ラステイションの花嫁(3) 誓いの口づけ
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「お義姉さん! あなたの妹さんを私に下さい!」

私――ノワールは戦慄していた。

 目の前の大男の口から放たれたとんでもないセリフに、ただ立ち尽くしていることだけしかできなかった。

「あなたの面倒も見させてもらいます!」

 この大男の名前はブレイブ・ザ・ハード。

私達、女神の宿敵である犯罪組織マジェコンヌの一人だ。しかも四天王という肩書きを持つこの男――私達と決して相容れない存在であるはずのこいつが――すでに倒されたはずのくせに化けて現れただけでなく――妹への結婚を申し込んできたのだ。

思わず私はほっぺをつねっていた。

――訳が分からない。

まるで悪い夢でも見ているような気分だった。

しかし、頬に走る鋭い痛みがこれが現実であることを非情にも告げていた。

「……い……よ」

 私は人知れず無意識のうちにつぶやいていた。

それはお腹の底から絞り出すような声だったと思う。

「む、失礼。よく聞き取れなかった」

「嫌だって言ったのよ!」

 キッと顔をあげて睨みつけてやった。

 ここでへこたれて屈してしまうなど一番私らしくないと思ったからだ。

「ユニは……ユニだけは誰にも渡さないんだからぁぁっ!」

 おそらくこの問題からは一生逃げ出すことは出来ないだろう。

 ならばこれが性質の悪い夢などでなく、あくまでも現実だというなら最後まで抗ってやろうと思ったのだ。

「確かにいくら改心したとはいえ、一度は犯罪組織に所属していた身の上。私に良い印象を抱けぬことは百も承知。その上であなたに許しを乞う。私に、ユニとの婚約を認めさせてはもらえぬか?」

「何か裏でもあるんでしょう!」

「いや、違う。あなたの妹さんの、尊い志に心を惹かれたのだ。マジェコンこそ真の救済であると信じ続けていた私に新たな道を――生き方を示してくれた。彼女を支え、共に寄り添う事が私の新たな道だ」

 イライラが収まらず、私は唇をかみしめた。

「うるさいわねっ、分かったような口を聞いて! あなたにユニの何が分かると言うの! 小さい頃、一人でトイレに行けなかったり、困ったときには上目づかいになるクセがあるのを知らないくせに!」

「知らぬさ。だが、これから解りあっていく」

 そこでブレイブは何を思ったのか、膝を下ろし、頭を地に着けた。

私はぽかんとなった。

「あなたの妹さんを不幸な目に遇わせたりはしない。例えこの身が朽ち果てようとも、全力で守り抜いて見せることを誓おう」

 有り体に言うならそれは土下座だった。

プライドの高いこの男が四天王としての地位を貶めてでも、決意と覚悟が本物であることを、その身を挺して証明しようとしている。

己の全存在を賭した土下座だと言ってもいい。

 間違いない、この男は本気だ。

 だけど――

「絶対にユニは渡さないんだからっ!」

 私も本気だ。

 ユニは私のたった一人の妹。たった一人の家族なのだ。

 姉として、妹を見守っていく権利がある。

ユニはまだ幼いし、プライドは人一倍高いけれど、見ていて色々と危なっかしいし、学ばせてあげたいことはたくさんある。

 まだまだよそへ送り出すには不安だし、かといって他の誰かに渡すつもりなど一切ない!

「そうか……ならば致し方なし。これもユニと婚約へ至る試練だと思えば火もまた涼し。私の人生において、何かを得るためには力こそが全てだった。否――私の人生にはこれしかなかった。今思えば、こうなるのも必然の道だったのやもしれぬ」

 それは私に向けて放った言葉というよりかは、まるで自分に言い聞かせるような響きだった。

「お義姉さん、あえて言わせてもらおう」

 ブレイブはおもむろに背中に手を回して、

「何をする気?」

 身構える私に、大男は高らかに言い放った。

「――あなたとの、正々堂々たる果たし合いを所望する」

 風を切り裂く音と共に、ブレイブは大剣を取り出した。

「なーんだ、そっか、そういうことね」

 私はお腹を抱えて笑ってしまった。そんな私をブレイブは変な物でも見るようにじっと睨んでいる。

「何が可笑しい?」

「結婚云々の話よりも、そっちの方が分かりやすくて好きだわ」

 そう――堅苦しい話し合いを交わすよりかは、こうやって力と力をぶつけ合わせる方が簡単だ。

 決闘――そこには単純に勝者と敗者しか存在しないのだから。

「お義姉さん、剣の心得はお有りか?」

「ええ、私に剣を持たせたら右に出るものはいないわ」

 細剣を一瞥し、ブレイブが心配そうに目を細めた。

「少々、折れてしまわないか不安が残るな」

「心配は無用よ。これで私はあなたの仲間をたくさん屠ってきたのだから。見て学ぶといいわ! 洗練された戦い方というものを!」

 胸を張って自信満々に言い放った。

「そうか。ならば何も言うまい」

 何らかの確信を得たようにブレイヴは低く腰を落とした。その目はこれから起こる勝負事への期待に満ち溢れていた。

「手加減は無用だ。ユニのお義姉さんだからといって私の方も一切手を抜くつもりなどない。己の持てる全ての力を出し切ってこそ、勝利の美酒が味わえる。それが戦いというものだ!」

 ブレイブの期待に応えるように、私も細剣を正面に構え、腰を低く落として臨戦態勢をとる。

 この男は強い。

仮にもあの犯罪組織マジェコンヌの四天王なのだ。

私が勝てる確率はそう高くはないだろう。しかし、だからといって全く勝ち目がないわけではないし、ここで退く理由にもならない。

 それは私も、この男も同じ条件に立たされている事は言うまでもないだろう。

 ブレイブが言った。

「この前は話し合いの途中であなたの意識が覚醒してしまった。だが、今回ばかりはそんな心配も不要。心ゆくまで互いの心と心をぶつけ合わせようではないか」

「成程……そこら辺の準備は万端というわけね」

 そうだ――

 ブレイブの雄弁な沈黙がそう肯定しているように思えた。

 長い長い沈黙が降りた。空気が緊迫で張り詰め、ぴりぴりとした気迫が満ちていく。まさに一触即発の雰囲気だった。

 やがて、張り詰めた静寂を破るように雷鳴が轟いた。

「この剣で、その旨の正義を問おう!」

 ブレイブが高らかに叫ぶ。

「ラステイションの女神として……いいえ――一人の姉としてあなたからユニを守って見せる!」

 私も負けじと声を張り上げる。

「ブレイブ・ザ・ハード! ……いざ尋常に参る!」

「ブラックハート! 女神の本気、その身で味わうがいいわ!」

 

 二つの影が飛びかかったのはほとんど同時であった。

 剣閃が交錯しあい、盛大な火花が散った。

 こうして、お互いの大事なモノを賭した決闘の火蓋が、今ここに切られたのであった。

 

  

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 同時刻。

 

 戦いを遠まきから監視する者がいた。

 監視者は女だった。とは言っても、全身から発散される威圧感がただの無力な女ではないことを否応なしに告げている。

「ふん、ようやく始まったか」

艶めかしい肢体と、妖しげな薄ら笑いを浮かべているのがいやに特徴的な女だった。

絶世の美女――というよりかは、氷の女王という表現が的確かもしれない。

マジック・ザ・ハード――それが彼女に与えられた名であるのと同時に、犯罪組織マジェコンヌの頂点に君臨する者の姿であった。

「全く、あの男も小さいものだな。直接あの女神候補生の元へと赴けばいいものを。でかいのは心ではなく、図体だけということか」

 マジックは鼻をならした。

「まあいい。この程度、瑣末な修正点にしか過ぎぬ。計画には何の支障もきたしてはいない」

彼女はブレイブが勝とうと負けようと興味がなかった。ブレイブの恋路がどう転ぼうが、欠片の興味を抱いてもいなかった。

彼女の興味の向くところはあくまでも計画の完遂だけであり、それ以外の事象はどうでもよかったのだ。

ブレイブをノワールとぶつけ合わせたのはついでのようなものであり、彼女本来の目的はそこではない。もしブレイブが女神を潰せたのならそれはそれで良い収穫だが。

 何であれ、マジックはしばらく観客に徹しようと考えていた。

計画を遂行するにはもうしばらく時間を要する。準備期間を埋める、退屈しのぎの余興になると考えたのだ。

「あの愚かな男がどこまで足掻くのか、この目で見届けさせてもらおうではないか」

 マジックは笑みを浮かべる。

 凍りつくような笑みであった。顔は笑っていても、目だけは笑っていなかった。それは身を焼き焦がすような憎悪すら感じる、酷薄な笑みだった。

「……最期にいい働きを期待しているぞ、ブレイブ」

 

 

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「お姉ちゃんが目覚めないですって!?」

 アタシが朝一番にケイから聞かされたのはおよそ耳を疑うような話だった。

 そう、あのお姉ちゃんが寝坊である。

真面目で何でも一人でこなすような天才肌がそんなミスを犯すとは考えにくかった。

……いや、案外そうでもないか。

お姉ちゃん夜遅くまで書類と格闘していたみたいだし、疲れとかが溜まっていのかもね。

「ああ、そうさ。こうしていくら体を揺さぶっても、足をくすぐっても、耳元で大声を出してもノワールは目覚めようともしない。しかも何かにうなされているように呻いている……これは由々しき事態だよ、ユニ」

「甘いわね。ケイ、アンタお姉ちゃんの弱いところを知らないでしょ」

 深刻そうに顔を曇らせているケイに、アタシはふふんと腕を組んで見せた。

「そーれっ! こちょこちょこちょ」

 ムチのようなしなやかさでお姉ちゃんの足裏、うなじ、大腿を重点的に手を這わせていく。羽毛のような柔軟さで、時にはハチのように刺激を与えていく。

 しかし、お姉ちゃんは相変わらず苦しそうにうなされているだけだった。

「あっれー? おかしいなあ。いつもだったらお姉ちゃんこれで転げ回ってベッドから飛び降りるんだけどなあ」

「ユニ……君は何でそんなことを知っているんだい?」

「お姉ちゃん、朝よ。起きて」

 ほっぺを思いきりつねたり、伸ばしたりこねくり回してみる。だが、お姉ちゃんは微動だにしない。

「起きなさいってば! このっ!」

 お姉ちゃんの両足を持ち上げてえびのように反らせていく!

「お〜き〜ろ〜!」

「ユニ、ノワールの体が曲がらない方向に曲がっているのは気のせいかい?」

「はあ、はあ……どうして、起きないのよ、お姉ちゃん」

 アタシは息を切らせてその場に倒れ込んだ。いくらお姉ちゃんといえど寝ぼすけもここまで極まるとさすがに容認できない。

 ケイはあごに手を当てながら何かを考えこんでおり、いつにない神妙な顔でアタシを見下ろしていた。

「おそらくノワールは悪夢に囚われている。誰にも邪魔されない夢の牢獄の中で必死に戦い続けているはずだ」

「ええ、そうでしょうね。全く、お姉ちゃんったら」

「ユニ!」いきなりケイが語気を荒げた。「僕はふざけていない。これはいたって真面目な話だ」

「……なっ、何よいきなり?」

 ケイは見たことない気迫にアタシはたじろいた。感情を表に出さず、損得感情で動くケイが声も高らかに叫ぶのは珍しい事だ。

「断定は出来ないが、おそらく犯罪組織の仕業だろう」

「なっ、何でそんなことが分かるのよっ! 確証も証拠もないのに。お姉ちゃんはただ寝ているだけじゃない!」

 ケイがアタシの肩をつかみ、言葉をさえぎる。力強く握られたため、爪が肩にぐいぐいと食い込んでいく。

「ちょ、痛いじゃないの――!」

「見たのさ、僕もその夢を。倒されたはずのあいつが――ブレイブ・ザ・ハードが僕の前に現れたんだ」

「何ですって!? あいつが――」

 アタシは我を忘れて叫んでいた。肩の痛みさえどこか吹き飛んでいた。

「その驚きようから察するに君の前には現れていないみたいだね。となるとアレを見たのは僕とノワールだけか。……にわかには信じがたいことだが、現物が目の前にいる以上そうとしか考えられない」

「そんな、アイツが何でこんなことを……」

 アタシはその場にくず折れる。まるで自分の足元が崩れ落ちていくような衝撃を受けていた。アイツが生きていたということよりも、アイツがお姉ちゃんに危害を加えたという事実が、ただ受け入れられなかった。

「なんで? アイツは改心したといったのに……最期に解り合えた気がしたのに」

「それは本人に会って確かめるしかないだろう」

 一瞬、ケイが何かを含んだように目を逸らしたが、このときのアタシはそれにすら気づける余裕がなかった。それほど心を取り乱されていたのだ。

「でも、どうやって?」

「答えは単純だ。ノワールの夢の中にいくしかない」

「お姉ちゃんの夢に入り込むですって? 無理よ、そんなの!」

「たしかに僕も馬鹿げていると思う。だが、世の中には努力次第では不可能を可能にする術がつきものだ。君は覚えているかい。ルウィーに封印された魔物の封印が解かれ、未曽有の危機に陥ったというあの事件のことを」

「覚えているも何も……つい最近のことじゃない」

 とは言ってもまだアタシが馬鹿みたい意地を張ってネプギアから遠ざかっていたので、その事件は小耳に挟んだ程度だけど。

「ネプギアは諦めなかった。たとえゲイムキャラが破壊され、ルウィーの女神候補生たちから援助を得られないという最悪の状況下に置かれようとも、彼女は立ち止まらずに走り続けた」

「……」

「分かるかい、全ては姉を助けたいというひたむきな心が彼女に力を与えたんだ。君が影で必死に努力していたのも、そこに理由があると思ったんだが、僕の見当違いだったかな?」

「なっ、なんでそれを!?」

「そのくらいのデータをつかめなければ、君達の世話役は務まらないさ」

「〜〜もうっ!! ほんとっ、ムカつくムカつくムカつく!」

 うろたえるアタシにケイは得意顔で書類を見せびらかす。顔が羞恥で真っ赤に染まっていく。

「でも、気持ちだけでは何も変えられないのが現状だ。何せ、相手は夢の中という、およそ常識では測れない手段を用いている。そこでだ。非常識に対抗するために、こちらも非常識な方法を用いるしか方法はない」

 おもむろにケイは懐から何かを取り出した。白い野菜――カブのような形に見える。

「それは……?」

「こんなこともあろうかと、がすとからもらっておいた薬さ。見た目はただの野菜にしか見えないが、夢の国サブコンとやらで作られた特別製でね、これは野菜の形をしている飲み薬なんだ。にわかには信じがたい話だが、これを飲めば夢の中へ入れるそうだ」

 ――こんなものが……?

 しかし、がすとの錬金なんたらとかいう腕前は尋常ではない。ただの石くれから黄金や、泥水から清らかな聖水を精製できたり等々……通常では考えられない力――不可能を可能へと変える奇跡の力だ。嘘みたいな話だが、ネプギア一向に加わってからアタシは何度もこの目で目撃している。

聞くところによると未曽有の危機に陥ったルウィーを救済する決定打となったのもがすとの力らしい。

アタシは意を決して、野菜の形をした飲み薬を口の中に入れ、丸のみした!

「っ……! ゲホッゲホッ、うぇぇっ、何よこれっ、苦ーい!」

 今まで体験したことのないような苦味がアタシの舌をはいずり回り、意識がくらくらと揺れる。目から涙が溢れ、全身が震えあがった。

 あまりの苦味に目がぱっちりとしてしまい、この状態から寝るだなんて不可能だとすら思えてくる。

「そのくらいでへこたれてどうする。君の三年間の努力はそんなものだったのか」

「いっ、いくらなんでも体の中を鍛えるのは無理よー!」

「そうか、いささか荒っぽいが、こうする以外に道はない」

 ケイの声はいつになく穏やかで、寒気を覚えるほど優しげであった。そしてハンマーを振りかぶり――

「ちょっ、そんな物騒なモノ持ち出してどうするつもりよ」

「ユニ……ノワールを頼んだよ」

「セリフと雰囲気が合ってないわよぉぉっ!」

 

 

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「はぁっ! やぁっ!」

 ノワールは大地を蹴り、ブレイブめがけて文字通り飛んだ。

 細剣を正眼に構え、その華奢な矮躯を生かし、目にも止まらぬ素早さで細剣が突き出されていく。

「トリコロールオーダー!」

 相手を切り裂くというよりかは、まるで踊り子のように華麗でどこか惚れ惚れとする剣さばきであった。

 ブレイブは顔色一つ変えず、大剣で全てを防ぎきることに専念している。

ブレイブは動けないのだ。

ノワールが繰り出す光速の剣筋に対し、一歩も動かず防戦一方となるのは必定だといえた。

――このままでは堂々巡りね。埒が明かないわ。

ノワールはブレイブの堅牢な守りを崩すべく、全神経を集中させ、必殺の一撃を解き放った。

「くらいなさいっ、インパクトロー!」

 すさまじい衝撃が走り、大地が揺れた。ブレイブの巨体がわずかに地面へと沈みこんだ。ブレイブの剣ではノワールの剣による威力を完全に殺しきれなかったのだ。

 ――よしっ、これで動きを封じた。

「一気に畳みかけるわ!」

 次の一手を打ち込もうとノワールが飛びかかる。

絶体絶命の状況であるにも関わらず、ブレイブはこの状態を楽しんでいるかのように興奮冷め止まぬ声で言い放った。

「良い太刀筋だ。私の剣に対して手数で圧倒する手際は見事だと言わせてもらおう。だが、」

 裂帛の掛け声と共に大地が振動。ノワールが気づくよりも先に、眼前に閃光が迫っている。

「――踏み込みが甘いっ!」

「っ……!?」

 とっさに細剣を構えて防いだ。脳で理解するよりも先に、ほとんど本能による動きだった。

ブレイブの巨体から繰り出された大剣の一振りによって身体ごと弾き飛ばされてしまう。

ノワールはよろよろと立ち上がり、細剣を構え直す。一瞬の出来事に、ノワールには何が起こったのか理解できなかった。

ブレイブはこの瞬間を狙っていたのだ。居合いによる力任せの抜き打ちでノワールの攻撃を全力で迎え撃つ時を。

 隙をつくようにブレイブがすさまじい速度で迫った。

 ノワールは慌てながらも細剣で迎え撃つ。

「あなたは私が戦ってきた中でも間違いなく最強の部類に入るだろう。だが、あなたの攻撃は全て見切らせてもらった。力で今一歩劣るあなたでは私に勝てはしまい!」

「くっ……!」

 剣の柄を握る手にびりびりと衝撃が走る。

 ――まずいわね。

 ブレイブが最初手を出さず守りに徹していたわけはノワールの動きを観察することで、攻撃パターンを読み取っていたのだろう。そうすることでノワールの隙がどういうタイミングで生じるのかも阿吽の呼吸で把握していたに違いない。

「細剣とは突くことに特化した最強の矛だ。そこから繰り出される華麗な剣の雨は誰の目にも追うことすら敵わない。だが、所詮それだけだ。斬撃による打ち合いは想定して造られていまい!」

 まさにブレイブの言う通りだった。

 こうしてブレイブと激しく剣をぶつけ合わせている合間にも細剣は軋み、悲鳴を上げている。

細剣は相手に身動きをとらせる間もなく斬りこむことができるが、同時に細剣は脆く、折られるのもまた容易い。

――ここは一旦、距離を取る。

ノワールは体勢を立て直すべく、後方へと大きく飛んだ。

「逃がさんっ!」

 すかさずブレイブが踏みこんできた。大剣を振りかぶってノワールめがけて身体ごと突進してくる。

「くっ……この!」

 身体をよじることでブレイブの追撃を回避することに成功。だが、着地の際に大きな隙が生じてしまった。

またもブレイブが迫る。ノワールが攻めに転じられない今を好機と判断した彼に、攻撃の手を緩めるという生ぬるい選択肢は残されていない。

「奪い、奪われ、何かを得るために常に戦いが起こった。誰かを救うには誰かの命を奪わなければならなかった。それが私の人生だった。この戦いもその一つに過ぎない」

「私の命を奪うですって? 笑わせないでほしいわ」

 ブレイブの流れるような斬撃を必死に受け止める。

ノワールは勝気そうな笑みを浮かべているものの、冷や汗が止まらなかった。相手の一撃が重く、細剣の薄い芯が耐久限界を超えていつ折れてしまうか分からなかった。

「元より私とあなたは因縁の宿敵だ。女神と犯罪組織では相容れない運命にあったのかもしれない。だからこうして奪い合う戦いをしているのも何らおかしいことではないはずだ」

「私はラステイションの女神、ノワールよ。あなたなんかに負けるはずがないんだから!」

「威勢がいいことだな、お義姉さん。それでこそ戦い甲斐があるというものだ。だが、」

 ブレイブが剣を真横に大きく放った。

ノワールは身を低くすることで楽々と回避に成功する。

 ――隙が出来た!

 大振りだったためでかい隙が生じたのだ。ここで優位に立っていると言う慢心がブレイブに愚かな行動を取らせたのだろうか。何であろうとどうでもよかった。ノワールはブレイブめがけて飛翔した。

「隙アリっ!」

 細剣を前に突き出し、捨て身の一撃を繰り出す。

 だが、驚くべきことにブレイブの前蹴りがノワールめがけて炸裂し、吹き飛ばされてしまった。

わざと隙を見せたのはブレイブの仕掛けた罠だったのだ。

「この勝負、私の勝ちだ」

 朦朧とするノワールの視界の中で、今や勝利を確信したブレイブが笑みを浮かべながら迫ってきている。

「切り捨て御免!」

 ブレイブは剣を振り下ろした。疾風と化した一太刀がノワールを真っ二つに両断するかと思えた。しかし、

「まだよ……まだ……戦える! 私はまだ自分を敗者だと認めてはいないわ!」

 その瞬間だった。

 目も眩むような光がノワールの全身を包み込んだ。とてもつもない光の奔流から莫大な力が流れ、彼女の身体の一部へと姿形を変貌させていく。

 それは女神化による奇跡の光だった。

 彼女の全身を覆うのは上品そうなドレスでもない。

 そこに現れたのは流れる銀髪に、黒い大剣と鎧、戦闘に適した女神専用の鎧。これこそが女神ノワールの真の姿であった。

「ははっ、それを待っていたぞ!」

 ブレイブが歓喜の唸りを上げた。その姿は理性を失くした獣のようですらあった。

「覚悟はいいかしら?」

 ノワールが銀色に輝く髪をかき上げながら挑発的な眼差しを送る。

 ブレイブは大剣を正面に構えた。いつでも迎え撃てるように気を昂らせ、集中力を高める。

「見せてあげるわ。洗練された戦い方というものを!」

 ノワールが剣を構えた刹那――

 ふっと姿が消えた。

「何!?」

 ブレイブが驚嘆の声を上げた。

瞬間――

 背後から殺気を感じ、振り向きざまに大剣を振りかぶる。

 ギィンッと、刃と刃が激しくぶつかり合う。

 案の定、そこには消えたはずのノワールがいた。

 ノワールの姿が消えたように見えたのは、一瞬でブレイブの背後へと回り込んでいたからだ。

「驚いたぞっ!」

 心底嬉しそうにブレイブは剣を振り乱した。

 ノワールも攻撃の手を緩めず、激しい剣舞の嵐を見舞っていく。

「インフィニットスラッシュ!」

 今や光と化したノワールとブレイブが目にも止まらぬ速度で剣をぶつかり合わせている。激しく剣戟が交叉し、火花を散らせていく。

「最高だ……。力も速度も申し分ない」

 陶酔したようにブレイブが言った。その声は未だかつてない感動と興奮で打ち震えている。

「血湧きっ、肉踊るっ! 戦っている時こそ生を実感できる! こんなに楽しい戦いはいつ以来だろうか! さすがユニのお義姉さんだと言わせてもらおう!」

「お義姉さんって呼ぶなぁぁっ!」

 ノワールが剣を振りかぶり、衝撃波でブレイブを弾き飛ばした。相手が体勢を整える暇すら与えず、一気に距離をつめて追撃を開始する。

「レイシーズダンス!」

 ノワールの両足が宙を舞う。

円を描くような軌跡をなぞりながらブレイブの腹部に両足を叩きこんだ。女神化によって強化された脚力から放たれた一撃はブレイブの身体を吹き飛ばした――かのように思えた。

だが、

「生温いっ!」

 反撃とばかりに巨大な拳がノワールに襲いかかった。かろうじて両手を頭上に構え、大男の打撃をすんでのところで防いだ。

ノワールは信じられない物を見るような目で、大男を見上げた。恐ろしい事にブレイブはあの一撃を気合と根性だけで耐え凌いだのである。

戦いを楽しむ狂戦士の心があいつにそうさせているのだろうか。いや、それ以上にユニに対する想いが力を与えているのだろう。

 ――くっ……SPがもう保たない。女神化の限界時間ね。これ以上、戦闘が長引くのはマズイ……。

 相手も同じ状況なのだろう。大男は息を荒げては、今にも消えてしまいそうな意識でかろうじて立っている。

「……どうやらお互い、限界が近いようだな」

「……そのようね」

 ブレイブは両手で大剣を構え直した。

「決着の時が来たようだ」

 その鋭い双眸には最強の敵が捉えられている。

「ええ、私の勝利で彩られる終幕がね」

 ノワールは肩で呼吸をしながら自分の正面に立つ好敵手を睨み返した。剣を片手で構えて、目前の敵だけに狙いを定める。

 世界を静寂が埋め尽くした。それは一瞬の間だったのかもしれない。だが、二人にとっては空間そのものが永遠に凍りついてしまうかのような間が流れていたのだ。

 ――一撃の元に斬り捨てるっ!

 ただその一心だけで二人は走りだした。最強の敵を、自分の全存在を賭けて打ち滅ぼすために。

「ブレイブ・ソード!」

 爆発的な力がブレイブの大剣に集中していく。目の前の空間ごと一刀の元に両断する奥義である。

「トルネレイド・ソード!」

 ノワールの剣がすさまじい粒子に包まれ、巨大な光剣と化した。高密度の刃に触れればどんなものだろうと灰塵へと化すだろう。

 二つの刃が激突する――その時だった。

「二人共っ、もうやめてぇっ!」

 突如、女の子の声が響いた。

 両者がぴたりと硬直した。

 二人にとってその声はよく聞き覚えがあった。

 今まで命の奪い合いをしていたことさえ忘れ、時間どころかこの場を停止させてしまうほどの影響があった。

 そう――この戦いのきっかけとなった中心人物。

「「……ユニ?」」

 二人は同時にその名前を呼んでいた。

 

 

  〜ラステイションの花嫁(4)へと続く〜

説明
「――ユニっ、私と結婚してほしい!!」 ラステイションの女神、ノワールは最近、変な夢にうなされていた。それは妹のユニによって討ち取られたはずの男――ブレイブ・ザ・ハードが世にも恐ろしいことを言いながら迫りくるという内容だった。「もし夢が現実のものとなったら?」ノワールは、バカげていると自分に言い聞かせつつも、それがただの夢であると自分に納得させることもできず、押し潰されそうな不安に憑りつかれていた。やがて、姉妹の仲を引き裂くようにそいつは現れた。「お義姉さん! あなたの妹を私に下さい!」 ……果たして、姉妹はどうなってしまうのだろうか? 当小説は連載形式です! 第四回まで予定しております。みんなが待ち望んだネプV発売いよいよ明日ですね! 早くぷるるさんのお話かきたいです。そういやアニメもやるんですってね。
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コメント
柏中ロージュ&ミヤウエさん< お米ありがとうございます。ぼーっと書いてたらブレイブさんがただの危ない人になってましたw このように何かと至らないところの多い私の拙作ですが、わずかでもネプらしいと感じてくれたのなら光栄です。合同本の件ですね。しばしお待ちください。(銀枠)
リアルではおぜうタイプさん< お米ありがとうございます。敵でありながら確固たる意志をもつブレイブさんは男前でしたよね。だからこそあの夢の中のイベントはギャップが効いていてお気に入りだったため、このように自分の妄想として作られた次第です。ユニちゃんに惚れたあの姿はイケメンでしたw このあとどうなるかは作者にも予想がつきませんw(銀枠)
クリケットさん< お米ありがとうございます。自分の文章とか見返すとほんと改善する点ばかり目についてしまって…w 人の数によってどういう物語が形つくられるか、というのは千変万化なので色々な人の作品に触れて見たいと考えています。これからも頑張らせてもらいます!(銀枠)
激しい・・・激しい戦い・・・なんだけど、動機が・・・なんというか「自分の全存在を賭けて」いるという重みが感じられない(笑)。でもこれがネプテューヌなんでしょうね。ユニの決断やいかに!合同本そちらのほうは今どういった段階でしょうか。差支えがなければ教えていただけると気持ちが楽になります。(柏中ロージュ&ミヤウエ)
ブレイブさんマジイケメン。だがお義姉さんでいちいち吹くwwwやっと当事者ユニがブレイブと遭うことに。一体どんな大参事が起こるやら・・・わくてか。(リアルではおぜうタイプ@復帰)
なんという……クオリティの高さ!! 氷室「こっちの作者の小説がゴミに見えるな。」 レオン「全くだ。」 バトルシーンの書き方がもう言葉で言い表せないほど!! エスター「この小説は花がありまさァ。」 ライ「うちの小説は真っ黒だな。中も外も…。」 応援してます!頑張ってください!!! (クリケット)
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