神物語
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   こよみゴッド1

 

 

 

 

 どたどたと地の底から侵略してくるような廊下からの足音は、妹たちのものだろう。

 僕、あららぎ暦の日常はどこにでも転がっているようなラブコメディから始まる。別に二人の妹たちと愛し合っているわけでもないし幼馴染なんていないが、妹の愛情たっぷりのライダーキックで目を覚ますことができるのだから十分ラブコメ主人公を名乗ることはできるだろう。

 つーか僕、彼女いるし。

 まあそんな幸せ自慢を二酸化炭素よろしく駄々漏らしてしまうのも春眠が暁を覚えないせいに違いない。そういえば今朝の足音は一人分だったな。起こしにきたのは火憐ちゃんだろうか月火ちゃんだろうか。

 扉が開いて、とたとたと足音は軽くなる。ああそうか、侵略者のような音に聞こえたのは階段を駆け足で登っていたせいだ。

 さあ、火憐ちゃんか月火ちゃんかは知らないが、僕のこの卑しい身体に惜しみない愛の一撃を食らわせてくれ――と、身構えていたのだが。

 おかしい。こない。

 あれ、どうしたのかな。

 ん?

 頭に何かを乗せられた。

 柔らかいそれは、まるで何かの毛皮のようだった。

 何かを、乗せられた。頭の上に。その何かに近いもので最初に連想したのは、羽川だった。

 羽川翼。

 僕の同級生にして学級委員の中の学級委員。まさか朝からこんな落ちこぼれの僕のところに尋ねてくるような用事があるとは思えないのだけれども。というかそもそも普段の羽川はそんな毛皮を持っていない。

 そう。普段の羽川は。

 羽川翼は、その心に猫を宿している。いや、その心を猫に飼われたことがある、とでもいうべきなのだろうか。あるいはやっぱり羽川が猫を飼っていたのかもしれない。それについては化物語シリーズとかを読んでいただければ済む話なのでここでは割愛させて頂こう。なんたって、これは同人誌なのだから。

 で、だ。

 一瞬羽川が浮かんだものの、その妄想を取り消した。

 百歩譲って羽川がうちにきたとして、羽川は毛皮を出さないし僕の上に乗ったりしない。また千歩譲って羽川が猫になって僕の上に乗ったとしても、そのモードの羽川は触れるだけで相手の生気を奪うエナジードレインという技を持っている。だが、今僕は生気を抜かれたりしていない。しいて言えば布団という快楽に時間と体力を委ねて緩やかな自殺をしているという程度だ。

 まあつまりこれが羽川であることはあり得ない。

 じゃあ、なんだ?

 毛皮がもぞもぞと動く。

「お兄ちゃん、起きないとハルヒちゃん怒っちゃうよー」

 ん? なんか妹にしちゃ声が高いっつーか幼いっつーか、ていうか……ハルヒって誰だ?

 僕は頭の上の毛皮を押しのけて起き上がり、妹を見た。

 毛皮の正体は、猫だった。猫は僕に押しやられたのが気に食わないのか、僕を睨んだ。

 妹は、……妹じゃなかった。

 目の前にいた幼女は、僕の知っている妹じゃない。僕の妹は二人とも中学生で、それ以下の年の妹なんていない。

 それどころか、そこは、僕の部屋じゃなくなっていた。僕が乗っているのは僕のベッドじゃないし、何もかも、僕自身の身体以外見慣れたものは何一つ存在していなかった。

 目の前の幼女は愕然と目を見開き、口を大きく開けて、叫んだ。

「キョンくんが、変な人になってる!!」

 

 ……キョンくんって誰だ?

 

 

 

 

 

   キョンガールズ

 

 

 

     2

 

 

 

 

 布団は、いい。

 すごくいい。

 冬が近づくにつれて、布団から離れることができなくなる。夏場はあんなに鬱陶しい存在だった布団なのに、今はただただくるまっていたい。

 今日は確かハルヒ率いるSOS団の皆で出かける用事があったはずだが、まだ大丈夫なはずだ。枕元の時計は七時半を指している。待ち合わせの約束は十時だからまだまだ大丈夫だ。

 布団を頭から被って瞼のさらに奥の瞳を閉じるように、眠りへと落ちていく。

 ……あれ、俺、あんな時計持ってたっけ。

 

 廊下から、どすどすと足音が聞こえる。

 妹のものだろうか。まさか起こしにきたんじゃないだろうな。たまの休日くらいのんびり寝かせてくれ。いつもハルヒにこき使われているのを知らないわけではないだろうに。……まあ、妹は絶対に俺よりもハルヒの味方だろうけれど。

 ……おかしい。

 足音が、多い気がする。

 俺の妹は小学生で、一人しかいない。

 妹の足音にしてはやけに力強いし、二人分聞こえないか?

 部屋の扉が開き、誰かが俺に近づいて、

「ライダーキイィーック!!」

「ごふぅお!!」

 

 背中に何かが突き刺さったかと錯覚するかのような痛みが走った。肺から空気が余さず逃げて、むせる。

「いぃってえええ……」

「はっはっはっは! 目が覚めたか! 惰眠をむさぼる悪魔はこの火憐様が成敗、……あれ?」

 俺はゆっくりと起き上がり、その、少女たちと目が合った。

「「「お前は誰だ!!」」」

 少女二人と、俺の声が綺麗にはもった。

「こ、暦お兄ちゃんじゃないだと!?」

「いや、火憐ちゃん、もしかしたら変装してるのかもしれない」

「マジか! ルパンめ逮捕だ!!」

「ひぃでででで頬をひっはるなひっはるな!!」

「おい月火ちゃん、いまどきのハリウッドメイクは引っ張っても取れないのか」

「というか骨格そのものが全く違うね。あんた誰?」

「むしろお前らが誰だ、ここは俺の、……あれ?」

 俺の部屋じゃ、ない。

「ここは、どこだ?」

 ポニーテールの少女が口を開く。

「ま、まさか……あんた、どこかで見たことがあると思ったら」

 少女同士顔を合わせて、そして着物を着ている少女が叫んだ。

「あなた、涼宮ハルヒシリーズの主人公のキョン先輩じゃないですか!?」

「え?」

「絶対そうだよ間違いないよ火憐ちゃん!」

「そうだな! この幸薄そうな顔といい間違いないな!」

「おいちょっと待て」

「で、その昨今のライトノベル市場好景気の先駆けとなった大先輩が一体こんなところに何をしにきたんですか!? ま、まさか、化物語シリーズをのっとるために暦おにいちゃんを殺して主役の座を奪いにきたとか……」

「いやいやいや大先輩がそんな兄貴みたいなせこいことするわけないだろ。逆はともかくとして」

「そ、そうだよね」

 ……兄貴はどんだけ人望ないんだ。

「……すまん、状況が飲み込めないんだが」

 

「よし、待ってて下さいキョン先輩!」

「今、こういうときに一番頼れる方を連れてくるんで!」

「……いやあのこれ一体どういう状況……?」

 

 

 

 

 

 

 少女二人は、アララギ月火、あららぎ火憐という名前らしい。

 二人の説明によると、ライトノベル『涼宮ハルヒシリーズ』の主人公である俺が、『化物語シリーズ』に迷い込むと言う典型的同人誌展開なのだとかいう分かるような分からないような説明をしてくれた。

 そして、頼れる人を連れてきてくれるというのであららぎ家の食卓でお茶をすすっていると、あっという間に二人は戻ってきた。

 一人の少女を連れて。

「早いな」

「そこはそれ、ご都合主義とページ数の関係って奴だぜ。じゃああとはこの人に任せれば問題ないから、うちらは退散するとしますか」

「そうだね火憐ちゃん。登場人物が多いとどの台詞が誰の台詞か分かりにくいもんね」

 俺が引き止める間もなく二人は外へと駆け出していってしまった。

「……あー、えっと」

 少女を見る。見たところ同じ高校生くらいだろうか。年上なのか年下なのかは分からないが、朝比奈さんに勝るとも劣らない美人だった。朝比奈さんは幼さ全開のアイドル的可愛さだが、現れた少女は知的でおしとやかな大人っぽい印象だ。

「は、初めまして」

 とりあえず立ち上がって会釈をすると、先ほどまでいまいち状況を飲み込めていなかったような表情だった少女が目を丸くした。口がわなわなと震えていて、そして、

「あ、あなたは涼宮ハルヒシリーズ主人公のキョン先輩!!」

「なんで知ってるの!?」

「し、失礼しました! 私、姓は羽川、名は翼! 私立直江津高校三年学級委員を務めさせていただいております! 大先輩に粗相のないように精一杯役目を務めさせていただきますので!」

 放っておくと頭を床にこすり付けそうな勢いでへりくだり始めたので慌てて床との仲介に入る。

 なんだ、俺はこの世界でそんなに有名人なのか。

 少女を椅子に座らせて、改めて向かい合う。

「つまり、涼宮ハルヒシリーズ主人公であるキョン先輩が女性関係で悩んでいたため、今後の作品展開の勉強をするために化物語シリーズにいらしたということですね」

「すっごく説明調な台詞をどうもありがとうございます」

 ……俺、別に女性関係で悩んでないんだけどな。

「いえいえいえ長門さんと涼宮さんをあれだけ振り回している方が何をおっしゃいますか」

「……羽川さんはなんでも知ってるんですね」

「何でもは知りません。知ってることだけ。ちなみに谷川流先生は「学校を出よう!」からのファンです」

「とりあえず自分の状況は全く分かりませんけどこの同人誌の方向性は分かりました」

「と言っても、私如きが大先輩にアドバイスをしようなどとおこがましいことは……」

「……あの、年上なんですよね。俺これでもまだ高校二年生で」

「いえいえ芸暦はキョン先輩の方が長いじゃないですか。アニメ化もゲーム化もそちらのほうが先ですし」

「あれ? 化物語ってゲーム化してましたっけ?」

「この本が出てる頃にはきっとしてるはずです!」

 どうしようこのペースでネタをばら撒いていくと終わる頃にはとんでもない内容の同人誌になっている気がするのだが。まあいいや。俺の責任じゃねーし。困るのこの本出す奴だし。

「えーっと、つまり俺はここで何がしかの勉強をしないと元の世界に戻れない、というわけですね」

「そうだと思います」

「羽川さんは俺のことを知ってるんですよね? 何か参考までに意見とか……」

「いえいえ私なんかが意見しようなんて」

 あれ、もしかしてこの人俺を元の世界に帰す気ないんじゃないのか。

 いたいけな少女に向ける視線ではないと思いつつもここまで露骨にへりくだった姿勢をとられると、こちらも疑いの眼差しになってしまう。

 そんなこちらの様子に気が付いたのか、羽川さんは慌てて弁解し始めた。

「ああいえいえ違うんです助けになりたくないわけじゃないんです。実はこの本を書いてる人間が頭が悪いので「羽川翼」を上手く書く自信がないので早く退散させてしまおうとか考えているだなんて……!」

 すごく言っちゃいけないことをぶっちゃけたー!!

 思っててもそういうこと書いちゃ駄目だろ!

 っていうかもうすでにネタに走り過ぎて小説として破綻し始めてるし!!

「でもでも一応原作ではメインキャラだしファンも当然多いし使いやすいからとりあえず出しておこうと思って書いたわけじゃないんですよ!? 案内役に丁度いいとか思ってませんからね!?」

 作家の言いたいこと言わせすぎて完っ全に羽川翼さんのキャラクター崩壊してるじゃねえか!!

「あ、あの落ち着いてください。そんなことで責めようだなんて思ってませんから……」

「すみません……」

 

 赤の他人の家のコップを勝手に使って水を汲み、羽川さんに渡すと彼女はやっと落ち着いてくれた。俺に至っては寝ている間に拉致されたも同じなのだからこのくらいは許してもらえるだろう。

 もしかしたら彼女のほうは彼女のほうでこの本の中で最も不遇な立ち位置かもしれないので代わりに言っておこうと思う。

 

 ――ごめんなさい、羽川翼ファンの皆さん。

 

 無駄に傍線付きである。行間によって強調もばっちりである。さりげなく「ごめんなさい」を先に持ってくることでより謝罪の意をより強く表現してみているところにも注目して欲しい。

 ものすごく意味のある文章に見えなくもないところがすごい。全く意味なんてないし本編に全くこれっぽっちも関係のない文章なのに。

 

「それで、話を戻してもいいですか? 俺はこれからどうすればいいと思いますかね」

 羽川さんはコップを机に置くと、本来の役目を思い出したかのように眼鏡の似合う聡明な表情に戻った。

「そうですねえ、そうしたら、やっぱり色んな人に会うっていうのが正攻法なのかもしれませんね。キャラクターが多いほうがより多くのニーズに応えられて同人誌的にも美味しいですし」

「まあ、やっぱりそうなりますか」

 繰り返すようでしつこいかもしれないが、羽川さんの活躍は今後の公式による物語シリーズ、あるいは西尾維新プロジェクトのほうに期待していて欲しい。

「分かりました。とりあえず街に出てみます」

「不思議探索はSOS団さんの得意分野ですもんんね!」

 それで不思議が見つかった試しなんてないけどな。

 言うのはタダだ。

 サンキューとヘローで英語が得意と言うみたいなもんだ。

「そういえば、俺がこっちにいるってことは、ハルヒとの不思議探索の約束を破っちまったことになるのかな……」

「ああ、それは大丈夫だと思いますよ?」

 羽川さんが笑う。無邪気に。話しはじめると自分よりもずっと年上の女性に見え始める羽川さんだが、笑うと少しだけ年齢が自分に近づくような気がした。

「きっと今頃、あららぎくんが向こうで暴走してる頃でしょうから」

「えっと……」

「ああ、あららぎ暦くんです。ご存知ないですよね、こちら側の主人公です」

「ああ、なるほど……」

「それじゃ、行きましょうか。あんまり私たちがこの家に長居するのも問題でしょうし」

「そうですね」

 鍵なんて持ってないし、無人の家を鍵もかけずに放置していくのは気が引けたが、羽川さんが「ご都合主義的に大丈夫です」と言ったのでそういうことにした。

 

 

「あ」

 家を出て、羽川さんが何かを思い出したかのように呟いた。

「どうしました?」

「……いえ、なんでもないです。それじゃ、私の役目はこれで終わりでしょうから」

「あ、はい。どうもありがとうございました」

 別れようとして背を向けて、もう一度「あ」と背中で声を聞いた。

「あ、あの!」

 羽川さんが駆け足で戻ってくる。そういう仕草を見ていると年の近い女子高生にしか見えなくて、ああ、ハルヒの世界にはあんまりいないタイプだなあなんて思った。

「はい? なんでしょうか」

 羽川さんは懐から手帳とペンを取り出して、言った。

「あの、これ、サインもらえませんか?」

「……サインなんて書いたことありませんけど」

「お願いします!」

「はあ……」

 さらさらと書いていると、

「あ、本名のほうもできれば……!」

「まあ、いいですけど……」

「あ、あとその横に中の人の名前も……!」

「ま、まあ、いいですけど……」

 

 羽川さんは手帳を胸に抱いて、出会ったときよりも遥かに幼い少女のような足取りで立ち去っていった。

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涼宮ハルヒの憂鬱 化物語 

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