インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#38
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[side:箒]

 

バスに揺られること数刻。

トンネルを越えるとそこは………

 

「海っ、見えたぁっ!!」

 

青く輝く、夏の海が待っていた。

 

「ほら、席を立たない。」

 

席から立ち上がって、海が見えてる側の窓をうかがう生徒(わたしたち)に苦言を呈する空。

けれどもその表情は『やれやれ、仕方ないな』と言わんばかりだ。

 

「やっぱ、テンション上がるよな。」

 

「そ、そうだな。」

 

バスでの隣の席は…一夏だった。

そのおかげで心拍数は上がるし、頭に血は上るしで、まったく落ち着くこともできなかったが。

 

ちなみに通路をはさんで反対側はセシリアでその後ろがラウラとシャルロットだ。

 

三人とも、妙に機嫌がいいのはその手首やら首やらにある銀色のモノの効果だろう。

ずっと、それを見つめては表情を崩しているからな。

 

そして、それの様子を見る一夏が苦笑気味な処からしておそらく一夏がプレゼントしたものだろう。

 

………私はその日、空に稽古をつけてもらっていたから行ってない。

そのことを後悔はしていないが、釈然としない。

 

もうすぐ、私の誕生日なのだぞ。

 

 

 

「箒、向こうに着いたら泳ごうぜ。」

 

「あ、ああ。昔はよく遠泳をしたものだな。」

 

不満と、緊張と、そのほか色々な物が混ざって私の挙動はかなりぎこちない。

一夏も不思議そうな視線を向けてくるから、おそらく『変な奴だ』と思われている。

きっと、おそらく。

 

そんな私の思惑や気持はまったく考慮されずにバスはどんどんと先へ進んでゆくのであった。

 

[side:ラウラ]

 

………つ、ついにきてしまった。

 

『うーん、似合うんじゃないか?かわいいと思うぞ。』

 

混乱する私の脳裏に先日、水着を買いに行った時に((一夏|わたしのよめ))に言われたことが蘇ってきていつもなら制御できる感情がそのままに暴走する。

 

『かわいいと思うぞ。』

 

脳内で反響するかのように繰り返される声に思わず呆け、はっと我に返って辺りをうかがう。

 

その繰り返しを数度。

 

気がつくとそうなっているのだから始末が悪い。

 

 

ああもう、すべて((一夏|よめ))のせいだ!

 

……私をこんなにした責任、とって貰うからな。

 

「そろそろ目的地に着くから、ちゃんと席に座って。」

 

((空|かあさま))の声に周囲の生徒たちは『はーい』と軽く返事をしてからめいめいの席に戻ってゆく。

さすが母さま、((配下|せいと))の掌握は万全だ。

 

 

それからほどなくして、私たちを乗せたバスは目的地に到着した。

 

 * * *

[side:一夏]

 

目的地に到着したバスからわらわらと降り、旅館の方との面通しが済み、俺の部屋が千冬姉と同じということが伝えられその部屋に荷物を置いて、着替えに水着にバスタオルといった必要な物を持って、いざ更衣室へ。

 

途中、何やら『ファンシーな世界の生き物』らしき影がちらっと見えたけど……たぶん気のせいだろう。

 

気のせいだと思いたい。いや、気のせいであってほしい。ぜひとも。

 

主に俺と箒と千冬姉の平穏とおそらくそれのとばっちりを食らうであろう山田先生の為にも。

 

 

大丈夫だよな、もし気のせいじゃなかったら………

とか考えてるうちに更衣室にたどり着き、着替え終わったのでその『ファンシーな不思議生物』の事は記憶の片隅に追いやって海を楽しむことにした。

 

「あ、織斑くんだ。」

「う、うそっ!私の水着、変じゃないよね?」

「わー、体かっこいー。鍛えてるね〜」

「あとでビーチバレーボールしようよ!」

 

更衣室から出たところでちょうど同時に出てきた同クラスの女子集団と遭遇。

 

「おう、時間があったらな。」

 

なるべく邪念や煩悩が浮かばないように気をつけながら応対し、さて懐かしき砂浜への一歩を!

 

 

「あちち、あち。」

 

七月の太陽がせっせと熱した砂の熱さに足の裏が灼かれる。

けど、その感触がなんとも懐かしくて、楽しい。

 

到着して間もないというのに海岸では肌を焼いてる子、砂浜で遊んでいる子、さっそく泳いでいる子と様々だ。

そしてその身にまとう水着も様々である意味、夏の太陽よりも眩しい。

 

「さて、と。」

 

俺が準備運動を始めてせっせと体を動かしていると、

 

「いーちかっ!」

 

オレンジと白のストライプで、スポーティーなタンキニタイプ(へそ出し)の水着を着た猫みたいなやつ――要は鈴が俺に飛びついてきた。

 

そういえば水泳っていうと俺に飛び乗ってくるんだよな、こいつは。

 

「ほら、はやく終わらせて泳ぎましょうよ!」

 

「こら。しっかりやんないと溺れるぞ。お前、しっかりやったのか?」

 

「あたしは溺れたこと無いわよ。きっと前世は人魚ね。」

 

そう言いながら俺の体を器用によじ登って首にまたがるように肩に座る鈴。

 

「おー、高い高い。遠くまでよく見えるわね。あんた、監視塔になれるんじゃないの?」

 

「監視員じゃないのかよ。」

 

「いいじゃん。人の役には立つわよ。」

 

「で、誰が乗るんだ?」

 

「うーん、あたし?」

 

 

そんな懐かしくも漫才じみた会話をしていると

 

「あ、あ、ああっ、な、なにしてますの!?」

 

ブルーのビキニ、腰に同色のパレオという格好のセシリアが現れた。

その手にはパラソルとシートにサンオイル。

 

「何って…肩車。もしくは移動監視塔ごっこ。」

 

「ごっこなのか。」

 

「だってあたし、ライフセーバーの資格持ってないし。」

 

「まあ、そうだろうな。」

 

「溺れてるのが居れば助けるけどね。」

 

「ミイラ取りがミイラになるなよ。」

 

「ならないわよだってあたしは――」

 

「前世は人魚、だったか?」

 

「よくわかってるじゃない。」

 

「わたくしを無視しないで頂けます?」

 

おっと、いけない。

つい上下会話に熱が入りすぎてしまった。

 

「とにかく、鈴さんはそこから降りてください!」

「ヤダ。」

 

「な、なにを子供みたいなことを…っ!」

 

ザクっ、とパラソルを砂浜に突き立てるセシリア。

その姿にはしっかりと怒りがこもっていた。

 

「だって、十五は立派な子供でしょうが。」

 

「そういう問題ではなくてですね…」

 

ふと、俺は周囲からの視線に背筋がゾクリときた。

 

限りなく嫌な予感。

 

そしてそれは、たいてい的中する。

 

 

「あーっ!織斑くんが肩車してるー!」

 

「いいなぁ…」

 

「きっと交代制よ!」

「そして早い者勝ちよ、先着よ!」

 

わらわらと集まり始める勘違いした女子たち。

 

「鈴、降りろ。誤解を招いてる。」

 

「仕方ないわね。」

 

『鈴によじ登られただけで肩車はしてないしする気もない』と説明する傍らで鈴は俺の肩から飛び降り、手のひらで着地。

そのまま前方返りで起立。

すげぇ、猫みたいだ。

 

 

なんとか集まってきていた女子に解散してもらったところで鈴はセシリアに向く。

 

「で、アンタはどうしたの?一夏に肩車してもらいにきたの?」

 

「違いますっ!」

 

フーッ、とこれまた猫が威嚇するみたいにするセシリア。

 

なんだろう、猫と猫の喧嘩でも見てる気分だ。

 

「一夏さんっ!サンオイルを塗ってください!」

 

 

「………え?」

 

セシリアの大声にやっとのことで散らせた女子が再び集結の兆しを見せる。

 

「その手があったかっ!」

 

「それじゃあ私、パラソル持ってくる!」

「じゃあ私はシート!」

「サンオイル持ってくる!」

「それじゃあサンオイル落としてくる!」

 

ちょ、待て!って、

あーあ、ざぶざぶと海に入ってっちゃったぞ。

 

ったく………

 

「コホン。それじゃあ、お願いしますね。」

 

パレオを外し、突き立てられたパラソルの下に敷かれたシートにうつ伏せに寝そべるセシリア。

 

「ええと、背中だけでいいよな?」

 

ていうか、背中だけで勘弁してほしいというのが本音だ。

 

「一夏さんがされたいのでしたら、前もどうぞ。」

 

「背中だけで勘弁してください。」

 

「でしたら…」

 

セシリアは首の後ろで結んであったひもを解く。

 

「さ、さあ、どうぞ。」

 

無防備な背中とか、パレオに隠されていたお尻とか、うつ伏せになったことでむにゅりと形を変えた乳房とか、けっこう露出度の高い下の方の水着から伸びる脚線美とかに無意識につばを飲んでしまう俺。

 

もってくれよ…俺の理性。

 

「じゃ、じゃあ、行くぞ。」

 

適量を手にとってそれをぺた…と、

 

「ひゃっ! い、一夏さん、サンオイルは少し温めてから塗ってくださいな。」

 

「す、すまん。なんせこういうのは初めてなんだ。」

 

「そ、そうですの。初めてですの。それならば仕方ありませんわね。」

 

ん?

心なしか嬉しそうな?

 

 

ともあれ、俺は言われた通りに手に取ったサンオイルを揉むようにして温めてからセシリアの背中に手を当てる。

 

その肌のすべすべとした感触で思わず反応しそうになるのを理性と気力で抑え込み、なんとかする。

 

「ん……イイ感じですわ。」

 

「そうか。」

 

なんだかマッサージをされているように気持ちよさげに目をつぶるセシリア。

 

「一夏さん、もっと下の方も……」

 

「せ、背中だけって話じゃなかったのか?」

 

「手が届きませんから、その…お尻の方も……」

 

「え、ええっ!?」

 

さすがにそれは…マズイ。

俺の理性的にも、後々の生存的意味でも。

 

「はいはい、あたしがやったげる。」

 

と、鈴が割って入ってきた。

 

俺の手からサンオイルを奪い取って、それを手に取り…

 

「ほれほれほれっと!」

 

「ひゃンっ!り、鈴さん。何を邪魔して……つ、冷たっ!」

 

そのままべたべたと塗ったくる。

 

そのあまりの冷たさに思わず上半身を起こすセシリア。

 

その結果、何が起こるかを瞬時に察知した俺はすばやくサンオイル塗りの場所から離れセシリアに背中を向ける。

 

「? 一夏さん、何故に背中を…って、きゃぁぁぁぁぁ!?」

 

俺の奇行(わからなければそう見えるだろう)の理由を理解したセシリアの悲鳴。

 

そりゃあな。

シートの上に置いてあるも同然なのに上半身を動かしたらそりゃそうなるような。

 

「あー、ごめん。」

 

鈴がまったく『申し訳ない』という様子を感じさせないで謝った。

 

「い、今更謝ったって許しませんからね!」

 

「うん。じゃあ、逃げる。またね〜」

 

ぐい、と俺は鈴に引っ張られる。

 

「すまん、セシリア。鈴には言い聞かせておく。あと………俺は見てないからな。」

 

「なっ!?」

 

ぼっ、と赤くなって固まったセシリアを置いて、俺は鈴に引っ張られるがままに海へと飛び込んだ。

 

「ぶはっ!鈴、お前なぁ。」

 

「一夏、向こうのブイまで競争ね。負けたら駅前の『((@|アット))クルーズ』でパフェおごんなさいよ。――よーい、どん!」

 

「こら、卑怯だぞ!ええい、待てっ!」

 

「あはは、ぼーっとしてるのが悪いのよ!」

 

「不意打ちにも程があるっ!」

 

こうして俺はなし崩し的に鈴を追いかける羽目になった。

 

………ちなみに@クルーズのパフェは一番安くても一五〇〇円する、なかなかに財布に厳しい一品である。

 

これは負けられないな。

説明
#38:海に着いたら十一時!(前篇)
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タグ
インフィニット・ストラトス 絶海 

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