リリカルとマジカルの全力全壊 A,s編 第十六話 What is your name?
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「それはつまり、認めると言う事で宜しいのですね?」

「ああ、認めるよクロノ」

 管理局の英雄と呼ばれるギル・グレアムは静かな口調で己の罪を自白した。

 勿論、クロノが証拠を固めてきたため言い逃れができないというのもあるのだろうが…グレアムの顔に浮かんだ表情には、何所か安らいだものが滲んでいた気がしたのは気のせいでは無いだろうとクロノは思う。

「…では確認します」

 だが、クロノはそれには触れずに話を続ける。

 今グレアムの中にある思いをクロノが理解する事はきっとできないし、出来ると思う事は傲慢だろうと思う。

 それは何処までもグレアムだけのものだ。

「11年前の事件から貴方は独自に闇の書の転生先を探していた。そして見つけたんですね…新たなる主となった八神はやてを…」

「その通りだ。そして私は闇の書の転生を止めたかった。転生する闇の書を止める方法は一つしかない」

 完成し暴走が始まるまでの間を狙い、極大凍結魔法によって両者を氷漬けにする。

 これによって闇の書は主を吸収して転生する事も出来ず、主共々永久封印するというのがグレアムの計画だった…のだが…。

「それが…まさか…杖一本に十年をかけた計画を潰されるとはな、しかも無自覚にか…私は何をしてきたんだろうなクロノ?」

「じ、自分にはお答え出来かねます」

 一気に老けこんで歳以上の老人になったグレアムから、クロノは気まず過ぎて視線をそらした。

 確かにグレアムは許されない計画を立て、ロッテとアリアを使って実行しようとした。

 それ自体に同情の余地はないが、それ以外の事については多少気の毒に思うくらいは許されるのではないかと思う。

そらした視線で周囲を見回せば、目に痛いほどに白い壁と書類タワーが乱立する室内はやたら白ばっかりだ…その純白は目に痛いほどで、クロノにもいささか覚えのある風景だ。

「また、増えましたね…」

 似たような修羅場を経験した回数がすでにふた桁にかかっているクロノにして見れば他人ごとでは無い。

 壁の白さは病院の証、間接的にルビーのせいで卒倒したグレアムだが、それ自体は数日で退院した…退院したのはいいのだが、その間に溜まった仕事が凄まじい量になっていて、その激務の為にほとんど間をおかずバック・トゥ・ホスピタルしたのだ。

 ただでさえ、管理局の騒動が治まらない昨今、猫の手も借りたい所での数日の休みはいろんな意味で致命的だった。

 それから数回、病院と職場を行ったり来たりしたグレアムは悟った…「どうせぶっ倒れるなら病院で仕事すればいいじゃない」と開き直ったのだ…そんなわけでこの有様である。

 まずはその頻繁にぶっ倒れる生活から改善しろと言いたいが、現在の管理局の状況がグレアムにそれを許さない。

 おかげでグレアムは締め切り間際の漫画家の如く、病室に缶詰で仕事を捌くはめになり、激務と療養を繰り返して外出も困難になった。

おかげで闇の書やはやてに対して何も行動する事が出来ず、猫姉妹に計画を丸投げするしかなかったんだそうな…しかもその姉妹はまとめてルビーにお仕置きされたというわけで、直接的にも間接的にもルビーのせいでグレアムの計画は潰されたというわけだ。

「ご、ごべんなさいおどうざま〜!」

「できのヴぁるいむずめでずいまぜん!!」

 マジ泣きのロッテとアリアがグレアムに縋りつく姿は、どうしようもなく哀れだった。

 全身に湿布を貼ってのろのろとしか動けないでいる姿は亀のようでもある。

 使い魔とは言え、外見も中身も女性な彼女達の姿は見れたもんじゃない。

 ルビーのお仕置きを受けた人間の末路は何時でも誰でも哀れである。

「ロッテ、アリア…お前達のせいでは無い」

「「お父様!!」」

 シップの匂いがとんでもないが、それでも嫌な顔せず愛娘を優しく抱きとめるグレアムに男を見た。

「それにしても空気が悪いわね、こんなんじゃ病気になるわよ?」

 しかし、その感動的なつながりを他人に求めるのは酷というものだろう。

 姉妹の湿布だけでなく、病院特有の消毒剤の匂いと、父娘による家族ドラマの熱気に当てられ、付き添いで一緒に来ていたプレシアが、部屋の空気を入れ替えようと窓を開けたのはなにも責められることでは無いはずだ。

 空気が悪いのは病人にとっていい環境とは言えないはずだから…。

「ああ!!開いた窓から風がーーーー!!」

「徹夜で終わらせた決算済みと未決算の書類が混ざる!!混ざってしまう!!」

「書類タワーが不吉な振り子運動を始めちゃったーーー!!」

 騒ぎを聞きつけて飛んで来た看護師さんにメッサ怒られました。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「…話を戻そう」

五人で仲良く頭にたんこぶを作り、椅子とベッドにそれぞれ座りなおして話を再開する。

あの看護師…相当な武闘派と見た。

元武装局員か何かじゃないだろうか?

しかも、グレアムを管理局の英雄と知ったうえで遠慮なく殴り飛ばすあたりが一番只者では無い。

「提督は彼女が天涯孤独となった時に、後見人になって色々生活の援助をされていますね?」

 差し出したのはグレアム宛の手紙と、はやてがヴォルケンリッター達と共に写っている写真だ。

 それを見たグレアムが目を細める。

「…家族がいない彼女ならば、悲しむものが少なくなると思った。それでもせめて…永久凍結で人生を奪ってしまう彼女に不自由な思いはさせまいと…偽善だな…」

 吐きだされたため息は深く重い。

 様々な思いが、その呼気には含まれていたのだろう。

「…提督のお話は分かりました。しかし、八神はやては犯罪者ではありません。闇の書の暴走が始まるまで彼女に永久凍結されるほどの罪はない。貴方がやった事は…違法です」

「クロスケ!!」

 クロノの物言いに反論の声を上げたのはロッテだ。

「そんなきまりに縛られていたら、どんどん被害者は増えるんだよ! 今ならまだ一人の犠牲で、沢山の人が救われるんだ!!」

「今からでも遅くない。私達を解放して…封印できるのは暴走が始まる数分間だけなんだ」

「法律を守らせる側にいる人間の言葉じゃないな、八神はやての犠牲を前提に話を進めるな、罪もない人間を永久冷凍するという事は殺人と同義だ。君たちは殺人に行くから自分達を解放しろと言っているんだぞ?」

「「うっ」」

 殺人…そのあまりにもストレートする物言いに、ロッテとアリアが息をのむ。

 まったく考えなかったという事はあるまい…文字通りの苦悩もして覚悟も決めたはずだが…改めて自分達がやろうとしている事を突きつけられてひるんだのだ。

 それが当然、人を殺すという事は割り切ったつもりでも割り切れるものではあるまい。

 管理局全体を見回しても、殺人を経験した人間は少ない、勿論ロッテとアリアにもないだろう。

 非殺傷設定という便利な物がある以上、結果的に死んでしまったという状況はあっても進んで命を奪う必要はない。

 だが、八神はやてのケースは違う。

 彼女には殺される理由がない、罪のない人間を永久封印する事は、いい訳の効かない“殺人”だ

「そんなに気に入らないなら管理局何かやめてしまえ」

「くっ!偽善で誰が救えるの!? 実際に100人は一人の百倍で、1000人は一人の千倍だ!!クロスケは一人の為にその何倍もの人を見捨てるの!?」

「命を数で数えたいなら、自分の命だけ数えていろ、他人の命を勘定に入れるな」

 必死で言葉を重ねるロッテと、クロノの言葉少ない冷静さは対照的だった。

「ロッテ…本当に命の価値が平等なら、大勢を救うために一人を犠牲にするという理屈は通るだろうが、“命の価値は平等じゃない”んだよ。世の中には娘の命を取り戻すために、世界その物にさえ真っ向から喧嘩を売る母親だっているんだ」

 クロノの言葉にプレシアが身じろぎしたが、それ以上何も言わずに黙っている。

「命の使い方なんて、他人が決めていいものじゃない。ましてや犠牲なんて、他人に押し付けられていいもんじゃない」

「そ、そんな奇麗事で…あんたのお父さんだって自分を犠牲にしてみんなを助けたんだよ!?」

「ロッテ…それは父さんに対する侮辱だ」

「な!?」

 意外過ぎるクロノの反応に、ロッテが言葉に詰まった。

 本気で怒っているのが、その睨みつけてくる目を見れば良く分かる。

「父さんと八神はやては違う。父さんは自分から命を投げ出して皆を救おうとした。八神はやては破滅の運命を押し付けられた被害者にすぎない」

 前提からして違うのだ。

 クライドの自己犠牲と、望まぬ力を手に入れただけのはやてを比べるのは……侮辱だ。

「クロノ…あんたも闇の書の被害者でしょ」

 絶句したロッテに代わり、アリアが憐憫の表情でクロノを見る。

 この歳で執務官になるのは容易なことでは無い。

 クロノ・ハラオウンの才能が、もともと低かった事を、彼の体術と魔法の師匠であったロッテとアリアは知っている。

 それなのに、彼は執務官となった……その原動力に、闇の書に対するわだかまりがなかったということはあるまい。

「…もういい、ロッテ、アリア…もう良いんだ」

 沈黙が降りてきた病室の時を動かしたのは、グレアムの静かな言葉だった。

「クロノ、一つだけ聞かせてほしい。そこまで言うのなら、何か策はあるんだろう?」

「あります」

 返事は即答だった。

「かなり運の関係するプランで、最終的には人任せになりますが、この方法ならばきっと皆が救われます」

「そんな都合のいい話があるのかい?」

「正直、成功するかは未知です。確率は低いというほかありません…しかし…」

 揺るぎなく自分に向けられるクロノの視線を、グレアムは真正面から受け止めた。

「それでも、最後の瞬間まであきらめません。全力全開で。何故ならば、僕達が諦めるって言う事は、それだけで誰かの命や大事な物が失われるのだから…」

「……その通りだ。我々は常にぎりぎりの所にいる」

 クロノの言葉に頷いたグレアムは…しかし、一転して苛烈な目でクロノを見る。

 管理局の英雄…その本気の威圧感に吹き飛ばされるような感覚を覚えながらも、クロノは耐えた。

「もし、君の計画が失敗し、闇の書の暴走が始まってしまった時、君はどうする?」

「その時は、この手で止めます」

 暴走した闇の書を止めるには、主の死が必ず伴う。

 クロノはそれを自分の手でやると宣言した…それはかって、グレアムが通って来た道だ。

「…人の命を奪う重さを背負うつもりかね?」

 グレアムの視線がクロノから落ちて自分の手を見る…この手が十年前、アルカンシェルの引き金を引き、闇の書に犯された時空航行艦エスティアをクライドごと消滅させた。

「…救おうとした相手を殺す矛盾は…重いぞ?」

 体験者の語る真実だろう。

 グレアムは、管理局の中でも少数の…その手で人の命を奪った経験のある人間だ。

 そして、クロノの父に安らぎをあたえた人物…仕方がなかったこともある。

 グレアムのやった事は最善であっただろう…しかしそれは、本人が人を殺したと自覚している以上、慰めにもならない。

「…クロノ」

「はい…」

「……いい執務官になったな?」

「いえ、まだまだ若輩者です。僕だけの力ではありません。本当は提督に偉そうなことを言う資格なんてないんです」

 クロノは一度、フェイトを見殺しにしようとした。

 明らかに操られている少女を、保護しなければならない対象を、より多くの為に犠牲にしようとしたのだ。

 それをルビーに救われ、士郎に諭された。

「良い…出会いに恵まれたようだ」

 クロノの告白を聞いて、グレアムは眩しい物を見るかのように目を細めた。

「願わくは、それを教えるのは私でありたかったが、そんな資格も必要もなかったのだな…」

「提督…貴方はこの十年、ずっと探していたんじゃないんですか?八神はやてを死なせることなく、闇の書を封印する方法を…誰もが幸せになるそんな方法を…」

 クロノの言葉に苦笑して、グレアムは頭を振った。

「…私には、あの子を犠牲にする方法しか…他に手だてを思いつかなかった。十年前も、今この時も考え続けていると言うのにな…」

 彼が重ねた十年分の悩み、葛藤、罪悪感…それはきっと、この老人の肩に重い荷物となって積み重なっていたのだろう。

「せめて、相談してほしかった。何故全て一人で抱え込んでしまったんですか?」

「すまない。言い訳になるかもしれないが、君達を巻き込みたくなかった」

 グレアムは…己が犯罪を犯す事には覚悟できても、クロノ達まで犯罪者にする覚悟は持てなかったのだろう。

 本当ならはやてを犠牲にする事だって割り切れていまい……もし納得しているのなら、そんなつらそうで疲れた顔はしないはずだ。

「「……」」

 会話が途切れ、言葉が消えた。

 何かを言ってもそれは全て無粋な音でしかないと誰もが分かっている。

 それに、たとえ言葉がなくても伝わる物はあるはずだ。

「…現場が心配ですので…そろそろ行きます」

「そうか…」

もはや話す事はないと…見舞客用の椅子から立ち上がったクロノを見て、グレアムはサイドチェストの引き出しを探ると、カード状の待機状態になっているデバイスを取り出してクロノに差し出す。

「これは?」

「闇の書を封印する為に用意していたデバイス、デュランダルだ。極大凍結魔法がインストールしてある。もって行きなさい」

「ありがとうございます」

 差し出されたデュランダルを、クロノはガシッと力強く受け取った。

 持っているグレアムの“腕ごと”…。

「お、おや、クロノ?何でデュランダルではなく私の腕を掴むのかね?しかもマダムプレシアまで襟首を掴んで部屋から引きずり出そうとしている気がするのだが?」

「ご安心ください。それは気がするでは無く現実で事実ですから」

「誰が、子供達に丸投げして病室で隠居なんて決め込ませると思っていたのかしら?甘いわね」

 ずるずると、少なくとも病人相手にする行動では無い乱暴さでクロノとプレシアがグレアムを引きずって行く。

「提督にも一緒に現場まで来て見てもらいます。申し訳ありませんが拒否権はありません」

「…私に、自分の罪を直視しろと言う事か?」

「いえ、もっと単純にあの連中がどれだけ規格外れでたくましくてあきらめが悪いかを体験してもらいたいと思っているだけですよ」

「あとは、ちゃんとはやてちゃんに面と向かってわびを入れさせるためね」

「急がないと見せ場が終わってしまうかもしれないので急ぎましょう」

 グレアムが見たクロノとプレシアの横顔は、悪戯っ子のようなニャリ笑いが浮かんでいた。

「…何か君、変わったな?」

 小さい頃から見知っているクロノの短期間での変化を見て、クロノをこれだけ変えた連中との対面にグレアムは戦場で感じた恐怖に近い物を感じていた。

 男子三日あわざればと言うが…これは何か違う気がする。

「お、お父様」

「まって〜」

 自分の弟子であった少年の、あまりと言えばあまりな物言いと行動にあっけに取られ、部屋を出て行ったあとではっとした猫姉妹が三人を追いかけて部屋を飛び出していく。

 そして誰もいなくなった…残ったのは書類タワーだけだ。

 再び彼等がここに戻って来たとき…追加とか追加とか追加とかでとてつもない状態になっていたりするのだが、それはまだまだ先の話だったりする。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 そんな風に、クロノ達が一つのヤマを越えた同時刻、あきらめが悪くてたくましいと評された連中が何をしていたかと言えば…緊張が臨界点に達しようとしていた。

 もっと正確なところを言えば、ルビーを構えたアリシアと闇の書の間でバチバチっと火花が飛び、他の面子はそれを囲んで緊張しているという構図だ。

『あはぁ〜いっきますよ闇の書さん?準備は十全ですか?』

「受けて立つニャ!!」

「が、頑張りますから!!」

 見た目は一騎打ちではあるが、どうにもアリシアが添え物の感が強い。

 闇の書との対峙において、主導権を握っているのは明らかにルビーだ。

『受けて見てください!!』

 宣言とともに、ルビーの“口撃”が飛んだ。

『生麦生米生卵!!』

「ニャまむぎニャまごめニャまたまご!!」

『斜め七十七度の並びで泣く泣くいななくナナハン七台難なく並べて長眺め!!』

「ニャニャめニャニャじゅうニャニャどのニャらびでニャくニャくいニャニャくニャニャはんニャニャだいニャんニャくニャらべてニャがニャがめ!!」

『ぜんぜん違う言葉になっていますが可愛いので合格です!!』

「わーい、ありがとうニャ〜!!」

 合格って…何が?

『合格した闇の書さんにはこのとりいだしましたる最高級鰹節を進呈〜』

「わ〜い、嬉しいニャ〜」

 ルビーが闇の書を手懐けてやがる!?

「な、何やってんだよお前らーーー!!」

 何処から取り出したのか本当に謎な鰹節を差し出すルビーと闇の書に、ヴィータの文句が飛ぶ。

 ヴィータの言う事は尤もだろう。

 血わき肉踊る弾幕戦や、真正面からのガチンコな接近戦、無数の砲弾を華麗な動作で回避するとかそう言う魔法決戦をイメージしていた所に…こんなほのぼの感はない。

「戦うんじゃなかったのかよ!?」

『戦うですって!?そんな…こんな可愛い生き物を相手に闘えと!?』

「何でそこで文句が出る!?何が可愛いんだよ!!」

「ニャ?」

 文句を叩きつけるヴィータと、ちゃっかりゲットした鰹節をかじっていた闇の書の視線が交差する。

「な、なんだよ…」

「じ〜〜〜」

 闇の書は何も言わない。

 ただ自分を見ているヴィータを文字通りの意味でじっと見ているだけだ。

 何となく二人の間に割り込む事が躊躇われ、再び両者の対峙を全員で見守る形になってしばらく…。

「……………………おふ」

「ヴィータちゃん!?」

 いきなりくらっと膝からきたヴィータを慌ててシャマルが支える。

「だ、大丈夫なのヴィータちゃん!?何があったの!?」

「目…」

「目?」

「あいつ…目の色がピュア過ぎる」

 闇の書の目は…本当に猫の目のようだった。

 しかも純真無垢な子猫のそれ…なんだこの癒し系生き物は?

「あんな奴をハンマーで叩くなんて天が許してもあたしが許さねえ…」

「そこまで言う!?」

「後悔が…先に立っている!?」

 シャマルが呆れを通り越しておっかない物を見る目でヴィータを見た。

 ザフィーラも、いつものクールさを崩してあきれている。

 闇の書VSヴィータ…戦う前に勝負あり…世界の危機のはずだが、存外以上に余裕綽綽みたいだ。

「…テスタロッサ、少しいいだろうか?」

「え?」

 完全に取り残された感じになっていたフェイトに話しかけてきたのはシグナムだ。

「すまないが、君の上役に聞きたい事がある」

『何か御用かしら?』

 シグナムの願いに、フェイトが返事をするより早く答えたのは、空間に投影されたウィンドウの中のリンディだった。

 こちらの状況は常にモニター済みのようだ。

「ありがたい、こんな事を聞くのは正直筋違いだとは思うが、管理局が調べた闇の書に関する事実は正しいのか?」

『どう言う意味ですか?』

「我々も記憶の欠落があって正しく断定はできないのだが、“アレ”はとてもじゃないが世界を破壊するようには見えないのだが」

『それは…』

 リンディも同じ思いだったのか、戸惑っている。

 闇の書は数々の破壊を繰り返し、リンディにして見れば彼女の夫の仇だ…敵のはずなのに、出てきたのが天真爛漫で無邪気な猫娘が一匹である…二人の胸に去来するやるせなさの正体は何だろうか?

例えるならば、「お前も蝋人形にしてやるーーー!!」な感じのデーモン的な閣下や、放送禁止用語を一秒間に十数回叫びやがるデスメタルな二世が来ると思っていたら、萌え萌えなコスプレッ子が出てきた感じ?

 あながち間違っていない所が実に“アレ”だ。

「ニャ?」

『「ん?」』

 妙な声に、シグナムとリンディが振り返って見れば、ネコ耳をぴんとたてて何かを考え込んでいる闇の書がいる。

 まさか二人の話が聞こえたのだろうか?

 あまり大きな声ではなかったはずだが、耳が四つになっているのは伊達では無いのか?

「おお〜」

 やがて何かに思い至ったのか、闇の書がポンと両手を叩いて納得の顔になる。

「思い出したニャ、私は色々壊すために出てきたんだったんニャ!!」

「「「「「「「何――――!?」」」」」」」

 こいつ…ひょっとしなくても自分の存在意義をきれいさっぱり忘れていたのか?

 いくらヴァーカだからって…むしろヴァーカだからこそ?

「ありがとうシグニャム」

「「「「「「シグナムーーーー!!」」」」」」

「わ、私のせいなのか!?」

 では誰のせいかと言えば…やはりシグナムだろう。

 他に該当しそうな人間がいない。

「よ〜っし、やりたい事とやるべきことが一致したとき、世界の声が聞こえるんニャ!!」

「「「「「「そんな声は聞かんでいい!!」」」」」」

 騙されるな

それはきっと…

守護者フラグ

……字余り。

「だが断るニャ!!」

 断られてしまった。

 五指を開いたまま、前に突き出された両手…合計十の指先に、闇色の魔力が灯る。

「げ、あれは!!」

「知っているのかアルフ!?」

「なのはさんの魔術だ!!」

 ザフィーラとアルフのやり取りで、その危険性をすぐさま悟った全員がシールド魔法を展開する。

 逃げるだけの時間はないし、背中を見せるのはもっと危険だ。

「俺の両手はマシンガンニャ〜!!」

 砲口となった指先から、まさにマシンガンと言った風情の魔力弾が放たれた。

 散弾銃のように面の火力となったそれは、各々が展開したシールドに当たり、傘に降り注ぐ豪雨のような音を立てる。

 幸い、魔力弾にはシールドを貫通するほどの威力はないようで防ぐことが可能だったが…。

「うおおおお!!押し込まれる!?」

 ヴィータの言葉は悲鳴だった。

 一発一発は十分防げるのだが、それが恐ろしいまでの連射力で休みなく放たれれば話が違ってくる。

 弾幕の圧力でシールドごと後退させられる威力と言うのは詐欺だ。

距離をあけられるのもまずいが、反撃の隙がなくて防戦一方なのが一番まずい。

 一瞬でもシールドを解除して攻勢に回れば、その瞬間魔力弾の波にのまれて撃墜されてしまうだろう。

『むう〜これ本物のガンドですね〜』

「痛い痛い痛いちょっと痛いです!!」

 仮とはいえルビーのマスターになったアリシアは、常にAランクの魔術防御が掛っているはずなのだが、その防御をわずかとは言えこのガンドは上回っている。

 つまり、防御がなければ痛いでは済まないと言う事だ。

 本来の使い手のなのはでもここまでの威力はないはず…どうやら威力を底上げされているらしい。

『取り込めたら魔法だけでなく、魔術まで再現可能とは…これはちょっと予想外でしたね〜』

 魔術と魔法の両立、その厄介さはほかならぬなのはが証明してくれている。

 意外にも厄介な敵だ。

「ル、ルビーさん、感心している場合ではないと思います!!」

 アリシアの言う通りだ。

 今の所はしのげているが、各々の持つ魔力は無限では無い。

 闇の書に蒐集した魔力の量を考えれば、まだまだ向うは元気いっぱいだろう。

このままの状況ではジリ貧、いずれ力尽きた所で一気に持って行かれる。

 さっきののんびりほのぼの展開から一転、やはり(シグナムの)口は災いのもとと言う事か…。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「シグナム…」

 闇の書の中から、全てを見ていたはやては体を小刻みに震わせていた。

 ぐっと握りしめた拳が、彼女の感情の高まりを表しているのだろう。

「クールなのに天然…何って美味しい子なんや…あの子には天性のボケ役の才能がある!!」

「何でやねん?そう言う問題じゃないよはやてちゃん!!」

 こっちはこっちでボケるはやてに、なのはが突っ込みを入れる。

 偉大なる先達に倣って、平手の甲で突っ込みを入れてやったら、はやてが満面のドヤ顔になりやがった…この根っからのお笑い体質娘が!!

「はやてちゃん、今の状況が分かっているの?少し頭冷やして真面目になろうか?」

「ぬわ!?なのはちゃんの顔が阿修羅面怒りに!?マジすんませんした!!アシュラバスターはマジ勘弁や!!」

 速攻で謝りいれて許して貰いました。

「それはともかくなのはちゃんだけでなく、フェイトちゃんとアリシアちゃんも魔女っ娘やったんか〜」

「う、うん…」

 映像の中で堂々と変身したアリシアにはもはや言い訳の仕様もない。

 まあ、ここまでくればもはや秘密にする理由もないのだけれど…そう言えばアリサにもばれてしまったのだった。

 どうやって説明するか、今から頭が痛い。

「なぁなのはちゃん?ちょっと聞きたい事があるんやけどな〜?」

「な、何?って近い、近いよ!!それに怖い!!」

 いきなりはやてが両肩を掴み、触れ合う寸前の至近距離まで顔を寄せてくればなのはだって慌てる。

「わたしとアリサちゃんが魔女っ娘を探しとるってしっとったのに黙っているなんて、ちょっと友達がいなさすぎとちゃうんかな?」

「に、にゃ…」

「ひょっとしてあん時の魔女っ娘はなのはちゃんだったりするんか?」

「え、えっと…」

 態度は時として言葉より雄弁に物を語る。

 このなのはのリアクションとかがいい例だろう。

「…まあええよ」

「え?いいの?」

「う〜ん、言えない理由とかあったんやろ?わたしも闇の書の事とか黙ってたわけやしね」

 ある意味、この原因の一端でもある。

 もう少し早く、なのは達が闇の書を見つけていれば対処の仕様も変わっていたはずだ。

「う、うん…ごめんね」

 はやてが…あのはやてが頭良く見える。

「失敬な、学校には通えとらんけど、自宅学習でちゃんと勉強はしとるんよ!!」

「はやてちゃん…まだ見えない誰かとお話ししているの?」

「お、またやってしもうたか…」

「ダメだよ。他の人が見たら頭が悪い子に見えちゃうから」

「そうやね、気をつけんと」

 このやり取り…いくら互いになれた物だからと言ってもおかしくはないだろうか?

「所でなのはちゃん、あのアリシアちゃんがもっとる杖は何?」

「え?」

 思わずぴくりと反応してしまった。

「ル、ルビーちゃんがどうかしたの?」

「うん、あの杖を見ているとな〜」

「見ていると?」

「何かいい相棒になれそうだなーって気がするんや」

 それは誰にとっても最悪の未来だろう。

「きっと私達はお笑いで天下を取れる気がするんや!!」

「そっち!?」

「しっかし実際問題どうしたもんかなあ〜この状況?」

「あ、忘れてなかったんだ」

 急に話が飛んだ事より、はやてが今の状況の事を忘れていなかったことの方に地味に感心してしまうなのはの反応も、どうしたもんかな?であるがこの際それは置いておこう。

 周囲は相変わらず果ての見えない闇、外では闇の書が本格的に破壊活動を始める気配を見せているというかこの時点で外の面子が結構押され気味と来た…ぶっちゃけ時間がないし放っておけない。

 ベストなのは、この空間から出て外にいる皆と合流する事なのは間違いがない…間違いはないのだが、外に出るにしても扉の一つも見つからないと言う不親切設計と来ている。

 さて、なのはとはやてにできる事は何だろう?

「あうう、砲撃を撃ったらここから出られないかな?」

「…なぁなのはちゃん?さっきからなのはちゃんの言動がとっても|危ないよう(トリガーハッピー)な気がするのは気のせいかな?」

 “まだ”一部であるが、既に危険人物指定されているなのはの本性を感じているようだ。

 友人の知らなかった一面を前にして軽く引いているようにも見える。

『なのは様、少々よろしいでしょうか?』

「レイジングハート?いい案があるなら少々じゃなくてどんどんよろしいよ」

『ありがとうございます。ここは一つ、闇の書に最も詳しい人物からアドバイスを貰うのが賢明かと思われます』

「「おお〜」」

 なのはだけでなく、はやても関心の声を漏らした。

 たしかに、詳しい人間から打開策を聞くのは正論だし、今まで思いつかなかった方が不思議なくらい正攻法だ。

どうも平常心のつもりでいるのは本人だけで、なのはもはやても思考の視野狭窄に陥っていたらしい。

「レイジングハート、その詳しい人って言うのは?」

『勿論、あの管理人格の女性です』

「ありゃ?そう言えばお姉さんがおらんようになってるな?」

 妙に静かだなと思ったら何の事はない。

 物理的に人数が減っていればそれは静かにもなるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「よ、よろしくに…ニャン」

 その一言は、暗い闇の中に消えて行った。

 元々、ぼそりとした呟きに近い声量だ…二度と戻ってくる事はないだろう。

 それでいい…。

「あ、ありがとう…ニャン」

 二度目の呟くような言葉とともに、彼女は膝をついてうなだれた。

 全身から絶望とかやっちまった感とか…いろいろ目に見えない物が流出しているような気がする。

「だ、駄目だ…私にはとてもあんな風には…」

「お姉さん…こんな離れた所で何してるんですか?」

「ニャーーーーーー!!」

 最後の悲鳴だけは本当に猫のようだった。

 それはなのはの特技なんだがな…そして振り向いた先にいたのは本家本元の高町なのは、全部見られたとほとんどタイムラグ無しで理解した女性は、全身が真っ赤になって湯気まで出し始めた。

「ち、ちゃう!!ちゃうねん!!」

「いきなり関西弁!?」

「魔、魔が!魔が差しただけなんです!!魔導書だけに!!」

「え、えっと、えっと。上手い!!山田君座布団一枚!!」

 何所の笑点だ?…慌てる女性に釣られて、なのはも訳が分からなくなっているらしい。

 十枚たまったらだれがハワイに連れて行くんだろう?

「ああ、二人共まず落ち着こうか?」

「主!?」

「はやてちゃん!?」

 そんなカオスに待ったをかけたのは、意外にもはやてだった。

「なのはちゃん、察してやろうや…自分のそっくりさんが外であんな可愛い可愛いって大絶賛されたらなぁ?分かるやろ?」

「だ、だね…自分も試したいと思っても仕方ないよ。誰だって可愛いなんて言われたら嬉しいはずだよね」

 はやての言いたい事を理解したなのはがなるほどと納得しつつフォローに加わる。

「あ、主…」

そんなはやてのフォローに、女性が感動して目を潤ませている…って言っちゃ悪いから口にはしないが…この人も案外|簡単だ(ちょろい)な…。

「せやから恥ずかしがらんでもええんよ?私達女の子やん?可愛くなりたいと思うのはこれ本能や!!」

 はやてが力説している…内容的に間違っているとは思わないが、大声で断言するほどの事でもないような?

「主、ありがとうございます!!」

「あ、落ちた」

 感極まり、はやてを抱きしめる女性を見ながら、なるほどこれが攻略すると言う事かと理解した。

 反応の仕方がフェイトと似ている。

 おまけに、抱き合う二人はそのままの流れで自分達だけの世界を作り出しているので、入っていく事が出来ないなのはは、おミソにされて放置だ。

「…あれ?ひょっとしてなのは、ダシにされてない?」

 実に美味な味噌汁が出来そうではある。

 はやてもはやてで、彼女に見えない位置からぺろちゃんのように舌を出し、親指を立てて見せるのは何か?

 そのとーりとか言いたいわけかこの女?

「そんでな、お姉さん?」

「はい、何でしょう主はやて?」

 完全にデレたお姉さんが、はやての質問に即座に答える…とっても嬉しそうだ。

 きっと彼女の属性は犬だな。

「わたし達、そろそろここから出たいんやけど、どうしたらいいかな?」

「そうですね、現状において主はやては書のコントロール権限を持っています。しかし、防衛プログラムが管理者権限を掌握している為に何もできない状態です」

 要約すれば、コントローラーは持っているが、それが肝心の本体に接続されていない状態と言う事らしい。

 つまり宝の持ち腐れと言う事だ。

「どうしたらええの?」

「まず、外に出ている私は防衛プログラムそのものです。これを何らかの方法で一瞬でも停止させれば、その隙をついて管理者権限をこちらに移し替えることができます」

「もっと簡単に」

「外にいる誰かが全力全開の魔力でぶん殴ればOKです」

 思いっきり端折られた。

 全力全開はなのはの十八番なのだが…まあ外にいる連中でもやってやれない事はあるまい。

 むしろあのキュートな生き物に攻撃できるかという所に不安があるくらいで…やばい、それは本当にまずい問題だ。

 あのルビーが邪魔になりそうな気がする。

「よ〜し、そうと決まればちゃっちゃと行こうかお姉さん?…ってそう言えばお姉さんって何って名前なん?」

 思えば、最初に会った時に管理人格としか名乗られていない。

 ずるずるとそのまま来てしまったが、これから協力して事に当たるのだ。

 名前すら知らないというのはいくらなんでも不義理というものだろう。

「私は…私には名前はありません」

 彼女はあっさりとそう答えた。

 書を管理する為に、固有の名詞など必要なかったのだろう。

 あえて言うのなら、闇の書というのが彼女の名前という事になる。

「そっか、そんならわたしが名前をつけたる」

「名前を…」

「そうや」

 はやての声に厳かな響きが混じり、彼女はその足元に膝をつく。

 それは正しく臣下と王の姿だった。

「夜天の主の名 において汝に新たな名を贈る。 強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、 リインフォース…あんたの名は今この時からリインフォースや!!」

「恩命受諾、固有名詞リインフォースを登録しました。ありがとうございます主」

 ここに契約はなされた。

 ただ巻き込まれただけの少女は、己の意志でより深くかかわる事を選び、王となったのだ。

「さあ、そろそろ私達もパーティーに乗り込むでー!!」

「はい、主!!何処までも付いて行きます!!」

 あれ?

 そういえば、なんで|お前(はやて)が音頭を取る?

 |主人公(なのは)はどうした?

「ねえレイジングハート、なんだか最近、なのはの影が薄くなってきて向こうが透けて見える気がするの、気のせいなのかな?」

『なのは様…』

 レイジングハートは答えなかった。

それはなのはの心情を慮ったか、あるいはデバイスの悲しさでマスターに嘘がつけないからだったのか…とりあえずなのはのテンションが駄々下がりなのは間違いない……大丈夫なのかこの世界!?

 

 

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リリカルなのはに、Fateのある者、物?がやってきます。 自重?ははは、何を言ってるんだい?あいつの辞書にそんなものあるわけないだろう?だって奴は・・・。 ネタ多し、むしろネタばかり、基本ギャグ
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