インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#25
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『学年別トーナメントに優勝すれば織斑一夏と交際できる。』

 

そんな噂で学校中が軽く騒ぎになったり、箒がそのことについて頭を抱えたり。

 

千冬に食ってかかったラウラとのやりとりを一夏が偶然聞いてしまったりした日。

 

つまるところの翌日。

 

 

「あ。」

 

二人揃って間の抜けた声を上げてしまった。

 

時は放課後、場所は第三アリーナ、人物は鈴とセシリアだった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど。」

「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ。」

 

二人の間に見えない火花が散っていた。

 

どうやらどちらも狙うは優勝らしい。

 

「ちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってもの悪くないわね。」

 

「珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか。」

 

二人ともメインウェポンを呼び出すとそれを構えて対峙する。

 

「では――」

「いざ――」

 

―――と、いきなり声を遮って超音速の砲弾が飛来する。

 

「!?」

 

緊急回避を行い、成功したところで、鈴とセシリアは揃って砲弾の発射地点の方向を向く。

 

そこにはあの漆黒の機体がたたずんでいた。

 

機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』。

登録操縦者名―――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

セシリアの表情が苦くこわばる。

 

その表情には欧州連合のトライアル相手以上のものが含まれていた。

 

「どういうつもり?いきなりぶっ放すだなんて、いい度胸してるじゃない。」

 

連結させた《双天牙月》を肩に預けながら鈴は衝撃砲を準戦闘状態にシフトさせる。

 

「中国の『((甲龍|シェンロン))』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データでみた時の方がまだ強そうではあったな。」

 

いきなりの挑発的な物言いに鈴は口元をひきつらせ、セシリアは苦い表情を浮かべる。

 

「何? やるの? 態々ドイツくんだりからやってきてボコられたいだなんて、大したマゾっぷりね。それとも((ジャガイモ農場|ドイツ))じゃそういうのが流行ってんの?。」

 

イグニッション・プランにイギリスが提出している『ティアーズ型』のデータはセシリアのものではない。

セシリアにブルー・ティアーズが渡される前にBT兵器を含むティアーズ型のテストをしていた人物の、最大稼働時のデータがカタログスペックに乗せられている。

 

…セシリアはまだそのデータを超えていない。

つまりカタログスペックに負けているのだ。

 

「セシリア。あんた、黙って無いで言い返しなさいよ!」

 

侮辱されて黙ったセシリアを訝しみ、鈴が発破をかける。

 

が、セシリアには言い返す要素がまだ見つかっていない。

「……………」

故の沈黙。

 

 

「はっ……。二人かかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国はな。」

 

ぶちっ、

 

「ああ、ああ、わかった。判ったわよ。スクラップが御望みな訳ね。―――セシリア、どっちが先にやるかじゃんけんしよ。」

 

「まずは落ち着くべきですわ。鈴さん。怒りは実力を損ねますわよ。」

 

一夏と戦った時は驕り、山田先生と戦った時は見栄で身を滅ぼすと学んだ。

空との時は……プライドというものは儚く脆いものであるという事を学んだし、徹底的に叩きつぶされる経験もした。

挑発も策の一つであり、冷静さを失うと言う事は判断力を失うと言う事も知っている。

 

故にセシリアは内心では激怒しながらもなんとか感情を制御していた。

傍らに激怒している鈴が居るのも感情が抑制される理由になっていた。

 

「はん、臆病者め。面倒だ、二人がかりで来い。一足す一が二になるかも判らん、下らん種馬をとり合うようなメスに、この私が負けるものか。」

 

「今、なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」

 

「この場にいない人間の侮辱をするなど…国家の品度を疑われますわよ。」

 

得物をきつく握りしめる鈴とそれとなく戦闘用意だけはしておくセシリア。

 

冷やかな視線でそれを流したラウラは僅かに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い。」

 

「上等ッ!」

「ああもう、援護しますわよ。」

 

 * * *

 

[side:一夏]

 

俺とシャルルと箒と簪さんの四人は訓練の為に第三アリーナへと向かっていた。

 

最初は俺とシャルルでだったんだけど、途中から箒と簪さんが合流した形だ。

 

 

使用機は俺とシャルルがそれぞれ専用機。

箒と簪さんは訓練機の打鉄だ。

 

簪さんは日本の代表候補生で専用機『打鉄弐式』を保有してるんだがまだ調整ができていないとかで訓練機を借りているらしい。

 

箒や俺の((仮想敵|アグレッサー))役をやってくれるとの事。

 

 

俺たちがアリーナに近づくとだんだんと慌ただしい様子が伝わって来た。

 

中には走っている生徒も多い。

 

「なんだ?」

 

「何かあったのかな。こっちで先に様子を見てく?」

 

シャルルの指す方向にあるのは観客席への入り口だ。

確かに普通にピットに入るよりも早く中の様子を見る事ができると思って、頷いた俺。

 

 

「誰かが模擬戦をしてる?」

 

「それにしては様子がおかしいだろう。」

 

箒と簪さんのやりとりの直後…

 

ドゴォン!

「!?」

 

突然の爆発。

 

驚いてその方向に視線を向けると、ボロボロになった鈴とセシリアが吹き飛ばされたかのように飛び出してきて床に叩きつけられた。

 

あの一撃は、自爆同然の至近距離でセシリアがミサイルを使ったからなのだろう。

 

 

「鈴!セシリア!」

 

ISのシールドと同じ、特殊なエネルギーでできたシールドによって観客席に影響は無いが、同時にこちらの声も届かない。

 

苦しそうな二人。

 

だが、煙が晴れてきて、殆どダメージを受けている様子のないラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを見て絶句していた。

 

ほとんど無表情なラウラ、悲壮な表情のセシリアと鈴。

 

 

そこから先は、一方的な暴虐だった。

 

鈴とセシリアが蹴られ、殴られ、至近距離の砲撃を受け、残る装甲部分も破壊されてゆく。

 

あっという間にシールドエネルギーは削られて行き、((機体維持警告域|レッドゾーン))を超え((操縦者生命危険域|デッドゾーン))へと到達する。

 

これ以上のダメージを受け、ISが強制解除されるような事があればそれは冗談でなく生命の危険だ。

 

 

それでも、ラウラは攻撃の手を緩めない。

 

確かに、止めを刺すまで気を抜いてはいけない。

 

だが、競技においてそれは心構えの話だ。

決して、本当に止めをさす必要はない、いやさしてはいけない。

 

 

「くそっ。」

ラウラが、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた瞬間、俺の中で何かが振り切れた。

 

 

「一夏?」

 

シャルルの疑念の声を振り切って、俺は白式を展開、零落白夜を発動させ雪片弐型を展開する。

 

ISのシールドと同じエネルギーでできているピットのシールドを、この雪片は切り裂ける。

 

「おぉぉぉぉッ!」

 

シールドを切り裂き、その隙間を突破する。

 

 

そのまま最大出力で接近。

 

ラウラがこっちに気付いたと同時に俺は雪片を力の限りを込めて投げつけた。

 

ISのパワーアシスト付きで投擲された雪片は真っすぐラウラに向かって飛び、見えない力に捕まる。

 

だが、そのおかげで鈴とセシリアを拘束していた手は二人から離れる事になった。

 

「よしっ!」

 

ISが解除され、ぐったりとした様子の二人を拾い上げて、離脱しようとした瞬間、俺は金縛りに遭った。

 

「ふん。飛んで火に入る夏の虫、とはまさに今の貴様の為にあるようなことわざだな。」

 

ちっ…油断した。

 

白式唯一の武器である雪片は今、シュヴァルツェア・レーゲンの足元に突き刺さっていて、俺の手元にはない。

 

今、俺はラウラに背中を向ける状態になっているから顔は全く見えないが、恐らく勝利を確信しているのだろう。

きっと歪んだ笑みを浮かべている筈だ。

 

 

超至近距離で、シュヴァルツェア・レーゲンの左肩に装備されているカノン砲が俺に向けられる。

 

砲口から俺の背中まで僅か数メートル。

 

「さあ、教官の栄光を汚した罪、その命で購え。」

 

大口径カノン砲の砲口が俺の背中に突きつけられる。

 

この至近距離で、あの高火力砲。

 

直撃を貰えばタダじゃ済まないが今の俺には回避手段すら存在しない。

 

どうにかしないと……

 

 

「一夏ッ!」

 

((狙撃銃|スナイパーライフル))の狙撃がラウラに襲いかかる。

 

 

「くっ、ザコがぁッ!」

 

その狙撃でラウラの注意がシャルルに向かう。

((個人間秘匿通信|プライベート・チャンネル))でシャルルが声をかけてくれたおかげで、その一瞬の隙に合わせて俺は一気に加速し二人を安全な場所へと移動させる。

 

その間、シャルルが両手に構えたアサルトライフルで弾幕を張ってラウラを足止めする。

 

 

「う………一夏?」

「無様な姿を、お見せしましたわね………」

 

「喋るな。 シャルル、二人とも意識はある。俺もすぐに向かうから持たせてくれ。」

 

ピットの入り口の所に、箒と簪さんが待っていた。

 

「二人を頼む。」

 

「ああ、すぐに保健室に、だな。」

 

「今、先生を呼んだから…すぐ来ると思う。」

 

セシリアと鈴を二人に任せて俺は足止めを続けるシャルルの援護に向かう。

 

と言っても、唯一の武装である雪片弐型はアリーナに突き刺さったままで、まずはそれの回収からだ。

 

速射性に優れるアサルトライフルを弾切れになるそばから武装の高速交換で入れ替えて弾幕を絶やさないシャルル。

 

とはいえ、相手は第三世代型。

世代差が全てとは言わないが、大きなアドバンテージには成りえる。

 

ラウラが姿勢を低くかがめ、地表付近にいたシャルルに向かって加速しようとする。

 

恐らく((瞬時加速|イグニッション・ブースト))を使う気だろう。

 

せめてシャルルの盾に。

 

そう思って俺はシャルルとラウラの間に割って入り、ラウラが飛びだそうとして……何かに縛り付けられたかのようにピクリとも動かなくなった。

 

「なッ!?なんだコレは!」

 

慌てるラウラ。

 

俺とシャルルは何がなんだか判らなくてただ呆然としてしまった。

 

「はい、そこまで。」

 

ごりっ、とラウラの頭に銃口が押しつけられる。

 

銃身というより砲身と言った方がよさそうな長さのソレの引き金を握るのは、三連回転式スコープセンサーのついたバイザーが特徴的な、ライトグレーのISだった。

 

顔こそバイザーに隠れて見えないが打鉄やラファールの面影の中にシュヴァルツェア・レーゲンらしき要素も持ったその機体に、俺はどこか懐かしさを感じていた。

 

「そっちの君たちも、動かないでよ。」

 

じゃきっ、と俺たちの方にガトリングガンが向けられて俺は思わず息を飲む。

 

「貴様、何者だ。何故そのISは((AIC|アクティブ・イナーシャル・キャンセラー))を装備している!」

 

ラウラが吼える。

 

「………」

 

「答えろ!」

 

沈黙を以って返されて、銃口が頭に押しつけられているにも関わらず激昂するラウラ。

 

それに対する答えは………

 

「―――正座。」

 

「………は?」

 

 

「正座ッ!」

 

「な、わぁッ!?」

 

見えない手に膝裏を押されたかのように姿勢を崩し、その場に正座で座らされるシュヴァルツェア・レーゲン。

 

正座するISだんて…なんだかすごくシュールだ。

 

相変わらず頭に大型ランチャーの砲口が突き付けられたままだが。

 

「自分の立場を理解してないみたいだね。」

 

「な、何をッ!?」

 

言い返そうとするラウラだが、砲口に黙らせられる。

「まあ、一応ヒントはあげるよ。『AICのテストは外注だった』。」

 

「?」

そんな混沌とした空間を壊す、キーパーソンが現れた。

 

 

「鎮圧、御苦労。」

 

「いえ、それが((役割|しごと))ですから。」

 

苦笑を浮かべていそうな声で千冬姉に返すそのISの操縦者。

 

「さて、随分とハデにやらかしたようだな。」

 

俺たちに向き直る千冬姉。

 

「模擬戦をやるのは構わん。自主練習も大いに結構。だが、アリーナのシールドを破壊するような事態や病院送りが出るような事態は教師として黙認しかねる。…この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか。」

 

「教官がそうおっしゃるなら……」

 

「織斑とデュノアもそれでいいな。」

 

「あ、はい。」

「僕も構いません。」

 

ラウラは素直に従い、俺もシャルルも異議は無い。

 

その事を確認した千冬姉は改めてアリーナ内の全ての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散ッ!」

 

パン、と千冬姉が強く叩く。

 

その音はまるで銃声のように鋭く響いた。

 

 

 

見えない何かによる拘束が解かれたラウラは飛び退くようにその場を立ち去って行き、

 

「やれやれ。困った奴だ。」

 

と千冬姉は灰色のISを連れてどこかへ去ろうとする。

 

「あ、織斑先生。」

 

「なんだ、織斑。」

 

「そちらの方は……?」

 

なんだか俺はアレを知っている気がする。

 

そう、声も聞いた事があるし、ISも同型機を知っているような気がする。

 

「………まあ、問題はないだろうし、構わないだろう。」

 

千冬姉が呟くとこくり、と頷くライトグレーのISの操縦者。

 

顔の上半分を殆ど覆うバイザーを上に上げると……

 

「―――空…?」

 

「久しぶりだね、一夏。」

 

おおよそ数週間前ぶりとなる千凪空がそこにいた。

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