01 いきなり事件です すずか様
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●月村家の和メイド 01

 

「P1からQ4、状況を報告しろ」

「こちらP1、全員配置を確認しました」

「了解、これより月村家襲撃を開始する。合図を待て」

 迷彩服を着込んだ男たちは、手に軍用アサルトライフルを構え、月村の豪邸を囲んでいた。

「再度確認する。月村の護衛、高町恭也および高町美由希、両名には気を付けろ。彼らがいない日を狙っているとはいえ、勘付いて駆け付ける可能性もある」

 男達は茂みに隠れ、それぞれ武器を構え、合図を待つ。

「現在月村家には当主月村忍他、妹が一人、その友人が二人、メイドが三人だ。繰り返す。くれぐれも油断するな」

 指令を飛ばしていた男は双眼鏡を覗き、月村家に視線を向ける。

 家の中でのんびりゲームをして楽しんでいる小学生くらいの女の子が三人、それを眺めて微笑んでいる女性が一人。さらにその隣に控えているメイドが二人。そして、何故か一人だけ振袖に袴と言う、和系のメイド服を着込んだ見習いらしき女の子が箒を手に庭の掃除をしている。

 男は思う。最初に被害を受けるのは、庭掃除をしている女の子になりそうだと。可哀想だとは思うが、自分も雇われの身。情け容赦するつもりはない。

 男は無情にもゴーサインを出すと、隠れていた部隊が一斉に飛び出した。

 

 

「? あら?」

「どうかなさいましたか? 忍さま?」

「いいえ、ウチのボディーガードが奮闘してくれてるって思っただけよ」

「ああ、なるほど……」

 月村家のメイド長、ノエル・K・エーアリヒカイトは、主月村忍の言葉にゆっくりと頷いた。

「これはまた、ボーナスを出しませんとね」

「本当、あの子は良くやってくれているわね♪」

「ええ、本当に……」

 含みのある言葉で返しながら、ノエルは一人の使用人について同情の念を送るのだった。

 

 

「な、なんだ……っ!? なんなんだあの化け物は……っ!?」

 男は部隊最後の生き残りだった。最初は何もかもが順調だった。屋敷の機械仕掛けのトラップが発動して、被害は受けたが、それも計算の内だった筈だ。それが何故? どうしてこうなったのか? 月村家には御神のボディーガードとは別に化け物を飼っていたのか? そんな風にぐるぐる思考が巡りながら必死に逃げ、すでに生き残る事だけを考えて遁走していた。

 ふと、視線の先に三人の女の子が映る。間違いない。それは自分のターゲットの片割れだ。

「俺もまだついてる……!」

 男は必死に走り、女の子達の背後に周り、素早く草むらの影から紫の髪をした女の子に飛びかかる。

 ―――その時すでに、箒の鞘から半ば抜かれた刃が彼の首元にあった。

 その刃を突きつけた和メイドの人影は、男の背中を踏みつけ、ギロチンの様に男の首に刃を突きつけていた。

「ついてなかったですね。すずか様を狙うなんて……」

 冷徹な声が頭上から投げかけられ、男は死を悟った。自分は化け物と戦っていたのではない、死と対峙していたのだと、その時になって初めて気付いたのだった。

 男は重力に従い落下し、地面への激突がギロチンのカウントダウンへとなった。

 

 

 ドスバタンッ!

「ひゃっ!?」

「なにっ!?」

「草むらから……っ!?」

 驚いた三人が振り返り音がした草むらを見つめている。その表情は皆一様に不安なものへと歪めている。

「ぶわ……っ!?」

 しかし、草むらから出てきた人物を見て、顔見知りであった事に安堵した。

「もう……、何してるのカグヤちゃん?」

「いえ、スミマセンすずか様。庭の手入れをしていたら、誤って猫の群れに向かって飛び込んでしまいまして、そのまま猫達を怒らせてしまい、ここまで逃げてきたところです」

「え? 猫さん達に怪我は?」

「尻尾を踏んだかも知れませんが、怒る元気はあった様です」

「じゃあ、カグヤちゃんの怪我は?」

「見ての通りです」

 そう言ってカグヤと呼ばれた少女は自分の姿を見せるが、あっちこっち泥にまみれて転んだような擦り傷まで付いてボロボロである。

 カグヤの主たるすずかは、溜息を吐くとカグヤの頭を撫でる。

「後で私の部屋に来てね? 治療してあげるから」

「ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をして主に感謝の意を伝える。

「御友人のお帰りを御見送りしたいところですが、まだカグヤは仕事のノルマを終わらせていませんので……」

「また仕事? 今度遊びに来る時は暇開けときなさいよ?」

 すずかの学友、アリサ・バニングスが金髪を揺らしながら腰に手を当てて、悪戯っ子の様な笑みを向ける。

「御誘い感謝しますが、カグヤは給仕以外にも仕事をしていますので」

「なによ、私達とは遊ばないの?」

「カグヤには、やらなければならない、カグヤにだけしかできない仕事がございます。遊びは余裕を持つモノだけの特権です。給仕仕事に慣れていないカグヤは、まだ暇を貰うわけにはいきません」

「ず、ずいぶん深刻なのね……」

「じゃあ、いつか余裕ができるようになったら、その時は遊ぼうね?」

 もう一人の学友、高町なのはが、ニッコリと笑って提案する。これにはカグヤも頷いて見せた。

「その時、まだ遊びを嗜める年齢であったなら、是非喜んで」

「ほ、本当に深刻なんだね……」

 カグヤの立場に子供心ながら同情しつつ、二人はすずかと共に去っていく。その影が門の影に隠れた隙を狙って、カグヤは足元に潰しておいた男に呼び掛ける。

「すずか様に感謝しなさい。あの人に人を殺すなと命令されていますので、命はとりません。まあ緊急時は無視しますが……。さて、あなたには訊きたい事が沢山あります。素直に話していただけると、こちらも死体の処理をせずに済んで楽です。ゆっくり月村地下拷問所で生臭い鉄の味しかしないお茶を召し上がってもらいましょう。きっとお知り合いの風味ですよ」

 男は何も返せない。齢十歳にも満たないであろう幼女に部隊が壊滅させられ、あげく殺しにさえ感慨を持たない冷徹さに、大人としての威厳も何もかも奪われ、惨めに泣き崩れるしかない。男にできる事はただ一つ。この子供が子供ならではの残酷さを実行する前に、全てを吐露する事だけだった。

 

 

「お嬢様、先日頂いた幻覚剤(サイケデリックス)、さっそく役に立ちました。おかげであの数をすずか様の友人に気付かれる事無く一人で処理できました」

 和メイドの報告に「まさかアレを本当に使うとわね……」と驚嘆半分に苦笑を浮かべる忍は、一仕事終えたメイドの頭を撫でる。

「今回も御苦労さま。ボーナスは後で用意しておくわね」

「恐悦至極です」

「それにしてもあの数を本当に一人で殲滅するなんてやるじゃない。さすがは、ずずかのボディーガード兼、侍女ね」

「『使用人』です」

「……いいじゃないメイドで?」

「『使用人』です」

「メイドの格好してるんだし」

「『使用人』ですっ」

「……解ったわよ」

 諦めた忍は溜息をついて従う。

「そんなに可愛いんだから、名称くらいなんだっていいじゃない?」

「だから余計に嫌なんです」

 カグヤははっきりそう言って、一拍間を置くと、声変わりしていない高い声で憮然と言い放った。

「カグヤはこれでも男ですから」

 

 

 カグヤは月村家の仕事を終えると、元自宅だった八束神社へと訪れている。

 その神社には今、訳あって一人の少年が住み着いていた。

「龍斗、毎回すみません。これ今月の分です」

 和メイドの格好ままのカグヤは、その神社に住んでもらっている少年にお金の入った封筒を渡す。

「いや別に良いよ。俺も神社の方が修行しやすくて助かってるし」

 彼の名は龍斗。これまた訳があって性は東雲を名乗っている。

 理由はカグヤが八束神社を誰かの所有物にさせたくなかったため、偶然出会った龍斗と言う魔術師に頼んで、住み込んでもらっているのだ。東雲の姓を名乗ってもらっているのは、龍斗の家庭事情が問題でそうなったのだが、ここで詳しくは記載しない。

 自分と同じくらい幼い龍斗に、一人暮らしをさせるのはどうかと思ったカグヤだったが、案外龍斗はカグヤよりもこう言った事に慣れていて、金銭面さえ工面すればなんとか過ごしてくれていた。

「今度掃除しに来ますね。っと言っても必要ないかもですが」

「ははっ、そんな事無いよ。俺一人だとさすがに掃除が届かないところあるし、手伝ってくれると嬉しいよ」

「解りました。今度行きます」

 コクリと頷いたカグヤは、「それから―――」っと話を続けた。

「最近、土地の龍脈が妙な流れを起こしているのに気付きましたか?」

「ああ、ここに居ると良く解るよ。土地に無いモノが入り込んでる感じだね。それも龍脈を歪めてしまうほどの何かが……」

「龍脈が乱れると『物の怪』が出てしまいますから、これからしばらくは要注意した方がいいと思われます。カグヤも外出時には気にかける事にします」

「解った。……あ、そうだ。カグヤちゃんご飯食べた? 良かったらうちで食べていかないか? 姉さんがご飯持ってきてくれたんだ」

「御姉様が?」

 龍斗が姉のご飯に想いを馳せて笑っている姿に、カグヤは自分の義姉の事を思い出してしまう。

「いえ、龍斗の御姉様がせっかく龍斗の為に作ったご飯です。龍斗が食べてください」

「え? 一人で食べるより二人で食べた方が美味しいのに……」

「カグヤは……、義姉様の事を思い出してしまうので……」

「あ、ごめん……」

「いいえ、それだけが理由ではありません。月村で御飯を用意してもらっていますし、何より『この恰好』で龍斗と二人一緒に居るのは嫌なんです」

「はへ? なんで? 可愛いじゃない。似合ってるよ」

「だから困るのですが……」

 カグヤはそれ以上言葉を紡ぐのをやめた。

 龍斗はカグヤの事を異性として見ている。これはカグヤの容姿と恰好からして仕方ない事なのだが、龍斗はカグヤから何度も「カグヤは男です」と伝えられている。だが、異性のアレこれに疎い龍斗はその区別が良く解らなかったらしく『カグヤは性別カグヤだ』と認識している節があるのだ。ちなみにこの判断は、カグヤを男としてみたくない一部の人間の共通認識である。

 カグヤは踵を返し神社の石段へと歩を進める。

「せっかく御姉様と血が繋がってらっしゃるのです。甘えられる時には御甘えになる事を御勧めします」

「カグヤちゃん……」

 カグヤの何処か愁い帯びた瞳に悲しいモノを感じながら、龍斗はカグヤを見送る。

 

 

 カグヤの仕事は主に御主人様への奉仕活動だ。

 庭の整理、食事の買い出しから調理、屋敷内掃除、洗濯、主達の相談、護衛、その他諸々、思いつく限りの家事雑用全てである。まだ幼いカグヤには、それら全てをこなせるかと言うと、絶対に不可能だ。だから、彼女―――もとい、彼の仕事は、すずかの専属召使だ。

 まず朝。本来なら早朝に起きるのが普通なのだが、カグヤはずずかより少し早いくらいの時間にベットを出る。一度一階に降り、先輩メイドの二人に挨拶。本日の注意、連絡事項の確認。全てを済ませたところですずかを起こしに行く。

「すずか様、起こしに来ました。起きてください」

「ん〜〜、にゅぅ〜〜〜……」

「すずか様、すずか様」

「ふぅ……っ、にゅ……」

「揺すったくらいでは起きませんか? 寝起きが悪いわけではないでしょうに……」

 呆れながらもカグヤはすずかの頬を擦りながら名前を呼ぶ。

「んふ……♪」

「逆効果ですか……」

 溜息が出そうなのを我慢して、カグヤはすずかの耳元で声をかける。

「起きてくださいすずか様。起きていただけないようでしたら、色々女の子として御嫁に行けなくなるようなすごい悪戯の数々を―――」

「ん……っ! ふあっ! お、おひぃましたぁ……!」

 ガバリッ、と起き上ったすずかは、眠気を無理矢理吹き飛ばした様な、半睡眠状態の表情で、しかしちゃんと目を覚まして、その事をカグヤに伝える。

「ふむ……、これだとすずか様がすんなり起きてくれますね? 次からはそうする事にしましょう」

「か、カグヤひゃん!?」

「ほら、呂律が回っていませんよ。こちらに濡らしたタオルがあるので、顔を洗って下さい。着替えはこちらです。あ、髪も整えますね」

 そう言ってカグヤは、まだ寝ぼけ眼を擦っているすずかの服を脱がせ、制服を着せていくと、振袖の中に収納していた木櫛を取り出し、髪を梳いていく。すずかが顔を洗い終わった時には、大体の事が終わってしまっている。

「すずか様、もう少しだけ待ってください。……はい、寝癖もありません。こちらの鏡で確認してください」

 カグヤは振袖から手鏡を取り出すと、それをすずか見えるようにして差し出す。自分の姿を確認したすずかは満足そうに頷いく。

「では、朝食に参りましょう」

 こうして朝食を取るため二人が降りると、そこには既に当主の忍が卓に付いていた。

 五人で朝食を頂く。っと言っても、給仕の三人はカグヤが起きた時に朝食を済ませているので、ここでは後ろに控えているだけだ。

 通学の時間になると、カグヤはずずかを連れて一緒に車に乗る。カグヤは学校に通っていないので、ただのお見送りだけだ。すずかを学校に見送った後、カグヤは月村家に戻ってすずかの部屋の掃除を始める。それが終われば、猫達の世話だ。月村家に引き取られている猫の大群に餌をやったりブラシをかけてやったり、排泄物を処理したりするのだ。

「カグヤちゃんが来てから、猫達の世話が一段と楽になりましたね〜〜♪」

 カグヤが猫を膝の上に乗せてブラシをけてやっていると、先輩ヒラメイドのファリン・K・エーアリヒカイトだ。

「カグヤちゃんは動物に好かれるのか、皆言う事をちゃんと聞きますし、カグヤちゃんが正座しただけで、すぐに膝の上に誰かが乗ってきますもんね〜〜♪」

 まるで自分の事のように嬉しそうに話す先輩に、カグヤは誇っていいのか、呆れていいのか、無関心を通していいのか解らなくなる。とりあえず苦笑だけを浮かべておく。

 世話が終わったらお昼の準備。買いだしはファリンが昼担当。夕ご飯はカグヤが担当している。

 昼食が終わればカグヤは一人、月村家の地下施設で身体を動かす。すずかを直接守るにあたり、体術を身につけるため、忍に頼んで作ってもらったものだ。

 身体を動かし終えたらすぐに夕飯の買い物へと向かう。時間的には早すぎるのだが、これにはカグヤ自身の仕事も重なっている。

「霊鳥……」

 道を走りながら、カグヤは振袖に隠した札を取り出し、三羽の光の鳥を創り出す。

「周囲探索をお願い」

「ピイィーーーーッ!」

 霊鳥は甲高い鳴き声で応えると、羽ばたく事も無く空をかけていった。

 カグヤ自身の仕事。それは東雲としての役目だ。現在責任者、つまり土地の管理所有者は東雲龍斗と言う事になっているが、これはあくまで書類上の役目である。土地の管理は今も東雲の性を頂いた事のある、カグヤが引き継いでいた。しかし義姉を失ったカグヤには東雲の性を名乗る事が出来ず、知り合いの龍斗に譲った事にしている。カグヤ自身はその龍斗に雇われた部下扱いだ。こうする事でカグヤが役目を続ける事を書類上は認めさせている。保護者等の話は、龍斗の一番上の姉が一挙に引き受けてくれた。龍斗も神社内で龍脈の管理などをしてくれているので、カグヤとしては大助かりだ。

 カグヤは魔力を身体の強化に中て、人がいない事を確認すると、大きく飛び上がり、適当な高い場所へと移る。霊鳥三羽の情報を頭に取り込みながら、自分自身も土地の状況を調べてみる。

「やっぱり何か紛れ込んだ跡がある。龍脈に影響を与えてしまう何かが……」

 もっと探査能力が長けていれば細かい位置まで特定できるのに。っと、ぼやきながら、その日は探査範囲を絞るだけで終わった。土地管理の仕事は月村家の人々には魔術云々は隠して伝えているので、あまり遅くなって心配かけるわけにはいかない。そもそもカグヤは夕飯の買い出しのついでにしているので、遅くなると迷惑がかかる。

 食材を届けたカグヤは、その足で迎えの車に乗り、すずかを迎えに行く。すずかが歩きの時は近くまで送ってもらい、その後こっそりと見守る様にしている。霊鳥を使って十五メートルキープで監視しているので、まず気付かれる事はない。

 無事に帰ったところを確認して後から月村邸に入り、軽く庭掃除をしてから屋内に戻る。

 すずかを迎え、二人でお風呂に入り、身体を洗うのを手伝う。これについては、二人がまだ子供同士で、カグヤの容姿が故に許されている。

 お風呂から上がったら夜食を取り、カグヤは一度地下室で特訓をしてから、もう一度着替えて(と言っても同じ服だが)、夜の海鳴市に飛び出す。霊鳥を三羽飛ばして探索しつつ、八束神社にて龍斗と現状確認と指針を決める。それが終わってやっと、カグヤは月村家に戻って寝る事になる。

 以上がカグヤの月村家での一日だ。

 

 

「ん?」

 そんな日々が続いたある夜、カグヤと龍斗は何らかの気配に気づいた。それは、自分達が管理する土地に、何者かが侵入した気配だった。

 もう夜も遅く、誰もが寝静まる様な時間だったが、カグヤは月村家を出て、神社にいる龍斗と合流していた。

「詳しい位置は解りますか?」

「ダメだった。やっぱり龍脈が安定しきってないのが原因かな? ……いや、俺の力不足が決定的だ」

 龍斗は落ち込んだ様に視線を斜め下へと向けてしまう。

 カグヤはそんな態度を取る龍斗について、以前彼が自分の事を『出来そこない』と言っていた事を思い出す。

 この世界でも数少ない、魔術師の家系に在る龍斗は、兄弟達に比べて最も力が劣っているのだと言う。そのため親からは『不出来』だとか『役立たず』などと言われてしまい、随分辛い目にあったそうだ。「まあ、辛い目って言うのも、今だからそう思うだけなんだけど……?」と苦笑しながら笑った龍斗は、それが辛かったとは思っていないのだろう。話を聞いたカグヤも、特に感慨はなく「そうですか。解りましたから神社の役目を果たしてください」と無碍に扱っていた。

 むしろ、カグヤから言わせれば、龍斗程の魔力適性を持っていながら『出来そこない』は自分に対する皮肉としか聞こえていなかった。

(龍斗が『出来そこない』なら、カグヤは『存在を否定』されてしまいますよ。御両親方……)

 内心でそんな事を思いながら、自分で言うと落ち込みそうだったのでスルーした。

「カグヤも解らなかったので仕方ありません。明日からは外出許可を出来るだけもらって周囲の探索を優先します。龍斗はここで龍脈を見張ってください。ここが中心ですから、万が一にも何かあると困ります」

「解ったよ。ところで、一つ聞いておきたいんだけど……?」

「なんでしょう?」

「いや、もし侵入者がいたとして、その人達をカグヤちゃんはどうするつもりなのかと思って?」

「無自覚者、つまり無関係でこんな事をしているなら止めさせるだけです。しかし、もし自覚的犯行者、要するに龍脈を乱す力を『乱す』と解っていて直接使用する様であれば……殺しましょう。それが一番最適です」

「解った」

 言葉だけなら物騒な話だが、実際放っておいて龍脈を乱されれば、『物の怪』と言う名の自然災害が起きてしまう。そうなれば、沢山の人が被害に遭ってしまうのだ。それを回避するため、龍斗もカグヤも、幼い頃から他人を殺す事を最初に覚悟させられた。ただし、それは人の命の重みを理解した大人の覚悟ではなく、『無知故の子供らしい残酷さ』から出た覚悟だ。命の重みを知るには二人ともまだ幼すぎる。ただし、この先彼ら二人がその壁にぶつかる事はないだろう。龍斗は人殺しを『悪い事』だと理解している。カグヤは『善』に鈍く、『悪』に対する全てを肯定している、人として欠如した人間だ。だからこそ二人は、この歳で土地の管理をする事が出来るのだ。

 

 

「なんだこれはっ!?」

 カグヤは目の前の巨大な木の根に驚き、声を張り上げていた。

 その日のカグヤは、主のすずかが友人、高町なのはの父親がコーチするサッカーチームの応援に行くと聞いた。その後は姉の忍とお出かけする事になっているそうで、カグヤはその迎えを任されたのだが、すずかと合流してすぐ、急に周囲から巨大な木々が生えてきたのだ。

「すずか様下がって―――!」

 言いかけたカグヤの足元を木の根が浮き上がり、二人まとめて地面を吹き飛ばした。

「きゃあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!」

「すずか様!?」

 空中に投げだされたカグヤは、振袖から三枚の札を取り出す。落下前の浮遊感に晒されながら僅かに躊躇する。

(魔術は秘匿が大鉄則。一般人に見せる事は……!)

 だがカグヤは思考を遮り、落下し始める直前、札を投げて三羽の霊鳥を呼び出す。霊鳥は三羽で協力してすずかを捕まえると、必死に上昇しようと羽ばたく。小さい鳥三体分では子供の体重を持ち上げる事は出来なかったが、怪我しない程度にゆっくりと降ろす事は出来た。

(これですずか様は……! さて、カグヤはどうしますか……!?)

 カグヤが一度に使用できる霊鳥の数は三羽まで、つまり、すずかを助けるためにカグヤは自分を助ける術がなかったのだ。

 いや、助かる方法は何かあるはず! 近づく地面に恐怖しながら必死に頭を働かせる。 思いついた方法は、あまり効果的とは言えないかも知れなかった。

「魔力を集めて……、上手く受け身を取るしかありませんね……。痛そうです」

 冷や汗を頬に流しながらカグヤは地面と接触するのに合わせて、両手を広げて衝撃を分散した。

「くっ、ガッ、……ハッ!?」

 息がつまり、苦悶の声を洩らしながらも、カグヤは無事に着地する事に成功した。代わりに保有していた魔力はすべて使い切って、動けなくなってしまっていた。

(まあ、魔力の出し惜しみをしますと、死んでましたしね……、ゆうに十メートルくらい飛んだ気がしますし)

 荒く呼吸をしながら空を見つめ、そんな事を考えていると遅れて地面に着地したすずかが、慌てた様子で駆け付けてくる。

「カグヤちゃん!?」

 カグヤの傍で膝をついて両手でカグヤの腕を掴み、涙を浮かべた必死な形相で名前を呼ぶ。

「カグヤちゃん! 大丈夫!? ねえ、カグヤちゃん!?」

「……すずか様、そんなに大きな声を出さなくとも聞こえております。……御怪我はございませんか?」

「私よりカグヤちゃんだよ!? あの高さから落ちたんだよ!?」

「ええっと……、痛かったですけど、ちゃんと受け身はとりましたから……」

「だけどカグヤちゃん! 立てないんでしょう!?」

「ええ、まあ……」

 魔力の使い過ぎで脱力しているだけで、ダメージはないのだが、そんな事をすずかが解るわけがない。

「すぐお医者さん呼ぶからじっとしててね!」

 そう言ったすずかは携帯を取り出すと119番に連絡しようとする。

「ああ、いえ、それは困ります。本当に怪我はしてないんで……」

「でも―――!?」

(仕方ないですね……)

 なおも助けを呼ぼうとするすずかを納得させるため、カグヤは先に放っておいた霊鳥三羽分の魔力を自分の中に戻す。余った魔力を取り込めるのも式神の利点だ。

 魔力を取り戻したカグヤは立ち上がると、すずかの頭を撫でる。

「ほら、もう大丈夫でしょう?」

「でもぉ……っ!」

(あれ? なんで納得しないんでしょう? ちゃんとカグヤは無事だって解るでしょうに?)

 他人の心配を正しく理解できていないカグヤは、すずかの心配を過剰と受け取ってしまい、逆に困ってしまう。

 その時、この事態に心配して駆け付けたのだろう、姉の忍がすずかを呼びながらこちらにかけてくるのが見えた。丁度いいので押し付ける事にした。

「すずか様、カグヤはちょっと東雲の仕事をしなければなりませんから、先に忍お嬢様と御自宅にお戻りください」

「え? でも―――、カグヤちゃん!」

 カグヤは返事も聞かずに走り出してしまう。

 

 

 カグヤは魔力で身体能力を強化し、何度か跳び上がると、出来るだけ高い位置のビルに上る。全体を見回せる位置を取ると、袖振りから明らかに収まり切らないほど大きな弓を取り出すと霊鳥で作った矢を番える。霊鳥の真髄『矢鳴り(やな )』だ。威力は霊鳥の三倍。ただし、その形を保てるのは数十秒が限界だ。

 周囲を見渡せば巨大な木は土地中に蔓延っている。急いで処理しなければ龍脈に被害が出る。

「矢(し)―――っ!」

 カグヤは龍脈の流れを維持するポイントに向けて矢を放つ。突き刺さった矢から魔力が流れ、一時的に龍脈の流れが弱まり、被害を抑える事に成功した。

「後は……、この化け木をなんとか……」

 木に対する処理に思考を向けようとした瞬間、一条の光の束が目に映る。光の束が木の一か所にぶつかると、忽ち巨木はその姿を光の粉となって散っていった。

「龍斗? いえ、違いますよね?」

 最初は自分と同じ管理者、龍斗かと思ったが、それにしては強引、且つ合理的な手段だ。彼なら今頃、乱れまくる龍脈を必死に制御するため、八束神社で奮闘しているはずだ。だからこそカグヤは龍脈を鎮静化させる事で彼の自由を解放したのだが、それにしては行動が早すぎるだろう。

「霊鳥」

 カグヤは一羽の霊鳥を呼び出し、それを探索に向かわせる。目標はすぐに捉えた。一人の白い少女が機械的な杖を握って建物の屋上に立っている。顔を確認したかったが、まだ彼には霊鳥の視覚情報を正確に読み取る事が出来ない。精々霊鳥を経由しての会話ができるくらいだ。その会話さえも、音声が正確に再現されないので、カグヤとしては困りものだ。

 諦めたカグヤは矢を番えて放つ。狙ったのは彼女が手にしている杖。矢は簡単に杖に当たり、彼女から離れた位置に転がって行く。

「今のは威嚇。もし動けば、次は身体に当てます」

 霊鳥を使って少女に話しかける。

『と、鳥さん?』

「これは式神、カグ―――術者の声を代弁しているだけです」

 不用意に自分の名前を言いかけたカグヤは、口ごもりながらもなんとか誤魔化す。

「この土地は東雲の管理領地。勝手な事をされては困る。今回の騒ぎの原因がお前達と言うなら、それ相応の覚悟をしてもらわねばならない」

『ま、待ってください!』

 脅しをかけるカグヤに返したのは少女ではなく、その隣に居た何かだった。『何か』と言うのは映像が悪くて正確に確認できなかったからだ。恐らく小動物の類なのだろうが、それ以上は解らない。

『僕はユーノ・スクライア。ミッドの魔導師で、この子は僕に協力しているだけです。僕達の目的はロストロギア、ジュエルシードの回収で、先の植物もジュエルシードが原因です』

(ミッドの魔導師? ロストロギア? ジュエルシード?)

 次々と解らない単語が羅列して、カグヤの頭が混乱しそうになる。仕方ないので解らない事に付いて考えるのは止めた。後で龍斗の姉にでも訪ねる事にしようと決める。

「……つまり、今の騒ぎは『危険物』によるアクシデントで、その危険物をお前達が回収している……、そう言う事ですか?」

『そうです!』

「ほう……、他人の領地にそんな危険な物があると言うのに、それについて報告も無く、あまつさえ断りも無く魔術を使用したと……? そう言う事か?」

『う……っ』

『そ、それについてはごめんなさい! でも領地の人に魔法の使用許可はちゃんととりました!』

「……なんですと?」

 相手に声が届かない程度の小さな声だったが、カグヤは結構素で言葉を漏らしていた。

「誰の許可ですか?」

『えっと……、私達と同じくらいの男の子で、東雲龍斗くんです。その子もこの土地の管理者だって言ってました』

(カグヤは報告受けてませんよ!?)

 龍斗の不手際なのか、別の理由からなのか、それは解らなかったが後で確認しようと決める。今確認できれば一番いいのだが、実のところ、カグヤにはもう余分な魔力が残っていないのだ。霊鳥はもちろん、先程脅した矢も打ち止めだったりする。

「……良いでしょう。彼の許可があるなら今回は目を瞑ります。しかし、また土地に影響を及ぼす様な事があった場合、お前達も敵と判断して処理させてもらいます。以上です」

 カグヤは一方的に霊鳥を消して、余った魔力を使って全力撤退を行う。感知系の魔法で追われる前に姿を暗まし、魔力を使いきってしまえば本人の特定はできない。

 

 

「どう言う事です龍斗?」

「えっと……、ごめん」

 素直に頭を下げた龍斗に、カグヤも一度は上がっていた溜飲が下がった。

「説明してくださいますね。なぜ黙っていたのか?」

「……同じ魔術師が領地に入ってると知ったら、カグヤちゃんは反対すると思ったから」

「まあ、……したかもしれませんね」

「それが『あの子を殺す』なんて言い出すきっかけにしたくなくて、こっそりやってもらえば見つかる心配も無いと思ったし、見つかっても俺が許可を出していれば大事にはならないと思ってたんだ」

「それが予想に反して、彼女は舌の根も乾かぬ内から約束を違え、これだけの大惨事を起こしたわけですか? 対処する身にもなって欲しいモノです」

 その言葉は龍斗に向けたものではなく、約束を破った彼女達に向けたものだった。だが、龍斗はそれに慌てた様な態度でフォローを始める。

「あの子達だって故意に失敗したわけじゃないと思うんだ。あの白い子はまだ魔術に触れて間もない感じだったし、出力は大きいけど色々下手だった。たぶんちゃんとした人に教わってもいないんじゃないかと思うんだ? だから今回の一回くらいは―――」

「良いですよ龍斗。カグヤはもう怒ってません。名前だけとは言え、龍斗には東雲の責任者になってもらっていますから、龍斗が『大丈夫』だと判断したならそれで良いんです」

「そっか……、うん、彼女たちなら大丈夫だと思う」

 はっきり肯定した龍斗を見て、カグヤも頷き了承を得る。互いの意見を尊重し合う所は、二人の信頼関係が窺えた。

「それにしても、いつの間に出会っていたんですか?」

「数日前に、神社の前で犬の化け物に対処している所を……」

「懐じゃないですか!?」

 驚愕の事実に「なんて都合の良い……」と呆れてしまうカグヤ。しかし、世の中『小説より奇なり』と言う言葉もあるのだから、そんな偶然もあるのかもしれないと、納得する事にした。

 一通り話を聞いたカグヤは、もう充分と判断して立ち去ろうとする。

 だが石段の前まで進んだ足は、後ろ髪を引っ張られるようにぴたりと止まった。

「龍斗」

「なに?」

「どうして彼女の事を黙っていようと決めたのですか?」

「だからそれは―――」

「いえ、魔術師としての判断ならあそこで身の拘束をしておくべきだったと、龍斗なら解っていたはずです。それをどうして『黙っている』と言う選択肢を選んでまで彼女を庇ったのですか?」

「……、えっと……、ごめん、難しくて分かんない」

「です、よね……」

 カグヤは龍斗に背を向けたまま少し考える。

 もし自分が最初に出会っていれば許可は出さなかった。神社に拘束して尋問、場合によっては拷問にかけて情報を絞りとった後、魔術と記憶を封印して今回の事を忘れさせる。良くて、万が一自分達に逆らったりしないよう、呪いをかけて置いてしかるべきだ。

 それは魔術師の基本の一つだから、きっと龍斗も納得するはずだ。だけど、それは『魔術師』としての常識で、『当人』の判断ではない。龍斗は魔術師としての判断を選ばなかった。それはきっと、龍斗が龍斗としての判断をしたからに違いない。

 本人はまだ解っていないようだったが、カグヤはそれを羨ましいと思った。それは人として必ず通る心の成長と言うモノだ。自分も義姉に教わったが、心の成長にまでは辿り着けなかった。目の前の友人は直面した。すごく……羨ましかった。

「龍斗、これからは神社はできるだけ御姉様に任せてもらってください。代わりに龍斗は、出来るだけ彼女のサポートに周ってあげてください。今回の様な事件を起こしたら、カグヤは問答無用で殺すと思います」

「させない」

「え?」

 間髪入れずに即答されたので、思わず振り返ると、同じように驚いた表情をしている龍斗の顔が見えた。

「あ、あれ? 何言ってるんだろう? ごめん、今の無し……、いや、ごめん。やっぱりさせないと思う。死なせたく……ないから……」

「そ、そうですか……」

 カグヤは驚きながらも頷き、龍斗も「姉さんには伝えとく。暇がある時は俺があの子の傍に付いてるよ」と伝える。それを聞いたカグヤは大人しく帰路に付く事にした。

 

 

「あれは何なの?」

 月村家に帰れば帰ったで、リビングでさっそく忍から質問を受けた。

「突然何を訊ねて―――」

「話せない事なら詳しく言わなくてもいいわ。でも対処法くらいは知っていないと、私達も危険なのよ。話して」

 押し黙ってしまうカグヤ。

 どうやら忍はカグヤについて『異常』である事を何となく理解しているようだった。恐らく、普段の態度や行動や言動などから情報を得て、なんとなくそう言う存在なのではないか? くらいには認識しているようだ。

 さて、と、カグヤは悩んでしまう。主である忍が勘付いた以上、全てを黙っている訳にもいかないだろう。かと言って秘匿の原則を簡単に破るわけにはいかない。どうした物かと悩み……最低限の事だけ話す事にした。

「わかりません」

「ちょっと、解らないって―――」

「カグヤは龍脈を安定させるのが、本来の仕事です」

「りゅ、龍脈?」

 急に話を逸らされ、困惑する忍。カグヤは続ける。

「はい。要は地球の血管です。ですからこの流れが乱れたり悪い向きに歪むと、病気になります。それが土地では『天災』として振り翳されます。これをカグヤ達の間では『物の怪』と呼んでいますが」

「え? なに? じゃあ、アレは……、なんて言うの? オカルトなの?」

「その質問はオカルトの定義が解らないので答えかねます」

 困った表情の忍に、同じ表情をして返すカグヤ。

 忍は「えっと……」と一度間をおいてから話す。

「ほら、あれでしょ? オカルトって『魔法』とか『超能力』とかああ言う解らないもの? 数字ではっきりしない物よ。たぶん……」

「はっきりしない物と言うなら、人の『心』や『命』も同じようなモノです。魔法や超能力にしたって、カグヤ達からしてみれば『こうすれば使える』っと決まったジンクスがあります。これは『数値化しない』だけで『出来る』事です。ならば魔法や超能力は科学になるのではないですか?」

「うぅ……っ」

「苦い顔になるのは解ります。カグヤも義姉に言われた時からずっと悩んでいる事です」

「何度聞いても、すごいお姉さんよね……」

「脱線する前に話を戻しますが、そう言った意味でカグヤには区別がつきません。ですから敢えて言うなら『天災』もしくは『物の怪』ですね。『天災』は自然現象。『物の怪』は人為的干渉。まあ、忍お嬢様の認識で言うところの『オカルト』だと思っていただければそれで良いかと」

「そう、じゃあ今回の事は……ええっと、『物の怪』の方になるの?」

「はい。と答えますが、断言はできません」

「どうして?」

「『物の怪』と言ってもそれは天災なんです。地震や台風は起きても、今回の様な巨木が出現するケースは初めてです」

「え? それってつまり……、どう言う事?」

「アレは龍脈の歪みによって起きた『物の怪』だったのか、もしくは別の『何か』だったのか? その辺りが解っていない。っと言う事です」

「つまり、あなた達が知らないところで起きた、『事故』か『事件』……いいえ『異変』が起きたと言う事ね」

「そうなります。適切な表現かと」

「っとなると、それに対処する方法はあるのかしら?」

「関係者と思しき人物とは接触しました。次回からはこの様な結果にならないよう、心がけるとの事です。今回の様な事の方が稀と考えていただければ結構かと」

「そう、なら一まずは安心していいって事かしら?」

「はい」

「ならもういいわ。話してくれてありがとう」

「いいえ、ちゃんと見返りは要求しますから」

「え? はい?」

 カグヤの思わぬ返しに、焦るより混乱してしまう忍。そんな当主に無表情ながら使用人は忠告の様に告げる。

「カグヤ達の世界で生きる者が、ただで情報を与えるような交渉はしない。これはカグヤ達の鉄則にも無い常識です」

「教えてから言うなんてずるいわね……。私は何を要求されるのかしら?」

「雇い主の忍お嬢様に教える前から非常な条件を突きつけるつもりはございません。簡単に支払える物を要求させてもらいます」

「何かしら?」

「今後、『育て上げているのだからこれくらいはして欲しい』などと言う要求をしない事。それだけで結構です」

「……私がそんな恩着せがましい要求すると思ってたの?」

「冗談でなら」

「まあ、冗談でなら言いそうだけど……」

「ですから、『その程度』です。これからはカグヤに『物の怪』類の情報を聞く時の参考にしてもらえれば結構です」

「はあ、なるほど。それなら了解よ。……それじゃあ、そろそろ交代としますか」

 長い話を終えた忍は、椅子から立ち上がると、部屋の外へと向かった。

「交代?」

 リビングを出た忍と入れ違いに、今度は妹のすずかが怒った表情で入ってきた。

「なるほど交代ですか……。どうしましたすずかさ―――」

 パシンッ!

「―――……?」

 一瞬、耳に聞こえた乾いた音が何なのか理解できなかった。

 徐々に頬からジンジンとした痛みが伝わってきて、初めて自分が殴られたのだと気付いた。殴ったのは言うまでもなくすずかだ。

「すずか様?」

「何処に行ってたの! ずっと心配してたんだよ!」

「え? あ、……すみません?」

「すみませんじゃないよ! あんな高さから落ちて! 少しの間動けなくなってたくらいなのに! 急にどこか行っちゃって! こんな遅くまで連絡もないし! 本当に本当に、ホントに……!」

 呆然とするカグヤを前に、怒っていたすずかの言葉がしりすぼみになって行く。

 やがて、言葉がつまってしまったすずかは、俯いた額をカグヤの胸に押し当てる。

「心配……しました……」

「すずか様……」

 胸に伝わってくる熱い感触に、カグヤは胸の奥からズキズキと痛みを感じた。それが何なのか解らなかったが、どうしようもなく、いけない事をしてしまった様な、間違ってしまった様な、どうしようもない気持ちに苛まれた。すずかは泣いているのか、肩が震え、声もしゃくり始めている。胸の辺りにも湿りを感じる。

「……! すずか様!」

 耐えられなくなったカグヤはすずかを抱き寄せた。この人を泣かしたくない。少しでも早く笑顔にしてあげたい。そんな気持ちでいっぱいになって、でもどうして良いのか解らなくて、ともかく強く抱きしめた。

「ごめんなさい。ごめんなさいすずか様。……カグヤは二度と、すずか様の命令に逆らいません。ですから、どうか、どうか……」

 もう心配をかけたくない。泣かしてしまいたくない。そんな強い感情に突き動かされながら、カグヤはただ強く抱きしめる。

 この日カグヤは、初めての『罪悪感』を覚えた……。

 

 

 

 

 

 

 

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魔法少女リリカルなのはDuo Ifストーリー 〜月村家の和メイド〜 第一話
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