【短編】 無二の世界
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 ここは無二の世界だ。ここ以外には何もない。ぼくは力を持っていた。それに気づくのに時間が掛かったが、それでも充分すぎる能力だ。時間を操作し、世界を変える。人には強すぎる能力だ。でも、持ってしまったものは有効するしかないだろう。あるものは活用する。それが人生を有意義に生きるための方法の一つだ。

 ぼくには時間の概念が通用しない。時間は等しく平等? 鼻で笑ってあげようじゃないか。他人を嗤うのはあまりいい気分ではないが、それが自嘲だったならば仕方なかろう。

 ぼくは無数の世界を行き来できる。可能性がある限り、未来は分岐をする。僕の生まれてからの世界しか行き来はできないようだが、それでも充分だ。何千、何万、それ以上の世界が存在するのだ。世界ならば何でも観測をすることができる。

 ぼくと似たような力を持った『ぼく』の世界を眺めるのが最近の暇つぶしだった。時を止める力を持った『ぼく』は思考が狂い、時を止めたまま動かなくなった。力がぼくのようになるようだったら、殺してしまおうと思っていたけれど、そんな必要もなく事実上の死を選ぶとは、自分の選択だけれど、なかなか面白いものだ。

 時を進める力を持った『ぼく』を観察してみたけれど、これも一人目の時と同じようだ。そこから発展をさせようというつもりがないから駄目なのだ。ぼくは自分を嗤い、観察を続けていたのだが、いきなり時を進めたと思うと十階建てのビルの上から飛び降りていた。事実上のロボットとなってまで死にたがるとは、時を進める力があまりにも無意味すぎたから、絶望でもしたのだろう。持った力でこうも考えが変わるとは面白いものだ。

 三人目はぼくの力に一番近い『ぼく』だった。『ぼく』は知らず知らずのうちに周りの世界を巻き込んでいる。本人はそれとなくしか気づいていなかったようだが、巻き戻しを何度もされてしまっては気づかれてしまうだろう。経験を何度もするうちに人は考え、糧にする。ぼくを含めれば、あの世界には同じ『ぼく』が四人いることになる。だからぼくは『ぼく』を殺すことにした。結局、この世界もぼくの派生なのだから、根本であるぼくが生き残るのは当然のことだろう。

 人を殺そうとするのに躊躇いはなかった。他人を殺すならまだしも、自分自身なのだから。自分に厳しく生きるのは素晴らしいことだろう。彼は何度も巻き戻しを続けているようだったが、ぼくは世界を普通に再生した。ぼくはこの世界の外側にいるから、投身自殺にしか見えないだろう。ブレーキを掛ける電車の音。止まりはしなかったが、この路線は速度があまり早くなかったようだ。結局、『ぼく』は生き残ってしまった。拍子抜けもいいところだ。殺人という罪を犯すつもりでぼくは押したというのに。けれど、彼の心はまだ戻ってきていない。逆行する能力でずっと戻り続けているのだろう。自分が死ぬと錯覚をして、精神が死ぬまで繰り返すのだろう。

 なんとなく分かる。理由は『ぼく』だからだ。

 これでこの世界も必要ないだろう。終われ、終われよ、世界よ終われ。

 

 ここは無二の世界だ。この世界以外に存在する世界は、この世界の一部でしかない。あっけない世界の結末。これが世界の心理だ。

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 世界シリーズ最終章。
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