インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#55
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時は遡り数日前………

 

 * * *

[side:鈴]

 

「あっつぅ…」

 

八月の初旬、この国特有の夏の暑さに苛立ちながらも、あたしはある一室を目指して寮の廊下を歩いていた。

 

おおよそ半分の生徒がそれぞれの国に帰省しているから閑散とした廊下はクーラーが効いていないらしく嫌に暑い。

 

 

――あいつ、いるんでしょうね。

まったく、折角夏になったんだから誘いに来なさいよ!

ホント、昔っから甲斐性な――――――くは無かったか。

 

但し父性的な意味でだけど。

 

たとえば、クラスで孤立してそうな子がいたら声かけて仲間に入れたりして。

………で、その((中心人物|いちか))が人たらしだから『迂闊に手を出せない規模』のグループが出来上がってたりとかしてたけど。

 

一夏って、気付いてないだけだけど結構モテたのよね。

家事は得意だし、人当たり良いし、クラスの人気者だったし、ちょっとシスコンが酷いけど…家族を大事にしてるって事だし、運動も勉強もそこそこに出来てたし。

 

そういえば、中学の林間学校の時は見物だったわね。

みんなでカレーを作ったんだけど、ウチの班は『主夫系』な一夏に、家が中華料理屋のあたしと定食屋の弾の三人が揃ってたから、他の班とはレベルが違ってたわね。

 

先生たちがこぞってウチの班のカレーを味見と称して食べにこようとしてたっけ。

 

……一夏はルーが出来合いモノだった事が不満だったみたいだけど。

 

他にも―――

 

「っと、いけないいけない。思い出に浸って目的を忘れるところだったわ。」

 

ふっと我に帰って到着した目的地に向き合う。

 

何の変哲もない、寮の一室。

 

けど、ここは特別な場所。

 

ノックする前に喉の調子と、ポケットの中のチケットを確認。

 

よし、喉はオーケー、チケットもちゃんと二枚ここにある。

 

ならば―――

 

「一夏、いる?」

 

ノックと共に声をかける。

 

………返事がない。

 

「一夏ぁっ?」

 

どんどんどん、

 

―――――シーン、

 

むっ……居ない?

 

まったく、あたしが折角来てやってるっていうのに、

 

「一夏のくせに生意気ね。」

 

「―――悪かったな。」

 

「へっ?」

 

声に振り返ったら一夏がそこに居た。

 

但し、ISスーツにジャケットらしきモノを羽織っただけという、なんとも暑苦しい格好で。

 

「いいいいいいい、一夏ッ!?」

 

「おう。で、何の用だ?」

 

「え、?」

 

「だって、俺の部屋をノックしてたろ。」

 

「あ、うん………」

 

どうした、あたし。

いつもの元気は何処へやった!

 

ほら、切り出しなさいっ!

 

「で、部屋入るか? あんま時間は取れないけど。」

 

あたしはだまってこくり、と頷き…ふと気付いた。

 

『あんま時間は取れない』…?

 

それって、どういう事?

 

「そういえば、なんでISスーツなんか着てるの?」

 

「ああ、倉持技研と槇篠技研の人が来て白式のデータ取りをやってるんだ。ほら、臨海学校でセカンドシフトしたろ。それだからだとさ。」

 

「大変ね。」

 

まあ、あたしも専用機持ちだから((他人事|ひとごと))だとは言いきれないけど。

 

「ああ。おかげで今日明日、もしかしたら明後日までカンヅメだよ。」

 

「―――え゛?」

 

思わず、凍りついた。

 

「ん?どうした、鈴。」

 

「い、」

 

「い?」

 

「いちかの、ばかぁッ!」

 

「((理不尽|なんでさ))ッ!?」

 

一夏を思いっきり殴り飛ばして、あたしは逃げ出していた。

 

 * * *

 

あたしが逃げ込んだのは、まあ、やっぱりだけど自分の部屋だった。

 

「で、要は計画は最初からポシャってた、と。」

 

金髪碧眼なアメリカ人のルームメイト、ティナ・ハミルトンに身も蓋も無く要約されてあたしは余計に落ち込む。

 

「ま、こればっかりは仕方ないんじゃないの? 専用機持ちの宿命ってヤツなんだし。」

 

「う〜。」

 

「今は落ち込むよりチケットどうするかの方が重要なんじゃないの?」

 

チケット。

 

あたしが一夏を誘うつもりで友達のキャンセル品を引き取った、『ウォーターワールド』というついこの間オープンしたばかりのプールの入場券。

 

その、『明日』の分。

 

「良かったら私が買い取るけど?」

 

「………二枚で五千円。」

 

「ちょっとくらいまけない?」

 

「ビタ一文まけない。」

 

「―――はいはい。」

 

あたしの目の前からチケットが消え、代わりに五千円札が一枚現れる。

 

「それじゃ、誘いに行ってきますかね。」

 

ティナが部屋から出てゆき、あたしは部屋に一人残される。

 

「………一夏の馬鹿。」

 

夏の厭味なくらいに澄んだ青い空。

 

けれどもあたしの心は土砂降りの荒天だった。

 

 * * *

 

それから数日。

一夏と箒と簪が空にボコボコにされたとかいう武装試験から何日か経ったその日。

 

 

「鈴、一緒に出掛けないか?」

 

「   」

 

あたしを、思わず((思考停止|フリーズ))するくらいの衝撃が襲った。

 

って、待ちなさいあたし。

こんな上手い話がある訳ないわ。

 

一夏から誘ってくるだなんて、絶対に裏がある!

 

「………他のメンバーは? 箒とか、シャルロットとかラウラとか、」

 

たとえば、そう。

他にも誰か誘っているとか。

 

「ん?誰も誘ってないぞ。」

 

「―――へ?」

驚いて、変な声が出た。

 

もしかして、正真正銘の―――――ふたりっきり?

 

「もしかして、誰かと約束でもあるのか?」

 

「う、ううん!ない!ないわ!」

 

「そ、そうか。で、どうするんだ?」

 

「行くに決まってるでしょ!何処で、何時待ち合わせ?」

 

「それじゃあ………十一時に門の所でどうだ?」

 

「わかった!それじゃ!」

 

まさか、一夏の方からで、デートに誘ってくれるだなんて!

 

高鳴る((心臓|ハート))の勢いであたしは一夏と別れて部屋に戻る。

『オンナノコ』の準備にはイロイロと時間がかかるモノだからねぇ〜。

 

 

「たっだいまぁっ!」

 

勢いよく開けた自分の部屋のドア。

 

「お、おかえり………」

 

ティナはなんかびっくりしたような顔をして、ポテトチップスをくわえたまま固まっていた。

 

「ふ、ふふ、ふふふ………」

 

ああ、もう。

笑いが込み上がってきて抑えてられないっ!

 

「え、あの、鈴?ついに暑さとショックで壊れた?」

 

なんか物凄く失礼な事を言われてるけど、そんな事気にならないぐらいにあたしの心は昂揚してる。

 

「我が世の春が来たァァッ!」

 

そう、思わず叫びたくなるくらいに。

 

 

「えーと、これは精神科?脳外科?それとも織斑先生か千凪先生を呼ぶべき?」

説明
#55:夏の日の一幕
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