インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#35
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〜〜〜

 

「悪いな、手伝わせてしまって。」

 

「気にするな。」

 

時刻は夕刻、場所は廊下。

放課後となり((人気|ひとけ))の失せたそこを一夏と箒は並んで歩いていた。

 

二人ともその手にはもうすぐやってくる学校行事『臨海学校』についてのプリントがある。

 

「だが、良かったのか? 今日はセシリア達と街へ出るハズだったのだろう?」

 

「いいんだよ、別に。鍛練に集中したいって断っておいたし。」

 

「最近のお前は鍛練、鍛練。…鍛えてばかりだな。」

 

「まあ、な。――――男が、好きな女よりも弱くちゃかっこ付かないだろ。」

 

少々顔を赤らめて言う一夏に、箒はむっとした。

 

「そうか。一夏は、好きな女が居るのか。どんな奴だ?」

 

「…そうだな。少し頑なで不器用だけど、芯が通ってて真っすぐで美人。おまけに強い。」

 

「………」

 

「何、不機嫌になってるんだよ。」

 

「別に。で、誰なんだ?」

 

「………………きだよ。」

 

「何だ、はっきり言え。男だろう。」

 

言いにくそうにする一夏を箒は一喝する。

 

「―――箒、お前だよ。」

 

「ッ!」

 

お互いに、赤く染まる頬。

それは夕日のせいだけでは無い。

 

「…一夏。」

「…箒。」

 

二人きりの廊下で、互いに相手のみをその瞳に映す。

 

そこに言葉は不要。

 

橙の世界で、二人の影が徐々に重なって―――

 

〜〜〜〜〜

 

「わぁぁっ!?」

 

余りの恥ずかしい光景に箒は夢の世界から、現実に逃げ込んだ。

いうなれば『現実逃避』ならぬ『現実へ逃避』だ。

 

「はぁ、はぁ、……夢、か。」

 

鼓動は激しく、バクバクと音をたてている。

顔は真っ赤で沸騰寸前と言ったところか。

 

落ち着くために別の事を考えようと時計に視線を向ける。

 

現在時刻、午前五時。

少々早いが起きて朝稽古をしに行くにはまあ妥当な時間だろう。

 

隣のベッドにはルームメイトである簪がまだ夢の中なので静かに胴着に着替え、荷物を纏めて寮の裏へと向かう事にした。

 

(心頭滅却、明鏡止水、沈まれ私の心ッ!)

 

………なお、その一時間半後。

別の一室でも似たような光景が繰り広げられていたがそちら(仮称 S・Dさん)は二度寝という選択をし寝坊フラグを立てていたが蛇足である。

 

 * * *

 

[side:一夏]

 

時は朝飯時、場所は一年寮食堂。

 

「うむ、うまい。」

「そうだな。」

 

俺は部屋に、更には俺のベッドにまで侵入してきたラウラに『常識』についての語り合った後、こうして一緒に朝飯を食べていた。

 

実を言うと箒と同席(というか、隣)になったのだが、箒は俺が席に着いた一分後には食事を終えて立ち去って行ってしまった。

 

顔が赤かったのは、風邪か何かだったのだろうか。

だとすれば余計にゆっくりと食べるべきなのだが。

 

そこに、

 

「わぁぁっ!遅刻、遅刻するッ!」

 

不意に聞きなれた声が珍しい調子で食堂に駆け込んできた。

 

声の主は慌てた様子で余っている定食から一番近くにあったモノを手に取り、空いている席を探す。

 

「よ、シャルロット。」

「あ、い、一夏。おはよう。――ラウラも。」

 

ちょうど箒の居た場所が空いていたので手招きして呼び寄せる。

 

それにしても珍しい事があったものだ。

 

時間にしっかりしているシャルロットが遅刻ギリギリの時間に食堂に駆け込んでくるだなんて。

 

「どうしたんだ?寝坊でもしたのか?」

 

「う、うん、ちょっと………その、寝坊……」

 

「珍しいな。シャルロットが寝坊だなんて。夜更かしでもしたのか?」

 

「う、ううん。ちょっと…二度寝、しちゃったから…」

 

食べるので忙しいのか、シャルロットは妙に歯切れの悪い言葉で受け答えをしている。

しかも気のせいか、俺から少しずつ離れているような?

 

「シャルロット。」

 

「うん?」

 

「なんか、俺のこと避けてないか?」

 

「そ、そんなことは、ないよ?うん、ないよ?」

 

と、言葉ではそう言っているがどうも俺の方にシャルロットの注意が向けられているような気がするのだ。

 

先月、一ヶ月ほど同室だったせいか、『なんとなく誤魔化そうとしてる』くらいは判る。

まあ、同じ事が箒にも言えるのだが。

 

「そうか?ならいいんだが…」

 

これ以上詰問しても無意味だし、鬱陶しがられるだろうからやめにしておこう。

 

それにしても……

 

「い、一夏?ずっと僕の方をみてるけど、どうかした?ね、寝癖でもついてる?」

 

「いや、特に変な処は無いぞ。ただ、先月はずっと男子制服だったから、改めて女子の格好をしてるシャルロットは新鮮だなぁ、と。」

 

「し、新鮮?」

 

「おう。似合ってるし可愛いと思うぞ。」

 

「―――と、……言……、夢じゃ…子の服………くせに……」

 

ん?なんか呟いてるぞ?

「夢?」

 

「な、なんでもないっ!なんでもないよっ!?」

 

ぶんぶんと付きだした手を振って否定してから、シャルロットは再び朝食に手を戻す。

 

俺はもう食べ終わったので食後のお茶を―――

 

ぎゅっ、

「いてぇッ!」

 

頬をつねられた。

 

「お前は私の嫁だろう。私の事も褒めるがいい。」

 

そんなご無体な。

 

無理矢理引き出した褒め言葉は単なるお世辞だ。

 

だが、この状況だといわない訳にはいかない。

 

ボタン連打とか、コマンド入力で抜け出せるなら抜け出したいが、そんな都合のいいもの存在するハズが無い。

 

………アレしか、無いか。

 

「えーと……」

 

キーンコーンカーンコーン

 

言いだそうとしてチャイムが鳴った。

 

これは救われたのか…?

 

「って、予鈴だ!急げ―――って、」

 

慌てて立ち上がったテーブルには俺一人。

 

ラウラもシャルロットも既に食堂を出て猛ダッシュしていた。

 

ぬわっ!?待て、お前ら。

 

「お、置いていくな!今日は確か空―――じゃない、千凪先生のSHRだぞ!」

 

千冬姉と違い『遅刻即ち死』とまでは行かないが『逝かさず殺さず、明鏡止水に至れる指導』を施される。

主に正座とマラソンで。

主に副寮監室の和間で行われるために、『一年寮副寮監室 和間』は『生徒更生の間』の異名と共に恐れられている。

 

ちなみに、他学年への出張指導もあるそうだ。

 

 

一撃即死の千冬姉と真綿で((限界寸前|・・・・))まで締め上げる空。

瞬時に楽になれる千冬姉の方が、まだマシという意見が大多数だ。

 

「私はまだ仙人になるつもりは無い。」

「ごめんね、一夏。」

 

おう、なんて奴らだ。

 

…まあ、犠牲と塩分は必要最低限が望ましいが、自分がその犠牲となるならば道連れは一人でも多く欲しくなるものだ。

 

そうこうしているうちに生徒玄関へと到着。

寮を出る時に外履きに履き替えて、校舎でまた内履きに履き替えてと非常にめんどくさい。

 

できる事なら校内土足可にしてほしいモノだ。

 

もう人気が殆どない。

 

「ほら、一夏っ!」

 

上履きを履いて、誰かに手を握られた。

 

誰かと思えばシャルロットだった。

どうやら待っててくれたらしい。

 

うん、一緒なら仙人修行も耐えきれる気がする。

 

「飛ぶよ。」

 

「へ?」

 

聞き返そうとした瞬間、シャルロットの背中と脚に光の輪が広がり、収束して弾ける。

 

《ラファール・リヴァイヴ・カスタムII》の脚部スラスターと背部推進ウィングだけを実体化させた状態で、

 

「おわっ!?」

 

ぎゅん、と体が引っ張られた。

 

本鈴間際の廊下には誰もおらず、ISの飛翔能力で俺とシャルロットはあっという間に教室のある三階に到着。

 

……しかし、その……なんだ。

ミニスカートで飛翔は辞めた方がいいと思う。

 

その…水色のアレが見えてしまった訳で…

 

「よし、もうすぐ―――きゃん!」

 

あと少しで教室、と言うところで突然生えてきた黒い小さな壁にシャルロットは顔面を強打。

 

バランスを崩して転び俺は盛大に投げ出された。

 

一体何があったんだ?

 

凄い勢いで投げ出され、床に叩きつけられた俺は痛む体をおして状況を確認する。

 

シャルロットが顔面強打したのは、何の変哲もない出席簿だった。

 

物凄く嫌な予感。

 

それは、そう。

傘を持ってないのに雨が降りそう(しかも不可避)だった時の予感に凄く似てる。

 

「本学園はIS操縦者育成のために設立された教育機関だ。その為どこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。―――が、しかし、」

 

目を回すシャルルと投げ出された俺の間。

ちょうど一組の前扉の所に千冬姉が出席簿片手に現れた。

 

おいおい、待ってくれ。今日は空のSHRの日でまだ本鈴前だぞ。

 

すぱぁんっ!

「きゃうっ!」

 

すぱぁんっ!

「痛えぇっ!」

 

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味は判るな?」

 

「は、はひ……すひません………」

 

優等生のシャルロットが予想外の規律違反を犯したというのは中々に衝撃的だったらしい。

みんな唖然としている。

 

ちなみにラウラは俺たちが怒られている後ろをすり抜けて難なく着席した。

 

「デュノアと織斑は放課後、教室を掃除しておけ。二度目は反省文提出と特別教育室で生活をさせるのでそのつもりで。ああ、当然だが千凪が監督だ。」

 

「はい………」

 

なんとか回復したシャルロットと俺は意気消沈。

 

その後着席。

 

ちょうど座ってすぐにチャイムが鳴りSHRが始まった。

 

「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など、取ってくれるなよ。」

 

そう、授業時間数としては少ないが一般教科…所謂『国数理社英』的なものも当然履修する。

中間テストこそないけど期末はあり、そこで赤点を取ると夏休みは連日補習となる。

 

教師にとっても生徒にとっても全くもって優しくない制度だ。

だが、それはとりあえず置いておく。

 

「それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように。」

 

そう、七月頭―――六日から八日の三日間の校外実習―すなわち、臨海学校があるのだ。

しかも三日間のうち初日は丸々一日遊ばせてくれるという。

 

もちろん海なのでそこは咲き乱れる十代女子。

先週から…早い人は告知されてすぐからテンションあがりっぱなしで何人かはそれが原因で空に指導を受けた。

 

俺としては水着を買うのがめんどくさいというのが本音だが、それを素直にぶちまけたら鈴とセシリアに猛注意を受けた。

その様子はマシンガンの如く。

 

仕方なく買いに行く事になった。まあ、今週末にでも見に行けばいいか。

 

「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ。」

 

「あの、織斑先生。今日は山田先生と千凪先生はお休みですか?」

 

クラスのしっかり者こと鷹月静寐さんのもっともな質問。

俺も実は気になっていた。

なんせ今日は千冬姉ではなく空のSHRの日だったのだから。

 

「山田先生と千凪先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので今日は二人の仕事を私が担当する。」

 

「ええっ!山ちゃんと空くん、一足先に海にいってるんですか!? 良いなぁ〜。」

「ずるいっ! 私にも一声かけてくれればいいのに!」

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうな〜。」

 

流石、咲き乱れる十代女子。

話題があればすぐに食らいつく。

 

「あー、いちいち騒ぐな。それに遊ぶ暇など二人には無いぞ。訓練で使用する海域にブイの設置、及びその海底に回収ネットの敷設…人手は二人では足りない位だと言っていたな。炎天下の肉体労働だがそれでもやりたいのか。」

 

「―――」

 

教室が一気に静かになった。

 

「よろしい。」

 

鷹揚に頷いた千冬姉が教室を出て行くと同時、一般教科の先生が入ってきた。

 

さて、授業だ授業だ。

 

 

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#35:乙女の心は晴れ時々曇り
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