SAO//G.U.  第一話
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Fragment1 《新世界》

 

A.D.2022 10/20

 

「たく……、何で日曜の午前に呼び出しなんて食らわなきゃいけねーんだ……」

 

まだ卒論書き終わってねーんだぞ……そうぼやきながら青年は駅から出てある場所を目指しビル街の方へ歩いていく。

少し長めで乱雑に散らされた黒髪、黒のジャケットに黒のジーンズ、おまけに黒のスニーカーと全身黒尽の格好は、青年の普通より少し白の強い肌をより際立たせている。

ジーンズのポケットに手を突っ込み少し猫背気味の姿勢で歩く青年の姿は朝から新しい職を探すフリーターか、若しくは夜通し遊んでいたチンピラかホストにしか見えない。 本人はれっきとした大学4年なのだが。

と、そこに十月も後半に差し掛かる昨今、急に冷たくなってきた風が吹き付ける。

そのせいで猫背のようになっていた背を更に丸めてしまう。

 

「〜〜〜〜〜〜っ、急に寒くなってきやがったなぁクソッ。拓海のヤロォ、これでしょーもない用だったらホントに一発ぶん殴るぞ……」

 

ぐちぐちと不満を言いつつもしっかりと呼び出された場所に行くのは、相手が何でも無いことで自分を呼び出したりしないことを判っているからだろう。

それから歩き続けること約20分。

 

「やっと着いたか……。家のアパートから遠いんだよなぁ、ここ」

 

そう言いながら、彼は辿り着いた目的地、CC社本社を見上げた。

 

「相変わらずでけぇな。俺も春からここに入社すんのか……。そーすっと今のアパート引き払って宿舎入った方が楽か?……いや、しかし家賃が……ならバイクか?……」

 

そんなことを考えながら自動ドアを通る。

 

 

------------------------

 

 

「しっかし……」

 

この会社ともアイツとも腐れ縁だな、内心苦笑しつつエントランスへ入り、受付のカウンターへと向かう。

 

「すみません、三崎という者ですが」

 

「はい、何かご用向きでしょうか?」

 

「ええ、本日御社の火野さんと会う約束をしているんですが……」

 

「火野?……火野社長で御座いますか?」

 

そういやアイツ社長になったんだっけか。ヤロー、人が卒論で苦労してるっつのに……。

 

「……き様?……三崎様?どうされました?」

 

「ん?……あぁ! すみません。そうです、火野社長です」

 

「承りました。ではアポイントメント証を御呈示頂けますか?」

 

「は? あの……持っていないんですが……」

 

受付の問にそう答えると、先程まで張り付けていた営業スマイルが消え去った。

 

「申し訳ありません。弊社はアポイントメント証をお持ちでない方をお通しすることは出来ません。

アポイントメント証を発行して頂いて、再度お尋ね下さい。」

 

なんて具合に不信感たっぷりの声音で返された。

 

(おいおい……)

 

それから暫く問答するも受付の女性はアポ取ってこいの一点張り。

そっちから呼んどいてそりゃねーだろ、と途方に暮れていると向こうのエレベーターから見知った顔がやって来た……不機嫌オーラを纏って。

女性にしては高い身長、それに伴ってスラッと細い脚、ストレートに流している長い黒髪、ビジネススーツを着こなすその姿はかけているハーフフレームの眼鏡も相まってかなり魅力的だ。

 

(醸し出している不機嫌オーラが接近する事を許しはしないがな)

 

「遅いわよハセヲ。待ち合わせの時間はもう過ぎてるけど?」

 

(うわ、怖っ!)

 

表情はそんなに怒ってなさそうなのにその背後には般若の幻影が見える程だ。ふと時計を見てみると針が指し示す時間は10時34分28秒。約束の時間は10時30分である。

 

「まだ5分も過ぎてねぇじゃねーか…」

 

「その5分が命取りになることがあるのが社会というものよ。CC社(うち)に入るのであれば覚えておきなさい、ハセヲ?」

 

「はいはい……」

 

(小声で言ったのに聞こえていやがったか……、この地獄耳め)

 

「何か言ったかしら?」

 

「いや、何でもない」

 

(……恐ろしいことこの上ねぇ……つか人の心を読むんじゃねぇ……!!)

 

「まぁ良いわ」

 

そう言うとやって来た女性、令子さんはオーラを霧散させて受付の女性の方へ向き直る。

 

「で、どうしたの?何か揉めていたようだけど」

 

「いえ、そちらの三崎様が社長との約束があると仰るんですが……、アポイントメント証を持っていらっしゃらないようでして」

 

「あら?そういえば発行してなかったわね。いいわ。その件に関しては此方が把握しているから。それに彼は4月からうちの社員だしね」

 

「は? はぁ……承りました、佐伯秘書」

 

話を終えたようで、再びこっちに向き直る令子さん。

 

「そういうことだから、来なさい。こっちよ」

 

そう言って奥に行っちまうもんだから、後を追う。

 

「てか、結局そっちのミスかよ」

 

とりあえず、横に並んで先の会話について聞いてみることにした。

 

「あぁ、悪かったわね。まぁ、そういうこともあるわ」

 

「おい……」

 

肩を竦めて答えてやる。やってられんわ。

 

「あら?それともハセヲ君の器はそんなに小さいのかしら?」

 

「さっき時間がどうのとか言ってたのはそっちだろうに。まぁもういい……つかよ」

 

「ん?」

 

さっきから気になってたことを言ってみる。

 

「《ハセヲ》は止めろって。リアルの俺は三崎亮だっつの。アンタも公衆の面前で《パイ》とは呼ばれたくないだろ? 令子さん」

 

「えっ!」

 

今まで気づいていなかったのか、玲子さんの目が驚きで見開かれ得る。

 

「いや、また気付いて無かったのかよ」

 

(てか驚き過ぎだろ)

 

令子さんは額に手を当ててガックリと肩を落とす。

 

「駄目ね、どうにも直らないわ。もうこっち(リアル)で知り合って何年も経つのにね」

 

「ホントだっつの。Re:2だってもうサービス停止してんのに」

 

そう俺が令子さんに、多くの大切な仲間達に出逢ったあの世界はもう無い。

Re:2の後にも新しい《The World》が開始されたが、俺はそっちでもアカウントを作ろうとは思えなかった。

理由はいくつか有るが……、初代からRe:2への移行と同じく、PCデータの引き継ぎが一切無かったのが要因の一つだった。

旧時代からRe:2への引き継ぎがされなかったのは火災事故のせいだったんだが、今回の場合はCC社……というよりも碑文使い(俺)達の意思に因るものだった。

新しい作製に当たって前のようにハロルドが遺した碑文(ブラックボックス)をそのまま使うのでは、制作は楽だがあの事件を繰り返す可能性があったからだ。

その為Re:2迄のデータを一切使用せず新しいものを作った。

開発は難航を極めたようだが拓海が指揮を取ってなんとかサービス開始に漕ぎ着けたと聞いている。

そして必要なくなったブラックボックスやその他のデータは…………未だにCC社の再深部にあるサーバーに残っている。

当初これらのデータは世に遺さないために完全に消去するつもりだった……が、俺と拓海、そして《彼女》の我が儘によって遺された。拓海は《Aura》の、俺と彼女――志乃――は《あの人》の眠る場所を消し去りたくはなかったから……。

 

 

閑話休題(それはさて置き)

 

 

話を元に戻そう。令子さんが俺を《ハセヲ》と呼ぶ理由は単純明解。《The World》での俺のPCネームが《ハセヲ》で、その呼称がこっち(リアル)でも治らないからだ。なお誤字ではない。《直らない》ではなく《治らない》で ある。これだけ時間が経ってんのにまだ当時の呼称が抜けないのは最早病的だ。

 

「……う?亮!」

 

「おう!?」

 

「何を惚けているのよ。着いたわよ」

 

おっとまたか。長々と思考している内に社長室に着いていたようだ。

佐伯のノックのあと室内から了承の返事が返ってくる。

 

「失礼します」

 

そう言って入っていく令子さんに続いて入る。

 

「やぁ、待っていたよ。亮」

 

そう言葉を発したのは今日の約束をとりつけた張本人、つい二ヶ月前にCC社社長に就任した火野拓海である。

社長という肩書に反して拓海の格好は白のワイシャツにワインレッドのカーディガン、ジーンズとかなりラフだ。短く切り揃えられた髪と服の上からでもわかる細身ながらもかなり筋肉質な身体、焼けた肌のせいで電子企業の社長というより、アスリートだと言われた方がしっくりくる。

 

「よぅ、一体何の用だ?日曜にわざわざ呼び出したんだ。くだらない用だったら怒るぞ?」

 

さっさと帰りたいので単刀直入に聞く。

 

「折角久しぶりに会ったんだ、そう急かさなくてもいいだろう?」

 

「いや久しぶりって。つい二週間前に一緒に飲み行ったばっかだろうよ」

 

俺はその時に今日の事を言われたのだ。

 

「ふむそう言えばそうだったな。最近多忙でね。それ以上の時間を過ごしたように感じるんだ」

 

「そりゃネットワーク関連企業世界トップクラスのCC社の社長様はご多忙だろうよ。御愁傷様」

 

そう皮肉を多分に籠めて返してやる。

 

「君がCC社への内定が決まっているのもそのお陰なのだ。文句はあるまい?」

 

「…………けっ」

 

そう、何度か話しに出ているが俺はCC社開発部への内定が決まっている。

 

「ハイハイ。これも我らが賢者様のお陰ですよ」

 

「ふむ、国内における屈指の電子工学者を輩出している某大学の学年首席殿にお褒め頂くとは恭悦至極」

 

嫌味をこれでもかと籠めた渾身の反撃は奇麗な鳩尾へのカウンターとなって返ってくる。

あの事件のあと、八ヶ月間で急激に落ち込んだ学力を死に物狂いで復帰させて今いる大学に入ることができた。はっきり言って奇跡といっても過言じゃないレベルだったが。そこまでして入った理由はなんのことはない、両親にとやかく言われるのが嫌だったのもあるが、一番はそこが《奴》の母校だったから。アイツが見た景色を肌で感じてみたかったんだ。

ただ、このネタは俺にとっては嫌なものでしかない。ぶっちゃけ首席なんぞ柄じゃねぇし、挙げ句俺の言動のせいか学内外問わず《不良首席》《ヘタレ首席》などという不名誉極まりないあだ名を付けられ噂されているらしい。

よくからかわれるし堪ったもんじゃない。つか不良はともかくヘタレは意味が判らん……。

 

 

閑話休題(そんなもんは脇にうっちゃって)

 

 

確かにそれなりの学力はある……が、それでも新卒でCC社の開発部に内定が決まる、なんてことはまずない。

なんせ世界中から有能な人材を集めてるんだ。今開発部にいる研究者達だって他の企業で数年、多くは十数年勤めて実績を成してCC社にヘッドハンティングされた人ばかりだ。

色々な企業から勧誘を受けていたが今一つ決まらず、どうしたものかと考えていたときに拓海からの勧誘があり、内定と相成ったわけだ。

ちなみに、それなりに頭は良いと自覚しているが、拓海には遠く及ばない。そりゃそうだ。相手は17歳でCC社に入社してたった5年で社長にまでなるような奴。勝てる気がしない。

 

「………………」

 

と、ここらで皮肉は仕舞いにしておこう。

時間が勿体ねぇし、何より無言で睨んでくる令子さんが恐ろしい。

 

「んで?ホントに用ってのは何なんだよ? いい加減この初めてレイブンに来させられた時みたいな状況をどうにかしてくれ……」

 

社長が拓海(八咫)で秘書が令子さん(パイ)。

これで部屋の一番奥にウルボロス(知識の蛇)が有ったらホントにギルド《レイブン》の出来上がりだ。

 

「あぁ、そうだな。本題に入るとしよう。今回君を呼んだのはある依頼を頼もうと思ってね」

 

「依頼?」

 

拓海(八咫)からの依頼……。

 

(そこはかとなく嫌な予感しかしねぇ……)

 

「あぁそうだ。亮、ナーヴギアは知っているだろう?」

 

「そりゃな。俺も一台持ってるし」

 

「さすがは《不良首席》。現役ゲーム廃人には聞くまでもなかったか」

 

「言ってろ。で? 依頼ってのはそれに関することか?」

 

「ご明察。君のことだ、そのナーヴギアをハードに来月初のVRMMORPGが発売されることも知っているだろう?」

 

「《ソードアートオンライン》のことだろ? 先行β版が1000枠だけ配信された」

 

実は俺もこのβ版に応募していた。勿論外れたが。

 

「そうだ。さて、今回の依頼だが君にはその《ソードアートオンライン》の視察を行ってって貰いたい」

 

「視察? つか俺も予約はしてっけど初回は先着一万しかねぇから買えるかわかんねぇぞ?」

 

「心配しなくていいさ。君の予約分は既に確保している」

 

「さすがCC社、何でも有りだな、オイ……」

 

もうなんか疲れてきた……。

 

「それと視察に関してだが、普通にプレイしてくれればいい」

 

「そんなんでいいのか? てかそもそも何でんなことを?」

 

「なに、CC社でもナーヴギアのMMORPG開発に着手していてね、その参考にと。無論報酬も出そう」

 

(悪い話じゃねぇな。ゲームやるだけで報酬も出んなら儲けもんだし)

 

損得を計算して得が勝ったので一つ頷いて見せる。というか、損が見当たらない。

 

「判った。で? 俺はどうすれば良いわけ?」

 

「うむ、それは……」

 

そこまで言って不意に時計に視線を落とす。

 

「悪いがその説明は令子君から聞いてくれ。私はこれから取り掛からねばならない仕事が有ってね。頼んだよ、令子君」

 

言われ、俺達が話している間手帳を見ていた令子さんは視線を上げて手帳をしまう。

 

「了解しました、それでは失礼します。行くわよ、亮」

 

「了解。んじゃな、拓海」

 

「あぁ、また。亮」

 

言って令子さんに続いて社長室から出る。

 

「それじゃ、歩きながら説明するわよ。私もこの後仕事有るから」

 

「ん」

 

 

=======================

 

 

A.D.2022 11/6

 

 

で、あの後視察の日にち――まぁ、発売日なわけだが――やら報酬やらの話をしてから別れ、視察――という名の遊び――の為に卒論を本気でやって片付け迎えた発売日。

自分でも現金な奴だと思うが……行き詰まっていた卒論が僅か二週間足らずで終わるとは。自分ながらに驚きだ。

この時期に卒論提出する奴は滅多に居ないと教授にも感心された。

 

(とても原動力がゲームですとは口が裂けても言ねぇよな)

 

親しい奴らにはバレていたが。何でもゲーム発売前の俺はいつもそんな感じらしい。

 

「待ってたわよ、亮」

 

CC社に着いた俺を迎えたのはまたもや令子さんだった。

 

「こっちよ、着いてきて」

 

先日のようにあとを着いていく。

と、今更ながらにわいた疑問を投げ掛けてみる。

 

「なぁ、何で俺に依頼を? CC社の社員の誰かでもよかったんじゃないか?」

 

「………………」

 

令子さん頼むから「何言ってんのコイツ?」みたいな目で見ながらため息をつかないで下さい。本気で凹みます。

 

「あのねぇ、ウチの社員にアナタ並みに暇な人がいるとでも?」

 

「ごもっとも」

 

呆れられてしまった。

 

(まぁ、そのくらい少し考えれば判るわなぁ……)

 

どうやら今の俺は相当浮かれているらしい。

 

そして俺は今CC社の一室、というか社内宿泊室にいる。ベッドが有り且つネット環境が整っているのがここしか無かったらしい。

持参したナーヴギアを着けて寝る。後は起動コマンドを言うだけだ。

 

「リンクスタート」

 

意識が遠ざかっていく。《フルダイブ》の開始だ。

 

 

 

========================

 

 

 

実に数年ぶりになるMMORPG。そのキャラクターエディットに際して俺は完全に無意識に《ハセヲ》を作っていた。作製し終えてから気付いて作り直そうとも思ったが…、止めた。

この姿以外で闘う姿が想像出来なかったのもあるが、何より、あの世界に戻れたような感覚になったからだ。

 

そうして降り立った《はじまりの街》。

懐かしい姿で、懐かしい雰囲気を味わう。18世紀のヨーロッパのような街並み。皆主人公やヒロインのような現実離れした姿のプレイヤー達。そしてその喧騒。

それら全てが俺に《あの世界》を感じさせた。

 

「と、いつまでも突っ立ってる場合じゃないな」

 

俺が来た目的は視察(遊び)なのだ。早急に調査し(楽しま)なければ。

 

「まずはっと……武器屋でも探すか」

 

インしてすぐ見える所に込み合っている武器屋が有ったがあっちはダメだな。

多分高い(正規価格の)くせに弱い(初期)装備しか売ってないだろ。

大概この手のゲームは街のどっかに安くて若干だが強い物が売ってる武器屋が在るはずだ、と考えてたら視界の隅インした瞬間猛ダッシュをかますプレイヤーが一人。

多分βテスターだろう。

 

(じゃ、ちょっくら後を着けさせてもらうか)

 

MMORPGにおいて、情報は重要なファクターなのだ。

 

 

 

案の定在った古びた武器屋。目立つ所に在った武器屋の値段よりも2割程安いし、耐久値も高い。

この《SAO》において頼れるのは自分の剣一つと多種多様に存在するスキルだけだ。

そして武器は使った分だけ耐久値が下がり0になる前に鍛冶屋で研がなくてはならないらしい。

であれば、節約のためにも少しでも安く少しでも良いものを求める。

俺のようなゲーム中毒者(ジャンキー)ばかりであろうこの(なんせ初回生産は一万本だ。ほとんどの奴は数日泊まり込んだやつだろう)。最強クラスのプレイヤーを目指すのであれば、いかに他の奴よりリソースを効率的に得られるかが鍵だ。

 

でだ、あの武器屋で買ったのはThe World時代に慣れ親しんだ双剣(初期装備)……は無く、結局ダガーを二本買ったんだが。

 

「まさか、ソードスキルが使えねぇとは……」

 

そう、ダガー二本を両手に装備は出来るのだが、エラー警告が発生しソードスキルが発動しないのだ。

 

勿論一本をストレージにしまい込めばいいんだが、やはり何かしっくりこない。別の武器に変えればいいのかもしれねぇが残念ながらとある理由から今は武器の変更が不可能だったりする。

 

「仕方ねぇ……」

 

左手を振ってメニューを出現させてとりあえず左手に持っている方をしまう。

ソードスキルを使ってみないことにはなんとも言えないからな。戦い方も応用効くだろ。

左腕を前に、右腕を後ろにとThe Worldで双剣を使うときの様に構えて、全身の力を抜き、

 

「よし……、行くぜ!!」

 

気合を入れて駆け出し斬りかかるのは先程から視界に入っていた青いイノシシ《フレンジーボア》。

相手の挙動を読み取り隙を突いて横薙ぎに斬撃を放つ。その感覚はあまり思い出したくないあの状態のときのThe Worldと似ているため体が覚えている。

 

「鈍っては……ねぇな」

 

思わず口許がつり上がる。生死が関わらないのであれば、この感覚は寧ろ好ましい。

 

「……ふっ!」

 

フレンジーボアの突進をサイドステップでかわしつつ思案。

次はソードスキルだ。ダガーのソードスキルは順手持ちか逆手持ちかで異なるが、俺は昔の癖のせいか順手持ちの戦い方が判らないため此方は却下。

逆手持ちダガーの初期ソードスキルは横薙ぎ一閃《ブランディッシュ》と、下から上への袈裟斬り《ライジング》の二つだ。

ソードスキルの発動は1、2、3とテンポを取って放つのでは無く初動のモーションをシステムに乗せ、後はそのままシステムアシストに身を任せるようにする、と今日の為に何度も見直したBBSやら何やらに書いてあった。

初心者には難いだろ、と思いはしたが、俺はその手の動作は慣れたものだ。

 

「っっ!」

 

再度突進を仕掛けるフレンジーボアをバックステップし一瞬だけできた隙に合わせてこれまた懐かしい感覚に身を任せて

 

「っっらぁ!!」

 

《ライジング》をその顔面目掛けて発動させる。

と、フレンジーボアのHPバーは吹き飛び、ポリゴンとなって散っていく。

続いて俺の視界に紫色のフォントで取得経験値が表示された。

 

そこで一息ついてダガーを腰の後ろ手につけている鞘にしまう。

やはりSAOでのソードスキルの発動させる感覚はあの状態のときにThe Worldでアーツを放つ感覚は殆ど変わらない。

改めて確認したところで、次なる敵を求めて俺は駆け出した。

 

 

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ファンフアーレの音楽と共にレベル上昇が視界内で知らされる。現在時刻17時20分。戦闘を始めてからいつの間にか3時間以上が経過し、二度目のレベルアップだ。

レベルアップの報酬として与えられたポイントをパラメータに振り分ける。

勿論割り振るのはSTR(筋力)とAGL(俊敏)だ。これもまた昔の《ハセヲ》と全く同じパラメータ振り分けだ。

ちなみに最初に与えられている2つのスキルスロットは既に埋められている。一つは《片手用短剣(ダガー)》、もう1つは《索敵(サーチング)》だ。武器を変えれない理由はぶっちゃけこれだったりする。

イン直後、何を入れようかとスキルを見ていたとき、不意に目に移ったこの2つを殆ど条件反射的に選択、決定してしまったのだ。

ダガーはともかく、《索敵》はどう考えても視界の広いパーティー向けのスキルじゃあ無い。俺の本質はやはりソロプレイヤーなんだろうと実感した瞬間だったな、ありゃ。

まぁ、選択しちまった以上、以後のスロット増加でパーティー向けのスキルをとるのも無駄使い感が否めないからこのままソロ型にするつもりだがな。

次回生産以後ではどうなるか判らないが、今回の1万人の中に俺の知り合いはいない。人付き合いが得意ではない俺が知り合いがいない現状でパーティープレイをすることも殆ど無いだろうという思考の末に割り切った。

 

3時間以上の戦闘で疲れたこともあって、そろそろ一旦切り上げようと思い、左手を振ってメニューを開いて異変に気付いた。

 

「ログアウトボタンが無い?」

 

そう、確かにイン直後は有ったはずのログアウトボタンが消失していた。

この《SAO》及び《ナーヴギア》を開発したアーガスという会社はプレイヤー第一の会社であり、ことネトゲに関しては最大手のCC社よりも信頼されている。それがこんなバグが発生しているのに何の対処もしないだろうか。

ましてやこの世界を創ったのはCC社でさえその才能を認めてヘッドハンティングを持ち掛けた茅場晶彦だ――結局断られたようだが――。そもそも、こんなバグが起きるとも思えない。

仮に起きたのだとしても、今現在、ここ(SAO)にいるプレイヤーは誰も自分の意思でログアウト出来ないのだから。普通はサーバーを落とすなりして強制ログアウトさせるだろう。

 

「……ん?」

 

ふと、そこまで考えて、何かが頭をよぎった。

 

「自分の意思でログアウト出来ない……?」

 

考えていた言葉を口に出してみる。

 

「……ということは、自分の意思で現実(リアル)に戻れない?」

 

(……この世界に閉じ込められた?……)

 

そこまで考えて漸くさっき脳裏をよぎったことの正体が判った。

 

そう、この現状は、6年前の《AIDAサーバー》のときと全く同じ状況なんだ。

 

あのとき、俺達のような碑文使いだけでなく、一般プレイヤー達も自分のPCと感覚がリンクした。

 

VR空間であるここではそれは当たり前のことだ。

たしかに若干ホラーチックではあるが、これはただのバグだ。

直ぐに対処される。

 

そう自分に言い聞かせるが不安感は取り除かれない。さっきまでの戦闘による満足感は微塵も残ってはいない。嫌な予感が脳内を駆け巡る。

 

「なっ!?」

 

思考中、突如現れる転送エフェクト。

本来なら、やっとシステム側から通知か、と安心するはずのそれによって、俺の中の不安は増大した。

 

 

転送エフェクトが消失して視界に移るのは《はじまりの街》の広場。

 

そこで行われたのはこの茅場晶彦による《SAO》の真の《チュートリアル》

 

 

俺の予感は当たったのだ。

最悪と呼べるカタチで。

 

 

ただの大学生である俺(三崎亮)の理性がそれを否定した。これは嘘だと。何かの催しだと。この世界は虚構に過ぎないのだからと。

 

 

しかし

 

 

 

以前同じ事態に際し、規格外(イリーガル)な力を以て事件を終息させた俺(ハセヲ)の本能が告げた。これは真実だと。これはあの時と同じなのだと。これはあの時より最悪なデスゲームなのだと。奴は、茅場晶彦は本気だと。

 

たった今、この世界は、俺達にとって、現実になったのだと。

 

 

 

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ソシテ世界ハソノ有リ様ヲ永久ニ変エタ。

 

カタチダケヲ残シテ。

 

 

説明
本編突入です
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コメント
サクヤ様> えー、その件に関してなんですが…………実は…………自分LINKやってないんですよ。何かシステムとか設定とかが自分的に受け入れられなくて(汗) だからこの小説ではG.U.その後は独自設定になっています。(haseo)
.hackとSAOは大好きなので期待します。SAOにはハセヲ以外のキャラはでますか?もし、でるならトキオやシックザール達を希望。ところで2022年、令子さんはCC社をやめてNABに所属しているはずなのに何故まだCC社にいるのですか? それとハセヲの就職先もNABを予定していると公式で書いてあったような……(サクヤ)
神薙様> 一応この小説は.hack//G.U.のゲーム、漫画、映画、小説の設定を混ぜて使用しています。 オーヴァンが生きているのがエンディングにあるのは映画だと思われますが、その設定に関してはほかの物を使用しているため、オーヴァンこと犬童雅人の肉体は死んでいます。(haseo)
なんかオーヴァンが死んだみたいな描写が有ったんですが(違ったらごめんなさい)なんかの後日談みたいなヤツでオーヴァンが最後に妹ちゃんと再開しているDVDか何かが有った筈ですよ?(神薙)
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