インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#08
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「ようやく、形が見えてきたってところかな。」

 

「うん。これも千凪くんのおかげだよ。」

 

一組のクラス代表決定戦が行われてから数日。

 

空と簪は寮からの道すがらで簪の専用機≪打鉄弐式≫の組立ての進捗状況について話していた。

 

 

「とはいえ、まだまだ先は長いよ。第三世代兵装が全くの手つかずってのが痛いね。」

 

「……そうなんだよね。」

 

状況としては先は長いが真っ暗では無い、と言ったところ。

 

機体そのものは空が持ってきた『打鉄ベースの改造機』のデータを参考に全天周対応型として組立てが進んでいる。

一応、右腕の部分展開が可能な程度には。

 

問題は武装―特に第三世代型兵装ではあるが、『二日で半歩、六日で二歩』と、遅々として進んでいないように見えるくらいゆっくりだが開発は進められている。

 

「まあ、気長にやって行こう。行事系は訓練機の打鉄を使えばいいし――確信犯的体調不良でもいいし。」

 

ちなみに、『確信犯的体調不良』につくルビは『サボり』である。

 

「千凪くん、二つ目は駄目。」

 

「オフレコ、オフレコ。」

 

「まったく…」

 

簪はくすり、と笑う。

 

「まあ、やれるだけやってみれば良いんじゃないのかな。―最初から何でもできる超人なんて、居る訳ないんだから。簪さんの頑張り次第だよ。」

 

 

「…うん!」

 

 

空は一組、簪は四組であるが故に教室前で別れることになる。

 

「それじゃ、また夜に。」

 

「…うん。」

 

名残惜しい気持ちを抱きながらも簪は教室に入ってふと思う。

 

どうして、こんなに無抵抗に『甘え』られているのだろうか…と。

 

 * * *

 

 

「そういえばさ、もうすぐ((クラス対抗戦|リーグマッチ))だけど、うちの代表、勝てるかな。」

「そういえば更識さん、専用機持ちだった筈だよ?。」

「どんな機体なんだろうね。」

 

昼休み、四組では他愛のない会話が交わされていた。

 

「…その話なんだけどさ、噂があるんだよね。」

 

「どんな噂?」

 

「更識さんのIS、開発元の事情で開発が中止になっちゃったから一人で組み立ててるって。」

 

「あはは、何それ。会長の真似?」

「ISを独力で作るって…そんなの無理でしょ。」

「天才の真似事じゃないの?」

「会長みたいな天才と同じ事出来る訳ないのにね。」

「言い方悪いけど…身の程をわきまえた方がいいんじゃないの?」

「そうそう。会長に追い付こうだなんて、無理だよね。」

 

―――談笑をしていた彼女たちは知らない。

 

壁を挟んだ向こう側――廊下にその『張本人』が居る事、そして無表情に駆け去って行った事を………

 

 

 * * *

[side:簪]

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

思わず逃げ出してしまった私の脳裏に、教室で言われた言葉が繰り返し響いていた。

 

『―会長に追い付こうだなんて、無理―』

 

 

「はぁ、はぁ………ッ!」

 

なんども繰り返されるその声に、胸が絞めつけられる。

 

 

けど…

 

「そんなこと、判ってる………っ」

 

最初から、判っていた。

 

姉さんに、追いつけるはずがない事くらい。

 

ただ、少しくらいの夢を見たかっただけ。

 

自分でも、出来るんだという…私が、((更識簪|わたし))として認めてもらえるという、夢を。

 

 

「うっ、うえぇっ…うえぇ……」

 

ボロボロとこぼれてくる涙。

 

ふと頭の隅に浮かぶ、千凪くんの顔。

 

彼はどうして、私に手を貸してくれていたんだろうか。

 

………私を憐れんで?

それとも、姉さんに近づくために?

 

そんな事無いと、そんな人じゃないと言いきれるハズなのに疑念が次々と湧きあがってくる。

 

 

……きっとそうだ。

手を貸してくれるフリをしてきっと、哂ってたんだ。

『出来もしない事をやって』なんて…

 

「簪さん!」

 

急に呼ばれて、声の主の方を向いたら、千凪くんが居た。

 

けど、一体何の為に?

 

「………何しに来たの?」

 

「そりゃ、簪さんが心配で「嘘ッ!」」

 

心配して、追い掛けて来てくれた。

そう、判ってるのに私から出た言葉は拒絶の言葉だった。

 

「嘘じゃない。」

 

「…どうせ、千凪くんも私のこと身の程知らずだって思ってるんでしょ!」

 

止まらない。

 

「私は所詮、((更識楯無|ねえさん))の((妹|できそこない))でしかない!」

 

湧きあがってくる、黒いナニかが止まらない。

 

「私は、ただ…((更識簪|わたし))を見てもらいたいだけなのに…誰も見てくれない!誰にとっても、私は『更識楯無の妹』でしかない!」

 

「………そうだね。」

 

「ッ!」

 

否定してくれると思ってた。

 

けど、肯定された。

 

―――――ドウシテ?

 

「簪さんが、『自分は((更識楯無の妹|姉のデッドコピー))でしかない』と思ってる限りはその通りだよ。」

 

 

…私が、自分の事を?

 

「一晩、ゆっくり考えてみるといいよ。自分の事を。」

 

それだけ言ってから、千凪くんは私に背中を向けて歩きだす。

 

 

 

「ああ、言い忘れてた。」

 

「…何?」

 

「僕は簪さんじゃないから、『判る』とか『一緒に背負う』とかは言えない。けど、転びそうになった時、支えるくらいなら、多分出来るから。」

 

 

それじゃ、と今度こそ千凪くんは立ち去ってゆく。

 

 

「私が…自分を…」

 

―――どう思っているのか。

 

答えは、少しだけだけど見えてきていた。

 

 * * *

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翌日の放課後、空は突然呼出されて第三アリーナに来ていた。

 

そこで待っていたのは殺気と敵意を撒き散らすどこか簪似の、しかし決定的に印象が違う二年生。

 

「突然呼び出したりして、ごめんなさいね。」

 

感情が欠落しているように聞こえる声に空はいえいえ、と気付かないふりをして答える。

 

「一応、自己紹介させてもらうわ。私は生徒会長の更識楯無。あなたの同室の更識簪の姉よ。」

 

「生徒会長殿が、入学して一ヶ月経ってない一年生に何の用ですか?」

 

「そうねぇ…端的に言わせてもらうと―――」

 

楯無の纏う雰囲気の変化に空は身構える。

 

「――簪ちゃんを誑かし、かつ泣かせた罪での処刑?」

 

刹那、部分展開された楯無のISの武装―ランスに仕込まれたガトリングガンが火を吹いた。

 

普通ならば、その時点で対象は対IS用の弾丸によって命中すれば吹き飛び、掠れば引き裂かれて血の池を作るハズだ。。

 

「まったく、僕が一般生徒だったら間違いなく死んでますよ。」

だが、空は無傷のまま立っていた。

正確には、楯無が狙った辺りから数メートル離れた場所に立っていた。

 

 

「あら、『一般生徒だったら』って、まるで一般じゃないみたいな言い方じゃない。」

怒りとか嫉妬とかいろんなものが入り混じってこんな凶行に至った楯無だが、理性や知性はちゃんと残っている。

故に、妹の件は別として『要注意』の部類に分類しての言動に切り替える。

 

「まあ、残念ながら。」

 

ぽりぽり、と頬をかく空。

 

「ならば、どんなところが一般じゃないのか、おねーさんに教えてくれるかな?」

そんな姿に楯無は自身の専用機―《((霧纏の淑女|ミステリアス・レイディ))》を展開する。

 

「まぁ、答えられる範囲なら」

答える空も、量子展開の光に包まれた。

 

 * * *

[side:簪]

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、」

 

私は第三アリーナを目指して走っていた。

 

何故か。

それは生徒会が、姉さんが何やらそこで暗躍しているようだったから。

 

確かめたら第三アリーナは生徒会が貸し切りにして立ち入り禁止にしてあった。

 

 

…そういえば、千凪くんを呼び出す放送があったし、本音や虚さんが何やら動いてたみたいだった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」

 

息が切れて立ち止まった場所は第三アリーナのピット入り口。

 

鍵が閉まっていなかったそこに、私は入っていく。

 

 

更衣室を抜け、アリーナへの入り口に入ったら…

 

「―――あ。」

 

 

爆発の中から、水色と灰色が墜ちて行くところだった。

 

「ッ!」

 

居ても立っても居られなくて私はアリーナ上に急いで降りた。

 

 

 * * *

 

「まったく、無茶しますね。」

 

「無茶はどっちよ。乙女の顔面に((杭打ち機|パイルバンカー))なんて撃ち込むだなんて。まだくらくらしてるわ。」

 

私がアリーナに降りたら頭を押さえる姉さんと相変わらずの千凪くんが居た。

 

「で、どんなところが一般じゃないのか教えてくれな、いッ?」

 

素早く千凪くんの背後に廻り込んで腕に関節技を決める姉さん。

 

「ははは、参ったなぁ。」

 

それでも余裕な千凪くんが私に気付いたのか

 

「あ、簪さん。」

 

「えっ!?」

 

私を呼び、姉さんが過剰反応。

 

「………姉さん、何やってたの?」

 

「あの、ええと、簪ちゃん。これは………」

 

わたわたと慌て始める姉さん。

 

その次の瞬間、

 

「あれ?」

姉さんが空を舞っていた。

 

お手玉みたいに、ぽーん、と。

 

「よっと。」

 

そしてそれを体の前で受け止める千凪くん。

 

…お姫様だっこだなんて、なんて羨ま―――げふんげふん。

 

姉さんは突然の事に何が起こったのか判らないでいるらしく、ぽかーんとしている。

 

ぽかーんとしてたけど、私の視線に気づいたのか身を竦める。

身を竦めて、傍から見てるとお姫様だっこされた上に甘えてるかのような構図に……

 

なにかが『ぷちん』と軽い音を立てた気がした。

 

「姉さん。」

 

「は、はいっ!」

 

「とりあえず、離れて。」

 

「は、はいぃっ!」

 

飛び退くくらいの勢いで千凪くんの腕から降りてさささっ、と背後に隠れる姉さん。

 

「…何、そんなに怯えてるの?」

 

「だ、だって………」

 

私の中で、完璧超人だった姉さんの像がガラガラと音を立てて崩れていく。

 

「まあ、いいや。で、姉さん。ここで、千凪くんに、なにしてたの?―――おしえて。」

 

「ぴぃ!」

 

ガクガクブルブルと震える姉さん。

 

「妹の事が気になって仕方ない姉の、シスコンの暴走じゃないのかな。」

 

カチ

『"生徒会長殿が、入学して一ヶ月経ってない一年生に何の用ですか?"..."そうねぇ…端的に言わせてもらうと―――――簪ちゃんを誑かし、かつ泣かせた罪での処刑?"...ガガガガ……』

 

千凪くんがどこからか取り出したレコーダーが再生される。

 

個人的には最後に入ってる銃声も気になるけど…

 

「な、なにかな、簪ちゃん。」

 

私は姉さんの前まで行く。

 

 

手を振り上げ…

 

 

「お姉ちゃんのバカ!」

 

ぱぁん。

 

 

「もう知らないっ!」

 

それだけ言って、私は駆けだしていた。

 

 

 * * *

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簪に引っ叩かれ『もう知らない』と突き放された楯無は…

 

 

「………………」

 

絶賛、鬱状態だった。

 

アリーナの地面に両手をつき絶望するポーズ。

正に『orz』状態。

周囲には黒い縦線が何本も生えてきていて、もうひと押ししたら自殺しかねないくらいの状態。

 

そんな楯無だが、

 

「簪さんの方は僕がなんとかしときますから、言いたいことの整理しといてくださいよ。」

 

言われて、がばっと起き上がった。

 

「本当!?」

 

「嘘ついても何の得もありませんよ。」

 

実際の所、姉としての威厳とか、生徒会長としてのアレとか、色々とブチ壊しになるのだが空はあえて黙っていた。

 

そんなもん、妹に怯えた時点でボロボロなのだ。

これ以上、いくら傷ついても大差はない。

 

「それじゃあ、失礼しますよ。会長。」

 

立ち去ってゆく空。

 

見送った楯無はふと思う。

 

「結局、何も教えてくれてないのね。」

 

(でも、どこかで知ってるような気もするのよね。)

 

うぅーんと楯無は考え込むが思い出せず、生徒会が借り切った時間を超えていた為に他の生徒が入ってきてからアリーナを後にした。

 

 

……………余談だが、楯無はしばらくの間先端恐怖症になり、その克服後もパイルバンカー恐怖症は残ったそうな。

説明
#08:暴走するモノ
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