優しき魔王の異世界異聞録・伍 〜闇の英雄 全てを包む優しき闇〜
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―――これは今より遥か昔の物語。

まだ人々が杖のような媒介を使わずに魔法を使え、貴族・平民などと言う線引きの無かった穏やかな時代。

後にハルケギニアと呼ばれる大陸では人と魔族が当たり前のように共存して生きていた。

 

魔族は己達が人よりも力がある事を誇り、力無き人々を守る為に。

人々は己達が持つ知識を誇り、自ら達を護ってくれる魔族に報いる為に。

それぞれがそれぞれに出来る事を補い、大陸を共に繁栄させて行くその姿は人だの魔族だのという違いは無かった。

ある意味では誰もが望む理想の世界・・・それがかつてのハルケギニアにはあったのだ。

 

しかしそんな理想の世界はある事を切欠に変わる。

大多数の人間や魔族は共に共存して生きるのが当たり前だと考えていたが、それでも共存する事を望まない者達もまた少なからずいた。

 

その中に居た絶大な魔力を使いこなす人物―――

名を『ブルミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』と言う。

人間でありながら最上級魔族(魔王クラス)に匹敵する魔力を持ち、更に当時では人間には殆ど使い手のいなかった“虚無の系統”を使うという強大な力の持ち主であった。

更に四人の強力な使い魔を従え、彼らは世界を魔族から人間達の率いるものとする為に戦いを続けたのだ。

 

ブリミルと四人の使い魔達はその強力な力を使い瞬く間に魔族達を屈させハルケギニアを統一した。

そうしてその強力過ぎる力を三人の子と一人の弟子に指輪と秘宝と言う形で分け、後のハルケギニアの平穏を護らせ続けたと言う。

その三人の子と一人の弟子の子孫がハルケギニアにトリステイン、アルビオン、ロマリア、ガリアと言う国を作り出し、昨今の時代を築いたと古文書には記されている。

 

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だが、一説によればある禁書には昨今に伝わるハルケギニアの歴史とは違う『闇の英雄』と言う物語があるらしい。

内容は荒唐無稽、更に後にハルケギニアの基礎を築いたとされる始祖ブリミルとその四人の使い魔達の事を辛辣に書いた御伽噺のようなもの故に禁書となったとされるが。

その禁書に描かれた事実無根な内容を少しだけ此処に記そう。

 

曰くハルケギニアの始祖・ブリミルとその使い魔達は人と魔との合いの子であり、故に虚無の力を使えた。

それらの事実を隠し、友好関係を維持しようと望む人間と魔族をその虚無の力と絶大な使い魔達の能力によって屠り、見せしめとして晒した。

その力を見た反魔族派の人間達はブリミルとその使い魔達を崇め、多くの無抵抗な者達を殲滅し続けた・・・が、その愚行故に魔族達を率いる王の怒りに触れた。

自らの力と多くの魔族を屠った事により有頂天となっていたブリミルと使い魔達は意気揚々と魔族の王に挑んだが―――圧倒的な力により完膚なきまでに叩き潰されたそうだ、しかも“たった一人”を相手に。

 

ブリミルとその使い魔達の率いる軍団によって虐げられていた魔族と人間達はその一人の魔族の王の事を『闇の英雄』と称え慕う。

彼らにとって見ればブリミル達は自ら達を人とも思わぬ非道を続けている存在であり、王でも英雄でもなかったのだ。

 

己達の慢心を嫌と言う程に知らされたブリミルと使い魔達は再び機を伺い魔族の王に戦いを挑む。

今度は万全の準備・兵站・戦略を練り、魔族の王を倒す為に―――だが結果はそんな彼らの予想に反し“惨敗”となる。

魔族の王とその側近たる人の持つ七つの大罪の名を冠する者達、つまりは高々たった8人によってブリミルと使い魔達の軍団は返り討ちに遭ったのだ。

 

万策尽き、後は殺されるだけの身の上となったブリミルと使い魔達。

だが魔族の王は彼らを殺さず許したそうだ―――その理由は彼らを助けて欲しいと願った者達が居たからである。

なんとそれは何を隠そう、彼らによって虐げられていた筈の親和派の魔族達や人間達であった。

 

彼らは言う、『憎しみのままに彼らを殺しても世界は変わらない』と。

自ら達の親類、友、愛する人達を殺されながらも、彼らは復讐を望まなかったのだ。

復讐をしたとしてもまた第二、第三の同じような存在が現れ復讐の連鎖は続いていく―――それが続けば今は共に居られる者達でも、何時か変わってしまうかもしれない。

それが彼らにとっては何よりも怖かった・・・。

 

だからこそ彼らは許す事を選んだ。

その優しさを知った魔族の王はブリミルと使い魔達を許し、彼らの望むままにハルケギニアを任せる事を選ぶ。

そして親和の道を選んだ人間と魔族を連れ、この世界から去ったのだと言う・・・人間達が再び間違った道に進まぬように見張る者を残して。

これが禁書に記されたハルケギニアの物語である。

 

無論、どちらの物語が事実なのか、それは解らない―――

しかし近代において始祖ブリミルがメイジ達から慕われているのは事実であり、更に禁書『闇の英雄』も『イーヴァルディの勇者』と名前を変えて人々に読まれているのもまた事実である。

(ちなみに此方の『イーヴァルディの勇者』は世界の不義や不平に立ち向かった英雄の物語として描かれている)

 

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「彼が・・・勝ちましたね」

「うむ・・・まさに圧倒的じゃったの・・・」

 

学長室にて『遠見の鏡』と言うマジックアイテムを使いアークとギーシュの決闘を見ていたオスマンとコルベール。

その過程と結末を垣間見、二人はある意味開いた口が塞がらなくなっていた―――その理由は勿論、アークの圧倒的な強さである。

ギーシュは例えドット(一系統の魔法しか使えない)クラスだとしてもそれ相応の技術を持っており、同年代の少年少女達の中では三本の指に入る実力は持っていた筈だ。

 

だが、そんなギーシュに対して赤子の手を捻るよりも簡単に勝ってしまったアーク。

オスマンは思う、恐らくアークはあれが本気である事など無い・・・そもそも自ら達に死を覚悟させる程の猛者が側近としているのにそれより弱いと言う事はあるまい。

そして何より―――ギーシュの作り出したゴーレム“ワルキューレ”を完膚なきまでに破壊した攻撃をオスマンやコルベール程の人物が“見えなかった”。

・・・あれで彼が本気になったのなら一体どれ程強いと言うのか?

 

「や、やはり彼はかつて始祖ブリミルが戦ったとされる『闇の英雄』と関係があるのでは!? 王宮に連絡して指示を―――」

「・・・それは止めた方が無難じゃろう、コルベール君」

 

静かにそう呟くオスマン。

アークはもしや始祖ブリミルさえ完全に倒せなかったとされる『闇の英雄』と関係のある存在かもしれない。

そんな存在を放っておけばどのような事態になるか解らないし、ひいては可愛い教え子達が危険に晒されるかもしれない。

悠長な事は言っていられないだろう―――言葉に疑問を持ったコルベールはオスマンに真意を問おうと口を開こうとするが、その前にオスマンが語り始める。

語り出したオスマンの表情はコルベールであっても殆ど見る事の少ないような厳しい表情をしていた。

 

「君は忘れたかな、彼の仲間だと言っていたあの二人の言った言葉を。

『自分達は彼(アーク)に危害が加えられないのなら自分達からは何もしない』―――そう言っておった筈じゃのぅ?

なればもしじゃが・・・彼らの事を王宮に連絡し、宮廷の阿呆共が彼を戦に利用しようとしたり敵対行動を取ったとしたらどうなるかは火を見るよりも明らかじゃ。

その時に『ワシらは知りませんでした』で通るような相手でもない事は君だって理解出来るじゃろう?」

 

その瞬間、コルベールの顔色が青くなる。

確かにオスマンの言う通りだ、もし此処で王宮に連絡して軍でも向けられれば自分達は彼らとの約束を破った事になる。

そうなればあの死を覚悟する程の殺気や覇気がこの学院ないしトリステイン全てに向けられるだろう・・・そうなれば例え相当な実力を持つメイジが束になっても敵うまい。

当然だ、何せ『生きる伝説』や『今世紀最強クラスのメイジ』とも称しても間違いないオスマンをして『勝てない』と考えさせられる相手なのだから。

 

「それにのぅコルベール君、アーク君が何者かは今の状態ではまだまだ情報が少な過ぎる故に理解出来ぬが彼が無碍に人を襲う事は無いと思うがの。

出会ってまだまだ時は短く、彼の全容を理解出来る訳ではないが・・・彼の人柄は、彼が決闘をする事になって理由や相手に対しての態度で何となくじゃが解るじゃろう?

彼は自分の事で怒りを露にした訳でも決闘を受けた訳でもない、全ては虐げられていたあのメイドの少女を庇う為じゃったと思う」

 

確かにその通りである。

アークは自ら決闘しようと言った訳ではないし、寧ろ穏便に収めようとしていた。

更に決闘になった際もゴーレムを完膚なきまでに破壊はしていたがギーシュを傷付けようとはせず、彼に最古の騎士の在り方と貴族としての在り方を諭しただけだ。

そもそもあれだけ強いのなら瞬殺すら可能であったろうに。

 

「確かに・・・そうですね・・・解りました」

 

オスマンの言葉に落ち着きを取り戻したコルベールが呟く。

実際、目の前にある『遠見の鏡』に目を向けてみれば其処では信じられないような映像が映っていた。

何とプライドの高いギーシュが厨房へと赴き、土下座をして額を地に擦り付ける程下げてシエスタに謝罪している姿が映る。

本来、自らのプライドを大事にする貴族の中でも特に貴族意識の強い方に入る普段のギーシュからは信じられない姿だ。

 

それともう一人の当事者の方へと映像を向ける。

もう一人の当事者であるアークは彼の主であるルイズに詰め寄られ驚愕の表情で質問と賞賛浴びせられていた。

更にその周囲にはルイズの同級生達などが数多くいて質問や賞賛のようなものをされていたが、当の本人は困ったような表情をして笑っている。

その姿は歳相応の少年のようにオスマンにもコルベールにも見えていた―――

 

だが、不意に一瞬だけアークは片目を瞑ってウィンクのような事をする。

それもその方向には誰も居ない筈なのに―――しかしその行為の意味を理解したオスマンとコルベールは驚く。

 

「オールド・オスマン・・・どうやら彼は見られていた事に気付いていたようですね・・・」

「・・・の、ようじゃのう・・・まさかこれ程微弱な魔力しか放たぬ遠見の鏡の視線に気付くとは・・・」

 

探知力の高さ、戦闘力の高さを改めて知らされた二人はその事実に戦慄したという。

そして出来る事ならば誰かが無礼を働いた事によってアークの怒りの琴線に触れない事を心から祈ったそうだ。

(まっ、そん所そこらの事ではアークは頭に来たりはしないのだが・・・)

 

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決闘が終わった少し後―――

陽も地平線に沈み始め、空が赤く染まった丁度そんな時間。

アークはトリステイン魔法学院から少し離れた所に在る森の中で熱心に剣の稽古をしていた。

 

本当ならばアークは別に稽古など必要ない程に強い。

長きに渡り戦い抜いてきた経験とソロモン大陸随一と言っても過言ではない超絶的な剣術を以って彼はかつて多くの強敵を魔力が封印されている状態で打ち勝ってきた。

つまりは稽古などをしなくても元々強く、更にこのハルケギニアでは彼に勝てる者など万に一人も居ないだろう。

アークが稽古をするのは日頃の日課であり、癖のようなものであり、言い方を変えるなら趣味のようなものだ。

 

『テメェも飽きねぇな、本当によ』

「アハハハ、そう言わないでよマーモン・・・どうも昔から続けてたからさ、やらない日があると気持ちが悪いんだよ」

『フ〜ン、そんなモンかね? まあ俺様は元々強ぇから稽古なんて必要ねぇからな、良く解らねぇぜ』

 

近くの切り株にはルキフェールとマーモンの封印されている柱駒が置いてある。

黙々と稽古を続けるのも退屈な為か二人には話し相手になって貰っている―――と言っても彼らの会話は直接脳に向かって語られている為か、傍から見れば独り言を言っているだけにしか見えないと言うのが欠点ではあるが。

 

ちなみにルイズは最初の内は興味深そうに見ていた。

しかし途中から色々な出来事があり過ぎて疲れたのであろう、ウトウトとし始めた為にアークが部屋まで送って行った。

その後再び近くの森に戻るとアークは一から稽古を続ける。

 

―――ふとその時の事だ。

今まではアークの剣筋を静かに見つめて居たルキフェールが口を開く。

 

『・・・気付いていますか、アーク?』

「うん、気付いてるよ・・・だけど別にただ見てるだけみたいだからさっきから気にはしてなかったんだけど」

『別の場所に男女一人ずつ居ますね・・・一人は先程アークが相手をしたお坊ちゃんでしょう、もう一人は上手く気配を隠している心算でしょうがその所為で違和感があってバレバレですね』

「この魔力の気配は確か・・・ああそうだ、キュルケから紹介されたタバサ殿とか言う人物だったかな? ギーシュ殿との決闘の時も上空から見てたみたいだね」

『何者かは理解出来ませんが注意しておいて間違いは無いでしょう、彼女からは不可解な気の流れを感じます』

 

ルキフェールの言葉に小さく頷くアーク。

元々覗かれていた事は最初から気付いてはいた、しかし敵意を向けている訳では無かったので今まで放って置いたというだけの話である。

だがいつまでも向こうからコンタクトを取って来る事もせずにずっと見られ続けていると言うのも居心地が悪い。

故にアークは自分から隠れている連中に向かって声を掛けた。

 

「もし良ければこっちに来て話さないかな、そんな所で隠れんぼしてても楽しくないでしょ?」

 

その瞬間、周囲に隠れていた二つの気配が慌てたかのように一瞬だけ大きくなる。

二人ともまさか気付かれているとは思っていなかったのだろう―――少々の沈黙の後にバツが悪そうな表情をして出て来た。

・・・とは言ってもタバサの方は無表情故に何を考えているのか解らないが。

 

「やあ、こんにちは・・・いや、時間的にはもうそろそろこんばんはかな?」

「や、やあ、こ、こんにちは、ミスタ・マティウス・・・流石だね、僕が居る事に気付いていたなんて」

 

明らかに動揺しているが素直に居た事を認めて語り出すギーシュ。

その頬は昨日見た時よりも大分腫れているように見える・・・恐らく自らの不義理を反省し、二股を掛けていた女性二人に張り倒されたのだろう。

しかしそう言った現実から逃げなかった事は彼自身の会った時に見た性格を垣間見れば賞賛に値する。

 

「ミスタは必要ないよギーシュ殿、それで僕に何か用かい?」

「ならば僕に対しても“殿”は必要ないよアーク君・・・実はね、君を男と見込んで一つ頼みがあるんだよ」

「・・・頼みたい事?」

 

ギーシュの頼みたい事とはこうだ。

実はアークとの戦いの後に魔法を使えなくなってしまう事により自分には何も出来ないと言う事を納得してしまった。

メイジである以上は魔法で戦うのは常識である、しかしその頼みの綱の魔法が使えなくなってしまった際は自分達は平民達よりも弱いと言う事にも気付いてしまったのだ。

故に彼は魔力が尽きた際でも最後の最後まで戦えるようにアークに剣術を教えて欲しいと頼んだのである。

 

その頼みに対し、アークはさして嫌がるようなそぶりも見せずに頷く。

彼の剣術は殆どは我流のようなものであり、人に教えれるようなものは存在しないのだが・・・それでも剣術の基礎位は教えられる。

其処から先は実戦的な稽古を続けて少しずつでも腕を磨いていけば問題ないだろう。

(尚、アルカナに剣術を教えたのは何を隠そうアークである)

 

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アークの快い返事に感謝し、教えて貰う為の準備の為に一度部屋に戻るギーシュ。

そんな彼の姿が居なくなるのを暫し待った後、今度は今まで無言を貫いていたタバサが口を開く。

 

「・・・聞かせて欲しい事がある」

「ん? 何かなタバサ殿?」

 

感情を含まず、人形のように淡々と話すタバサ。

ルキフェールも言っていたがこの人物に最初に会った時から不可解な気の流れをアークは最初から感じていた。

気の流れとは人の体調や感情と言ったものを構成し、調べる事が出来るもの・・・故にその人物の体調がおかしかったり感情表現に不備があったりすればアーク達には直ぐ判るのだ。

・・・尤もそう言った感情の機微やら体調の変化やらを漠然と判るだけであり、細かい理由やら何やらを全て読み取るのはアークを含めた魔王達の中でもベルフェリアかアスモ・デウス位しか出来ないだろうが。

他の魔王達はそう言った他人の感情やら何やらに興味すら持たない故に。

 

「・・・貴方は一体、何者?」

 

それは純粋な興味と警戒の念の二つが入り混じった質問。

彼女には強くならなければならない理由があり、その為にならば自らの手を汚す事など厭わない。

しかしそんな彼女の目の前に現れた、己がどう転んでも勝てそうにも無い人物―――その人物の事を少しでも知り、何故それほど強く慣れたのかを知れば少しでも何かが変わると思ったのだ。

 

「ルイズ殿のパートナーであり、名も知られていない東方の田舎から来た田舎貴族だよ。

そもそも僕が誰かなんて自己紹介した時に名乗ったんだから君も知ってると思うけど、違うのかな?」

 

対してアークは笑顔を見せながら“今の肩書き”を語る。

別に本当の肩書きをルイズやオスマンやコルベールなどに語っても本人は構わないのだが、ルキフェールから『黙っていた方が無難でしょう』と言われた為に語らないようにしていた。

 

その理由は前にも書いた通り、この世界が魔族と人間の二種族が共存して生きているか判らない為である。

そんな状況下で自分達の素性を語れば召喚したルイズやオスマン達に危険が及ぶ可能性があるし、良からぬ企みを抱く者も現れる可能性が高い。

だからこそ自分達の素性は最低限の事だけ語り、後の事は黙っているとマーモンやルキフェールと話し合って決めたのだ。

勿論、そんな答えにタバサは納得していなかったようだが。

 

「・・・私も貴方に頼みがある」

「頼み・・・? まさかギーシュのように剣を教えて欲しいなんて願いじゃないよね?」

 

アークの言葉にタバサは首を横に振る。

どうやら彼女もギーシュと同じくアークに剣術を習いたいようだ。

だがその理由がアークには判らない―――あの気配の隠し方や歩き方などを垣間見れば目の前の少女・タバサはそれなりに高い技術の持ち主であろう事は理解出来た。

ソロモン大陸で言えば子爵級(※)に近い位の実力は持っているだろう。(ソロモン大陸で子爵級とはそれなりに力を持つ幹部候補クラスの事)

 

 

※)補足しておくとソロモン大陸の魔族の等級は8段階に分けられている

男爵(バロネージ)級⇒子爵(ヴィスコント)級⇒伯爵(カウント)級⇒侯爵(マークウィス)級⇒公爵(デューク)級⇒大公爵(ハイデューク)級⇒魔王(アークエネミー)級⇒???級の順

男爵級は言うなれば下っ端程度の実力で、其処から二つ階級の上がった伯爵級は幹部クラスである(ただし上位の階級に行くにはそれこそ数え切れぬ程の戦果と実力が必要)

 

 

「・・・私は強くなりたい・・・強くならなきゃならない」

 

小さくそう呟くタバサを無言のまま見つめるアーク。

理由は不明だが彼女には強くならなければならない理由があり、その為にアークに剣術の手解きを頼んでいるようだ。

タバサの願いを聞いたアークは一度だけタバサに感付かれないように溜息を付くと口を開く。

 

「・・・君が力を得たい理由ってのは、もしかして“復讐”の為かい?」

 

問い掛けに対して答えは返って来ない。

だが、一瞬だが人形のように感情の起伏の少ないタバサの気配が大きく膨れ上がった―――つまりは彼女は表に出さずとも態度で“肯定”したと言う事。

それと共に膨れ上がって来ている感情・・・これは多分、怒りと言う感情だと思われる。

 

「そっか、成る程ね・・・君が感情表現が少ない理由も、君から感じる不可解な気の流れの理由もこれで合点が行ったよ。

ああ、怒っている様だから先に訂正しておくけど―――僕は別に剣を教えないと言っている訳ではないから、其処は早合点しないで欲しいな。

唯一つだけ此方からも聞きたい事があってね、君が何故そのような感情を抱くようになったのか良ければその理由を教えてくれるかい?」

 

復讐心を抱くようになった理由―――出来る事ならタバサはそれを語りたくは無い。

しかし何故だろうか、例え此処で語らずとも目の前の自分と同年代に近い少年は理解してしまうように感じた。

まるで心の奥底に存在する全てを見透かしてしまうかのような目と静かな雰囲気にタバサは渋々と言った態度ではあったが語り始める。

・・・もしくはその態度の裏には、自分ばかり勝手な望みを言って何も語らないと言うのは不公平だと思ったのかもしれない。

タバサは意外と律儀な性格なのだろう。

 

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彼女の話した内容によるとこうだ。

故あって彼女は『タバサ』と名乗ってはいるが、本当の名は『シャルロット・エレーヌ・オルレアン』と言うらしい。

ハルケギニアに存在する4つの表立った王国の一つである『ガリア王国』の王族であり、同国の国王であるジョゼフの弟を父に持っていた。(つまり国王の姪)

本来は平穏に生きていたが父を国王により暗殺され、母はエルフの毒によって心を狂わされてオルレアン家の屋敷に軟禁されているそうだ。

 

自分自身はジョゼフの娘である王女イザベラの北花壇騎士団配下の騎士とされ、厄介払いの如くこのトリステイン魔法学院へと留学させられる。

しかし何かが起きる度に本国に呼び戻されてはジョゼフやイザベラから危険な任務に従事させられているとの事。

彼らの両親に対する扱いからいつか彼らを殺し復讐を成し遂げる事、唯それだけを目的に命の危険を顧みずに強さを求めてきた・・・それが彼女の教えてくれた全てだった。

 

その話を聞いたアークはタバサの心に巣食う闇の深さを知る。

父を暗殺された事、母の心を狂わされ事、そして何より任務中の死を目的とした危険な任務を殆ど押し付けられている事。

それらの事柄が幼き少女の心を狂わせ、人形のようにしてしまっているのだ。

 

「成る程ね・・・道理で」

 

不可解な気の流れの正体をアークは理解した。

彼女の心は既に死にかけて居るのだ・・・他でもない、国王である叔父のした行為によって。

壊れ、苛まれ、砕け・・・それでも一応人間としての形が残っている理由は、復讐心と言う大きな心の拠所があるからこそである。

でなければとっくの昔に彼女の心は完全に壊れ、今と言う現実は無かっただろう。

 

「・・・これが理由、だから私は強くなりたい」

 

確かに強くなりたい理由は良く判った。

父を殺され、母を狂わされ・・・ありきたりで平凡、だが何よりも穏やかだった現実を壊されればそれを行った相手に対して復讐心を芽生えさせない方が珍しい。

しかしだからこそアークは此処で、タバサに対して残酷な質問を投げ掛けた。

 

「なら聞いて良いかい?

復讐の為に力を得て、復讐の為にそれ以外の事を全て捨てて、唯憎悪する相手を殺す事だけを夢見て・・・。

もしそれが終わったら君は一体何を目的に生きていくんだ?」

 

「それは・・・母様と・・・」

 

タバサは言葉を続けようとするが、その前に再びアークが口を開き遮る。

 

「母親と共に生きる? 心を蝕まれたのが治るかも解らないのに?

いや、そもそも例え母親の蝕まれた心が治ったとしても“娘が人を殺して助けてくれた”なんて母親が知ったとしたら・・・果たして平気で居られるかな?

それに例えば君がそのジョゼフとかいう人物を殺したとしたら今度は君が復讐される側になるだけの事さ、君の叔父上の血族全てを皆殺しにしない限りは終わらないだろう。

そうやって永遠に負の連鎖ってのは続いていくんだ・・・当事者達の血筋が消えるまで永劫に。

君は今言った事全てを背負って母親を護りながら本当に生きて行けるのかい?」

 

そう、復讐と言うのはえてしてそう言うものだ。

憎悪により自らの憎む相手を殺したとしたらその後は同じように相手の肉親から憎悪される。

後は堂々巡りだろう・・・何年、何十年、何百年経とうとも永遠に決してその感情が晴れる事など無い。

それに復讐などと言う大義名分を付けようが、どんな理由があろうが、何をしようが・・・心に巣食った憎悪が消える事などない。

復讐を果たした所で、それは今まで生きてきた憎しみと言う“指針”をなくしてしまうだけだ。

『永劫に続く悪しき連鎖』―――それこそが憎悪心であり、復讐心と言うものなのである。

 

その連鎖を断ち切る方法は二つしかない。

一つは自らが復讐する相手の肉親・血族、つまり一族郎党を上は老人から下は赤子に至るまで皆殺しにする事。

そうすれば復讐の根は根元から消え、また異常過ぎる行為に誰もが恐怖し、誰も復讐したいなどとは思いもしないだろう。

 

もう一つは許す事、もしくは忘れる事。

憎しみの連鎖を自らの心や身に秘めながらもそれを許すか、もしくは復讐と言う一方通行な道ではなく他に道を見出し復讐心そのものを忘れてしまえば良い。

だが少なくともそれは一つ目の方法よりも難しいと言う事は言わずとも理解出来るだろう―――人間は誰もが聖人君主と言う訳ではないのだから。

 

「一度憎しみのままに人を殺してしまえばもう其処から這い上がる事は難しい。

それにね・・・例え今、憎しみのままに君の叔父上を殺したとしても君の心に宿った憎悪が消える事はないよ。

永遠に消える事の無い憎悪が君を苛み続け、最後には君自身の心が重みに耐え切れずに壊れる・・・君はそれを望むのかい?」

 

アークの続けた言葉は的を得ている。

憎悪とは憎悪した相手を殺せば終わると思っている者が多いかもしれないがそれは間違いだ。

自らの心を壊しかける程に強い憎悪の火は一度点けば消す方が実に困難・・・そも簡単に消えるようなものならば心を壊れかけさせる程に追い込まれる事などあるまい。

憎しみのままに命を奪う事は己の心を、論理を、人間性を麻痺させ、最終的には個人差はあるだろうが復讐が目的ではなく生きる事そのものが復讐に変わるだろう。

そうなれば最終的に待っているのは憎き仇が存在しない世界で何に己の憎悪を向けて良いのか判らないまま生きる屍のように虚無と絶望を抱きながら生きるのみ。

晴れぬ憎悪に精神をすり減らし、この先何を目的に生きれば判らぬまま、ただ“生きているだけ”という未来―――そんな未来に絶望し、自ら命を絶つだろう。

・・・アークは復讐者の末路を誰よりも知っていた。

 

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アークの言葉を無表情のまま黙って聞いているタバサ。

いや、無表情ではない―――その表情の何処かには“恐怖”と言う感情のようなものが見え隠れしていた。

 

彼女は唯、復讐と言う目的の為に生きてきた。

自ら達を絶望の奥底に落とし込んだ叔父であるガリア王国の国王ジョゼフに復讐を果たす・・・唯その一心の為に。

その為なら例え自分が傷付こうが、命の危険がある任務だろうが平気だった―――己の目的を果たす為に己が泥に塗れようと構わなかったのだ。

全ては唯一つの目的を果たす為に・・・それ以外のものなど恐怖心と言うものも含めて殆ど捨てていた。

 

だが目の前の自分と同年代の背格好の少年の言葉に彼女は初めて恐怖を覚えた。

最初は『何も知らない癖に』などと怒りを覚えていたが、その言葉が口から出てこない。

言葉に感情を込める事も無く淡々と続けるその姿を見ていると、出そうとした言葉が自然と口から出なくなってしまうのだ。

 

代わりに脳裏に浮かぶのは自らの復讐を成し遂げた後の未来。

―――今までは目的の事しか考えていなかったがいざ復讐相手が居なくなったとしたら自分はどうなるのだろうか?

母と共に生きる? ガリア王国の王座を継ぐ? それらの未来が浮かぶが、何故か全てが靄の掛かったかのごとく現実味を帯びていない。

代わりに現実味を帯びているのは何もする事なく朽ちていく自らの姿、最愛の母をジョゼフの娘であるイザベラに殺されると言う未来・・・それらが脳裏から消える事が無い。

 

復讐とは間違っているのか?

そんな自問自答がタバサの心の中に生まれる。

彼女の心の中に生まれた問いを理解しているかのようにアークは口を開く。

 

「復讐自体が間違っているなんて僕は言わないし、誰にも言わせる心算も無いよ。

それをしなければ前に進めないって事も僕には良く判ってるしね―――問題なのはその方法って事さ」

 

復讐の方法・・・ますますタバサには意味が判らない。

自分は父を暗殺され、母を狂わされた―――ならば同じようにジョゼフを殺す事こそが復讐ではないのか?

そんな疑問を浮かべるタバサに対してアークは言葉を続ける。

 

「つまらない事を聞くようだけど、君は貴族と平民って線引きがある事をどう思う?

もっと言い方を変えるならそうだな・・・君は魔法を使える人間と使えない人間が居るって事をどう思うかな?」

 

タバサはその言葉を考える。

ハルケギニアでは魔法を使えるという事が至高であり、魔法を使える者は貴族として崇められる存在。

しかし逆に魔法を使えない者は平民とされ貴族に奉仕しなければならない存在とされる・・・三つか四つの子供でも知っているこの世界の真理である。

だがそれをどう思うかと聞かれても正直な話『気分の良い話ではない』と言う以外の感想は今のタバサには出せない。

 

何故ならそれは当然の事だからだ。

東から昇った太陽が西に沈むと言うように、誰も疑問を持つ事ではないからである。

勿論、タバサが別に平民を卑下したりしている訳ではないがそれが当然の事だと思っていた。

 

だが―――彼女の考え方はアークの言葉により変わる。

 

「そう、貴族と平民・・・魔法を使える者と使えない者が存在するのは当然の事さ。

だけどそれが本当に人間の価値なのかな? 魔法と言うのはそんなにも万能なものなのかな?

人それぞれに得手不得手ってものが存在するように、魔法では出来ない事を他の人々が補う・・・それが本当の国ってものの形じゃないかなと僕は思う」

 

更にアークは言葉を続けた。

 

「魔法を使える人間が悪いのか? それとも魔法を使えない人間が悪いのか?

どっちも違う、本当に悪いのは“魔法を使えなければ偉くない”と言う風に人々を洗脳し続けている今の国の制度だよ。

もっと言い方を変えるなら今の貴族制度って奴が悪しき負の連鎖を生み出し続けてるって事さ、君が復讐すべきなのは叔父上にではなくその辺にではないのかい?

国そのものが変わらなければ例え君の叔父上に復讐を果たした所で何も変わらないよ、冷たいようだけど決してね」

 

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黙ってアークの言葉を聞いていたタバサ。

国を変える、貴族制度を変える―――まるで絵空事のような事を語り続ける。

しかし何故だろうか? タバサはアークの言葉を『絵空事だ』と切り捨てる事は出来なかった。

 

彼女の心の中に生まれたもの。

父を殺し、母を狂わせた叔父を許す事は出来ない―――だが、それとは別の思いも生まれていた。

何十、何百年もの間に続いてきた悪しき考え・・・ある意味、叔父も父も魔法が至上であり至高と言うその考え方の犠牲者だったのではないか?

 

考えても見れば自分と従姉であるイザベラの関係もそうだ。

幼き頃は本当の姉妹のように仲の良かった二人だが・・・魔法の出来によって差別され、その事にイザベラが劣等感を抱いていた事を知っていた。

唯の貴族なら問題なかっただろう、だが王族と言う立場がなし崩しに、そして否応無しに二人を比べる対象とし、結果は二人の強かった絆に溝を作り出したのだ。

そう考え出せば考え出す程にタバサは冷静になっていく。

 

確かに許せないと言う思いは事実、出来る事ならジョゼフに今すぐにでも復讐を果たしたい。

両親にした仕打ちを許せる訳が無い―――だが、冷静になって考えればジョゼフもまた今の国の制度と言うものの犠牲者なのではないかとも思えてくるのだ。

そんな風に迷いを抱いたような表情をしているタバサに対してアークは穏やかな口調で呟く。

 

「今まで僕の言った言葉を冷静に考えて、それでも復讐を成し遂げたいと言うならそれでも良いさ。

最初に言った通り、僕は別に君に剣を教えないと言う訳じゃないからね―――君が叔父上を“殺せる位”の技術は教授するよ。

今からもう少し後にギーシュが剣を習いに来るからさ、もし剣を習いたいならこの奥の森に来ると良い・・・悩むのは大切な事さ、僕も君と同じように悩んだからね」

 

それで全ての事を言い終わったのか背を向けるアーク。

冷たいようだがその先は自分自身で答えを出さねばならない・・・当初の通りの復讐を果たすも、新しい道を見つけるも己次第。

穏やかで優しい性格であるアークだが、そう言った部分は意外とクールなのだ。

 

ふと、歩き出そうとした時に後ろからタバサの声が耳に届く。

 

「・・・一つだけ、最後に聞かせて欲しい」

「ん? 何だい、タバサ殿?」

 

タバサの言葉に足を止めて振り返るアーク。

当のタバサは表情を変えないままに質問を投げ掛ける。

 

「さっき貴方は『僕も君と同じように悩んだ』って言ってた・・・どう言う意味?」

 

タバサの質問にバツの悪そうな表情をするアーク、どうやらつい口から漏れてしまっていたらしい。

まあ実際、アークとタバサはある部分で似ているのだ―――“国”と言う存在、目に見えぬ“制度”という存在に翻弄されたと言う部分は。

だがアークの場合は己の意思で信念を貫き通し、その結果彼は悪しき制度の続く国を自らと戦友達の手で変えたのだが。

 

「・・・さて、ね。

まあ色々と悩む者は多いって事さ、その理由が大なり小なり・・・ね」

 

アークはそう呟くと笑顔を見せてから森の奥へと歩いて行く。

そんな彼の後姿をタバサは見えなくなるまで静かに見つめ続けていた・・・。

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〜これは大魔王が復讐の炎を燃やす儚き少女に会った日の真実〜
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