IS(インフィニット・ストラトス)―皇軍兵士よ気高くあれ―
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第03話 未知との遭遇

 

 

 

 

 

2025年1月下旬―日本某海域上空―

 

 

 

ヴオォォッという、聞き慣れた、軽快なプロペラ音で意識が覚醒した。

 

「う、ん。ここは…………」

 

目を開けると、視野は初め広大な青と僅かな黒で霞んでいたが、次第に物の形が見えてくる。

 

その正体は、硝子越しに広がる雲一つない蒼穹とこれまで何度も見てきた航空機の計器類だった。

 

(ここは………零戦の中か?)

 

恐らくそれで間違いないだろう。目の前の計器は全て零戦のものと同じ配置をしているし、その所々に見られる細かな傷の位置まで俺の搭乗していた零戦と同じなのだから。疑う余地などあるはずもない。

 

(だが、俺は何故こんなところにいる…………?)

 

未だに霞がかったままの頭を奮い立たせ、自分が今置かれている状況を整理すべく思考を始める。

 

(そうだ。確か俺はあの白世界で女神に突き飛ばされて、それで背後の穴に落ちたんだっけな)

 

思考を巡らせていくうちに、次第にぼやけていた頭がはっきりしてきた。そして、自分が何故ここにいるのかも漠然と理解できた。

 

(あの穴が女神の言う異世界への入り口なのだとしたら…………なるほど、要するに俺は零戦ごと別の世界に転移させられたということか)

 

生憎と突き落とされてからの記憶がほとんど残っていないが、自分がこうして零戦に搭乗し、空を飛んでいることを鑑みるに、どうやら転生は成功“してしまった”らしい。

 

「…………あの野郎、転生は必要無いと言ったのに、無理矢理転生させやがって」

 

ふと女神の顔を思い出し、俺は苛立ち混じりに呟いた。

 

確かに、女神が俺のことを思ってあんなことを言ってきたというのは言葉の端々からよく分かったし、その気持ちが全く嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 

だが、それとこれとは話が別だ。

 

前述したように、俺は既に死という運命を受け入れていたし、他の英霊や戦友たちを差し置いて転生などするつもりなどなかった。

 

だというのに、女神は俺の意思を無視して転生を実行した。これを恨まずに何を恨めというのだろうか。

 

「…………いや、やめよう。今更言っても仕方ない」

 

更に口から出そうになった女神への悪口雑言を飲み込み、俺は溜め息混じりに呟いた。

 

別にあの女神のことを許した訳ではないが、既に過ぎてしまったこと。『覆水盆に返らず』という言葉があるように、過去はどうすることもできないし、今更何を言っても無駄なことだ。

 

故に、どんなに納得いかなくとも割り切るしか道はない。それに、今は女神への恨み言よりも先に考えるべきことが残っている。

 

「…………俺は、これから何処へ向かえばいいんだろうか」

 

転生が成功した。それはつまり、ここは俺のいた世界とは別の世界だということに他ならない。

 

だが、俺にはこの世界に関する知識などないし、頼れる知人も居場所も存在しない。

 

いや、それどころかこの世界には俺のことを知る人間すら存在しないかもしれないのである。

 

(まるで浦島太郎だな…………)

 

風防の外に目を向けながら、俺はふとそう思った。そうか、よくよく考えてみれば、俺と浦島太郎は過程や身に起こった現象に違いはあれど、その後の状況に限っては大体似通っている。

 

(…………浦島太郎も同じ気持ちだったのかもな)

 

天涯孤独というのは相当辛い。それが自分の知らない世界や時代の中であれば尚更だ。もし俺が常人だったなら、自分が今置かれている状況を認識した途端に発狂していたかもしれない。

 

だが、幸か不幸か俺は軍人で、死ぬ覚悟などとうの昔に出来ている人間だった。

 

故に、何が起ころうと、死んだものと思えば(実際に死んだのだが)さほど動揺することもなかったし、事前に女神による通告もあったから、転生という、とてつもない超常現象を突き付けられても、割となんとかなった。

 

もっとも、起こった現実を受け入れはしても、この先どうするかの算段までは一切ついていないが。

 

「さて、本当にどうしたものかな…………」

 

溜め息混じりに呟き、俺は目の前の計器類に目を向ける。

 

「弾薬は………やはり底をついたままか。まぁ、転生したからって弾薬が増えるわけでもないし、当然か」

 

これで、この機体は唯一の攻撃手段を失ったことになる。あとは燃料だが、弾薬が元のままであった以上、きっと燃料も同じに違いない。

 

そう思いつつ、俺は視線を燃料計の方へと移す。だが、俺の目に写ったのは、予想と全く逆の光景だった。

 

「………何?」

 

目の前の光景が信じられず、俺は思わず声を上げた。

 

何せ燃料計の針が先程と逆の方向を指していたのだ。これの示す意味はつまり――――――

 

「燃料が………満タンになってる?」

 

つまりは、そういうことだ。何の奇跡かは知らないが、つい先程まで底を着きかけていた燃料がタンク一杯にまで増えたのである。

 

「一体、どうして……………」

 

戸惑いを顕に思わず呟く。だが、わざわざ思考するまでもなく、疑問はすぐに氷解した。

 

「これも………女神の仕業か」

 

十中八九そうに違いない。でなければ他に説明がつかない。

 

恐らく、燃料切れによる墜落を阻止する為に、あらかじめ燃料を補充しておいたのだろう。重ね重ね“余計なこと”をしてくれる。

 

(…………そこまでして俺を生かしたいのか。俺の意思を無視してまで)

 

こうまで根回しがいいとなると、恐らく俺の自害対策も充分用意してあるに違いない。もはや抗うだけ時間の無駄ということか。

 

(………腹を括れ、とでも言っているつもりなのかもしれんな、あの女神は)

 

今の状況を鑑みるに、その可能性は充分にあり得る。いや、きっとそうに違いない。

 

「…………腹、括るしかないか。女神の思惑通りにことが運ぶのは癪だが」

 

コンコン

 

(…………と言っても、今の俺に行く宛があるわけではないがな。さて、どの方角に向かって飛べばいいのやら)

 

コンコンコン

 

(いっそこのまま一直線で飛び続けるか? だが、その先に陸地があるとは限らんし、もし海続きだったならどのみち墜落だぞ)

 

コンコンコンコン

 

(そうなれば…………しばらくは大丈夫だろうが、何れは鮫(フカ)か魚の餌になるのがオチだろうな。まぁ死んだら死んだでそれもまた、とは思うが)

 

ガンガンガンガンッ!!

 

「…………さっきからうるさいな。なんなんだ、この音………は…………」

 

何かが風防ガラスを叩く音に若干の苛立ちを覚えながら、俺は風防の外へと目を向ける。

 

そして、風防の外の“それ”を目にした瞬間、俺は驚愕に目を見開き、言葉を失った。

 

「嘘………だろ?」

 

風防の外からこちらを睨む“それ”を凝視しながら、俺は絞り出すように呟く。

 

 

 

 

そこにいたのは、鎧のような金属を身に纏い、零戦と同じ速度で飛行する“人間の女”だった。

 

 

 

 

「―――――ッ!! ―――――――ッ!?」

 

目の前の光景が信じられず、硬直する俺を余所に、風防の外の“鎧の女”が、何事かを叫ぶ。

 

だが――――――

 

「お……………」

 

「?」

 

今の俺には、それに対処できるだけの冷静さは微塵も残っていなかった。

 

「お化けだあぁぁぁっ!!」

 

大声で叫び、咄嗟に“鎧の女”から遠ざかろうと後ずさる俺。

 

だが、一つ思い出してほしい。

 

ここが零戦の操縦席で、ただ手足を伸ばすだけでも不自由するような窮屈な空間であるということを。

 

「うおぉあぁぁぁっ!?」

 

案の定、後ずさった程度で女との距離が開くわけもなく、それどころか、狭い空間で不用意に暴れたせいで、俺は操縦幹を蹴ってしまう。

 

結果、これまで水平姿勢を保っていた機体は急激にバランスを崩し、真下に向かって急降下を開始してしまった。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

叫びながら、俺は思った。

 

俺は、自分が想像していたよりも遥かに厄介な世界に飛ばされてしまったのではないか、と。

 

 

 

 

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「誰がお化けだっ!!」

 

半ば墜落に近いかたちで急降下していく零戦を睨み付け、姫川は全力で叫んだ。

 

「久々に人が気持ちよく飛んでたってのに、訳のわからない怪奇現象起こしくさった上、時代遅れも良いところな航空機で白昼堂々と領空侵犯、挙げ句の果てに人のことをお化け呼ばわり、何? ふざけてんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

若干怒気を孕んだ声音で言いながら、姫川はより一層鋭くなった目で零戦を見据える。

 

だが、いつまでも零戦ばかりを見ているわけにもいかず、姫川は半ば無理矢理思考を切り換えて、愛機に搭載されているレーダーに目を向けた。

 

(…………一応、この空域にはあの機体以外航空機いないみたいね)

 

レーダーに注意深く目を走らせつつ、姫川はそう結論する。

 

一応、ステルス機の存在も懸念し、ハイパーセンサーを使って周辺空域を隈無く見渡してみたが、雲一つ存在しない蒼穹には不審なものは何一つ見受られなかった。

 

(他に航空機が見当たらないとなると、囮って線も無さそうだし……………まったく、ミグやスホーイならまだ理解できるけど、なんで零戦なのよ)

 

そう内心で愚痴り、姫川は再び零戦へと目を向ける。見ると、零戦は急降下から再び水平飛行に戻っていた。

 

「………まぁ、何にしても無視はできないわね」

 

零戦を見据えながら、溜め息混じりに呟く。

 

たとえ相手が前世紀の遺物だろうと、危険がないとは言い切れない。

 

乗っているのが単なるミリオタであればそれでいい…………というわけではないが、少なくとも現時点では一番マシだ。

 

だが、万が一テロだったら?

 

もし先程と同じ現象がもう一度起こったら?

 

正直、考えたくもない。

 

だが、可能性としては充分に有り得る話だ。

 

「………あぁもう!! 今日は厄日か畜生め!!」

 

言いながら、姫川は愛機を操って零戦を追いかける。

 

どうか何も問題が起こりませんように、と。柄にもなく祈りながら。

 

 

 

 

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「くそっ!! まだ追ってくる!!」

 

しきりに背後を振り返りながら、俺は零戦の速度を最高にして、全力で逃げ続ける。

 

正直、このままのいくと、すぐにでも燃料が底を着いてしまうだろうが、今はそれを気にしてる余裕などない。

 

そんなことより、今はとにかく少しでもあの“鎧女”から遠ざかるべきだ。

 

「なんなんだ!! あれは一体なんなんだ!!」

 

人が航空機の力を借りずに空を飛ぶ。そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。

 

だが、そんな空想のような出来事が、たった今すぐ近くで起こっている。それも生身の女が。

 

正直なところ、気が狂いそうな気分だった。

 

「くそ、奴は今どの辺……うおっ!?」

 

再び振り返ると、既に女は零戦の隣に並んでいた。

 

そして、こちらに向かって何かを叫び続けているが、例によって俺には気にしている余裕はない。

 

「つ、着いてくるな!! “化け物”!!」

 

聞こえていないだろうとは思いながらも、俺は思わずそう叫んだ。

 

直後、何故か女は並走するのをやめ、その場で静止した。

 

これが、新たな受難の前兆であるということを理解したのは、それからおよそ数分後のことだった。

 

説明
帝国海軍航空隊『特務零戦隊』に所属する桐島春樹は、祖国を、そして大切なものを守るため、命を賭して戦い、戦場にその命を散らした。だが、彼は唐突に現れた女神(自称)により、新たな世界に転生させられることとなる。そして彼は新たな世界でもう一度戦場を駆け抜ける。そう、全ては大切なものを守るために。 ※オリ主・オリ設定ものです。その手の作品が苦手な方、またオリ主の設定に対して「不謹慎だ!」と思われる方は戻ることを推奨します。基本は原作に沿って話を進めていきますが、所々で原作ブレイク上等という場面があるかもしれませんし、所々でおかしな点が見受けられるかもしれません。それでも構わないという方は本編へどうぞ。
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IS-インフィニット・ストラトス- 残酷な描写あり 大日本帝国海軍航空隊 零式艦上戦闘機 亀更新 オリ主 主人公ISチート オリキャラ 

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