優しき魔王の異世界異聞録・参 〜ゼロの称号! 少女の心の叫び〜
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オスマンやコルベールにとっては肝が冷え、ルイズにとっては何やかんやで慌しかった日から夜は明けて。

眼を覚ましたアークはゆっくりと起き上がると、首を横に何度か振ってから立ち上がった。

 

昨日の事は消えようとする意識の中で覚えている。

使い魔召喚の儀によって召喚された際に自らと関係の深い者達が共に召喚されてしまったと言う事。

本来は一人につき一体ないし一匹しか召喚される事のない筈の使い魔が何人も纏めて召喚された故に暴走してしまったと言う事。

それにより何らかの理由により魔力を封印する装置である筈の八柱駒にルキフェールやマーモン達(更には可能性の段階だが他の魔王たちも封じられている可能性もあるらしい)が封じられてしまったと言う事。

更に契約のルーンを刻む儀式の際、暴走していた事により八柱駒にアークの魔力が分散して封じられてしまい、かつての封印状態になってしまったと言う事。

そして最後に、八柱駒と同化してしまったルキフェール達はこの世界ではあくまでもアークの分散した魔力によって形を保っている状態であり、実体化し続けるとアーク自身を侵食し魔力を枯渇させてしまうと言う事だ。

 

そこでルキフェールの考えた手はこうだ。

現在の所、二つの柱駒に封印された魔王が覚醒した事によりアークは全体の約20%の魔力を行使する事が可能である。

しかしこれはあくまでもルキフェールとマーモンが柱駒の中に引っ込んでいる状態の時であるが故、大事を取って初期魔法と剣術のみでこの世界で戦っていく方が無難。

自分達は基本的には柱駒の中で力を温存し、相談事やアーク一人では賄い切れない敵が出て来るまでは外には出ない。(出るとしても魔力の量を考慮して一人ずつ)

そしてこの世界で魔力を元の状態に戻す方法を画策しつつ、残りの六つの柱駒に封じられた魔王達を覚醒させる。

最後に八柱駒を便利なマジックアイテムだと思われて奪われても面倒故に魔剣グラムに融合させアーク自身は『召喚剣士(サモンナイト)』と言う肩書きを名乗る事、その際は名も語られない東国にて魔法を覚えたと言う事にする。

それらの明確な目的を決め、ルイズに口裏を合わせるように言った後、ルキフェールとマーモンは八柱駒へと戻って行った。

 

「ありがとう・・・マモン、ルキフェール」

 

古くからの友達の考慮に感謝しつつアークは辺りを見渡す。

すると目の前に何かが書かれた紙のようなもの―――恐らく手紙だろう―――が置いてある。

其処には良く解らない文字で何かが書かれていた・・・アークは読めない故に首を傾げていたが、不意にその文字が一瞬光ったように見えた後に普通に読めるようになっていた。

 

―――其処にはこう書かれている。

 

『あの無礼な漢と怖い奴にアンタの事情は聞いたわ。

正直な話、ハルケギニアとは違う別の所から来たとか何だとか与太話ばっかり聞かされたけどね。

まあ取り敢えず良いわ・・・何時この手紙を読むか知らないけど、私は授業に出て来るから今日一日は安静にしてなさい。

でももし動けるようなら部屋の隅に昨日私の着てた制服があるから洗濯しておいて、メイドに頼むだけで良いから。

それと明日からは朝、ちゃんと私の事を起こして頂戴』

 

そんな手紙の内容を読んでアークは苦笑を浮かべていた。

次の日から行き成り朝起こせだの、自分の洗濯を頼むだの結構扱いが荒い。

まあそれでも、今日一日は安静にしていろ等と書かれている所を垣間見れば、ルイズが偉そうなだけではなくそれなりに優しさのようなものを持っている事は理解出来た。

 

取り敢えずアークは部屋の隅にあった制服を拾うと窓から外に飛び出し、庭へと飛び降りた。

元々アークはアルカナと言う甲斐甲斐しく身の回りの世話全てをしてくれる側近(使い魔)が居たが、基本的には自分で出来る事は自分でやっていたので炊事洗濯はお手の物だ。

ただ問題は何処で洗濯を洗えば良いのか解らない事である・・・庭に飛び降りたは良いが、其処でアークは途方に暮れていた。

 

「・・・仕方ない、誰かに水場の場所を聞くか」

 

どうやら今の時間は授業中らしく、庭には人影が殆どない。

だがまあ探していればこれだけ広い場所なのだから自ずと誰かが見つかるだろう・・・アークは水場を探すついでに魔法学院の散策を始めたのであった。

 

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気ままに庭を散策しながら十数分。

アークの目線の先に人影が見えた・・・その服装からメイドであろう。

 

「おっ人影発見、あの子に聞いてみるか・・・おーい、そこのメイドさ〜ん」

「は、はい!? え、えええええ、えと、えと・・・な、なんでございましょうか!?」

 

その黒髪のメイドの少女はアークを見た瞬間声をうわずらせてドモる。

それについてアークは首を傾げて疑問を持つが・・・まっ、明らかに貴族階級のような金や銀の装飾がしてある衣服を身に纏った少年が話しかけてくれば驚くだろう。

自分の服装を見てメイドの少女の反応の意味を理解したアークは直ぐに彼女を落ち着ける為に優しく話し始めた。

 

「あっ、も、申し訳ない・・・もしかして僕がこんな服装をしてるから怯えさせてしまったかな?

えっと、その、僕はこう言う服装をしてるけど貴族じゃないから・・・えっと、僕は此処の生徒のパートナーで・・・」

 

「え・・・? あ、あの・・・じゃあもしかして貴方がミス・ヴァリエールの召喚したと言う・・・」

 

少女の言葉に『そうそう、それそれ』と頷く。

すると少女から警戒・怯えと言った表情が少しずつ消え、最初は伏せがちだった顔をアークの方に向けてくれたのだ。

その容姿は年頃の少女に相応しい純情そうで優しげで、愛嬌のある顔立ちをしていた。

 

「僕の名前はアーク・マティウス、宜しくね・・・えっと・・・?」

「あ、私はシエスタと申します、ミスタ・マティウス・・・えっと、アークさんと呼んでも宜しいですか?」

 

黒髪のメイドの少女の名はシエスタと言うらしい。

そんな彼女にアークは『良いよ、宜しくね』と言葉を返した後、不意に自分のするべき事を思い出す。

 

「あ、シエスタさん、悪いけど洗濯って何処ですれば良いのかな? 実は洗濯を頼まれたんだけど何処が水場か解らなくって」

「さん付けなど良いですよアークさん・・・あの、もし宜しければ洗濯なら私がやりますが」

 

アークとすれば水場の場所が解ればそれで良かったのだが、シエスタは洗濯もしてくれると言う。

確かに炊事洗濯はそつ無くこなせると言っても下着などはデリケートなものだとアルカナに聞いた事がある。

此処は素直にシエスタに頼むのが無難だろう。

 

「あ、それじゃあ頼むねシエスタ」

「はい、お任せください」

 

それからアークはルイズの制服の洗濯が終わるまでの間、なんて事はない話をシエスタとしながら待つ。

洗濯が終わった後、それを受け取ってからアークは使用人の宿舎に用事があると言うシエスタに付いて行った。

其処で彼女はどうやら荷物の入った木箱のようなものを外に出す・・・どうやらこれを何処かに持って行こうとしているようだ。

 

「あ、荷物があったんだね・・・じゃあさ、良ければそれ僕が持って行くよ」

 

アークは片手に洗濯物、もう片手で木箱を持つ。

 

「あ、いけません、アークさんはミス・ヴァリエールの使い魔さんですからそんな事をして貰う訳には・・・」

「良いよ良いよ、僕も洗濯して貰ったしこれでお互い様って事でさ」

「あ、あの・・・あ、ありがとうございます・・・」

 

最初は困ったような表情をしていたシエスタだったが直ぐに笑顔を見せる。

どの時代でも、どんな世界でも笑顔というものは良い物だ―――アークは厨房の方へ荷物を運ぶまでの間、そんな事を考えていた。

 

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「ありがとうございましたアークさん、お陰で助かりました」

 

厨房の方へと荷物を運び終わったアークにシエスタは深々と頭を下げる。

実に礼儀正しい少女である・・・この少女の爪の垢を、自らの妹分とも言える人物(レヴィアタン)に煎じて飲ませたい程だ。

まあ彼女は彼女なりに礼儀を知らないだけであり、根は優しいという事も知ってはいるが。

 

「あ、そう言えばアークさん、お腹空いていらっしゃいませんか?」

 

問い掛けられアークのお腹が可愛らしい音を立てて鳴る。

そう言えば召喚されてから現在まで何も食べても飲んでも居ない―――

魔族は別に魔素さえあれば生きてはいけるのだが、アークの場合は嗜好品的な扱いで毎日食べていたからか人間と同じようにお腹は空くのである。

バツの悪そうな表情をするアーク、そんな腹の音を聞いたシエスタはクスクスと小さく笑った後に言葉を続けた。

 

「うふふ、やっぱりお腹空いてらっしゃるんですね。

あの、もし宜しければですけど今から私達食事するのですがアークさんもいかがですか? その・・・貴族様方が食されるような立派なものではありませんけど・・・」

 

健気なシエスタの姿を見てアークは嬉しそうに笑いながら頷く。

元々アークは他人からの好意を無碍に断るような性格ではないし、実際腹が減っているのは事実。

ならば好意に甘えさせて貰うのが一番だろう・・・どうやらシエスタ、実に奉仕的で献身的な人物だと言う事がアークには理解出来た。

 

「じゃあお世話になるよシエスタ」

「はい♪ では少しだけ待っていてくださいますか、今皆さんに伝えてきますので」

 

そう言われてアークは腕組みをしてその場所で待つ。

ものの数十秒程度で再びシエスタが厨房から出て来ると入って来るように促す。

ゆっくりと厨房の中に入ると其処にはシエスタ以外にも何人かの他のメイドがおり、最初は煌びやかな装飾の衣装のアークが入って来て驚いていた。

だがシエスタがアークの事を説明してくれたからか直ぐに緊張した空気は緩み、彼を席の方へと案内する。

 

アークを案内しながらメイド達は思う。

アークの姿、立ち振る舞い、物腰は確かに貴族階級であるように見える・・・だが彼の穏やかな性格は彼女達の知る貴族特有の傲慢な物とは余りにも無縁である。

噂で聞いた話によればトリステインから遥かに東にある名も知られない国から使い魔として召喚されたとの事だ。

このトリステインの多くの貴族がアークのように優しい人物であれば良かったのにと少女達は考えていた。

 

 

「うん美味しかった、ご馳走様でした」

 

用意されていたシチューとパンを見事な作法で食べ終わったアーク。

礼儀作法やら食事作法はルキフェールとサタンに昔みっちりと教え込まれた。

少なく見積もっても何百年も前の事だったが・・・どうやら身体自体が教え込まれた事を全く忘れていなかったようだ。

―――これがマーモンやらレヴィアタンが居たとしたらマナーもへったくれも無かっただろう。

 

「お口に合ったようで何よりです。

宜しければまた何時でもいらして下さい、歓迎しますよ」

 

「うん、そうさせて貰うよ。

ありがとうシエスタ、じゃあまた寄らせて貰うね、お世話になりました」

 

賄いを完食した後、深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝え、更に食べ終わった皿を洗い場に持って行ってからアークは厨房を出た。

 

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食事が終わってから暫く腹ごなしの散歩をしていると、見覚えのある人物の姿を捉えた。

ピンク色の髪の整ってはいるが少々気の強そうな顔立ちをしている少女、アークがパートナーとなったルイズである。

 

「あらアンタ、何でこんな所に居るのよ?」

 

そこでアークは先程眼を覚まして昨日の洗濯物を洗う水場を探していた際にシエスタと出会い、食事をご馳走になっていた事を伝えた。

説明について余りルイズは興味を持っていないのか『ふーん、そう』の一言で終わらせる。

・・・ふとそこで、ルイズの近くに居た人物が口を開く。

 

「あら、貴女が呼び出したって言う使い魔は彼の事かしらルイズ?」

 

話しかけて来た人物は燃えるような紅い髪、健康そうな褐色の肌をした、ルイズとは違い実に発育の良い女性。

服の着こなしが示す通り胸が強調された衣装を身に纏う、所謂男を悩殺するタイプの派手な感じの人物だ。

そんな紅髪の女性に話しかけられ、ルイズは少々嫌そうに呟いた。

 

「何よキュルケ、アンタには関係ないでしょ」

 

そんな風に言うルイズの事は無視し、キュルケと呼ばれた紅髪の女性はアークの方へと眼を向ける。

 

「それにしても人間を呼び出すだなんて流石じゃないの、ゼロのルイズ」

 

物言いは明らかにルイズを馬鹿にしているかのようなもの・・・その言い草にルイズは少々悔しそうにしていた。

 

「あたしは貴女と違って一回で成功よ、ほら・・・挨拶をって・・・あら?」

 

キュルケは得意げに自らの足元に居る使い魔をルイズに向かって披露し様とした。

だが・・・いつもならば足元に居る筈の使い魔が其処には存在しない。

すると―――

 

「いや、だからくすぐったいってば。

へえ・・・フレイムって言うのか、宜しくねフレイム♪」

 

『きゅ、きゅきゅきゅ〜♪』

 

何と足元に居る筈のキュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムは、主の事などそっちのけでアークにまるで子犬の如くじゃれ付いていたのだ。

そんなキュルケの使い魔の姿を見たルイズはここぞとばかりに反撃を繰り出す。

 

「あら、随分と薄情なのねアンタの使い魔は。

それともあれかしら、やっぱり使い魔って主に似るのかしら?」

 

その言葉にキュルケは悔しそうな表情をしていたが、直ぐに余裕を取り戻す。

 

「・・・まあ良いわ。

それにしても良く見てみれば結構可愛いし良い男じゃない、貴方のお名前を教えて貰っても良いかしら?」

 

「ん? 僕の名前? ああ失礼、僕はアーク・マティウス、以後お見知り置きをお嬢さん」

 

「あら礼儀正しくて素敵な殿方じゃない、主に似なくて良かったわね。

私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、二つ名は“微熱”よ。 宜しくね、アーク」

 

何処か此方に対して含みを持つような挨拶の仕方をするキュルケ。

よく見てみれば無意識に胸を強調するような立ち方で名を名乗っている事を垣間見ると、並みの男ならこの仕草で充分に落ちるだろう。

だが・・・アークの場合、この程度の事で心揺さぶられる事など万に一つも無い。

 

何故なら彼の周りには良くも悪くもキュルケ以上に露出度の高い奴らが何人も居た。

更に殆ど下着のような格好をしているのに純真で純情と言うギャップを持つ魔王が直ぐ近くに居たのだ、この程度などアークにとっては“普通”の事である。

(・・・つまりアーク、女心は一切判らないのに併せ色仕掛けは一切通用しない)

 

「此方こそどうぞ宜しく、キュルケ殿」

「殿なんて堅苦しい言い方じゃなくて呼び捨てで良いわよ。(ふ〜ん、本当に良い男ね・・・と言うか、初めて見るタイプだわ)」

 

そんな事を考えながらアークを見つめるキュルケ。

当のアークはどうも居心地が悪いのか首を傾げた後、再び座り込んでフレイムの事を撫でていた。

 

「ちょっとキュルケ! 私の使い魔・・・い、いえ、私のパートナーに色目使うんじゃないわよ!!」

「あら失礼ね、別に唯挨拶しただけじゃないの・・・ほらタバサ、貴女もいらっしゃいよ」

 

最初に使い魔などと言おうとして慌てて訂正するルイズ。

アーク自身は別に使い魔扱いされようが何をされようが怒る事もない人物だ―――しかし彼を使い魔扱いすれば怒気を放つ者達も居る。

柱駒の中に封印されているようなものだが“彼ら”にも言葉は聞こえているのだ、無礼な物言いをしようものなら殺されても文句は言えない。

 

勿論内心は面白くは無い。

貴族意識やプライドの強い彼女にとって使い魔と対等と言うこの状況を受け入れられては居ない。

本来ならば手綱を握るのは召喚に成功した主の筈、なのにアーク(正確に言えばルキフェールとマーモン)に主導権を握られているのは納得がいかなかった。

・・・まあそんなちっぽけな事にばかり拘る故に大切な事に彼女は気付けて居ないのだが。

 

一方、アークに少々興味を抱いたキュルケは自らの親友とも言える人物の事を呼ぶ。

彼女の呼び掛けに柱の影から現れたのは青い髪で眼鏡を掛けた、ルイズと同じ位の背丈の小柄な少女だ。

キュルケはタバサとかその少女の事を呼んでいたが、何故かアークはそのタバサという少女が自分の事をやけに警戒しているような調べようとしているかのような印象を受けた。

アークがそちらの方を見ると手に持っていた本に直ぐ視線を移していた所を見ると、少なくとも見られていたと言う感覚は間違いではないだろう。

そんな彼女の姿を見てキュルケは苦笑を浮かべながらアークに小さく呟く。

 

「ごめんなさいね、あの子悪い子じゃないんだけど人見知りが激しくて」

 

キュルケの言葉にアークは『大丈夫』とだけ言って再び視線を柱の影に居るタバサへと移す。

先程から目線を外しているとアークに対して警戒の視線を向け、目線を向ければ自らの持つ本に視線を戻すと言う事を続けている彼女。

そんな彼女に何かを感じながらもアークはその何かが解らず、再び首を傾げていた。

 

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「あら、そう言えばそろそろ次の授業が始まるわね・・・」

 

不意にキュルケがそう言う・・・時間を見てみればもう既に休憩の時間は少ししかなかった。

 

「あっ、本当じゃない。

そうだ、次の授業は一緒に受ける事が出来る授業だから行くわよアーク」

 

ルイズの言葉にアークは頷く。

彼が統治していたソロモン大陸には学校・学園・学院と言うようなものは例外はあれど殆ど存在しない。

その為か市井の子供達が受けれる授業と言うものがどういうものなのか気になっていた。

 

ルイズに連れ添って魔法学院の教室に入るアーク。

聞いた話によればあくまでも此処は貴族達が魔法の講義を受ける場所であり、使い魔は主の横か後ろにいて大人しく待たねばならないらしい。

それを聞いたアークは腕を組みながらルイズの後ろに立っていた。

 

壁際でゆっくりと目を瞑る。

これは別に眠い訳でも興味が無い訳でもない―――魔族は人間とは違う感覚を有しており、大気と自らを一体化させ其処に存在する力を感じ取る事を自然とする。

それは戦を多くし続けてきた魔族特有の状況判断の方法のようなものであり、癖のようなものでもあった。

 

言うなれば東洋の大気中の気を感じ取り、取り込む技法のようなものだ。

目を瞑って周囲から放たれている多くの魔力などを感じ取ると、その人物がどれ程強いのかも改めて理解出来る。

 

周囲に存在するのはそんなに大きくない魔力だ・・・大多数の生徒達が魔法が使えるといってもこの程度だろう。

その中で感じる二つの大きい魔力・・・この二つの魔力は感じた覚えがある、先程出会ったキュルケとタバサとか言う少女のものだろう。

そしてそれとは別に濃密な魔力・・・言い表すなら魔力の塊とも言える様な魔力を放っているのは、不思議な事にルイズであった。

 

すると扉が開くような音がする。

アークが瞑っていた目を開くと教室の中央部にある教壇の上に紫色のローブを着た中年の女性が現れた。

恐らく彼女が少年少女達に講義をする“教師”と言う存在なのだろう。

 

「皆さん、春の使い魔召喚の儀は大成功のようですわね。

この赤土のシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。

あらあら、中々変わった可愛らしい使い魔を召喚したようですねミス・ヴァリエール」

 

教師であるシュヴルーズはルイズとアークの方を見ながら微笑む。

実は彼女はメイジではあるが温厚で優しい性格をしている―――言った言葉も嫌味などではなく純粋に思った事を口にしただけだ。

しかしクラスの中ではその言葉を悪い方向に取る者が多い故か、辺りからクスクスと笑い声が漏れる。

 

「召喚に失敗したからってどっかの田舎貴族なんか連れてくるなよ、ゼロのルイズ!」

「ち、違うわ!! 私がサモン・サーヴァントで召喚したれっきとした使い魔・・・いえ、パートナーよ!!」

 

小太りの生徒が茶化すように煽ると周囲の笑い声が余計に大きくなった。

それに憤ったルイズは席から立ち上がり、野次を飛ばした小太りの少年・マリコルヌに掴みかかろうとするが・・・肩を優しく押さえられて制される。

見ればそれはアークだった、しかも馬鹿にされていると言うのに彼は笑いながらルイズに言う。

 

「ルイズ殿、短気は損気って言葉が僕の生まれた所にある」

「何言ってるのよアンタ!? アンタも馬鹿にされてるのよ!? 悔しくないの!?」

 

だが、その言葉に対してアークは笑いながら返した。

 

「いやだって、高々茶化されただけじゃないか・・・怒る程の事かな?」

 

その笑顔に今まで悔しさで怒りを露にしていたルイズの頭が冷える。

確かにその通りだ、別にその程度の事で怒る程の事は無い―――そもそも考えて見れば自分は召喚の儀に成功しているのだ。

そもそも此処で憤りのままに暴言でも吐いて騒ごうものなら野次を自分で認めるようなもの、誇り高き貴族とは愚かな行為をするべきではない。

 

「・・・解ったわよ」

 

そう一言だけ呟くとルイズは静かに席に戻る。

本当ならば腸は煮えくり返って居るが、そんな愚かな姿を見せた所で自分のパートナーに認めて貰える訳が無い。

・・・此処で一つ、ルイズは真の意味で貴族という存在になる為の一歩を歩みだしたのだ。

 

一方、喧嘩が始まると思って笑っていたクラスの生徒達もルイズのその姿を見て笑いが収まる。

いつもならば彼女が怒って言い合いの喧嘩になる筈だったのに・・・中にはつまらなさそうな表情をしている者も居た。

そんな中でマリコルヌは更に野次を飛ばす。

 

「アハハ、だっせ〜!! 使い魔も使い魔なら主も主だな!! お前これだけ馬鹿にされて何も言わないって、それでも貴族か・・・よ・・・?」

 

しかし言葉は続かない・・・マリコルヌは急に言葉が出なくなってしまった。

ルイズがそれに疑問を思ってマリコルヌの方を見ると彼はまるで蛇に睨まれた蛙の如く震えて力無く席に座り込んでしまう。

その目線の先を居って行くと其処には先程から笑顔のままのアークが居るだけだ、何も変わらない。

ルイズは首を傾げると再び前を向き直すのであった。

 

だが、タバサだけは気付いていた。

今一瞬だけであったがマリコルヌに対してあのアークと言う使い魔が強烈な殺気を送ったと言う事を。

彼女はある事情から殺気等に敏感だ、更に恐らくこのクラスの中でも他に追随を許さない程にかなりの実力を持ち合わせている。

そんな彼女に一瞬だけではあったが掌に冷や汗を掻かせる程の殺気を感じさせたのだ・・・直接殺気を向けられた相手など心臓を握られると同じ位の衝撃を受けただろう。

(実際の所はアークではなく、それを聞いていたルキフェールが柱駒の中から殺気をぶつけたのだが)

 

「(・・・あれは・・・危険・・・)」

 

最初からアークの事を危険視していたタバサは、この事を経験して更に彼に対して警戒心を強める事となった。

 

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「ミスタ・マリコルヌ、お友達を侮辱してはいけませんよ」

 

シュヴルーズが注意をし、それからの授業は問題なく進められていく。

アークがオスマンやコルベールから教わった四大系統の事、失われた“虚無”と言う系統があると言う事、そして魔法と生活との密接な繋がり。

この世界の魔法に興味があったアークはかなり真剣にシュヴルーズの講義を聞き続けていた。

 

講義が終わり、どうやら今度は実技の時間となったようだ。

四大系統の一つ、土の魔法の初歩中の初歩とも言える“錬金”の実演をシュヴリーズは生徒達の目の前で行う。

彼女はただの石ころを魔法によって別の存在へと変化させていた・・・まあこの辺の魔法はソロモン大陸と同じのようだ。

 

「(へえ・・・魔法の形態が違うから全てが違うのかと思ったら、そうでもないんだな)」

 

そもそもアークは今シュヴリーズが実演している“錬金術”を得意としている。

元々趣味で魔法の武器やら防具やらマジックアイテムを製作する事の多かった彼にとってはかなり身近な魔法に感じたのだろう。

そんな事を考えている内に授業は進み、今度は生徒の誰かに今の錬金を実演して貰うという事になり、シュヴリーズはルイズを指名した。

しかしその途端・・・クラスの者達多くから「止めておいた方が良いと思います」だの「危険です」だのと言われる。

 

どう言う事なのだろうか?

アークが首を傾げる中、ルイズは小さく肩を震わせながら「やります」と一言だけ言って教壇の方へと向かって行く。

するとどうした事か、生徒達は皆急いで次々に机の下に隠れ始めたのだ。

 

教壇の前に立ったルイズ。

緊張していると思ったのだろう、横に居たシュヴルーズが彼女の緊張を解くように優しくルイズに語り掛けた。

 

「ミス・ヴァリエール、誰にでも得手不得手と言うものはあります。

失敗しても良いのです・・・落ち着いて、この石をどのような金属に錬金したいかを強く心に思い浮かべるのですよ」

 

ルイズはその言葉に真剣な表情で頷き、呪文を唱え始める。

本来ならば石ころから他の金属に錬金するなどシュヴリーズの言っていた通り初歩中の初歩だ。

それにもし錬金出来ないにせよ危険な事になる事など殆ど無い、アークはそう思っていた。

 

だがアークはその眼で見、そして感じた。

呪文を唱えているルイズが杖に収束していく魔力は少なくとも錬金術の類では全く無い。

それどころかその魔力はまるで無差別に周囲を攻撃する魔法の如く、実に危うさに満ちているのだ。

 

「(・・・これは・・・?)」

 

疑問符を浮かべたアークだったが、ルイズが凄まじい魔力を収束した杖を石ころに振り下ろそうとした瞬間に既に大地を蹴っていた。

収束されたあの魔力の塊を目の前の石ころにぶつけると言う事は要は安全装置の外れた爆弾に衝撃を与えるのと同じ事。

その先に待っているのはどう転んでも碌でもない現実のみだ。

 

「クソ、間に合わない!!!」

 

アークの目の前でまるでスローモーションのように石ころに膨大な魔力が注ぎ込まれ、高熱と共に膨張する。

このまま放って置けば石の近くに居るシュヴリーズもルイズも膨張した魔力の爆発に巻き込まれてしまう。

最悪、自分の身体を膨張する魔力に被せて押さえ込むと言う方法もあるが・・・。

 

だがその時、不意にアークの脳裏に声が響く。

 

『俺に任せろ、アーク!!』

 

その言葉に間髪入れず所持していた誠実の柱駒を膨張する魔力の方へと投げる。

柱駒は空を飛びながら眩い光を放つとマーモンへと姿を変え―――そのまま現れたマーモンは、強引に爆発寸前の石ころを両掌で押さえ付けた―――

 

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その後、アークとマーモンの咄嗟の機転によって大きな爆発は発生せずに済む。

しかし押さえ込んだといっても爆発の余波全てを押さえ込む事が出来た訳ではなく、発せられた爆風と叩き付けられたアークとマーモンによって教壇が破壊されてしまう。

その為に講義は途中で中止、ルイズとアークは故意にではないにせよ己の不始末と言う事で教室の片付けを命じられていた。

 

アークは黙々とルイズの片付けを手伝う。

マーモンは強引に爆発を押さえ込んだ際に両掌と身体の前部に大きな火傷を負った為、直ぐに柱駒の中に戻って行った。

しかしマーモンに手傷を負わせるとは、どうやらルイズの有している魔力はどちらかと言えば魔族級のようだ・・・それも下手すれば上級魔族級だろう。

・・・でなければ本来なら本人の有する魔力によって障壁のようなものを張られている弱体化してるとは言え魔王級に手傷を負わせる事など出来まい。

そんな事を考えながら窓を拭いていると、不意に机を拭いていたルイズの動きが止まる。

 

「ん? 早く終わらせないと暗くなっちゃうよ、ルイズ殿」

 

呟いて続きを始めようとするアーク。

だがそこで、ルイズは肩を小さく震わせながらポツリと呟く。

 

「・・・何で? 何でアンタ、何も言わないのよ?」

 

何の事か解らず首を傾げるアークの態度にルイズは突然声を荒げる。

 

「気遣いなんて要らないわ・・・言いたいなら言いなさいよ!!

馬鹿にしたいならすれば良いじゃない!? 魔法も碌に使えない癖に何を偉そうにしてるんだって!!」

 

自暴自棄な態度を取り叫び出すルイズ。

その眼には涙を溜め、態度を変えないアークに食ってかかる。

 

「アンタ、パートナーだからって、対等だからって馬鹿にしてるの!?

良いわよ、教えてやるわ!! 私の二つ名は“ゼロ”!! それは魔法の成功確立がゼロだから付けられたあだ名よ!!

アンタもどうせ心の中じゃ私の事を馬鹿にしてるんでしょ!? だったら口に出して言いなさいよ、どうせ私なんか何にもないゼロ・・・」

 

ルイズの言葉は最後までは続かなかった。

『パシッ!!』と言う何かを叩く音、それに頬に痛みを感じて彼女は黙り込んでしまう。

顔を上げた其処には、悲しげな表情になったアークが居た。

 

「何で其処まで君は自分を卑下するのさ・・・。

じゃあ今此処で起こった爆発は何なのさ!? 君の知る魔法がどんなものか知らないけど、これだけの事を出来るって事は立派に君は魔法を使えるって事じゃないか!!

それに泣き叫んで何か変わるのかい!? 何も変わらないさ・・・もっと自分自身を信頼しなよ!!」

 

アークは落ち着き、言葉を続ける。

 

「・・・それに君は例え偶然であれ何であれ、僕をこの世界に召喚したんだよ?

だったら君がゼロだなんて事は無いよ・・・それに爆発の魔法だって知られていないだけで存在するかもしれないじゃないか。

あの爆発だってきっと使い方を良く考えればもしかして他の魔法よりも様々な使い方も出来るかもしれない、それは君次第だと僕は思う。

常識に囚われ過ぎてしまったら本当に大事なものさえ見えなくなってしまう、それで後悔するのは自分自身なんだからさ」

 

言い終わるとアークはテキパキと片付けを続ける。

そして全てを綺麗にし終わった後、アークは謝罪するように深々と頭を下げてから口を開く。

 

「君を叩いてしまったのは僕の落ち度だ、女性に手を上げるなんて男の風上にも置けない事は解ってる・・・ごめんなさい」

 

暫く深々と頭を下げてから頭を上げ、アークは静かに教室を去っていく。

一人残されたルイズは張られた頬に添えられていた手を離し、呆然と掌を見つめ続けていた。

 

仕置きを受けた事はあっても、両親からすら叩かれた事など一度も無い。

普段の彼女ならプライドの高さ故に喚き散らし、アークの事を決して許す事など無いだろう。

だが何故だろうか? 自らの心の奥底にあった感情全てを吐き出した今となってはそんな事などどうでも良かった。

先程まで曇っていた筈の彼女の心内―――だがそれは痛みと言う衝撃はあったにせよ全てを吐き出したが故に澄み渡った空の如く青く透き通っている・・・そんな気がした。

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〜これは自らを呼び出した少女の心の叫びを知った大魔王の一日〜
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