垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―24 書記戦 ――憐愛模様――
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 救うために蹂躙し。

 

 愛するために((嬲|なぶ))り。

 

 守るために((虐|しいた))げる。

 

 ――57回目の≪俺≫――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ヒィイイイイイイイィィィィィィ――――

 

 絹を裂く悲鳴のような駆動音が、冷気漂う倉庫に響き渡る。

 人間の胴など容易く切断できそうなチェーンソーが、床にへたり込んだくじらに狙いを定めていた。唸る凶器を片手で高々と掲げるのは、作り物めいた笑みを浮かべる不和だった。誰よりも彼女を大切に思っていたはずの男が、今まさに、自身の手で息の根を止めようとしている。

 くじらは何も言わない。怯えた表情で両の目に涙を湛えて、寒さではなく、志布志飛沫の『((致死武器|スカーデッド))』によって無理矢理開かれた心の傷に震えるだけだ。

 

 そんな彼らの背後。

 

 窓の向こうでは、めだかや善吉がガラスを叩いて不和に何事か訴えかけている。しかし、冷気を遮断するほどに分厚い強化ガラスが声を遮り、背を向けている不和は気付かない。仮に気が付いていたとしても、止めるつもりは毛頭ないだろう。

 

「……最後に一つだけ教えといてやるよ、くじらちゃん。いたみちゃんを人質に取った件だけど、アレなぁ、実は僕も最初から知ってたんだよ。薄々は気付いてたんだろ?」

 

 チェーンソーの悲鳴に掻き消されてしまいそうなほどに小さく、そして静かな声だったが、それでもその言葉はくじらの耳朶を打つ。善吉達にも届いたらしく――おそらく集音マイクの類が倉庫内に設置されているのだろう――目を見開き、愕然としている。

 

「どんな理由であれ――たとえ嫌われたとしても、お前が((過負荷|こっち))についてくれるならその方がよかった。めだかちゃんや善吉ならともかく、お前と戦うのだけは御免だったからな。まったくホントに、この世は過負荷(ぼくたち)に優しくねぇよ。ここまで思い通りにいかねぇと逆に笑えてくらぁ」

 

 非情の宣告にも、くじらは肩を震わせたまま無言を貫く。

 失望か、悲哀か、それとも憤怒か。

 彼女が不和に抱いた感情。誰にも推し量ることなどできない。

 

「戦意を失った女の身ぐるみ((剥|は))ぐ趣味なんざねぇが、ルールはルールだから仕方ねぇ。……『((黒鬼|ブラックオウガ))』って名前だったっけか、その大層な((防護服|タイツ))。あらゆる環境に耐えて、おまけにカミソリの刃も通らねぇほどの強度とは恐れ入るが、まあ((コイツ|・・・))なら石川五右ェ門じゃなくてもどうにかこうにか引き剥がすことが出来るだろ」

 

 チェーンソーが回転数を上げ、悲鳴を奏でる。

 

「じゃあな、くじらちゃん」

 

 唸る凶器が。

 くじら目掛けて、振り下ろされた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 時間は少々遡る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 八月一日。

 庶務戦を終えてから一週間後。

 

 書記戦は庶務戦と同様に、受付会場で試合方式を選ぶことから始まった。

 十二支に人を加えた十三枚のカード。その中には球磨川が選んだ『巳』もあった。巳のカード選んだ場合、試合形式は庶務戦と同じ『毒蛇の巣窟』になるのか。そんな指摘に、長者原は一戦ごとに異なる十三のルールを用意していると説明した。

 手間をかけるところを間違ってないか、と不和を含め何人かはそう思っただろう。

 

 長者原を挟んで対峙するのは、書記戦にエントリーした志布志飛沫と名瀬夭歌。

 

 本来ならば夭歌ではなく、凶化合宿に参加していた阿久根が戦うはずだった。だが、阿久根と喜界島――そしてトレーナーである真黒や日之影の姿はない。彼らは重傷を負い、入院を余儀なくされているのだ。

 庶務戦で姿を見せなかった志布志飛沫、蝶ヶ崎蛾々丸、江迎怒江の三人。

 球磨川が常軌を逸した凶行におよび、めだかと人吉女史の目と思考を覆い隠している間に、過負荷三人は時計塔地下五階で合宿中だった阿久根達四人を強襲していた。理解と常識の範疇を逸脱した過負荷を相手にするには、経験も技能も心身も未熟だった。

 書記戦と会計戦で不戦勝を得るための秘策。一敗して二勝するための謀略。

 かくして球磨川の目論み通り、現生徒会側は代理でも立てない限り二敗が決定してしまった。過負荷が奇襲や不意打ちなど手段選ばないと分かった以上、めだかも部外者を巻き込んだりはしないだろうと、そこまで予想した非道の策だった。

 

 さらに最悪の事態は進む。

 

 ((幸福|すばらしいもの))のためにどこまでも((不幸|マイナス))を望む名瀬夭歌。

 そんな主義思想を抱いた彼女を、球磨川が放っておくわけがなかった。

 庶務戦が終わってほどなくして。

 人払いしたマイナス十三組の教室で、球磨川は夭歌を仲間に引き入れるべく勧誘を試みた。もっぱら喋っていたのは球磨川だけであり、夭歌も――同席を許された不和も携帯電話を弄りながら沈黙を貫いていた。

 

 手を組むメリットはない。けれど自分達と一緒に居れば世界一不幸になれる。

 

 それが球磨川が提示した夭歌への『裏切りの報酬』だった。

 思い返せば、不和を同席させたのも夭歌に対しての一種の保険だったのだろう。

 不和が抱いていた予想とは裏腹に、夭歌は思いの外すんなりと勧誘を受け入れてしまった。彼女なりに思うところがあったのだろう。

 舌を出して不敵に嗤う夭歌に、にたりと顔を歪めて迎え入れる球磨川。仲間になるというのなら敵対せずに済むのだからまずまずの展開か、と不和も余計な口を挟んだりはせずに静観していた。

 

 しかし。

 

 ほどなくして夭歌は自分を取り巻く環境と本心に気付いた。

 気付いてしまった。

 兄を、妹を、生徒会の面々をどれほど好いているのかを。

 

 目には目を。

 裏切りには裏切りを。

 夭歌は直前の寝返り宣言をあっさりと撤回して――ほんの僅かに、ちらりと視線を不和の方へ向けて――教室を出ていこうとした。

 彼女にしては珍しく――科学者としての観察眼と予想能力を持つ名瀬夭歌にしては本当に珍しく、失念していた。

 

 眼前に跋扈する連中が、ただの勧誘程度で終わらせるはずがないことを。

 

 交渉が決裂した場合に備えて、過負荷は古賀いたみを拉致監禁していた。襲撃自体は駆けつけためだかや善吉、人吉女史の救援によって事なきを得たのだが、夭歌が過負荷に敵意を向けるには十分な出来事となった。

 志布志の挑発にのる形で書記戦にエントリーすることを決意した夭歌。

 彼女は去り際に、不和に問うていた。

 

 古賀が襲われることを知っていたのか、と。

 

 不和は答えなかった。

 それが、答えだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 生徒会戦挙第二試合・書記戦『冬眠と脱皮』。

 

 現生徒会側――名瀬夭歌(代理)。

 

 新生徒会側――志布志飛沫。

 

 勝利条件は単純明快。

 相手の身包みをすべて剥いで裸にした方の勝ちと言うもの。

 その部分だけ聞けばふしだらな妄想を掻きたててしまいそうな試合内容ではあるが、そんな不埒なことを考える人間でも勝負を繰り広げる舞台を見れば閉口せざるを得ないだろう。

 

 零下48度の巨大冷凍庫。

 

 それが書記戦の舞台。

 南極さながらの極寒の空間で衣服を剥ぎ取られてしまえば凍死は確実。何よりこの『冬眠と脱皮』、ギブアップが認められていないのだ。凍傷になろうが凍死しようが、どちらかが全裸になるまで終わることはない。捉えようによっては庶務戦よりも残虐極まりないルールだった。

 

 舞台も異常極まりないが。

 めだか達が何より一番厄介だと感じているのは、この書記戦が((タッグ戦|・・・・))であるということだ。

 

 メインプレイヤーの夭歌と志布志の他に、サブプレイヤーとして両陣営から互いにもう一人ずつ選出しなければならなかった。更に言えば、サブプレイヤーは立候補制ではなくメインプレイヤーが選ぶことになっており、当然といえば当然のように、志布志は不和をサブプレイヤーに選んだ。

 それは即ち、立場の問題ではなく、実際に不和と夭歌が戦わなければならないと言う事に他ならなかった。

 味方でも容赦しないめだかならいざ知らず。

 傷ついた((友人|いたみ))の為に自分のポリシーすら曲げた夭歌にとって、かつて命を懸けて戦ってくれた((友人|ふわ))と敵対することがどれだけの負担になるのか。

 過負荷の非道ぶりに憤慨するめだか達。

 けれども周囲の空気など気にも留めずに、当事者である不和は平然と承諾し、一方の夭歌も包帯で表情を隠したまま淡々と古賀をサブに選び(こちらは自分から志願した)、試合の準備は整ってしまう。

 こうなってしまっては誰も異論を挟めない。

 

 四人が倉庫の中に入り、分厚い扉が閉まったところで。

 

 書記戦が開始されると同時に、夭歌と古賀の身体から血が噴き出した。

 訳もわからずに膝をつく二人に、不和は追撃するために得物を取り出す。両袖を合わせるようにして中に手を突っ込み、勢い良く腕を振った次の瞬間に握られていた武器。それは銃器のような形状の((釘打ち機|ネイルガン))だった。

 独特の単調なリズムで次々に撃ち出される無数の釘。

 弾丸並みの速度こそないものの、ほんの二、三メートルしかない至近距離から、インドア派と修繕中の――傷を負った夭歌と古賀が避けられるわけがない。

 瞬時に決断した夭歌は古賀の上に覆い被さった。

 鉄の雨が背中を直撃する。けれど突き刺さらずに凍った床へと落ちる。

 ((釘|タマ))切れになったネイルガンを投げ捨てて、不和は夭歌の腕を掴んで古賀から引き剥がすと、そのまま壁際まで引っ張っていく。手から伝わるゴムの塊のような感触には憶えがあった。

 目を細める不和に、腕を振り解いた夭歌が注射器で迎撃しながら説明する。

 破れた制服から覗く漆黒のアンダーウェア。

 極寒だろうと灼熱だろうと、ありとあらゆる環境に耐えうる全方位型実験服――その名も『((黒鬼|ブラックオウガ))』。強度は雲仙冥利の『((白虎|スノーホワイト))』よりも劣るが、この服を着ている限りダメージを受けることはないと夭歌は言う。

 

 不和は夭歌と。

 

 志布志は古賀と。

 

 夭歌を古賀から引き離したことで、二対二のタッグ戦は変則的な一対一の戦いに変わっていた。

 ドライバーの二刀流で注射器を捌きながら後方を窺えば、志布志も古賀を相手に苦戦しているようだった。

 志布志は((過負荷|マイナス))の中でも勝ちを計算できる((過負荷|マイナス))だと球磨川からは聞いていたが、どのような異能や欠点を持っていたとしても基本は不幸不遇の申し子。不意打ちでもしない限り楽勝などありえないのだ。

 

 だから。

 

 不和と志布志は勝つために不意を打った。

 

 ずるり――と。

 不和は背中から引き抜いた大小二本の巨大レンチを後方へ――そちらを見もせずに志布志と古賀に向けて投擲し。

 唸りを上げて左右から襲い掛かる凶器に気を取られた古賀の隙をつき、志布志は夭歌に向けて((異能|マイナス))を全開にした。

 

 瞬間、夭歌の動きが止まった。

 

 他人の古傷を開く。

 それが志布志飛沫の((過負荷|マイナス))――『致死武器』。

 一口に古傷と言っても、それは肉体的な外傷だけではない。

 志布志がこじ開けたのは、夭歌が失ったはずの過去。

 記憶、思い出――すなわちこれまで味わってきた((不幸|トラウマ))を一気に全て呼び起こしたのだ。

 掠れた声を漏らして、膝から崩れ落ちる夭歌。こうなってしまえば後は衣服を剥ぎ取るだけ。それだけならば、ダメージを与えることが出来ない不和だけでも十分に可能だ。

 疲れたように嘆息し、取り出したのはチェーンソー。

 エンジンが始動し、((心的外傷|トラウマ))に満ちた夭歌の心の有様を代弁するかのように、女の悲鳴の如き駆動音が鳴り響く。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そして話は冒頭へと戻り。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 振り下ろされたチェーンソーは、古賀がとっさにブン投げた冷凍食品の箱を両断するだけに留まった。

カチコチに凍りついた箱が盾となって――予想外の衝撃に軌道がズレて――くじらはどうにかこうにかノーダメージで済んだ。

 

「こぉんのぉおおおおおっ!!」

 

 目を見開く志布志の横をすり抜けて、古賀が不和に吶喊する。

 両手で握るのは子供の背丈ほどもある巨大な冷凍肉のブロックだ。それを棍棒のように振り回し、不和の胴体目掛けて盛大にぶちかました。

 

「ご――はぁっ!?」

 

 金属製の棚に身体を強かに打ち付ける。

 さらに、不和を待っていた不幸はそれだけでは終わらなかった。

 

「げっ……」

 

 棚が揺れて、中身がみっしりと詰まった箱が頭上から雪崩のように降り注ぐ。「おわああっ!?」という気の抜けた悲鳴と轟音が止んだ時には、不和の姿は凍った食品の山の中に消えていた。

 埋もれてしまった不和には目もくれずに、古賀は壁に設けられた冷凍庫のブレーカーを落とす。

 

 暗闇が倉庫を支配した。

 だが、それはほんの数秒の事であり、試合を監視していた長者原の指示の下、すぐに予備電源に切り替えられて照明が復活する。

 

「大丈夫かよ不和さん、一昔前のコントみてーになってんぜ?」

 

 優勢とはいえ、一人で二人を相手取るのは得策ではないと判断したのか、志布志は不用意に動こうとはせず、食品の山から這い出している不和に歩み寄った。

 

「……食用肉で殴られたのは初めての経験だよ。あいつらは?」

 

 志布志が指差したその先には、既に古賀とくじらの姿はなく、血だまりの中に脱ぎ捨てられたボロボロの制服と『((黒鬼|ブラックオウガ))』だけが残されていた。

 拾い上げ、確認してみるが、血が完全に凍りついてしまっているため、戦利品として志布志が着ることは出来そうにない。

 

「流石にパンツまでは脱がなかったみてーだな。残念だったねぇ不和さん」

 

「こんな状況で使用済みの下着に劣情を催せるほど僕は性欲((逞|たくま))しくはねぇよ。……でもまあ、一応回収はしとくか」

 

 にやにや笑う志布志の頭を軽く小突き、『((黒鬼|ブラックオウガ))』を懐にしまう。

 

「しっかし名瀬先輩はともかくさあ、あたし的にはあの古賀ってニット女の方が厄介なんだけど。何度も古傷開いてるのに片っ端から治っていくとかおかしいだろ。どうなってんだよあの女の身体」

 

「無理もねぇさ。((今のいたみちゃん|・・・・・・・・))((だから|・・・))お前は苦戦してんだよ」

 

 古賀いたみは改造人間である。

 先の戦いでアブノーマルこそ徴税されてはいるが、改造に改造を重ねた肉体の機能はそのままであり、加えて現在古賀に((沁|し))み込んでいるのは再生機能に特化した電気信号。手術痕も古傷と言えるのだろうが、それでも志布志が((過負荷|マイナス))を連発する速度よりも――その数倍の速度で傷が塞がってしまうのだ。

 説明を受けた志布志は分かっているのかいないのか、面倒くさそうに髪を手櫛で梳きながら言う。

 

「じゃあ古賀先輩は不和さんに任せるわ。よく考えたら、あたしは不幸ごっこを楽しんでる名瀬先輩をぶちのめしたいからここに居るんだし」

 

「……コンクリの床を簡単に蹴り砕く女を相手にしろってか。簡単に言ってくれるぜ」

 

 軽口を叩いて、過負荷二人は隠れた獲物を追い詰めるべく二手に分かれた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……会いたくないと思ってる時に限って会っちまうものだよなぁ。さぁてどう相手すっか」

 

「……名瀬ちゃんが酷い目に遭ってるって言うのに随分悠長だね」

 

 倉庫の片隅。

 積み上げられた箱によって覆い隠された死角を探る不和の前に、予定通りと言おうか何と言おうか、鬼気迫る表情を浮かべた古賀が立ち塞がった。武器はなく、手ぶらであったが、古賀いたみという少女の拳はそれだけで十分な凶器となるため、安心感は微塵も得られなかった。

 

「肉でブン殴られるよりはマシ……なのかねぇ」

 

 腕を振り、袖からストンと落としたのはL型((釘抜き|バール))。それを頭上に放り投げてくるくると弄び始めた不和に、古賀が刺すような視線を緩めることなく問い掛ける。

 

「どうして名瀬ちゃんを悲しませるの? あんた、時計塔で言ってたよね、自分がいる限り名瀬ちゃんを絶対に不幸になんかしないって。あの言葉も嘘だったの?」

 

 中空で回転するバールを凝視したまま、不和は答えない。

 その態度はふざけていると言うより、別の事に意識を集中させて、強引に古賀の言葉を聞き流しているようにも見えた。

 

「顔には出さないけど、親友の私には分かる。あんたが名瀬ちゃんのために戦って、私の仇を取ってくれたこと、名瀬ちゃんすっごく喜んでた。なのにどうして――」

 

 古賀は最後まで言うことが出来なかった。

 いつの間にか、バールの先端を喉元に突き付けられている。

 だが、一瞬で距離を詰められたことよりも、自分の命が危機に瀕していることよりも何よりも、不和の表情に目を奪われた。

 いつもの道化じみた笑顔ではない。

 憎々しげに歪んだ、今にも泣き出してしまいそうな――

 

「……ごちゃごちゃとうるせぇ。口を開けばどいつもこいつも『何故』『どうして』ばかり、いい加減聞き飽きてんだっつーの。理由なんか最初からねぇんだよ! 退屈だったから、面白そうだったから、僕がそうしたかったから! ただそれだけだ!」

 

 今まで溜めこんできた物を吐き出すように。

 不和の叫びが倉庫に木霊する。

 

「理由があれば納得してくれたのか!? 理解できると思っていたのか!? ((過負荷|マイナス))と手を取り合うことができるとでも思っていたのか!? 無理だな! 過負荷の心は過負荷にしか分からねぇんだよ! くじらちゃんにも聞こえてんだろ!? 本当の不幸を理解できるは過負荷だけだ! ((過負荷と対等になれる|・・・・・・・・・・))のも過負荷だけだ! お前らにそこまで堕ちる覚悟があるのか!?」

 

 それは、古賀ではなく、くじらに向けての言葉。

 答えを望んでいない独白。

 

 しかし。

 一方的な激情に呼応するように。

 

「なっ――!?」

 

 不和の足元から巨大な氷柱が((生えてきた|・・・・・))。

 氷柱は見る見るうちに人の背丈にまで成長し、古賀を守る壁となる。のみならず、不和の足元までが凍りつき、身動きが取れなくなってしまう。

 

「不和さん!」

 

 そう遠くない場所から、志布志が呼ぶ声。

 

「この女、自分で自分の身体を改造して過負荷を作りやがった!」

 

「ああ!? だったらお前も負けてないでぶっ放せばいいだろーが! 相手が生物なら『致死武器』で問答無用に倒せるはずだろ!」

 

「もちろん今もやってるよ! けどどういうわけか身体の傷も心の傷も開かねぇんだ!」

 

 その言葉で、状況とくじらが作った過負荷の正体は把握できたが、今の不和には志布志に指示を送る余裕はない。

 不和自身が窮地に追い込まれているからだ。

 

「……不和くん、あの時の約束――覚えてるよね?」

 

 意識を古賀に戻せば。

 彼女は握った拳を腰溜めに構えて。

 

「私、言ったよね。名瀬ちゃん悲しませたら思い切りブン殴るって!!」

 

「まっ――!」

 

 放たれた古賀の正拳突きが、不和の身体に深々とめり込んだ。修繕中とはいえ流石は改造人間。衝撃で足を固定していた氷が砕け、積まれていた箱を巻き込み、吹き飛ばされて無様に床を滑る。

 ダメージで揺れる視界に映るのは、凍った右腕を押さえる志布志と、ボロ布を纏ったくじらの姿。

 腹部の激痛を無視して跳ねるように立ち上がる。

 

 状況的には二対二。

 

 けれど自分の身体はもうほとんど言う事を聞かなくなっている。

 志布志の過負荷は古賀には効かず、くじらもそれに勝る――天敵と呼べる過負荷を手に入れた。

 既に負けは見えている。 

 

「ずいぶんとまあキレーな過負荷だな、僕達のとは大違いで羨ましいぜぇ!」

 

「……命名『((凍る火柱|アイスファイア))』。厳密には氷を操るんじゃなくて体温を操る能力だよ。開かれた傷は皮膚と血管を凍らせて塞いだし、トラウマの方は頭を冷やせばいくらでもクールになれる」

 

 ((異常性|アブノーマル))が先天的なもの――ほとんどが生まれ持ったスキルであるのに対し。

 ((過負荷|マイナス))は育ってきた環境や状況によってその原型が作られる。

 故に、この極寒の空間で――逆境だからこそ、くじらに体温を操るスキルが発現したのは当然と言えた。

 

「それにしても、傷口を凍らせて出血を抑えるとか、作ったばっかでそこまで精密に操れるとは驚いた。個人差はあるが怒江ちゃんみてーに制御できない奴だってたくさんいるんだぜ? かくいう僕も未だに制御し切れてねーしな」

 

 言いながら、不和は両袖からノコギリを生やす。

 負けは見えている。万に一つも勝ち目はないだろう。

 

 だが――それがどうした。

 

 志布志はどうかは知らないが、少なくとも不和は勝つために戦っていた訳ではない。不和には不和の目的があり、これ以上ないほどに順調に進行しているのだ。このまま負けても、何ら問題はない。

 にも拘らず、臨戦態勢を取ったのは、自分の悪巧みに付き合ってくれた志布志への、せめてもの礼のつもりだった。

 勝ち目はないが。

 それでも負けないように、負けとならないように。

 ((過負荷|マイナス))らしく、華々しく。

 

 全てを台無しにできるように、後輩の手伝いくらいはしてやろうと思った。

 

「シィッ――!」

 

 鋭く息を吐いて、不和は駆け出した。両の手に握るノコギリの刃を擦り合せて掻き鳴らし、まっすぐにくじらへと。二刀の――何十と群れを成す無数の刃を振り上げて、振り下ろす。

 敵意や殺意がないことを分かっていたのだろう、くじらは反撃には転じずに、両腕に氷の鎧をまとわせて防御に徹した。

 

「名瀬ちゃん!?」

 

「動くな古賀ちゃん!」

 

 静止の声を張り上げるくじら。

 受け止めた鎧から、侵蝕するようにノコギリを氷が包み込み、さらに不和の腕へとまとわりつく。気付けば両足は既に凍結されていた。

 両手足を固定され、不和は身動きが取れなくなる。

 だがそれは、くじらにも言えることだ。

 

 視線だけを志布志に向けて。

 

「僕ごとやれ!! お前の全てをぶつけてみろ!!」

 

 促すのは志布志の能力――その完全開放。

 制御していた((過負荷|マイナス))を、敢えて暴走させる。

 制御が効かず、見境なく全てを腐らせる江迎怒江の『((荒廃する腐花|ラフラフレシア))』。ならば傷口を開く『((致死武器|スカーデッド))』の((箍|たが))を外すとどうなるか。

 倉庫全体が、泣いているかのように鳴動する。

 壁に、床に、天井に、亀裂が走り崩壊が始まる。窓の向こう――観戦していためだかや球磨川達をも巻き込む形で。

 

「不和さんにそこまで言われちゃ見せねー訳にはいかねーよなぁ! その目に焼き付けろ、これがあたしの『憎武器』……『バズーカー・デッド』だ!!」

 

 その((過負荷|マイナス))は、十年以上前にとある病院を壊滅に追い込んだ、情け容赦の欠片もない――至極過負荷らしい過負荷だった。

 生物も無生物も、見境なく古傷を開く暴風。

 

 崩落する瓦礫が四人に襲い掛かる。

 全てを台無しにするために。

 

 だが。

 見境のなさと言うのなら。

 生まれたばかりのくじらの『((凍る火柱|アイスファイア))』がそうあるのもまた道理だった。

 

「不和くんもそうだけどよー、一年子ちゃん、お前ももう少し後先ってもんを考えろ。こうして俺が倉庫全体を凍らせてなきゃ今頃みぃんなぺっちゃんこだぜ?」

 

 降り注ぐ瓦礫を、倒壊する壁を、血が噴き出た傷を。

 くじらは全てを凍らせた。

 不和の身体も首から下までが完全に凍りつき、顎、顔の下半分と、頭部を包みこもうとじわじわ上ってくる。

 

「――――っ!」

 

 口を塞がれているため、不和は目で訴えるしかない。

 仮に話せたのなら『何もここまですることねぇだろ!』と不和は言っただろう。

 

「不和くん、ワリーけどこっからは男子禁制なんで少し眠っててくれ。さすがの俺も異性の前で後輩を全裸に剥くのは気が引けるし…………不和くんが他の女の裸を見るっつーのが、何と言うか、許せない」

 

 最後の部分は、氷の彫像と化した不和の耳には届かなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 現生徒会――1勝1敗

 

 新生徒会――1勝1敗

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……とりあえず、過負荷の発現おめでとうってところか? これでより良い不幸にまた一歩近づいたわけだ」

 

『あんまり良かったとも言えねーが、まあ有り難く受け取っておくぜ。過負荷を持つ不和くんの気持ちも少しは理解できたつもりだしな』

 

「かっはははは、おいおいちょっとばかし甘いんじゃねぇか? 今日過負荷をゲットしたばかりのひよっ子ちゃんにお兄さんの心を見透かせるとは到底思えねぇんですけどぉ?」

 

『少なくとも、不和くんが黒神と球磨川の旦那の喧嘩に興味がねーことは分かったつもりだよ』

 

「おやおや」

 

『それと、これは黒神から聞いた話なんだけどな、古賀ちゃんの監禁場所を匿名でメールしてきた物好きがいたんだそーだ』

 

「そいつぁお優しい偽善者もいたもんだ」

 

『ほんとーに。まるでどっかの誰かさんみたいだぜ』

 

「………………」

 

『………………』

 

「…………ひひひひ」

 

『…………不和くん』

 

「何でしょう」

 

 

 

 

 

『助けてくれて、ありがとな』

 

「さぁて何のことでしょうか。でもまあ……どういたしまして」

説明
第二十四話
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めだかボックス オリ主 マイナス 名瀬夭歌 安心院なじみ 悪平等 独自解釈 過負荷 黒神くじら 

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