境界線上のホライゾン〜後悔を背負いし者
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               序章  『武蔵の後悔者』

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             後悔とは常に背負うものであり

             後悔とは常に糧となるもの

                           配点(後悔者)

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 白い月が二つ浮かぶ空に白い船が行く。表層部に町や自然公園を乗せた航空都市艦だ。中央に戦後二艦、左右に前後三艦を列した艦影群は、その先頭から後尾で数キロに至る。

 中央前艦武蔵野≠フ艦首付近、展望台となっているデッキの上で黒髪の自動人形が武蔵を見下ろしていた。

 

「何か目を惹くものでもあるのか、武蔵さん?」

 

黒髪の自動人形を武蔵≠ニ呼んだのは、彼女と同様の黒髪に白と黒を基調とした極東式制服を着た少年だ。腰裏に一本の線が横に伸びている。漆黒の槍だ。

 

「これは秀康様、おはようございます。――以上」

 

振り向いた勢いで侍女服のスカートを風で膨らませながら武蔵≠ヘ秀康に挨拶した。

 

「おはよう武蔵さん。今日は酒井学長とは一緒じゃないんだね」

 

秀康は話を続けながら武蔵≠フ横に並び、先ほどの武蔵≠ニ同様に武蔵全艦を見渡す。全長一〇八〇メートル・幅一四〇メートルの大きさを誇る準バハムート級航空都市艦である武蔵は八重襲名している。

右舷一番艦品川

右舷二番艦多摩

右舷三番艦高尾

中央前艦武蔵野

中央後艦奥多摩

左舷一番艦浅草

左舷二番艦村山

左舷三番艦青梅

これら八艦で武蔵なのだ。

 

「jud.いつも一緒にいるわけでありませんので。それにここ最近では酒井様よりも秀康様と一緒にいる時間の方が長いかと……。

――以上」

 

「jud.。武蔵さんといると落ち着くからね」

 

自動人形に魂はあるが、感情はない。だけど、と秀康は思う。自動人形に感情があると。ただ起伏が小さいだけで、親しくなればその起伏に気付ける。現に誰に対しても名字で呼ぶ武蔵≠ヘ秀康のことだけを名前で呼ぶ。

 

「…………秀康様はやはり変わっていますね」

 

「組の連中はもっと変わっているよ」

 

秀康は早朝から行列を作っている店の前で待ち遠しそうにしている仲間を見ながら苦笑した。武蔵生徒会長兼武蔵総長連合総長こと葵・トーリだ。全裸ネタが大好きな変な奴だ。おそらく秀康のクラスで一番の変わり者だ。

 

「さて、と……そろそろ授業が始まる時間だな」

 

行列から奥多摩に視線を移した秀康の目には教導院がある。武蔵アリアダスト教導院だ。その正面、橋の上で女教師と生徒が集まっていた。

 

「三年梅組集合――。いい?」

 

黒の軽装甲型ジャージを着た女が橋の上に立っていた。その眼前には極東式制服を着た生徒たちが集まっている。人やそうでない者たちだ。

 

「ではこれから体育の授業を始めます。――ルールは簡単よ。品川の先にあるヤクザの事務所に全速力で向かうから貴方たちはそれについてくること。そっからは実技ね」

 

彼女は背の剣を手にして鞘のまま脇に抱えた。ブランドIZUMO≠フ長剣だ。

 

「休んでいる子はいる?」

 

それに答えたのは黒の三角帽を被った第三特務<}ルッゴット・ナイトだ。

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョウ、それとユウちゃんがいないね」

 

それに続いたのは第四特務≠フマルガ・ナルゼだ。

 

「正純は多摩の小等部の講師をしていて、午後から酒井学長を三河へ送りに行くから自由出席の筈。トーリは知らないけど、

秀なら――」

 

「俺がどうかしたか?」

 

ナルゼの頭に手を置きながら秀康はナルゼの言葉を止めた。そして撫でる。ナルゼは目を弓にしながらくすぐったそうにすると、秀康の手を両手で押さえてきた。もっと撫でてほしいと言いたげそうな顔で。

 

「ギリギリセーフね」

 

「遅くなってすみません、真喜子先生。武蔵さんと少し話していたので。それはそうと、実技だよね。腕がなるねー」

 

秀康は槍を手に取って片手で持つ。厳重に捲いた神奏術の包帯は外さない。基本、武装を禁止されている武蔵で得物の剥き出しは戦闘意志があると勘違いされてしまう可能性がある。剥き出しにしていても聖連側は無視だろうけど。

 

「あはは。いい心境ね」

 

オリオトライは微笑み、

「――んじゃ」

 

背後に跳躍した。目指すは右舷中央通りだ。後悔通り≠ニ俗称されている。オリオトライは入口に差し掛かる際、右の路肩にある石碑を目にする。

 

―――― 一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同

 

梅組の始まりとなった少女の名前だ。オリオトライは目を瞑って一瞬の黙祷を捧げてから、足を踏み込んだ。後方からは「くそ」と悔しがる声がする。だがオリオトライは感じた。背後から猛スピードで迫り、そして出し抜かれなかった唯一の生徒を。

 その生徒はオリオトライの横に並んで並走する。秀康だ。

 

「黙祷ありがとね、真喜子先生」

 

笑みを浮かべながら秀康は感謝した。だがその瞳は儚げに沈んでいる。秀康の姓は結城だが、それは襲名してからの姓だ。以前は松平、三河家当主、松平・元信の息子として姓を名乗り、同時に嫡子、松平・信康の襲名をしていた。そして聖譜記述に則って自害したことになっている。そして松平の姓を捨てた秀康は武蔵へ左遷された酒井学長と共に武蔵へと流れ、

 そこでホライゾンと出逢ったんだよな……。

 ホライゾンは真面目で厳しくて、でも誰よりも優しい少女だったと秀康はホライゾンと初めて逢った日を思い出す。武蔵に流れた当初の秀康は心ここに在らずといった感じだった。世間一般では自害してこの世には存在しないということになっているのだから仕方がない、誰もがそう思う中、ホライゾンだけは違った。

 

「先生、その時ホライゾンは俺になんて言ったと思う」

 

後悔通りをオリオトライと並走しながら秀康は訊き、

 

「新しく英雄の名前を襲名して復活すればいいんだよ、そう言ってきたんだ。笑えるよな」

 

それでも救われた、と秀康は過去を振り返り、今の自分を思う。

結城家十七代目当主、結城・晴朝

結城家当主十八代目、結城・秀康

秀康が襲名した英雄達の名だ。教導院に通いながら鍛錬を怠らずに日々を過ごし、そして聖連に認められた。

 

「でも彼女のおかげで貴方はここにいられる」

 

「あぁ。だから俺はあの後悔の日を境に武蔵にはびこるすべての後悔を背負うことにした。……なぁ、真喜子先生、あんたの後悔は何よ?」

 

秀康の問いにオリオトライは口を吊り上げて微笑した。

 

「私に勝てたら教えてあげるわ」

 

横一線の打撃が秀康を襲った。オリオトライの長剣による一撃だ。秀康は己の得物を縦に構えるが、体は後に弾き飛ばされた。

「その細い腕でどこからそんな力が出てくるのやら」

 

空中で態勢を整えた秀康は地面に足を着地した勢いで跳躍し、オリオトライを追う。行き先は右舷二番艦・多摩表層部の民家の屋根だ。舞台を後悔通りの地上から屋根上へと移る。ここから一直線の攻防である。だから秀康は行く。得物の穂先をオリオトライに向け、そして地面を蹴る。鳥居型の表示枠が足元に現れ、そして散った。

 

「武蔵総長連合副長、結城・秀康――参る!」

 

名乗りと共に秀康は消えた。

 

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 秀康とオリオトライの一騎打ちを背後から梅組の生徒は追っていた。特務の面々まで出し抜かれたが、副長である秀康は違ったことに皆は、己がまだまだだと認識した。だが戦闘に移れる立ち位置にはいる。

 

「行きましょ、マルゴット」

 

「うん、ガっちゃん」

 

黒の両翼と金の両翼が上空で攻勢に入った。ナルゼとマルゴットだ。マルゴットは箒の穂先をオリオトライに向けて硬貨弾を無数に撃ち、援護役としてナルゼは宙にペンを走らせて追尾弾を放つ。近接戦闘をしている秀康のことなど無視して。

 

「下は家屋なのに問答無用ね」

 

オリオトライは空から降ってくる硬貨と追尾弾を長刀で弾いた。それは四方八方に家屋へと落ちていくが、それを秀康は一発ずつ粉砕していく。その度に地上で観戦している住民からの歓声が沸きあがる。秀康の曲芸への拍手ではなく、自分たちの家を守ってくれたことによる感謝の歓声である。

 

「大変ね、秀康」

 

「jud. 慣れたから問題ない」

 

全ての硬貨と追尾弾を弾いた動作に乗って秀康はオリオトライとの間合いを詰めた。そして一突き。フェイントもない一直線上の突きだ。それはオリオトライの長剣に遮られるが、しかしその体は吹き飛ばされた。

 

「――くっ」

 

オリオトライはわずかに呻り声をあげた。それを秀康は見逃さない。再び足元に鳥居型の表示枠を出して蹴り、続けて両肘にも表示枠を出して、穿った。それから繰り出されたのは高速の突きの応酬と四方八方からによる多角の攻撃だ。その速さは目に留まらず、そして残像をいくつも映した。

 

「相変わらず規格外の動きね」

 

全ての一撃をオリオトライは防ぎながらも速度は緩めずに品川へと向かう。

 

「それを止める先生も規格外だな。よりいっそうに先生の後悔を知りたくなった」

 

「あまり女性のことを探ると嫌われるわよ」

 

「それでその人の後悔を背負い、軽くできるのであれば本望!」

 

秀康はさらに速度が上げる。

 

「損な役回りね。でも、だからこそ皆、貴方を慕うのかもしれないわ、ね!」

 

「――――」

 

オリオトライの両手による打撃で秀康は弾かれた。だがオリオトライは気付いた、秀康に焦りがないことを。

 

「義眼木葉=\―会いました!」

 

後方でペルソナ君の掌で弓を構えた浅間・智は緑の瞳が長刀を全力で振った姿を捉え、

 

「行って!」

 

弓を引いた。同時に当たった、と浅間は確信した。秀康との戦闘でオリオトライは全力の振りぬきを入れた。あそこから防御態勢に入るのは不可能だ。それにこの弓は追尾式。逃げたところでどこまでも追う。

 ――私たちの勝ちです!

 だが浅間の確信は疑問へと変わった。

 

「――どうして!?」

 

弓は外れた。否、当たったがオリオトライは無事だ。そして義眼が捉える。一本の髪の毛が宙にたゆたうのを。そして浅間は一つの答えに至った。

 

「なんて規格外な!」

 

浅間は項垂れながらも叫んだ。

 

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見事、と秀康はオリオトライを称賛した。当たる寸前に自分の髪を切って追尾弓の目標を髪の毛に変更したのだ。

 

「まさか武蔵の秘密兵器ズドン巫女の一撃を交わすとはさすがですね、先生」

 

後方で、誰がズドン巫女ですか! と浅間の叫びを秀康はスルーしながら先生を称賛した。

 

「浅間がズドンしているのはいつものことだから秘密になってないと思うわよ」

 

「違いない」

 

そんな浅間談議を最後に先生と梅組の体育は終了した。

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以前投稿していたサイトが運営を終了するということなので、こちらに移転してきました。

よければ見て行ってください。

説明
境界線上のホライゾン二次創作です
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コメント
追っかけありがとうございます。(ソウル)
追っかけで来ました 更新お疲れ様です(ginga+)
空我さんありがとうございます。(ソウル)
前のサイトの時から見ています。頑張ってください!(空我)
コメントありがとうございます。(ソウル)
楽しみにしています(VVV計画の被験者)
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