インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#30
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『守ってやるよ』

 

初めてそう言われて、初めての衝撃に私は襲われた。

 

 

早鐘を打つ心臓、高揚する気分………

 

それらが言ってくる。

 

『認めてしまえ』と。

 

そいつの前では私もただの十五歳の、ただの女なのだと。

 

 

―――教官、あなたの言う通りだ。

 

確かにこれは……抗い難い。

 

どうやら私は、惚れてしまったらしいな。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

[side:ラウラ]

 

「う…ぁ……」

 

ぼやっとした光が天井から降りているのを感じて、私は目を覚ました。

 

「ああ、目が覚めたようだね。」

 

その声には、どこか聞き覚えがあった。

 

確か、何かの授業を担当していた、『センナ』とかいう教師の声だ。

どう見ても同い年くらいにしか見えない、色々と不可解な点のある男のIS操縦者。

 

「残念だったね。五分前までは織斑先生が居たんだけど。」

 

「そう…ですか。―――私は………」

 

「全身に筋肉疲労と打撲。幸い、内蔵と骨に異常は無し。まあ、暫くは少し動くだけで激痛が走ると思うよ。」

 

言われて、全身を覆う倦怠感に納得した。

 

納得して、本題に入れる。

 

 

「何が……起きたのですか?」

 

なんとか体を起こそうとして激痛に襲われ、顔をしかめる。

 

センナ先生に制されてベッドに再び横たわる。

 

けれども、視線だけはまっすぐと相手に向けた。

 

 

「重要案件な上に、機密事項なんだけどね。」

 

苦笑いしながら、先生は一枚の紙を差し出してきた。

 

私の名前が入った、『今回の件について知り得る情報を口外しない』という誓約書だった。

 

つまり、教えてくれるという事か…?

 

「VTシステム。」

 

知ってる?と言外に尋ねられて、私は頷き――激痛に襲われた。

 

「はい、正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。…過去のモンドグロッソの((部門受賞者|ヴァルキリー))の動きをトレースするシステムで…ですが、あれは……」

 

「そう。条約で全ての国家、組織、企業において研究、開発、使用の全てが禁止された代物。――それがシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたようでね。」

 

「………………」

 

「巧妙に隠蔽されていたけれども、操縦者の精神状態、機体ダメージ、何よりも操縦者の願望をキーに発動するようになっていたらしい。―――今頃、織斑先生がドイツ軍の担当者を吊るし上げてるんじゃないかな。そのうち、委員会の強制捜査も入るだろうし。」

 

私は、俯いてぎゅっとシーツを握りしめた。

 

教官につるし上げられる事になった担当者はご愁傷様としか言いようがないが、VTシステムの発動キーは………

 

「私が、望んだから……ですね。」

 

((教官|おりむらちふゆ))に、なる事を………

 

 

ガラっ…

 

突如ドアの開く音がして、起き上ってその方向を窺うと同時、激痛に襲われ、悶絶しかけた。

 

「千凪、機密情報漏洩だぞ。」

 

その声は―――敬愛してやまない、織斑千冬教官の…

 

「大丈夫ですよ。誓約書書かせましたから。」

 

「なら、構わないか。」

 

「というか、恐らくはぐらかしても納得しないから誓約書書かせて知らせた方がいいと言ったのは織斑先生でしょう。」

 

「ふん。」

 

それまでセンナ先生が居た場所を譲られ、教官が私の前に立った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

突然、名前を呼ばれて驚いて返事を返す。

 

「お前は、誰だ?」

 

「わ、私は……。私………は…………」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒです。

 

そう、言える筈なのに言えなかった。

 

「誰でもないなら、丁度いい。これからお前は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』になればいい。何、時間は山の様にあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければならないかなら。その後も、死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘。」

 

「あ………」

 

意外だった。

 

まさか、励ましてくれるだなんて―――――

 

「まあ、悩み疲れたらそれをそこにいる千凪にでもぶつければいい。ソイツも教師であると同時に十五の小娘だ。大人にし辛い相談もしやすいだろう。」

 

「は!?」

 

思わず、変な声を出してしまった。

 

ついでに妙に筋肉を使ってしまったのか全身が激痛に襲われる。

 

悶絶しながらも、改めてセンナ先生を見る。

 

うん、どう見ても女顔だし、背丈だってどちらかと言えば女子と大差ない。

童顔で、どう見ても成人してるとは思えない。

 

『十五の女』と言われた方が、なんか納得ができる。

 

「では、私は仕事に戻る。千凪、ボーデヴィッヒを頼むぞ。」

 

そう言って、教官は立ち去ろうとし、ふと立ち止まった。

 

「ああ、そうだ。」

 

ドアに手をかけた処で、振り向く事無く教官は言う。

 

「お前は私には成れないぞ。アイツの姉は、こう見えて心労が絶えないのさ。」

 

きっと、ニヤリと笑っているのだろう。

顔は見えないけれども、そうだと判った。

 

 

「…そんな某男子の姉の同僚の心労も絶えないんですけどね。」

 

ぽつりと、それでいてはっきりとした声で愚痴をこぼしたセンナ先生の声はまったく聞こえなかった事にされ、教官は立ち去ってゆく。

 

「ふ、ふふっ…」

 

なんだか急に可笑しくなってきた。

 

ああ、なんてズルイ姉弟なんだろうか。

二人とも、揃って言いたいことだけ言い逃げだ。

 

あそこまで言っておいて結局は『自分で考えろ』なんだから、ズルいことこの上ない。

 

 

 

「自分で考えて、自分で行動しろ、か。」

 

笑いが漏れるたびに全身が引きつるように痛むが、それさえも嬉しく感じられた。

 

完敗。完膚なきまでの敗北。

 

けれども、それが今はたまらなく心地良い。

 

私は、ここから始まるのだから。

 

 

説明
#30:戦いの後で………
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