リリカルとマジカルの全力全壊 A,s編 第十三話 Ideal−selection=sacrifice
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 いきなり自分の部屋に転移して来て、ふよふよと飛びながらはやての手の中に納まった闇の書を見ながら、なのはは嫌な汗が流れるのを感じていた。

ひょっとして自分は…主にルビーとの関係について大きな勘違いを長年し続けていたのではないだろうか?

ルビーは自他共に認めるトラブルメーカーである。

 本人(…人?)を知る誰に聞いても、なのはの意見に同意してくれる自信はあるが…だがしかし、ひょっとしたら騒動に巻き込まれる原因はルビーだけでなく、なのはにもあるのではないか?

「……のは?」

 勿論、なのははルビーのように騒動を起こしたりはしないが、逆に騒動を引き寄せる体質の可能性が出てきたのだ。

 振り返って見れば、あの公園で男にからまれたのはなのはであり、ルビーは関係ない…っというかルビーの存在=トラブルと仮定すると、ルビーに出会う所まで含めて、なのはがエンカウントしたトラブルと考える事が出来る。

 ルビーと出会えた事…その良し悪しは脇に置いておくが、ルビーが邪魔しなければユーノのSOSドリームを最初に受け取っていたのはなのはだったっぽいし、夢を見ていないのにフェレットなユーノを見つけてゲットしてしまったのもなのはだ。

 おかげでと言うか、自分の意思も含めてではあるが、ジュエルシードの回収に参加する事になり、挙句の果てが世界の存亡をかけた最終決戦のど真ん中でガチンコをやらかすに至ったのは記憶が色あせる暇もないほどの、ついこの前の話…。

「…なの…ちゃん?」

 そして、今回はヴィータにわけも分からず襲撃され、夜天の書…闇の書を巡る事件にも現在進行形で巻き込まれ中だ。

挙句の果てにはこの状況…右を見ればなのはの家族…士郎・恭也・美由希が各々の小太刀を構えて戦闘態勢…左を見れば、ヴォルケンリッターの四人が各々の武器と拳を構えてこれまた戦闘態勢…その中間、ベッドの縁に仁王立ちするなのはとその後ろにいるアリサとはやてと言う立ち位置だ。

「ねえ…のはったら」

これが全てなのはの部屋に詰め込まれている状況は、とにかく狭いの一言である。

なのはの部屋は狭いというわけではないが、それはなのはの一人部屋としての話、子供達三人だけだったなら十分余裕だったが、大人も含めた十人ほどの人間が一度に部屋に詰め込まれたら息苦しくてしょうがない。

 武器を振り回しでもした日には、同士討ちは免れないだろう密度の高さは、逆に抑止力になっているほどだ。

「聞い…るの、…は?」

 微妙なバランスで均衡がとれているが…そもそも一人の人間の私室に、これだけの面子がそろう事の方が異常なのだ…いよいよもってなのはの疑惑が真を帯びてきた。

 今なのはの元にルビーはいないし、流石にルビーでもこんなレベルの騒動を自分から巻き起こす様な真似はしないしできまい。

 無意識に騒動を呼び込む特異点的な力はルビーを超えているのではあるまいか?

「…どうしよう…全然否定できないの」

「なのは(ちゃん)!!」

「にゃ!?」

 両の耳元で名前を呼ばれ、なのはの心臓が跳ね上がる。

 どうやら物思いの海の中にどっぷり沈み込んでいたらしく、思わず飛び上がるほどに驚いてしまった。

「ア、 アリサちゃんにはやてちゃん!?」

「アリサちゃんじゃない!!何ぼっとしているのよ!?」

 アリサの目に涙が浮いている。

 どうもいきなり人間が魔法陣っぽい物から抜け出してきたり、なのはの家族が物騒な刃物を構えていたりと理解不能のオンパレードを目にしてパニックになっているようだ。

 まあ…その中には当然、なのはの変身も含まれるのであろうがそれは置いておこう。

「ご、ごめんね」

「それはいいから、一体何が起こっているのか説明しなさい!!」

 いい加減限界を振り切ったらしいアリサが爆発した。

 訳の分からない事が起こったとき、少しでも事情を知ってそうな人間に説明を求めるのは間違ってはいない。

 アリサの目から見れば、なのはも事情を知ってそうな人間のカテゴリーに入るのだろうし、事実なのははアリサよりも色々と知っている。

 とはいえ、全体像を把握してはいないのだが…。

「ええっと、どう説明すれば……ってえ?」

改めて冷静に、状況を把握しなおそうとしたなのはは気がついた…気が付いてしまった。

とっさにプロテクションを展開したので、ベッドとその後ろにいるなのは達は無傷…だが、逆を言えばベッドの上以外は無事な物が一つもない。

家族が踏み込んできたときにぶち破られた扉の破片にストライクを決められ、本体がベコベコになりつつ、プスプスと嫌な感じの煙を上げているなのはのマイパソコン…最初の魔力による暴風により、棚にあった本や置物や写真が全部落下し、床に落ちて割れたり砕けたりしてとんでもないことになっている床の惨状…しかもヴォルケンリッター達は、ここに来る前には野外にいたらしく、靴についた土やら草やらで落下した本やノートには万遍無く足形がつき、敷いている絨毯も床も泥だらけ…しかもだれ一人足下に注意を払っていないので、なのはのお気に入り“だった”諸々は現在進行形で家族とヴォルケンリッター達に踏み砕かれ、破片はさらに細かくなり続けている……もはや素足で下に降りる事は出来ないだろう有様だ。

「なのは…この不審者達は、倒してしまってかまわんのだろう?特にそこの二人!!」

「「ええ!?」」

 こっそり窓から逃げだそうとしていた仮面の男達二人が、恭也の言葉に身をすくませて硬直する。

「お前ら、以前になのはにいたずらをしようとした変態共だろう?」

「「ここでもか!?」」

 回覧板を見ただけのヴォルケンリッター達でさえ覚えていたのだ。

 被害者になりかけたなのはの家族ならば尚の事、見間違えるなどありえまい。

「はっ、誰だか知らねえが、あたい達に勝てるつもりでいるのかよ?おめえらも動くんじゃねえぞ?きっちりおとしまえはつけさせてやる!!」

「「ええ!?」」

 こっちは完全に自業自得だ。

 勿論、ヴィータだけでなく他の三人も、男達に落とし前をつけさせたい所だろうが、それによって目の前にいる高町家武闘派三人組に背を向ける事は出来ない。

 それ故に、身動きのできない緊張状態が完成しているのだ。

「…さい」

「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」

 不吉な物を感じさせる声音に、九人が同じ一人を見る。

「皆…うるさいって言ったんだよ」

「「「「「「「ひっ!?」」」」」」」」

 全員が気付いた。

 ベッドの上で、自分達を見下ろして来るなのはの目が据わっている事に…。

「な、何?」

「どうしたの?」

 例外はアリサとはやてだ。

 彼女達はなのはの後ろにいるため、なのはの顔が見えていない。

「何で…こんな事するのかな?なのはのお部屋、めちゃくちゃにして…楽しいの?」

「「「「「「ふゎ!?」」」」」」」

 そして彼等は気がついた。

 自分達の足元に散乱する物に…特に、なのはがアリサ達友人一同と一緒に写っている写真立てが、誰かの足跡と共に踏み割られているのを見た瞬間、もはや敵味方の区別なく顔色は一様に真っ青だ。

「ど、どこのどなたか知らんが、今は大人しくしてくれ、あの状態のなのはは家でもトップクラスに危険なんだ」

「承知!!私の名にかけて誓おう!!」

 士郎の警告とシグナムの即答…やり取りその物は短かったが、込められた思いは十分すぎるほどに伝わった。

それとほぼ同時に全員が同じ思いを抱いて理解した。

目の前にいる彼らもまた“経験者”なのだと…なのはの恐怖は身をもって体験した者にしか分からない…故に、誰一人として動けない。

なのはの私物が散乱している室内は地雷原と同意だ。

レイジングハートに桃色の紫電とか迸っていたり、すでに魔術回路が全力稼働しているためか、周囲の風景が歪んで見えたりしているなのはを前にして、これ以上何かを壊してしまった場合の未来予想図が嫌過ぎる。

すでに阻止限界点を超えているのか…あるいはまだぎりぎりでセーフなのか…俯いているため、顔の見えないなのはからは、その境界線が分からない。

そんな風に戦々恐々としていたら、なのはがバッとうつむいていた顔を勢いよく上げた。

「みんなひどいよ!!」

「「「「「「「げぇー!!泣かしちゃったーーーー!!」」」」」」

 てっきり|ちょっと頭冷やそうか(おしおき)?が来ると構えていた所に、瞳を潤ませてしくしく泣き出したなのはが来た。

 砲撃で直接吹っ飛ばされるのも嫌だが、いきなり部屋を荒らし(原因は闇の書だが…)、いきなり不法侵入、少女の大事な物を知らず知らずのうちにめちゃくちゃにして泣かせてしまったと来れば、どう見ても悪いのはヴォルケンリッター達であり、外道の汚名は免れまい。

 「手前等人間じゃねえ、たたっ切ってやる!!」…っとか言われても反論できそうにない。

 事実、ヴォルケンリッター達は人間じゃないけれど…。 

「えっと…ごめんなさい」

 シグナムが唖然としつつも最敬礼でなのはに謝罪した。

 どうも予想外過ぎる反応に、シグナムも思考がついて来れていないように見える。

「あ、あの魔王がこんなに可愛いわけがない!!」

「ヴィータちゃん失礼よ、どんなに認めたくなくても起こったことが全て!!戦わなきゃ現実と!!」

 大声で全然フォローになっていない事をのたまうお前も十分失礼だシャマル。

「……」

 唯一、元から口数の少ないザフィーラだけは静かにしていると思ったらこいつ…人間形態で直立不動のまま危険な痙攣を始めていやがった…泣いている女の子を前にしてこの反応、何気に一番失礼なやつである。

「な、なのは?大丈夫、写真とか家にもあるから焼き増ししてあげる。お部屋の片付けも手伝うから、ね?」

「……うん、ありがとうアリサちゃん」

「う…」

 グシュグシュと涙をぬぐっていたなのはが顔を上げ、アリサに微笑んだが…逆にアリサがなのはの潤んだ目を見てうめき声を上げる。

 いつもと違う弱弱しいなのはのギャップがパネエッす!!

「アリサちゃん?」

「は!?な、何でもないわ!!」

「そ、そうなの?」

「た、大したことじゃないんだからね、写真も片付けの手伝いも私の好きでやるんだから!!」

「う、うん…」

 所詮は|釘宮(ツンデレ)か…。

「あ、あのな、なのはちゃん?ご、ごめんな〜何や知らんけど家の子がおいたしたみたいで」

「…家の子?」

 はやての言葉に、なのはが聞き返すと慌ててはやてがうんうん頷いた。

 この状況に焦っているのははやても同じらしい。

「そ、そうなんよ〜この子たち、うちの家族なんや」

「え?はやて、あんた家族はいないんじゃ…って言うかあんたも関係者なの!?」

「ああ、そうなんやけどな、アリサちゃん…今はちょ〜っと待ってくれるか?」

「んがぐっぐ…」

 何の予備知識もなく、急展開に一番ついてこれていないアリサが詰め寄ろうとするが、逆にはやてがカウンターでその口に手を当てて黙らせる……鼻まで塞ぐと窒息するぞ?

「そ、そやからうちからも謝ります。ごめんなさい」

 理解が追い付いていないのははやても同様のはずなのだが…おそらくはヴォルケンリッター達がなのはの部屋を荒らしてしまった事を申し訳なく思っているのだろう。

 ベッドの上ではあるが、深々となのはに土下座する。

 これに慌てたのはヴォルケンリッター達だ。

 自分達の失態で主に頭を下げさせてしまったと言う事もあるが…それ以上にはやての言葉に不穏な物を感じさせる単語が含まれていた。

「あ、主はやて、少々よろしいですか?」

 他の三人にレッツ&ゴーと無言の視線で促され、将の悲哀に内心で泣いたシグナムがはやてに声をかける。

「うん、何やシグナム」

「主は魔お…なのは嬢とお知り合いで?」

「魔王?シグナムさん今魔王って呼ぼうとしたよね?」

 再び黒い物を纏いだしたなのはから、シグナムが全力で顔を逸らした。

 どうにも最近、うっかり気味な発言が多くなっている烈火の将だ。

「よう分からんけど…うん、なのはちゃんはうちのお友達や」

「「「「なぁ!?」」」」

「本当はクリスマス・イブに皆集めて紹介するつもりだったんやけどな!!」

「「「「そんな!!」」」」

 超がつくカミングアウトだった。

ヴォルケンリッター達の努力の半分がこの瞬間に無駄になったのだ。

「はは、真っ白に…燃え尽きちまったぜ…」

「立て!!立つんだヴィータ!!そんな物で逃げられると思うな!!」

「私達を残していかないで!!怒られるときは皆一緒よ!!」

「ヴォルケンリッターの将、シグナムが命じる。生きろ!!」

「な、なんやのん?なんでヴィータが燃え尽きるんや?って言うかシグナム、ギアスなんて使えへんやろ?シャマルとザフィーラも、揃って何をテンパッとるんや?」

 いきなり小芝居を始めた家族の反応に、いくらはやてと言えど引かずにはいられない。

 自分の言った事が原因のようだが、どこがポイントだったのだろう?と首をかしげているが…さもありなん。

 ただの徒労ならば0になるだけで済むが、胸に手を当てて考えると数字の前にマイナスの横棒がつく…しかも相手がはやての友人と来れば、お茶目で済ませられない。

「…ねえはやてちゃん?」

「え?」

 そんな戦々恐々としたヴォルケンリッターの救いの手は…意外な事になのはから来た。

 はやてが名前を呼ばれて振り向けば、二人の視線が真正面から交差し…はやてが硬直する。

「な、なのは?」

 アリサもなのはの変化に気がついたようだ。

 それは彼女達がよく知る親友の顔でありながら、見た事もない|表情(かお)……魔術師、高町なのはの顔…感情が抜け落ちたような親友の表情に、はやてだけでなくアリサも息をのむ。

「はやてちゃんが手に持っている物…それが何なのか知っているの?」

「え?う、うん…これは闇の書、うちが今代の主になったデバイスや…ってあれ、でも何で闇の書がいきなりうちの所に来るんや?今までこんな事はなかったで?」

 クエスチョンマークを浮かべたはやてに、ヴォルケンリッター達がそろって顔を逸らす。

 そのあからさまな反応に気づかないわけがない。

「…あんたら、何したの?」

 はやても、自分の家族達が何やらただ事では無いことをやらかしたと気がつく…なのはの部屋をめちゃくちゃにしたどころでは無い何かもっととんでもない事を…。

「す、すいません主…実は蒐集を…」

「蒐集したんか!?」

 はやての声には、驚きと疑問の色があった。

「何でや!?うちは人に迷惑かけてまで手に入れる力なんかいらんゆうとったやないか!!」

「そ、それは…」

 驚きと怒りでヴォルケンリッター達を怒鳴りつけるはやてに、今度はなのは達がついていけない。

「……」

 なのははとりあえず、何も言わずにこの場を見守る事にした。

 何故この場に闇の書が現れたのかはなのはも気になるし、横から口を出す状況でもなさそうだ。

「とにかく蒐集は止めや!!迷惑かけた人たちには一緒に謝りに行ったるから、もう蒐集禁止!!」

「あ、あの…主はやて?」

「何?言い訳なら聞かんで?」

「い、いえ…その…」

「何や、はっきりせん子は嫌いや!!」

 言い訳を聞かないと言いながら、はっきりしない子は嫌いと言う暴君…その名は八神はやてが降臨している。

 それでも話さないわけにはいかないとシグナムが一歩踏み込んできた。

「もう蒐集の必要はないのです」

「「え?」」

 なのはとはやての疑問符が重なる。

「そらぁ蒐集せんでいいのはいい事やけど…え?“もう”蒐集の必要はないって?」

「それは…闇の書が完成したからです」

「え?ってきゃあぁ!!」

 はやてがシグナムの言葉に首をひねるのに合わせたかのごとく、闇の書から魔力が噴き出した。

 その名にふさわしい、闇色の魔力の奔流だ。

「は、はやて!?」

「ダメ、アリサちゃん!!」

「なのは!?はやてが!!」

 意味も理由も分からないが、はやての持っている闇の書に危険を感じたのだろう。

 アリサが手をのばしてはやてと書を引き離そうと掴みかかるのを、なのはが止める。

「お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!」

「おう、来い!!」

「カモンだよなのは!!」

「なぁぁぁぁ!?」

 大根を引っこ抜く感じで、なのはに放り投げられたアリサが宙を舞い、それを恭也が空中でキャッチして美由希が支える。

 一連の判断と行動までの速さに迷いが感じられない。

 親友だろうがフェレットだろうが、必要ならば躊躇なく放り投げるのが魔術師クヲリティとナイス家族の連携だ。

「まずい!!」

「暴走が始まった!?」

 物騒な言葉が耳に飛び込んでくる。

 背後に仮面男達の声を聞きながら、なのはは魔導師の精神状態で最善策を模索し…一秒にも満たない時間で決断した。

「レイジングハート!!」

『御心のままに…マスター』

 何時でも抜き打ちで放てるようにとチャージしていたレイジングハートは桃色の砲撃を放ち、天井を撃ち抜く。

建材が円形にくりぬかれた先には夜空が見えた。

「え?な、なのはちゃん?」

 いきなり、自室の天井をぶち抜いたなのはに、はやてが吃驚して目を丸くしているが、当のなのはは答えないし止まらない。

 どの道やる事は変わらないのだ。

「な、何するん?」

 はやてが何か言いかけたのを聞かず、問答無用で引き寄せて抱きしめる。

 いきなりなのはの腕の中に捕らわれたはやてが目を白黒させた。

「「主!?」」

「はやて!!」

「はやてちゃん!?」

「なのは!?」

「なのは、何するつもり!?」

「待て、なのは!!」

 なのはが何をしようとしているのかを察したのか、全員が二人の名前を呼ぶが、当のなのははそれに対してむしろ、よりしっかりはやてを抱きしめて離さないように固定する。

「飛んで!!」

『フライヤーフィン』

 なのはの靴に小さな翼が生えたかと思ったら、はじかれたように二人の姿が上昇する。

「結界!!」

 必要最低限の言葉を残し、二人は円い夜空に飛び込んで行った。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「ほ、ほわ〜う、うち…とんどるん!?」

 天井の穴をくぐり、空に飛び出した二人はさらに高い場所を目指して飛ぶ。

 一応、ぐんぐんと自分達の足の下で街が小さくなっていくのに、はやてがパニックを起して暴れ出さないかと注意していたが、杞憂だったようだ。

 むしろはやては持ち前の好奇心が刺激されたのか、眼下に見える海鳴の街をキラキラした目で見降ろしていた。

「はやてちゃん?」

「え?あ、なのはちゃん?」

 なのはが声をかけると、海鳴の街に目を奪われていたはやてがはっとしてなのはを見る。

 抱き合っている状態なので互いがすごく近い。

「…ごめんね」

「う〜ん、何をあやまっとるのか知らんけど…でもそれはなのはちゃんのせいやないやろ?」

 そう言うと、はやては視線を目の前のなのはから自分の胸元、二人の体に挟まれている闇の書に落とした。

 相変わらず、黒い魔力の奔流はとどまるところを知らず、なのはが強化の魔術を使ってはやてを抱きしめていなければ、引きはがされていたかもしれない。

「うちはなんも知らん、あの子達が何で蒐集していたのか、なんもかんも…」

「……」

「でもな、|闇の書(これ)が何かまずいことになっとるのは分かるんよ」

 なのはは答える事が出来なかった。

 確かにはやてはなにも知らないが…それでも一番大事な事は察しているようだ。

「なのはちゃんにも、うちの子達が迷惑かけたんやろ?でも、あの子達も理由なく誰かに迷惑かける子やないんや。それはうちが一番良く分かってる」

「はやてちゃん…」

「うちのせいなんやろ?そんできっと|闇の書(これ)のせいやね?」

「それは…」

 なのはは答える言葉を持たなかった。

 この状況が闇の書の引き起こしたものであるのは間違いない。

 だが、究極の原因は夜天の書を改悪した歴代の主であり、闇の書の防衛プログラム…それによって、はやてにも何らかの影響が出ているはずだ。

 思えば、はやての足が不自由なのもその辺りが原因ではあるまいか?

「巻き込んでしもうたのはうちの方や、堪忍ななのはちゃん?」

「ううん、いいの…なのはもお父さん達を助けたかったから…」

 あの場において、なのはが助けられるのは一人だけだった。

 ヴォルケンリッター達は自分達で何とかしてもらうにしても、士郎に美由紀、恭也にアリサとおそらくは階下にいたのだろう桃子……なのはが連れて逃げる事が出来るのは一人が限界、なのに助けたい人間は両手の数より多い。

 一人しか助けられない…一人だけなら助ける事が出来る。

 言葉遊びでしかないそんな結論が、魔術師としての思考がはじき出した答えであり、冷徹な現実であった。

「でもなのはは誰も選ばなかったの…」

 いや…選んだのだ…はやてを、ただしそれははやてを救うためでなく、はやてを犠牲にするため…暴走の中心であるはやてを、皆から遠ざける事で守ろうとしたのだ。

 本当なら闇の書だけを持って行くべきなのだろうが…闇の書の歴代主は例外なく“闇の書に取り込まれて死んでいる”……完成したとたん、自動的に|主(はやて)の元に転移してくるような代物だ。

 なのはが奪って逃げた所で、即座にはやての元に…みんなのいるなのはの部屋に舞い戻る可能性が高い。

 だから、なのはははやてごと闇の書を持って空に向かって飛び続けている…暴走が少しでも地上に及ばないように…。 

「ごめん、ごめんな…なのはちゃん…ごめん…つらかったやろ?」

 仕方ないとはいえ、友人を犠牲にするような選択を強いた上…なのは自身、もはや逃げるだけの時間は残されていない事を、友人を巻き込んでしまう事を…はやては理解していた。

 はやてのこぼした涙が、上昇する二人においてけぼりにされて軌跡を残す。

「うん…いいんだよ。はやてちゃん」

 しっかりと、互いの体を引き寄せあったなのはとはやての間で闇が爆ぜ、二人の少女は漆黒に飲まれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 高町家から少し離れた場所にあるビルの屋上で、二人の仮面男がうなだれていた。

「ど、どうしようアリア!?」

「落ち着きなさいロッテ!!」

 こうなってはもはや正体を隠す必要なしと、変身魔法を解いた二人はグレアムの使い魔の猫姉妹、リーゼ・アリアとリーゼ・ロッテだった。

 元の姿に戻った二人が見上げる空には、夜の闇よりなお暗い球体が浮かんでいる。

 なのはとはやてを飲み込んだ闇の書のなれの果て…今はまだ安定状態だが、いずれは記録にあるように暴走を開始するだろう。

 なのはの言葉で我に返ったシャマルが、とっさに封鎖結界を張って取り込むことが出来たが、暴走が始まってしまえば結界など何の役にも立つまい。

 ほとんど間をおかず破壊され、この次元そのものが破壊されるだろう。

「こんな…はずじゃ…」

 ロッテの呟きの通り、この状況は二人の計画した物から逸脱している。

 そもそも、蒐集が完了するのはまだ先だったのだ。

 あの場においての目的は、アリシアを人質に全員から魔力を蒐集する事と、厄介なルビーの無力化だった。

 リンカーコアが疲労すれば、最低数日は足腰立たなくなる。

“あれ以上の人員の動員が出来ない”アースラには余分な戦闘能力がなくなれば“目的”を達するのは容易い。

 残っているのはせいぜいリンディくらいになるはず…それが二人の計画であり、上手く行くはず……と思っていた。

「まさか人質の一人目で完成してしまうなんて…」

 最初から車田落ち並の勢いで思いっきり躓いてこけた。

 おかげでアースラはその戦力を消耗させるどころか、ほぼ無傷な状態で維持している。

 今は闇の書の転移でこちらの場所を見失っているのだろうが、やがては気付か、この世界にやってくるだろう。

 そうなれば、後は数の差で事が決してしまう…相手も同じ魔導師、二人だけではどうにかなるほど数の力は甘くない。

「ま、待ってロッテ、まだ失敗したわけじゃないわ…」

 最終目的のために、暴走が必要だと言う事は最初からわかっていた事…目的を達成する可能性が消えたわけじゃない。

「要は管理局の皆が駆けつけてくる前に、封印を済ませればいいのよ!!」

「で、でも…あの子はどうするの?」

「そ、それは…」

 ロッテの言葉に、アリアが言い淀む。

 誰と聞き返すまでもなく、なのはの事だ。

「場合によっては、あの子も“封印”しなきゃならないんだよ?」

 なのはが生きているかどうかは分からない。

 闇の書に主以外の誰かが巻き込まれるなど異例もいい所だし、前例があったとしても例外なく皆…闇の書の主と運命を共にしてきたはずだが、本格的に暴走の始まっていない今の状態でなのはが生きているかどうかは誰にもわからない。

まさにシュレディンガーの猫である。

「そ、それでも…あの悲劇をこれ以上くり返すわけには…」

『あはぁ〜み〜つ〜け〜ま〜し〜た〜よ〜♪』

「そう、あはぁ〜み〜つ〜け〜ま〜し〜た〜よ〜♪なのよロッテ…ってえ?」

 今…何か妙な声が会話に割り込んできた気がして、アリアが振り向けばロッテが直立不動で震えている。

 多分、自分も同じような感じなのだろうとアリアは思った。

 さっきから視界が小刻みに揺れているからだ。

「い、今の…ロッテ?」

 思いっきり首を横に振られたアリアが絶望する。

 姉妹である二人は、相手の姿に今の自分の姿を見た。

 聞き間違えでなければ、さっきの笑い声は二人にとっての天敵のものだ。

「ア、アリア?奴は間違いなく沈めたんだよね?」

「と、当然、私の全力全開だったんだから!!」

『ひと〜つ、人の世の生き血をすすり〜♪』

「「ひっ!!」」

もはや聞き間違いでは無い。

“奴”が来ている。

 しかもかなり近くに。

『ふた〜つ、不埒な悪行三昧〜♪』

「ど、どこ!?」

「油断しないで、ロッテ!!」

 二人は背中合わせに立ち、互いの死角をカバーしあう。

 しかし、肝心の奴の姿がない。

『みっつ醜いこの世の悪を〜』

「アリア、下!!」

「っな!?」

 声の音源に気がついたロッテが警告の声を上げるが、それに反応して飛び退くより早く、下の階から放たれた閃光が床をぶち抜いてきた。

『退治てくれようルビーちゃんビームーーー!!』

 眩しさに目を腕でブロックした猫姉妹に聞こえたのは、そんな訳の分からない声だった。

「…は!?」

 ショックに備えていた二人だが、そのままの状態で数秒待っても、予想していた衝撃は来なかった。

「何なのこれーーー!?」

 疑問を感じつつも目を開けてみたが、そこに広がる光景に絶叫する…たった数秒の時間を持って、世界が一変している。

 罅割れた大地と赤く曇った空…果てで天と地は分かたれ、世界はその二色の色のみで構成されている。

「転移…じゃないよね?」

「幻術でもないようよ」

 乾いた風の音が、踏みしめる大地の感触が…これがリアルだと、夢ではないと二人に伝えてくる。

『あはぁ〜』

「「っ!?」」

 再び聞こえた笑い声に、姉妹が背中を合わせて構える。

 互いの視界を補い合い、四つの瞳が声の主を探すが…いない。

「何所にいる!?」

「隠れてないで出て来なさい!!」 

『別に隠れてなんていませんけど〜そんなに言うなら今すぐそこに行きますね〜』

「「は?」」

 アリアとロッテの周囲に影がさした。

 なんだろうかと頭上を仰ぎみれば…。

『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん』

「「ひっ!?」」

 見間違えようもなく奴がいた。

 しかもでかい。

 巨大なルビーが降ってくる…降ってくる!?

「「にゃーーーー!!」」

 あわてて左右に飛んだ猫姉妹のいた場所に、巨大なルビーが突き刺さる。

「「な、なな…」」

『あはぁ〜固有結界、マジカル星に二名様ごぁんな〜い!!うぇるかむ・とぅ・まいわーるど〜』

 荒涼とした大地に巨大ルビーが刺さっている光景はシュールを通り越した恐怖の象徴だ。絶好調のルビーを前にして猫姉妹は、口を金魚のようにパクパク開け閉めする。

 上手く言葉が出てこないらしい。

『いっつあ、す〜ぱ〜るびーちゃんたーいむ〜♪』

 ルビーの言葉はネタ狙いか全部ひらがなだったが、可愛いと言うよりむしろ読みにくいのが先に立った。

 

 

説明
リリカルなのはに、Fateのある者、物?がやってきます。 自重?ははは、何を言ってるんだい?あいつの辞書にそんなものあるわけないだろう?だって奴は・・・。 ネタ多し、むしろネタばかり、基本ギャグ
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