つまらなくも平和な日常 1
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□残しておきたい願い

 

「おはよう」

士郎が朝の挨拶をしながら襖を開けて入って来た。

「おはよう」

と、切嗣が答え

「おはよう」

と、綺礼がキッチンから声をかけた。

 

衛宮家の変わらぬ朝の風景だが一年前とは少々異なっている事がある。

切嗣だ。

今まで一番最後に起きて来ていた彼が毎日ではないが、ここ一年は士郎より先に目覚めリビングでくつろいでいる事が増えたのだ。

初めのうちこそ驚いていた士郎だったがいつしかそれにも慣れ今では驚く事も無くなった。

いつものように座イスに座り茶を啜っている切嗣に持ってきた朝刊を手渡し椅子の背もたれにかけてあったエプロンを引っ掴むと、士郎は週末は自宅に泊まり込むようになった綺礼の傍へ駆け寄った。

 

「何か手伝えることある?」

「みそ汁を作ってくれたら助かる」

 

トントンとリズムよく響く包丁の音が部屋に響いた。冷蔵庫を開け閉めする音も。水音は必須。時折、士郎と綺礼の短いやり取りが混じった。

その様子はともすればあるどこの家にもあるありふれた日常のひとコマである。

綺礼が女性ならばそれは間違いなく幸せな家族の図で間違いない。

母がいて、子がいる。父は朝は役立たずで新聞を読むのが唯一の仕事。

幾度となく考えたそんな幻想を頭に切嗣は新聞から目を上げ仲よさげに朝食の準備をする二人を見やって切嗣はひっそりとため息をついた。

―――実態は歪な家族ゴッコに過ぎない。

綺礼は男で士郎は実子ではない。

自分は士郎を愛しているし士郎もそうだが綺礼が自分に対する感情は愛情ではない。士郎は綺礼を好ましいと思っているが綺礼の本心はきっと士郎の思いとは釣り合わない。そして自分は綺礼を―――。

切嗣は頭を振った。

冷めた茶を一口含み目を瞑った。

 

幸せそうな家族図は、間もなく破綻する予定のものだった。

 

聖杯戦争から5年。

死神がすぐそばで息をひそめているのが解った。

自分の命は後幾ばくも無いだろう。

覚悟していた事実が目の前に・・・。それは恐ろしくもあったが既に受け入れていた事でもあったから今胸に去来するのは淋しさが勝っていた。

そして心残りと。

士郎だ。

昨夜のベッドの中での会話を切嗣は思いだした。

 

 

「・・・綺礼、君は私の死後この家にいついてくれるものだろうか」

事後新しい夜着に手を通し、シーツを変える綺礼の指示に従いベッドの上をころころと移動していた切嗣は綺礼にここ最近ずっと尋ねておきたいと心に構えていた一言を口にした。

「それは、お前の死後士郎を私に託すという意味で言っているのか切嗣」

切嗣の問いにベッドを整える手を休めずに綺礼は返した。基本几帳面な彼を象徴するように糊のきいたシーツは上に切嗣が寝転がっていると言うのに皺一つなく敷かれて行く。

「そうだ」

渡された枕を抱きしめ、切嗣は綺礼の確認を肯定した。

しばらく強い視線で自分を凝視する切嗣と己の視線を合わせていた綺礼だがつ・・・と目をそらし無言で汚れたシーツを廊下に放り出した。

そして

「先にも言ってあったと思ったがあれはお前の付属物であるから私の中でそれ以上の存在になることはない」

元々用意してあったのだろう。

綺礼はよどみなくそう答えた。

「それは・・・ボクの死後は彼に興味が失せると言うことだろうか」

否、ということだろうか。

「そうなるだろうな。・・・だが、一人で暮らす事にはいささかの苦労もあるまい。4年で家事も大分覚えた。自分の身ぐらい今の能力では十分賄える。貴様の遺産もそこそこにあるだろうから金に困ることも無い。いざとなれば近所の助けもあるだろう。後見もその中の一人に相談していることなどとうに承知だ。貴様がいずれ長くない事はそれとなく伝えてあったから心構えも出来ていよう。未成年が一人で暮らす事は・・・法で許されるかは別だがな」

およそ想像した通りの答えが綺礼からは返って来た。

そうだ。

士郎が一人で暮らす能力がないわけではない。4年の間に培われた。金の心配もいらない。自分が残すものは彼が独り立ちするまで十分に過ぎるものだ。

後見は既に頼んである。信頼のおける人で陰ひなたなく士郎を見守ってくれるはずだ。

士郎自身の心構えは実際のところは知らないが覚悟は出来ていると思いたい。

・・・綺礼に家にいついて欲しいと願ったのは最後のそれだ。

義務教育も終えてない未成年が一人で暮らすことは不可能だろうと思ったのだ。

後見を頼んでいる老人には一緒に暮らしてやって欲しいとはいえない。さりとて今更養護院にと言うのも心が痛んだ。

気心の知れた綺礼が一緒に暮らしてくれたらいいと思ったのだ。

綺礼の興味が自分にしかない事は知っていたが。

つまり士郎の事など本当に彼が考えているわけで無いことなど知っていることだったが。

それでももしかしたら、と一縷望みを持っていた切嗣はため息をつかざるを得ない。

想定内の答えではあったがやはり言葉にされると辛いのが本音だ。

体にかけられた毛布を引き上げながら切嗣は綺礼が再び隣に身を横たえるのを待って、ならばと用意しておいた願いを口にした。

「ならば後見人を頼んでいいだろうか」

「後見人?」

切嗣は頷いた。

「士郎に魔術を教えてしまったのは知っているだろう。ボクのミスだ。押し切られたと言うのはいいわけだが・・・彼は日夜魔術の鍛錬を積んでいる」

「・・・」

「彼にはそういう意味での後見人が必要だ。頼めるのは君しかいない」

切嗣は必死だった。

普通の人として生きて行くなら問題はない。

だが彼は魔術師を志してしまった。

それは今はまだままごとのような行為に過ぎなかったが、彼の中に眠る可能性は無限大だ。そして残念なことに見たてが正しければそこそこの魔術師としての素質を彼は兼ね備えていた。

綺礼は生粋の魔術師ではないからその辺の見立ては出来ないようだが魔術師の家系である切嗣の心配はリアルだ。フリーの魔術師は珍しくはないが何の拍子で狩りの対象にされるか解らない。深入りして欲しくないが故にその辺の事情は一切士郎に伝えていないのだから狩人に突然牙を剥かれても士郎は甘んじて受け入れるしかないのだ。

すなわち―――死。

その為に目くらましと、いざという時の守護をと思うのは親として当然の願いだろう。

そんな切嗣の心内を綺礼は理解するには至らない。

一応魔術師としての手ほどきを受けたし代行者でもあるのだから切嗣の心配せんとするところは解るのだが所詮気の回し過ぎとしか思えない。

大体において衛宮家は自分の教会の直ぐ目の届くところにあるのだ。

後見もへったくれも無い。自動的に自分の監視下に置かれるのだ。そんな事を解らない切嗣ではないだろうに改めて自分に依頼する意味が解らない。

もっとも何らかの狩りの対象になったとして出向くのは自分だ。かばい立てするつもりはないのも事実だが。大体において今の士郎が狩りの対象になるほどの腕を身に付けるとは考え難い。で無ければ運が悪いのだ。

・・・もちろん素直にそれを口にすれば切嗣がへそを曲げるのは必須でだから綺礼は口を閉ざした。

「綺礼」

切嗣の懇願を

「・・・だめだろうか」

無言で返した。

―――くだらないと。

 

 

安堵したかっただけだった。

「言わなくても解るだろう」

とそんな捨て台詞でも良かった。

所詮自分たちの間にあるものはそんなに甘いものではないのだ。

解っていた事実だったが堪らなく切なかった。

 

穏やかなこの時間は本当に幻想なのだ。

たった一人彼が異質。

それでも―――。

 

切嗣は唇をかみしめて綺礼の姿をそっと盗み見た。

説明
Fate4.5次
言切ベース


別のところで上げてたのをこちらでも試験的に上げてみた。
・・・年齢制限なしにしなきゃいけない作品以外はこちらにしようかな。。。とおもたりもしたりもしなくもない。
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Fate/Zero(腐) 言峰綺礼 衛宮切嗣 言切 

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