とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第一章 軟紅花弁:一
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軟紅花瓶:一

 

 その日、初春飾利は風紀委員《ジャッジメント》の仕事が非番であるのを利用して、ケーキショップに買い物に出掛けていた。テレビ番組でも取り上げられた人気店で、常々行きたいと思っていた念願がようやく叶い、両腕いっぱいに買い込んでいた。

「ざっはとるて〜。おいしいおいしいざっはとるて〜。私のお腹にざっはとるて〜」

 焼芋売りのような節で歌いだしてしまうほど喜びを抑えきれない初春の頭の花も、心なしか楽しそうに咲き誇っている。

「ケーキと紅茶で素敵なアフタヌーン。また一歩、お嬢様に近づきました!」

 こうした努力を怠らないことこそ、お嬢様への近道と言える。風紀委員《ジャッジメント》の同僚で、いつもお嬢様風を吹かせる白井黒子に対抗するため、初春は今日もお嬢様の星を目指してそれらしいことをするのである。

 

「あれ? 白井さんだ」

 噂をすれば何とやらで、件の同僚は向かいの道を歩いていた。

 折角なのでケーキのお裾分けでもしようと考えた初春は、声を上げようとしたところでぴたりと止まり、頭の花を隠しながら急いで建物の影に隠れた。

 頭の花に手を当てながら、そっと向かいの道を覗き見る。

 そこには同僚の白井と、彼女に連れ添う形で歩く男の姿があった。

 背丈は一メートル七十センチほどだろうか。私服を着ているが成人している雰囲気はなく、高校生という印象だ。ちなみに彼の着ているジーパンやジャケットは、何故か所々に焦げ付きが見られ、非常に怪しい。しかし、高校球児よりも少し伸ばした程度に刈り上げた髪型が、何とはなしに誠実な印象を与える。

「し、白井さんが男性とデート!? こ、これは一大事なのですよ!」

 早速初春は携帯端末を取り出し、友人に電話を掛けながら二人の尾行を開始した。

 風紀委員《ジャッジメント》の研修で習った尾行の心得を思い出し、離れた場所から様子を伺う。何やら男のほうが身振り手振りで説明しているのを、白井がいちいち頷いて聞いている。単に友人と街を歩いていると言えなくも無いので、デートという決め付けは早計だったかも知れない。

 

「うぅ〜うぃ〜は〜るぅ!!」

 二人の尾行に集中していた初春にとって、背後に迫る佐天涙子の挨拶代わりのスカートめくりは完全に不意打ちだった。

「ちょっと佐天さん、何するんですか!」

「何って、初春が呼んだんじゃない。それで、白井さんはどこ?」

 きょろきょろと大げさに見渡す佐天は、白井たちの姿を発見すると、安っぽいチンピラのように口笛を吹いた。

「中々の好青年じゃないの。ちょっと野暮ったいかな。身長は合格。あとは収入と通ってる学校よね」

「三高なんかどうでもいいんです。あの白井さんが男の人と歩いてるのが問題なんですよ。あのアメリカ人さえ引かせてしまうグローバルスタンダードな変態さんの白井さんが、私より先に彼氏を作るなんて……、御坂さん一筋なのはフェイクだったんですね!」

「落ち着きなさいよ。別に彼氏って決まったわけじゃないでしょう。風紀委員《ジャッジメント》の同僚とかじゃないの?」

「あんな人、私知りません。風紀委員《ジャッジメント》にあんな人いませんよ。お嬢様で大能力者《レベル4》で風紀委員《ジャッジメント》で彼氏持ちなんて、どんだけなんですか! ねえ、どんだけですか!」

一人言を言っている間に、勝手にヒートしてしまった初春は本当に悔しいらしく、涙を流しながら佐天に抗議していた。

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 泣きじゃくる初春を宥めつつ、佐天は白井の行方を窺う。

「まだ分からないからね。ほら、早く後を追わないと見失っちゃうよ」

慌てて通りに戻ると、随分遠くまで白井たちは進んでいた。急いで建物の影から飛び出すと、後ろから大声で初春たちを呼び止める声がした。

「やっと見つけた。初春さ〜ん、佐天さ〜ん」

「み、御坂さんも呼んだの?」

「当然です。超能力者《レベル5》がいれば怖いもの無しですから」

 白井と同じ常盤台の制服を着ている少女は、名を御坂美琴と言う。その可愛らしい外見に似合わず、学園都市に七人しかいない超能力者《レベル5》の第三位、通称『超電磁砲《レールガン》』と呼ばれる能力者である。

 

 最高最強の電撃使い《エレクトロマスター》と一緒なら、大能力《レベル4》の空間移動《テレポート》能力者を尾行することなど児戯に等しい、というのが初春の主張だった。

「うわ、マジで男の子と歩いてるわ。あの黒子がね〜」

「御坂さん、何か思い当たることとか無いですか? ていうか御坂さん知ってました?」

「知らないわよ。常盤台は女子校だもん。男の子と知り合う機会なんてそうそう無いのよ」

 御坂や白井の通う常盤台中学校は、学園都市でも五本の指に入るほどの名門校であり、世界有数のお嬢様学校として内外に知られている。能力開発分野での英才教育を徹底しており、強能力《レベル3》以下の能力者はどれほどの権力者であろうと入学を許されない。

 学校の立地は、他の女子校と隣接して出来た『学舎の園《まなびやのその》』という特殊な敷地内に建設されている。『学舎の園』は敷地内の生徒と特別な許可を得た人物以外の出入りを厳しく規制している上に、敷地内に女子校しかないこともあり、殆ど女性しか存在しないという、『学舎の園』というよりは『女の園』といった環境である。

 

「案外、風紀委員《ジャッジメント》の同僚とかじゃないの?」

「初春は知らないって言うんですよ。同じ風紀委員《ジャッジメント》なら、初春だって知ってるはずだし」

「それもそうね。ま、後追ってればその内分かるでしょ」

 三人仲良く物陰から顔を出して確認すると、白井たちはごくごく普通のコンクリートで出来た四角い校舎の中に入っていった。

「あれって、ウチらの学校じゃない?」

「私たちの学校、ですね。というか、あそこ風紀委員《ジャッジメント》の第一七七支部ですね」

「それって、やっぱり風紀委員《ジャッジメント》ってことじゃ……」

 御坂に指摘され、むむむっと額に皺を寄せて初春が悩む。確かに初春は第七学区の風紀委員《ジャッジメント》の全てを把握しているわけではない。ここまでくると、何だか友達を巻き込んでまで騒ぐことではなかったような気がして、初春は恥ずかしい思いに駆られた。

「こうなったら、直接確かめるしかありません。行ってきます!」

「ちょっと、行くって何処へ?」

 初春は大きく息を吸い込んで覚悟を決めると、信号を渡って白井の入っていった学校へ走り出した。釣られて佐天や御坂も後を追って走った。

 

 玄関でスリッパも借りず、くつ下でぱたぱたとリノリウムの冷たい廊下を走り抜け、『風紀委員活動第一七七支部』というドアの横にある指紋、静脈、指先の微振動パターンを解析するセキュリティシステムに荒々しく手を当てて解除すると、ノックもせずに勢いよくドアを開け放った。

 バーン! という大きな音。

 中に居た風紀委員《ジャッジメント》が、一斉に初春を見る。勿論、中に居た白井も「う、初春? 今日は非番ではありませんでしたの?」と驚いた様子である。

 そんな白井を一顧だにせず、ずかずかと大股で近づくと、初春は白井の横に座っている男に向けてずびしっと指を突き出した。

「白井さん、この人、誰ですか!!」

小さな室内を、飴を転がすように甘ったるい叫び声がこだました。

 

説明
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる
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武術 バトル とある魔術の禁書目録 とある科学の超電磁砲 都市 カリキュラム 超能力 学園 

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