掘って掘られて
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 惑星ニルンはタムリエル大陸、スカイリム地方は更に9つの地方に分類されており、各地に主要都市が置かれ、首長が各々の地方を守っている。

 帝国の拠点がある帝都ソリチュードがあるハーフィンガル、それに対抗しようとする勢力、ストームクローク率いるウルフリック・ストームクロークが治めるウインドヘルムを要塞とするイーストマーチ、

 湿地帯が領土の大部分を占めるハイヤルマーチ、北は亡霊の海、南側は山岳地帯を占め、平地が少ないペイル、魔術師大学とかつては巨大な都市として機能していたウインターホールド、

 先住民とノルドの抗争が今も激しいリーチ、スカイリム中央部に位置し平坦な場所が多く、公益1盛んなホワイトラン、シロディールとの国境付近に位置する最南端のファルクリース、そしてスカイリムの最も南側に位置し、比較的暖かい地方とされるリフト。

 9つの地方は内戦状態の今現在において、どちらにつくか──帝国か、ストームクロークか──緊迫した状況を保ちながらも、現在は小競り合い程度に留まっていた。

 そしてその地方の一つ──リフト地方の最南端。シロディールとスカイリムの国境を隔てている山脈地帯の一角に、目的の場所はあった。

 随分辺鄙な場所に遺跡があったものだ……まあ、ドゥーマーの遺跡はスカイリム中あちこち散らばっているから、国境付近の山岳地帯にあっても何らおかしくはない。

 山裾から山頂に向かって細い道が螺旋状に伸びている。その道を進んでいくと、やがて石でできた柱やアーチの残骸やらが目に付く。更に進むと、山肌をまるで舐めるように、切り崩したその部分に巨大な建造物が押し込められる形で立っていた。

 元々ここにあったものではない。どうみても人の手──作ったのはドゥーマーだろうが──で山の一角を崩し、その部分に石と特殊な金属──ドゥーマーの装備等で使われる金色の特殊な金属──で作られている。所々は崩れているものの、その素材の丈夫さ故に崩落はしておらず、夜が明ける前、朝ぼらけの中遠目から見ても、その建造物の巨大さに圧倒される。

 ここなら人気はないし村や町からも遠く離れてはいるから、山賊の身の隠し所としては申し分ないだろう。とはいえいくらスカイリムの最南端に近い場所でも山岳地帯にあるため、寒さは平地の倍以上だが。

 その奇妙な──ドゥーマーの遺跡は、グブドリネール、という名前だった。

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「……なにも着いてこなくったっていいんだぜ? 俺一人で何とかなる。あんたは温泉地帯で待ってりゃよかったのに」

 山道故にゆったりとした足取りで馬を歩かせながら、俺は背後から着いてきている奴に正面を向いたまま声をかけた。

 着いてきている者はリズだった。何処から調達したのか馬に跨り、一定の距離を保ちながら俺の背後をずっとくっついてきていた。くねくねと曲がりくねった山道だから後ろに気を取られれば道を外して馬ごと転落してしまう。だから俺は正面向いたまま声をかけたのだ。

 声が返ってこないな、と自然と耳をそばだてると、

「貴方が尻尾巻いて逃げたらどうするの? もしかしたらそのまま国境越えてシロディールに逃げてしまったら私が話した意味ないじゃない」

 やや下の方から甲高い声が響いた。やはりついてきているようだがやや遅れている様子。山道は馬を操るのが難しい故に手こずっているのだろう。……やれやれ、俺が逃げると思っているのかね? こっちだって死活問題なんだぜ。

 遺跡はもう目の前だ。俺は馬を降り、手近の柱に手綱を括り付けて馬を逃げないようにしてから、彼女を向かいに行くべく、一旦道を引き返す。

 しかしリズはなんとか馬を操って遺跡の入り口まで進めていた。俺の姿を見て何故かむっとした表情を浮かべ、馬からさっと下りて俺と同じように手綱を近くの柱に括り付けた。

「ここで間違いないんだな?」

 リズの方を向いたまま、俺は親指で後方を差す。そう、これから向かう場所──ドゥーマーの遺跡、グブドリネールだ。

 彼女は黙ったまま、こくりと頷く。

「そうよ。数年前ここは私達の仲間の住処として拠点を置いてた。あの一件以来、ここには近づいてなかったけど……見た感じ、前と変わらないわね」

「ま、そうだろうな。ドゥーマーの遺跡はそこらの遺跡より頑丈だしな……じゃ、あんたはここで待ってな。行ってくる」

 彼女は承諾すると思っていたのだが──意外なことに、リズは首を横に振り、

「いいえ、私も行くわ。あなた一人じゃ心許ないから」

 心許ない?

「おいおい、俺を誰だと──」

 ぱっと両手を広げ、わざとおどけるような仕草をしてみる。が、彼女はむすっとした表情を変えずに俺に近づき、唐突にびっ、と人差し指を目前に突き出した。

「ドラゴンボーンだから死なないっていうの? そんなの分からないでしょ? 私は貴方がドラゴンボーンだという事を聞いたけど、貴方の力なんてどういうもんか知らない。勝手に一人でもぐって勝手に死なれたら困る。だから私も行く。以上よ」

 言いたい事を言ってすっきりしたのか、リズは俺の横を素通りし、先頭をきってすたすたと遺跡に向かって歩き出した。

「おいおい、何処に向かうんだよ」

「道順を教えるまでよ。……といっても私も走って逃げたから道なんてほとんど覚えてないんだけどね。でも入り口から少しの間の道は覚えてるから」

 振り向かずに歩くリズ。話してる最中はあんなに怯えていたのに、今は微塵もそんな様子を見せない。威勢だけはいいようだ。その威勢が俺が居るせいなのか、はたまた別のものか──

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『何故そんな事を知りたがるの? 遺跡に行って何を探すつもり?』

 リズの疑問は至極当たり前のものだった。何故わざわざ遺跡に出向かなければならないのか、普通なら頭をひねって当然だ。

『ま、俺なりに考えってもんがあるんでね。……教えてくれるよな?』

『教えるのはいいけど、行く理由くらい聞かせてもらってもいいわよね? まさか遺跡荒らしでも?』

 そんな暇がある訳ないだろうが。

『俺が知りたいのはその仮面の構造。何処で手に入れたのか、その仮面について何か残されてはいないか、それを探りたい。遺跡荒らしとか金目のもの目当てに行くあんたらとは違うよ』

 最後の一言が余計だったか。むっと彼女は顔をしかめた。……思えばそれ以来ずっと顔をしかめたままのような気がする。

『あんたらの仲間の一人がどっかでその仮面を手に入れたのは間違いないだろう、それはあんた達がオートマトンによって混乱し、逃げた場所からあんたが昇降機を発見した広間に行き着く間の道でだ。何処かで手に入れたのなら、その何処かで何か手がかりが残されてるかもしれない。仮面についての何かが』

 ドゥーマーの事については、スカイリムではマルカルスに居るカルセルモがドゥーマー研究者の第一人者だが、恐らく今回の仮面については彼も知らない物に違いない。彼の論文はいくつか出版されており、俺はそれを盗賊ギルドでの事件の際、一通り読んだ事があるが、仮面について言及されている一文は無かった。単に書いてないだけかもしれないけど。

『……貴方、学者なの? まさか魔法使い? どうみてもそんな出で立ちには見えないけど?』

 勿論違う。普段は軽装鎧を好んで着ているが、一応自分の身分は傭兵という立場だ。……ドラゴンボーンだとかいうのは置いといて。

 俺の説明に納得したのかどうかは分からないが、彼女は遺跡のある場所と名前を教えてくれた。リフテンの更に南の、シロディールとスカイリムの国境にあるドゥーマーの遺跡らしい。その場所を手持ちの地図に書き込む。

『ありがとよ。じゃ行ってみるとするわ。』

 立ち上がり、手持ちの荷袋から松明を取り出し、焚き火から火を移させる。今から行けば夜明け前にはその場所に辿り着けるはずだ。

『そんなところに行ってる暇なんて無いわよ、またホワイトランを襲撃するって……リーダーは言ってたから』

 荷物を引っ掛け、馬に乗り込もうとした矢先にリズが重大なことを口に出した。

 俺は鐙に足を引っ掛けようとしていた動作を一時止め、

『いつ?』

『わからない。けど、近いうちって言ってたのは確かよ……貴方がホワイトランに現れたのだって既に彼の耳に届いてる筈』

 あまり時間は残されてねぇな、急がないと。

『分かった。仮面の謎が分かったらすぐホワイトランに戻るとしよう。情報ありがとさん

 ひらりと馬に飛び乗り、手綱を持ち、足を掛けた鐙で馬の横腹を蹴った。十分休んで体力回復したのか、馬は勢いよく走り出した。

 その後リズも慌てて俺を追ってきた──それが今までの経緯だ。

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 遺跡の扉は意匠を凝らした幾何学的な模様がいくつも入った、豪華で重圧感のある扉だった。観音扉な為、リズ一人では開くはずも無い。

 さすがに自分じゃ開けられないと分かっているようで、リズは身を翻して場を俺に譲った。

 こちらも黙って扉に手をかけ、ぐっと押し込むとずずず、と音を立てて重い金属製の扉が開く。

 中に入ってみると、薄暗い通路が壁に取り付けられているこれまた薄暗い証明によって照らされていた。かつては赤い布に金色の刺繍の入った豪華な絨毯が敷かれてあっだろうが、今となってはそれもぼろきれのように所々毛羽立ち、破れている。その上に灰のような石の粉と、壁か天井から崩れ落ちた石くずがあちこち転がっていた。

 見たところ、さほど他の遺跡と変わった様子はない。リズは松明を荷袋から出そうとしたが、それを手で制する。

「明かりなんかつけてたら向こうから狙ってくださいと言ってるようなもんだ。松明はやめてくれ」

 納得いかない様子だったが、リズは分かったように首を縦に振った。

 身を屈め、極力足音を出さないように気をつけながら俺はそろそろと進みはじめる。最初は粋がっていたリズだったが、やはり遺跡はなれないのか、俺の後方を着いてくる形に戻っていた。

「私達がオートマトンと遭遇したのはもう少し先の……少し開けた場所だった。なんか壁にいくつかパイプがあって……」

 まあ、入り口から襲ってくることはないだろう。しかし警戒はしておいたほうがいいな。

 そろそろと進んでいくと、石でできた壁を突き抜けて、金属で出来た太いパイプがいくつも連なっている場所に出た。がしゃんがしゃんとドゥーマーの機械──それらが何を動かしているかは分からないが──動く音と、それらの動作によって吐かれる排気音が音を立てている。息が出来ないわけではないが、排気はなるべくなら吸いたいものではない。

 通路の壁の一角に円状の、これまた金属製のシャッターがいくつも並んであった。壁の向こう側

がつながっている様子だが、これが何を示すか俺は知っていた。リズが先程言った場所はここだろうか?

「気をつけろ」

 後ろをついてくるリズに向かって俺は一言注意を発する。えっ、と彼女が声を出すのと──円状のシャッターから丸い物体が落ちてくるのはほぼ同時だった。

 がしゃん、と音を立ててシャッターから地面に落ちたその丸い物体は音を立てて形を変えた。金属で出来た人型のような形をしているものの、手の部分にはブレードが埋め込まれ、もう片方の手には手そのものがボウガンとなっており、近距離遠距離どちらでも攻撃ができるようになっている。

 ドワーフ・スフィア。

「ひっ!」

 後方でリズが情けない声を上げる。……さっきまでの威勢はどうした?

 俺は腰に下げた片手剣を二本瞬時に引き抜く。手首でくるり、と柄を半回転させて握りを決め、固定させる。切っ先をスフィアに向けた時、こちらの武装に相手は応じるべく、近づきながら片手に取り付けられた弓を向け矢を射掛けてきた。それを剣ではじく。

「リズ! 応戦しろ! 一体どころかどんどん出てくるぞ!」

 円状のシャッターから金属の球体が次々と現れ、同じ形を取りこちらに向かってくる。自分ひとりならまだしも、人を守れる程余裕はない。手近に迫ってきたスフィアに俺は剣を叩き込んだ。がしっ、と火花を立てて金属の唱和音が響く。

 さすがに硬い。けれどダメージは与えている。右手に剣を突き刺したまま、もう片方の剣を振り下ろすと同時に、俺めがけて突き出したスフィアのブレードとかち合う。一旦体勢を立て直すべく、武器を押し返して俺は後方へ飛び、間合いを取った。

 きゃっ、とリズの声が耳に飛び込んでくる。そちらに目を向けるとスフィアが数体彼女に向かって攻撃を仕掛けているではないか。

「ちっ!」

 地面を蹴ってスフィアに体当たりした。機械で出来てるため衝撃には弱いのか、地面に叩きつけられたスフィアはぴくりとも動かなくなった。しかし全部を倒せたわけではない。

「リズ! 横に飛べ!」

 横に飛べといわれてもどうしたらいいか分からないと言うかと思ったが、さすがにそんな口を叩く余裕が無いのか彼女は有無を言わさず横に飛び──俺は“叫んだ”──Fus Ro Dah.

 声が辺りの空気を圧力と変え、次の瞬間にはスフィアを一気に吹き飛ばし、壁にその身を叩きつけていた。リズはというと、目を丸くして驚いた様子。

 彼女は戦力にはなりそうもない。今のうちに畳み掛けるしかなさそうだ。

 と、先程間合いを取ったスフィアが近づいてきた。俺が後方を向いた途端。ぴっ、と切っ先が目前をかすめていく。その直後じわりと痛みが襲ってきた。顔を切られたか……

 しかしスフィアがこちらに向けて剣を突いてきた為、

「脇が甘いっ!」

 振り向きざまに左手に持った剣をスフィアの横っ面に突き刺す。ダメージで一瞬動きが固まったスフィアを足で蹴飛ばすと、それで力尽きたのかがしゃん、と音を立てて崩れ落ちた。

 リズの方を向くと、先程シャウトで吹っ飛ばしたスフィアをここぞとばかりに叩きのめしたらしく、はぁはぁ息を弾ませながら片手にダガーを握り締め何度も金属の体に突き刺していた。

「終わったようだな」

 顔に出来た傷を擦ると、皮製の手袋に血がべっとり着いていた。相当深く切られたようだ。

「ちょっと、大丈夫?」

 俺の顔が血だらけなせいか、リズが驚いた表情でこちらに近づく。しかし彼女も無傷という訳ではなかったようだ。腕や脇にあちこち切り傷が見え、血を滲ませている。深い傷ではないのが幸いか。

 彼女の問いには答えず、俺は右手のひらを傷口に翳し心の中で“力ある言葉”を唱える。……言葉に反応し、にわかに手のひらが光を帯び始める。

 ──よし。心の中で唱えていた言葉を俺は解き放った。手のひらから解き放たれた淡いクリーム色の光が糸のように絡まりながら俺の顔に出来た傷を囲み、傷口を塞いでいく。

「驚いた……貴方、魔法使えるのね」

「まぁ、素人程度のものならな。……あんたも疲れてるだろう、ちょっと待ってろよ」

 顔の傷が完全に塞がってから、俺は他者治癒の呪文を唱え、リズに手を翳す。言葉を解き放つと同時に先程同様、クリーム色の光が糸状になってリズの体を囲むようにまとわり、体力と傷を癒していく。

 リズは驚いた様子だったが、体の疲れと傷の痛みが癒えたのを見て肩をすくめ、

「……魔法使いは痩せこけてローブを纏った人しか居ないって思ってたけど、貴方は違うみたいね。それにさっきの叫び声も」

 関心したような、けど若干怯えたようなそんな態度が見え隠れしている。

 まあ、誰でも初めは驚きこそすれ、その力を畏怖しない者は居ない。彼女は俺をドラゴンボーンだと認識していたとしても、シャウトの力をまざまざと見せ付けられたら恐怖を覚えても致し方ないだろう。最も、俺が使ったシャウト──揺ぎ無き力──は風を圧力と変えて吹き飛ばすだけのものだから地味だ。派手なシャウトを使っていたらどう思う事やら。

「驚かせてすまないな」

 殊勝な言い方をしてみせると、そういう事じゃないのよと、慌てた様子で手を左右に動かすリズ。

「……確かにここじゃ貴方一人でも行けそうね。スフィアだって剣で倒したみたいだし。並大抵の戦士じゃ歯が立たないし」

 最初は俺一人で行かせてたまるかって態度だったのがころりと変わっている。ようやく俺の能力が凄いという事に気づいたらしい。

 勿論その力の大元は、俺の体を流れる竜の血に因るものだ。生命力もスタミナもマジカも、そして剣や弓を扱う能力も、全ては竜の血によって高められている。ドラゴンソウルを“喰”い、その力を拠り代とし、自らの体を流れる血に活力を与えるドラゴンボーンは、ドラゴンにとっては恐るべき相手だ、勿論、ヒトにとっても──

 シャウトを使うノルドは多くは無い。けど、シャウトを使い更にドラゴンの魂を喰らうドラゴンボーンは世界でも数える程度しか居ない。一度はこの力を忌み嫌う事だってあった。けど以前起きた一件で俺は考えを改めた──ヒトのために、この力を使うと。

 ドラゴンボーン。大きな力はその力に見合った代償を払わなければならない。それが──尊敬と、畏怖の対象。

「怖気づいたってのか? まだまだ先は長いんだぜ?」

 先程蹴っ飛ばしたスフィアの死骸──機械に死骸という言い方も変だが──から突き刺さったままの剣を抜き取り、鞘に収める。馬鹿にされたと思ったのか、リズの顔が再びむすっとしたそれに戻った。

「違うわよ。ちょっと……昔を思い出しただけ。さあ行きましょ」

 再び先陣を切って歩き出すリズ。まったく、笑ってればそこそこ美人なのにむすっとしやがって、台無しだぜ。

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 扉を開け、中を覗き込む。──敵は居ないようだ。がらんどうとしたその室内は石で出来たテーブルと、椅子と、金属で出来た棚が並べられているだけだ。

 身をかがめて隠密状態を解き、室内に入る。薄暗い室内に照明がひとつしかないため、何があるのかは近づいて見なければ分からない。

 先程から同じような事を何度か繰り返して進んでいるため、遺跡の大体半分位は進んだもののまだまだ先が長い。通路は基本一本道なので迷う事はないのだが、その通路に面した壁にあちこち部屋が併設されているため、調べるのに手間がかかっている状況だ。

「んー……何もねぇな。次行こう」

 ざっと室内を調べたが何もおかしな点は見つからない。踵を返して扉に戻ろうとした時、リズが音を上げた。

「ジュ、ジュリアン、ちょっとまって……少し休まない? もうこの遺跡に入って数時間はたってるわよ」

 疲れた様子で石で出来た椅子にもたれかかり、息を整えている。走ったりはしていないが、何度か戦闘になった為疲労度も蓄積されていたのだろう。

「それもそうだな。……ほらよ」

 椅子はひとつしかないため、俺はテーブルに腰を掛け──行儀が悪いとか言うなよ──荷袋からハチミツ酒を取り出し、ひょいと投げて寄越すと彼女は嬉しそうに飲み始めた。

 しばしお互い黙ったまま、ハチミツ酒を傾けていたが──

「一つ聞いてもいいか?」

 俺からその沈黙を破った。リズは黙ったままだったが、先を促している様子にも見えたので話を続ける。

「あんたは……その、リーダーとは恋人同士? もしくは結婚してるのか?」

 気になってた事を聞いてみると、意外なことに彼女は首をゆっくりと横に振った。

「結婚もしてないし、恋人同士でもない。ただ彼には恩義があるだけ」

「恩義?」

 鸚鵡返しに聞いてみると、彼女は握っているハチミツ酒の瓶を見つめ、ぽつりぽつりと話し始めた。

「私は生まれてからずっと山賊として生きてきた訳じゃない。両親は代々受け継いできた農場を経営してた。その農場に山賊が襲撃して、両親は殺され、私は山賊に拉致された。

 その後の事なんて想像できるから言わないけど、あちこちに回された。けど、私を哀れんで助け出したのがリーダーだった」

 元々彼はその山賊のやり口が気に入らなかったらしい。だから彼女と、同じく経営を気に入らない仲間を集めて逃げ出し、新たに山賊集団を作り上げたそうだ。

「私はリーダーの傍から片時も離れなかったから、仲間も私に手を出す奴はいなかった。──だから彼の傍から離れて貴方と行動を共にするなんて初めての事」

 なるほどね……だから彼を助けて欲しいと言ったのか。自分を助けてくれた彼を今度は私が助ける番、って事なのかね。

 でも──

「あんたが彼を助けて欲しい理由は分かったが、こっちは冤罪なんだ。あんた達にはいずれにしても、牢屋にぶち込まれてもらわなきゃ気がすまないってこと、忘れんなよ。

 俺は慈善事業であんたに手を貸してる訳じゃあないって事をな」

「分かってる。……貴方には迷惑をかけてるのも。でも…てもね! 貴方だってあちこちの山賊一味を片っ端から斬ったり衛兵に突き出したりするからいけないのよ? そんな事さえしなけりゃこんな事……」

 負けん気の強さが再び戻ってきたようだ。口だけは達者な女だな。しょうがない……こんな事はしたくないが、少しお灸を据えてやるか。

 俺は彼女の胸倉をぐっと掴んで引き寄せた。いきなりだったためか、リズは成す術なく掴まれて顔を俺の目前に突き出す。威勢のいい表情が一転して怯えに変わった。

「いいか? 山賊なんてのは昨晩も言ったけど、百害あって一利なしなんだよ。あんた達が市民に対して金品巻上げさえしなけりゃ俺は山賊なんか相手にしてないんだ。

 あんた、自分が本当に正しい事をしてると言い切れるのか? 金目のものを力ずくで奪う行為が? 盗賊ギルドだって盗みはしても殺しはしないんだぜ? あんた達がやってるのは彼らより更に低俗の行為だ。それでさえ今は人手が足りないってのによ。だから俺が手を汚す仕事を買って出てるんだ。分かったか?」

 すごんだ態度を見せると、ぞくっと彼女は身を震わせた。俺の言う事は至極当然の事だ。だからこそ反論すら出ないのだろう。

 掴んでた鎧をぱっと離す。思わず身を引いたリズだったが、自分が悪いと思い至ったのか、渋々といった様子で謝った。

「分かればいい。──そろそろ行くぞ」

 腰掛けていたテーブルから降りる。差しておいた剣を引き抜いてから扉を開け、再び通路に戻った。壁伝いにそろりそろりと歩いて進む。

 やがて通路が二手に分かれた。薄暗い通路の先はどちらも見通すことが出来ない。さて、どうしたものか。

「リズ、自分がどっちに向かって走ったか覚えてるか?」

 満足いく答えが出るとは期待してはいなかったが、一応聞いてみる。彼女は首を傾げながら記憶を呼び覚まそうとしていたが、

「多分、まっすぐ走っていった可能性が高い……あの時はなりふり構わず走ってたから記憶も曖昧だけど、曲がったりした覚えが無い」

「オーケー。じゃあ曲がってみよう……間違えたら引き返せばいい」

 自分に言い聞かせるように声を出し、俺は二手に別れた通路の片方を選び、進み始めた。

 暗い通路には照明が少ないため、自然と暗闇の中に飛び込む形になる。その先に何が待ち受けているかは分からない……慎重に進まなければ。

 壁伝いに、足音をなるべく立てないようゆっくり歩いていくと、その先にぽつん、と照明が視界に入った。薄暗い中目を凝らすと、照明が突き当たった壁に取り付けられてある。

 行き止まりか……? とりあえず明かりが照らす場所まで歩いてみようと壁までゆっくりと近づく。

 行き着いて初めて、そこが袋小路ではなく曲がり角だというのに気がついた。夜目が利くカジートでもない限りこれを判別するのは難しいだろう。

 直角に折れた通路を再び進むと、さほど歩かない距離で扉ににぶち当たった。入り口の扉同様、金属で出来た重厚な扉だ。

「私こんな扉を開けた覚えが無い……」

 後ろ手から着いてきているリズが、扉を目にしてぽつりと声に出した。──即ちそれは、扉の向こうに何かがある可能性が高い。

 剣を握りなおしてから、観音扉の片側のみに当ててそのままぐっと力を込め押し開けた。ずずず、と音を立てて開くため室内に何かが居れば気づかれてしまうが、不可抗力だ。

 大人一人が通れる程度に開けてから、俺は首を突き出して室内を見ようとしたが──真っ暗だった。何も見えやしない。

「リズ、松明を貸してくれ」

 彼女は黙って松明に火をつけ、俺に手渡してくれた。勿論それを持って室内に入るわけじゃない。

 手にした松明を扉の隙間からひょいと投げ入れた。そう、松明を照明代わりにするためだ。万が一何かが居ても、暗闇で攻撃されるよりましだからな。

 かたん、と音を立てて松明が転がっていく。目を凝らしてみると──ん? 

 部屋の中央にテーブルのような長方形の形をしたものが見える。暗いため輪郭がぼんやり映る程度だったが、問題はそのテーブルの上だった。

 ややくすんだ金色に光るものが、松明の明かりに反射されきらめいている。それもなにか、テーブルの端から端まで覆いつくせるような、巨大なものが。

 だが動く様子は無かった。組み立て途中のものか、がらくたか何かだろうか?

 テーブルの上に無造作にオートマトンの残骸が置かれてある光景は、ドゥーマーの遺跡ではあちこち見受けられる。そういう動かない物体をこれ幸いとばかりに漁ったり金属を削って持ち出す輩も居るのだが。

 中に入っても大丈夫のようだ。そう判断し俺は僅かに開けた扉の隙間から身を滑り込ませた。地面に転がした松明を音を立てずに取り、先程から光を反射させていた物に近づける。

 それは全身金属で覆われ、歯車や内部構造がむき出しの状態で無造作にテーブルに置かれてあった。自由に動かせる手と足が付いており、その手には突き刺せるような鋭く巨大な針と連射できる弓が埋め込むように取り付けられてあった。完成品と違う点は、鎧のようにその体を覆う金属プレートと、中央部に埋め込まれてある筈のダイナモ・コアが無い点だけ。

「……ドワーフ・センチュリオンか」

 未完成なのか、はたまた作り方を間違えたのか、一目見れば完成に近い形をしているのに、それはテーブルの上に置かれたまま横たわっていた。

 手で触れてみるが、ぴくりとも動かない。長年放置されて積もり積もったホコリや石灰の粉が、触れて指にくっついてきただけだった。

「ど、どう?」

 部屋に入らず、扉から顔を突き出してこちらを見るリズ。他の部屋より更に暗いせいだろうか。

「いや、特にこれといったものはなさそうだ。部屋の真ん中にドワーフ・センチュリオンの残骸があるだけだ」

 松明をかざしながら室内を物色したが、これといった発見は無かった。ここもどうやらはずれらしい。

 次行きましょうよ、とリズが扉の向こう側から促してくる。それがよさそうだ……俺は手にした松明に付いている火を消そうとした時、何かが目に飛び込んできた。

「ん?」

 何だ? 思わず手にした松明をそちらにかざすと、在る物が在るべき所に収まってない事に気が付いた。

「リズ! ちょっと来てくれ!」

 呼ばれてびくっとした様子だったが、リズはおずおずと足を室内に踏み入れ、俺の傍まで来ると、

「な、何……?」

 何も出やしないのに、妙にびくついた態度で聞いてくる。

「ここ、見てみろよ」

 指でその部分を指し示す。リズは俺の指を辿って視線をテーブルに置かれた残骸に向けると、俺が思っている事と同じ事を口に出した。

 ぽっかりと空いた不自然な穴。

「な、何これ? 空洞じゃない……」

 その通り。本来在るべき所──ドワーフ・センチュリオンの顔として取り付けてある箇所──に顔が無く空洞になっている。

 首から上が無い訳ではない。顔本来が埋まるべき部分はしっかりとくっついているのに、顔が描かれた金属プレートだけが無く、その部分に穴が開いた状態になっているのだ。

 空洞になった部分を覗き込むと、ぽっかり開いた部分にはホコリが溜まっていたものの、先程俺が触れた時指に付いたそれよりも薄く積もっているのみだった。

 これはもしや……? 空洞……顔……仮面、金色──

 俺の中でいくつもの断片的な思考が一つに組み合わさり──確信を得るためには、やはりある人物に会いに行かなければならないと思い至った。長い旅になるな。と心の中でごちってから、

「リズ、ここから出てマルカルスへ行く。あんたも一緒に来るか?」

 俺の口からついて出た言葉に想像もつかなかったのか──つかないのが当然だが──、彼女は目を何度かしばたたかせ、

「え? どういうこと?」

 それだけ言うのが精一杯のようだった。無理も無い──俺だってこの仮説が正しいかといわれると疑問だ。だからこそ確かめに行かなければならない。

 マルカルスはドゥーマー研究の第一人者である、カルセルモに話を聞かなければ。

 

説明
TESV;Skyrim二次創作小説第6章・・・かな? めちゃくちゃ長いです。なのでちと区切ってアップしてます。次で最終になる・・かな? かな?w
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