君に花を贈り君と酒を交わそう
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「なあ、アヴェリン。これから言うことは、酔っ払いのたわごとだと思って聞いてくれないか」

 理由も特に説明するわけでもなく邸宅に来てくれないか、そう言われてアヴェリンは断ろうかとも思った。が、最近の彼の様子に思う所がないではなく、夫ドニックに相談してみれば「行った方がよいんじゃないか。彼からそういうお誘いをしてくるというのは、珍しいように思える」そう思案顔で背中を押され、衛兵隊服もそのままに、ハイタウンのホーク邸へと赴くに至っていた。

 時間的に暖炉の前で眠りこけているであろうマバリは、アヴェリンの気配を察したのかはたまた主人の話を聞いていたのか、扉の前でしきりに尻尾を振りながら客人を待っていた。「彼はアヴェリン様のことが、大好きなんですね」使用人オラーナがアヴェリンの外套を受け取りながら微笑む。こうしていれば、何も変わったようには見えないし思えない――けれども、夫にいわれるまでもなく、アヴェリンもまたリジェイの微細な変化は頭の片隅で常に気にかけていたし、機会があれば話す心積もりはあった。

 

 だがそれを先送りしていたのは、アヴェリンにとってもそれが話辛い話題だったからに他ならない。

 

 クナリ族を街から撤退させて三年余りの間に、彼は変わってしまった。影響力をもった、という意味でもあるし、その事が彼自身の望みと結果が剥離していたという不幸もある。が、その程度の変化ならこれほどまでに自分は悩んではいないだろう。

 

「ホーク。私はあなたの友人だと思っているわ。あなたも同じように、私を友人だと思っている」

「その通り、互いの認識が一致しているというのは、幸いなことだ。だから、これから言うことはアヴェリンにしか言えない戯言だ」

 

 たまらず、アヴェリンは頭を振る。何故、こんなことを言葉にしなければならないのか、自分でもよくわからないのだ。先ほどから手にしっぱなしのグラスの中身は一滴も減ってはいない。少しばかり喉をしめらせたい、そういう気分すら失せていた。「嫌な予感しかしないのよ」

「ほう、アヴェリンでも弱気になるんだな」対するリジェイはといえば、ヴァリックですら彼が酔っ払った所を見たことがないという証言を裏付けるような杯の重ね方だ――ああ、だから、嫌な予感しかしないのよ。溜息とともにアヴェリンはグラスを置く。リジェイの、薄くなってしまった方の眉がぴくりと動いた。

 

「はぐらかさないで。あなたが何を考えているか、まったくわからないわけじゃないのよ」

「だったら話は早い」ふむ、あまり安酒を重ねるものでもないな。呟きながら空にした瓶を足元に置き、リジェイは立ち上がった。アヴェリンはもう一度、今度は重苦しさをいっぺんに吐き出すような溜息を落とした。目線は年代もので傷が目立つものの、しっかりとした艶のある食卓の上に落ちる。ちらちらと揺れる暖炉の灯と、中央に立ててある燭台の炎とが混ざり合って暖かな光の中にいるというのに、この妙に寒々しく不安な心地は一体どういうことなのか。

 足音と共に、リジェイは二本ほどボトルを手に戻ってきた。「ホーク。自棄酒というのなら私は帰るわよ」

「そうだなあ、自棄酒と呑んで忘れられるのならなあ」はぐらかしてみせたのは明らかに失敗だった。口先で彼に自分が敵うわけがない。わかってはいたけれども、このどうにも釈然としない空気の中では皮肉の一つでも言いたくなった。

 

「アヴェリンは仕事熱心で、この街になくてはならない人間だ。常に職務に忠実で、その判断は凡そ間違いはない」

「はっきり言ったらどうなの?」つい、咎める口調になる。だが内心、本当にその言葉を聞きたいのか、己に問うも答えは出なかった。聞かなければならない、そう思った次の瞬間に聞きたくないと叫ぶ別の声があがる。聞かなければよいのか、そうではない。更に否定する。そうして結論を先延ばしにするなど厭うべきことであるはずなのに、今のアヴェリンはまさに結論を先延ばしにしたいと、願っている。

 無意識に、縋るようにリジェイの顔を伺うが、彼は至っていつも通りの、友人に向けるべき笑みを浮かべていた。けれど鈍く揺れるオレンジ色の光の中で、右のこめかみから頬にかけての傷跡が強調されて、ひどく疲れた落人がそこにいるように、アヴェリンは錯覚した。或いは絞首台にのぼりいよいよ覚悟を決めた罪人か。ろくでもない想像を否定するように、アヴェリンは瞬きをし、ついで深呼吸をした。影の幻はすぐさま失せた。

 

「私はアヴェリンの判断を信じる。アヴェリンがもし私に対して、剣を縦に振る必要があると判断したのなら、躊躇うな」

 

 まるで世間話でもするようなそのあっさりとした物言いに、アヴェリンは観念せざるを得なかった。ああ、やはり、言われたくはない言葉だった。何か、言葉を言うべきだと思っているにも関わらず、言葉は声にすらならず喉の奥で止まってしまう。

 

「ホーク」

「私はカークウォールの衛兵隊長という人間を信じている、誰よりもな」緑灰の瞳がすっと細められる。顔の傷のお陰で随分と悪相になったと嘆く割には、相変わらず人好きのする笑い方をする男だ。だから尚のこと、アヴェリンの胸の奥は、誤魔化せない痛みを訴えていた。

 もう、どうにもならない。アヴェリンは食卓の上に遊ばせていた両手を額の前で組み、そこに額を押し付けてきつく目を閉じる。

 もう、本当にどうにもならないのだ。彼は覚悟を決めてしまった。私は彼にそうなっては欲しくなかった。だが、どうすればよかったのだろう。

 彼が守りたいのは、ただ傍らにいる家族や友人だ。この街の人々でもなければ、騎士団でもサークルでもないし、教会でもない。彼は昔からそういう男だった、そしてその事を、アヴェリンはよく知っていた。

 

「…あなたは、なんだって、まったく…!」鬱々としたわだかまりをせめてぶつけてやれとあげた声は、幾分かの憤りを孕みながらも勢いなどはなく、結局最後は溜息として落ちる。それでも少しばかりきつく眦をあげて睨んでやれば、リジェイは困ったな、と笑うのだ。アヴェリンの勢いよく寄せられた眉根が、力を失う。

 

「すまんな、アヴェリン。つい、アヴェリンには甘えてしまうんだ」

「今まで聞いた中で最低のジョークだわ、ホーク」こちらもまた、苦笑するしかなかった。深刻な顔をしたところでどうにもならないだろう、まるで最初からそう告げられていたような気持ちになってきて、すると真面目にあれこれと思い悩んだ己の方が馬鹿を見たような気分になる。いよいよおかしな気分になってきて、アヴェリンの頬は僅かに緩んだ。

 

「そうだな。酔っ払いの、戯言だ」

 

 騎士団長の常軌を逸した言動はともかくとして、現実的に魔道士は市民にとって脅威の存在となりつつあるのもまた、事実だった。彼らがそうなってしまった理由が、カークウォールという街の呪いであろうと沢山の不幸の重なりの結果であろうと、アヴェリンがすべきことに変わりはない。

 迷う理由などはどこにもないのだ、リジェイに言われるまでもなく。

 だが、それでも、たとえこうして今は互いに冗談のように語らっていたとしても、アヴェリンの中に重苦しいしこりが残り続けることだけは、間違いはないだろう。そして、アヴェリンのやるべきことも、とるべき手段も、変わらない。

「ええ、あなたが本当に酔っ払うというのなら、戯言として流すことにするわ」言いながらようやくグラスを口元に傾ける。広がる果実酒の香りは、直後の大げさな溜息とともに吐き出された。

 見れば困ったように笑い降参だと言うように軽く両手をあげておどけてみせる。痛々しさすらも感じさせる顔の傷が刻まれてもなお、彼は変わっていないと錯覚したくなる自分の弱さを流してしまいたくて、アヴェリンはリジェイの持ってきた瓶に手をのばし、逡巡してみせた。「あなたは結局私を誘っておいて一人で呑んでしまうのよ、いつも。私向けのものは、当然とってあるんでしょうね」少しばかり憮然としながら告げてみせる。「水を飲ませるつもりなら、承知しないから」

「それは、勿論な」軽快に応える素振りは、往年の友のそれだ。彼は変化しているし、自分もおそらく変わったのだろう。けれども今はまだ、こうして言葉を交わし杯を並べることが出来るのだ。それは多分――おそらく、近い将来不可能になるかもしれない。

 それでも、きっと彼は己を友だと言うだろうし、アヴェリンもまた彼を友と言うだろう。饒舌なリジェイと自分は違う、だから言葉にはせず、ただ注がれた古酒の杯を傾けて、喉を潤し、同じ時間を過ごそう。迷っていた自分の背中を押してくれた夫に感謝するように、アヴェリンは僅かに微笑んだ。

説明
ホークとアヴェリン、本編Act3[決定打]直前くらい。
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DragonAge2 DA2 アヴェリン ホーク 

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