トトリのアトリエ 〜若き双剣聖の冒険譚〜 第3章 アーランドの錬金術士
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第9話 お土産はとても大きくて

 

「だからぁ!これは普通の雑草なの!マジックグラスは、もっとこう……何て言うんだろ……」

「う〜ん……そう言われてもなぁ……ジーノ、これ、見分け付くか?」

「いや、全然つかねぇ」

 

ジーノが首を横に振る。若干、トトリの不機嫌度が増した気がした。

 

「なぁ、トトリ。お前は錬金術士で、こう言うのも調合に使うんだろうから分かって当たり前だけど、俺やジーノは全くの素人だし、見分けつかないんだよ……」

「そ、そうだけど……う〜ん……」

 

場所は、アランヤ西部にあるだだっ広い草原。

こんな所で、何故俺は妹と軽い口論をしているか、と言うと……。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「お兄ちゃん、ちょっと、材料採りに行くの手伝ってもらいたいんだけど……」

 

トトリにそう言われたのは、数時間前、アランヤ村の広場での事だ。

その数分前に、丘の上にあるヘルモルト家から爆発音が聞こえた事から、恐らくは怒ったツェツィ((姉|ねえ))から逃げ出した所で偶然俺と出くわしたので、ほとぼりが冷めるまで俺を連れて採取に行こうと言う魂胆だろう。

まぁ、ツェツィ((姉|ねえ))の気持ちも分からないでもない。もう錬金術を始めてから大分経っているのに、未だにトトリは簡単な調合も失敗してしまうのだ。

そろそろ慣れて欲しい、と言う気持ちは俺にもある。無論、ツェツィ((姉|ねえ))にもだ。

だが、俺はトトリを怒ろうとは思わない。何せ、失敗は誰にでもあるのだから。

現に俺も、以前参加した『アーランド防衛作戦』でミスを犯し、所属する班全員を危険に晒してしまったのだ。

それに比べれば、トトリのミスなど可愛い物で、俺は責める気になれない……と言うか、責められない。

だから俺は……

 

「ああ、いいぞ。それで、何処へ行くんだ?」

 

と、快く承諾したのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

――そして、今に至る。

ジーノはと言うと、村の出口で出くわした時に『俺も行きたい』と駄々をこねたので、仕方なく連れて来たのだ。

一応、俺が素材を採りに行っている間のトトリの護衛をきっちりこなしてくれているので、連れて来た甲斐はあったと言う物。

 

「悪いな、トトリ。俺も、もう少しお前の役に立てるように勉強するからさ、今日は勘弁してくれ。な?」

「むー……子ども扱いしないでよ〜!」

 

どうやら、わがままな((妹君|いもうとぎみ))はご立腹のようだった。

ちょっと前までは、頭を撫でてやったら喜んでたのになぁ〜……。

少し寂しい気もするが、それだけ、トトリも心が大人になった、と言う事だろう。

それに心成しか、錬金術を学んでからと言う物、トトリは随分と元気になったと思う。

まぁ、以前から遊ぶ時には元気だったのだが、そう言う意味ではなく、何て言うんだろう……。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。今度はちゃんと図鑑貸してあげるから、もう1回マジックグラスを取って来てくれない?」

「ああ、いいよ。図鑑さえあれば、そうそう間違える事もないだろう」

 

俺はトトリから図鑑を受け取り、再び採取へ向かった。

と言うか今更、俺が躍起になって集めていた雑草とマジックグラスの違いが分かって来た気がする。

よく見ると結構違うモンだなぁ……これを軽く見分けられるんだから、やっぱトトリは凄いのかもしれない。

そんな事を考えながら、俺は右手に持ったカゴの中を覗く。

マジックグラスがぎっしり詰まっているのを見て、これだけあれば十分だろうと思い、俺はカゴを右手に持ったまま、トトリ達の((下|もと))へ戻った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「きゃあぁぁぁぁっ!!」

「うわぁっ!く、来んな!こっち来んな!」

 

トトリとジーノの((下|もと))に戻る最中、2人の悲鳴が聞こえて来た。

一体何があったんだ?ぷにぷにとかなら2人も見慣れてるはずだし、この草原にはそんなに強いモンスターも現れないはずだ。

俺は少し軽い気持ちで2人の様子を見に行ったのだが……。

 

「なっ!?」

 

今正に2人に襲い掛かろうとしていたのは、モンスターではないのだが、それなりに凶暴な事で有名な熊だった。

一応アランヤ村周辺にも熊は生息しているが、比較的大人しい種の熊ばかりで、決して人に襲い掛かる事はない。

そして、今2人に襲い掛かろうとしている熊は、アーランドの方にしか生息していないはずだ。

何故こんな所に……と思いながら、俺はカゴを地面に半ば投げ捨てるように置き、背中の剣に腕を走らせた。

 

「トトリ、ジーノ!じっとしてろ!」

 

叫ぶと共に、俺は強く地面を蹴った。

モンスターですらない為、俺からすれば楽勝な相手だが、今回は勝手が違う。冒険慣れしていない、冒険者でもない2人の少年少女が間近にいるとなれば、全力疾走で向かわざるを得ないのだ。

 

「えっ、ちょっ……!」

 

熊に急接近した時、一瞬誰かの呟きが聞こえた気がした。

トトリの声でも、ジーノの声でもない。何か、聞き覚えのある声だったと思うけど……。

 

「はぁっ!!」

 

右手の剣を、熊の右下から左上へ向けて薙ぐ。

灰色の毛皮に覆われた熊の体は分断されると思ったが、直後、予想だにしない事態が起こった。

肉を断ち切る音は鳴らず、代わりに響いたのは、甲高い金属音。

しかし、足元に熊の死骸は崩れ落ちた。

 

「ふぅ……あっぶないわねぇ〜、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃない?『((双剣聖|そうけんせい))』様?」

「なっ……め、メル((姉|ねえ))っ!?」

 

俺の剣を受け止めたのは、紛れも無い、見慣れに見慣れすぎたメル((姉|ねえ))だった。

しかし何故、熊なんて担いでるんだ……?

 

「何やってんだよ、こんなトコで……その熊は?」

「あぁ、これ?アーランドの方で戦ったんだけど、あんまりにも珍しいくらい大きかったから、持って帰ったらみんな喜ぶかな〜、と思って」

「……これを、持って来た?アーランドから?1人で?」

 

相変わらず、女性のやる事じゃない。

そもそも、男でもやろうとは思わない。メル((姉|ねえ))のバイタリティに底はないのか?

 

「それにしても、((興醒|きょうざ))めよねぇ〜、折角トトリとジーノ坊やを驚かそうと思ったのに」

「いや、十分驚いてただろ。あれ以上何を求めてたんだ、メル((姉|ねえ))」

「お、驚いたなんてモンじゃねーぞ!喰われるかと思ったじゃねーか!」

「あら、でもかっこよかったわよ?トトリには手出しさせねーぞ!って」

「ほぉ、ジーノもそう言う事言えるようになったんだな。関心関心」

「う、うるせぇ!ら、ライナーから『トトリを頼む』って言われたから、仕方なく……」

「し、仕方なくって……」

 

トトリが少し落ち込んでいた。

まぁ、恥ずかしい気持ちは分からんでもないが、そこまで否定しては、今度はトトリが可愛そうだ。

 

「ジーノ、悪かった。もうからかったりしないからさ。本当は、自分の意志でトトリを守ろうとしてくれたんだろ?」

「……ま、まぁ、そんな所、だな」

「えっ、そ、そうなの?」

「あら、認めた。へぇ〜、ジーノ坊やも――」

「ちょっとメル((姉|ねえ))は黙っとこうぜ。今いい所なんだ」

「わ、分かったわよ。もう……ほんの冗談じゃない」

 

その冗談がさっきトトリが落ち込む原因になったんだ、と言うのは言葉に出さず、ちょっと厳し目の視線で語っておく。

トトリとジーノに視線を戻すと、仲睦まじく会話をしていた。

 

「お前は俺がいないと何にもできないからな。俺に任せとけって」

「わ、私だって、ジーノ君がいなくても……れ、錬金術ぐらいなら、できるもん」

「錬金術できたって、身を守れなけりゃ意味ねーじゃん」

「う、うぅ……それはそうだけど……」

 

まっ、錬金術で自分の身を守れる物を作れば、今のジーノの意見は覆せるわけだが。

ちょっとした傷薬を作るにも失敗する事がある今のトトリでは、それも夢のまた夢、なんだろうな。

 

「とりあえず、こんな所で立ち話ってのも何だし、1度村に戻らないか?メル((姉|ねえ))も長旅で疲れたろ?」

「う〜ん……あんまり疲れてはないけど、まぁ、お言葉に甘えとくわ」

「よし、それじゃ、行くか」

 

俺達4人は、アランヤ村に向けて並んで帰路に着いた。

 

「メル((姉|ねえ))、それでかくて邪魔だぞ!」

「仕方ないじゃない。お土産なんだから」

「そんなかさばるのを持って来るから……」

 

そんな、他愛もない会話をしながら、俺達は歩き続けるのだった。

 

 

 

 

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第10話 決意する兄妹

 

驚く村人を尻目に、熊を担ぎながら村の広場を((闊歩|かっぽ))するメル((姉|ねえ))に着いて、俺達3人は丘の上に建つ一軒家に向かっていた。

メル((姉|ねえ))はツェツィ((姉|ねえ))の驚く様を想像してにやにやしているし、俺達としては、できればこの場で取り押さえて熊を処分したい所なのだが、((生憎|あいにく))、そうするだけの力が俺達にはない。

トトリの安全を考慮し、俺とジーノの2人で挑みかかったとして、恐らく軽く捻られて終わるだろう。

ツェツィ((姉|ねえ))には悪いが、少しばかり驚いてもらう他はない。

……でも、大人しく持って行かせたら、今度はツェツィ((姉|ねえ))のお説教が待っているに違いない。

何とも憂鬱な、今日この頃である。

 

「何て顔してんのよ、ライナー」

「……いや、自分で言うのも何だけど、俺って苦労人だなぁ、と思って」

「あら、そう?どっちかって言うと気楽なお子様って感じに見えるけどね、あたしには」

「長旅でお疲れのようですね。少し目を休めてみてはどうですか?」

「……アンタ、しばらく会わない内に少し毒舌になったわね。トトリに習ったの?」

「わ、私っ!?ひどいよメルお姉ちゃん!私毒舌じゃないもん!」

 

トトリが焦り6割、怒り4割と言った声色で抗議する。

それに対してメル((姉|ねえ))は、『ごめんごめん、冗談よ』と言う持ち前の大らかさ(大雑把とも言う)全開の言葉で応じた。

 

「別にそうでもないだろ。それに、トトリは絶対に毒舌なんかじゃない」

「そうだよ!お兄ちゃんの言う通りだもん!」

「はいはい、分かってるって。相変わらず、ライナーはトトリにべったりね」

「どっちかって言うと、トトリがライナーにべったりの方が正しいかもしれねーけど」

 

珍しくずっと黙っていたジーノが言う。

それを聞いてトトリは、羞恥か焦燥かどちらとも取れるように顔を赤くしながら抗議の声を挙げた。

 

「そ、そんな事ないもん!私、もうお兄ちゃんやお姉ちゃんがいなくても、ちゃんと1人で――」

「俺がいなくても何とかなるのは分かるが、さすがにツェツィ((姉|ねえ))はハードル上げ過ぎたな。それに、そう言う台詞はアトリエの後片付けを――って言うか、錬金術で失敗しないようになってから言えよ」

「う、うー……」

 

自分で言うのも何だが、正論だと思う。

目の前のトトリが、もどかしそうに返す言葉を失っているのが、その証拠だ。

さて、トトリ((弄|いじ))りもこの辺でお開きにしよう。

何せ、そろそろヘルモルト家の、決して小さくはない、むしろ大きい方と言える一軒家が見えて来たからだ。

今からツェツィ((姉|ねえ))の驚く顔と怒った顔が目に浮かんで来るが、仕方ない。

これを期に、もう少し強くなれるよう修行に励もうと俺は誓った。

 

「ただいまー……」

「あら、お帰りなさい、ライナー君。……トトリちゃんは?」

「あぁ、トトリもちゃんといるよ。ちょっと、余計なおまけも着いて来てるけど……」

「おまけ?」

 

そこまで話した時、扉の影に隠れていたメル((姉|ねえ))が熊を持ち上げながら飛び出して来た。

 

「やっほー、ツェツィ!」

「きゃあっ!?な、何っ!?」

「メル((姉|ねえ))だよ。さっき出かけてた時に会ったんだ」

「め、メルヴィっ!帰って来たの!?……そ、それは?」

 

ツェツィ((姉|ねえ))が恐る恐る熊を指差す。

まぁ、無理もないよな。扉を開けたらいきなり熊だもん。そりゃ驚くわ。

 

「いや〜、アーランドの方で倒したんだけど、あんまりにもでっかくて珍しかったから、こっちまで持って来たのよ。見て、この大きさ。村人全員で熊鍋やれそうな勢いよね〜」

「そ、そんな事はいいの!もう……帰るなら帰るって連絡ぐらいしてよね」

「ごめんごめん。けど、連絡しちゃったらサプライズできないじゃない?」

「メルヴィのサプライズは、私には少し刺激が強すぎるのよ……」

 

確かに。大いに同意。

この間でっかい蛇の抜け殻持って来た時はマジで斬りかかろうかと思った。

……あっ、一応、秘密って事になってるけど、俺は爬虫類とか昆虫とかあんまり好きじゃない。

何となく、生理的に受け付けないのだ。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。ジーノ君もいるんだけど、晩御飯一緒に食べちゃ駄目かな?」

 

トトリが若干空気を読めてない発言をする。

しかし、読めないなりに場の空気を少し緩和してくれた事は事実だった。

 

「あっ、ごめんね、トトリちゃん。会話に夢中になっちゃって……大丈夫よ。人数が多い方が、料理の作り甲斐もあるし。どうぞ、上がって」

「おっしゃあ!お邪魔しまーす!」

 

ジーノがめちゃくちゃ嬉しそうな声を挙げながら家の中に入って行く。

姉ちゃんの料理、好きだもんなぁ、ジーノ。

 

「さっ、ライナー君もお腹空いたでしょ?早く上がりなさい」

「ん?あぁ、うん。わかった」

「あっ、じゃああたしも頂こうかしら?」

「最初っからそのつもりでしょ?もう、現金なんだから」

 

俺達4人が食卓に着くと、ツェツィ((姉|ねえ))は愛用のエプロンを身に纏い、台所へ向かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「ごちそうさまでした。ふぅ、今日も美味かったな」

「そうだね。それに、いつもよりにぎやかで楽しかったよ」

「うわっ、父さんっ!?」

 

いつの間にか、俺の隣の席に父さんが座っていた。

あぁ……そう言えば、食事中も何となくいた気が……しないでもない。

 

「ひどいなぁ、一応、お前達が帰って来た時から、ここに座っていたんだが……」

「そ、そうなんだ……ごめん、気づかなかった……」

「ははは、いや、気にしなくていいよ。私の影が薄いのがいけないんだしね」

 

うわぁ、自分で言っちゃった。けど、別段気にしてる様子もなさそうだ。

心の中でもう一度父さんに謝罪した、その時……

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、話があるの」

 

突然、トトリが真面目な声で言った。

 

「どうしたの?トトリちゃん」

「どうした?トトリ」

 

同時に聞き返した俺とツェツィ((姉|ねえ))を交互に見ながら、トトリは思いがけない事を口にした。

 

「私……私、冒険者になりたいの!」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

思考が一瞬、停止した。

しかし、現実を受け止めるのもまた、一瞬の出来事だった。

目の前にいるか弱い少女は今し方、『冒険者になりたい』と口にしたのだ。

それがどう言う事なのか、彼女も十分に理解している事だろう。

それでも尚、それを口にする、と言う事は、それなりの覚悟はある、と判断していいのだろうか。

 

「駄目よ!何を馬鹿な事言ってるの!」

 

それに激しく((反駁|はんばく))したのは、ツェツィ((姉|ねえ))だった。

無理もない。ツェツィ姉(ねえ)にとって『冒険者』とは、一種のトラウマにも近い物なのだ。

何せ、最愛の母を失った理由の1つでもあるのだから。

現に、俺が冒険者になると言った時も、男であるが故にさっきのように激しく否定される事はなかったが、それでも、よく考えたのかどうか、何度も聞かれたものだ。

 

「馬鹿じゃないもん!私、本気だもん!」

「本気でも何でも、馬鹿よ!あなたが冒険者なんて、無理に決まってるじゃない!勉強もあんまり出来ないし、運動だって苦手なのに!」

「それでも、私には錬金術があるもん!」

「錬金術だって失敗ばかりしてるじゃない!」

「そ、それは……こ、これから上手くなるもん!」

「……トトリ」

 

いつもはこれ以上ないほど仲のいい姉妹の口論を聞くのに耐えられなくなった俺は、静かに妹の名を呼んだ。

 

「お兄ちゃん……?」

「トトリ……わかって、言ってるんだよな?『冒険者になる』って言うのが、どう言う事かを」

「……?う、うん……」

 

トトリが自信なさげに頷く。

そんな様子では、俺としても許可するわけにはいかない。

 

「トトリ。冒険者になる、と言う事は、危険な場所にも行かなきゃいけない、って事だ。下手をすれば、命を落とす事だってある。俺は今お前に、『その覚悟が出来ているのか?』と聞いたんだ」

「出来てる!ちゃんと、覚悟は出来てるよ!」

「……軽々しく、『覚悟は出来てる』なんて口にするなよ。そんな事をすれば、いくらお前が妹だとしても、容赦しないぞ」

 

多分、今の俺は今までにないくらい険しい表情をしているだろう。

けど、無理もないと思う。

最愛の妹が、同じように大好きだった母親と同じ末路をたどるかもしれない決断を下そうとしているのだ。

これを全力で静止しようとするのは、兄として当然の反応だろう。

それが運動も勉強も苦手な、あまりにも危なっかしい妹なら、尚更だ。

 

「ど、どう言う事?」

 

俺の言葉を、トトリは理解出来ないようだった。

それ以前に、俺は普段からトトリを睨む、という事自体しないので、それに一番驚いているようだった。

 

「……もっと単純に言おうか。お前は、母さんを超える冒険者になれるか?」

「……?」

 

この意味も、どうやらわからないようだった。

 

「いいか、トトリ。母さんは……もう何年も戻って来ていない。これが意味する所は、お前にもわかるよな?」

「わからないよ!お母さんはちゃんと帰って来るもん!絶対、ちゃんと生きてるもん!」

「『生きてる』、と口にした時点で、その可能性はあるとわかってるんだろ?トトリ、俺達は、お前まで失いたくはない。だから、お前が母さんを超える……ちゃんと、家に帰って来れる冒険者になれないなら、俺は許可する事はできない」

「お母さんだって、私が連れて来るもん!」

「無理よ!もう何年も連絡がないのに……迎えに行けるはずがないじゃない!」

 

黙っていたツェツィ((姉|ねえ))が、涙声で叫んだ。

現に今も、目から止め処なく涙が溢れている。

しかしそこで、思いがけない声が、トトリの横から挙がった。

 

「頼むよ、ライナー!トトリの姉ちゃん!俺が……俺がトトリを守るからさ!」

 

それは、ジーノの声だった。

 

「ジーノ……けど、お前だって、剣術なんて遊びで学んだ程度だし、それでやっていける程、冒険者は甘くないんだぞ?」

「わかってるよ!俺だって、このままでトトリを守れるなんて思ってない。もっともっと強くなって、俺は世界一の冒険者になりたいんだ!そうすれば、トトリの事だって守れるだろ!」

「ジーノ君の言う通りだよ!私だって、いつまでも錬金術が下手なわけじゃないし、いつかすごい爆弾とか作って、すごく強いモンスターとも戦って、絶対、勝って来るもん!」

「2人とも……」

「ねぇ、ライナー、ツェツィ?私はいいと思うけど?冒険者になるの」

 

いきなりそう言い出したのは、珍しくずっと黙っていたメル((姉|ねえ))だった。

 

「何馬鹿な事言ってるの、メルヴィ!トトリちゃんやジーノ君には、まだ危なすぎるわ!」

「けど、いつまでも子供でいるわけじゃないしさ。色んな世界を見て回れば、こんなに駄目駄目なトトリでも成長ぐらいするわよ」

 

確かに、それは言える。

現に俺も、冒険者になって色々な所を巡ってからは、精神的にも肉体的にも、随分と成長したと思う。

……トトリの為を思うなら、どちらを選択するべきなんだ?

俺は数分の間、考え続けた。家の中はその数分の間、誰も、一言も発さず、一切の静寂の空間となっていた。

やがて俺は、1つの結論に行き着く。

 

「ツェツィ((姉|ねえ))」

「何?どうしたの、ライナー君」

 

返答を待つツェツィ((姉|ねえ))に、俺はゆっくりと、自分の結論を伝えた。

 

「冒険者……やらせてみないか?2人に」

「ら、ライナー君まで……どうして……」

「ごめん、ツェツィ((姉|ねえ))。確かに俺もまだ、トトリとジーノが立派な冒険者になれるのか、少し心配な部分もある。けど、それなら……」

 

俺はしっかりとした口調で、話の中枢を伝えた。

 

「それなら……俺が、2人の成長を支えればいい」

「えっ?」

「だからさ、2人が立派な冒険者になるのを、俺が支えればいいんだ。一緒に冒険に行って、一緒にモンスターと戦って、一緒に成長していけばいいんだ。そうすれば、危険も少しは少なくなる」

「けど……それじゃあライナー君でも危ない場所へ行く時は……」

「その時には、今度はあたしの出番ね。それに、強くて、信頼できる人もいるし」

 

メル((姉|ねえ))が俺の論を後押ししてくれた。

今回ばかりは、感謝せざるを得ないな。

 

「……2人がそこまで言うなら、私も、いいわよ」

「ホントっ!?やったぁっ!!」

「よっしゃあっ!!」

 

トトリとジーノが立ち上がって歓喜する。

それを温かい目で見守るツェツィ((姉|ねえ))が、そっと呟いた。

 

「……危ない事は、して欲しくないけど」

「ツェツィ((姉|ねえ))、それは無理だ。そう言う仕事だしな」

「……なんて、冗談よ。2人の事、よろしく頼むわね、ライナー君、メルヴィ」

「任せときなさいって」

 

これから、忙しくなるな。

無邪気にはしゃぐ2人の少年少女を見守りながら、俺は自らの気持ちを入れ替えるべく、背に吊った2本の剣の柄をぎゅっと、力強く握るのだった。

 

 

 

 

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第11話 再会

 

「あっはっは、ホントに信じてたのか、お前達!」

「笑い事じゃねーよ!」

「そうだよ!ホントにすっごく落ち込んだんだから!」

 

爆笑するペーター((兄|にい))に詰め寄る、トトリとジーノ。

のどかな村の広場で、何故こんないざこざが起きているかと言うと……。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「トトリちゃん、ジーノ君。はい、これ」

 

昨日――つまり、トトリが冒険者になりたいと言い出した晩、ツェツィ((姉|ねえ))はトトリとジーノにお金を渡した。

 

「お姉ちゃん、これ、何のお金?」

「何って、馬車代よ。確か、アーランドへの馬車代は200コールだったから」

「はっ?何言ってんだ、トトリの姉ちゃん。馬車は10万コールかかるんだぞ?」

「お前なぁ……」

 

どう聞き間違えたら『200コール』が『10万コール』に聞こえるんだか、と思いながら、俺は言葉を繋げた。

 

「馬車に10万コールもかかるわけないだろ。大体、俺がアーランド行く時だって、ちゃんと200コールで済んだぞ?」

 

確かメル((姉|ねえ))の時もそうだったはずなので、今更になって金額が変わった、と言う事もないだろう。

仮にあったとしても、10万コールなんて無茶な金額になるはずがない。

 

「でも、ペーターさんが言ってたって、ジーノ君が……」

「あぁ、それはきっと、ペーター君に担がれたんだろうね」

 

今まで気配を隠して(?)いた父さんが、トトリに言った。

 

「担がれた?どう言う事?」

「彼は、仕事が面倒くさくなると、無茶な金額を言ってサボる癖があってね。村の人間なら、みんな知っているはずなんだが」

「そ、そうなのかっ!?くそぉ……ヘタレ兄ちゃんめ……!」

 

ヘタレ兄ちゃんって……ペーター((兄|にい))もひどい呼び方されてるなぁ……。

……ヤバい、否定できないってのが、心苦しい。

 

「けど、それならそうと何故俺やメル((姉|ねえ))に確認しなかったんだ?アーランド行った事あるのに」

「だ、だって……お兄ちゃんやメルお姉ちゃんも10万コール払ったのかと思って……」

「あのなぁ……アーランドにはもう余裕で10回以上行ってるんだぞ?俺が100万コールを全額払ったとでも言うのか?」

「……そんなに払ってたら、ヘタレ兄ちゃん、大金持ちだもんな」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

で、翌日。

アランヤ村を出発する際に、トトリとジーノがペーター((兄|にい))に詰め寄ったのだ。

 

「けどお前達、アーランドに行った事あるライナーやメルヴィアに、本当かどうか聞かなかったんだろ?そりゃあ自業自得じゃないか?」

「う、うぅ……それはそうだけど……」

 

事の発端が誰であるかはこの際置いといて、これは正論中の正論だ。

これについては、トトリとジーノの方に非がある。

 

「けど、10万コールかかるとか言い出したペーター((兄|にい))が一番悪いぞ。トトリとジーノが純粋である事をいい事に、そんな騙すような事して」

「うっ……そ、それは悪いと思ってるさ。悪かったよ。許してくれ……うわ、ヤバい」

 

ペーター((兄|にい))が俺達3人に頭を下げた直後、いきなりそんな事を言った。

それとほぼ同時に、丘へ続く坂道から、ツェツィ((姉|ねえ))、メル((姉|ねえ))、それから父さんがこちらへやって来た。

 

「せ、折角の見送りを邪魔しちゃ悪いよな、お、俺は向こうに行ってるから!」

「……やっぱ、ヘタレだな」

「そうだね……」

 

……昨日に引き続き、否定できない。不憫すぎるだろ、ペーター((兄|にい))……。

ペーター((兄|にい))が馬車の陰に隠れた直後に、ツェツィ((姉|ねえ))達が俺達の((下|もと))に到着した。

 

「ふぅ、何とか間に合ったわね……はい、これ、お弁当。4人で、仲良く分けて食べるのよ?」

「わぁ、ありがとう、お姉ちゃん!」

 

ツェツィ((姉|ねえ))が、トトリと俺に弁当箱を1つずつ手渡す。

しかし、どっちも凄い大きさだ……いつもより早く起きてたのは、この為だったのか……。

 

「ありがとう、ツェツィ((姉|ねえ))」

「さて、と……あたしはヘタレ君に釘刺しとこうかしら」

 

昨晩、ジーノのペーター((兄|にい))に対する『ヘタレ兄ちゃん』と言う呼び名が異常に気に入ったらしいメル((姉|ねえ))は、『今後ペーターの事は『ヘタレ君』と呼ぶ』、と若干ペーター((兄|にい))が可哀相に思えて来るような決意をしたらしい。

どうやら、翌日からその決意を実行に移したようだ。

 

「うわっ、こっち来るなよ!」

「いいから聞きなさいって。一応言っておくけど、トトリ達に何かあったら、ただじゃ済まさないからね」

「わ、分かってるよ。第一、俺の馬車に『何か』なんて起きないからな」

「……ものすご〜く不安だけど、まぁ、よしとしときましょうか」

「……あの2人は、本当に仲がいいわよね」

 

漏れて来るメル((姉|ねえ))とペーター((兄|にい))の声を聞きながら、ツェツィ((姉|ねえ))が呟く。

いや、仲いいって言えるのか、あれ。ペーター((兄|にい))怯えてんじゃん。

 

「おい、ヘタレ兄ちゃん!早く行こーぜー!」

「あ、ああ!お前ら、早く乗れ!もう出すぞ!」

 

って言うか、『ヘタレ兄ちゃん』と呼ばれて平然としてるペーター((兄|にい))の神経が分からない。

俺なら落ち込むけどなぁ……そんな呼ばれ方されたら。

 

「どうしたの?お兄ちゃん。早く乗ろ?」

「ん?あぁ、悪い。乗るか」

 

さっさと乗り込んでしまったジーノに続いて、トトリと俺は同時に馬車に乗り込んだ。

外で、ツェツィ((姉|ねえ))を始め、メル((姉|ねえ))と父さんも一緒に、俺達に手を振っている。

……俺の時はトトリがいたからよかったかもしれないけど、今度は、俺もトトリもいないんだもんな……。

数週間の間、ツェツィ((姉|ねえ))には寂しい思いをさせてしまいそうだ。

けどこれも、トトリやジーノが成長する為の一歩なのだから、我慢してもらわないとな。

俺達3人+御者を乗せた馬車は、アーランドを目指して、ゆっくりと発車した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「おー、思ったよりはえーんだな、馬車って!」

「そうだね。でも、ちょっと揺れが激しいかも……」

「今の内に慣れとけよ、トトリ。まだ2週間かかるんだからな。あっ、あと、寝る時に苦労するから、それも覚悟しとけ、2人とも」

「「……?」」

 

トトリとジーノが2人同時に首を傾げる。

ヤバい……何か小動物的な愛らしさを感じてしまった……。

 

――数時間後――

 

「でやぁっ!!」

「っと、前よりは上手くなったな。けど、まだまだだぞ!」

 

襲い来る剣(といっても、道端に落ちていたただの細いアイヒェだが)を、同じく無骨な何の飾り気もない棒切れで弾く。

何をしているかと問われれば即答できる。『稽古』だ。

一度馬車を停め、昼食を取る時間を兼ねて雄大な草原で休憩する、と言うペーター((兄|にい))にしては何とも粋な計らいによって生まれた時間を利用して、俺とジーノはそこそこ激しく、棒切れを打ち合っていた。

 

「くっそぉ……これでどうだ!」

 

ジーノが一旦距離を取り、助走をつけて重い突きを繰り出して来る。

だが、無駄だ。軌道が読め過ぎる。俺はそれをさっと横にかわし、体勢が崩れたまま突っ込んで来たジーノの首筋を、自分の得物でピシッと叩いた。

 

「あたっ!」

「はぁ……何度言ったら分かるんだ、ジーノ。そんな見え見えの攻撃したって、モンスターには効くかもしれないけど、人間には通用しないぞ」

「でもよ、ライナー。人間となんて戦わないし、モンスターに勝てる戦い方を覚えればよくないか?」

「確かにそうかもしれないけど、人間に勝てる戦い方をしていれば、おのずとモンスター相手にも勝てるようになるだろ。頭の出来が違うからな」

「うぅ……言い返せねぇ……」

「さっ、もう一本。ほら、行くぞ」

 

俺達2人は再び距離を取った。

瞬間、恐らくは全速力で駆け出すジーノ。あの構えは先程と同様の突進突きの物だ。

全く、馬鹿の一つ覚えみたいに……と思いながら、再び俺はその突きを横に跳んでかわした。

……しかし、直後に前言撤回せざるを得ない状況に陥る。

突き出された棒切れは、ジーノがその状態のまま腕を横に振り抜いた事によって、真横にいる俺に襲い掛かって来たのだ。

こんな安易な手に引っかかるとは……俺もまだまだだな、と自虐的な思考を巡らせながら、俺は危うい所で自分の棒切れでそれを受け止める。

ジーノが悔しそうに舌打ちをしながら、持ち前の素早さを活かして俺から距離を取った。

 

「ちょっとは成長したみたいだな。そこで距離を取るのはいい判断だぞ」

 

今までのジーノなら、攻撃を受け止められてもがむしゃらに得物を振り回し、結局俺に全ての攻撃をいなされて終わる、と言うパターンでの敗北が多かったのだが、何十回、何百回に渡る稽古の末に、ようやく戦い方のコツを掴んで来たようだ。

 

「まだまだ……行くぜぇぇっ!!」

 

再び全速力で突っ込んで来るジーノ。

何でコイツは突進にこだわるんだろうか、と思いながら、来るべく攻撃に備える。

しかし今度は先程の突進突きとは違い、3段の連続突きだった。

助走によって、普通に繰り出すよりも少しばかり威力も速度も上がっているので、今までのジーノの動きに慣れた感覚で捌き切れたのは、偶然による所が大きいだろう。

……不本意だけど、先輩として負けるわけには行かないもんなぁ……。

 

「よっと」

 

足元に散らばっていた手ごろな大きさのアイヒェをもう1本、拾い上げる。

両手に持ったアイヒェをいつものように構え、今度は俺の方からジーノに仕掛けた。

 

「はぁっ!!」

 

左の棒切れを下から持ち上げるように右斜め上へ薙ぐ。

慌てたようにジーノがそれを受ける……これで詰みだ。

そのまま、右の棒切れを真横に薙ぐ。利き腕に握られた棒切れは、ジーノの二の腕に命中した。

 

「いてっ!」

「ふぅ、危ない危ない……てっきり負けるかと思ったよ」

 

正直な話、もの凄く驚いている。

何せ、欠点を少し指摘しただけですぐそれを克服したのだ。

恐ろしいぐらいの適応力と言うか、実戦向きの((性質|たち))なんだろうな、コイツは。

 

「おい、ライナー!二刀流使うなんて卑怯だぞ!」

「本当の相手は手加減なんてしてくれないぞ。俺は本気を出しただけだ」

「くっそぉー……納得いかねー……」

 

ジーノが愚痴をこぼしながら、持っていたアイヒェをトトリのカゴに放り込む。

それに((倣|なら))ったわけではないが、俺も2本のアイヒェをカゴに入れた。

このアイヒェ達は、後々トトリの錬金術の材料になるのだ。

 

「それにしても、お前強いな、ライナー」

「そうだよね。アーランド共和国から表彰されちゃうんだもん」

「そんな大層なモンでもないさ」

 

……いや、大層なモンか。

あんまり謙遜すると、特別功労賞をマジで目指してる人に失礼だよな。

 

「さて、休憩はここまでにして、出発するか」

「えー、俺達まだ昼飯食ってねーぞ」

「そりゃあそうだろ。休憩時間中ずっとチャンバラやってたんだからな」

「チャンバラって……」

 

ペーター((兄|にい))……ざくざくし過ぎだろ。

もっとこう、『修行』とか『鍛錬』とか『特訓』とか、他に言葉はあるだろうに。

まぁ、この際そんな事は置いといて、だ。

 

「別に、馬車の中で食べればいいだろ、ジーノ」

「あっ、そういやそうだな。んじゃ、そうするか」

「よし、決まりだな。それじゃ、馬車に乗れ。出発するぞ」

 

ペーター((兄|にい))に続いて、俺達は馬車に乗り込んだ。

馬車に揺られ、流れていく景色を眺めながらの昼食も、中々乙な物だと、今回の旅で知ったのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「ライナー……まだ着かねーのかー?」

「うぅ……気持ち悪い……」

 

トトリが馬車に酔っているのはいつもの事だが、ジーノが駄々をこね始めたのは、旅が始まってからおよそ1週間が過ぎた頃からだった。

それから数日間の間、トトリの介抱をしながらジーノの愚痴を聞き続けていたので、俺としても、1人で来ていた時よりも数倍疲れが増している気がする。

冒険者なんてなりたいと言えばすぐなれるらしいが、冒険者になるための唯一の関門が、この暇な馬車旅なのだろう。

……まぁ、アランヤ村からの志願者限定の関門だけど。

 

「我慢しろ。この暇さに慣れないと、冒険者なんてまともにやってられないぞ。頻繁にアーランドに行かないといけないんだからな」

「くっそぉ〜……こんな暇なら歩いて行けばよかったぜ……」

「だからぁ……歩くと危険なんだってばぁ……」

 

トトリがだるそうな声で言う。

全く……トトリが酔い始めてから今日で何日目だろうか……いい加減、この暇さ加減と一緒に慣れて欲しい物だが。

でもまぁ、歩いて行く、と言うのには、若干賛成だった。

と言ってもやはり、冒険者ですらない少年少女にとっては険しすぎる事この上ない道のりだが。

 

「あとどれくらいで着くんだ〜?」

「そうだなぁ……ペーター((兄|にい))、明日ぐらいには着きそうか?」

 

馬を操るペーター((兄|にい))に向けて訊ねる。

返答はすぐに帰って来た。

 

「多分、明日には着くはずだ。けど、夕方近くになるかもしれないし、一度野宿をしてから、って事も有り得そうだな」

「そうか、分かった」

「おぉ、明日か!あー、暇すぎて死んじまうんじゃないかと思ったぜ!」

 

暇すぎて死ぬって何だよ、と俺が突っ込もうとした矢先――

 

「う、うわぁっ!!」

「あいたっ!」

「うわっ!」

「な、何だっ!?」

 

突然、馬車が急停止する。

激しい揺れと共に、前のめりに倒れた俺達は、異口同音に驚愕しながら、何事かと辺りを見渡した。

それと、ペーター((兄|にい))がうろたえながら馬車に入って来たのは、ほぼ同時だった。

 

「や、や、ヤバいのが出た!」

「ヤバいの?」

 

ヤバいのが……『出た』……と言う事は、モンスターか?

しかし、アーランド周辺には大して強くない……せいぜい強くても黄色くて耳のついたぷにぷにぐらいしか生息していないはずだ。

いや、けど……アランヤ村でのスケアファントムの件もある。少し遠くの地域に生息域を構えるモンスターがこちらに侵出して来ても、おかしくはない。

 

「とにかく、俺が行く!待っててくれ!」

 

俺は背に吊った2本の剣に腕を走らせながら言った。

しかし、俺の言葉に反応したジーノは、驚くべき言葉を放った。

 

「俺も着いてくぜ、ライナー!」

「ジーノ……ペーター((兄|にい))が怯えてるほどのモンスターなんだぞ?きっとかなり危険な――」

「ヘタレ兄ちゃんだからそんなモンしょうがねぇだろ!きっと、樽リスとかでもびくびくするに決まってるよ、ヘタレ兄ちゃんなんて」

「お、おい……それは言い過ぎ――」

 

ギシッ、メキメキッ!

 

「わわっ!な、何かメキメキ言ってるっ!?」

 

途端に悲鳴を挙げ出す馬車とトトリ。

どれほどの馬鹿力かは知らないが、このままでは馬車ごと押し潰されてしまう事も無くはない。

 

「……分かった。その代わり、突っ込みすぎるなよ。お前達の安全が最優先だ」

「わ、分かったよ……離れて見てるだけにする」

「よし、行くぞ!」

「えぇっ!?わ、私も行くのっ!?」

 

俺に続いて、トトリの手を引いたジーノが馬車から飛び出す。

同時に背中の鞘から愛剣達を引き抜き、標的の姿を探す――あれ?

標的が、いない。

いるのは馬車の近くで倒れている見た事もないモンスターと、巨大な剣を持つ黒衣の剣士だった。

 

「す、ステルクさん!?」

「ライナー……君だったのか」

 

何ヶ月かぶりの再会に、嬉しさと驚きを隠さずにはいられなくなる。

しかし、俺の喜びも束の間の物である事を、ステルクさんの一言によって気付かされた。

 

「……このモンスター、君は見た事あるか?」

「えっ?」

 

確かに、こんなモンスターは見た事がない。

そもそも、死骸が消えない事自体がおかしいのだ。

この光景はどこかで……そうだ、以前アーランドに現れた巨大鳥だ。

しかし、アイツとは似ても似つかない姿をしている。

全体的に熊のような姿だが、珍しい青い体毛、更に腕は手甲のように硬い鱗で覆われていた。

それに、コイツにもあの巨大鳥同様、謎の既視感を感じた。

コイツらは、俺と何か関係があるとでも言うのか……?

 

「うおぉ、すげぇ!でけぇっ!!」

「す、凄い……」

 

今更ながら、トトリとジーノが傍に寄って来て、青い熊の死骸を見て驚いていた。

 

「な、なぁ!これ、おっさんが倒したのか!?」

「……おっさん?」

 

ジーノがステルクさんに向けて危険物認定確定の暴言を吐く。

明らかに、ステルクさんの周りの空気の温度が、何度か低下した。

 

「ば、馬鹿、ジーノ!この人は俺達を助けて――」

「なぁ、おっさん!冒険者なのか!?よかったら、俺に色々教えてくれよ!なぁ、おっさん!」

「……すまんが、これで失礼させてもらう。この後も、用事があるのでな」

「あ、は、はい……すみません、ステルクさん」

「……気にするな」

 

ヤバい、めちゃくちゃ落ち込んでる。

そりゃあな……外見若いのに、おっさん呼ばわりだもんな……俺でも多分傷つくわ……。

 

「あっ、行っちまった……」

「もぉ、ジーノ君……すっごい、睨まれてたよ。怖かったぁ……」

 

横でトトリが溜め息をつく。

俺としてはこの青い熊が気になる所だが、主にペーター((兄|にい))がいても立ってもいられないようで――

 

「こ、こんな危ないトコ、早く抜けちまおう!今日中にアーランドに辿り着くからな!絶対!」

 

と言って、さっさと馬車に乗り込んでしまったので、俺達も後に続いて馬車に乗った。

臆病な御者が操る馬車は、出し得る限りの全速力で、アーランド共和国の首都を目指すのだった。

 

 

 

 

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第12話 2人のお転婆お嬢様

 

「わぁ〜っ!!ここが、アーランド!」

「すっげぇ!広いな〜!!」

「見て見て!地面とか全部石だよ!歩きやす〜い!」

 

アーランドに到着するや否や、トトリとジーノが歓喜の声を挙げる。

俺とペーター((兄|にい))はもう見慣れた光景なので、別段驚きも、喜んだりもしない。

 

「明日の朝には出発するからな。それまでに、ちゃんと免許をもらっておけよ」

「えー、早すぎるよ、ヘタレ兄ちゃん。3日ぐらいいたっていいだろー?」

「馬鹿、そんなにいたら、ツェツィさんに心配かけちまうだろ。だから駄目だ」

 

ツェツィ((姉|ねえ))第一かよ……。

まぁ、確かに、あんまり滞在しすぎると、ツェツィ((姉|ねえ))だけじゃなく、父さんやメル((姉|ねえ))にも心配をかけてしまいそうだし、さっさと冒険者免許をもらって、さっさと帰った方がいいだろう。

けど、『男の武具屋』ぐらいは教えておいたほうがいいだろうな。

 

「それじゃ、2人とも、冒険者免許をもらう前に、まず2人に教えておきたい場所があるから、ちゃんと着いて来いよ」

「うん、わかった」

 

俺が歩き出すと、トトリとジーノが後ろから着いて来た。

そのまま俺は、進路を冒険者ギルドでなく、正面にある『男の武具屋』に向けた。

冒険者たる者、自分に合った武器を自分で選ぶのが肝だ。

それをこの2人に、しっかりと叩き込んでやらねば。

……あぁ、あのトトリが、剣を振り回すようになってしまうのか……それともメル((姉|ねえ))に憧れて斧を……いや、まず持てないか。

 

「ここでもらえんのか?」

 

『男の武具屋』の鉄扉の前に辿り着いた時、ジーノが言った。

 

「いや、違う。まずは2人に、ちゃんと自分に合った使いやすい武器を探してもらおうと思ってな」

「えー、でもペーターさん、明日の朝には出るからすぐにもらって来いって……」

「大丈夫だよ。冒険者ギルドが閉まるまでまだ時間あるし。武器を探すぐらいなら楽勝だ」

 

トトリとジーノを引き連れて、俺は『男の武具屋』の鉄扉を開いた。

 

「えっ……?」

「おっ?」

 

そこにいたのは、得体の知れない、何者か。

咄嗟に俺は、再び扉を閉めていた。

 

「わっ、ど、どうしたの?お兄ちゃん」

「い、いや……その……」

 

何かいた、なんて言おう物なら、ジーノはともかくトトリが怖がって入りたがらないだろう。

だから俺は、自分で出来る限り平静を装って、再び重々しい鉄扉を開け放った。

 

「へい、らっしゃい!おう、何だ、坊主じゃねぇか!」

「あ、お、おやっさん……どうも……」

 

……いない?

ついさっき見た時はこう……確かに、何かモジャモジャした妙な生き物が……。

 

「おー!武器屋かここ!かっこいーっ!!」

「うわぁ……すごい……」

 

俺の疑問をよそに、トトリとジーノの2人は、所狭しと並べられた武器に見入っているようだった。

いや、あの……モジャモジャ……。

と、俺がモジャモジャな生き物の消息を気にしていた時、不意におやっさんが大声で言った。

 

「おっ、俺の武器のよさが分かるたぁ、坊主達、中々いいセンスしてるぜ!」

「武器のセンスがいいって言われても……」

 

トトリが少し戸惑っている。

俺も大いに戸惑っている。

そう言えばさっきのモジャモジャ、一瞬しか見えなかったが、どことなくおやっさんに似てたような……。

 

「ん?どうした坊主。ぼけーっとしちまってよ」

「あっ、いや……おやっさん、さっき、頭に何か付けてなかったか?」

「はっ?何かって何だよ」

「いや、その……何て言うか、モジャモジャーっとした奴……」

「おいおい、俺ぁ、そんな妙な趣味持ってねぇぞ?」

「う〜ん……そうか……」

 

じゃああれは、一体何だったのだろうか。

まぁ、考えてても仕方ない。今は2人の武器選びの助言にでも専念するとしよう。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「おー、すげぇっ!!かっこいーっ!!」

「ほ、ホントに大丈夫だったの?お兄ちゃん……」

「平気だって。長い間冒険者やって来て、貯金もそれなりにあるし」

 

長旅になるだろうと少し多めに持って来たお金も、それなりのお値段の武器を買ったお陰でそろそろ底が見えて来た。

まぁでも、後悔はしていない。むしろいい出費だ。

ちなみにトトリは武器を選んでいない。ロロナさんからもらった杖を使い続けたいそうだ。

片や武器を見て目の色を変えているジーノは、俺の助言を得て振り易い細身の長剣を選んだ。と言うより、俺が選ばせた。

この剣を選ばせた理由は、ジーノの最大の武器である敏捷性を活かし切る為だ。

と、武器を買ってから気づいたが、そろそろ冒険者ギルドの閉館が近い。およそ、あと1時間と言った所か。

 

「よし、それじゃ、そろそろ免許をもらいに行くか」

「おぉ、やっとか!待ちきれなかったぜー!」

「よく言うよ。散々はしゃぎながら武器見てたくせに」

 

苦笑しながらジーノに返事を返す。

おやっさんに武器のお礼を言ってから、俺は2人を引き連れて、男の武具屋を後にした。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「うわぁ……立派なお城……」

「なぁ、ライナー。ここで免許もらえんのか?」

「ああ。それじゃ、入るか」

 

俺達は厳かな扉を開いて、城に入った。

何か人だかりが出来ているな、と思った、次の瞬間――

 

「だから、やらないモンはやらないっつってんでしょ!!」

「理由を言いなさい!何故私では駄目なのよ!」

 

人だかりの向こうから聞こえて来るのは、2つの甲高い怒声。

片方は多分クーデリアさんだろうけど、もう1人が誰なのかは分からない。

 

「……何か、揉めてるみたいだな」

「面白そうだな!もうちょっと近くで見てみようぜ!」

「や、やめなよ、ジーノ君」

 

面白がって人だかりの中に入っていくジーノを、トトリが追いかける。

もう慣れた物だが、やれやれと呆れながら、俺も2人の後を追った。

 

「あなた!シュバルツラング家の当主であるこの私に向かって、その態度は一体何ですのっ!?」

「あーら、シュバルツラング家の方でしたの。私、フォイエルバッハ家の令嬢ですの。同じ貴族仲間ですわね」

「あなたのような、金で家名を買った下賎な輩と一緒にしないでちょうだい!」

「ふんっ、所詮は家名なんて金で買える程度の物って事じゃない」

「黙りなさい!それ以上シュバルツラングの名を汚すようなら……ただじゃ済まさないわよ!」

「何よ、やるっての?」

 

これはまた……想像以上の大喧嘩だ。

クーデリアさんとかさりげなく拳銃握ってるし……。

どうしてこうなったのかは分からないが、両者共に相当苛立っているようだ。

 

「お、おい、もうちょっと近くで見せろよ」

「ジーノ君、押さないで――わ、わわっ!」

 

ドサッ、と言う音と共に、人の群れから押し出されたトトリが床に倒れた。

運悪く、交戦中の2人の足元に。

……って言うか、いつの間にトトリが前でジーノが後ろになってたんだ?

 

「あっ、((悪|わり))ぃ」

 

ジーノが極めて軽い口調で謝罪の言葉を述べる。

いや待て、この状況は『あっ、((悪|わり))ぃ』じゃ済まないぞ。言うなれば死活問題だ。

思わず、両手が背中に走りそうになるのを何とか抑えながら、俺はトトリ救出の策を頭の中で練りまくった。

 

「はっ?何よ、あんた」

「邪魔をしようと言うのなら、あなたも容赦しないわよ」

「あわわわ……す、すみません!あ、あの……私、冒険者免許もらいに来てて、そ、それで……」

「はぁ……あんた、少しは状況を見て物を――あら?」

 

と、クーデリアさんが何かに気づいたのか、いきなりその場にしゃがみ、何かを拾い上げた。

見るとそれは本――それも、錬金術の参考書のようだった。

 

「あっ、すみません、それ、私のです……」

「私のって……これ、錬金術の参考書じゃない。何であんたが持ってんのよ?」

「えっ、それは……私、一応錬金術士なんで……」

「う、嘘ぉっ!?」

 

クーデリアさんが素っ頓狂としか言えないような声を挙げる。

まぁ、そりゃあな。いきなり倒れ込んで来た見た目ドジっ((娘|こ))が『自分は錬金術士だ』とか言い出したら、俺でも驚くわ。

 

「……よく見ると、その杖もロロナのよね?アンタ、ロロナと面識あったりするわけ?」

「はい、ロロナ先生は、私の錬金術の先生ですけど……」

「……もう、何よ〜、そう言う事は先に言いなさいよね」

「えっ?」

 

あれ?クーデリアさんってロロナさんの事知ってるのか?

って言うか、何かめちゃくちゃ機嫌よくなってるし。

 

「ほらほら、こっち来なさい。冒険者免許でも何でもあげちゃうから!」

「えっ?いいんですか?」

「いいわよ。冒険者なんて、なりたいーって言えば、誰でもなれるんだから」

「おい、トトリ!お前ばっかりずるいぞ!」

「ご、ごめん……あの、友達も一緒なんですけど……」

「一緒でいいわよ。さっさとこっち来なさ――あら、ライナーじゃない」

「ど、どうも」

 

やっと気づいたのかよ……。

まぁ、ついさっきまで人だかりの中にいたわけだし、見えなくても当たり前か。

何とかクーデリアさんが見つけ出してくれたので、俺もトトリとジーノの((下|もと))へ向かった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!どうしてそんな田舎臭い子達にはあげられて、私は駄目なのよ!」

 

と、さっきまでクーデリアさんと言い争っていた女の子が再び声を荒げる。

って言うか、よく今まで黙ってたな。目の前でかなり理不尽な事象が起きてるって言うのに。

 

「あら、あんたまだいたの?」

「いたわよ!いたに決まってるでしょ!それより、どう言う事か説明しなさい!」

「そんな事もわかんないわけ?いい?この子は、この国に3人しかいない錬金術士の1人なわけ」

 

そこまで言ってから、クーデリアさんは一息ついて、再び話し始めた。

 

「つまりこの子は、稀代の錬金術士『ロロライナ・フリクセル』の弟子で、更にその師匠である『アストリッド・ゼクセス』の孫弟子ってわけよ。これがどう言う事か、いくらあんたでもわかるでしょ?」

「……ど、どう言う、意味かしら?」

「やっぱり馬鹿ね、あんた。大陸に3人しかいない貴重な人材の内の1人、となれば、冒険者免許の1つや2つあげたって、誰にも文句なんて言われないでしょ」

「そ、そっちのはどうなのよ!」

 

女の子がジーノを指差しながら言う。

まぁ確かに、ジーノは錬金術士でもなければ、名の売れた剣士、ってわけでもないからな。

 

「この子の友達なんだから、おまけよ、おまけ」

「くっ……納得できないわ……そこのあなた!」

「は、はいぃっ!?」

 

トトリが驚いて声を挙げる。

まぁ、無理もないな。何の脈絡もなく指名されたわけだし。

……いや、脈絡ならあったかもしれないな。

 

「あなた、名前は?名前は何と言うの?」

「と、とつ、トトゥーリア・ヘルモルトです!」

 

動揺のあまり、トトリは自分の名前まで噛み出した。

……まぁ、元々言い辛い名前なわけだけど。

 

「トトゥーリア・ヘルモルトね。その名前、しっかりと覚えておくわ!」

 

見事な捨て台詞を残して、女の子は冒険者ギルドを出て行った。

何か、また変なのに目をつけられたよなぁ……トトリも大変だろうに。

とは言え、俺達の目的は、妙な挑戦状を受け取る事ではなく、冒険者免許をもらう事だ。

クーデリアさんがいつも立っているカウンターで、既に交付が済んだようだった。

 

「あっ、あと、その免許だけど、3年後の同じ日に、もう1度ここに持って来なさいね」

「えっ?どうしてですか?」

 

それについては俺も疑問だった。

何せ、俺の時はそんな事言われなかったのだ。

今俺が持っている免許は、死ぬまで一生使えると言われたはずだ。

 

「実は、つい最近決まった制度でね、交付から3年間の内に、ある程度の結果を残せなかった人は、免許取り消し、って言う事に決まったの」

「そ、それじゃつまり……あんまりのんびりしてたら冒険者免許が無くなっちゃうって事ですか?」

「まっ、平たく言えばそう言う事ね」

 

……あまり穏やかじゃないな。

俺は、少し気になった事をクーデリアさんに訊ねた。

 

「……あの、クーデリアさん。参考までに聞きますけど、合格ラインはどのランクですか?」

「そうね……ダイアモンドランクってトコかしら?」

 

おいおい……それは少しばかりキツくないか……?

俺は2年とちょっとの今の段階で、もうすぐダイアモンドになれそうだが、トトリ達はまるで素人だ。

ジーノも俺同様、メル((姉|ねえ))から鍛えられてはいるが、冒険者ごっこなる、ペーター((兄|にい))風に言うとチャンバラでは、いつも俺に勝てていなかった。

つまり、スタート時の能力で言えば、俺の方が上だった、と言う事になる。

このまま結果を残せず、冒険者免許取り消し、なんて事になったら……あれ?おいおい、ちょっと待て。

 

「……ははっ、馬鹿だよな、俺って」

 

つい数日前に、2人の面倒をちゃんと見るってツェツィ((姉|ねえ))と約束したばっかじゃないか。

1ヶ月も経たない内に忘れてるとは……ツェツィ((姉|ねえ))に合わせる顔が無いな。

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ」

「いえ、ちょっと……」

 

言葉を濁しながら、俺はトトリとジーノに顔を向けた。

2人が、きょとんとした表情で俺を見ている。

 

「トトリ、ジーノ、俺もお前達に協力するよ。ツェツィ((姉|ねえ))と約束したしな」

「ホント?ホントにいいの?お兄ちゃん」

「ああ、当たり前だろ。俺が約束破った事があったか?」

「……ううん、無い」

 

若干開いた間が気になったが、トトリが首を横に振る。

 

「よし、じゃあ決まりだな。アランヤ村に戻ったら、早速冒険者としての活動を始めるぞ!」

「うん!」

「おう!」

 

2人がそれぞれやる気をあらわにした時に、クーデリアさんが言った。

 

「アンタ達、人数も多いみたいだし、ロロナのアトリエに泊まったら?」

「えっ?ロロナさんのアトリエに?」

 

それはまた何故。宿屋でいいだろうに。

 

「3人で宿に泊まったら余計にお金がかかるでしょ。ロロナのアトリエなら、お金もかからないじゃない」

 

……クーデリアさんって、貴族なんだよな。

その割りに……何ていうか、ケチ?

 

「……今、何か失礼な想像しなかった?アンタ」

「いえ、滅相もありません」

「……まぁいいわ。はい。これがロロナのアトリエの鍵ね。3人で仲良くしなさいよ」

 

まるで子供をあやすような口ぶりで俺達にそう言いながら、クーデリアさんは鍵を手渡して来た。

 

「ありがとうございます。明日の朝に出発する予定なので、その時に返しますね」

「随分と急なのね。まぁ、その歳じゃ、家族も心配するでしょうし、その方がいいかもしれないわね」

「そう言うわけです。って事で、アトリエお借りしますね」

 

何か言うべき人を間違えてる気もするが、当の本人の所在が分からない以上、借用宣言ができないので、この際気にしないでおこう。

俺はクーデリアさんに挨拶してから、トトリとジーノを引き連れて、職人通りにあるロロナさんのアトリエへ向かった。

 

「ところでトトリ、どうして参考書なんて持ってたんだ?」

「その……何か私、参考書読むと落ち着くから……緊張した時にでも読もうかな、と思って」

 

――完全に、錬金術にのめりこんでしまった、我が妹であった。

説明
この小説は、『トトリのアトリエ 〜アーランドの錬金術士2』の二次創作作品です。
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