと孝一のとなりにいる。なぜならそのための梓で、だってそのためだけに生きる梓だ。

 

彼女の存在意義は孝一のために。

 

ただそれだけ。

 

生まれてきたときからそう決定されていたことなのだから。

 

「それにもしそうなったとしたら孝一はわたしを((使え|・・))ばいい。わたしはそういう存在なんだから……」

 

「使わない……。もう梓を血で汚すことは……」

 

言葉は続かなかった。

 

なぜと疑問に思った梓は孝一が凝視する在る一点を見た。

 

「いやいいって」

 

「でもお礼を……」

 

そこにはシスターが一人と、我らが友人。転生悪魔が一人兵藤一誠がいたのだ。

 

「っ……。あのバカ」

 

「あーあ……」

 

悪魔が“教会”の者と一緒にいる。それがどういう意味かもわかってないだろうが、それが非常に危険なことだとわかってないようだ。

 

聞こえてくる話声を聞く限り道に迷っていたところを助けたようだが、教会の一歩手前のここ。いつ彼らが悪魔を狩りにやってくるかわからない。

 

一誠と話しているシスターは一誠を悪魔とわかってないようだが、それも何れ気付かれるだろう。悪魔の本能から教会に近付くことを嫌がっているようだが、これ以上は押し切られてしまいそうだ。

 

「一誠!」

 

「こ、孝一!?」

 

「帰るぞバカがっ!」

 

覚束ない足取りで小走りし、一誠の服を掴んで引きずる。本来なら孝一の力で一誠を引きずることなんてできたものではないが、状況を少しは理解しているのだろう。それもまた悪魔の本能だろうが、一誠は((引きずられるよう|・・・・・・・・・))に孝一と歩いて行ったのだ。

 

「あ……」

 

「じゃーなアーシア!」

 

去っていく一誠を寂しそうに見つめたが、一誠の声を聞いて彼女は気を取り直して教会に向かった。

 

 

 

 

 

「二度と教会には近付いちゃ駄目よ」

 

昼のことを一誠はリアスに話すと案の定怒られていた。

 

それは当然も、また当然。悪魔が教会に近付くなど、孝一が無断で堕天使を殺す以上に厄介なことになる。

 

「教会は悪魔にとての敵地よ。今回は道に迷ったシスターを送り届けるっていう大義名分があったけど、つねに光の槍があなたを狙っていたわ」

 

教会とは天使、つまり天界の管轄だ。そこにはもちろん悪魔の天敵である悪魔祓い……。つまり悪魔祓い(エクソシスト)がいる。

 

「彼らは天使の力を借りて光の力をもってわたしたちを滅しに来るわ。並の悪魔なら簡単に消されてしまうのよ?」

 

そんなとこに一誠は一人で踏み込もうとしていたのだ。送り届けるという大義名分があったにしても、教会内にまで入ってしまっては袋叩きにされて一誠は消されてしまっただろう。

 

そして自分の眷族を殺されたリアスはきっと黙っていない。

 

教会にまで押し寄せて戦いになる。つまり、一誠のその行動が戦争の火種になりかねない。

 

「とにかく、もうイッセーは教会に近付いちゃ駄目よ」

 

「はいぃぃいっ!!」

 

どうやら自分で想像して少し恐ろしかったようだ。

 

自分が死ぬのも、自分のせいで長年続いて、今冷戦状態になっている三竦みを爆発させるのも。

 

「あらあら、お説教はすみましたか?」

 

「朱乃。どうかしたの?」

 

リアスの問いに朱乃は顔を少し曇らせながら述べた。

 

なにやらと嫌な感じがすると孝一は身構え。一誠以外の他の面子は気を引き締める。

 

「大公から討伐の依頼が届きました」

 

どうやら少し危ないことをするはめになりそうだ。これはコーヒーを買ってこなくてはなと、いそいそと孝一は部室から出るのだった。

 

 

-6ページ-

 

 

 

「ちょうどいいわ。イッセーと孝一には悪魔の戦いかたを教えてあげる」

 

はぐれ悪魔。

 

自らの主を殺し、または裏切って逃走した悪魔たちの総称である。

 

その実は悪魔の欲望に負け、ただ欲望に従って生きるだけの俗物。人を誘惑して喰らい、堕天使や天使などを襲い、周囲に迷惑をかけるだけの存在だ。

 

「イッセーには話したわよね」

 

深夜の森の中。薄暗いその道をオカルト研究部の部員たちは歩く。目指すは先の廃洋館。打ち捨てられたようにそこに佇む森の洋館にはぐれ悪魔が住み着いたとの情報がリアスたちに悪魔の上層部から連絡が入ったのだ。

 

「その昔。わたしたち悪魔や堕天使は冥界の覇権を争って戦争していた。そこに天使も加わって天界と冥界の大規模な戦争が起こったわ」

 

それは長い長い戦争。悪魔、堕天使、天使は万年を生きる長寿種ということもあって、長き時間を渡ってその戦争は続いた。それこそ永遠とまで思われるほどに。

 

だが何事にも何時か終わりが訪れる。

 

「その結果−−。悪魔は魔王を失いそして種の存続も危ぶまれた」

 

それに関しては三種族どこもと言った具合。戦い、失い、疲弊し。勝利者もいないまま戦争は終結。今はそれも数百年と昔の話だが、長く生きる三種族に数百年などついこの前のようなもの。

 

今だ戦争を再開させようと企んでる輩はどの種族にもいるし、反対する者もいる。

 

冷戦状態なこの今、小さなきっかけ一つでさえ軽く戦争は起こってしまう。

 

「だから悪魔は種を存続させるために人から悪魔へと転生させることにしたの。そこで活躍するのがこの駒よ」

 

リアスが手に出したの全体を黒で塗られたチェスの駒。それも『((騎士|ナイト))』を象徴する駒だ。

 

「チェスの……駒?」

 

それがどうしたのだろうかと疑問を膨らませる一誠。

 

だがリアスが言うからにはその駒が転生悪魔にとっては重要な事柄なのだろう。

 

「そうよイッセー。これは『((悪魔の駒|イービル・ピース))』というの。人間界のチェス同様、『((王|キング))』『((女王|クイーン))』『((戦車|ルーク))』『((騎士|ナイト))』『((僧侶|ビショップ))』『((兵士|ポーン))』の駒があるわ」

 

「それが転生するのにどういう関係があるのでしょうか部長?」

 

「もう、急かさないのイッセー。……戦争で爵位をもった悪魔の大半は部下も失ったわ。そこで悪魔は『((悪魔の駒|イービル・ピース))』による少数精鋭の制度をとることにしたの。人間界のボードゲーム『チェス』の特性を下僕悪魔に取り入れた転生制度のできあがりよ」

 

だがそれは下僕に力を与えるための転生方法。悪魔が実際人を転生させるのには『((悪魔の駒|イービル・ピース))』を持ちいる必要性はない。

 

だがそれではこの転生制度には意味がない。

 

リアスが述べたように悪魔は戦争により種の大半を失うことになった。つまり純潔たる悪魔の大半をだ。だから悪魔は人間を転生させて悪魔に取り入れるという制度を作る必要があったのだ。

 

それが悪魔の駒。

 

そして悪魔にとってひ弱な人間を強化するための『((悪魔の駒|イービル・ピース))』でもある。そして下僕となる人間に向けての皮肉も込めて使われている。

 

「それぞれの駒にはチェス同様、それぞれの特徴があるの」

 

そうリアスが語る間にすでに洋館の目の前に着いた。

 

所々ひび割れた入口である木製の扉も少し腐り、本当に誰か住んでいるのかと思いたくなるような場所。人間が住むにはあまりにも不衛生なその場所だが。

 

ギギと軋む扉をリアスが開けて一向は洋館の中へと足を踏み入れる。

 

「血の臭いだね」

 

「……臭い……」

 

異臭に気付くのは木場と子猫。子猫に至ってはその臭いを敏感に感じ取ったのか顔を顰めてる。

 

「不味そうな臭いがするぞ?でも美味そうな臭いもすぞ?甘いのかな?苦いのかな?」

 

洋館に響く不気味な声。

 

それは洋館の奥。エントランスの先の階段から聞こえた。

 

「はぐれ悪魔バイザー。あなたを滅しに来たわ」

 

まず見えたのは女性の身体だった。服も何も着ず、惜しみなくその裸体を晒すはぐれ悪魔。

 

「うほぉぉおお!!?」

 

それを見て一誠が歓喜の声を上げ、子猫が蔑んだ視線を向ける。だがその声も長くは続かなかった。

 

「て、げぇぇえええ……」

 

完全に((肉体|・・))を出したはぐれ悪魔は誰もが嫌悪するような肉体をしていた。女性の肉体の下に化物のような身体。うねうねと触手を動かせ、下の身体の大口から涎を垂らしたその姿を見てはいくら性欲の権化たる兵藤一誠も意欲が下がるということだろう。

 

「主の下から逃げ、己の欲求を満たすだけに暴れまわるのは万死に値するわ。はぐれ悪魔バイザー……あなたをグレモリー公爵の名の下において消し飛ばしてあげるわ!」

 

不敵な笑みを見せつけるリアスの下で戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

「こざかしぃぃい小娘ごときがぁぁあっ!その紅の髪のように、お前の身を鮮血で染め上げてやるわぁぁあああ!!」

 

真に悪役のようなセリフを述べてはぐれ悪魔は動いた。その巨大な肉塊で小さな孝一たちを押し潰してやるとばかりに猛スピードで突進。

 

「祐斗」

 

「はい!」

 

いつの間にかその手に剣を持ち、リアスの号令で木場は飛びだした。

 

その間にはぐれ悪魔が振り上げた鋭い爪が生えた腕を振り下ろそうとしたが、それは今飛び出した木場に難なく剣で受け止められる。

 

「な――っ!?」

 

あまりの速さに孝一と一誠は木場の姿を捉える事ができなかった。飛び出したと思ったらすでに木場ははぐれ悪魔の目の前にいたのだ。

 

「こざかしいっ!」

 

振り上げた腕をそのままに触手を動員して木場に迫るが、瞬く間にそれは木場に斬られて落ちる。

 

「さっきの続きをレクチャーしましょうかイッセー、孝一」

 

巨大なはぐれ悪魔がその巨体の足音を響かせるこの中、リアスは悪魔の駒についての説明を再開。それも木場を信頼しての言葉だろう。

 

愚鈍な動きをするはぐれ悪魔では木場のスピードに追いつくことができない。いくらその巨体を振り回そうが、いくら触手で小回りを利かそうが、どれもかもが木場より遅い。

 

「祐斗の役割は『((騎士|ナイト))』よ。特性はスピード。今見たとおり『((騎士|ナイト))』となった者は速度が増すの」

 

それは何も足の速さだけの話ではないだろう。騎士に転生した者はすべからず全ての速度が増される。足も、剣速も、頭の回転も、だろう。

 

でなければその速度に身体がついていけないはずだ。

 

「そして祐斗の最大の武器は“剣”」

 

「ぎゃぁぁあああああああっっっ!!?」

 

辺り一帯を揺るがすような悲鳴。それははぐれ悪魔から。びちゃびちゃとどす黒い血を腕から噴水のように噴出しながら痛みに悶える。

 

その背には剣を収めた木場。

 

欲望に駆られた悪魔にもどうやら痛覚はあるようで、たかが腕二本斬り落とされる程度で悲鳴を上げるようだ。これまでにそれ以上に酷いことをしてきたというのに。

 

「次は子猫ね」

 

悶えるはぐれ悪魔に近付いて行くのは子猫。痛みに打ちひしがれながら足踏みをするその下に忍び寄るのというのは危険極まりないというのに。

 

だが、リアスも誰もその行動を止めることはしない。

 

この中で一際小さいその身で踏まれては((ぺちゃんこ|ミンチ))どころではすまない。

 

「あの子は『((戦車|ルーク))』よ。その特性は……」

 

「子虫めがぁぁぁあああ!!!」

 

子猫の接近に気付いたはぐれ悪魔が子猫目掛けてその足を振り落とす。ズンと音を立てて踏みつぶされた子猫を見て一誠が顔を青くするが、それも杞憂に終わった。

 

「お?お、お、ぉぉぉおおおお!!?」

 

衝撃でところどころ制服が敗れはしたが子猫は無事だった。その小柄な身体のいったいどこにそんな力があるのかと問いたくなるように子猫ははぐれ悪魔のその巨足を持ち上げている。

 

「吹っ飛べ……!」

 

持ち上げた足を離し、子猫は跳ぶ。

 

空中で振りかぶったその腕をはぐれ悪魔の腹上に叩きこんで子猫はリアスの下へと戻って来た。

 

「バカげた力と耐久力ね」

 

周囲を巻き込んで吹っ飛ぶはぐれ悪魔。なけなしに置かれていた家具や、奥の階段を中から折ってその場に倒れた。

 

「最後は朱乃ね」

 

「はい部長。あらあら、どうしましょうか?」

 

そう言って前に出ていくの朱乃。駒王学園ではリアス同様二大お姉さまともてはやされてるが、その実力如何に。紹介する順番的に木場や子猫よりは強いのだろう。だが、朱乃に木場のように剣を振り回すことができるのだろうか。子猫のようなバカ力を持っているのだろうか?

 

「朱乃は『((女王|クイーン))』。『((王|キング))』であるわたしの次に最強の者。その実、『((兵士|ポーン))』『((騎士|ナイト))』『((僧侶|ビショップ))』『((戦車|ルーク))』全ての力を兼ね備えた無敵の副部長よ」

 

「あらあら、まだ元気みたいですね?それならこれはどうでしょう?」

 

ゆっくりとした足取りで近付く朱乃に今だ敵意の籠った視線をはぐれ悪魔は向けるのだが、どうやらそれが朱乃の中にある何かの((琴線|スイッチ))に触れてしまったようだ。

 

不敵に笑うその大和撫子は天を突くように両手をかざすと。

 

「グガギガガガガガガガガがアガガガガガッッッ!!?」

 

雷がはぐれ悪魔に降り注いだ。電流で小刻みに身体を動かし、肉を焼かせるはぐれ悪魔を目の前にしても朱乃は止まらない。いや、止められない。

 

「あらあら?まだ元気そうですね。まだいけそうですわ」

 

止まない悲鳴とその朱乃の恍惚そうな笑みを見てまた顔を青くする一誠。これに関しては少し孝一も顔を青くしていた。どうにもサドというか、Sというか……。

 

一番敵にしたくないタイプであることには間違いないと断言だけはできる。

 

「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。雷や氷、炎などの自然現象を魔力で起こす力よ。これについては孝一のほうが詳しいのじゃないかしら?……そしてまあ何より……彼女は究極のSなのよ」

 

それは言われなくても見ればわかるだろうと孝一と一誠は叫びたかった。普段見る分だけには誠実そうなお姉さん系に見えなくもないというのに。

 

これでは孝一にとっても一誠にとっても今まで見てきた中で一番悪魔っぽい性格をしているかも、と考えを改めさしてしまう。

 

今だはぐれ悪魔に降り注ぐ雷撃を見てはぐれ悪魔に同情してしまうのも無理ない。敵でなければ止めてあげて!と叫びたいぐらいに。

 

「怯えることはないわイッセー、孝一。朱乃は味方にとっても優しいから。あなたたちをとっても可愛いと言ってたし、今度甘えてあげるといいわ。きっと優しく抱きしめてくれるはずよ?」

 

そして目の前の恐怖が思いだされるのですね。はい、わかります。

 

加えて一誠ならそれでも平気だろうが、孝一に二重の意味でそれは無理な話といったところ。

 

そんなことをすれば通い妻である梓に殺されてしまう。普段のほほんと陽気な梓だが((殺|や))る時は((殺|や))る女であり、付き合ってもない二人だがまあそれを言うのは吝かというとこか。

 

「うふふ。どこまでわたしの雷に耐えられるかしら?ねえ、バケモノさん?まだ寝てはダメよ。((止|とど))めはわたしの主なのですから!」

 

瀕死直前のはぐれ悪魔。雷に打たれてもう消える寸前といったところか。だがそれをさせないのが『((女王|クイーン))』姫島朱乃である。

 

もう女王が別の意味で聞こえて仕方がない状況だ。

 

「ァァァアアア………」

 

鳴り止む雷。数分と永遠に雷を浴びせ続けられたはぐれ悪魔がレア(半生)を通り越して((ミディアム|黒焦げ))。ビリビリと今だ痺れと帯電を残して倒れるはぐれ悪魔はすでに敵意もなく、無言で歩み寄るリアスをどうこうとする気も起きない。

 

「最後に言い残すことはあるかしら」

 

リアスが聞く。

 

それは最後の慈悲。

 

少しの沈黙を後にはぐれ悪魔は口を開いた。

 

「殺せ……」

 

ただ一言。

 

まるで呪いのようなその一言にリアスは顔つきも変えずその身から黒い魔力を溢れさせる。孝一が何時か見た触れたら消えしまいそうな圧力を感じさせるそれを。

 

「そう。ならば消し飛びなさい」

 

まさしく悪魔。それが純潔たる由縁か、またはリアスだからか。呪いの一言にも気にも留めないその非常な一撃。

 

闇を連想させるようなその黒い一撃は一瞬ではぐれ悪魔を文字通り消し飛ばした(・・・・・・)。

 

塵一つ残さず、肉片も残さず、それははぐれ悪魔を消した。

 

「終わりね。皆御苦労さま、帰るわよ」

 

ふうっと一息吐いたリアスがそう言い、それぞれが帰宅の準備に入るのだがその中で一誠だけが何が気になるのかそわそわと身体をせわしなく震えさせながらリアスに言う。

 

「ぶ、部長!俺は!俺の駒は!?」

 

どうやら自分が転生する際に使った駒が気になったようだ。

 

目の前で駒の特性の解説付きの戦いを魅せられては自分が何の駒になったか気になって仕方がないのだろう。

 

そんな一誠に優しく微笑みながらリアスは告げる。

 

「『((兵士|ポーン))』よ。イッセーは『兵士』なの」

 

兵士とはあまりチェスのルールを知らない一誠でもよく知る駒だ。前列に数だけ揃えたような下っ端の駒。将棋で言う歩兵。対した力も持たない一介の兵士。

 

そう聞いて明らかに頭垂れる一誠。

 

そんな駒に転生して何の意味があるかと不服そうに頭垂れているが一誠はわかってない。

 

古今東西。兵士がどれほどの重要な意味を持つ役割なのか。

 

将棋でも、チェスでも、戦争でも。

 

「あ、あと孝一は『((戦車|ルーク))』よ」

 

目覚まし時計が潰れた理由がここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

討伐も終え、比較的平和な毎日を送る孝一。今日も今だ契約を取れない罰としてチラシ配りをするのだが、今日は一誠とは別行動だ。

 

隣に走る一誠の自転車がないのはなんとなく寂しい思いを感じられるが、一誠は契約を取りに出かけている。

 

深夜の街を梓が乗る自転車の二台で駆けるんだが、どうにも仕事が捗らない。

 

「今日は静かだねー」

 

前で自転車を扱ぐ梓がそう言うのだが、それは一誠のことを言ってるのだろうかと孝一は疑問に思う。

 

「たまにはこういうのもいいだろ……」

 

「でも少し寂しそうだよ孝一」

 

確かに孝一と一誠はよく言い争う。理由は梓のことであったり、梓のことであったり、女性の胸のことであったりと……梓のことばかりではないか突っ込みはなしだ。

 

傍目から見れば孝一と梓は付き合ってるようにしか見えない。

 

年がら年中女性の恨みを買い、彼女もできない。果てには女性にボこられる一誠にとって孝一は目の敵に過ぎない。

 

だがまあ、それでも二人は友人。口ではそう言いつつも内心では祝福していたりするのだが、やはりどうにも口からでるのは暴言といったところか。

 

「しかしまあ、今日は少し不気味だな……?」

 

「うーん、なんか虫の知らせってやつかな?よくないことが起きるかもだよ」

 

静かな夜の街。夜なのだからそうであって当たり前なのだが、どうにも孝一と梓はそれとはまた違った静けさを感じていた。

 

周囲に響くのは自転車のタイヤが滑る音。

 

どこも住宅は忘れられたように光源を消して、誰もいないように感じる。実際には寝ているだけなのだろうが、まだ深夜に至ってないこの時間帯。全ての光源が消えるのには早すぎる(・・・・)。

 

まるで二人がいつの間にか知らない世界へ訪れたような感覚。

 

「奇妙だ……。なにごともないといいんだが」

 

「わたしの勘的に孝一がそう言っちゃうと、何かが起きちゃうような気もするんだげどー」

 

かくしてその思いが実らなかったことを知るのは配りを終えて、部室に帰ってからだった。

 

 

 

 

 

 

「一誠が危ない?それは……どういうことですか」

 

二人が部室に帰ってくるとそこには異様な空気が漂っていた。顔をやってしまったとばかりに顰めてるリアスと、すでに右手に剣の鞘を持った木場。

 

「((悪魔祓い|エクソシスト))よ。迂闊だったわ……。まさかイッセーの依頼主のとこで待ち伏せしているなんて」

 

奥の魔法陣の傍ではすでに朱乃が飛ぶ準備は万端とばかりに構えてる。事態はそれほどまでに切羽詰まってる。

 

友人の非常事態だというのに呑気にチラシなんて配っていたことが孝一には悔やまれるが、そんなことをしている場合でもないのがまた事実。

 

下僕である一誠の状態が感じ取れるのだろう。主のリアスは既に一誠が傷ついてるのが手にとってわかる。すぐにでもその場へ転移しなければ一誠はその((悪魔祓い|エクソシスト))に消される身。

 

神器なんて身に過ぎた力を持っていようとも一誠はつい悪魔に転生したばかりの素人。戦いのたの字もしらないような悪魔だ。

 

時間稼ぎなんてできるはずもなく、今も生き残ってられるのは悪魔祓いの温情か、又はただ痛めつけることに快感を生み出す人種か。

 

できれば前者で在って欲しいところだ。

 

「行くわよ孝一。梓はここで待機してて頂戴。わたしの魔法陣は眷族以外一緒に飛べないわ」

 

梓を部室に残し、悪魔たちは一誠の下へ転移した。光り輝く魔法陣に眼を潰されないよう孝一が瞼を閉じて開けるころには何処かの一軒家に飛び終わり。

 

「助けに来たよ兵藤君」

 

神父の恰好をした白髪の少年が一誠に斬りかかっているとこを鞘から抜いた剣で受け止める木場が見えた。

 

「ひゃっほう!悪魔の団体さんのご到着ってとこかいぃい?!」

 

柄だけのそれから光の刃を出した剣と鍔迫り合いをする木場と神父の少年。人間でありながらもう片手に大口径の拳銃を持ち、片手で木場と競り合ってる所からその実力が垣間見える。

 

木場の後ろで血を流しながら片膝突く一誠が助かったと言う様に安心するところを見ると、その左手には一誠の神器である竜の鱗を模したような赤い篭手。

 

孝一たちが来るまでの間頑張っていたのだろう。成り立ての転生悪魔が実力のある悪魔祓い(エクソシスト)にここまで堪えるとは、これは一誠の評価を考え直さなければならない。

 

「わたしの可愛い下僕を可愛がってくれたみたいね?」

 

そんな一誠の状態を見てキレないリアスではない。表面の表情はいつも通りだが、そこに隠された激情は今すぐにでも目の前にいる少年神父を消し飛ばしたいだろう。

 

「はいはい!可愛がってあげましたよぉ!本当は全身くまなくザクザクと切り刻む予定でござんしたが、どうにも邪魔がはいりましてねぇ、それは夢幻となって消えてしまいましたよ」

 

どうにも少年神父の話を聞く限り後者だったもよう。

 

なにかを傷つけることに快楽を生み出した者である彼は殺し合いで非常に相対したくないタイプである。それこそこの家の壁で((飾り|オブジェ))となった、家の住人を見るだけでもわかる。

 

「血生臭いと思ったら……」

 

夥しい鮮血を塗り固められたそれはすでに人の形など留めていない。常人が見れば吐き気すら催すそれ。内蔵という内蔵をぶちまけ、((手足|パーツ))といった((手足|パーツ))を見分けつかなくなるほどに切り刻まれたその姿。

 

時間が経って黒く変質し始めているそれは例え((悪魔祓い|エクソシスト))であろうが、神父がやることには見えない。

 

「そこの彼は僕たちの仲間だ」

 

今だ鍔迫り合いから動くことができな木場が言った。

 

均衡しているわけでもないが木場は下手に動けない状況。距離をとろうと下がればその手の銃で撃たれる。弾いても少年神父は撃つだろう。

 

木場の速度で避けられないことはないが、後ろには孝一たちがいる。

 

「おーおーう!悪魔のくせに仲間意識バリバリバリューですか?いいね、いいねぇー!熱いねぇー!萌えちゃうねぇー?!何かぁい、キミが攻めで彼が受け?そういう感じなのかな。かな?」

 

「……下品な口だ。とても神父とは思えないね。……いや、だからこそ『はぐれ悪魔祓い』をしているわけか」

 

「あいあい、下品でございーますよー!サーセンっ!だってはぐれちゃったもん!追い出されちゃったもん!ていうかヴァチカンなんてクソくらえって気分?俺的に快楽的気分で悪魔切り刻めれば満満大満足なんだよ、これがな!」

 

「一番厄介なタイプだねキミは……。悪魔を狩ることが生き甲斐。僕たち悪魔にとって一番の有害だ」

 

それは悪魔だけにならず悪魔を頼る人間にとってもだろう。今日のように少年神父が殺した人間は数多くいるはずだ。

 

「はぁぁぁあっ!?悪魔様には言われたかないのよぉお!俺だって精一杯一生懸命今日を生きてるの!てめぇら糞虫みてぇな連中にどうこう言われる筋合いねぇってーの!」

 

「悪魔だってルールはあります」

 

朱乃がそう言うが少年神父はそれがどうしたといわんばかり。剣を引くどころか朱乃に睨みを利かせる始末。

 

朱乃も敵意を込めて睨むが

 

「いいよ、いいよぉぉお!その熱視線っ!。お姉さん最っ高っ!俺を殺そうって思いが伝わるでございやんす!」

 

少年神父にそれはどうやら逆効果でしかないようだ。

 

「これは恋?違うねぇ……俺は思うよ?これは殺意!もう最高!((殺意|これ))を向けるのも、向けられのもたまらんですねぇっ!!」

 

変態思考+変態思考=の方程式は更なる変態思考という結論に至るものなのだろうか?殺意向けられて快感という少年神父の感性が理解できない。口調といい、性格といい、感性といい、どれもかれも真っ当な人間とは思えない。

 

はぐれ悪魔祓いだろうと最初は教会所属の((悪魔祓い|エクソシスト))。それでよく神父になれたものだと誰もが疑問に思うだろう。

 

剣と銃を持った両手で自らの身体を抱きしめてくねくねとくねらせるそれを見て、尚そう思いたい。

 

「なら消し飛ぶといいわ」

 

轟と飛んだのは黒い塊。少年神父目指し、一直線に進む魔力。はぐれ悪魔を一撃で消し飛ばす威力をもったそれだが、少年神父はわかっていたかのように後ろに飛び退いた。

 

「ごめんなさいイッセー。まさか依頼主の下にはぐれ悪魔祓いが訪れるなんて計算外だったわ」

 

外れた魔弾を見て顔を顰めながらもリアスは片膝突く一誠の隣へと歩み寄る。完全な不意打ちだったその一撃をもってしても仕留められない少年神父。

 

木場の斬撃を受け止めたりと、不意打ちの一撃から避けるそのポテンシャルの高さ。

 

感性の異常性やら、神父としてどうなのだという口調を使いはするがどうにもやはり実力は高い。この場で袋叩きにすれば勝てるだろうが一人、二人はタダではすまないかもしれない。

 

「埒があかねぇ……か」

 

孝一は上着のポケットを弄り、その中の一つ。買ってから時間がずいぶんと経ったために冷めに冷めたコーヒー缶を手に持つ。

 

たかだが悪魔祓い一人。いくら強かろうがそれは所詮借りものの力。支給された剣も銃弾もなければ悪魔一人もまともに殺せない人間が一人。

 

見た限りの反射神経や運動能力の高さも危険だが、それでも相手は一人だ。

 

「その程度三分あれば充分か」

 

堕天使や天使といった人外と戦うわけでもない。

 

たかだが人間一人に三分もあれば、孝一なら百回は殺せる。

 

「やるか?」

 

まあそれも((三分間の無敵の時間|ヒーロー・タイム))あってのことだが。

 

「部長!?」

 

「どうしたの朱乃」

 

「堕天使の気配が……((転移|ジャンプ))してきます……」

 

だがそれも今日は使うことがなさそうだ。

 

朱乃が感じた複数の堕天使の気配。悪魔祓いが天使の恩恵を得て悪魔を祓うように、はぐれ悪魔祓いは堕天使の恩恵を受けてその力を得る。

 

事に感づいた、勘のよいよい堕天使がこの場にやってくるのだろう。

 

「……いいわ。今日のとこは引きましょう。イッセー」

 

この場で堕天使と争うのはよくないと思ったのだろう。引き際を見極めたリアスが一誠を抱き寄せて朱乃に転移の準備をさせるのだが。

 

「逃がすかっつーの!」

 

それを見逃す少年神父ではない。

 

「えい……」

 

「うおぁあお!?」

 

だがそれも子猫が投げたソファーの下敷きとなって止められる。小さな見た目で人と同じでかさのソファーを投げ捨てる子猫の意外性という驚きで避けることができなかったのだろう。

 

「待ってください部長!あの子も……あの子も一緒に!」

 

準備が完了しすでに飛ぶ手前となった今一誠が叫ぶのは部屋の奥にいた一人の少女。

 

(あれは……)

 

修道服の胸元を破けさせてその場に倒れる少女に孝一は見覚えがある。

 

つい先日一誠と一緒にいた道に迷った少女。

 

苦しそうに横たわるその少女を見て孝一は悟った。一誠が生き残れた理由を。

 

「なるほどな……」

 

さらさらと流れる金髪の髪をした外国人の少女を見て孝一は理解したのだ。

 

「ダメよ。そもそも無理だわ。この魔法陣は眷族以外が飛べない」

 

だが敵対関係という事柄を無視してまでも助けるほどリアスはお人好しでもないし、それに加えてここに飛ぶ前に説明されたようにリアスの眷族とリアス以外はこの魔法陣を使えない。

 

非常だが少女は置いて行くしかないだろう。それがどれほど少女にとって酷なことだとしても少女は人間で、紛いにしても教会の者。

 

「アーシアっ!アーシアぁぁああああ!!!」

 

叫ぶ一誠の残響だけを残して一向は去った。

説明
子供の頃からの夢だった。叶うことのないそれを夢見て今まで生きてきた。大人になって、変わらないそれを感じて、ただ思った。どうしてこんな世界に生まれてきてしまったんだろう、と。
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