GIOGAME 6
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第六話 善悪の彼岸

 

「本はいい」

曇天。

「実に素晴らしい」

廃屋の屋上にて、彼はアロハを着込み、ビーチチェアに腰掛けて本を読む。

「そうは思わないかね?」

傍らにある台には骨董品クラスの機械であるラジカセ。

「人類が他の種に唯一自慢できる文化だろう」

サングラス越しで文字が見えているのかも怪しい。

「君達はどう思うかね?」

ひょいとグラサンを外して尋ねる男に久重は本能的に関わり合いになりたくはない人間だと察した。

「フーガか。随分と趣味がいいな」

ラジカセから流れる旋律に男が微笑む。

「そうか。これが解るか」

パイプオルガンの音色にソラが興味深そうな顔でラジカセを見つめる。

「今時の若者にしては見識が深い」

「それはどうも」

男が片手に持っていた缶ビールを煽る。

「傘はどうした?」

「生憎と仕事は迅速が信条だ」

「ふむ。感心な事だ」

「あんたを捕獲にしに来た」

「雨に一緒に打たれてみないか?」

胡散臭い男の提案に久重は首を横に振る。

「お友達を募集中なら会社に帰ってからにしてくれ」

「会社には嫌われたらしくてね」

「ついでに政府と経済界からもか?」

「雨に打たれた事の無い連中が考える事はどうにも合わない」

「致死性トラップを百以上仕掛けた人間の言うこっちゃない」

呆れながらもまったく油断していない久重は男を睨む。

久重とソラが通ってきた道には巧妙に隠されたトラップが幾重にも張り巡らされ、ソラの【ITEND】のサポートが無ければ建物ごと二人は爆死していたかもしれなかった。

「結構、真面目に組んだんだがなぁ。自衛隊仕込だよ?」

「訊いてない」

「それにしても驚いた。こんなに可愛いお嬢さんが一緒とは」

頭に載せた麦藁帽子を取って、男がソラに一礼する。

「お嬢さん。『田木宗観』(たぎ・そうかん)と言います。どうぞよろしく」

「ふぇ!? ひ、ひさしげ」

『どう接すればいい?!』とオロオロするソラの気持ちが解って、久重は苦い顔をした。

目の前の男が柔和どころか、見たままの男である事が二人を困惑させていた。

「あんたは国からも組織からも追われる立場だ。言ってる意味が解るな?」

「人生最後は笑って前のめりで死にたいものだ」

「あんたの持ってる情報を欲しがってる奴がいる。オレはそいつからの使いだ」

「お嬢さんや未来ある若者を巻き込む程の秘密じゃない」

「後、数時間もすれば此処も嗅ぎ付けられる。此処で拘束を待つか死を待つか」

「君達と共に行くか?」

言葉尻を捉えられて久重が頷いた。

「そうだ」

「・・・曇天に掛かる虹を期待して此処で待ってたんだが、どうやら一緒に見る時間も無いらしい」

「おい。少しは真面目に」

久重が男に声を荒げようとしてソラが久重の前に出る。

「ソラ?」

ソラが男の前に立つ。

「おじさんは悪い事をしたわ」

「ん? 何かな?」

「あんなに罠があったら誰も虹を一緒に見てはくれない」

「そうか・・・いや、その通りだ」

男が一瞬、我に帰ったような顔をして、まるで悪戯を叱られる子供のように頭を掻いた。

「お嬢さんに言われてしまうとは我ながらみっともないな」

男がズボンの横をゴソゴソと漁り、久重に投げた。

久重がそれを受け取ると男が歩き出す。

扉の方ではなく、屋上の淵へと。

「持っておきたまえ。それが答えだ」

「おい!?」

久重が慌てて男を追おうとすると、ソラがそれを止めた。

「ソラ?!」

「ダメ!! 足元よく見て!!」

言われて初めて久重が気付く。

足元に薄く光輝く線が僅かに見えた。

「ちなみに連動している爆薬は全てこの場所の支柱に仕掛けられている」

男の声に久重が呻く。

「あの罠は囮か・・・」

「最後に君達のような若者に会えて良かった。たまには偶然も良い仕事をする」

「おじさん」

「お嬢さん悪い。こんなおじさんの我侭に付き合わせて。目を閉じていなさい」

男が手すりを越え、呆気なく、落ちた。

「アディオス」

最後の声が遠のいていく。

久重がソラの視界を手で覆う。

「ひさしげ」

「悪い。やっぱり待ってて貰えば良かったな・・・」

久重の苦渋の声にソラが首を振る。

「生きてるわ。おじさん」

「は?」

「さっき話してる間に【CNT Defender】張っておいたから。降りよう」

ソラが下来た道を急ぎ足で戻っていく。

それに久重も続いた。

二人が建物の外に出る。

「この間の黒いカーテンか?」

上を見上げた久重が気を失い薄く黒いベールに受け止められ宙吊りで気を失っている男を見つけた。

「ターポーリンにやられたの修復終わったから。おじさん一人くらいなら大丈夫」

「ソラには頭が下るというか何というか」

安堵の息を吐いて久重はゆっくりと降りてくるベールから男を受け取ると背負う。

「行こう。厄介な連中が来る前に」

「うん」

二人を迎えたアズは男を後部座席に座らせ、その場を後にした。

車が出発して数分後。

巨大な爆光を後ろに確認したアズは目を白黒させている二人を楽しそうに見つめ、クーペのスピードを上げた。

 

寂れた商店街の一角。

シャッターばかりが下りた店舗の一つ。

細い路地を抜けた裏側から一つの階段が続いている。

錆びた階段を軋ませながら大きい荷物を運び込んだ久重は遮光カーテンが下りている部屋のソファー横でグッタリと椅子に座り込んだ。

店舗の一角を改装してある事務所にはデスク用品が並び、クーラーがガンガンと冷風を吐き出している。

部屋の中央。

巨大な黒檀の机が鎮座していた。

無闇に大きな牛革の椅子がその主を向かえて沈む。

「ご苦労様。久重」

アズの労いに久重は更なる疲労に襲われて溜息を吐く。

「ここ・・・事務所なの?」

久重の横の椅子に座って内部をキョロキョロと見回していたソラがアズに訊く。

「ようこそ。我が居城へ」

アズがにこやかに告げる。

「本当に城だから性質(たち)が悪いけどな」

ボソッと久重が呟いた。

ソラが首を傾げる。

「さて、今回の仕事の報酬だけど。これくらいでいいかな」

机からゴソゴソと茶封筒を取り出したアズが久重の方へと押しやる。

立ち上がった久重がそれを受け取って中身を確認した。

「・・・これで何日生活しろと?」

「ああ、そうだ。忘れてた」

アズが更にもう一つ茶封筒を差し出す。

「布団一組分。必要経費として出しておくよ」

「一応、感謝しておくべきなんだろうな」

「勿論。君の借金の利息は年利で0.00002パーセント。それすら返せない君に、それでも儲けを考えて出してる金額だよ。借金が今日も一万円程減った事を僕に感謝するんだね」

ソラが利息の低さに驚きを隠せない様子で目を丸くする。

「それでこいつはどうするつもりなんだ?」

ソファーに“大きな荷物”田木宗観三十九歳が目覚める気配もなく眠っている。

「とりあえずは事情を訊いて。金目のものを吐き出してもらって世界の果てにでも送っておこうかな」

「世界の果て?」

ソラの疑問にアズがニッコリと微笑む。

「北は北極から南は南極まで」

ソラが驚いて久重を見た。

「本当だ」

久重が悪い冗談でも口にしたのかのように呆れながら頷く。

「近頃は衛星技術も発達してるからな。そういうのから逃げたい連中を一年中空が曇ってたり吹雪いてたり雨が降ってる場所に送って金取ってるんだよ。そいつは」

「君に褒められるなんて何年振りかな?」

久重が無視して続ける。

「主要各国が独自の宇宙開発とGPSネットワークの構築に躍起になってるからか、そういう情報も結構そいつのところに入ってくる。そういう情報から抜け穴を見つけて逃亡者に高額プランで売付けてるわけだ」

「地獄の沙汰も金次第ってわけさ♪」

人差し指を立て妖艶に微笑んだアズだったが、不意に上を見上げて懐から拳銃を取り出す。

「おい!? 何懐から出して?!」

「久重、お客さんが来る」

「な!? どうやってだ!?」

「ああ、どうやら其処の眠り王子に衛星からの監視が付いてたらしい」

「お得意の抜け穴の話はどうした!?」

思わず喚いた久重にアズが首を振る。

「さすがに抜け穴を全部網羅してるわけじゃないよ。と、言っても日本が上げてる衛星に関しては殆どの情報を網羅してるはずだけど。たぶん、あの金に五月蝿い政府肝入りでわざわざ特別予算まで組んだ【上弦一号】かな。アレにはGIOも出資してて打ち上げが先月だ。TV見なかったかい?」

「家にTVなんて時代遅れなものは無い」

「女からは端末を買ってもらえるのに君ときたら」

やれやれと言いたげなアズが肩を竦める。

「何で知ってる!?」

「君の事で僕が知らないのはその心の内ぐらいだよ」

「言ってろ。で、数は?」

「二十人。米軍上がりのゴロツキにヤクザ屋さん。それとGIO警備部の特務外部班。この構成から言って国民の選んだ政治家とGIOの御偉いさんがそれぞれの人脈に声を掛けたってところかな」

「特務が? 洒落にならない冗談だ」

久重が頭痛を抑えるように頭を押さえた。

「ひさしげ?」

ソラが不安そうに久重の袖を引っ張る。

「あ、ああ、悪い。少し嫌な思い出が・・・」

「思い出?」

「話に出てたのはGIOの掃除屋だ。表向きは現金輸送車の護衛とか、GIO要人の警護なんかを担当してるんだが、裏の顔は簡単に言うと諜報機関さながらのエージェントが蔓延る魔窟だ」

「殺し屋・・・とか?」

「かなり荒っぽいGIA、公安の類と思って構わない」

「外はもう固められてるっぽいなぁ。ついでにジオネット上で半径三キロのマップがジオプロフィットから除外されてる。しかも、五キロ以上先の地域でスーパーや百貨店のプロフィットセールがオンパレード。あからさま過ぎだね」

「その、どうして解るの?」

ソラは虚空を見ているようにしか見えないアズが次々にライブ情報を口にする不思議にマジマジ顔を見つめた。

「昔、左の眼球をやって以来こういうのを入れて楽をさせてもらってる」

アズが片目でウィンクすると、虹彩の色が変色し、薄く輝く紺碧に染まる。

ソラが目を見開いた。

「【BMI Sight】」

「ご明察。よく知ってるね?」

「日本が近頃今までの視力装置より高性能なものを開発したってニュースで聞いたから。でも、確か・・・」

「僕のはちょっと高性能なんだ。色々と繋げてあるからね」

「言ってる場合か。ルートは?」

「地下から二百メートル先の倉庫下」

「了解。で、このおっさんはどうする?」

「もう起きてるよ」

久重が後ろを振り向くとボリボリ頭を掻いて田木が起き上がるところだった。

「どうやら君達を巻き込んでしまったようだ」

ばつの悪そうな顔で田木が三人を見渡す。

「こちらで何とかしよう。それがケジメだ」

「違う」

「お嬢さん?」

ソラが田木の前に立ち、真っ直ぐに瞳を見上げた。

「死ぬのは責任を取るとは言わない」

「どうやったかは知らないが命を助けられた。こちらに出来るのは君達にこれ以上迷惑を掛けない事だけだ」

言い聞かせるように笑みを浮かべる田木にソラが首を横に振る。

「人生に疲れたからって、私たちを言い訳にしないで欲しい。それはケジメじゃない」

辛辣な言葉に田木は初めて少女の瞳を見た。

その瞳の奥にある光が田木の全身を射抜く。

「―――まったくもってその通りだ。私も焼きが回った。一日に二度も年下のお嬢さんに教えられるとは」

田木がアズに視線を向けた。

「あなたの高額プランとやらを利用させてもらいたい」

「お支払いは?」

軽い調子でアズが営業スマイルを浮かべる。

「今の私はカードもキャッシュも持ち合わせていない。資産の大半はGIOに押さえられていて引き出す事も出来ない。隠し口座もたぶんバレているだろう」

「返済プランもご一緒にどうです?」

「臓器と良心を売り渡す以外なら何でもしよう」

アズが胸に手を当て一礼した。

その顔が久重には悪魔のような天使に見えた。

「ご利用ありがとうございます。お客様♪」

「話はまとまったな。行くぞ」

久重がソファーを退かした。

「隠し通路?」

ソラが驚きに目を見張る。

「言っただろ? お城だって」

久重が苦笑する。

下にポッカリと口を明けた黒い穴には梯子が掛かっていた。

 

「元々、私は防衛大卒でね。陸自で働いていた。一身上の都合で退職した後、あの会社に声を掛けられたのが全ての始まりだった」

暗い通路を懐中電灯で照らし歩く中で田木は事の発端を語り始めていた。

「私はエリートコースを自分から外れた人間だ。古巣には未練も無かった。そして、彼らは最初からそんな私のコネを当てにしていたのだろう」

「コネ?」

「コネクション。つまりは自衛隊との繋がり」

ソラの疑問を久重が補足する。

「私は提示された金額にそう興味が無かった。ただ、新しい仕事場としてあの会社は魅力的に映った」

「そこまではよくある話だね」

アズに田木が頷く。

「そうだ。私も企業側の意図は何となく察してはいたが、別に職業倫理上問題があるとは思えなかった。役人が天下りしているように、私もそういう枠組みの中に組み込まれただけだったからだ」

田木が一拍の間を置いた。

「政府高官や経済界と元々太いパイプを持っていたGIOにとって、私の取り込みはコネ強化の一環。その程度の認識だった。しかし、とある計画が私のいたセクションで持ち上がってから、私は自分の仕事に疑問を持つようになった」

未だ追手に追いつかれる気配もない通路で田木の声が反響する。

「自衛隊へのジオプロフィット導入。それはそもそも私がいた時代にも一部で噂されていた。それを行うのが自分の仕事になるとは思わなかったが、時代の流れだとは思っていた」

「試験的な導入こそあるが本格的な導入はまだ委員会で審議中じゃなかったのか?」

久重の言葉に田木が首を振る。

「いや、問題だったのは表向きの平和利用ではない」

「表向き?」

ソラの疑問に久重が答える。

「今現在でも日本は米軍の力で国の防衛費を削減してる。日米安保が未だに生きてるから日本は本来巨額の負担になるはずの防衛費を安く済ませてる面がある。だが、近頃は米国の凋落が激しい。米軍の再編で基地もどんどん自衛隊側に引き渡されてる。そこで問題になったのが自衛隊の頭数だ。超少子高齢化+自衛隊員確保の困難さ。更に移民の受け入れ失敗で懲りた日本は多くの職業に国籍条項を取り入れた。差別だなんて言われたが世論は支持してな。そういう経緯から今の日本は人員不足で自衛機能が停滞してる」

「GIOがそこにジオプロフィットを持ち込んだ?」

ソラの言葉に久重が頷く。

「簡単に言うと法整備を行って民間人なんかに危険地帯で『特定の行動』を起こすと給料が出る仕組みだ」

「それって・・・」

「所謂、戦時特例法。ジオネット法の拡大で民間人なんかに国土の防衛を自発的に行ってもらおうって訳だな。つまり、戦争へのジオプロフィット導入だ」

「それ本当に?」

日本の平和憲法を知っているソラからすれば、まるで信じられない話だった。

「昔の日本なら絶対に潰されてそうな法律だが、今の人口の高齢化比率を考えたらやむを得ないんだろう。何せ自衛隊員の平均年齢が四十四歳以上。四十パーセント以上が五十歳以上、どうしようもなく疲弊してる」

田木が声を硬くして久重の説明を引き継ぐ。

「国土の防衛は綺麗事では済まされない。実際に現環境では人口の増大した大国と渡り合うのは自衛隊では不可能だ。どんなに兵器を効率化しても、どんなに兵士達の練度を上げても、数の前には敗北するだろう。だから、自衛隊はその信念というべきものを曲げざるを得なかった。守るべき国民に自衛という名の戦闘行為を容認する・・・そんな政府の暴挙を留める事は出来なかった」

田木の言葉に滲むのは力無き自らへの悔恨だった。

「審議は続いてるが数年の内に成立するだろう。法案が成立すれば『誰であろうとも』その地域において国土防衛の為の戦闘行為は合法となる。その高額なジオプロフィット目当てに人は集まるだろう。民間人への武器や端末の供給はGIO軍事部門が自衛隊協力下で行う事になっている。それによってGIOも利益が上がる仕組みだ」

「そんなの・・・」

何と言っていいのか解らず顔を曇らせるソラが黙り込む。

「昔の日本なら完全に馬鹿にされただろうね」

アズがその会話で初めて口を挟んだ。

「でも、日本の国民はそれを受け入れた。五十年続く不況、続く超少子高齢化、移民に労働人口を奪われた悲哀、それらは目を曇らせて余りある。それにジオプロフィットを求めて戦場に行く日本人は事実上存在しないと言っていい。だから、国民からは大きな反対意見が出ない」

「え・・・でも、それだと・・・」

ソラの言いたい事を先取りしてアズが皮肉げに笑った。

「移民政策の失敗で難民化したような外人が今の日本には三百万人もいる。生活保護も受けられない彼らは日本という国ではスラムすら作れない。徹底した治安対策、テロ対策、労働政策が移民を下層労働者として固定してる。更に『日本人』じゃない彼らに『敬意』を表して、政府は法案が通った後、彼らに対してのジオプロフィット設定金額を高くする予定さ」

ソラが完全に沈黙した。

「それと同時に何故かコスト削減の名目で経済界が賃金を引き下げればアラ不思議。日本の為に命を掛けて戦ってくれる移民達の出来上がり。ちなみに指定される一定地域で自衛隊や日本人への攻撃が確認されれば、マスコミはこぞって放送するだろう。ああ、やはり移民なんて受け入れるべきじゃなかったと。その差別利権に乗っかるのは移民排斥運動で国民から圧倒的支持を得るだろう与党なのさ。と知ったかぶりしてみたけど合ってるかい?」

アズの言葉に田木が頷いた。

ソラが泣きそうな顔を俯けた。

社会の歪んだ部分を直視するのはまだソラには早過ぎると久重は隣を歩く小さな手を握る。

「だが、それだけならまだ私は会社の歯車として今も職にあっただろう。少しでも人々へ働きかける術があるなら、それに越した事はない。同じ国に住んでいる以上、私は彼らも守るべき国民だと思っている。しかし・・・」

今までの『前置き』を挟んで尚、田木の口は重かった。

「GIOは・・・政府と密約を交わした」

「それが狙われる理由か?」

久重に田木が視線を合わせた。

「もし、自衛隊へのジオプロフィット導入やジオネット法の拡大が全て茶番だったとしたらどうする?」

「茶番だと?」

「現代の戦争は経済活動の一部だ。利権が生まれるのは当然だろう。そこに漬け込むのは死の商人だけではないのだよ」

「一般論だな」

「GIOは政府に戦争が起こった場合、その危険区域に指定される場所の統治を『委託される』事を約束した」

「一種の特区ってわけか?」

「違う。地方の疲弊著しい日本で企業が主体となって地域を立て直すというのは昔から言われていた事だ。GIOはそれを戦争で実現しようとしている」

「嫌な想像しか出来ないんだが、あんたの言ってるのはまさか」

「戦時ジオプロフィットの指定区域がGIOの統治下に移行する。法、政治、軍事、経済、全てが『委託』という形で譲渡される手はずだ」

久重が空も見えない地下道で天を仰いだ。

「いつから企業が国を欲しがる世の中になったんだ?」

「一応の形は戦時ジオプロフィットの明確な指定と管理を行う為、自治体から自治権を一時的に借り上げる事になっている。事実上の国土分割に等しい」

「国土を守る為に国土を企業に売るか。確かに知れればGIOはこの国から追われるだろうな。矛盾してるどころの話じゃないだろソレ」

「一部勢力の政府高官が調印した契約書と詳細な資料は全て手に入れた。政府は私の裏切りがあるとは思ってなかったからか契約を闇に葬りたくなったらしい」

「そりゃそうだろう。今の官房長官は元々クリーンなイメージで売ってきた。企業経営手腕を大物から買われた起業家からの転身組みだ。こんな大スキャンダル喰らったら速攻アウトだろ」

「どうして解った?」

「そこの雇い主が激怒してる奴の話をしてたからな」

「そろそろ出るよ。久重」

「解った」

今まで先頭を行っていたアズの声に久重が前に出る。

一分もしない内に道の先、鋼鉄製のドアが現れた。

「殿は僕が勤めるよ。ソラ嬢と田木さんは彼の後ろから離れないように」

「私がお嬢さんの前になろう」

田木がソラの前に出る。

「おじさん・・・」

「叱ってもらったからな。少しは格好を付けさせてくれ」

「出るぞ。オレが出て合図をしたら出てきてくれ」

ドアに手を掛けた久重の耳元で声が囁く。

「(ひさしげ。ひさしげの周りに【CNT Defender】張っておくから)」

(ソラか?!)

思わず後ろを振り返った久重の耳にまた声が飛び込んでくる。

「(こっちは私が守るから。気を付けて)」

【ITEND】を使った何らかの通信手段なのだと気付いて、久重がジッとソラを見つめる。

「(私は大丈夫だから。ひさしげ)」

ソラが微笑んだ。

その笑みに何も言えず久重は頷く以外無かった。

「恋人みたいに分かり合うのは僕達がいない時だけにしてくれないかな? 久重」

「まさか君達はそういう関係・・・近頃の若者は進んでいると聞いてはいたが、まさかロリコンだったとは。避妊と認知はしっかりとな」

「ひにん?」

ソラが何の事か分からず疑問符を頭に浮かべる。

「お前ら大人なんだから少し空気読め!!」

ツッコミを入れてから久重が扉を開け素早く駆け出していく。

光の差し込む扉の先で久重が周囲を警戒した。

確認を終えた久重が手を上げた瞬間。

バスッと音がして久重の周囲の床に硬い金属音が響く。

合図するのと撃たれたのは同時だった。

 

GIO警備部特務外部班。

その肩書きは場所によってはそれなりの価値を持つ。

表向きは現場担当者クラスの高い地位であり、裏向きには各国の諜報機関に蛇蝎の如く嫌われる地位である。

一国の諜報機関よりも相当に高い給料。

各種の保険や危険手当。

更には様々な融通をGIOの他セクションに利かせる事も出来る。

そんな場所に生きている彼らの基礎能力は正規の諜報機関を超えるものだと言われている。

兵隊としても諜報員としても優秀な者達の集まり。

ある者は米軍からの離脱者であり。

ある者はCIAからの離脱者であり。

ある者はモサドからの離脱者であり。

ある者はMI6からの離脱者であり。

各国の組織からあぶれてしまった能力だけは無駄に高いアウトローをごった煮にしたような部署なのだ。

故に彼らは己を正しく評価し、自負もなく淡々と仕事をする。

出来て当たり前。

やれて当然。

それが彼らの身上であり、無能なものはいない。

「目標1を確認」

「風が東南から三メートル」

「了解」

スポッターからの適切な情報を元に僅かにライフルの銃口を調整した男が淡々と引き金を引いた。

「命中。いや、待て。足元に弾丸有り。当たっていないぞ」

「何だ・・・何か目標の周りに薄くて黒いものが見える。そちらで確認できるか?」

「確認した。何かしらの防弾装置だと思われる」

「このライフルの銃弾を受け止めるだと?」

「周囲の部隊に通達する。『ブラボー。目標に対して至近距離の銃撃を敢行せよ。尚、目標は徒手空拳であるが何らかの防弾装置を使用している可能性有り。銃撃で倒しきれないと判断した時は接近戦に持ち込め』」

『了解』

テナント募集中の窓から見える倉庫一階の駐車場。

敷地内立ち入り禁止の札を振り切ってマスクを被った男達が潜んでいた場所からと飛び出した。

サイレンサー付きの拳銃が幾度も火を噴く。

集中砲火で釘付けになった男の周囲にバラバラと弾丸が落ちていく不思議を目の前にしても男達は動じずナイフを取り出して襲い掛かった。

「『目標1に続き目標2、目標3、目標4を地下通路側から挟撃』これで今日の仕事は終われそうだな」

「・・・・・・・・・」

「おい?」

スポッターが横の相棒を振り向いた瞬間だった。

頭のあった場所から熱く間欠泉のように紅い温かな液体が噴出し、顔を染めた。

「へ?」

それが男の最後の呟き。

一秒後、男の頭部は綺麗に宙を舞った。

最後に男が見たのは遠い場所で部隊が目標1に叩き伏せられていく光景だった。

「あぁ、ターポーリン先輩。後はこちらに任せておいてくだい。ええ、今確認しました。それにしても彼強いですね。素手なのに特殊部隊上がりがポンポン投げられてますよ。ええ、はい。はい。それでは療養が終わるのをお待ちしてます」

声の主がボールでも投げるような動作でソレを投げる。

紅い血飛沫を振りまきながら、ソレは狙い違わず部隊を全て叩き伏せた男へと突き進み【CNT Defender】に止められた。

「卑怯臭い装備だよなぁアレ。幾らカーボンナノチューブ繊維を保存しておいて組み上げてるだけと言っても戦車砲とか自走砲レベルじゃないとどうしようもないとか。チート過ぎ」

声の主が端末を握り潰す。

降ってきたソレにうろたえた男の後ろ。

扉から出てくる人間の中に顔見知りを見つけて、声の主はその場から空へと飛び出した。

「ソラ・・・今、行くよ。【ITEND】 Multiplication Rate10。Increase Level7。Assist!!!!」

声の主が瞬時に久重の至近に到達した。

久重が気付いた時には黒いカーテンは引き裂かれていた。

「こんにちわ。そして、さようなら。見知らぬ君」

「!?」

そして、呆気なく、久重の片腕が宙に舞う。

「ひさ・・・しげ?」

続く少女の絶叫が戦いの幕が上がった事をその場の誰もに告げていた。

説明
青年と少女は逃げる男と出会います。陰謀という名の魔物に取りつかれてしまった男と・・・。
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陰謀 日本 オリジナル 少女 青年 SF GIOGAME 政治 ジオプロフィット 

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