詩の習作
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  ■唯一つの

 

 痛い、と感じるその瞬間は

実はとても心地よいもので

というのも

他の何ものをも、感じずに居られるから。

痛みを怖れるのは

他のあれこれを、いっときとて

手放すのを怖れるということなのだろうから。

 

痛い、と感じるその瞬間から

還れなくなるのではないか

脳髄も臓腑も神経も

麻痺して真っ白に

それは樹氷の様に昇華する

あの、うつくしい、唯それだけの痛みから。

 

 

 

苦しい、と思うその瞬間は

実はとても幸せなもので

というのも

苦しみに、おのれ自身を沈めているから。

苦しみを怖れるのは

それを諦める痛みが、いっときとて

苦しみに浸ることの幾倍もの、ものであるだろうから。

 

苦しい、と思うその瞬間から

戻れなくなるのではないか

延髄も網膜も気管支も

痙攣して真っ赤に

それは夕映の様に凝固する

あの、うるわしい、唯それだけの苦しみから。

 

 

 

嬉しい、楽しい、喜ばしい

嗚呼、それが煩わしい。

縒り合わせ、継ぎ合わせた心持ちの

何と複雑で豊潤で艶麗で

爛熟した様相であることか。

私はそれらが好きだ、好きだ、好きだ。

この上なく好きだ。それ以外に無い。どうしようも出来はしない。

けれど強烈に思うのは

腐肉を喰らうこの腔内を

油脂を弄ぶこの舌先を

清新に颯爽と鮮烈に

正直に武骨に残酷に

斬り落とし切り刻んで呉れる様な

痛みと苦しみが欲しくなる

渇いて焼ける様な喉元を

血液以外の潤いが駆け抜ける

 

さあ、痛みをお呉れ、苦しみをお呉れ。

何も感じず思わずとも良い

身体を置いてけぼりにして赦される様な

私が私を辞められる世界の白昼夢を

痛い苦しいと悶えながら手に入れる

ただその一瞬だけを私にお呉れ。

 

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  ■葡萄

 

 葡萄ジュースを買った。今時珍しい、硝子の、重たい瓶を抱えて帰る。

 台所で栓を開けて、グラスに移す。たぱたぱというしっとりとしたかわゆらしい音と共に、しつこい紫が充ちてゆく。

 これは濃い、と思って、水で割ることにした。そろそろと水を足して、良かろうと思われる塩梅にする迄に随分と懸かった。だが良い、口に含んだ時に、それは証明された。さらさらとしていて、舌触りが絹の様だった。味は甘ったるく、その後に酸い後味が来て、然も有らん「成る程、葡萄は女か」と思った。

 屹度これなら、彼も喜ぼう。

 私は納得と自信を胸に抱いて、白く繊細で美しい、装飾だらけの如雨露にジュースを注ぐ。白は重たい紫に染まり、いけない事をしている様な心持ちになる。私が飲んだものより幾分薄めになる様に水を注ぎ、取っ手を持って慎重に縁側を伝って庭へと出た。

 嗚呼、彼は今日も此処に横たわっている。

 ほんの少し前まで、硝子瓶も、白い如雨露も、女も絹も重たい紫も、全て彼のものだった。

 だから美しいのだな、葡萄は。

 私は彼に雨を上げたいと常々思っていたので、如雨露からさあさあと威勢良く、満遍なく、彼の身体に明るい紫の雨を降らせる。胡粉の着物に、白皙の肌に、紫は病斑の様に広がっていく。

 ジュースは葡萄に限る。如雨露は白に、人は彼に。

 だから美しいのだな、彼は。

 雨はだらだらと降り続け、彼の体躯をしとどに濡らす。庭の玉砂利にも紫は移って、滑稽な様を見せている。

 我ながら中々の思いつきだろう、と彼と私以外誰も居ないのに、無性に自慢したくなる。他の果物は、明るいから駄目だ。

 彼の黒髪がじっとりと水気を含んで、重たそうに頬に掛かった。袖は腕に張り付き、項はてらてらと光っている。そして無遠慮な紫である。

 如雨露の中身は全て彼に捧げられた。これでもう大丈夫、私は彼への、一番良い弔いが出来ただろう。後は彼が彼でなくなってしまう迄、庭に出なければ良いのだ。

 ジュースは葡萄に限る。如雨露は白に、人は彼に。

 私が死んだら誰がジュースの慈雨を降らしてくれるの、と思うと、今からでもぶどうジュースの瓶が堪らなく欲しくなった。

 

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  ■君

 

君は君に忠義を尽くすべきなんだ

君は君の奴隷なのだから

 

君は君の所有する全てのものに治められる

君は君を形作る全てのものに象られる

君の中に住まう君

君を外より統べる君

君へ向かう一方通行の出入り口

君は君の扉の蝶番を誤った

君から入って君へと出る為の

君を目指して君より進む故の

君に君より注がれし君を

君へ君から授けられし君を

君の一部という君の全てと

君自身という君の部分と

君で在る君が

君で無い君の為に

君になろうと

君で在り続けようと

君に仕え君に使われる

 

君は君に支配されるべきなんだ

君は君の君主なのだから

 

******************

冒頭を全て「君」にしてきもちわるい感じにしたいなぁと。

自分自身を声高に叫ぶのは寧ろ愚かしいのではなかろうかと思う時があります。

それは「自分」にしか属さないものというのが一つも無いからで

寧ろ「自分」は、自分の「それ自体」であると同時に「以上」みたいな意味で(それ自体を含み、かつそれよりも上って事)上位概念かもしれないと思う。「自分≧自分」みたいな。

リレーのテイクオーバーゾーンみたいなところに私はいつも居て、何か全て漸化式みたいな感じなのかなぁと思う時がある。

 

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  ■全く哀しむ事ではありませんでした

 

 わたしは葡萄のジュースを飲んで

 貴方は冷めたびぃ玉を口にして

 とぷんとその穴に飛び込んだ

 いつも翡翠で飾っていた

 いつも淡水で充たされていた

 わたしと貴方は抱き合って其処に飛び込んだの

 内側の外への隧道

 外側の内への隘路

 あちらには母莫きものがいる

 あちらは皆がかつていた処

 かつまた皆が還っていく処

 全きあちら

 圏外との交差点

 もう哀しくない、全く!

 生きないから、逝かないから

 もう哀しくない、もう哀しくないの

 生まれないから、死なないから

 それすら一緒になる

 わたしと貴方も、もう境目のない

 どろどろとして一つの――

 一つの、そして一つと数える必要もない

 混沌、ただそれだけの世界になった。

 

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  ■祝杯

 

気になる人の名前を

別れた後に知った

さよなら、私のカイロス

その時しか無かったんだ

知ってたよ

何となく

嗚呼、私は

この脈打つ心臓をシャンパンに浸して

はい、と手渡せない人だから

もう朧気にも思い出せやしない

理想すら思い描けもしない

緊張して俯いた

あの時の気持ちだけが

その儘ヘモグロビンに居座り続ける

本当は会えるのに

会いたいと思えば実は会えるのに

知ってるよ

何となく

でもさようなら、さようなら!

私のカイロス

お願いだから、次に前髪を?ませて呉れる時は

この心臓をシャンパンに浸して

あの人への祝杯に代えてください

 

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  ■幻を捨つ

 

私を、水底から観ている

意識の奥、感覚の下、心の地球、そして月

私は、そんな水底から観ている

五感は捨てるのだ

身体も精神もまやかしなのだ

鬼籍は既に使われている

さ、潜ろう

きっと自由に呼吸が出来る

重苦しい二足歩行と

鈍重なうつつから解放されて

もう一つあるだろう

こちらへ置いて来いと言い含められたもの

あちらで大いに恃んでいたもの

還ろう、孵ろう

それ自体に還ろう

ひとつ、と数える対象すら無かった頃に

生まれる前、生まれるという死の前に

水底へ沈もう

煌めく水面の私を見よう

それは陽の幻だ

陽の描く、私が生きているという幻だ

 

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  ■其処のところ

 

其処のところ

ど真ん中、少し左くらいの

洞にぴたりと嵌るものが欲しい

空にしっくり来るものが

嘗てあった筈の

いつか失くした筈の

その、終わり無き洞穴を通ってあちらの世へ

塞げ、さすればこの世にて

通れ、さらばあの世にて!

探してる、探してるの

見つからないの

ぴたりと嵌るもの

しっくり来るもの

もう心に隙間風の吹かぬ様

誂えた様なものが欲しい

塞ぐの?通るの?

もう、この寒さに耐えられないんだよ

 

説明
下手っぴすぎて恥ずかしいけど、やっぱり上げてしまう。ご指導下さい。散文詩っぽいのが一つ混じってます
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 ポエム 創作 

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