第三十四話:救いたいと願うからこそ
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「オオオオオォォォォ!!!!」

 

天に木魂する程の絶叫、周囲に存在する者を畏怖させる程の咆哮。

狂気に己の思考を任せて獣化した狗神の少女・犬上小太郎は、その目を目の前の獲物達に向ける。

もう既に今の彼女に感情などない・・・しかし怒りに任せて獣化する程度で此処まで変化してしまう物だろうか?

 

「拙い、来るぞ!!」

 

サイのその言葉に危機感を感じたのか慌てて手に携えていた武器を構えるネギと明日菜。

しかしネギの場合は無茶をしたツケが回ってきたのかヨロヨロと力無く杖に身体を預けてしまう。

 

「ネギ、大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫です・・・!? 明日菜さん、危ない!!」

「へっ・・・? って、うわわわわぁぁぁ!?」

 

それは直観か、それとも危険を察知出来たからか。

ネギの声に合わせる様にして後ろを向きながらよろけた瞬間、今まで明日菜の立っていた石段がひしゃげて陥没したのだ。

 

立ち上る土煙・・・陥没した石段の場所には荒い呼吸をした小太郎が拳を大地に叩きつけている。

信じられない程の速度、更に先程の状態を裕に超える程の驚異的な破壊力だ。

 

「コロス・・・コロス・・・コロシテ、ヤルゥゥ!!!」

 

呻き声の様にも聞こえる憎悪を孕んだ言葉を吐きながら明日菜達の方向を見る。

するととんでもない事に小太郎は何と爪を石段に突き立てたままで明日菜達に向かって突貫して来た。

 

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「ちょ!? えっ、ええええぇぇぇ!? 嘘でしょぉぉぉ!?」

 

慌てて明日菜はネギの襟首を掴むと走り出す。

後ろから迫ってくる小太郎は、本来そう簡単に壊れる筈もない石段を自分の爪で切り裂きながら迫ってくるのだ。

彼女の通った後はまるで最初からそのような跡があったかのように石段に鋭利な溝が出来ている・・・もしこんな物を喰らったらそれこそ五体満足でなど居られないだろう。

 

「た、たたた、助けてぇぇぇ!? そ、そそそそそ、そんなのズッコいわよぉぉぉぉ!!!?」

「あ、ああああ、明日菜さん!? 明日菜さん!? く、首が・・・首が絞まってますってぇぇぇ!?」

「ちっ・・・何やってんだテメェ等は!?」

 

咄嗟にネギ&明日菜と小太郎の追いかけっこの間に割って入り、腰から抜いた七魂剣で迫っていた爪を止める。

だが凄まじいパワーだ・・・男であり、実戦経験もあり、少なくとも力を抑えられていてもそこそこに実力がある筈のサイが何と押されているのだ。

 

「クッ・・・なんつう怪力だ!? さっきまでとはまるで段違いだぞ、この力は!!」

 

上から迫る鋭い爪に押し切られそうになっているサイ。

少しでも力を抜けばたちまち押し切られてあの石段をも紙の如く簡単に切り裂く爪で切り刻まれてしまうだろう。

 

「お、お兄ちゃん!? 待ってて、今・・・!!」

「サイ、堪えなさいよ!! 助けに行くから!!!」

 

押し潰されそうになっているサイを見て助けようとするネギと明日菜。

だが、二人の方にゆっくりと首を向けると、まるで力を振り絞るように怒鳴る。

 

「い、良いからテメェ等は先にこの先のちびせつなが居る鳥居に走れこの野郎!!

逆に足手纏いが居る方が邪魔だ!! さっさと行っちまえ馬鹿共がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

顔を真っ赤にして小太郎の爪を押し返すサイ。

言い方は実に失礼なように聞こえるがこれは言うなれば体力を消耗してるネギと明日菜を慮って言ったサイなりの優しさである。

・・・本当にそういった事は悉く苦手としている漢だ。

 

しかし確かに現状考えれば二人を庇いながらこの狂気そのものと化した小太郎を退けるのは至難の業。

そもそも化物じみた小太郎の力を目の当たりにした事により、聡明なネギがそれに気付かない筈もない・・・ネギと明日菜に出来る事は、先ほどサイがネギを信じたように信じ任せる事だけなのである。

 

「・・・ったく!! 先に行ってるわよ、サイ!!」

「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんはボクを信じてくれた、だからボクもお兄ちゃんを信じる!!」

 

後ろ髪を引かれるようにだが、それでも振り向かずに走り出す二人。

そう、この状況を考えればこれで良いのだ―――少なくともサイが押されている相手になまじ少々戦術をかじった程度の素人二人が挑んだ所で先に待っているのは“死”だろう。

それに言い方は悪いが、お荷物が居ない方がサイも周りを気にせず戦えるのだから。

 

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「オラァァァァ!!!」

「ガ、ガアァァァァァァ!?」

 

拮抗していた力同士に均衡が崩れる時が来た。

ネギや明日菜が走り去った事により、此処にはサイ一人しか獲物がいなくなった事を見越して横に回避しながら力を抜いたのである。

それにより支えを失った小太郎は勢い余って竹薮に突っ込む。

 

竹薮を破壊し、大地に突っ込む小太郎。

凄まじい勢いで叩きつけられたような物・・・普通なら意識を失っても可笑しくない。

だが、サイは竹薮の方を見つめながら顔の前に七魂剣を天を向けて構えると力を解放する。

 

「五障深重消除為 執着絶 怨念無 怨念無故妄念無 妄念無故我知――心中所願 決定成就乃加持!!」

(ごしょうしんじょうのしょうじょなれ しゅうちゃくたち おんねんなく おんねんなきがゆえにもうねんなし もうねんなきがゆえにわれをしる

―――しんちゅうしょがん けっていじょうじゅのかじ)

 

祝詞のようなものを唱え終わるとサイの七魂剣の刃が光に包まれる。

それと共に同じく光で形成された二本の尾が現れた―――この技法は自らが法力を消費するのではなく、法力自体をその身に流して身体を強化する魂鎧装の簡易版。

目にも見える闘気を纏った状態で七魂剣の切っ先を竹薮に向けるようにして構えると、それと同時に砕けて降り積もった竹が吹き飛ぶようにして周囲に飛び散る―――

 

「コ・・・コロス、コロシテヤル・・・オレカライバショヲ・・・ウバオウトスル・・・オマエラヲォォ!!!」

 

現れた小太郎に傷など無い。

少々の汚れやらかすり傷やらはあるようだが、それ以外は獣人特有の強固さによって殆ど無傷。

だが、少なくともその視点の消えた目には先程よりも強烈な憎悪と殺意が溢れていた。

それを見ながらサイもまた静かに変わり果てた小太郎を見据えて呟く。

 

「やってみろやクソガキ・・・流石に尻叩きだけじゃ済まさねぇぞオラァ!!!」

 

二つの怒声が響き、同時に石段を蹴る。

此処に白き獣と狂気の獣の戦いが始まりを告げるのであった―――

 

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「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!」

「ゴガァ!! グガァァァァァァァァ!!!」

 

斬撃と共に入り混じる拳や蹴りによる打撃、それを弾く様に繰り出される打撃の応酬。

一撃一撃が確実に相手を倒す為の遊びの無い攻撃だが二人とも拳やら何やらがぶつかり合うか回避しあっている為か致命傷は一発たりとも当たっていない。

 

どちらも全力を込めてやっている。

サイはその目による驚異的な動体視力を利用した“見切り”により、時には的確に時には変則的に小太郎の急所を狙う。

それに対し小太郎は荒々しく無茶苦茶な戦い方だが、サイを圧倒するスピードと直感で攻撃を避け続ける。

二人の実力が拮抗している故に致命的な一撃は出ず、まさに『千日手』と言っても過言ではない状態だ。

 

「グラァァァァ!!」

「・・・何っ!?」

 

そんな状況に埒が明かないと狂気に蝕まれながらも察したのか。

小太郎は七魂剣の平の部分を蹴ると、その勢いを利用して高速スピードでサイと距離を取る。

すると・・・まるで本当の獣のように四肢を地に付いて、力を溜めるように構えを取ったのだ。

それはまるで肉食獣が獲物を捕獲する際に飛び掛るかのような体制をしている。

 

そして次の瞬間―――後ろ足に溜めていた力を一気に解放するかのように大地を蹴る。

それと共に握り締めた拳がサイの居る場所に向かって全力で叩きつけられたのだ!!

 

「チッ、全体重を掛けて攻撃する方法にシフトしやがったか!? だがそんなモン一発で俺を倒せると思うなクソガキが!!」

 

横に飛び、直撃を避けるサイ。

そのまま小太郎は勢い余って石の灯篭に突っ込み、土煙が再びあがった。

全体重を掛け、身体ごと相手に攻撃を叩きつけるボクシングで言う所の『ジョルト』と呼ばれる技法。

しかしこれは幾らダメージが高いとは言え下手すれば自分すら傷つける、故にサイは『埒が明かなくなって攻撃を仕掛けてきた』と彼らしくない思い込みをした。

 

―――それが間違いだとも知らずに。

 

「グ、ガァァァァァァァ!!!!」

「・・・!? 何だとっ・・・グアッ!?」

 

何かが向かって来る感覚に咄嗟にガードする。

だが防御した筈なのにその一撃はガードの上からサイをふっ飛ばし、千本鳥居を幾つもぶっ壊しながら背中から石段に叩き付けられてしまった。

 

「チッ・・・クソが、ガードしてもこれかよ・・・!?」

 

背中の痛みを尾を利用して幾分か軽減したが、無傷と言う訳ではない。

しかしサイが驚愕したのは其処ではなく、何と再び目に映っている小太郎は身体ごと吶喊しようとしていたのだ。

 

「オイオイ、本気(マジ)かッ!?」

 

痛みなど気にせずに立ち上がり倒れていた場所から飛び去ると、丁度間一髪の所で小太郎が突っ込んでくる。

するとまたも竹薮に自分から突っ込んで血を流すも・・・サイの居る方に視線を向けると足に力を溜めて居るようだ。

 

戦い方が無茶苦茶だ―――

まるでパンチングマシーンを殴るかのように全力で体重を乗せて殴りかかってくる。

遊びやフェイントといった物が一切無く、避けられて自分から壁や石段や竹薮に突っ込んで血を流しても止まる事が無い―――これこそがまさに『狂気の所業』であろう。

 

「クソッ、何つう戦い方しやがるんだ!?

しかも拙い・・・明らかにスピードは向こうの方が上だ、避け続けたとしても追いつかれちまう!!」

 

そう、サイの言うとおりである。

小太郎のスピードは意識がある時を裕に超え、下手をすれば力を抑えられる前のサイに匹敵する程に早い。

今はまだ裂け続ける事が出来たにしても、このままではジリ貧となってしまう―――サイは何とか避けながら策を練ろうとした。

・・・しかし、どうやらそのような時間も相手は与える心算は無いらしい。

 

「グガオォォォォォォ!!!!!」

「何!? 更にスピードを上げただと!!? うおぉぉぉぉ!?」

 

何とか強引に防御したが、サイはそのままゴムボールを大地に叩きつけるかのように跳ね返って鳥居に叩きつけられた。

 

「グッ!? 痛ッ・・・。

(拙いな、こりゃアバラが二、三本イッたか・・・)」

 

脇腹に激痛を感じる、叩き付けられた時の衝撃でアバラ骨が折れたようだ。

信じられない話である―――本来ならばサイ自身の法力が魔法障壁の如く全身に纏われている為、並大抵の物理攻撃では貫く事も不可能な筈なのである。

しかし現実はたった一撃の攻撃によって法力障壁を貫かれてしまったのだ・・・これをネギとのバトルの際に使われていたら確実にネギの命は無かっただろう。

 

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痛みを堪えて立ち上がって周囲を見ればどうやら此処は本来脱出する心算だった『無間方処の結界』の先端である。

離れた場所で戦っていた筈なのに此処まで吹き飛ばされて来てしまったのだ。

 

「お、お兄ちゃん!!」

「サイ!? だ、大丈夫なの!?」

『サイさん!!』

 

後ろを見れば其処にはネギに明日菜とちびせつなが居る。

アバラが折れ、呼吸をしずらいような状態だったがそれでもサイは表情に出さずに背を向けたまま近付くのを制するかのようなジェスチャーをした。

そして向かってくるであろう小太郎が来る方向を見据え、攻撃に備える。

 

だが目の前から来たのは、全身中から血を流している小太郎だ。

先ほどまでの狂気的な戦い方が祟ったのだろうか? しかしフラフラと目線を泳がせてサイに照準が合うと、再び力を溜めるように構えを取っていた。

 

しかし、構えを取ると小太郎から血が噴出す。

全身中、特に酷く足の到る所から破裂したゴムホースのように血が流れ落ちているのだ。

多分、限界ギリギリまで身体を痛めつけた事によって筋肉が断裂したのであろう。

それでもそれを気にする事無く、再び立ち上がると構えを取ろうとしていた。

 

「ウ・・・ウソ、でしょ?

何で・・・何であんなに身体から血が噴出してるのにあんな事しようとしてるのよ、あの娘!?」

 

明日菜が困惑するのも無理は無い。

血が噴き出していると言うのにそれに構わずにサイを狙っている。

完全に正気の沙汰ではない・・・下手すれば出血多量で死、下手せずとも血が足りなくなり過ぎて患部が壊死してしまうような状態だというのに。

 

だがその時、小太郎の痛々しい姿を見たちびせつなが気付いた。

小太郎の体毛の生えていない素肌の部分や顔に入った奇妙な隈取のような物を見て、何故これ程までに戦い続けるのかを。

 

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『あ・・・あれは・・・まさか・・・禁術・狂転変生の咒法!?

そんな・・・あの術は禁術として長が封印した筈なのに・・・どうして・・・?』

 

「・・・禁術・・だと?

おいちびせつな、あのガキは何かの術が掛けられているのか?」

 

サイの疑問にちびせつなは確証は完全には無いが頷く。

かつて、まだ刹那が関西呪術協会に身を置いていた頃に一度だけだが彼女の剣の師匠とも言える人物から聞かされた事がある。

しかし、その呪法はあまりにも陰湿で危険な物であった為に封印されていた筈だが。

 

『ハイ、確証はありませんけど・・・。

あの娘に掛けられている術は多分『狂転変生の咒法』と言う、まだ本体(刹那の事)が生まれる前の時代にあった戦争の際に使われたものです。

術を掛けられた者は脳にあるリミッターを解除されて凄まじい身体能力と戦闘能力を得る事が出来ますが代わりに思考能力や感情といった物を一切合財奪われて、文字通りの狂戦士(バーサーカー)と変えてしまう欠点がありました。

その非人道的な術の内容を知った関西呪術協会の長によって戦争の終結後に厳重に封印された筈ですが・・・』

 

だが今、その術らしきものを掛けられた者が居るという事は―――

誰かがその術の封印を解除して奪って小太郎に掛けたという事だろう。

 

それを聞いた瞬間、サイの表情が変わった。

 

「待て・・・じゃあ、もしやあのガキは・・・」

 

言いたい事は解ったのだろう。

ゆっくりとちびせつなは頷くと口を開いた。

 

『ええ、サイさんのお考えになっている通りだと思います。

彼女は―――あの犬上小太郎と名乗ったあの娘は無理矢理に術で凶暴にされて戦わされているんですよ・・・』

 

それを聞いたサイは、ネギや明日菜が制止しようとするも聞かずにゆっくりと小太郎の方へと歩き出した。

 

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「グ、ガ、ガァァァ、アァァァァァ・・・アァァァァ!!!」

 

血まみれで何度も倒れ込む小太郎。

だが・・・それでも立ち上がり、襲いかかろうとしている。

 

その姿は何処までも痛々しく、何処までも悲痛だ。

本来なら出血の量が多過ぎるが故に立ち上がる所か動く事すら困難だろう。

だが、それでも同じ動作をまるで壊れた人形のように続ける。

 

「サイ!?」「お兄ちゃん!!」

 

そんな声が発達した耳に聞こえ、小太郎は血の海に倒れながら目線だけを上に向ける。

見つめた方向にはサイが立っている・・・その手に自らの愛剣である七魂剣スサノオの柄を握り締めて。

 

「グゥゥ・・・ガァァァァ!!!」

 

殺気と狂気に蝕まれてもう正常な思考の無い小太郎。

目の前に立つ敵を・・・目の前に居る敵を唯殺す為に立ち上がろうとするが立ち上がれない。

するとサイはゆっくりと七魂剣を振り上げると・・・。

 

「・・・悪いな、この方法しか思い付かねぇんでよ」

 

何と、自分の腕を斬ったのだ。

かつてエヴァが苦しんでいる時も使用した事があるが、白面九尾の・・・特に九尾一族の長の血族の血は呪を無効化させる力を持っている。

(エヴァの時は実際に登校地獄の呪を解除していた)

 

腕から流れ落ちる血が狂気に蝕まれる小太郎に降り掛かると一度淡く輝く。

その光が収まった後―――何と小太郎は元の姿に戻って居た。

 

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「・・・え・・・?」

 

いきなりの事に小太郎は弱弱しく間の抜けたような言葉を呟く。

その横に座り込むとサイは七魂剣を仕舞い、戦友の神具・聖杖ヤツフサを召還すると小太郎の傷を治療し始めたのだ。

 

「な・・・何・・・してるんや・・・アンタ・・・?」

「黙ってろ・・・予断許さねぇ状態だが血を止めりゃまだ何とかなる、余計な事喋って無駄な体力使うんじゃねぇ」

 

杖の先の宝珠が輝き始める。

だがどうやら先ほどネギを治療した時と比べると明らかに光は弱弱しい。

それもその筈だ・・・サイはアバラを何本も折り、全身打撲のような状態で神具を使っているのだから。

更に光り輝くサイ自身の身体は淡い光へと変わる、そして徐々に光は消えて行った。

 

「あ、アンタ・・・正気か・・・? 俺は・・・アンタを・・・殺そうと・・・したんやぞ・・・」

「黙ってろっつうのが聞こえねぇのか・・・喋るなクソガキが」

 

黙って居ろと言われて黙っていられる訳が無い。

サイがやっている事、それは弱った敵を助けようとしているのだから。

しかも自分の状態など気にする事もせずにだ・・・明らかにサイもまた軽くは無い傷を負っている。

 

「アンタ・・・だけやない・・・あそこのチビも・・・姉ちゃんも・・・殺そうとした・・・んやぞ・・・?

哀れみ・・・や・・・自己満足の為・・・なら・・・止めろ・・・俺・・・は、もう・・・価値なんぞ・・・無い・・・役立たずや・・・。

居場所・・・も・・・何も・・・アンタに・・・やられた時点で・・・無くなって・・るんや・・・このまま・・・独りで・・・」

 

瞳から涙を零しながら呟き続ける小太郎。

別に彼女は負けてなど居ない・・・だが事実、足止めをしろと言われた相手を殺す事も再起不能にする事も出来ずに生き恥を晒している自分にはもう行くべき場所など無い。

ならばせめて、己の記憶の残るこの千本鳥居で死ぬ事が孤独に生きて居場所を求め続けた己の末路だろうと考えていた。

そんな生きる価値も無い自分を生き永らえさせるのがどれだけ辱めなのか目の前に居る男は理解していない。

 

だがそんな小太郎は急に引き摺り上げられて頬に痛みを感じた。

どうやら血は全部止められたらしいが・・・いきなり持ち上げられたかと思うと、何とサイが小太郎をぶん殴ったのだ。(と言っても軽くだが)

そして再び肩を掴まれると引き摺り起こされる。

 

「・・・テメェが此処で死んで何か変わんのか、あぁ!?

解ったような面でガキが語るんじゃねぇよ!! 何が価値がねぇだ!? 笑わせんじゃねぇよクソガキ!!

高々5年、10年程度しか生きてねぇガキが生意気抜かすな!!」

 

頬を押さえながらサイを呆然と見る小太郎。

そんな事などお構いなくサイは小太郎に向かって吐き捨てるように続けた。

 

「人の人生ってのはなぁ一度しかねぇんだよ!!

テメェのようにやれ孤独が嫌だの、役立たずだから死にたいだなんて言う奴も居ればな・・・生きてぇのに生きる事が出来ず、それでも後に続く奴の為に笑って死んでいく奴も大勢居るんだ!!

テメェに解るか!? 死にたくねぇのに死ななきゃならねぇ連中の無念が、苦悩が!?」

 

何故だろうか、頬が熱い・・・。

今まで生きてきた中で小太郎は強くなる為に色々な事をして来た。

少女にはきつ過ぎるような事、苦しみや悲しみの中で・・・居場所が欲しいが故に涙を堪えて耐えてきた。

女だと言う事など関係なく殴られた事もある・・・だが寧ろ、そんな時の方が自分が女だと言う事を忘れる事が出来た。

 

「居場所がねぇ!? ふざけんな!!

居場所ってのはなぁ・・・人に見つけて貰うモンじゃねぇ、テメェで見つけるモンだ!!

テメェで努力もしねぇで、やれ女に生まれたからだの何だのなんて言い訳やら御託やら並べてんじゃねぇ!!」

 

だがこの頬の熱さは何だ?

そしてこの温かさは一体何なのだ?

今まで生きてきた中で感じた事の無い感情をぶつけられて戸惑う小太郎。

 

思えば居場所を人に求め、見捨てられないように耐えてきた。

痛みを感じるような術を施されても、唯の捨て駒のように扱われても今の居場所を失いたくなかった。

だが所詮それは、仮初の居場所に過ぎない。

 

するとサイは小太郎の頭を掴むと目線を合わせて座り込む。

何故だかは解らないが、小太郎は抵抗出来ないでされるがままにされていた。

 

そしてそこでサイはある事を呟いたのだ。

 

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「・・・約束する。

テメェを人扱いしねぇような連中も、そんな世界も、俺が必ずブッ壊す。

テメェの未来(あした)も、苦しまねぇで済む現実(いま)も、必ず俺がこの手で掴み取ってやる。

だからもう無茶してまで居場所を求めるような事は止めろ」

 

それは全てに耐え、『居場所』と言う幻想を人に求め続けた小太郎の胸に深く突き刺さる。

彼女はそこで、今まで感じていた違和感や頬の温かさの意味を理解した。

 

本気で彼女は誰かに怒られた事などない。

本気で彼女は誰かに心配された事もなく、誰かに優しくされた事も無い。

今まで向けられたのは役立たずとなれば捨てられると言う心無き現実、そして女の癖に男の真似事をする事への奇異の視線だ。

 

だが今、目の前に居る敵の筈の人物は本気で小太郎を怒ってくれた。

敵でありながら命の心配をし、自分の状態などまるで無視して助け、そして今途方も無い約束をしてくれた。

口ばかりではない―――その真剣な目は、本気で自分を助ける心算なのだろう。

 

「・・・本当に・・・本当に、アンタは・・・俺を助ける心算なんか?

そんな事したって、アンタには何の利もないやんか・・・いや寧ろ俺は関西呪術協会を乗っ取ろうとしてる連中の一員や、そんな事が知れたら・・・」

 

だがそんな小太郎の一言をサイは叩き切る。

彼の、彼らしい、寧ろ彼と言う存在を象徴するかのような言い方で。

 

「んなもん、関係ねぇよ。

俺が、俺自身の意志でテメェを助けるって誓ったんだ・・・それを今更覆す心算もねぇよ!! 文句あるか!?

俺を舐めんなよガキ―――俺を誰だと思っていやがる!!!」

 

無茶苦茶な言い方だ・・・だがその言い様に小太郎は黙り込む。

サイは小太郎の姿にかつての自分を見た―――人と魂獣、相容れる事の無い時代の犠牲とも言える存在を両親に持ったが故に卑下され、嫌悪され、現実に絶望して人を傷つける事でしか自分の生きる意味を見出せなかった幼き日の自分を。

 

だが、どうしようもない自分を泥沼の底から這い上がらせてくれた戦友(とも)がいた。

その戦友のお陰でサイは少しずつだが変われ・・・人を信じるという事の意味を教えられたのだ。

だからこそ放って置けなかった、かつての自分のように殻に閉じこもった目の前の少女を。

 

サイは不器用だ、戦友のように共に笑う事など出来ない。

胸を貸し、抱きしめてやる事も出来ない・・・そうするには自分の手は汚れ過ぎている。

だからこんな不器用で辛辣な物言いで、ぶっ潰すなどという物騒な方法と勝手な約束しか出来ない。

 

だがそれしか出来ないからこそ彼は誰よりも自分の身体を張るのだ。

その生き様に迷いが無いように迷わないように唯只管に前を向いて。

 

そんな彼の不器用な生き方を少女も理解したのだろう・・・いや、もしや自分と同じ様なものを彼の目に見たのかもしれない。

心の奥底が熱くなり、視界が滲む―――頬に伝う暖かい何かが“涙”だと気付くのに時間を有す。

今まで生きてきた人生の中で初めて、悲しみや苦しみが理由ではない涙がその頬に伝っていたのだ。

 

「誰って・・・ひっく・・・知らんわ・・・。

ぐすっ・・・兄ちゃん・・・俺、俺・・・えぐっ・・・信じて、良いん・・やな・・・?」

 

答えを返す代わりに、サイは裸になっている小太郎に自分の魂衣を頭から掛ける。

そして背を向けて天を見上げると言い切った。

 

「当然だ・・・それに俺は俺自身を信じろなんて言わねぇ。

テメェを救うと誓った漢の誓いを・・・漢の覚悟を、漢の誇りを信じればそれで良い・・・」

 

その背は何処までも大きく見える。

決して逃げる事無く困難や悲壮な現実にぶち当たっても、その度に壁を乗り越えてきた漢の背中。

 

余計な言葉はこれ以上必要ない、漢は背で生きてきた生き様を語るものだ。

 

「う、ううっ・・・ひくっ・・・えぐっ・・・。

う、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

小太郎は頭から掛けられたサイの魂衣を抱きながら泣いた。

悲しみでも苦しみでもない、喜びから流れ落ちる涙を・・・人目を気にする事もなく、枯れ果てるまで。

 

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泣き終わって疲れたのだろう、小太郎は瞳を真っ赤に腫れさせてサイの背で眠っていた。

そのまま小太郎をちびせつなの近くに連れて行くと、ゆっくりと鳥居の根元に起こさないように横たえる。

・・・その少女の姿を見ながら明日菜が声を掛けてきた。

 

「大丈夫なの、この娘・・・? 凄い血を流してたみたいだけど・・・」

「心配ねぇ血は全部止めた、後はコイツ次第だろうが獣人ってのは無茶をしなけりゃ暫くしたら動けるようになる筈だ・・・自己再生の力が強いとかキティに教えて貰った事がある」

 

そう言い終わるとサイは何処から出したのか、丈夫な布のような物を脇腹に巻く。

途中、何度も痛々しそうな表情をしていた・・・折れたアバラを保護する為に巻いているのだろう。

・・・彼は神具で人の傷は治す事は出来るが、能力無効化(アビリティキャンセラー)の力が強過ぎるが故に自分の傷は治す事が出来ないのだ。

 

「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんこそ大丈夫なの? 何だか凄く痛そうだよ・・・」

「問題ねぇよ俺も半分は人間じゃねぇからな、時間は掛かるが普通の人間よりは早く傷が治る―――それよりも問題はコイツをどうするかだ、こんな所に置いてく訳にゃいかねぇだろ?」

 

確かにこの様な場所に上からサイの魂衣を羽織っているとは言え、ほぼ裸に近い少女を置いていく訳にはいかないだろう。

少女をどうするべきか悩んでいたその時、ちびせつなが言葉を返す。

 

「それならば関西呪術協会の本山に一緒に行けば良いかと。

先ほどの状況や、禁術の狂転変生の咒法を使われていたようですから長に事情を説明すればこの娘は利用されていただけだと解って貰える筈です。

・・・それよりも問題なのは、どうやって此処から抜けるかですね」

 

そう、考えても見れば最大の問題はそれだ。

永遠に同じ道をループするこの結界、無間方処の咒法を何とかして外に出ねば意味が無い。

だが脱出方法を知っているであろう小太郎は眠っており、ループの切れ目のみは理解出来ているがそれ以上は脱出の仕方さえ解らなかった。

 

「それも心配ねぇよ、ループの切れ目が解ってる今ならな」

 

言い終わるや否や、サイは七魂剣の切っ先を横に向けて水平に構えると刃の平を撫でるようにゆっくりと手を動かす。

すると―――根元からゆっくりと刃が光り輝き、虹色の輝きを纏う、まるでビームソードのような姿へと変わったのだ・・・。

 

その光の太刀と化した刃を切っ先を鳥居に向けて構える。

そして、刃を鳥居の前で思いっきり袈裟懸けに振り下ろしたのだ―――

 

背を向け、まるで剣についた血を払うかのように振り払う。

その瞬間―――ネギや明日菜、ちびせつなは目の前で起こっている事に目を疑った。

 

何と、空間がサイの振るった刃の軌跡をなぞる様に一筋の光が現れ、景色が切り裂かれるようにズレたのだ―――

 

「・・・我が次元刃に断てぬものは無い」

 

そうサイが某剣一本で神までぶった切った漢のような台詞を呟き、七魂剣が元に戻って腰の鞘に仕舞われた瞬間。

ズレていた空間はまるでガラスを割るかのように砕け散り、そして消えたのだ。

 

何が消えたか?

言うまでも無い・・・千本鳥居に張られていた無間方処の結界が、跡形もなく粉々に。

 

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「「う・・・ウソォォォォォ!?」」

『そ、そんな・・・結界を、次元の歪んだ空間を・・・断ち切った・・・?』

 

今までサイの無茶苦茶を見てきたが、今回程無茶苦茶過ぎる力は見た事がない。

本来ならば無間空間の中の何処かに隠された印を壊し、更にその後現れる空間の亀裂を破壊する事で脱出出来る・・・それが結界と言う物なのだ。

それをそれら全ての工程を飛び越して、結界自体を断ち切ってしまったのだから驚かない方がおかしいだろう。

 

「前に言ったろ・・・出来ねぇ事は言わねぇよ」

 

そう呟くと、上の方を見るサイ。

かすかだがその視線の先には先ほどまでは見えなかった建物のような物が見える。

張られていた罠を突破した事により、無限に続くループは終わりを告げ・・・本山の位置が見えるようになったのだ。

その本山を親指で指しながらサイは言う。

 

「ホレ、あそこに親書届けりゃ良いんだろ。

とっとと行け・・・その親書が長ってのの手に渡れば、ちったあ今の状況を改善出来るだろ。

それがテメェの役目だ、解ってるよなネギ?」

 

「うん!! 解ってるよお兄ちゃん!!

それに・・・この親書が渡れば、少しはこの娘のような子が出ないで済むようになるよね・・・?」

 

その言葉にサイは小さく『・・・あぁ』と応える。

裏に張り巡らされた負の連鎖は、東と西が手を結んだとしてもそう簡単には消えない・・・それが事実だ。

しかしそれでも、少しは小太郎のような犠牲者が出なくはなるだろう。

 

「明日菜・・・ネギと小太郎を頼む。

ちびせつなは案内をしてやってくれ、最後まで気を抜かずにな・・・」

 

「まっかせなさいよ、サイ。

今から何か出てくるかもしれないけど・・・ネギもこの娘も私が絶対に護るから。

・・・こう見えても自慢じゃないけど、逃げ足の速さには自信があるからね」

 

『ハイ、解りました!!

・・・あれ? でも、その言い方はサイさんは本山に行かないんですか?』

 

サイの物言いの歯切れの悪さにちびせつなが疑問を持つ。

それに対してサイは、少しバツが悪そうにぶっきら棒に言葉を返した。

 

「悪ぃな、野暮用思い出してよ。

まああれだ、人間として当然起こる生理現象という・・・要するに用足しだ用足し(トイレ)。

あんだけ戦ってたからな、大も小も我慢しまくっててよぉ・・・ちと時間掛かりそうだし漏らしたくねぇからな、だから先に行ってろ」

 

その言葉を聞いて苦笑する明日菜。

彼女も無間空間に閉じ込められた際にトイレに行きたくなり、漏らしそうになった経験がある。

故に気持ちが解るのだろう・・・。

 

「キッタナイわねぇ・・・トイレ位済ましときなさいよ。

まあ良いわ、だったら先に行ってるからとっとと追いつきなさいよ?」

 

明日菜の言葉に背を向けて手を振るサイ。

そしてそのまま少し下にある休憩所に向かって歩き出す。

―――その後姿が見えなくなったのを確認した後、小太郎を背負った明日菜と肩にちびせつなを乗せたネギはまだまだ遥か天に聳える関西呪術協会の本山に向かって歩みを進め始めたのであった。

 

-12ページ-

 

休憩所に向かうサイ、足早に到着するとトイレに・・・は行かなかった。

そうではなくトイレの裏に回り、竹薮の中を進んでいく――― 一体何処へと向かおうというのか?

 

暫く歩いた後、ふとある場所で立ち止まる。

その目線の先には、何やら読めないようなミミズの這い回ったような文字の書かれた光る丸い円があった。

昔の知識も何も無い状態のサイならば、この様なものがあったとしても何だかは気付かなかっただろう。

しかし、この目の前に展開される“魔方陣”は、小太郎と戦っている時に見つけたもの。

 

「これが強制魔法転移陣って奴か。

こんな所にあるって事は少なくとも、ネギとは関係ねぇだろうし・・・梵字でも漢字でも無さそうだから関西呪術協会とも関係ねぇだろ」

 

だが・・・その魔方陣から放たれている気配をサイは知っている。

まだたった一度出会い、死合っただけだが・・・間違いなくこの寒々しい気配はフェイトと名乗った少年の物だ。

 

「何か用事があって此処に張ってるのか、それとも逆に何かをした後に脱出する為に張ってあるのか。

理由は解らねぇが、少なくともコイツはあの小僧が居る所まで繋がってるのは間違いないだろうな―――じゃなけりゃ、こんなに濃い気配を放っちゃいねぇだろ・・・」

 

一人そう誰に聞かせる訳でもなく呟くサイ。

これを小太郎との戦いの時に見つけた時点で既にサイの腹は決まっている。

・・・それにこのかを護るのと学園長からの依頼以外にも、果たす約束が増えた。

ならば迷う必要は無いのだ・・・。

 

恐らくこれは、敵のど真ん中に向かう可能性が高い。

そうなればフェイトだけでなく、他のこのかを狙う刺客と対峙し、不利な状態で戦わねばならないだろう。

今の体力を消耗している状態で勝てる訳は無い・・・恐らく99%の確率で返り討ちだ。

 

しかしそれでもサイは不敵に笑う。

 

「最初はテメェ等から吹っかけてきやがったからな。

今度は―――俺から喧嘩売りに行ってやらぁ、そこで待ってろ―――」

 

だが99%返り討ちにされるから何だ?

残り1%でも確率があるのなら、サイは喜んでその先に向かう・・・分の悪い賭けなど、今まで何度も打ってきた。

それに、少なくとも思い出した能力を使えば勝つ事は出来なくとも引き分けに持ち込める可能性もある。

 

意を決し、魔方陣の中に飛び込むサイ。

すると方陣は光り輝き、その光が彼を包み込むと・・・その姿は消えていたのであった。

 

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第三十四話の再投稿を完了いたしました。

しかし今回は結構難産でしたね・・・まあ、小太郎君を女の子にしちゃった私が悪いのですが。

 

敵に対して情けを掛けるなんてのは本来は御法度なんですけどね。

ですがサイは口調や態度とは別に結構お人よしな部分もありますからねぇ(と言っても容赦無い人物ですが)。

そういった部分を考慮して、今回のような話になりました^^

 

では、そろそろ次回に続きます。

 

 

追伸:サイ君、今回は【色々な武装を組み込まれてるのに刀一本で戦う漢】の台詞をぶっ込んでます^^

説明
人はどこかで救いを求める
多くの苦しみ、悲しみを背負い、その先にある何かを求めて
その先にある何かを理解出来る者、それは同じ悲しみを背負う者だけだ
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