垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―21 決着ともう一つの再会
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 言うことを聞かなければ怒鳴ればいい。

 

 それでも従わなければ殴ればいい。

 

 どこまでも抗うのならば殺せばいい。

 

 死んだら次は((自分|おまえ))の番だ。

 

 ――87回目の【私】――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「『跪け』ぇ!!」

 

 空気を震わす大音声。

 有無を言わさぬ命令の『余波』を受けた数十台のコンピューターが、まるで身体を折って((首|こうべ))を垂れるかのように、((自らひしゃげて|・・・・・・・))((押し潰れる|・・・・・))。

 言葉を放った都城を中心点に、放射状に――波濤の如く襲い掛かる『言葉の重み』は、けれど不和に届く寸前でバチバチと鳴り輝くスパークに変化すると、そのまま避けるように――触れるのを拒むように左右に枝分かれし、跪かせることなく通り過ぎていった。

 訪れるのは静寂。

 しん――と、一瞬前の崩壊が夢だったのではないかと錯覚してしまいそうなほどの無音。

 破壊の傷跡の中で、ゆらぁりゆらりと身体を揺らしながら不和は立ち続ける。

 目の前の敵は倒れない。自分の能力も効果がない。

 異様としか言えない現象と光景に、都城王土は思わず後ろへ一歩下がっていた。

 

(ありえん! こんなバカなことはありえるはずが、起こりうるはずがない!)

 

 絶対服従。防ぐ術は皆無。

 生物である限り――電気信号によって筋肉を伸縮させて動いている限り、従わざるを得ない至上命令。それを目の前の傷を負った男はいとも容易く受け流す。

 

(俺の((命令|ことば))に耐え切ったというのならまだ納得がいく! だが、抗おうとする素振りすら見せないのはどういうことだ!?)

 

 破片を踏む音。

 思考を打ち切り、顔を上げれば。

 こちらに向かってくる不和の姿。ゆっくりとした歩みは、次第に駆け足となり、全力疾走に変わる。

 口には短剣の柄を((銜|くわ))えて。

 右手には人間の頭蓋など簡単に粉砕できそうな巨大レンチ。

 

「『平伏――ッ」

 

 ――せ、と叫ぼうとしたところで、視界の隅で宙を舞う物体に気付く。

 それは、三重の井形に配置することでコンピューターを支える役目を担っていた、人間の指ほどの太さの金属柱だった。都城の命令を受けて折れ曲がり――捻り切れた柱は、鋭く尖った螺旋の切っ先を明後日の方角に向けていたのだが、都城の手が届く距離にまで近づくと、急にその向きを変えて襲い掛かってきた。

 狙うは右目。

 穿つために――脳まで貫くには十分な速度をもって、鋼の螺旋は刺突を実行した。

 

「ぐ――おぉっ!?」

 

 目に突き刺さる寸前で、反射的に首を捻って回避する。都城の右の眼尻に、浅く長い赤線が引かれる。その傷は古賀から徴収した回復力によって瞬く間に治癒するが、次々と起こる理解不能な現象に冷静な判断が阻害される。

 息つく暇もなく振り下ろされる化物の打撃を腕で武器ごと薙ぎ払い、返す刀で足刀を脇腹に叩きこむ。

 アバラが折れ、内臓が潰れる感触が確かにあった。だと言うのに、床を転がり、瓦礫にぶつかって停止した男は痛覚など初めから無いと言わんばかりに、三日月型の笑みを浮かべた形相で立ち上がる。

 不和は言う。

 

「……さっき、アンタがエラッそうに命令を言った時にさあ、ほんの一瞬だけ足元の鉄片が浮かび上がるのが見えたんだよ。もしかして『言葉の重み』を使うとき、アンタは瞬間的に磁力を帯びてしまうんじゃねぇかと考えて手を打ってみたんだが……、どうやら正解だったらしいな」

 

 電磁波を磁力のように干渉させることは可能だ。現に、地下十二階で喜界島もがなをゲームの筐体で押し潰そうとしたのだから。だが、自分も磁力を帯びてしまうなど、都城本人も――前統括でありパートナーだった真黒すらも今の今まで知り得なかった事実だ。

 それを、たった一度見ただけで看破したというのか。

 

(くっ……。だが、身体的な性能は俺の方が格段に上だ! 恐れることなどない! この偉大な俺が、王であるこの俺が恐れるはずがない、誰かに後れを取るはずがない!!)

 

 都城王土は安心院不和に対して攻撃を行えずにいた。

 自分の手も見えない真っ暗闇で足がすくんでしまうように、自分には理解できない『何か』が存在するというだけで――それだけのことで人間は一歩踏み出すことを躊躇してしまう生き物なのだ。その存在が敵だった場合は特に。

 都城王土は人間である。

 他ならぬ自分自身でそう言ったのだ。

 

(落ち着け! 俺の異常性(アブノーマル)が根こそぎ無力化されたわけじゃない! 奴に((発信|でんじは))が届いていないだけだ!)

 

 握りしめた拳――その指先から、サラサラと砂のような感触が伝わってくる。見ると、指には砂粒よりも小さい、粉末状の微細な物質が付着していた。

 照明を受けて鈍色に光る謎の粉。

 

(灰? いや……これは、アルミか? なぜこんなものが……)

 

 突如、都城の脳裏にある可能性が浮かび上がる。

 

(まさか、あの男――)

 

 推測を確信に変えるべく、都城は軽く息を吸い、もう一度、

 

「『平伏せ』ぇ!!」

 

 指向性をもった電磁波の嵐が不和に殺到する。

 電磁波は今回も不和に到達する前にスパークとなって流れて消えてしまったが、都城は先ほどまでとは打って変わって不敵な笑みを浮かべていた。

 不和の手品を見切ったとでも言わんばかりに。

 

「ふん、まさか『チャフ』を使っているとはな。小賢しい真似をしてくれる」

 

「チャフって……?」

 

 都城が口にした聞き慣れない単語に、喜界島が首を傾げる。

 その疑問に答えたのは、古賀の治療に当たっていたくじらだった。

 

「((電波欺瞞紙|チャフ))っつーのは、レーダーとか電波とかを妨害する金属製の細かいチリみてーな防御兵器のことだよ。こいつを空中にばら撒くと電波が乱反射を起こす。レーダー誘導装置を搭載したミサイルなんかだと照準が狂うし、無線とかの通信機器もイカレちまう」

 

 往々にして、神がかった力ほど原理は単純なものだ。

 大掛かりな手品ほど、タネが単純であるように。

 他者の動きに干渉し、支配できるほどの電磁波を放つ人間。なるほど確かに異常ではあるのだろう。

 しかし、どれほど非常識で荒唐無稽な力であったとしても、((電磁波は|・・・・))((電磁波に|・・・・))((過ぎない|・・・・))のだ。異能ではなく、一個の現象だと認識してしまえば対抗手段も容易に打てる。

 

「……ハッ、もう少しくらいは誤魔化せると思ってたんだけどな」

 

 腕を振り、足を動かすたびに、袖口や裾から尋常じゃない量のアルミ粉が零れ出る。

 仕掛けを見破られたからと言って、散布することを止めればたちまち『言葉の重み』の餌食となってしまう。裏を返せば、見破られたとしても不和にデメリットはないし、状況が変化するわけでもなかった。

 

「そうか、通じないのなら仕方がない。お前は偉大なる俺の純粋な((暴力|ちから))で叩き潰してやるとしよう。光栄に思え」

 

「純粋なって、アンタのその馬鹿力はいたみちゃんから奪い取ったもんだろーが。それに、いちいち言う事がやられキャラなんだよ」

 

 三度、両者は激突する。

 手刀。足刀。鉄拳。

 謎を解明したことで『不安』がなくなった都城の攻撃。

 今までも決して優勢だったわけではないが、今まで以上に不和は防戦一方となる。

 

「お前は簡単には殺さん! この((王|おれ))を愚弄した大罪を思い知るがいい!!」

 

 だぁから、言ってることが噛ませ犬なんだってば。

 

 そんな不和の呟きは、骨が軋む音に掻き消される。

 しかし、未だに都城は勘違いをしたままだった。

 打たれ、弾かれ、崩され、折られ、砕かれ。

 何百何千という殴打を受けても死に絶えることのないこの化け物を、ただの力で捻じ伏せるということがどれだけ困難であり、割に合わない行為であるのかを。

 巨大レンチを杖代わりに、血を吐きながらも不和は立ち上がる。

 これで、何度目だろうか。

 

(奴は本当に不死身か? 肋骨が臓腑に突き刺さっているはずだ。大腿骨が砕けて立ち上がれないはずだ。 なのに、なのに何故俺の前に立ちはだかる? 何故あんな目で俺を見ることができる?)

 

 戦意は消えず、敵意は薄れず、殺意は濃くなる一方で、蔑意が溢れんばかりに満ちている。

 

「……もういい、気が変わった。さっさとお前に止めを刺して、俺の視界から排除するとしよう」

 

 その言葉が、苛立ちではなく焦り――『恐怖』から思わず口に出てしまったものなのだと、都城は気づくことはなかった。

 足元もおぼつかない不和に、ゆっくりと近づく。

 

「安心院不和、お前の名前は憶えておこう。俺に逆らった許しがたい愚民としてな!!」

 

 右の貫手が、不和の腹に深々と突き刺さった。皮膚を貫き、内蔵にまで達する一撃。

 身体はくの字に折れ曲がり、声を上げることもできずに膝を突く。

 湿った生温かい感触に、今度こそ終わりだと都城は確信して右手を引き抜こうとした。

 

(……抜けない? 深く刺しすぎたか?)

 

 いくら力を込めても、右腕は動かない。

 それどころか、不和から一歩も離れられることができなくなっていた。

 

(何だ、今度は一体何をされた!?)

 

 その問いに答えるように、不和は俯けていた顔を上げ、言う。

 

「……動けねぇよなぁ。あの((風紀委員長|クソガキ))ご自慢の((鋼糸|アリアドネ))。乱神モードのめだかちゃんでも引き千切れなかったっつー代物だ。アンタごときにどうにかできるわけねぇだろ」

 

 ギチギチ、ギチギチ、と蟲の鳴くような音。

 鋼糸は不和の身体を柱として、互いに擦れ合いながら都城の腕から肩、腰から足先、果ては首に至るまで縦横無尽に張り巡り、全身を雁字搦めに固定していた。

 チャフは((囮|デコイ))。

 この鋼糸こそが不和の本命だった。

 

「――だが、これではお前も身動きが取れんだろう! 傷の深さから考えてもお前のほうが先に倒れるのは明白だ! その後で時間をかけて解いていけばいいだけのこと! 所詮は最後の悪あがきに過ぎんぞ!」

 

「かっはははははは。アンタ、人の話を聞き流して曲解するタイプだろ? 僕が何時、これで終わりだなんて言ったんだ?」

 

 本命ではあるが、((切り札ではない|・・・・・・・))。

 二人の周囲を、キラキラと光る((粉塵|・・))が濃霧のように取り囲んでいる。

 

「アルミニウムってのは金属に分類されちゃあいるが、粉末状になると可燃性物質――それも第2類危険物として扱われるんだよ。そのアブねぇ粉がこれだけ一箇所に充満してたら……頭の良いアンタになら分かるよなあ?」

 

 ――爆発したみてぇにバラッバラに。

 

 あの言葉が比喩でも何でもない、ただの予告だったとしたら。

 都城の顔から血の気が引いていく。

 傷が瞬時に治癒するとしても、欠損した手足がトカゲの尾のように生えてくるわけではない。この至近距離ならば不和の身体を電磁波で支配して脱出することもできるだろう。

 しかし、万が一。

 この火薬庫をぐるりと包囲するコンピューターが電磁波の影響を受けてショートしたら。

 その火花が引火したら。

 坂を転がり落ちるように、想像はどこまでも悪い方向に進んでいく。

 

(…………やめろ、やめろやめろやめろ、やめてくれえええええぇぇぇぇっ!!)

 

 声に出さなかったのは、彼の最後のプライドだった。

 声に出さないようにするのが精一杯だった。

 

「アンタと心中なんざ、それこそ死んでも御免なんだがなぁ」

 

 言って、不和は短剣を頭上に放る。

 短剣は空中でくるくると回転し、コンピューターに繋がっていた送電ケーブルを。

 すとん、とあっけなく――切断して。

 

 小さな小さな火花が散って。

 

 直後、爆風と炎の塊がその場に出現した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 真黒の誘導によって熱波を回避していたくじら達は、もうもうと立ち込める黒煙を見続ける他なかった。

 不和一人では持ち歩けるアルミ粉の量に限界があったため、爆発そのものは思ったよりも小規模で済んだ。それでも半径十メートルは滅茶苦茶に吹き飛んでいたし、空気中の酸素を燃料とする粉塵爆発の影響で室内の気圧が下がり、血液が沸騰する寸前だった。

 離れた位置にいたくじら達ですらこの有様なのだから、爆発の中心にいた二人は――

 

「不和くん!」

 

 最悪の事態を想像した。

 くじらが、善吉が、阿久根が、喜界島が、不和の安否を確認すべく駆け寄ろうとする。

 そんな彼女達の前に、

 

「がはっ!!」

 

 黒煙の中から飛び出した――いや、蹴り出された不和が床に叩きつけられる。元々満身創痍だった身体は、今の爆発によって生きているのが不思議なほどのダメージを負っていた。

 ヒューヒューと不自然な呼吸音が深刻さを物語る。

 

「名瀬先輩! 早く、早く不和さんにも応急手当てを――」

 

 

「する必要はないぞ、名瀬」

 

 

 善吉の叫びを掻き消す声。

 ぎくり、と全員の身体が強張る。

 恐る恐る振り返れば、五体満足で現れた都城王土の姿が。制服こそボロボロではあったが、煤けていること以外はその肌に傷一つなかった。

 

「その男は今から俺が殺すのだからな。まったく、よくもここまで好き放題に散らかしてくれたものだ。万死に値する行いだぞ」

 

「……嘘だろ。不和さんがここまでやって無傷って、反則じゃねーか」

 

 絶望に染まる口調だったが、それでも善吉と阿久根は、傷だらけの不和と女子二人を守るために臨戦態勢を取る。

 しかし。

 

「『跪け』」

 

 妨害がなくなった『言葉の重み』が男二人を容易に押し潰す。必死に抗おうとする善吉達には見向きもせず、横になったままの不和の下へと一歩を踏み込んで、

 不和に覆い被さり、メスの切っ先をこちらに向けているくじらの前で足を止めた。

 

「そこをどけ。フラスコ計画は俺がいれば成り立ってしまうが、それでもお前の技術と知識を手放すのは惜しい。今ならまだ俺の下で働くことを許そう」

 

「はん、寝言は寝てから言えよ。古賀ちゃんを傷つけて、不和くんもこんな目に遭わせたあんたに、俺が従うわけないだろ」

 

 小さいながらも、はっきりとした明確な拒絶。

 そんなくじらの言葉に都城は肩を竦めた。

 

「そうか、ならば揃って仲良く死ぬがいい! なぁに安心しろ、二人きりで寂しくならないよう、すぐに古賀もお前達のところに送ってやる!!」

 

 くじらを――不和の臓腑を刺し貫くために、神速の貫手が眼前へと迫り――

 けれど、二人に傷一つつけることなく。

 

 ぐしゃり、と鈍い音を立てて。都城の顔面に拳が突き刺さった。

 

「ごがぁっ!?」

 

 手足を乱暴に投げ出し、ごろごろと床を転がっていく都城。

 いつの間にか、二人を守るように、((漆黒|・・))の髪を腰まで伸ばした少女が背を向けて立っている。

 右腕を振り抜いた体勢のまま都城を睨みつけ、怒りを押し殺した声で言う。

 

「ふむ、お兄ちゃんが良いというまで待っている約束だったのだが、思わず手が出てしまった」

 

「めだかちゃん!!」

 

 善吉が彼女の名を呼ぶ。

 めだかは幼馴染に微笑みを送り、砲弾のように都城へ向かって駆け出した。数メートルあった距離は、たった一歩の跳躍でゼロになる。

 

「くろ――かみ、黒神ぃ!!」

 

 血反吐を撒き散らして激昂する都城にアッパーカット気味の一撃をお見舞いし、身体が浮き上がったところで頭部を鷲掴んで床に叩きつける。

 脳を揺さぶる衝撃に、奪い取った回復力も意味を成さない。意識が混濁し、肺から空気が搾り出される。

 無論、都城も黙って殴られていたわけではない。殴り、蹴り、応戦した。肉を裂き、骨を折る手応えも確かにあった。

 にも拘らず、折れたはずの腕で殴られる。

 

(折れると同時に骨折を治したとでも言うのか!? そんな芸当、古賀の異常性でも使わない限り――)

 

「使えるんだよ」

 

 小さく掠れた言葉が、氷のように都城の背筋に突き刺さった。

 横たわり、くじらとめだかに守られた、死にぞこないの男。その眼が、都城の心の内を見透かすように仄暗く輝いている。

 

「僕だって、くじらちゃんの仮説を聞いたときは驚いたさ。けど、同時に納得した。他人の((異常性|スキル))を更なる高みに昇華させて、十全に使いこなすことがめだかちゃんの((異常性|アブノーマル))だと言うなら全ての説明がつくんだよ」

 

『((完成|ジ・エンド))』。

 

 黒神くじらはそう名付けた。

 問答無用で相手の上をいく、異常の中の異常。

 皮肉にも、潰すために訪れたこの研究施設でめだかの異常性は肯定され、解明されたのだ。

 

「けど、異常性を会得するにはある程度の『観察』が必要みたいなんでな」

 

 だからめだかを戦闘に参加させずに、都城が持つ古賀の((改造性|アブノーマル))を『見学』させた。

 自分の命を懸けた戦闘を、めだかの学習に利用した。

 チャフも、鋼糸も、粉塵爆発も、ただの伏線でしかなかった。

 

「全て、全てがお前の掌の上だったという事か!? 安心院不和ぁ!!」

 

「それは買い被り過ぎだ。僕の掌はそんなに大きくねぇよ」

 

 けどまあ、と不和は続けて、

 

 

「確かにアンタは、僕の掌の上で踊ってもらうにゃあ丁度いい((小物|オモチャ))だったよ」

 

 

 骨が砕けんばかりの力で、肩を掴まれる。

 静かに、冷静に怒るめだか。

 獣のように理性なく暴走する乱神モードではなく、支配力による自己支配で怒りすらもコントロールした改良版乱神モード。

 すなわち、改神モード。

 120%の力を発揮できる――黒神めだかの『新』骨頂の全力を載せた拳が。

 都城王土の顔面に叩きこまれた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ゴゥンゴゥンと重い音を立ててエレベーターは上昇していく。

 密閉された棺桶のような箱の中、安心院不和は壁に身を預けて瞑目していた。

 火傷や裂傷は完璧な手当てが施されている。折れた左腕はさすがに包帯で固定して三角巾で吊るくらいの応急処置しかできなかったが、今さら開放骨折程度で慌てふためく不和ではなかった。

 都城を改心させためだか達は、フラスコ計画のデータを消去するために地下十三階に残った。唯一の弱点と言えるほどコンピューターに疎い不和は邪魔にしかならなかったため、((不知火理事長|クソジジイ))への報告も兼ねて一足早く地上に戻ることにしたのだ。

 

「………………」

 

 善吉達の話では、雲仙冥利に鍋島猫美、『((十三人|パーティ))』の一員である高千穂千種や宗像形が味方となって『((裏の六人|プラスシックス))』なる異常者団体と戦っているのだそうな。

 そんなことはどうでもよかった。

 

 それよりも、この。

 身に纏わりつくような、粘ついた感覚。

 

 地上に近づくにつれて濃密になっていく泥のような不快感には憶えがあった。

 

(……よく知ってる。ああ、よく知ってる奴だ)

 

 浮遊感が治まり、金属製のドアが左右に開く。

 ある意味、不和にとって見慣れた光景が広がっていた。

 視覚と嗅覚を占領するのは、鮮烈な赤と鉄錆の臭い。

 阿久根によって破壊された『拒絶の扉』、そして地上へと続く通路の壁に。床に。十四人の少年少女が磔にされていた。

 

 ((無数の巨大|・・・・・))((な螺子によって|・・・・・・・))。

 

 エレベーターを出た不和の背後でドアが閉まる。

 倒れ伏し、張り付けられた連中には構わず、出口へと向かう。

 

「…………そのまま、寝たフリをしてた方が良いですよ」

 

 ぼそりと小声で、狸寝入りを決め込んでいる先輩を一瞥して呟き、通路の陰から姿を現した一人の過負荷(マイナス)に視線を移す。

 小柄な背丈。見慣れた水槽学園の制服。

 返り血に塗れたその顔に笑みを浮かべて――

 

「よう、((球磨川禊|まけいぬ))」

 

「『やあ』『((安心院不和|ひとでなし))』」

 

 あらゆる『弱さ』を知る男と、あらゆる『苦痛』を得た男。

 二か月ぶりの再会によって。

 狂気に歪み、悪意に軋み。

 フラスコ計画は、誰もが望まぬ形で加速する。

説明
第二十一話
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めだかボックス オリ主 マイナス 名瀬夭歌 安心院なじみ 悪平等 独自解釈 過負荷 黒神くじら 

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