インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#42
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[side:一夏]

 

時刻、午前十一時半。

 

作戦開始時刻になり、戦闘要員の俺とセシリア、空と警戒要員としての箒が少し間を開けて一列に並んで立ち、視線をかわして、一度頷く。

 

「来い、白式。」

「行くぞ、舞梅。」

「参りますわよ、ブルー・ティアーズ。」

 

気合いを込めて、ISを展開する。

 

見た目が変わらないのは俺の白式だけでセシリアのブルー・ティアーズはその名の由来ともなったビット全てが砲口を塞がれ追加スラスターとして、腰部にスカート状に接続されている。

武装は大型BTレーザー兵器《スターダスト・シューター》に変更され、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》が追加された。

 

箒の舞梅は脹脛と腰に追加ブースター、背中にウィング状のスラスターユニットが追加されている。

 

一番原型をとどめていないのは、空の薙風だろう。

 

回転式光学カメラ装備の可動式バイザーが備えられたヘッドギア、装甲は前腕部の籠手状パーツと膝下のブーツ型パーツくらいしかなく、殆ど生身と変わらないサイズからすれば巨大すぎる背中のスラスターとウィングユニットが目を引く。

更には腰や脛に箒の舞梅のものと同型のブースターまで装備している。

 

ついでにスラスターの上部にはレドームらしきものがあり武装は学年別トーナメントの前にラウラとひと悶着があった時に見た大型ライフルが一丁。

 

この姿から、元は打鉄やラファールに似たデザインの装甲を持っていたとは想像もできないだろう。

 

 

『それでは、作戦の最終確認を行う。』

 

オープンチャンネルで千冬姉の声が聞こえてきた。

 

『この作戦の要は((一撃必殺|ワンアプローチ・ワンダウン))だ。短時間での決着を心掛けろ。なお、((戦域管制|CP))は千凪先生に一任する。各員は千凪先生の指示に従え。』

 

「了解。」

 

「一夏さん、しっかりつかまっていないと、振り落としてしまいますわよ。」

 

「わ、わかった。」

 

振り落とされる事がないように俺はセシリアの背中にしっかりと掴まる。

 

 

『……それでは、作戦開始ッ!』

 

千冬姉の声と同時に上昇を開始、地上五百メートルまで上がる。

 

『暫時衛星リンク確立、情報照合……完了。各機へ、目標の現在位置を送る。』

 

表示された空間投射モニターには現在位置と予想進路、会敵予想地点が表示されていた。

 

『進路確認。一気に行くよ!』

 

空の声。

 

その直後に薙風のスラスターが盛大に火を吹いて加速を始める。

 

それに続いて舞梅も加速を始め、それに追随するような形でブルー・ティアーズも加速を始める。

 

周囲の風景が流れるように変わり、まるで((瞬時加速|イグニッション・ブースト))を長時間続けているかのような感覚に陥る。

 

 

マップ上の現在位置と、((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))の予想進路がみるみる内に近づいてくる。

 

 

『こちら千凪、目標を捕捉。位置情報を送る。箒はこのあたりで高度を下げて待機。以後、戦域に近づかないようにしつつ周囲を警戒。』

 

先頭を飛ぶ空から情報が送られてきてマップ上の点が一つ増える。

 

予想進路をなぞるように飛ぶ点が、((福音|ヤツ))だ。

 

『了解』

 

箒の舞梅が減速し、あっという間に追い抜く。

 

 

目視でも、点くらいだった福音がみるみるうちに大きくなる。

名の通り銀色で、頭部から一対の巨大な翼が生えているという特異な姿をしていた。

 

あの翼が、大型スラスターと広域殲滅用射撃兵装を融合させた新システムなのだとか。

 

『予定接触時間まであと二十。一夏、突入用意。』

 

「ああっ!」

 

『一夏さん、スパートをかけますわよ。』

 

手に雪片弐型を握りしめた俺、巡航速度から最高速度へと叩きこむセシリア。

 

だんだんと距離が詰まってゆき、ギリギリまで接近しようと福音を追い掛ける。

 

『三、二、一――』

 

ゼロ。

 

空のカウントと同時、俺は零落白夜を発動させ、イグニッション・ブーストで最接近をかける。

 

「うおぉぉぉぉぉぉッ!」

 

光の刃が福音に食らいつく―――その寸前、

 

「なッ!?」

 

福音は速度を保ったままこちらに反転、後退の姿となって身構えた。

 

一瞬、引いて体勢を整えるか、このまま強行するか迷ったが距離と速度の事を考えて強行に決めた。

 

斬撃のモーションを途中でやめるというのはかなり大きな隙を作る。

 

しかし…

 

「敵機確認――迎撃モードへ移行、《((銀の鐘|シルバー・ベル))》、稼働開始。」

 

オープンチャンネルから流れてくる抑揚のない機械声。

けれども明確な敵意なようなモノが感じられて、ぎくり、とした。

言い方を変えれば嫌な予感がした。

 

 * * *

[side:   ]

 

そしてその一夏の予感は、すぐに現実のものとなった。

 

福音はぐりん、といきなり体を回転させ零落白夜の刃から数ミリの精度で逃れきった。

ISが((慣性制御機能|パッシブ・イナーシャル・キャンセラー))を装備しているとはいえ、難易度はかなり高い、技量が要求される技だ。

 

「くっ…あの翼が急加速しているのか?」

 

「一夏、離脱!ブルー・ティアーズの現在位置は三時方向。」

 

『重要軍事機密』の意味を改めて思い知らされるが、驚く暇もなく空からの指示が飛ぶ。

 

同時に離脱支援の援護砲撃がかけられ、一夏は高速飛行中のセシリアと((合流|ランデブー))を果たし、再び急加速からの強襲を試みる。

 

が、舞っているかのような動きで紙一重の回避をされてしまう。

 

空とセシリアが回避先を潰すように牽制射撃を繰り返しているというのに、だ。

 

繰り返す事数度。

 

『零落白夜の、白式の継戦時間の限界が迫ってきている』という現実が焦りを呼び、

一夏はその焦りから大振りの一太刀を浴びせようとしてしまった。

 

そして、それによってできた隙を見逃してくれるほど福音は甘くなかった。

 

スラスターでもある銀色の翼。

その装甲の一部がまるで翼を広げるかのように開き、一夏は『スラスター兼武装ユニット』である事を失念していた事に気付く。

 

一斉に解放された砲口を白式に向けるために翼が前にせり出す。

 

咄嗟に防御態勢を取ったその直後、幾重にも光の弾丸が撃ち出され、羽のように舞ったかと思いきや鋭角的に突っ込んできてISアーマーに接触、刺さったかとおもったら爆発した。

 

『爆発性エネルギー弾』

 

それが((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))の主兵装《((銀の鐘|シルバー・ベル))》。

 

エネルギー弾には変わりがないので零落白夜で無効化する事は出来るが、高い連射性能が中々に脅威だ。

 

「ああもう、埒があきませんわ!」

 

セシリアの声の通り、こちらの攻撃は当たらず、ただただエネルギーを消耗してゆく。

そんな状況に焦りが生じてきた。

 

「……オルコットさん、援護は全部任せる。一夏、挟撃するよ。」

 

空の声。

 

それまで使っていたランチャーをセシリアに押しつけ、レドームなどのユニットを収納。

身軽になった処でアサルトライフルと接近戦用ブレードを展開し巧みに福音に接近してゆく。

 

エネルギー弾を放とうとすると翼に攻撃目標を切り替え、撃たせない。

 

そこに二丁の大型ライフルを持つ事になったセシリアの砲撃。

 

僅かながら、注意が外れた瞬間を狙って一夏は((瞬時加速|イグニッション・ブースト))を敢行。

一撃必殺を狙ったが、その結果は福音の全面反撃だった。

 

「La………♪」

 

甲高いマシンボイス。

同時にウィングスラスターに仕込まれた砲口全てが開いた。

 

その数、三十六。

 

回転しながら全方位に放たれたが、空とセシリアの方に密度の高い場所が向いている。

 

 

(行ける。)

 

そう思った一夏だが、視界の端に飛び込んできたモノに絶句しかけ、目標を変更。

 

海面に向かってゆく一発に向かってゆき、零落白夜で掻き消す。

 

 

「一夏さん!折角のチャンスに、何をしてますの!」

 

「船がいるんだ! 先生たちが封鎖してる筈なのに……ああ、くそっ!密漁船か!」

 

 

「密漁船―――」

 

「こちら千凪。戦闘領域内に船舶が侵入、即時対応を。――箒、雲行きが怪しい。」

 

セシリアは愕然とし、空は他の教員と箒に指示を飛ばす。

 

その、一瞬。

 

注意が戦闘領域内に侵入してきた船に向いた瞬間が命取りだった。

 

「ッ!―――きゃぁぁっ!」

 

瞬間的に肉薄されたセシリアに連打が入る。

 

それによって取り落とした《スターダスト・シューター》が空中で光と消えてゆく。

 

(マズイ、((具現化限界|リミット・ダウン))だ!)

 

元々燃費の良い方ではない第三世代型のブルー・ティーアーズに高機動戦闘をさせてきた上、白式の外付けブースター的な役割までさせてしまっていたのだ。

 

当然、消費速度は普段よりも早い。

 

そこに今の連撃。

 

確実にブルー・ティアーズは限界を迎えていた。

 

「ッ!」

 

再び一斉掃射をセシリアに放とうとする福音。

 

 

一夏は、全力で福音に襲いかかった。

 

アレ以上の攻撃を受けたら、いくら生体保護機能があると言えど重傷は避けられない。

故に、注意を自分に向けさせるべくの特攻を敢行したのだ。

 

そして、それは思惑通りに進んだ。

 

体当たりされた福音は『邪魔だ』といわんばかりに振りほどいた一夏に掃射を叩きこむ。

 

「ぐあぁぁっ!」

 

元より、零落白夜とイグニッション・ブーストの使用で少なくなっていたエネルギーが底をつく。

シールドで打ち消せない分のダメージは一夏に通り、骨をきしませ、筋肉に悲鳴を上げさせる。

 

「一夏さん!」

 

気を喪って落下してゆく一夏。

セシリアは悲痛な叫び声を上げる。

 

「箒ッ!」

 

『了解ッ!』

 

空の指示に、待機していた箒が動く。

 

指示が無ければなかったで、もう数秒後に飛び出していただろう。

((瞬時加速|イグニッション・ブースト))で急加速して箒の舞梅が戦域に突入する。

 

「セシリア、退避ッ!」

 

空の怒鳴り声。

 

しかし、セシリアはその場で『イヤイヤ』をするばかりだ。

 

いくら代表候補生と言えど、目前で親しい人間が死にかける光景など見慣れるものではない。

ショックを受けるのは、ある意味で当然の事なのだ。

 

特にセシリアの場合、両親を事故で喪っている。

その時のショックが、『親しい人間を喪う事への恐怖』として刻まれているのだ。

 

茫然自失になって当然であり、それは致し方ない事である。

 

 

だが、セシリアは専用ISという((戦力を持つ戦士|たたかうもの))としてこの場に居り、感傷に浸る時間を与えてくれないのが実戦と言うものである。

 

「くっ―――!」

 

空は必死になって福音の注意をセシリアから自分へと移すべく攻撃を加える。

 

その間に箒はセシリアに接触、強引に手を引いて福音から遠ざける。

 

何発か流れ弾が飛んでくるが箒は自身の舞梅を盾にしてセシリアを守る。

 

被弾、被弾、被弾、

爆発に装甲を灼かれ、砕かれても舞梅は己が主と共にただ耐える。

 

 

(作戦は失敗………せめて一撃、大きいのを入れて片翼くらいはもがせて貰う)

 

「箒、一夏とセシリアを回収して撤退。――作戦は失敗。第二フェイズに移行する。」

 

第二フェイズ。

 

パッケージの((量子変換|インストール))が間に合わなかった、速力に劣る第三世代機各機の投入、

そしてその為に福音の撃墜から、機動力と推力を殺ぐ事に目的がシフトする。

 

 

空が出撃前に『念の為に第二次出撃の用意を』と千冬に言っておいたのはこのためである。

…一夏の零落白夜による撃墜が失敗した場合の、全戦力投入という次の一手の為に。

 

「空、お前はどうする気だ!」

 

「福音は、僕が抑えておく。再出撃の用意をしてる筈だからそれまでは持たせるつもりだよ。」

 

「くっ…」

 

箒とて、一夏が撃墜されて頭に血が上っている。

が、自分と舞梅では福音に手も足も出ずに一夏の二の前になる事も理解している。

 

舞梅も、所詮は第二世代型なのだ。

操縦者の質でも劣り、機体性能も相手の方が上。

更に言ってしまえば舞梅はいわば『競技用』であるのに対して福音は『軍用』…『実戦用』である。

 

白式ほどの攻撃力も、ブルー・ティアーズほどの速力も無い。

一夏ほどのISにおける接近戦技能も、セシリアほどの経験も無い。

 

そんな舞梅と箒に、福音に刃を突き立てる事はまず不可能だ。

 

「早くッ!」

 

「わ、判った!」

 

箒は空の声に背中を押され、勢いよく海面へと向かいそのまま水中へと潜る。

 

センサーを頼りに撃墜され、海中に没した一夏と白式を探し出して抱え上げて待たせてあるセシリアの元へ戻る。

 

海中から引き揚げられた一夏はISの防御機構を抜けた熱波によって至る処に火傷を負っていた。

……幸か不幸か、海中に没した事ですぐに冷されはしたが、それでも火傷というものは十分に危険であり場合によっては命にかかわるモノである。

 

ブルー・ティアーズを牽引しながら戦域をのろのろと離脱してゆく舞梅。

重傷の一夏が居るために無理をさせられないのだ。

 

その姿を確認し、流れ弾がそちらに行かないように福音の攻撃方向を誘導する。

 

要は福音が舞梅とブルー・ティアーズに背中を向けている状態にして全方位攻撃を使わせなければいいのだ。

 

 

 

 

「!?」

 

一瞬の隙をついて福音の腕にワイヤーロープが絡みつく。

 

そのロープをたどれば空の、薙風の右腕に接続されたウィンチ・ランチャーに辿り着く。

 

「捕まえた。」

 

同時に薙風の右腕以外の部分が光に包まれる。

 

武装試験機故の、基礎フレーム以外全てのパーツが換装可能という仕様。

それを生かした、戦闘中の仕様変更。

 

光が消え、姿を変えた薙風はそれまでの軽装甲ぶりから一転して((全身装甲|フルスキン))となっていた。

 

ウィンチを巻き上げ、薙風自身も接近する。

 

そして、左腕で砲撃しようとした福音の片翼を掴む。

 

そのまま押し込み、福音に海面を背負わせ…福音ごと加速する。

 

 

上空五百メートル付近からの海面への急速落下。

 

その際の水面はコンクリート並か、それ以上の堅さを持つ。

 

抗おうと福音はエネルギー弾を乱射するが、重装甲と化し、ある理由からエネルギーシールドまで展開されている装甲の前に弾かれる。

 

海面まであとわずか、と言うところで空はニヤリ、と笑う。

 

バクン、と次々と開いてゆく装甲。

胸部装甲、左右腰部装甲、左腕部装甲、両肩部装甲、両脚部装甲―――。

装甲という装甲が全て開く。

 

福音が、一瞬強張った。

 

「さて、―――我慢比べだ。」

 

装甲に仕込まれていた数十ではおさまらない数のマイクロミサイル。

本来は日本製第三世代型兵装――マルチロックオンシステムの試験用に用意された物であり、システム面が未完成な代物だ。

 

 

…だが、至近距離からならばロックオンすら必要ない。

 

 

一発一発が十分な破壊力を持つ、その全てが超至近距離から福音に襲いかかる。

 

ゼロ、セコンド。

 

海面に叩きつけられた福音にミサイルが殺到した。

 

 * * *

 

ドォォォォン―――

 

 

盛大な爆音に箒は思わず振り返った。

 

見ると盛大な水柱が…そう、水中で大爆発を起こしたかのような水柱が立っていた。

 

「空―――ッ」

 

『戻りたい』

その心を懸命に押し殺す。

 

恐らく、空は嘘を言っていた。

その嘘は戦力成りえない自分たち三人を下がらせるためのものであると箒は感づいていた。

 

だから、戻らない。

 

 

 

爆発の影響か、センサー系は役に立たない。

 

福音の所在も、空の所在も一時的ながら撹乱されてしまっているのだ。

 

「………無事で、居てくれよ。」

 

師であり、友である少女の無事をただ祈る。

 

 

 

出撃地点であった浜に戻った箒たちに告げられたのは福音の健在と、薙風の反応消失であった。

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用語補足[2]

CP = Command Post 戦闘指揮所

説明
#42:福音の鐘は誰が為に鳴る
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タグ
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